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第十四話 手段

 

 ―――――――――――





「おい、連れてきたぞ」


 炭火の臭いと熱気が漂う工房、鍛師座にやってきた飛若は先ほど依頼を頼まれた男に会い、暴れる鍛丸を男に差し出した。


「おお! よくやった!」


 男は大いに喜ぶと、鍛丸を見下しながら罵声を浴び始めた。



「やい! オメエには貸した金をちゃんと返してもらうからな!」


「おっちゃんごめん! 実は金は病気がちの乞食達を助ける為に使っちまったんだ!」


「嘘つけえ! おめえの賭博好きは、この町で知らねえ奴はいねえんだよ!」


「ほ、本当だって! 信じてくれよ! おいらのこの純粋に輝く童心溢れる子供の目をちゃんと見てくれ!」



 鍛丸は跪き、手を合わせながら上目遣いで男に見つめると、男は大層に驚いた。



「おおー! なんとも泥のように濁りきって、腐り果てたクソガキの目だな! ガキだからというのを利用してまで金をせびた挙句、即行で賭博に行くようなおめえを信用できる奴はもはや誰もいねえんだ!」


「チッ!」


 鍛丸は男に虚言を見抜かれて舌打ちをした。この鍛丸という六歳ぐらいの少年は、よほど金遣いが荒いのであろうと、この時の飛若は悟った。



「借金の代わりとして、宗彦の刀の在処を今日こそ吐かせて貰うぞ!」


「あんちゃん! 助けてくれ! 何でもするから!」


「あいにく、今のお前の態度を見て、俺もお前を信用出来なくなってきた」


「そ、そんな……! おいらとあんちゃんは今まで共に借金の肩代わりをした仲じゃねえか!」


「なにデタラメな言ってんだ! 俺とオメエはさっき始めて会ったばかりだろうが!」



 飛若は鍛丸の咄嗟に出任せを聞いて怒り出すと、男はニヤけ始める。


「へへへ! そいつに何でもしてもらうぐらいだったら、俺たちに何でもしてもらおうか!」


 男はそう言うと鍛丸の体を力づくで地面に押さえつけた。


「い、痛い! あんま乱暴にしないでくれよ!」


 とは言っても、実際は暴れながら抵抗しようとする少年を見た男は、鍛丸の体を縄で縛りつけ、その頭を踏んで見下ろしながら言い放った。



「一つ言っておく! 世の中は信用が大事なんだよ!」


「今のこの世の中じゃ、信用は人を欺き、騙す為に存在する」


「救いようのねえガキだな」



 男はそんな鍛丸に呆れると、ここでやっと飛若に面を向けて会話を始めた。



「おめえさんには感謝してる。礼を言うぜ!」


「礼なら、形として俺にくれ」


「おお! そうだったな!」



 男はすっかり忘れていたのを思い出したかのようにポンと手を打つと、飛若はふと気になった事を思い始めた。


「ところで俺の牛は?」


 鍛師座の外には先ほど男に預けておいた牛がどこにも見当たらなかった。



「ちょっと別の所に移したのさ」


「ふ~ん。まあいい、約束通り米一升をくれ」


「もちろんだ! ついてきな!」



 飛若は牛が見当たらない事に少しだけ疑問を抱えるが、どうせ後で返してくれるだろうと思いながら、ゆっくりと鍛丸を連れていく男の後を追った。


 三人は鍛師座の中に入りると、そこはとても広い場所で会った。黒煙と炎が立ち上がる巨大な炉と多くの工房で鉄を打つ鍛冶師達が汗をかきながら作業に集中しているのが見え、鍛冶師達は刀や鏃、槍や薙刀の鉾先、鎧兜など、様々な武具を作り、その大量の武具を見た飛若は正直一つだけでも欲しいという感情を抱いていた。


 やがて、二人は奥の階段を上がると、二階は座敷で刀を抱えた荒くれ者の用心棒のたまり場となっていた。


(なんか見るからに嫌なところだな)


 用心棒達は怪しげな笑みを浮かびながら、こちらを睨んでるのを見て、飛若は本能的に何らかの危機感を少し抱えた。


 そして、男は一番奥の障子まで案内して着くと、途端にその障子の前で膝をつけ始めた。


「吉郎様」


 男はその名を呼びかけると、障子の向こうにいた人物が答える。


「なにようじゃ?」


 障子に陰だけ姿を映したその吉郎と呼ばれる者が用件を聞くと男が答える。



「鍛丸を捕らえました」


「ホッホッホ! それはご苦労であったのう。入るが良い」



 男はゆっくりと障子を開けると、三人はその座敷に入り始めた。すると、そこには三人の男が御膳の前で宴をしていた。


 一番右にいる頭巾を被った小太りの男が吉郎で、真ん中にいる烏帽子を被り、それなりの良い着物をした初老の男が役人で、左に長髪で黒装束を着ていた男が陰陽師の津守内麻呂(つもりのうちまろ)である。


 三人とも昼間から贅沢に酒を酌み交わし、笑いながら酔っていた。



「この者が鍛丸を捕らえました」


「なるほど、その方がのう」



 酒に酔って顔を赤くした吉郎は顎に手を当てながら飛若を見つめる。



「仕事の依頼を引き受けたので、報酬の米を受け取りに来た」


「ふむふむ」



 吉郎は飛若のその言葉を聞くと、ニヤリと笑いながら手を叩き始めた。


「それ皆の者、歓迎として報酬を与えよ」


 すると、その途端、周りの障子全てが突然開き、そこには用心棒達がニヤけながら彼らを囲った。



「あ、あんちゃん!」


「お、おい! これは何の真似だ!」


「へへへ、見ての通りさ。報酬だよ!」



 すると、その横にいた依頼人の男が突如、飛若の腹を思いっきり殴りだした。



「ぐはっ!」



 飛若はその衝撃でくの字となり、床に倒れ込んでしまう。彼は一体何が起こったのか、腹の痛みと共に状況がいまいち理解できず頭が回らなかった。


「どこの馬の骨とも分からねえ小僧に米など、一粒も渡すわけねえだろ?」


 自分を見下しながら笑う男を見た飛若は、その言葉を聞いてようやく理解した。男は裏切ったのだ。



「くっ……! テメェ……約束を破ったな!」


「ハナっから約束を信じる方が悪いんだ。なあ? 吉郎様」


「ホッホッホ! 真にそうじゃのう」



 吉郎は倒れている飛若を見て笑うと、何事もないかのように盃に酒を注いで煽り始めた。



「ふ、ふざけるな!!」



 飛若はブチギレながらその場に立ち上がり、宴をしている三人目掛けて迫ってくると、



「ほれ、内麻呂よ。久しく相手をしてしんぜよ」


「承知」



 吉郎がそう言うと、左にいた津守内麻呂が盃を御膳に置くと立ち上がり、印を結んだ。


「破!」


 その瞬間、内麻呂の印を結んだその手から突如、水の玉が放たれた。


「ぐふっ!」


 水の玉は飛若の体に当たると、彼はその衝撃でその場から吹き飛ばされた。陰陽師が操る火、水、木、金、土、の五つの元素、即ち五行の中の一つ、『水行』の道術である。



「あんちゃん!」


「クソが……!」



 吹き飛ばされた飛若を見た鍛丸が呼びかけるが、彼は床に倒れたまま口から血を垂れ流し、内麻呂を鋭い目で睨みつけ、床につけた手の拳を握り締めた。



「おめえが陰陽師の……!」


「愚かよのう。陰陽師の拙者に刃向かおうなどとは」



 内麻呂はニヤけながら悔しがる飛若を見下す。


「陰陽師が用心棒に成り下がるなんて、聞いたこともねえ!」


 飛若の言うとおり、陰陽師は本来、人を導く賢者の立ち位置である。にも関わらず、この男はならず者のように、平気で人間相手に道術を武器として扱っていた。



「あんちゃんやめなって! とてもあんちゃんの敵う相手じゃない!」


「うるせえ!!」



 鍛丸が静止させようと声をかけると、飛若はそれを全く聞き入れずにまた立ち上がり、懐から小刀を取り出して内麻呂に向かって突撃する。



「破!」


「ぐはっ!」



 その瞬間、内麻呂はまたしても水の玉を放ち、飛若はそれに当たって吹き飛ばされる。普通、陰陽師は道術を使うとき、印を結ぶのと同時に九字を唱えるもので、本来使うときは時間がかかる物であるのだが、この男はその九字を省略して速攻の術として扱っていた。それなりの学と修行を身につけているのであろう。



 更に内麻呂が使う水行は一見地味に見えるのだが、水の打撃力は本来、人間が思う以上に強力な力で、時には人間の骨を折ることもたやすいものである。とても、普通の人間が敵う相手ではなかった。


「刀や槍などの野蛮な物が、我が道術に敵うわけなかろう」


 そう言うと、内麻呂は飛若の落とした小刀を拾って器用に遊び始めた。


「お、おいらも人のこと言えないけど、いくらなんでも卑怯だよ!」


 不敵に笑いながら挑発する内麻呂を見た鍛丸がそう言うと、内麻呂は二人に対して言い放った。



「よく聞け、戦いに卑怯も何もない。有利な物は何でも使えば良いのだ。これからは道術の時代じゃ。ふははははは!」


「てめえ……!」



 水の道術に圧倒された飛若は、体の激痛のあまりに手も足も動かせずにいると、依頼主の男が飛若に近づき、その体を探ると懐から麻袋を見つけ出して中身を見た。



「吉郎様! こいつ砂金なんて持ってますぜ!」


「ホッホッホ! それはご苦労であった」



 男は麻袋を吉郎に渡すと、その中の砂金を取り出してまたしてもニヤけた。



「では、お役人様、これを献上いたします」


「ハッハッハ! では、ありがたく」



 更に治安や年貢の視察をする役人までも、その飛若から盗んだ砂金を渡されて全く戸惑わずに受け取った。その様子を見て、飛若は察した。ここにいる三人は汚職をする悪人である事を。



「テメェ……! 役人のクセして……!」


「これが今の世の役人じゃ。世間知らずの小童め。身の程をわきまえるのじゃ。ハッハッハッハッハ!」


「ホッホッホッホッホ!」


「フッハッハッハッハ!」



 その三人の高笑いを聞いた飛若はあまりの怒りに、この場にいる全員に向かって言い放った。



「テメェら今に見てろよ!!」


「おめえさんのような弱っちいガキをいちいち覚える分けねえだろ?」



 依頼人の男は飛若の頭を踏みつけながら挑発する。



「ほれ、誰かこの者を外に追い出せ」


「ヘイ!」



 すると、その場にいた用心棒達が吉郎の命令を聞くと、倒れている飛若に群がり、そのまま彼を連れて行った。



「あ、あんちゃん!」


 鍛丸はその連れて行かれる飛若に呼びかけるが、結局、その声も届かなかった。


 やがて、男達は飛若を鍛師座の外まで連れて行くと、彼を好きなだけ殴り、蹴り、踏みつけて楽しめるだけ楽しんだ。


 そして、遂に抵抗も出来なくなってしまって動けなくなった飛若を見た用心棒達はそれに飽きて、仕上げにまたもや彼を抱えてそのまま何処かへと連れて行った。


 そこにたどり着いた場所は肥だめであった。


『そ〜れ!』


 用心棒達は一斉のかけ声と共に、そのまま勢いよく肥だめに飛若を放り投げた。


「ハハハ! ざまぁみな!」


 全身糞まみれで蠅が集り、ウジ虫が張り付いている飛若の姿を見た用心棒達は、そのまま笑いながら鍛師座へと帰って行った。



 それから半日が経つと、夕日が沈んで夜が更け始め、その頃になると、ようやく体中の痛みが和らいだ飛若は江馬の南町にある河原に向かった。


 その行く途中、町中で彼のそのあまりの臭気と蠅が群がる姿を見た町人達に、鼻を押さえながら避けられるが、本人はもはやそれも気にしなくなってしまった。


 やがて、飛若は河原に着くと、すぐさま着ている服ごと水浴びをして、全身の糞とウジを洗い流した。鉱毒に侵された河原だが、汚れを落とすには全然マシであり、しばらく長い間、彼はその河原の水に浸かっていると、ようやくある感情に芽生える。


「クソ……! またしても騙された!!」


 以前、同じような事があって、命を狙われたにも関わらず、彼はまたしても自分の弱さと鈍感さでやられ、金も牛も塩も、あまつさえ護身用の小刀までも奪われて、深く後悔をした。今更ながらに自分の無力さを思い出したのだ。


「クソオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 飛若は悔しさのあまりに叫び出した途端、



「お面はいかが? お面はいかがかのう?」


 その時、河原の橋の上で屋台を押している老婆がいた。先ほど貧民窟で会った気味の悪いお面屋である。


「おやおや? 先ほどの童よ。どうされたのじゃ?」


 老婆は橋の上から飛若を見て、声をかけ始めた。


「別に何でもねえよ」


 全身を洗い終えた飛若はそのまま河原から上がると、着ている服をそのまま絞り始めると、その最中に老婆が近づいてきた。


「おやおや、顔がそのように傷だらけでは、美しい顔が台無しじゃ。お面を一ついかがかのう?」


 老婆はよほど飛若の美しい容姿に惹かれたのか、その傷だらけの顔を少しでも隠してあげようとお面を提供した。



「いるかよ。それに俺は今さっきある奴らにボコボコにされた挙句、金を全部盗られた身だ」


「それはなんとものう」



 老婆はその飛若の境遇を聞くと、尚も屋台に飾られてあるお面を見せびらかした。



「金無しのお主の為に、今ならどれでもツケといてやるぞい?」


「そんなもんあったって、一体何の役に立つんだよ」



 飛若のその言葉に老婆は少し残念がる。よほど売れないのか。


「しかしお主、その傷は誰にやられたのじゃ?」


 老婆は飛若の傷が少し気になり、事情を聞こうとすると、本人はあまり関わりたくないかのように、淡々と答えた。



「いろんな奴らにやられたんだ。それも大勢な。しかも、相手の中には道術使いもいた」


「ふむふむ」


「相手が道術を使うんじゃ、勝ち目はねえよ」


「お主、道術をそれほど恐れておるのかい?」


「別にそういう意味じゃねえ。ただ、まともに戦いたいんだ」


 その時、老婆は何故か突然、不気味な声で笑い始めた。


「ヒッヒッヒ、この世にまともな戦いなど有りはせぬ。いや、戦いそのものが本来まともではないのじゃ」


「どういう意味だ?」



 飛若は怪訝な表情で老婆に問い詰めた。



「ヒッヒッヒ、戦いは所詮争い。どのような屁理屈を並べても、それが事実じゃ。それをあらゆる手段で正当にしようとするのが、人間の所業じゃ」


「つまりどういう事だ?」


「先ほど昼間に申したであろう。儂から言わしたら、真に恐れるものは、あらゆる手段を使う人間の手そのものじゃとな」


「人間の手?」



 飛若は老婆のその言葉を聞いて、自らの両手を見た。右は至って普通の人間の手、左は呪いに侵されて刺青に覆われた手。


「道術とて、本来は人を導くためにある筈じゃが、今の世はどうじゃ? 戦いの術として利用しておる者が多いじゃろ?」


 この時代、先ほどの津守内麻呂のように、道術を武器みたいに扱う者が実際、数多くいた。それは本来、人を導く為の学問が戦などの影響により、戦う術として利用されつつあり、中には道術を兵器として見る国もあった。



「儂はそのようなあらゆる手段をつかう人間の手そのものが、この世で最も恐れし最強の武器じゃと儂は思う」


「人間の手が、最強の武器?」


「そう、それこそ『手段』という名の絶技じゃ」



 老婆のどこか深みのあるその言葉に飛若は、自らの両手をまたも眺める。原始の時代から人間に受け継がれし部位、手。


 それは、人が生きる為にある部位であるが、同時に人を殺せる武器でもある。人間は太古の時代から、この手という強力な部位を利用して、多くの道具を作り、時に凶器として利用してきた。飛若は老婆の言葉に何かを学んだ感じがした。





 その時、


「へへへ! 良いじゃねえかよ!」


 町の中でどこか聞き覚えのある声が聞こえた。



「イヤ! やめて!」


「金はたんまりあるんだ! 今夜は一緒に楽しもうぜ!」


「あいつは……!」



 その光景を見た飛若はその瞬間に立ち上がった。それは昼間、飛若に仕事の依頼を頼んで、裏切った依頼人の男である。男は吉郎からたんまり金を頂いたのか、金を見せびらかしながら若い大人の女に迫った。


「やめんか! ウチの娘に!」


 すると、そこにもう一人、髭面で大柄の職人がその男の手を掴んだ。


「いいのか俺に逆らって? 逆らうと吉郎様やお役人様に言いつけるぜ!」


 体格的に髭面の職人の方が大きいのに、男は不敵な笑みを浮かびながら、職人を上目遣いで脅した。


「この……!」


 職人はその言葉を聞くと、湧き出つその怒りを我慢し、何も手を出せずにその男の手を離した。


 すると、男は何事もなかったかのように女の手を掴み、無理矢理連れて行こうとする。



「ささっ、行こうぜ!」


「イヤ! 助けて! おとっつぁん!」



 その嫌がる我が娘を見た職人は怒りのあまりにその拳を握り締めた。



「もう我慢出来ねえ! ぶっ殺してやる!」


「へへへ! 俺に手を出せばどうなるか分かるだろうな? いずれお役人様に見つかってお前ら家族は全員打ち首になるぞ?」


「クソ……!」



 男はその職人の悔しそうに歯を噛みしめる姿を見て、高らかに声を上げた。


「良く聞け! 周りを見てみな! 所詮この町で俺たちに逆らう奴は誰一人もいねえんだよ! ひゃははははははは!」 


 その男の言うとおり、周りの町人達もその今にも連れて行かれそうな女を見ても、誰も助けようとしなかった。皆、役人の処罰に恐れていたのだ。それだけこの町では吉郎と役人の権力は絶対であったのだ。


「おい!」


 ところがこの町に関係のない者がただ一人、刃向かう者がいた。


「テメェ! さっきはよくもやってくれたな!!」


 その瞬間、飛若は殺意をむき出しながら男に向かって走り出し、その顔面に思いっきり拳で殴り込んだ。



「いってぇ! おめぇはさっきの!」


 飛若に殴られた男はやり返そうと、応戦して彼に殴りかかるが、飛若はそれを上手く低い姿勢で避け、そのまま男の体に突進して地面に倒してのしかかった。



 更に飛若はその辺に落ちていた石を咄嗟に拾い、男の頭部と顔面に何度も石で殴打した。



「がっ! ぶっ! ちょっ……こ、降参だ! だから止め……ぶっ! がっ! ぎゃっ!」


 男は顔中に流血しながら飛若に降参するが、彼はそれを聞き入れず、何度も容赦なく石で殴打した。



 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。



 完全に殺す気である。



「おい、やめろ! それ以上やると本当に死んでしまうぞ!」


 すると、そこに先ほどの大柄の職人が殺意むき出しの飛若を羽交い締めする。


「チッ! ああ、殺すさ。こいつにはさっき騙されたからな!」


 顔に血を浴びた飛若は尚も男に襲いかかるが、職人がそれを止めようとする。男はピクリとも動けないほど意識を朦朧としていた。あのまま飛若に殴られ続けてたら確実に死んでいただろう。



「そしたらお前さんも打ち首になるぞ!」


「かまわねえ! その時はその時さ! おめえらだって、本当はこいつらの言いなりにはなりたくねえんだろ!? ああ!?」



 飛若は後ろで羽交い締めする職人だけでなく、周りの町人達にも問い詰めた。


「どうなんだ!? 答えろ!!」


 飛若の怒鳴り散らすその声に、その場にいるほとんどの者達が俯いた。


「勿論さ。だが、仕方ねえだろ。今まで何度も一揆を起こしたが、向こうには用心棒だけでなく、陰陽師までいるんだ。敵うわけねえだろ」


 後ろにいる職人がそう呟くと、その羽交い締めしている手を緩ませた。



 その時、


「俺は嫌だ!」


 その場にいた一人の若い男が突然そう言い始めた。


「俺はもうこんな身を削りながら働く生活は嫌だ!」


 その若い男が言うと、もう一人中年の男が迫ってきた。


「儂もだ。金の亡者だけならまだしも、儂等の米までくすねてる奴らの為に、いいようにされるのはごめんだ!」


 更にそれに続いて、周りの町人達が次々と名乗りを上げる。


「俺もだ!」


「俺も!」


「俺も!」


 やがて、飛若の周りには多くの人々が集って、一つの衆となる。



「本当は分かってたんだ。これまで何度も一揆で負けても尚、こうやって続けるべきだったんだと」


 大柄の職人は飛若の肩を叩きながら礼を言った。


「兄ちゃん。すまねえ。俺たちにまた思い出させてくれて」


 すると、大柄の職人はこの場の一同に向かって叫び出した。



「おめえら! 例え奴らに負けても、戦い続けるんだ!」


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 その大柄の職人のかけ声と共に、この場にいる衆は雄叫びを始める。


「ヒッヒッヒ! なんだか騒がしいのう」


 そこへお面屋の老婆が屋台を押しながらやってきて、その場で見物を始めた。だが、一同はそんなの気にせずにある男を凝視した。



「まずは景気づけに、このクソ野郎から血祭りに上げるぜ!」


「俺たちの今までの怨みを呪い(、、)として、その身に刻んでやる!」


「もう俺たちは手段(、、)は選ばねえ!」


「ヒッ!」



 それは吉郎の仲間である飛若を騙した男であり、彼らはその手下の男を見下ろしながら徐々に迫る。



 その時、



(まてよ? 呪い(、、)? 手段(、、)?)


 突如、彼らの声の中に呪いという言葉を聞いた飛若は、ふとある名案を思いつき始めた。


「おい、ちょっと待て。俺に良い考えがある」


 飛若は職人一同に静止させると、彼らにある事を頼み始めた。


「まずコイツを抵抗出来ないように縛ってくれ。それと誰か刀物持ってるか? 包丁でも良いんだ。貸してくれ。」


 飛若はその場にいる一同にそう頼むと、彼らはそれにあっさりと受け入れて、手下の男を縄で拘束した後、一人の男が飛若に小刀を手渡した。


 すると、飛若は近くで見物していたお面屋の老婆に近づき、ある事を頼んだ。



「おい、ババア。その並べられてるお面、幾つか貸してもらえないか?」


「ヒッヒッヒ、何やらよからぬ事を思いついたようじゃのう。お主のような美男子の願いなら、どれでもツケといてやるぞい」



 老婆もまたあっさりと飛若の頼みを聞き入れ、屋台のお面を見せると、飛若はその中から、何も付与されてない、ただの狐のお面と、あまりにも強い呪いのかかった禁断のお面が入ってある箱を一つ取り出した。



「お、おい、何をする!」


「テメェに一か八か試してみてえ事があるんだ」



 すると、飛若は狐のお面をつけると、その場の一同に命じた。


「おい、お前ら! 全員後ろを向いてくれ。いいか? 命が惜しければ、何があっても絶対に見るなよ」


 すると、一同全員は飛若の言うとおりに後ろを振り返えると、彼は禁断の箱の札を剥ぎ取り、その箱を開けた。中は粘土で固められた異様な土仮面が入ってあり、狐のお面をつけた飛若はその箱の中から土仮面を取り出した。


「な、何をする……!?」


 狐の面をつけた飛若は、呪われた土仮面とギラリと輝く小刀を持ちながら、ゆっくりと縄で拘束されてある吉郎の手下の男に迫った。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 男は町中に響くほどの断末魔の叫び声を上げると、それ以降、二度と声を出すことはなかった。






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