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第十六話 悪党

 ここは誰も人目の付かない深き森の中であり、夜はすっかり更け、辺り一面は暗闇の森と化し、虫と獣の鳴き声が森中を賑わす。



『ぎゃははははははははははははははははは!!!』


 しかし、そんな賑やかな森の中で虫や獣以上に賑わっていた者達がいた。暗い森の中で一つの焚き火の灯りがあり、そこには人相の悪い男達六人が焚き火を囲いながら宴をしていた。



「美味えなこの馬肉はよ!」


「実に酒に合う!」


 六人の男達が囲うその焚き火には大きな馬肉の塊を直火で、その周りには食べやすい大きさの馬肉を簡単な枝で作った串で刺し、遠火で焼かれてあった。



「こんな愉快な夜は貧乏悪党の俺達にとっては久しぶりだ!」


「お頭! まあどんどん飲んでくだせえ!」


 男の一人が酒壺を持ち、頭の男が持っているお椀に酒を注ぐ。


「おい! お主らもどんどん食え!」


 すると、その頭が顔を向けた方には二人の少年がいた。



「って勝手に俺の馬を我が物顔で言うな!」


「まあまあ、あんちゃん! 今夜は無礼講だ!」


 その焚き火には飛若と鍛丸の二人もいて、こんがりと焼かれてある馬肉を食していた。



 そう江馬で貰った自分達の馬の。



「何で俺が悪党のこいつらと仲良く自分の馬食ってんだ?」



 話を遡るとそれは江馬を出てから、三日目の昼間の事である。







 ―――――――――――――――






 それは旅の道中、馬をずっと走らせて疲れていたところを降りて、馬を休ませながら森の中を歩いていた時の事である。



「あんちゃん、これから何処行くの?」


「とりあえず、吉ノ国へ行こうと思う」


 向かう先が黎門を崇拝する吉ノ国である事を聞いた鍛丸は飛若に問う。


「へぇ~、あんちゃん出家でもするの?」


「そんなんじゃねえ」


「じゃあ、何しに行くの?」


 ここで理由を全て言うことは簡単だが、そうすれば鍛丸は自分を恐れて逃げ、期待はしてないが折角の名刀を貰う話が台無しになるかもしれないことを思い、あえて答えるのをやめた。


「時期が来たら教える」


 彼はそれだけを言うと、鍛丸は納得したのか、していないのか、溜息をしながら後ろに手をやった。


「あーあ、ここ三日間、馬を走らせても全然村に着かないよ~。もう野宿は嫌だ~!」



 鍛丸は不満気にそう呟くと、飛若は平然な表情で答える。



「大丈夫だ。そのうち村にも着く」


「にしても、このあたり人いなさすぎじゃない?」


「確かに妙だな」



 二人は江馬を出てから三日間、一度たりとも人里を見かけなかった。このあたりは人が住めるような環境ではないのかは分からないが、二人がいるその森に彼らは少しだけ不安を感じた。



 ぐうううううううううう



 その時、突然鍛丸の空腹の音が鳴り始めた。



「あんちゃん腹減ったよ」


「我慢しろ。俺だって減ってんだ」


 江馬では結局、食料も買えずにそのまま町を出て行き、これまで旅先で見つけた川の水と少量の野苺で飢えを凌いでいたが、江馬を出てからこの三日間、町はおろか村にすら着かず、平然な素振りを見せて我慢する飛若もまた流石に体の限界が近づいてきた。



「う~もう無理!」


 鍛丸は空腹のあまりにその場にしゃがみ込んでしまう。


「たくっ!」


 飛若は鍛丸のわがままに呆れ、無理やりその手を掴んで引っ張ろうとしたその時、



「ガハハハハハハハハハハ!」



 突如、野太い男の笑い声が森中に響き渡る。



「へへへ!」



 続いて下品な笑い声が聞こえてくると、彼ら二人の周りから刀や槍、弓などを手にして鎧を身に着けた男達六人が森の中から現れて二人を囲った。



「誰だ!?」



 飛若が鋭い視線でその男達に問いかけると、その中に大柄で長く濃い無精髭をモッサリと生やし、眉間と頬を守る半首(はっぷり)を頭に着け、胴丸という名の鎧を着て、腰に長い太刀を佩く男が現れた。



「儂の名は鞍馬衆頭領(くらましゅうとうりょう)畑作兵衛(はたけのさくべえい)じゃ!」



 大柄の男が笑いながら自らの名を名乗ると、飛若と鍛丸の彼ら二人に指を差してこう言った。



「貴様らの持つ、その馬を置いてゆけ! 金になる!」



 男達は飛若の馬が狙いであった。



「野盗か!?」


「いや、俺たちは悪党衆さ」


「悪党だと?」


 飛若が鋭い視線をしながら、無防備な鍛丸を馬の後ろに隠れさせた。



 この時代、郡司や領主の意に沿わず、田畑や土地を侵したり、年貢や宝物目当てで倉を荒らして盗みを働いたり、農民と共に一揆を起こしたりする荒くれ者が各地で現れ、それらを世は「悪党」と呼んでいた。



「悪党共にこんな可愛い馬を簡単に渡すと思うか?」


 飛若はそう言いながら腰の刀を引き抜くと、作兵衛と名乗った男が大笑いする。


「ガハハハハ! たった一本の刀で儂等と相手をするつもりか? 愚かな! こっちには弓があるのじゃ!」


 よく見ると、男達の中には弓と何本かの矢を持った者が二人いた。



「くそっ!!」


 その瞬間、飛若は遠くから狙う弓が相手では勝てないと察し、すぐさま刀を鞘に戻して鍛丸を馬に乗せて自らも乗馬し、馬を走らせてその場から逃げ始めた。



「逃がすか! 泥吉貸せい!」


 作兵衛と名乗る男は手下の一人が持っていた弓と矢を無理矢理奪い取り、弓を引いて逃げる飛若に(やじり)を向けた。



「お、お頭! あんた弓は下手じゃ……!!」


 手下が作兵衛を止めようとするが、当の本人はそれを全く聞かず、飛若に狙いを定める。



「食らえ! 儂の一矢を!」


 その瞬間、作兵衛のその言葉と共に矢が放たれた。弓のしなりの音が鳴り響くと共に、矢は飛若の方へと飛来する。


 しかし、


「ブヒヒヒヒ!!」


 矢はなんと見事に飛若ではなく、飛若が乗っている馬の首に命中し、倒れゆく馬と共に彼ら二人は落馬する。



「あああああああああああああああああああああ! 俺の馬があああああああああああああああああ!!」



 その場から立ち上がった飛若は絶命した馬を見て、両手で頭を抱えながら絶叫した。江馬で折角貰った馬がたった三日であっさりと死んでしまった事に衝撃を受ける。



「貴様ら! 儂の狙っていた馬に何てことをする!?」


「それはこっちの台詞だ! よくも俺の馬を……!」


 作兵衛は自らの下手クソな腕で射ったにも関わらず、飛若のせいにして怒り出すと、彼もまた怒りに震えながら鞘に戻したばかりの刀をまた抜き始めた。



「お主らやれ! 折角の獲物を台無しにしたのじゃ!」


「い、いや……殺ったのはお頭じゃ……」


 手下の一人が汗を掻きながらそう呟くが、作兵衛はその突っ込みを全く聞かず、腰の太刀を引き抜くと、手下達もそれに続いて刀を抜き、槍を向け、弓を構えた。



「殺るしかねえ……!」


 飛若はもう相手に弓が有ろうが無かろうが関係なく男達に挑もうとしたその時、



 ぐぎゅううううううううううううううううう!!!


 ぐぎゅううううううううううううううううう!!!



 その場にいた飛若と作兵衛の二人からこの世の音とは思えない程の物凄く大きな空腹の音が鳴り響いてしまう。



「……」


「……」



 二人ともその巨大な音が鳴った瞬間に沈黙する。無理もなかった。先ほどまで殺気立っていた空気が空腹という名の音により、見事にぶち壊されたのである。


 我慢していたとはいえ、飛若も結局は人間で何日も食べてない事実を隠せきれなかった。作兵衛もまた、おそらく何日も食べてないのか、空腹の為に旅人である二人を襲おうとしたのであろう。


 チラッ


 その時、飛若は横で倒れている馬に目を向けた。


 チラッ


 そして、作兵衛もまた横に目を向けると、そこに祠がある事に気がつき。よく見ると御神酒の入った酒壺が供えられていた。



「な、なあ…? 一時休戦にしないか?」


「う、うむ……!」



 飛若のその提案に作兵衛は乗ると、その場にいた全員がそれに釣られて同意した。





 ―――――――――――――――





『ぎゃははははははははははははははははは!!!』



 で、今に至る。その場で食って飲んで騒いでいる輩共はまさに馬鹿の極みを得た者達のように見える光景であった。先ほどまで争っていたのに、たった一回の腹の音でお互い何故かこういう形で共に宴をする羽目になる。



「改めて名乗る! 畑作兵衛じゃ!」



 作兵衛が名乗ると他の手下達も名乗り出す。



虎丸(とらまる)だ!」


俊郎(としろう)な!」


一八(いっぱち)よ!」


土清(つちきよ)だ!」


泥吉(どろきち)だい!」



 他の五人が次々と名乗り終えると、二人もまた彼らに名乗りだした。



「飛若だ」


「おいらは鍛丸だ!」



 お互い名乗り出すと、作兵衛は豪快に酒を飲みながら二人に話しかけてくる。



「ところでお主ら小僧二人がなぜ旅なんかしておる?」


「別にお前らには関係ないだろ?」


 作兵衛は少し気になり、二人が旅をしている理由を聞こうとするが、飛若は話したとしても、どうせ明日の朝までには寝込みを襲って皆殺しにする訳だから、その必要はないと思い、あえて答えなかった。



「関係ならあるぞ?」


 しかし、作兵衛は飛若に顔を近づけ、馬肉を食べてる彼の目をジッと覗き見る。



「どんな?」


 気にもしないように肉を食べている飛若に対し、作兵衛はこう呟いた。



「なかなかの美形のお主に儂は惚れた」


「ブーーーーー! ゲホッ……ゲホッ……!」


 その瞬間、飛若は驚愕するのと同時に、口に入っていた肉を吹き出して、むせてしまう。



「冗談じゃ」


 作兵衛はニヤリと笑い、お椀の酒をまた呷った。



『ぎゃははははははははははははははははは!!!』



 その時、その場にいた作兵衛の手下全員が飛若のその反応を見て、派手に大爆笑した。



「ギャーハッハッハ! こいつマジで信じたぞ!」


「本当はそういう気持ちも少しはあるんじゃないの?」



 俊郎と一八が飛若を馬鹿にするかのようにからかうと、その途端に飛若は怒り出す。



「殺す……!」


 飛若は腰の刀の柄を掴んで抜こうとすると、作兵衛は笑いを必死で堪えながら彼をなだめる。



「まあ、そうカリカリするな~飛僧(とびぞう)よ!」


「飛若だ! 変な名で呼ぶな!!」



 飛若は何故か分からぬが、飛僧というあだ名で呼ばれた事に無性に腹立った。



「まあまあ、食ってばかりでなく酒でも飲め!」


 すると、作兵衛は飛若に酒の入ったお椀を彼に進める。


「俺はまだ元服もしてねえぞ!」


 彼は差し出された酒を即断ると、



「ヒック……あんちゃん……そう言わずに飲んでみな! いい気分だ……!」



 その横にはいつの間にかお椀を持ちながら泥酔している鍛丸がいた。



「なにお前まで飲んでんだ!?」


「俺が飲ませた」


「馬鹿じゃねえのか!?」



 面白おかしくニヤつく虎丸に対し、飛若は思いっきり突っ込みを入れる。



『ぎゃははははははははははははははははは!!!』



 もうその場は凄まじい馬鹿騒ぎであった。作兵衛達はさらに豪快に酒を飲み続け、暴れ回り、鍛丸はもう既にその場に眠ってしまう。



「あ~もう~! 何なんだこいつらはあああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 飛若は訳も分からずにその場で叫びだし、その声は森中に響き渡った。







 翌朝





 飛若の目には隈が出来ていた。作兵衛達が眠ったら寝込みを襲って殺そうと考えていた彼であったが、あれから一行に寝ようとしない作兵衛達と朝まで宴会に付き合わされ、一睡もしていない。だが、肝心の彼らは、



「ん~~~良き朝じゃ!」


 朝まで飲んでもケロッとしている作兵衛達の姿を見て、怪人ではないのかとその時の飛若は思った。



「どうした飛僧? 気分が悪そうだが?」


 爽快な笑顔をした作兵衛は具合の悪そうな飛若の顔を見ると、彼は虚ろな目でこう思った。




 ーーこいつら……なんか分かんねえ。



 ーーなんか分かんねえけど……。



 ーー殺す気失せるー。







 やつれたような表情をする飛若は、ただそれだけを感じた。


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