第十七話 依頼
その後、疲労が溜まっている飛若は二日酔いで苦しむ鍛丸を無理やり起こすと、すぐさま旅支度を終えて、東に向かう道中に足を進める。
「なんで俺たちに着いてくるんだ?」
しかし、飛若のその後ろには何故か作兵衛達、六人衆が二人の後をついてきた。
「儂等もこの道に行きたいからじゃ」
「なんでまた?」
「この先には村があるらしいからのう」
それは飛若にとっても初耳の言葉であった。どうやら作兵衛達の方がこの辺りの道に詳しいようである。
「儂等もその村で一宿したいのじゃ」
「悪党のお前らがか?」
本来、悪党の評判はその名の通りに悪く、中には野盗と同じように、村を襲うのを生業としている者もいるので、普通の村では、悪党を招き入れることは、ほぼ無いに等しい。
「悪党だからと言って、野盗みたいに何でもかんでも村を襲って奪う訳では無い。それに儂等はたった六人の貧乏衆にすぎぬ。旅人のフリをすれば多少は受け入れてくれるじゃろう」
たった六人しかいない作兵衛達は無駄な略奪はしない者達である事を飛若は知った。
その数刻後、
「やっと着いたな」
飛若達、八人はやっとの事で作兵衛の言っていた村に辿り着いた。
見たところ、かなり小さな村であり、たった七軒の茅葺きの家と二十足らずの田畑しかない貧乏村だが、ここまで来るのに四日はかけて、やっとたどり着いたことにより、一同は今夜は野宿に困らないと安直をしたその時、
「そ、その風体!」
村人の一人が飛若達を見て驚き、彼らに近づいた。
「もしや噂を聞きつけて!」
「お待ちしておりました!」
「どうか儂等をお助けくださえ!」
更にゾロゾロと飛若達のもとに村人達は喜びながら集まってきた。笑顔の者もいれば泣いている者もいた。
「ん?」
飛若達一同はその騒々しい村人達の光景を見て、一体何なんだろうと疑問に思いながら、そのまま村人達に村で一番大きな屋敷に招き入れられた。
彼らは遠慮なく屋敷の中に入ると村長が彼らの目の前に現れる。
「あなた方は物の怪退治の為にこの村へ参られたのですね!」
村長は飛若達にそう問うと、
「物の怪退治?」
作兵衛は疑問な表情を浮かべながら、その首を傾げた。
「へ?ご存知ないのですか?」
「全く何も知らぬ」
「そ、そんな………!」
その作兵衛の言葉に村人達全員が落胆する。
「どういうことじゃ? 話してみよ」
作兵衛は村長に問い詰めると、本人は一から説明した。
「はい。この村の近くの北側の森にある物の怪がおりまして、その森で出会った人間を喰らう事が度々ありまして、儂等はそれに怯えながら暮らしております」
「儂等はそれに耐えきれず、物の怪退治をしてくれる方をずっと探しておりました」
「大殿に頼み、防人に任せれば良いであろう」
作兵衛の言うとおり、普通村を襲う化け物を退治するのは防人の役目だと思ったが、
「無理でございます。今の世は戦続きで儂等の為にお防人様が来る暇などありませぬ」
そう。この永乱の世は小さな村などより、他国との領土争いの方が郡司にとって一番重要だったので、このような小さな村など目にもくれなかった。
「ですから、儂等は物の怪退治をしてくれる者には、お礼にこの村にある金銭を全て授けるという噂を流しました」
金銭、その名の通り、金で作られた銭貨の事で、貨幣の中では最も高価な代物である。
「それで儂等を物の怪退治の者と勘違いしたか」
作兵衛達の装っている武具を見て、村人達は彼らを退治屋だと勘違いしてしまった事を作兵衛は知るが、彼は村人達に正直に言った。
「残念ながら儂等は物の怪退治の噂を聞きつけて、やってきた者ではない。この村に一晩一宿するために参ったのじゃ」
「そ、そうですか……」
村人達はまたも落胆しながら呟くと、
「だが、その話は乗った!」
「へ?」
「金銭をくれるだと? 当分食うには困らないどころか、豪遊も夢ではない!」
作兵衛達は果たして勝てる相手なのかも分からないのに村人達の討伐依頼を簡単に承諾した。
「あ、ありがとうごぜえす!」
「物の怪を倒したらこの村は救われます!」
「儂等の仲間の仇を討ってくだせえ!」
村人達は大喜びではしゃぐ中、その中にいた飛若は無言でその屋敷を出た。
「兄ちゃんは? 物の怪退治をしないの?」
鍛丸は飛若の後ろ姿に顔を向けて聞き出すと、
「俺はこんな所で道草を食ってる場合じゃねえんだ。二日後にここを発つぞ。それまで、この村で十分体を休めたら、旅支度を万全に備えな」
飛若は鍛丸にそれだけを伝えると、後は何も言わずにその場から離れた。
その夜、
飛若は泊められる小屋を探しながら、村の広場をふらふらと回ると、そこには広場で焚き火を点け、その周りを囲う鞍馬衆六人がいた。
作兵衛は何やら必要な物を失くしたかのように身の回りを探すような素振りする中、手下達は自らの持つ武具と『腹巻』という名の下級の武者が着る鎧を手入れしていた。
「おい、オメェ! その砥石は俺の物だろ!?」
筋骨隆々の体格をして、野太刀一本を持つ虎丸は乱暴者で喧嘩っ早い性格である。
「へ? こいつは最初っから俺のだった筈だが?」
槍の鉾先を砥石で手入れしている俊郎は虚言癖が強く、嘘ばかりをついたり、人を騙したりして自分の利を優先する性格である。
「もう~駄目よ! 二人とも喧嘩しちゃ~」
弓矢と打刀を携えながら、二人の間に入って喧嘩を止めようとしている一八は、オカマで大の男好きで、たまに美男子を口説けば、時に襲おうとする変態である。
「別に良いんじゃねえか? 誰が喧嘩したって、俺には全く関係ないし」
打刀と小刀を携えるている土清は一見まともそうに見えるが、その裏の顔は自己中心的で自分の都合のいい事しか考えず、空気が全く読めない、読みたくもない性格である。
「そうそう! 油だって盗ったしな!」
「おい! それは儂の刀油じゃろう!」
弓矢と小刀二本を携え、手に作兵衛の刀油を見せた泥吉は中でも一番小汚らしい格好だが、その根は非常に欲深く、盗み癖が激しい性格である。
いずれにせよ、作兵衛の手下はどれも最悪の性格であった。
そんな六人が騒ぎ出す姿を見た飛若は全く心配はしていないが、逆に物の怪に返り討ちにされるんじゃないのかと、嫌でも疑ってしまった。
「ねぇ〜? 本当にあんちゃんは物の怪退治にいかないの?」
「何度も言ってるだろ? 何で俺が自ら命の危機がある仕事を引き受けなきゃいけないんだ?」
あっさりと飛若は答える。
「でも、あんちゃん江馬にいた時、みんなの依頼を引き受けたじゃん」
「あれはたまたま仕返しが出来る方法を思いついて、引き受けただけだ。ましてや因縁も何もない人を襲う怪物相手なら、俺は因縁が生まれる前に身を引く」
飛若は自らの命と保身を優先に答えた。
その時、
ドクン!
「ぐっ……!」
突如、背中の刺青から鼓動が高鳴り、飛若は苦悶の表情を浮かべると、その姿を見た鍛丸がキョトンと不思議そうな顔で見ながら彼に声をかける。
「どしたの? あんちゃん?」
「何でもない……ここ最近、ちょっと疲れが溜まっていたようだ……!」
飛若は嘘をついてごまかした。江馬を出てからここ数日、彼は誰一人も殺していない。人殺しを少しでも怠ると、呪いが進行していく事を改めて思い出した。
(そうだ! この村の誰かを森まで連れてきて、物の怪が殺った事にすれば、疑われずに済むだろう)
飛若はその人として最低な選択を閃くと、明日の朝、早速それを実行することを決意した。
「俺は先に寝る」
「あ、じゃあ、オイラも!」
そして、飛若は明日の人殺しに備えて疲れを取る為に、貸してくれた茅葺きの小屋に向かうと、眠気が丁度出てきた鍛丸もまた彼の後を追って、二人でその小屋の中へと入った。
中は藁布団も何もない小さな小屋だが、二、三人がまともに横になれる広さは十分にあったが……
「って、何でお前らまで同じ小屋に入るんだよ!?」
その小屋に入った二人に続いて、作兵衛達六人が次々と小屋の中へと押し寄せて入ってきた。
「仕方なかろう。ここしか空いてなかったからのう」
「狭いだろう!」
「まあそうケチケチするな~飛僧よ!」
作兵衛達は遠慮なしにその場で寝っ転がり横になり始めると、
「グガー!」
「寝るの早っ!?」
秒速で眠った作兵衛に続いて、その手下達も次々と眠りに落ちるのを見て、思いっきり突っ込みを入れる。
「まあ、いいじゃないか。あんちゃん!」
「そうそう、何だったら私が一緒に添い寝してあげるわ」
無礼講を重んじる鍛丸がそう言うと、オカマの一八が飛若の横に近づいて抱きつこうとしたその瞬間、
「ハグッ!」
飛若は容赦なくオカマの顎先に拳を叩き込むと、その一撃を食らった一八は目を回しながら気絶してしまう。
鍛丸もまた旅の疲れにより、彼らに釣られてその場で横になり、眠り始めた。
そしてその夜の事である
「グゴー!」
「グガー!」
「ゴリゴリゴリ!」
「何だと!! てめぇ………ムニャムニャ……」
作兵衛達のいびきと寝言と歯ぎしりの嵐が小屋で響き渡る中、飛若一人だけが地獄を見てるようであった。また鍛丸はそんな騒音の大嵐の中、一体どういう神経をしているのか何事も無く爆睡していた。
「眠れん!!!」
飛若は小屋の中でそう叫んでも、その声はここで寝てる輩の耳には一切通らなかった。
ここでこいつらを殺してすぐこの村から逃げる事も考えたが、それでは後々面倒な事が起き、余計な体力を消耗することを悟り、仕方なくその騒音に朝まで付き合わされる羽目になってしまった。
翌朝
「あんちゃん顔色悪いよ? ちゃんと寝られた?」
鍛丸は目に隈が出て、眠そうな表情をする飛若を見て、心配そうに声をかけるが、
「もう……なんなんだお前らは一体……?」
二日も寝ていない飛若は眠気と疲れのあまりにもう何も考えられなくなってしまった。
「よーし! 行くぞお主ら!!」
「「「「「おおおおおーーーーー!!」」」」」
すると、作兵衛は北の方角を見ながら太刀を掲げると、手下五人はそれに釣られて自らの武具も掲げ、彼らはそのまま深い森へと行ってしまった。
そんな森の中へと消えていく彼らを見て、飛若はようやく解放感を覚えた。
「さて」
飛若は一息すると、隣にいた鍛丸を見下ろした。
「鍛丸、ちょっと俺は外で用事があるから、少しの間この村にいな」
飛若のその言葉を聞いた鍛丸は、首を傾げながら彼を見上げる。
「あんちゃん村の外に出て、どっか行くの?」
「まあな。すぐ戻ってくるから、それまで荷支度でもしてな」
「は〜い!」
鍛丸は子供ながらにしてそう頷くと、飛若はその場から離れた。
そして、今日人を殺して呪いの進行を止める為に、まるで獲物を探すかのように村人達を眺めると、一人の老人に目が入り、彼はその老人を標的にした。
「おい、お前。ちょっとこっち来な」
飛若はその老人に話しをかけ始めると、そのまま人気のいない場所まで無理矢理連れて行き、会話を持ちかけた。
「ちょっと、物の怪が出るという北の森を案内して欲しいんだが?」
「ひっ! な、何故、儂を!?」
「見たところお前のその背負ってる籠の中に入ってる茸を見て、お前は茸狩りを生業としていると見た。だったら、見たところ年老いてるお前なら、長年この森に詳しい筈だ」
「さ、先ほどの者達と共に行けば良かろう!」
「手柄を独り占めしたいのさ。なに、お前の命は全力で守ってやるから」
冷徹に言う飛若に対し、老人は慌てながら手を振った。
「それは出来ぬ! 命がいくつあっても足りやせぬ! それに北の森ならそのまま北へ向かえば、そのうち物の怪に出くわす筈じゃ!」
「ごちゃごちゃ言ってねえで、良いから案内しやがれ! さもなきゃ、この喉元掻っ切るぞ!!」
飛若は腰に差してる小刀を抜き、老人の喉元に刃を当てて脅すと、
「わ、分かった! 行ける所まで案内する!」
老人は飛若のその威圧により圧倒され、あっけなく道案内を承諾してしまう。
「それでいい」
飛若はそう言って安心すると、小刀を鞘に納め、老人と共に北の森へと向かい始めた。




