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第十五話 用心

 

 その夜、吉郎一派が牛耳る鍛師座の二階にある座敷には、明かりが灯され、役人と吉郎と内麻呂の三人の高笑いが聞こえてきた。


「ホッホッホッホッホ!」


「ハッハッハッハッハ!」


「フッハッハッハッハ!」


 蝋燭の薄明かりが、座敷の中を怪しく照らし、昼間から飲んでいた三人はまだ酒席を堪能しながら酔っていた。



「いや~今宵も愉快ですな吉郎殿」


 役人は吉郎の盃に酒を注ぐと、


「こちらこそ、お役人様の日頃のお勤めのおかげで、儂等は今こうして優雅に暮らせておりまする」


 吉郎もまた役人に酒を注いで褒め称えた。


「そんな吉郎殿。儂はそれほど大それた事などしてはおらぬ」


 役人はそのまま盃を煽ると、吉郎はピン!と何かを思い出したかのような閃いた表情になり、役人にある事を呟き始めた。



「それよりもお役人様。例の物をお持ちいたしました」


「例の物?」



 役人は疑問な表情を浮かべると、吉郎は内麻呂に顔を向ける。



「ほれ、内麻呂よ」


「ハッ」


 すると、内麻呂は側に置いてある山吹色の模様をした鞘袋を手に取り、紐を解いて中から一本の太刀を取り出して、そのまま丁寧に役人に手渡した。



「ほほ~これは何とも見事じゃのう」


 役人はその太刀を抜くと、美しい刃紋が浮かぶ刀身を見て、惚れ惚れとする。



「お役人様には、いささか物足りぬ代物かと思われますが……」


「かまわぬ吉郎殿。儂は刀には目がなくてのう。これでも十分、儂は満足じゃ」


「ホッホッホッホッホ!」


「ハッハッハッハッハ!」


 二人がまたも高笑いをすると、その横にいた内麻呂もまた、堪えるかのように「くくく」と小さく笑い始める。


「さて」


 すると、吉郎は一息をして、盃を御膳に置くと、襖の奥に目を向けた。



「そろそろ吐いたらどうかのう? 鍛丸よ」


「む~! む~!」


 そこには縄で体を拘束されて横に倒れ、口を布で縛られた鍛丸がいた。



「儂はこれよりも更に優れた名刀、宗彦の傑作品を手にしとうのじゃ。素直に申せば、事が済むのだがのう?」


 役人は太刀の刀身を撫でながらそう言うと、内麻呂が無言で立ち上がり、鍛丸に近づき口に縛られた布を解いた。



「プハッ! んな事言ったって、知らねえもんは知ら……ぶっ!」


 その瞬間、内麻呂は鍛丸の顔に蹴りを入れると、少年はその場から勢いよく横転する。



「いい加減に宗彦が隠してある刀の場所を吐けい!」


「親父が作ったものは、もう親父が全部溶かしちまったよ。今更探そうとしても無駄だって!」


 少年の髪を鷲掴みして怒鳴る内麻呂に対し、鍛丸は訴えるかのように答えるが、



「ふむ、困ったのう。お主を如何様にすれば、その口を割るものか」


 この場にいる三人は鍛丸のその言葉を全く信じなかった。



「大体、役人のあんたは刀なんて腐るほど持ってんだろ?」


「うつけめ。儂はこの世のありとあらゆる名刀を集めとうのじゃ」


「うつけはお前だ」


「なんじゃと?」


 その時、役人は目を細めながら鍛丸を睨みつけると、彼は尚も答えた。



「うつけはお前だと言ったんだよ。今のこのご時世、飾る為に刀を集めるあんたに刀を持つ資格なんてない」


「ほほ~」


 やがて役人は顎に手を当てながら、鍛丸を見下ろす。



「折角、この世に作られた名刀を使ってくれないんなんて、刀が泣いてるよ」


「なるほどの」


 役人はそう頷くと、吉郎の方に顔を向け、吉郎はそれを見て無言で頷いた。



「内麻呂よ、爪責めを」


「なっ!」


 鍛丸はその瞬間、役人のその言葉に絶句した。爪責めとは、その名の通り、爪を剥がす拷問である。



「承知」


 内麻呂はそう言うと、懐からヤットコを取り出して、鍛丸に近づいた。体を縄で縛られている少年は暴れながら、その場から逃げようと芋虫みたいに這いずるが、あっけなく内麻呂に取り押さえられる。



「や、やめてくれ!」


「吐かぬお主が悪いのだ」


 役人のその冷酷な言葉と共に、内麻呂は力づくで少年の手を掴み、その爪にヤットコを挟んだ。



「いずれ、儂等はこの町のあらゆる鉄と刀を全て我が物とし、上物は大殿に献上し、今より良い位に就こう」


「ホッホッホッホッホ!」


「ハッハッハッハッハ!」


 役人と吉郎の二人はまたも高笑いをしたその時、



「そんなに鉄と刀が好きか?」



 どこからか若者の声が聞こえ始めた。



「何奴じゃ? 姿を現わせい!」


 内麻呂は咄嗟にヤットコを捨てて、爪責めを止めると、すぐさまその場から立ち上がって、周りを警戒した。すると、目の前の障子が開けられ、飛若が現れた。



「あんちゃん!」


 鍛丸は彼を呼んだ。飛若のその姿は何故か血まみれで、手には血の染みついた風呂敷で包まれた丸い何か(、、、、)を持っていた。



「お主は先ほどの小童か」


「テメエらの悪行はなんとなく、この耳で聞いたが、俺はそんなのはどうだっていい。さっきはよくも俺を騙して砂金と小刀を盗った挙句、散々好き放題やってくれたな……!」


「ホッホッホッホッホ!」


「ハッハッハッハッハ!」


「フッハッハッハッハ!」


 怒りに燃えてる飛若を見て、三人はまたもや高笑いをする。



「お主一人でここまで参ったのか。愚かな」


「曲者じゃ! であえであえ!」


 役人は笑い、吉郎は大声で屋敷全体にそう叫ぶと、その場の周りの障子が全てが開けられ、用心棒達が集まり、刀を抜いて飛若に構え始めた。



「愚かはどっちか、今からコイツ(、、、)で見せてやる」


 飛若は手に持ってる血の滲んだ風呂敷を掲げた。



「この者を斬れ」


 吉郎がそう命じると、男の一人が刀を上に掲げて飛若に襲いかかった。



「やーーー!」


 男のそのかけ声と共に飛若に迫ったその瞬間、



「おい、鍛丸! 死にたくなかったら何も見ずに床だけを見てろ!」


 飛若は鍛丸に強くそう伝えると、少年は言うとおりに顔を床に埋めた。すると、飛若は懐から狐の面を取りだして顔につけ、手に持った風呂敷を解いてその中身を取り出し、襲いかかってくる男に見せた。



「なっ……!」


 男はそれを見て驚愕する。それは土仮面を顔につけた人間の首であった。


 ギィィィィン!


「カハ……!」


 その瞬間、土仮面の異様な光景を見た男は息が詰まったかのような声を出し、その場に静止すると、


「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 突如、男は狂ったかのように飛若ではなく、仲間の一人に斬りかかった。


「ぎゃあ!」


 仲間は首筋を斬られ、血を噴き出すと、その場の者達全員がその行いに驚愕する。


「テメェらもこいつを見な!」


 ギィィィィン!


 更に飛若はその仮面の付いた首をその場の男達に見せた途端に用心棒の大半が狂いだした。


 すると、その場にいる用心棒達は狂ったかのような雄叫びを上げ、何故か仲間同士で斬り合いを始め、斬られた者はその場に倒れ、斬った者は次なる標的を見て斬りかかった。



「お、お主達! やめよ! 一体どうされたのじゃ!?」


 吉郎の言葉は彼らの耳には届かず、用心棒達はお構いなしに仲間同士で殺し合う中、飛若はその中に入り、斬られて倒れている男の持っていた太刀を奪い、虫の息になっているその男の首にとどめを刺すと、その斬り合っている男達を横から次々と斬り続けて進んだ。


「ぐあっ!」


「ぎゃっ!」


 その様子を見た内麻呂は飛若の持っている首をチラッと見ると、その表情が青ざめる。



「お、お二方! あの土仮面と顔を合わせてはなりませぬ!」


 すると、内麻呂は役人と吉郎を後ろにやると、印を結び、呪文なしで結界を張った。しかし、飛若の持っている仮面の付いた首を掲げて顔を向けさせると、半球の薄い膜で覆われた透明の結界は突然震え始める。



「なんという強き呪詛……! お主その呪いの面、一体どこで!?」


「どうだって良いだろう? 今からテメェらは俺に殺されるんだから」


 冷酷な口調で近づく飛若は、手に持ってる血の付いた太刀をギラリと輝かせながら三人に近づく、周りの用心棒達は仲間同士の死闘に集中して、誰も彼らを助けようとしない。




 飛若の持っているその土仮面はお面屋の老婆から貸してくれた呪いの面である。これは付けた者の命を生贄に面と顔を向けた者を狂わし、仲間同士で殺し合わせるあまりにも危険な面である。


 しかし、飛若はその危険な面を利用し、先ほど飛若を騙した男の顔に付けさせてその命を生贄にした。しかし、この場合、相手に面を付けさせて目を合わせた飛若自身にも呪われると思う筈なのだが、この土仮面は目を合わせた者を呪う物ではなく、顔を合わせた者(、、、、、、、)を呪う物である。


 つまり言うと、いま飛若が付けている狐のお面により、土仮面と顔を合わせるのを防ぎ、自ら呪いを受けるのを防いでいるのである。また、生贄して殺した男の首を斬り取って携行することにより、完全な武器として扱えることになる。




「おのれ……破!」


 内麻呂はその危険な土仮面に危機感を覚えると、すぐさま印を結び、飛若に目掛けて水の玉を放った。


『貪欲』


 だが、その瞬間、飛若は刺青に覆われた左手を前に出すと、その水の玉を吸収した。


「なっ!」


 内麻呂は飛若のその奇妙な術に驚き、尚も道術を放ち続けた。


「破! 破! 破! 破!」


『貪欲』


 内麻呂は水、火の玉を交互に連発するが、飛若がそれらを全て『貪欲』で吸収して無効化する光景を見て絶句した。


「バ、バカな……何故、我が道術が効かぬ……!」



 無論、当の本人は効いてはいた。飛若は『貪欲』を使う度にその場で叫んでしまいそうな程の苦痛を確かに味わっていた。しかし、彼の苦悶の表情は決して相手に見られないように狐の面で隠してある。


 あとは我慢することによって、相手は自分に道術の効かぬ相手だと思わせる策を飛若は実行した。


 つまり言うと、この内麻呂との戦いは、単純に真っ向から勝負をするものではなく、一種の心理戦である。



「ならば奥の手だ!」


「ま、まさか内麻呂……! このような狭いところで……! よせい!!」


 吉郎は内麻呂を止めるよう命じたが、その声も届かず、彼は印を結び始めた。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」


 その瞬間、内麻呂の九字により、空間から五芒星の紋章が現れ、そこから広範囲の炎が噴き出された。豪炎はやがて、美しき孔雀に似た巨大な霊鳥へと変化し、ピィィィィィ!という鷹のような甲高い声を発する。


「拙者が十数年修行して、会得したこの奥義! かつて、この術の餌食にならなかった者など一人もおらぬ!」


 内麻呂は自身満々な表情で笑いながら告げた。


「そのまま、火の鳥の餌食となれい!」


『ピィィィィィィィィィィィィ!!』


 炎の霊鳥はそのまま翼を羽ばたかせ、飛若に向かって突っ込んみ、その鋭利な炎の鉤爪で彼を引き裂き、焼き殺そうとする。


『貪欲!』


 だが、炎の霊長は飛若の貪欲の力によって圧倒され、霊長はピィィィィィ!と断末魔のような叫び声を上げながら、彼の左手に吸収されてしまった。


 その時、内麻呂の奥義を吸収した飛若は苦痛の余りに流石に体が震えそうになり、その場に倒れそうになった。これほど大量の神通力を吸収したのは、前に涅槃で餓者髑髏と戦った以来であった。しかし、飛若はその苦痛を気合いと根性で我慢し、一切倒れずに耐え抜いた。



「バ、バカな……我が奥義が……!」


「曲芸は終わりか?」


 平然な素振りを見せ続ける飛若はゆっくりと相手に近づくと、内麻呂は相手が道術が全く効かない敵だと勝手に思い込み、その表情は恐怖へと歪む。


「ひっ、ひぃ……!」


「逃がすか!」


 その時、用心棒であるにも関わらず、本来護衛すべき筈である要人二人を置いて、突如その場から逃げだそうとした内麻呂を見た飛若は次の瞬間、手に持ってた太刀を内麻呂に向かって投げ飛ばした。遠心力で回転する太刀は次の瞬間、内麻呂の足を斬り、相手はその場に倒れてしまう。


「うわっ! あああああああああああああああ!!」


 足の腱を斬られて床はその流れ出す血で広がり、内麻呂は激痛のあまりにその場から立てず、逃げられずに叫ぶと飛若はユラリと相手に近づく。



「ま、待て! 降参だ!」 


「道術が使えなくなったら、何一つ出来ないのかよ」


 すると、飛若は手に持ってる首を放り投げると、懐からもう一つあった仮面を取り出した。木で作られ、血の跡が付いている不気味な仮面を見た内麻呂はその瞬間、腐っても陰陽師ながらにして、その仮面の正体をすぐに察し、恐怖のあまりに突然泣き出した。



「た、助け……命だけは……!」


「ここで命乞いか? 自分の命も用心出来ない用心棒がいてたまるかぁ!!」



 すると、飛若は内麻呂の髪を力づくで掴み、その不気味な仮面を内麻呂の顔に無理矢理付けさせた。


「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああ!」


 その瞬間、内麻呂は断末魔の叫び声を上げ、仮面を無理矢理取ろうとその場で暴れてのたうち回るが、仮面は内麻呂の顔の皮と完全に同化して剥ぎ取れず、更にはその仮面の目、鼻、口から血が流れ始めた。



 お面屋の老婆が持っていたもう一つの禁断のお面、付けた者の目、鼻、口などの穴から血を噴き出させて殺す呪われた仮面である。



 やがて、内麻呂はその場で力尽き、ピクピクと痙攣しながら息絶えてしまう。



「ひっ!」


「だ、誰ぞ……!」


 その内麻呂が無惨に殺される光景を見た役人と吉郎の二人は腰を抜かしながら、その場から逃げようとするが、


「おっと、お前らもタダでは殺さねえ。そういう約束をしたからな」


 飛若は二人を逃がさまいと、その髪を鷲掴みした。



「う、うぎゃあああああああああ!」


「誰かあああああああああああああ!」


 髪の毛が頭皮ごと引きちぎれるのではないかと思わんばかりに、飛若は二人を引きずって、その座敷から出て行く。役人と吉郎は誰かに助けを乞うが、気づけば周りの仲間同士で殺し合っていた用心棒達は皆斬られて、虫の息になっていた。



 誰も二人を助けられる者がいない。



 やがて、飛若は座敷を出ると、そこには多くの職人達が集まっていた。



「殺せ!」


「やっちまえ!」


「俺たちを散々苦しませやがって!」


 職人達は皆、吉郎と役人を見て怒声を放ち、数人の職人が飛若の下へとやってきた。


「まずはお前からだ。鉄が好きなんだろ?」


 すると、飛若は役人を数人の職人に逃がさないように押さえつけさせると、吉郎を無理矢理、炉の台まで上がらせた。目の前には人が入れるぐらいの巨大な粘土で出来た炉が勢いよく黒煙と豪炎を立ち上げながら燃え盛り、熱風が漂う中は大量の砂鉄が赤く溶けていた。



「ひゃあああああああああああ! お助けええええええええええええ!」


「我が名は飛若! これよりこの醜い鉄の塊を生きたまま炉にぶち込む!」


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』


 飛若は大声で自らの名を名乗り、吉郎をこのまま焼き殺すことを宣言すると、職人達はそれを見て、鍛師座中に震わすほどの歓声を上げる。



「皆! これはどう見ても鉄だよな?」


「そうだそうだ! どう見たって屑鉄だ!」


 飛若は職人達に確認するかのようにそう聞くと、彼らは怒りのままに即答えた。だが、飛若は職人達のその怒りに応えるかのように更に煽り続ける。



「鉄だよな?」


『おう!』


「鉄で良いんだよな?」


『おう!!』


「鉄にしか見えねえんだよな!?」


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』



 職人達は飛若のその煽りに乗って大歓声を上げると、吉郎はその光景に絶望する。今までやってきた悪行のツケが今ここで制裁という名の形で払われる事に。


「いくぞ皆!」


 すると、飛若は吉郎の髪と背中の服を強く掴み、勢いをつけながら同時に職人達と共に一斉に声を上げた。


『せ~の!!』


 その声と同時に飛若は吉郎を力尽くで炉の中へと放り投げた。


「ぎゃああああああああああああああああああ!!」


 その瞬間に炉の中から断末魔の叫び声が聞こえた。


「熱い熱い! だ、誰か、うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 炉の中で放り投げられた吉郎はその場から出ようと這い上がるが、あまりの高さに上がれず、その身は生きたまま豪炎に焼かれて皮膚は溶け、やがて段々と焼け焦げていく。すると、吉郎の悲鳴は徐々に静まり、吉郎が遂に力尽きたという事をこの場の誰もが悟った。



「試しにこの鉄で武具を打ちな! 最悪な武具が出来るぞ!!」


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 彼は職人達にそう叫ぶと、職人達は吉郎が死んだ嬉しさのあまりに涙混じりの大歓声を上げた。


「さて、仕上げに」


 ところが、飛若はこれだけでは終わらせなかった。


「まだコイツがいるぞ!」


 飛若は今度は職人達が押さえつけている役人に指を差した。



「最後にこの悪徳役人に皆の作った刀を献上する!」


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』


 飛若のその宣言に職人達はまたも歓声を上げると、数人の男達が大量の刀を持ちながら飛若にやってきた。


「コイツをうつ伏せにさせろ」


 飛若は男達にそう頼むと、彼らは言うとおりに役人を力尽くで無理矢理這いつくような体制にさせ、飛若は彼らの持ってきてくれた大量の刀の内の一本を取った。



「や、やめよ! 役人のこの儂に手を出せば、どうなるか分かっておるのか!?」


「さあ? 少なくとも、この場にいる皆はどう思うのだろうな?」


 飛若は冷酷な口調でそう言いながら、手に持ってる刀をゆっくりと抜くと、役人はその無慈悲な飛若を見て絶句した。


「刀が好きなんだろ?」


 飛若は刀を逆手に持ち替え、役人をギロリと見下ろしながら迫る。


「ほら? 皆がお前の為に必死で作ってくれた刀だ。くれてやるよ!」


 その言葉と同時に飛若は役人のその手の甲を刀で串刺しにした。


「ぎ、ぎゃあ!」


 役人は手の激痛により苦悶の表情を浮かばせると、続いて飛若はもう一本の刀を手に取って抜き、今度は役人の足に刺した。



「や、やめてくれええええええええええええ!!!」


「いいぞ! もっとやれえ!!」


 職人達は自分達の作った刀で悪徳役人が苦しむ姿を見て、まるで自分がやっているかのように感じ、笑いを堪えずに喜びに満ちていた。これが飛若が職人達と交わした約束である。それほど職人達は吉郎と役人を憎んでいた。



「まだ八十二本ある。 全部受け取りな!」


「ぎ、ぎゃあああああああああああああああ!!!」


 鍛冶座は役人の絶叫と職人達の歓声に満ち、まるでお祭り騒ぎのような騒動になっていた。


 やがて、全ての刀を体中に刺し終えると、役人はいつの間にか絶命していた。



 呪いの仮面で顔中、仮面と共に血まみれになって呪い殺された津守内麻呂。豪炎が燃え盛る炉の中で黒焦げになって焼き殺された吉郎。計八十四本の刀全てを体中に刺されて殺された役人。


 悪行の限りを尽くした三人の無様かつ無惨な最期であった。



「無事か?」


「う、うん……!」


 飛若は座敷にいた鍛丸に近づくと、その縄を小刀で切り始めた。



「あんちゃん。いくら何でもやりすぎじゃ……?」


「奴らは俺を騙し、散々、俺を好き放題殴って遊んだ挙句、金目の物と小刀まで盗ったんだ。それにこの町の職人達から奴らをタダじゃ殺さず、惨殺してくれたら、お詫びとして職人達から報酬を貰う約束をしたんだ」


 鍛丸はその飛若の淡々とした答えに若干の引け目を感じたが、同時にある思いを抱えた。



 この男はいざという時に強いと。



「ほら、これでお前も奴らから解放された訳だ。行け」


 縄を解いた飛若は鍛丸にそう伝えると、少年はそのまま無言で何処かへと行ってしまった。





 ―――――――――――――――



 やがて、盗られた砂金と小刀を回収し終えて、鍛師座から出た飛若はその外で待っていたお面屋の下へとやってきた。


「ババア、すまねえな。わざわざ面を貸してくれて」


 飛若は風呂敷で包まれた二つの呪いの仮面と狐の面をそのまま老婆に返した。


「ヒッヒッヒ! お主のような美男子の為なら、安いものよ」


 老婆は不気味に笑いながらそれらの面を受け取ると、呪いの仮面を慎重に箱に納め、札を貼って封印した。


「まさか人の命を奪いかねぬ程の危険な呪いの面を、このような使い方をする者を見たのは、長年生きてきた中でお主が初めてじゃ」


 付けた者、見た者を呪い殺す厄介な呪いの仮面を逆に武器として利用した飛若のその行いに、老婆は感服して褒め称える。


「これで足りるか?」


 その時、飛若は奪われた砂金袋をまるごと老婆に投げ渡すと、老婆はその中身を見て驚く。


「おお! これまた砂金とはのう! これほど沢山貰っても良いのか?」


「それぐらいの価値あるものを貸してくれたんだ。あれが無かったら俺は何一つ出来なかった。釣りがあったとしてもとっとけ」


「太っ腹じゃのう。これなら儂は残りの老い先短い人生を隠居する事が出来るわい」


 老婆は大いに喜ぶと、飛若に礼を言う。


「感謝いたす。なら、お釣りはタダでお面を一つお主に渡そう。どれか好きな物を持っていくが良い」


「別にいら……」


 その時、飛若はいらないと言おうとした瞬間にふと、ある事を思った。


(まてよ? この先、面さえあれば、いざ人を殺す時、俺自身の素顔を隠せるだろう……)


 彼はそう考えた。人を殺める上で一番厄介なのは顔を見られることである。いつの世も人間は人を殺める場を見た時、その時の記憶が根深く頭の中に刻まれる物である。そうなると、人を殺めた者はいつの日か罪人として追われるか、はたまた遺族から仇討ちとして追われるか、いずれも因果応報というものが降りかかるものである。


 しかし、お面で顔を隠せば、それを軽減することが出来るかもしれない。彼はそう思った。


「じゃあ、この狐の面を貰う」


 そして、飛若は先ほど使っていた一番普通な狐のお面を手に取った。


「呪詛も何もないただのその面で良いのか?」


「これで十分だ」


 飛若は呪いも何も付与されてない老婆のその一言を聞いて安心し、狐の面を選んで顔に付けてみた。


「なかなか様になっておるではないか」


「別に見た目は関係ねえ」


 そう言うと、彼はお面を取り外し、風呂敷の中に閉まうと、ふと荷車に並べられてある品物の中にある物が目に入った。


「これは?」


 それは頚部を広げた変わった形をした蛇の彫像であった。


「吉ノ国で手に入れた彫像じゃ」


「吉ノ国?」


「黎門を崇拝する国じゃ。あそこはあらゆる黎門の教えと学に満ち溢れておる所でのう」


 吉ノ国、雲原地方を治める国でここより東にある文化の国である。


「この蛇はなんだ?」


 飛若はその異様な姿をした蛇がどうしても気になった。自分を呪ったあの大蛇と同じ形状をした蛇であったからである。


「かつて古の時代より存在し、その余りにも強い猛毒を持ち人々に恐れられ、人間の手によって滅ぼされた伝説の生き物、『竜』じゃ。またの名を『古武羅(こぶら)』とも呼ぶ」


「竜……古武羅……?」


 飛若はその蛇の名を聞くと、何かに導かれるかのように決心した。


「次の行き先は決まった」


「おや? もしや行くのか?」


「ああ、雲原、吉ノ国にな」


 この蛇の彫像を作った吉ノ国に何か手がかりが少しでもあるのかもしれないという期待を抱えながら、彼は東の方角を見た。


「ヒッヒッヒ! 吉ノ国には十分気をつけるのじゃぞ。近頃、僧兵共による一向一揆が起きておるからのう」


 老婆はその助言を最後の別れの言葉として、その場から荷車を押して去ってしまった。





 その後、飛若は次に報酬を貰おうと職人達に会う為に、町の広場へとやってきた。


 広場には大勢のガタイの良い職人達が集まり、飛若を待ちわびていた。その中で、鍛師座の頭領が飛若に近づいて話し始めた。



「飛若殿。お主は刀と米を欲しておると申したな」


「まあな」


「残念ながら、本来これらの米は儂等の物なのだ。既に飢えておる者もおるのでのう。また刀も全て、お殿様に上納する物なんだ。だから、諦めてくれと言いたい所だが、それでは儂等の申し分がない。せめて、これをお主に渡そう」


上古刀(じょうことう)か。古くせえ刀だな」


 上古刀とは、刀身が真っ直ぐの直刀の事である。



「だが、切れ味は凄腕の研師に研いで貰った代物だ。一回だけだが、相手の首を斬り落とす事が出来る」


「じゃあ、その一回で相手の首を跳ね飛ばした後は斬れ味が鈍ってそれほど斬れなくなるという訳か」


「それはそなたの腕次第である。後はお主で研いでおくれ」


「半端な刀よこしやがって。まあ、無いよりはマシだが」


 飛若は頭領に失言を告げるが、本人は笑いながら彼の肩を軽く叩く。


「まあ、そう機嫌を損ねるな! その代わり、これもまた授けよう」


 すると、大勢の人混みの中にいた一人の男が手綱を引きながら、あるものを持ってきた。


「おお! こりゃあ馬じゃねえか!」


 茶色い毛並みを持つ馬を見て、飛若は大いに喜んだ。



「お役人様の馬である。この先、旅をするには持って来いの代物であろう」


「ああ! これなら、どこへでもすぐに行ける! 十分良い報酬だ!」


 飛若は元気な馬に近づき、その顔を撫でた。彼は臼井村にいた時、馬飼の仕事をしていたので、馬の世話は勿論、馬術とまでは行かないが、馬の乗り方は十分に心得ていた。



「飛若殿。此度の件は儂等は見なかったことにする。だから、今宵すぐにここを発て」


「分かっているよ」


 飛若は頭領の言うとおりに今すぐこの町から出るために馬の手綱を優しく引いて、関所に向かった。職人達はそれを見送るように彼の後を追う。


「よしよし、良い子だ」


 そして、関所に着くとその門は開かれ、飛若は馬に優しく語りかけながら、ゆっくりと乗馬した。


「じゃあ達者でな」


 飛若は彼らにそう告げて関所を出ようとしたその時、



「うわあああああああああああああああああああ!」


「ん?」


 突如、聞き覚えのある少年の叫び声が聞こえ始めた。


「やい、鍛丸! 今度こそ金返せやオラァ!」


「だれか助けてえ!」


 その声が聞こえる町の奥から、借金取りの男達から逃げる鍛丸がこちらに来て、飛若の前に息を切らしながら立った。



「あんちゃん頼む! おいらを助けてくれ!」


「助けてくれって何をだ?」


「おいらをこの町から逃がすために旅に連れてってくれ! もう、この江馬には入られないんだ!」


 手を合わせながら懇願する鍛丸を見て、飛若は怪訝な表情を浮かべる。


「はぁ? 断るに決まってんだろ。なんで俺がお前と旅を共にしなきゃいけねえんだ?」


 ロクに知りもしない人間と旅に同行するなど、遂に多額の借金を返せない余りに頭がおかしくなったのかと、彼は思った。


「それに俺の旅はかなり危険だぞ。お前の命も巻き込むかもしれねえほどにな」


 呪いを背負う彼にとって、もしかしたら鍛丸を殺してしまわねばならない時が来るかもしれない事を思って彼に警告するが、


「まあ、そんなこと言わずに! おいらを旅に連れてって親父に会わせてくれたら、そんな古くさい刀より、もっとすごい名刀を作らせて貰うよう親父に頼んであげるからさ!」


 その時、飛若は鍛丸との会話を思い出して深く考えた。鍛丸の父親、多賀宗彦(たがのむねひこ)。それは世に名高き刀匠で、多くの名刀を作ってきた名匠だと言うことを。



「鍛丸ーーーーーーーーー!!」


「あんちゃん!」



 自らの腰に佩いてる上古刀を見た飛若は遂に決断した。


「おわぁ!


 馬に乗っている彼はその瞬間、鍛丸の襟を掴んで力尽くで引き上げると、その後ろに乗せた。



「そこまで言うなら旅に連れてってやる。その代わり、お前の親父に良い刀作らせて貰うからな」


「あんがてえあんちゃん!」


 そして、飛若は馬を走らせて関所を出ると、少年に告げた。


「あと、もう一つ言う。俺の旅がかなり危険な旅だという事を肝に命じておきな」


 それを最後に伝えると、飛若は東へと馬を走らせた。二人が向かう先は黎門を崇拝する国、吉ノ国である。





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