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第十二話 江馬

 


 遠い(いにしえ)の時代、何処中つ国は一つの(おお)いなる(つるぎ)によって生まれた。


 天よりも遥か遠い彼方に宇宙壊主神(たかそらのこわしぬしのかみ)と呼ばれる破壊を司る主神(ぬしのかみ)がおり、ある日、主神は自らの体を(つるぎ)で斬りつけ、その血塗られし(つるぎ)を掲げて岩と共に打ち砕いた。


 その時、(つるぎ)が砕かれ飛び散るその欠片が、やがて『隕されし石』と化して遠い彼方を彷徨い、その数多の『隕されし石』が地上に降り注ぎ、その衝撃で天地を歪ませ、その剣の欠片が陸を作り出し、その血が海を作り出し、その血に潜む僅かな生命が恵みを作り出す。


 こうして血と剣と破壊で作り出されたのが、我等の暮らすこの世、何処中つ国であると、古き書に記されている。









 永乱十二年 六月




 備ノ国(びのくに) 越山(えつざん)東部 江馬(えま)



 ここ越山は何処中つ国の北西部にある山岳地方であり、その地を治める備ノ国は主に山の鉱物や砂鉄などに恵まれて、それを掘り起こして生産するいわば職人の国である。


 しかし、この地の環境は比較的に悪く、大半の森の木々は切り倒され、川の水は鉱物の毒に侵され、水田はもちろん、田畑も作れず、森に獣も中々おらず、川の魚も泳いでいない食糧難に困る国であった。


 そのため、この国は鉄や武具などを諸国に売って商売をし、それと引き換えに他国から食料を買い込んで成り立っている国である。


 その中で、東方の地域にあるこの江馬は山から下りた所にある町だが、下流の為に川の水は物凄く汚れ、鍛冶特有の煙の臭いが充満する劣悪な町であった。



 その町の関所に一人の少年が訪れた。左手で牛の手綱を引きながら、鞭を右手に持ち、頭巾を被った姿をした飛若であった。



「止まれい!」


 すると、関所の前に立っていた門番が怒鳴るかのように飛若を静止する。



「見かけぬ小僧だな?」


 門番は怪訝な表情を浮かべ、槍を持ちながら飛若に近付く。



「見ての通りだ。塩を売りに来た」


 牛の背には、塩の入った大きな(かます)(藁で出来た袋)が背負われ、彼はその後ろで鳴く牛に親指で差すと、門番は顎に手を当て、髭をなぞる。



「小僧ごときがその年で出稼ぎか? ならば当然、関銭は払えるだろうな? 銀銭十枚だ」


 関銭とは、関所を通る為の通行料である。また、この世界に存在する(かね)は『金銭、銀銭、銅銭』の三つの貴重な鉱物で作られた『銭貨』と呼ばれる貨幣を取り扱うのが主流であった。


 しかし、戦や貧困が続くこの時代、貧しい民にとっては銭貨は非常に高価で手に入れにくく、人々は銭貨よりも年貢の部類に入る『物品貨幣』による物々交換で商売をするようになり、『米、真綿(まわた)、布、(あしぎぬ)、塩、鉄』などを基本に取り扱い、また南海の島国では貝貨、珊瑚、真珠などの独自の貨幣も存在する。


 門番の言っていた。銀銭十枚とは、約米一俵どころか、刀の材料である玉鋼を五つも買える程のかなりの額であった。



「悪いが、銭は無い。だが、代わりにこれで通してくれねえか?」


 すると、飛若は懐の中から麻袋を取り出して、門番に渡した


「なっ……!」


 門番は麻袋の中身を見ると、その途端に驚愕する。それは以前、飛若が涅槃の宝物庫で手に入れた砂金である。


 以前、小島子を置いて渡したのとは、また別に持っていたもう一つの砂金の入った麻袋である。量からして銀銭十枚は軽く超える額である。



「よ、よかろう! 通るが良い!」


 門番は焦りながらも、嬉しそうな表情で門を開けて飛若を通した。



「一時はどうなるかと思った。まあだが、その辺の関所目指していた牛方を殺して身ぐるみ剥いで装って、金目の物を渡せば、なんとかなるもんだな」


 飛若はここへ来る途中、またも追い剥ぎをしていた。だが、彼にとって旅をしながら呪いを静めるには、追い剥ぎという名の悪行しか他に方法は無かった。


 彼はそのまま関所を通り、煙の臭いが充満する町へと入った。町の中はあっちこちの建物で鉄を打つ音が鳴り響く。


 飛若がこの町に来たのは、旅に必要な物を買い揃える為である。


 懐には最後にもう一つ砂金の詰まった麻袋があった。追い剥ぎで手に入れた牛と塩もある。欲しいものは何でも買える。



「まずはこの荷を牛ごと売り飛ばして、それから必要な物を買うか」


 飛若はそう呟くと、町中の人に聞き込みを始める。



「ちょっといいか? この町でこの塩と牛を売りに来たんだが、どこか買い取ってくれる所はねえか?」


「この町の大半は鉄打ち稼業を占めてるから、踏鞴座(たたらざ)(製鉄の座)か鍛師座(かなちざ)(武具作りの座)もしくは山子座(やまござ)(炭作り職人の座)にでも聞きな」


 町人はそう答えると、飛若にその三つの座の場所を教えた。三つの座は北、東、西にそれぞれ別れ、彼はとりあえず、まず町の東にある踏鞴座へと向かった。




 ーーーーーーーーーー



 炉の炎と踏鞴を踏む風の音が聞こえ、熱気が漂う踏鞴座で、飛若は一人の踏鞴師に尋ねた。


「塩だ? ケッ! 米じゃねえのかよ」


 踏鞴師は機嫌が悪そうに飛若に答えた。



「何か交換出来るか?」


「ねえよ。とっとと失せな!」


 踏鞴師は飛若を追い出すと、続いて彼は町の西にある山子座(やまござ)に向かう。



 炭作りによる窯焚きの煙が充満する山子座で、飛若は山子の一人に尋ねると、山子は先ほどの踏鞴師と同じような態度を取って怒鳴るように答えた。


「なに? 塩か牛を買って欲しいだ? ウチは塩を買える程の物もないし、んな、荷物持ちの為の牛なんか固すぎて食えるもんか!」


「全く食えない事はないと思うんだが?」


「消えろ! みんな腹が減って気が立ってんだ!」


 続いてまた山子が同じように飛若を追い出すと、彼は最後に北の町にある鍛師座へと向かった。



 炉の炎と相槌を打つ鉄の音が響く鍛師座で、飛若は一人の刀匠に尋ねた。


「売れるもんなんかねえよ!」


 ここでもまた同じように刀匠の一人が機嫌が悪そうに答える。


「だったら、何か刀とか交換出来るか?」


 飛若はせめて、刀匠に刀を要求した。今飛若には武具と言えるものは故郷の村長から貰った小刀しかない。この物騒な世の中で人を殺めて生きていき、また人と戦う為には、どうしても刀剣が必要であった。


「刀? ダメダメ! これらは全部お役人様の上納品なんだ! 失せろ!」


 そして最後に刀匠までもが飛若を追い出し、彼は鍛師座を出ていく。どこも取引決裂である。



「やれやれ、なんか不便な町だな」


 飛若はこの江馬がどういう町なのかを何となく察した。職人しかほとんどおらず、商売よりも労働中心を生業にしている事を知り、彼はこの町に呆れ始めた。



「砂金、無駄に使ったな」


 関所で関銭代わりに、釣りが出る程の砂金を使って通ったにも関わらず、彼はこの江馬に入った事を後悔する。



「兄ちゃん。ちょっといいかい?」


 その時、飛若が鍛師座を出ると、その入り口の外で立っていたガタイのいい男が腕組みをしながら、彼の背後から声をかける。


「なんだお前は?


 飛若は振り向くと、見たところ刀匠ではなさそうな怪しげな風貌をした印象を持ち、男はへへへと笑いながら会話を始める。



「兄ちゃん、物が欲しいんだろ?」


「まあな」


「ちょっと仕事して見ないか?」


「仕事だと?」


 飛若はその見ず知らずの男から仕事の依頼を頼まれる事に怪訝な表情を浮かべた。



「南町で、ちょっとある小僧を捕まえてきて欲しいんだ。鍛丸(きたえまる)っていう名の小僧だ。大体、歳は七つぐらいのちっこいガキでな」


「そいつを連れてきたら、何をくれるんだ?」


 飛若は仕事の報酬内容を聞くと、男はニヤニヤと笑いながら答える。



「俺がこの町を牛耳ってる吉郎様に話しを通して、欲しい物一つ何でもタダでくれてやる」


「なんでもか?」


「そうなんでもだ」


 彼はその怪しげな男の話しを聞いて、ある感情を抱いた。


 ーーーどうも胡散臭いな〜。


 仕事を頼まれても、何を報酬にするのか明確に答えない男に対して、飛若はその仕事に疑いの感情を持った。



「兄ちゃんも腹が減ってんだろ? なんだったら米一升(約1.5キロ)でもいいぞ?」


 すると、飛若はその男の言葉にピクリと耳を疑った。



「米があるのか?」


「おっと、ここだけの話だ。どうする?」


 米、ただでさえ穀物の中でも高価な食べ物かつ、物品貨幣の一種に入り、中でも最も金代わりとして取引しやすい代物である。米一升があれば、十日以上は楽に旅が出来る程の量で、手持ちの食料が少ない彼にとっては、米だけに美味しい話しであった。


 更に飛若は頭の中で米を想像すると、その空腹の腹の音を鳴らした。


「分かった。乗った」


 そして遂に飛若は胡散臭い話しでも、米目当てでその男の依頼をあっさりと引き受けてしまった。実のところ飛若は勘が鋭い方なのだが、決断力に乏しい為に上手く行動に活かせず、よく間違いを起こして失敗する時がある。


 そして、今回もまた後先考えずの行動に移してしまい、その怪しげな男の仕事をつい引き受けてしまう。



「よし! そうとなったら依頼成立だ! 頑張れよ!」


 男は飛若の手を両手で掴み、力強く握ると、片手で彼の肩にポンポンと叩きながら笑う。



「その代わり、俺が探してる間、この牛の面倒を見てくれないか?」


 すると、飛若は外で繋いでいた塩の入った叺を背負う牛に指差して、男に頼みを聞くと、



「おう! 言いとも!」


 男は飛若のその頼みをあっさり受け入れた。



「ネコババするなよ」


「心配すんな!」


 飛若自身は、どうもその男の事をイマイチ信用出来なかったが、他に牛の面倒を見てくれる人間がいない為に、仕方なく男に牛を預けた。



「あと、南町は職を失った乞食や盗っ人、荒くれ者などが集う貧民窟だから、その点だけは気を付けな」


 男は最後にそれだけを伝えると、飛若から預かった牛を外に繋いだまま、そのまま鍛師座の中へと入っていった。


「って、それを先に言えよ。危なそうな依頼だな〜」


 飛若は鍛師座の中に入っていったその男に文句を呟くと、彼は鍛丸という名の少年を見つける為に江馬の南町へと向かった。


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