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第十三話 鍛丸

 

 ―――――――――――




 江馬の南にある町、貧民窟。それは即ち、貧しい者や荒くれ者達が住む暗黒街である。辺りは寂れ、荒廃した家屋が立ち並び、人は少なく貧しい乞食達が地面に落ちている物を漁る光景を飛若は目の当たりにする。



「不気味なところだな」


 飛若は周辺を見ると、家屋に潜む人々がこちらの様子を伺っているのが目に見えた。まるで余所者をあまり受け入れていないかのような視線で。



「さて、どうやって見つけるか?」


 飛若は鍛師座にいた男が言った鍛丸という少年を探そうとするが、一体どうやって探せば良いのかを深く考える。



「しまった。どんな奴なのか聞くの忘れてた」


 飛若は早速自分の失態に気付き、頭をくしゃくしゃとかき乱し始めたその時、



「お面はいかが? お面はいかがかのう?」


「ん?」


 貧民窟の大通りで屋台をゆっくりと押してる奇妙な老婆が現れた。屋台には大量のお面が飾られ、その一つ一つのお面には、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。



「おやおや、これまた見事な美男子に出会えるとはのう」


 老婆は目を細めながら、飛若の素顔を見て不気味な笑みを浮かべる。


「見たところまだ(わらし)のようじゃが、この歳でお主のような色男にまた会えるとは、儂もまだまだ幸せ者じゃのう。寿命がまた一つ伸びたわい」


 飛若はどうもその怪しげな老婆を見て、若干の引目を感じた。



(わらし)よ。お面はいかがかのう?」


「お面か」


 飛若は屋台に飾られてるそのお面を眺める。増女、鬼、狐、ひょっとこ、天狗などの様々な種類のお面があった。飛若は少し気になった増女の能面に触れようとすると、



「おっと、下手に触れるでない」


 その時、老婆は飛若を静止させた。



「その増女の能面は、一度顔に付けると、その顔の生皮ごと剥がさぬ限り、決して取れぬ呪いがかかっておる」


「……!」


 その瞬間、飛若の表情は一瞬で青ざめ、すぐに能面から手を離すと、その仕草を見た老婆は不気味な表情で笑い始める。



「ヒッヒッヒ、そう怯えるでない。呪いのかかっておらぬ面も沢山あるぞい」


「じゃが、そこに入っておる札の付いた箱には決して開けてはならぬぞ。儂の手にも負えぬ程の強い呪いがかかってる物が入っておるからのう」


 すると、老婆は屋台の上に乗せているいくつかの札付きの箱に指差す。



「例えば、付けた者の目、鼻、口から血を噴き出させて殺す面」


「付けた者を生贄に、お面と顔を合わせた者を狂わし、人と殺し合わせる面」


「人の顔に飛びかかって張り付き、頭の中に寄生する生きた面などもあるぞい?」


 札付きの箱の中には、カタカタと動いている物もあり、飛若はそれらの品を見て、ゾッと恐怖を感じる。



「い、いらねえ!」


「ヒッヒッヒ、そう怯えるでないと申したであろう。長年生きてきた儂から言わせたら、呪いより恐ろしい物は、使える物は何でも使う人間の手そのものじゃ」


 どこか深みを感じる言葉を呟く老婆を見て、それ以降、飛若はその場から立ち去ってしまう。何か関わってはいけないという彼なりの本能が働いたからである。



「何か気持ち悪いババアだったな」


 飛若はしばらく行った先にある路上までたどり着き、一旦一息して額の汗を拭うと、



「よっしゃー! 今日こそツキが回ってきたかも!」」


 その時、どこからか子供の声が聞こえた。



「それはどうかな鍛丸(きたえまる)!」


「お主の賭博の才の無さは、この町一番だからのう!」


「毎回おめえは俺たちのカモでしかなんねえんだよ!」


 飛若がその声のする方に振り向くと、そこには路上で(むしろ)(藁で出来た敷物)を地面に敷き、その上に座った大人の男三人と小さな少年一人が、お椀にサイコロを振って賭博をしている様子が見えた。


「ん? 鍛丸?」


 飛若はその大人達の言葉の中にその名前が出て来た事に少し疑問の表情を浮かべると、ハッ!とすぐに察した。


 目の前で賭博をしているその少年こそ、彼が探し求めた少年、鍛丸だという事に。


 その姿は飛若よりも半分背が小さく、髪は黒く、笠のような形に似た束髪をし、歳は大体六歳ぐらいの少年であり、小汚い灰色の衣を着て、腰の帯に刀匠の道具である小鎚を差していた。



「よし! ここで全賭けだ!」


 すると、鍛丸と呼ばれた少年はお椀の手前に大量の木札(博打の賭け金)を出した。



「ま~た始まったよ。鍛丸の調子に乗った全賭け」


「お主は毎回それで必ず負けるから、儂等はありがてえもんじゃ!」


「へへへ、ホント良いカモだよおめえのようなガキは」


 大人達はニヤリと悪そうな表情で笑いながら、まるで品定めをするかのように鍛丸を見る。



「うるさいな~今度は大丈夫だよ! やるの? やらないの?」


「必ず負ける奴相手に当然やるに決まってるだろ? はいよ」


「ほれ」


「ほ〜い」


 大人達は次々と木札をお椀の前に出した。


「いくぞ〜!」


 そして、鍛丸がサイコロ三つを持った瞬間、大人達はまるで獲物が餌に釣られて罠にかかるのを待つかのような笑みを浮かべる。


「とりゃあ!」


 だが、鍛丸はそんなの気にせずにサイコロ三つをお椀に振り始めたその結果、


「どわあああああああああああああああああああ!」


 鍛丸は頭を抱えながら絶望する。賭け勝負は完全敗北であったようだ。



「はい、負け~! 思った通りだ」


「毎回お主は懲りぬのう」


「じゃ、遠慮なく」


 大人達は笑いながら鍛丸の賭けた全ての木札に手を差し伸べる。



「ああ……ああああああああ……!」


 鍛丸はその全ての木札が奪われていく光景を見て嘆いた。



「さあ、帰った帰った!」


「今日はもう、お主は用済みじゃ!」


「へへへ、今夜はありがたく頂くからな〜!」


 すると、賭ける物を全て失った鍛丸は大人達から賭博場を追い出されてしまった。



「ちぇっ、今日も飯抜きか……」


 しばらくの間、何も食べていないのか、自らの腹に手を当てながら空腹の音を鳴らした。


 そんな寂れた町中をトボトボと歩いていく鍛丸を見た飛若は、少年に声をかける。



「おい、お前が鍛丸か?」


「ん? あんちゃん誰?」


 飛若のその言葉に鍛丸は反応して振り返った。



「悪いが、ちょっと話があるんだが」


「げ! まさか!」


 その途端、鍛丸は血相を変えて急に走り出し、その場を離れた。


「おい、どこ行くんだ!」


 飛若は突然逃げ始めた鍛丸の後をその自慢の足で追いかけた。


「待てや!」


 そして飛若は鍛丸の肩を掴んで地面に取り押さえると、少年は必死な表情で言葉を発した。



「お、おいら親父の刀なんて知らねえよ!」


「刀? 何言ってんだ?」


「あれ? あんちゃん刀が目的じゃなかったの?」


「違うが?」


「って事は、おいらの借金が目当てだな!」


 鍛丸は尚も必死に暴れて逃げようとするが、飛若は容赦なく押さえつける。



「お前その歳で借金してんのか?」


「うん! 何故なら、おいらはこの江馬一の借金持ちだからな!」


「それは自慢する事ではないだろ?」


 鍛丸のその堂々とした言い方に飛若は呆れながらも、少年に呟く。



「俺は鍛師座にいたある男から頼まれたんだ。お前を連れて来いと」


「という事は、その両方が目的だな!」


「お前一体何やらかしてんだよ!」


「違うんだって! おいらの事情を聞けばあんちゃんも納得する筈さ! おいらは何も悪い事してない! 聞いてくれよ!」


 すると、飛若は鍛丸のその必死な表情を見ながら一息すると、意外にもその手を離した。


「聞くだけ聞いてやるよ」



 彼はどうもにも、あの鍛師座にいた男があまりにも胡散臭く、一体あの男とこの鍛丸とはどういう関係なのかを聞く為に、少年の事情に耳を貸そうとした。



「まず、話せば長くなるけど、おいらはこの備ノ国一の名匠、多賀宗彦(たがのむねひこ)の息子、鍛丸だ」


 鍛丸はまず自己紹介をしてから、飛若に全てを語り始めた。



「この江馬は武具作りが生業の町だが、ある日、この町に吉郎という名の男が、役人と複数の用心棒を引き連れて、突然この江馬を牛耳ったんだ。役人に金を握らせてね」


「すると奴ら、鉄自体に鉄打ち料という名の使用料を値付けて鉄を独占するばかりか、この町の三つの座にその吉郎の手下共を用心棒として送るから、その報酬を払えなんていう無茶苦茶な事を言い出しやがったんだ」


「当然、この町の職人はみんな反対したさ。そしたら、あいつら津守内麻呂(つもりのうちまろ)という用心棒の頭を連れてきて、力づくで職人達を無理矢理従わせたんだ。しかも、驚いたのが、あいつは道術を使って来たのさ。つまり相手はあの陰陽師だ」



 すると、飛若は少し疑問な表情を浮かべた。



「陰陽師が用心棒だ? そんなの聞いた事もねえ」


「噂によると、内麻呂はどこかの陰陽寮から追放された奴らしい」


 陰陽寮とは、道術の根源たる陰陽学や占術の理論たる風水学を学び、陰陽師を目指す学び舎の事である。



「更にこの町の米も何故か行き渡らなくなり、みんな飢えに耐えながら働いてるんだけど、これも噂によると、この町に運び込まれた米は吉郎一派がくすねているらしい。でも、みんな内麻呂の道術の力に屈してしまって、仕方なく必死に働く日々を送っているんだ。それがこの江馬の今の現状なんだ」


「なるほど、通りでこの町の職人共は機嫌が悪いと思ったよ。用は皆腹が減っていた訳だな」


 飛若はこの江馬にやってきてから、ようやくこの町の現状に納得した。普通、関所は城下町やもっと栄えた町の近くに置く筈なのだが、おそらくこの職人の町に関所が建てられたのは、その吉郎という男がこの町の職人達を支配して、外に出さない為に建てられたのであろう。鍛丸の言うその吉郎一派という輩は相当強欲な衆らしい。


「それで? その吉郎一派という輩とお前は一体どういう関係なんだ?」


「実は吉郎はある日、おいらの親父に米を提供し、鉄打ち料を取らないかわりに刀を打たせようとしたんだ」


「何でまた?」


「おいらの一族は代々刀匠の家系で、その中でもおいらの親父、多賀宗彦は世に名高き刀匠で、これまで多くの名刀を打ってきたのさ。作ってきた物はどれもお上や名将が持つのにふさわしい程の世に名高い代物ばかりで、この備ノ国に一番貢献した名匠なのさ。吉郎はそんな親父にあの金の亡者の役人に献上する為の名刀を作らせようとしたのさ」


 飛若はその鍛丸の父親である多賀宗彦という名の刀匠に少し好奇心を抱えながら顎に手を当てた。いま刀を欲しがってる彼にとっては内心、興味深い話であったからである。


「だが、親父はそれが気に入らなくて断ると、あいつは用心棒を引き連れて、親父に十日以内に作らねば杖刑(杖で打つ刑)に処すと脅してきたから、呆れた親父はおいらと二人でこの町を出る事を決めたんだ。それでこっそり関所を抜けようとしたんだけど、門番に見つかっておいらは捕まり、親父だけがこの町を出ていったのさ」


 それを聞いた途端、飛若は少し残念に思った。自分もその名匠、多賀宗彦に良い刀を作らせて貰えないかという欲望を抱えていたからである。


「それからというもの、あいつらは親父の刀が何処かに残っているかもしれないと勝手に思い込み、おいらに刀のありかを聞き出す為に、しつこく迫って来るんだ」


「なるほどね」


 飛若はその鍛丸が語り出した事情に納得する。


「で? 鍛師座にいたあの男はその刀のありかを見つける為にお前を探してたのか?」


「いや〜多分そいつはおいらの借金が目当てだな。ここ最近賭博にハマっちゃって、色んな奴らから金借りたら、この前つい吉郎一派の用心棒から、知らずに金借りちゃったんだ」


「なるほど、お前がとんだアホで話しをややこしくして逃げようとしてるのは分かった」


 先ほどまで自分は悪くないと言っていたあの言葉は一体どこに行ったのやらと思いながら、飛若は後ろ髪を掻き乱して呆れてしまう。


「で? その金は払えるのか?」


「いひひ〜さっき博でスッちまった!」


「同情の余地なしだな。俺も報酬が欲しいから、着いてきて貰うぞ」


 すると、飛若はニヤニヤと笑っていた鍛丸の後ろの襟を掴み、強引に引きずり始めた。



「ウソ!? やめて! あんちゃんお願い! おいらを匿ってええええええええええええええええええ!」


 鍛丸のその叫び声は貧民窟全体に響き渡り、飛若はさっさと仕事を終わらせる為に鍛丸を鍛師座まで連れて行ってしまう。






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