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第十一話 覚醒

 


 ーーーーーーーーーーーー




 それからというもの、飛若は洞窟内に吹く風に当たりながら体を乾かし、やがて彼は岩場の隅に畳んで置いておいた服を手に取り、着替え始めた。


「よし、これでやっと一息着いた」


 野盗から奪った太刀を拵えると、飛若は池でプカプカと顔を浮かばせていた小鳥子に目を向ける。


「悪かったよ。手荒な事をして」


 彼は池に引きずり落とした小鳥子のびしょ濡れ姿を見て、少し後ろめたさを感じる。



「その濡れた服、乾かしてやるからこっちによこしな」


「その必要はございませぬ」


 すると、小鳥子は平然とした表情を浮かべながら、途端にずぶ濡れのまま池から上がりだした。


「……!」


 小鳥子の肌に貼りつく濡れた着物姿を見た飛若は、途端に顔を赤く染めた。


 びしょびしょの白装束から柔肌が透けて見え、その懐には膨らみかけの小さな胸の谷間が見え、彼はドギマギしながら咄嗟に後ろを振り返る。


 そして、小鳥子はすぐ近くの岩場に置いていた風呂敷の場所まで手で探りながら近づくと、その中から手の感覚に任せて、神楽笛と赤玉石で出来た勾玉を取り出した。


「松明をお借りしてもよろしいでしょうか?」


 飛若はその小鳥子の頼みを承諾し、恥ずかしそうに手を目で覆いながら彼女にゆっくりと松明を渡す。


 それを受け取った小鳥子は足下に松明を置き、笛の管頭の溝に赤玉石の勾玉をはめ込み、そっと目を閉じて笛に口をつける。






「降霊、軻遇突智(カグツチ)、口寄せ」






 神楽笛特有の神秘的な音を奏でた途端、天の川の夜空が映る池の水が音で震えるのと同時に、その地面に置いてある松明に異変が起こる。


 松明の火が笛の音に合わせるかのように、パチパチと激しく踊りながら弾け、無数の紅き火花が舞い上がり、小鳥子のその身の回りを包み込んだ。


 まるで蛍の群れが飛び舞うかのように、数多くの火花の灯りが笛を奏でる少女と共にその姿を美しく照らす。




 火の精霊、カグツチの力である。




 飛若は小鳥子のそのあまりにも美しく神秘的な巫女舞い姿に、つい見惚れてしまいそうになる。


 やがて、小鳥子の体を覆い尽くすカグツチの火花は、その熱で徐々に彼女の濡れた服を渇かしてゆく。


「便利な術だな」


 飛若は笛を吹いて火を操る小鳥子のその降霊術を見て賞賛すると、彼女は少し頬を赤く染めながら顔を背ける。恋する人に褒められてよほど嬉しかったのか。


「さて、これで準備は整えたな」


 そしてようやく、小鳥子の服が乾き終えると、飛若は彼女に貸した松明を返して貰い、ここでようやく一段落をする。


「じゃあ、出口を探しに行くとするか」


 飛若は風の吹く右側の洞窟に顔を向けて、いざ進もうと足を踏み始めようとしたその時、


「と言いたい所だが、ちょっとその前にこの扉が少し気になる」


 彼は恐る恐ると、その反対側にあった芸術的な絵が描かれた門に目を向けてしまう。


「飛若様?」


 キョトンとする小鳥子。


「ちょっと寄り道させてくれ。何かありそうな気がするんだ」


 元々、直感に身を任せて決断する彼だが、本人はその門がどうしても気になり、興味本位で門の前に近付く。


「飛若様、少しこの場に長居しすぎました。すぐに発ちましょう」


 しかし、飛若は彼女の忠告も聞かずに、問答無用でそのまま門を開け始めた。すると、


「こ、これは!」


 飛若はその広い部屋の中の光景を見た途端、目が飛び出そうなほどに驚愕し、心臓の鼓動を高鳴らせた。


「砂金だ! 砂金の山だ!」


 目の前には砂金の砂丘があり、飛若はその財宝に驚愕しながら、その山吹色の砂に向かって走り出し、その手で掴んで大量の粒を一つ一つ目で確かめる。


「ほ、本物のようだ! 夢じゃねえ!」


 色だけでなく、その比重も普通の砂利と比べたら重く感じ、飛若はこの部屋が太古の遺跡の宝物庫である事を察した。


「なるほど、宝ってこれの事か!」


 そして、飛若はニヤリと笑顔を浮かべ、地面に膝をつけながら、その砂金をかき集め始めた。


「ハハハ! これだけの金があれば、しばらくは盗みをしなくても食っていける!」


 更に彼はその砂山に飛び込み、全身砂金まみれになりながら悦楽に浸る。


 普通の人間なら当たり前の反応ではあるが、小鳥子はその飛若の笑い声を聞いて、何故か若干引き始めた。


「全部は持って行けそうにないが、出来るだけ大きい粒を持てるだけ頂くぞ!」


 その時、小鳥子の白く濁って見えない筈の目には、ある物が見え始める。


「飛若様……!」


 それは白い視界の中、人型の姿をしたドス黒い靄が現れ始め、小鳥子はその靄の正体が声の距離感からして飛若の姿だと察して狼狽える。


「ハハ……! 金だ、金!」


 飛若が砂金を漁されば漁るほど、徐々にそのドス黒い靄が彼の体から溢れ出していく。


「飛若様……!」


 小鳥子は飛若に声をかけるが、宝に目が眩み、心を奪われている本人の耳には届かず、彼は無我夢中で砂金をかき集める。



「クカカカカ! 宝ノ山ダァ!!」


 小鳥子のその白い目には、まるで今までに見たこともない黒いケダモノのような姿に変わり果てた飛若の姿が映り、その声も化け物みたいな不気味な声へと変わり始めるのを目の当たりにした。



「飛若様!!」


 その瞬間、飛若は小鳥子のその必死な思いを込めた一声に圧倒され、正気を取り戻す。



「な、なんだ小鳥子……?」


「どういう訳か、飛若様の身から突然、世にもおぞましい邪気を感じました……!」


 すると、彼女は突然何かに怯えるかのように体を震わし、その綺麗な白い瞳からは涙が浮かび始めた。



「飛若様が砂金に夢中になればなるほどに、その邪気が増すのです……!」


「お、おい! 泣くほどの事かよ……!」


「とても恐ろしゅうございました……!」


 彼女のその泣き面を見た飛若は負い目を感じ、あたふたと動揺しながら小鳥子をなだめ始める。


「わ、悪かった! もう砂金には目もくれてないから、泣き止めって!」


 だが、小鳥子は一向に泣き止もうとしない。先ほどの野盗の襲撃と同様に何か怖い思いをしたかのように、その場で震えながら泣きじゃくる。



「分かった分かった! なんでもするから、頼むから泣き止めよ!」


 その時、飛若のその言葉を聞いた小鳥子は、途端にピクッと泣き止んで静かになる。



「今なんでもと仰いましたか?」


「あ、ああ!」


 すると、先ほどまで泣いていた小鳥子の両眼は突然、キュピーン!と光りだす。


「では……」


 そして、小鳥子は先ほどとは、全く違う無邪気な笑顔になり、キラキラと目を潤わせながら飛若を見つめる。



「ここから出られましたら、どこか静かな場で耳掃除をさせて下さいまし」


「ミミソウジ? なんだそれ?」


 百姓暮らしの彼は、その初めて聞いた言葉に疑問を抱くと、小鳥子はその場で丁寧に説明した。


「耳掃除とはこの膝の上に飛若様が頭を乗せ、この道具で飛若様の耳の穴を綺麗に掃除する事を言います」


 すると、一体どこから取り出したのか、小鳥子は無邪気な笑顔で、耳掻き道具を飛若に見せる。



「つまり、お前はそれをしたいと?」


「左様」


「無理」


 飛若は即答する。



「む〜〜〜! 先ほど何でもすると申したではありませぬか! 小鳥子は飛若様の頭を膝で抱え、その重みを思う存分に堪能しながら、なでなでして可愛がり、その耳の穴をほじくりたいのです!」


「だ、黙れ! この変態女! んな恥ずかしい真似できるか!」


 飛若は顔を真っ赤にしながら、動揺して強く拒絶する。


「そうですか……」


 すると、小鳥子の白く濁った目から、またも涙が浮かび上がり、ポロッと落ちた途端に、遂に彼は観念する。



「わ、分かったよ! ここから出られたら、耳掃除でも何でも思う存分、お前の好きにさせてやるよ!」


「本当ですか!?」


 その途端、小鳥子は嬉しさに満ちあふれて大喜びする。


「お約束ですよ?」


 小鳥子はご機嫌斜めに鼻歌を歌いながら、まるでおもちゃを買って貰うのを楽しみにしている子供のようにムフフフ~と笑う。


「チッ!」


 飛若はそんな小鳥子に対して舌打ちをするが、当の本人はそんなのお構いなしのノリである。



「それともう一つお願いがございまする」


「今度はなんだ?」


 飛若は不機嫌そうに小鳥子を見ると、彼女は突然静かになり、真顔で飛若にもう一つの願いを伝えた。



「その、小鳥子も一緒に旅にお連れ下さいまし」


「……」


 彼は無言になる。



「飛若様の旅が危険なのは承知です。それでも小鳥子は飛若様と共にいたいのです」


 小鳥子は胸に手を当てながら、自分の思いを伝えた。



「お前、自分が一体何を言ってるのか分かってんのか?」


「承知の上です」


 冷淡な口調で言う飛若に彼女は素直に答える。


「駄目だ」


 彼はあっさりと答える。



「この呪いは俺一人で背負わなきゃいけないんだ」


「そんな……!」


 小鳥子は悲痛な思いを抱く。


「俺の戦いにお前を巻き込むわけにはいかない」


 飛若の旅は人と戦い、人の恨みを買う旅でもあった。彼はそんな危険な旅に命の恩人である小鳥子を巻き込みたくはないという思いで彼女を拒絶した。


「第一、お前を連れて、一体何になる?」


 飛若は小鳥子に問う。



「小鳥子はその呪いを解く事は出来ませぬが、呪いに関しては飛若様よりは多少の事を知っている所存です」


「それが、どうした?」


 必死に思いを伝えようとする小鳥子の言葉を容赦なく叩き落とす。


「はっきり言う。お前は邪魔だ」


 小鳥子はまたも泣きそうな表情で引きつる。



「それでは、飛若様は一人で、その呪いを背負うのですか?」


「それが、俺の定めだからな」


(あの聖女が言った通りに……)


 彼は池の中で迦沙羅と話をしたあの言葉を胸に抱く。この呪いは自分一人で背負わなきゃいけないと。


「そのような定め、とてもお辛い筈です!」


「やめろ!」


 小鳥子がそっと飛若の体に手をかけようとしたところ、彼はその手を拒絶して叩いてしまう。



「呪われた俺の気持ちなんか、お前に分かるもんか!」


「そうではございませぬ! 小鳥子はただ……!」


「ただ……なんだ!?」



 飛若は投げ捨てるような口調で問う。



「一緒にいたい……だけか?」


 コクリと無言で頷く小鳥子。



「たった一人の男の為だけに、自ら墓穴を掘るのか?」


 彼は強い口調で小鳥子に詰め寄った。



「俺の旅はお前を守る為に戦うわけじゃない! 自らの呪いと向き合う為に戦うんだ!」


 飛若の旅はあまりにも過酷な戦いが待っており、そんな危険な旅に彼女を連れていくわけにはいかないと彼は思っていた。


「たかが、俺に惚れただけで、なぜ俺についてくるんだ? 下手をすれば、さっきみたいな落武者どもに今度こそ犯されるかもしれねえんだぞ! 俺は……」



 その時、飛若はそこで声を止めてしまう。目の前には、雪のように美しい少女が涙を必死に堪えながら震えていた。


「っ……!」


 彼女は泣き面を両手で隠しながら、咄嗟に逃げるようにその場から走り去ってしまう。


「待て、小鳥子!」


 その後を追う飛若。彼は後悔した。ここはまだ涅槃の中である。妖怪がまだ近くにいるかもしれない。そんな涅槃にまだ年頃の目の見えない少女を傷つけて、一人で行かせてしまった事に彼は負い目を感じる。


「ハァ、ハァ、あっ……!」


 しかし、幸いにも彼女はまだ目が見えず、すぐ近くのところで石につまずき、その場に倒れてしまう。


 それでも、彼女は立ち上がろうとすると、その後ろから飛若が両手で彼女の体を強く掴んだ。



「いや! 離してくださいまし!」


「落ち着け、小鳥子!」


 飛若は暴れる小鳥子の手を掴み、強く押さえつけて顔を見つめる。


「小鳥子、俺を見てくれ!」


 彼は真剣な目で、彼女の涙で溢れている白く濁った眼を見つめた。


「すまない。言い過ぎた」


 つい、感情的になって強い口調で言ってしまったことを彼は謝罪する。


「いえ、小鳥子がわがままを申したばかりに……」


 そっぽ向く小鳥子。


「だが、分かってくれ。これは俺一人の戦いなんだ。この戦いに命の恩人であるお前を巻き込みたくはない」


 一人で呪いを背負い彼女を巻き込みたくなかった飛若、そんな彼を側で支えてあげたかった小鳥子、二人はお互いの思いを打ち明けても、納得は出来なかった。


 でも、分かっていて欲しかった。


 二人はそんな思いを抱く。




「飛若様」


 小鳥子は彼を見つめる。白い視界の中にうっすらと人影の顔が映り、それが飛若本人だというのが分かる。


 彼の微かな吐息、力強い手の温もり、黒く触り心地の良い長髪が頬を撫で、どこか雄々しい匂いが彼女の鼻を漂い、膨らみのある胸の奥の心臓をドキドキと高鳴らせる。




 ――どうして、これほどにも美しい方が、斯様(かよう)な戦いに一人で立ち向かわなきゃいけないのでしょう……?



 彼女は悲しかった。生まれて初めて一目惚れをし、彼の残酷な呪いを知り、ただ少しでも彼を慰めてあげたかっただけなのに。




「飛若様、手を離してもよろしいでしょうか?」


「あ、すまん……!」


 彼はすぐさま彼女の押さえつけた手を離すと、しばらくの間、二人はその場で沈黙する。



「ここを出るまで、少し考えとくよ……」


「え?」


 その時、飛若が呟いたその言葉に小鳥子が反応する。


「今、なんと仰いましたか?」


 目を輝かしながら迫る小鳥子に飛若は素直に答える。


「だから、ここを出るまで、少し考えておくって言ってんだろ?」


 意外な言葉が返って来た途端、小鳥子は胸の奥から高揚感が溢れてくる。


「エへッ、良いご返答をお待ちしております」


 よほど嬉しかったのか、彼女は無邪気に笑顔を向ける。


「いくぞ。一刻も早く、ここを出なければ」


 彼はそれだけを伝えて何も言わずに小鳥子の手を掴み、先を急いだ。


 小鳥子は彼のその手の温もりがとても心地よく、愛おしく感じ、心穏やかにしてくれる。


 彼女はそんな彼の手を決して離さず、引っ張られるがままについて行くが、その途中で何故か止まってしまう。


「ん? 飛若様?」


 小鳥子はキョトンと首を傾げるのに対し、飛若のその表情はゾッと恐怖へと歪んでいき、目の前の光景を目の当たりにして絶句する。






「……!」


 飛若の目にある物、それは巨大な赤い妖気を纏った骨の手があった。彼はその身に覚えのある巨大な手を見ると、すぐさま反対の道へと引き返した。


「オオオォォォ!」


 その瞬間、赤い手は呻き声を上げながら、勢いよく二人を掴もうとするが、彼らは間一髪でそれを避けると、その巨大な手の主が二人を覗き見るかのように姿を現す。



「が、餓者髑髏だ!」


「オオオオオオオオォォォォォォォォーーーーー!」


 餓者髑髏のその禍々しい姿と恨みを込めたような、哀れな悲鳴の如き咆哮を放ち、二人は圧倒される。


 すると、餓者髑髏はどこからか巨大なお椀と箸を用意し、まるで食事を待っているかのように先ほどとは違う姿を現わした。


「逃げるぞ!」


 餓者髑髏はその手に持っている箸で二人を捕らえようと迫り、彼らはなんとか逃れようとする。



「オオオオオオオオォォォォォォォォーーーーー!」



 餓者髑髏の慟哭が洞窟中に響く中、その手に持ってるお椀には亡者達の顔が映った赤い液体が注がれているのが見える。


「あの箸とお椀はなんだ!?」


「餓者髑髏の持つお椀には、亡者の強い怨念が凝縮された呪いの汁が注がれ、その呪いにつけて食べられれば、永遠の苦しみを味わう死を迎えまする!」


 小鳥子のその助言に飛若は凍り付く。



 荒れ狂う赤い妖気を纏った怨念の塊、涅槃に響き渡る慟哭、器用に素早い箸が突き放たれる度に洞窟の壁や地面を深く削り、小鳥子を守りながら逃げる飛若はそれを避ける度に戦慄が走る。



 その時、


「うわっ!」


 遂にその箸が飛若の足を捕らえる。


「わ、わあああああああああああああ!!」


 彼はそのまま勢いよく引き寄せられ、魚の尾をつまむかのような、あられもない逆さ吊りの状態となる。


「いや、飛若様!」


 小鳥子は無事に難を逃れるが、まだ目の見えない彼女はいずれ餓者髑髏に捕まるのは目に見えていた。


「このっ! 離せ!」


 飛若は腰の太刀抜いて、必死に抵抗しようと振り回すが、逆さ吊りにされている彼には、もはや為す術もなかった。


 そして……。


「あっ……」


 巨大な箸でつままれた飛若は、亡者の怨念が凝縮されている呪いの汁の中へとぶち込まれてしまう。


 更に餓者髑髏はまるでしゃぶしゃぶのように、彼をつまんでいる箸を回し始めた。


「いや……!」


 彼女は目が見えなくても、白い視界の中で亡者の怨念と呪いの影が見え、餓者髑髏のその動作がよく分かった。


 彼は呪いに浸けられている。


 やがて、餓者髑髏は汁に浸けた飛若を引き上げた。


 赤い妖気と亡者の呪いの液体を纏い、やがてそれは口に運ばれ、



 ゴクン。


 餓者髑髏は飛若を丸呑みした。




「いやあああああああああああああああああああ!」


 白い視界の中で呪いを身に纏った飛若らしき影が、餓者髑髏に食べられているのが分かり、小鳥子は絶叫する。


 餓者髑髏の体内に入った飛若は虚ろな表情で察した。




 ――俺はここで死ぬのか……?


 呪いの汁に浸けられた飛若の身に、数多の亡者の怨念が寄り付き、その身を侵そうとする。


 ――俺はここで朽ちるのか……?


 亡者の怨念の悲鳴が耳に過ぎる。




 ――オオオオ……苦シイ……妬マシイ……!


 ――我ガ怨念ヲ……思イ知レ……!


 ――コノ恨ミ……オ主ニ分カルモノカ……!



 もっと生きたかった者。死んでこの世に恨みを残そうとする者。生あるもの全てを妬み、同じ苦しみを与えたい者。それらの亡者の怨念が飛若自身に訴える。


 ――俺はこんな化け物どもにやられるのか……?


 飛若は自らの弱さに悔しさを抱いた。まるで虫けらのように死に、その身を全て侵されてしまう自分に対し、歯噛みをする。


 ――小鳥子……せめてお前だけでも生きてくれ……。


 紅き体内の世界にただ一人取り残された彼は、小鳥子の無事を祈りながら、力尽きるかのように呟く。



「オオオオオオオオォォォォォォォォーーーーー!」



 飛若を体内に取り込み、一体となった餓者髑髏の咆哮が、まるで勝ちどきを上げるかのように響き渡る。


 それはこの世の全生物を恨む死者の叫び声そのものであった。


 ――餓者髑髏に集まりし亡者共よ……もう好きにしな……。


 飛若が全て諦め、眠るように目を瞑る。





 しかし、その時、


 ――我レラノ……呪イヲ……思イ知レ……。


 飛若は亡者達の中から、その言葉を呟くのを聞いた途端、変化が起きる。


「我らの呪いを思いしれだと……?




 ドクン!




 彼は不思議とどこからか強い激情が溢れるのと同時に、背中の刺青が突然と脈打つ。


「ふざけるなぁ!」


 飛若は餓者髑髏の体内で叫ぶ。


「お前ら坊主共がこの涅槃に来て、自業自得で死に、恨みを残した呪いなんて知ったことかぁ!」


 彼は亡者達が無関係の自分を呪うとするのに対し、目障りかつ耳障りな強い気持ちを抱える。



「お前ら亡者の怨念なんて、この呪いの怨念と比べたら足下にも及びやしねえ!」



 ――許サヌ……許サヌ……!



「呪われた俺だからなんとなく分かる。この呪いは人に取り憑く事で、今も生き続けてるんだと……」



 飛若は紅き体内の世界で、刺青を背に叫んだ。





「よく聞け! 俺は生きてる! そしてこの呪いもまた生きてる! 生きた怨念は死んだ怨念よりも遙かに強い! お前らの死んだ呪いなんかが、生きる呪いに敵うと思うな!」





 ドクン!





『目覚メヨ! 飛若ヨ!』







 その瞬間、飛若の背中の刺青から大蛇が降臨した。



 銀色の鱗が黄金色に変色し、一つの頭は複数に割れて分かれ、威嚇するかのように毒牙を剥き出し、鎌首をもたげて頚部の皮膚を甚だしく広げた。


 七つ頭の黄金色に輝く大蛇のその姿はとても神々しく、それは古の時代に人間の手で滅ぼされた伝説の毒蛇、『竜族』、またの名を『古武羅(こぶら)』を思わせていた。



 やがて、広げた頚部の中心から、『貪』という一文字が火のように浮かび上がり、大蛇はニヤリと笑いながら飛若を見下ろす。




 クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ




 ケタケタと笑う黄金色の大蛇が刺青の中へと消えると、飛若の眼がギン!と鋭くなり、蛇のような黄色の眼へと開眼する。


 燃えるような妖気の塊の中心にいた彼は今ここで覚醒した。


『貪欲!(とんよく)』


 餓者髑髏の体内にいた飛若が左手を前に出して叫んだ瞬間、その左手が体内の赤い妖気を吸収し始めた。


「オオオオオオオオォォォォォォォォーーーーー!」


 餓者髑髏は手に持った箸とお椀を途端に落としてしまい、腹を抱えて悶絶してしまう。


「なっ、一体何が……!?」


 小鳥子は突如、餓者髑髏が苦しむかのような叫び声を聞いて動揺する。


『貪欲!』


 飛若はもう一度唱えると、またも物凄い勢いで妖気を吸収し、餓者髑髏はまるで体内から寄生虫に食い破られているかのようにのたうち回る。


『貪欲!』


 更に飛若は三回目を唱えると、餓者髑髏のその身に纏った赤い妖気を全て吸収し尽くしてしまい、ただの白い骸骨へと成り下がる。


「オオオォォ……オ、オオ……オオォォォォ……!」


 死の呪いを纏った妖気を全て吸い尽くした餓者髑髏はわなわなと震えて倒れてしまう。巨体が落ちる地響きが周囲を震わすと、その骨の隙間から飛若が這い出てきた。


「飛若様……なのですか……?」


 小鳥子は白い視界の中で、飛若らしき黒く覆われた影が映っていた。


 彼は腰の太刀を引き抜いて、餓者髑髏の頭部へと近づく。


「なるほど、妖気が無くなれば、ただのデカイ骨へと成り下がるのか」


 妖気を失い白骨化した巨大な人型の骨を見下ろす飛若。


「オオオォォォ!!」


 すると、妖気を吸い尽くされた餓者髑髏は最後の力を振り絞り、その巨大な手で飛若の長い黒髪を掴んだ。


「ぐっ!」


 髪の毛を掴まれ、苦悶の表情を浮かべた飛若はそのまま餓者髑髏に体ごと引きずり込まれようとする。


「くそっ!」


 その時、飛若は持っていた太刀で自らの長い黒髪をバッサリと切って逃れた。


 短くなった彼の髪型はザンバラ頭と化すが、洞窟の風に揺れ、微かに肩まで届くその髪型は、彼自身の凛々しさを更に増し、美しさが昇華される。



「もう、お前とはこれで最後だ!」


 その瞬間、飛若はその言葉と共に、餓者髑髏の首の骨に目掛けて太刀を振り下ろし、その首を刎ね飛ばした。


「オオオオオオォォォォ……ォォォォ…………!」


 首の骨を太刀諸共打ち砕き、その骨の破片と共にキラキラと光る刀身の破片が舞い散る中、頭部が転がり、餓者髑髏は無惨な悲鳴を上げながら、その場に崩れ、巨体はただの骨へと散乱していく。


 太刀は壊れて使い物にならなくなったが、飛若の圧勝であった。


「飛若様! ご無事で……!」


 先ほどまで飛若の身を案じていた小鳥子は彼に近づき、その顔を見つめた。


「ああ、もう大丈……!」


 ドクン!


 だが、その瞬間、刺青の鼓動が高鳴るのと同時に彼の表情が歪む。


「ぐ、ぐわぁああああああああああああああ!」


 突如、飛若の背中の血管が浮き上がると、彼は自らの体に手を回して叫び声を上げ、その場に倒れてしまう。


「どうなされました!」


 小鳥子はそのもがき苦しむ飛若の体を支えながら、呼びかけるが、彼はまるで重病にかかったかのようにのたうち回る。


「ぐっ……小鳥……子……大丈夫……だ……!」


 飛若は苦悶の表情を浮かべながら、気合いで立ち上がるが、彼の体はまだフラフラとよろけ、膝をついてしまう。明らかに大丈夫ではなかった。



「しかし……!」


「大丈夫だって!」


 彼は怒鳴るかのように、小鳥子に強く言い放つ。


「飛若様……あの力は一体……?」


 小鳥子は先ほど呪いの汁に浸けられ、餓者髑髏に食べられてしまった飛若が一命を取り留めたどころか、あの死の呪いの塊を返り討ちに導いたあの禍々しい力の事について質問する。


「さあ、俺にもよく分からねえ……!」


 額に汗を浮かべながら答える飛若。


「小鳥子もあのような力は初めてご覧になられました」


 巫女である彼女ですら、飛若の持つその得体の知れない未知の力に恐れを抱く。


 この世は不思議な術はいくつか存在しても、妖気や霊気、神通力などの術の根源そのものを吸収し、封じる術は極めて異例であった。


「どうやら、この力は呪いが俺に与えてくれたもののようだ……しかも、代償がいるみたいだ……苦痛という名の……!」


 飛若は自ら目覚めた力の事を察した。



「なんだろう……? 呪いがまるで俺に生きろと言ってるように聞こえる……生きて人を殺し続ける使命を全うしろと……」



 苦痛を感じる彼は同時に自らの呪いから、なぜか強い思いのようなものが伝わってきて、不思議な気持ちを抱える。



「皮肉だな。呪いに殺されるならともかく、呪いがわざわざ俺を生かすなんて……俺の人生を滅茶苦茶にしたこの憎き呪いがよ……」



 彼は虚ろな表情で自らの呪いに呆れてしまう。


「それでも、飛若様は今こうして生きておりまする!」


 すると、小鳥子はその両頬に優しく手を当てて、彼を見つめる。


「生きて、小鳥子と共にこの呪いと戦いましょう!」


 小鳥子のその真剣な目に飛若は小さく答えた。


「そうだな……」


 彼は俯き、彼女のその両手を優しく握った。



 涅槃の主である餓者髑髏の亡骸が散乱する洞窟で、二人はお互い見つめ合う。


「大分落ち着いた。行くぞ」


 先ほどまで苦痛に顔を歪めていた飛若は、ようやくここで自ら立ち上がり始めた。



「飛若様、もう少し休みましょう」


「いや、早いところ、ここを離れなきゃ」


 小鳥子は飛若のその微かな震え声に、まだ大丈夫ではない事を察するが、本人は一刻も早くここを出ることを優先にし、彼女の肩を借りて出口へと急ぎ始めた。


 餓者髑髏の亡骸がここにある中、すぐに妖怪が集まるかもしれないという危険性を彼は感じていた。


 苦痛がまだ体に残る飛若、目がまだ見えない小鳥子、二人はお互いの体を支えながら風の吹く洞窟の先へと足を進める。


「果てしないな」


 飛若は辺りを見て呟く。



 洞窟内を進む中、雫が滴る鍾乳洞や、石で作られた黎門の菩薩像、太古の経文が記された石版や壁画などの遺跡を彷徨い、ただ真っ直ぐ出口を目指して歩き続ける。


 涅槃の主である餓者髑髏を倒したとはいえ、いつまた蛙の妖怪に奇襲されるのかも分からない状況なのは変らず、太刀を失った飛若にとっても、次にまた妖怪が現れたら、まともに戦えないのは言うまでもなかった。


「風が強まってきた。もう少しだ」


 唾液を湿らせた指から風が強く当たるのを感じ、彼は最後に周囲の警戒を強くしながら長い時間をかけて足を進める。



 そして、これまで不運ばかりが降りかかってきた二人に、ようやく一つの希望が現れた。


「出口だ……!」


 それは洞窟の奥の方から、見覚えのある一筋の日の光が差し、彼はようやく安息の笑顔を取り戻す。



「おい、小鳥子! 出口だぞ!」


「それは真ですか!」


 目の見えない小鳥子は、飛若のその言葉を聞いた途端に笑顔になると、


「きゃっ」


 飛若は彼女のその華奢な体を両手で抱え、その日の光が差し掛かる出口へと向かって走り出した。


 彼は先ほどまでの苦痛が、どこかへ吹き飛んでしまったかのように元気を取り戻し、小鳥子は飛若のその大胆な行いに頬を赤く染めながらそっぽ向いてしまう。


「外だ! やっと出られたぞ!」





 飛若の目の前には、緑豊かな草木が生える平原と、伝説の巨人ダイダラボッチがどこかに潜んでいるかのような白き雲が覆う山脈が現れ、その広大な世界に吹く大自然のそよ風を肌で感じた。


 平原にはオオカミの群れが鹿を狩り、山の麓にはタカが小鳥を狩り、川にはカワウソが魚を咥えている光景が目に映り、飛若はそれらを見て感じた。




(この世界は……残酷だが、美しい……!)



 強き生き物が生きる為に、弱き生き物を喰い殺す。しかし、その糧によって、強き生き物はいつまでもその姿を保ち、生き続けられる。


 生に満ちあふれたこの世には最初から、死という名の呪いが全ての生き物に平等に与えられている。


 大自然を目の当たりにする彼はそういう風に見えていた。


野椎(ノツチ)の声が聞こえまする」


 両腕に抱えられた小鳥子は目を瞑り、静かに耳を澄ますと野の精霊、ノツチの声が聞こえ、彼女は外の世界に着いた事を感じる。


 彼らはようやく妖怪が巣食う涅槃から、抜け出せる事に成功した。



「助かりましたね」


「ああ、そうだな……」


 飛若は小鳥子をゆっくりと下ろす。


「小鳥子、さっきの約束なんだが」


 すると、彼は小鳥子に呟くと、彼女は途端にハッと口に手を当て、まるで子犬みたいに喜びながら、わさわさと飛若を見つめる。


「も、もしや……耳掃除の事ですか?」


 それは先ほど交わした約束の事であった。



「この後、何処かでやって頂けるのですか?」


「小鳥子……」


 その時、飛若は小鳥子のその小さな肩を両手で強く掴み、そのまま力づくで自らの胸の中へと引き寄せた。


「と、飛若様……!」


 小鳥子はまたしても彼のその大胆な行いに驚く。


 肩幅は普通の少年の大きさだが、細身の筋肉で引き締まった彼の胸の中で彼女は頬を赤く染めながら、トロンと安息に浸る。


 だが、その瞬間、


「うっ……!」


 突如、飛若は自らの胸に引き寄せて顔を埋めさせた小鳥子の隙を狙い、その白く細いうなじに手刀を叩き込む。


「ど、どう……し……て……!」


 崩れゆく小鳥子は驚きを隠せず、飛若は倒れた彼女に淡々と答えた。


「すまない、小鳥子……お前と交わしたあの約束、破らせてもらうわ……」


 やがて、小鳥子の白い視界は徐々に暗くなり、その場で気を失ってしまう。








 ――――――――――――――





 緑色の草が覆い茂る平原には小さな虫が姿を現わし、鳥の群れの鳴き声が遠くの空から聞こえる中、洞窟の出口で倒れていた小鳥子はようやくその目を覚ました。


「ん……う~ん……」


 その瞳はまだ白く濁っていたが、薄いながらもある程度の光が見える。


「飛若様……?」


 まだ完全に目の見えてない小鳥子は起き上がり、彼の名を呼ぶが返事がない。


「ハッ! そうだ! 飛若様、どこにおられますか!」


 何度も飛若の名を呼ぶが、未だにその少年の声が聞こえない。


「もしや……!」


 小鳥子はただ一人、洞窟の出口でポツンと座っていた状態を見て、すぐにその状況を察した。


 飛若は小鳥子を置いて何処かへ旅立ってしまった。


「む〜〜〜〜ひどい! 悔しい~~~~~~!」


 小鳥子はまるでおもちゃを失くした子供のように、非常に悔しそうな表情を浮かべる。


 旅の同行だけならともかく、先ほど楽しみにしていた耳掃除の約束を破った事に対して怒りを覚えた。


「あれ?」


 すると、ふと彼女は側に麻袋が置いてあるのに気づく。


「ハッ! さては……!」


 小鳥子はその身に覚えのない麻袋を持つと、妙な重さを感じた。


 それは、先ほど飛若が涅槃の宝物庫でかき集めて手に入れた砂金の詰まった麻袋の一つである。


「このようなもので、小鳥子と手を切ろうと申すのですか! む~~~~~~!」


 小鳥子はまたしても怒り狂い、転げ回り、自分を置いて黙って去っていた飛若に対して憤るが、すぐに両手で自らの頬を叩いて正気に戻る。


「飛若様、どこに行かれても、そなたの側を離れませぬ! 必ずや見つけて、お側にいさせていただきます!」



 小鳥子は飛若を探すために旅立つ事を決意する。それが例え地の果てまでも行こうと、いつか彼を見つけて側を離れないことを胸に誓った。



 彼女はもっと一緒にいたかった。


 なぜ一目惚れしてしまったのか? 


 なぜ彼の側にいるとこんなにも心が安らいでしまうのか?


 なぜこんなにも彼の事ばかりを想うのか?


 小鳥子にとって、それは一番知りたかった思いである。彼の側にいたらその答えが見つかるかもしれない。


「とはいえ、小鳥子はまだ目が見えませぬ。視力を取り戻すまでは、しばらくここで野宿をするしかありませぬね……」


 小鳥子はそう呟き、洞窟の前でしょぼんとするが、


「されど、飛若様を見つけましたら、その頭を存分に膝で抱え、そのお耳の穴を無理矢理ほじくり、犯して犯して犯しまくり、滅茶苦茶にし尽くしてあげまする!」


 彼女は最後にどこからか耳掻きを取り出し、怪しい笑みと共にギラギラと眼を光らせた。







 一方、その頃、


「っ……!」



 小鳥子を置いてけぼりにした飛若は、広大な平原のど真ん中を歩いている最中、背筋から妙な悪寒を感じた。


「な、なんだ今のは……!」


 何やら、とてつもない珍妙な殺気を感じた彼は、すぐさま周囲を警戒した。


 しかし、辺りは誰もいない。


「気のせいか」


 彼は警戒を解くと、すぐに足を進めた。小鳥子から出来るだけ離れる為に。


「すまない小鳥子」


 彼は目の見えない少女一人を置いて行き、約束を破った事に多少の負い目を感じていた。


「でも、人を殺し続ける俺と一緒にいると、いずれお前にまで危険な目に巻き込んでしまうかもしれないんだ。だから、どうか分かってくれ」


 とは、言っても、当の本人は分かってはくれないだろうが。


 しかし、飛若が小鳥子を置いていったのは、彼なりの善意でもあった。


 呪いの為に人を殺し続けるという彼の残酷な定めに、彼女を近づけさせない為である。


「だから、ここでさらばだ」


 飛若は小鳥子に別れを告げ、広大な世界を旅する。


 綿のような形をした積雲が空に浮かび、そよ風が辺り一面の草を揺らす最中、彼は自らの呪いの刺青を背に呟いた。


「俺はこの呪いの事をまだ知らなすぎる。だが、俺はこの呪いと向き合う為に旅を続ける。例えそれが、どれほど過酷な戦いが待っていようとも、俺は戦い続ける!」


 それが前日まで葛藤に悩まされた、彼なりの答えであった。自らの残酷な定めを受け入れ、呪いに目を背けず、立ち向かう道を進む。ただ、人としてあり続ける為に。




「そして俺はいつか……この呪いを解いてみせる……!」




 彼は呪いの刺青を背に誓い、ようやく生きる目的をみつけることが出来たのであった。





 その時、



 ドクン!



「ぐっ!」


 またしても背中の刺青から鼓動が高鳴り、呪いが体を侵食してゆくのを感じた。


 あれだけ妖怪を殺しても、呪い自体は満足しなかった。この呪いは必ず人の命でなくては納得せず、絶対に静まらない。


 飛若は呪いが進行していくのに焦りを感じると、ふと目の前にある光景が見えた。


 それは遠い所で、二人組の農民が落武者狩りで殺した防人の死体から、身ぐるみを剥ぎ取るという悪行を彼は目の当たりにする。


「これもまた定めか……」


 運良く人間を見つけた飛若はそう呟くと、懐から小刀を取り出して引き抜き、平原の林に隠れながら、その二人組の農民にゆっくりと近づく



 こうして飛若の長き戦いが幕を開けた。





 永乱十二年、四月



 この時、飛若は齢十二であった。


 後に彼が元服して数多辰彦(あまたのたつひこ)と名乗り、戦で多くの死戦を潜り抜け、その凄まじく荒々しい鬼神の如き武力でその名を世に轟かせ、この何処中つ国全体を騒然とさせる日がやって来るのは、


 まだ先の話である



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[良い点] RT企画にカクヨムのページを貼らせていただいた者です。遅読ながら読み進めて参りました。 鬼気迫る展開や描写力に圧倒されています。まるで「もののけ姫」のようなシリアスな物語ですね。 ドキド…
[良い点] テーマの深さ、葛藤のえがき方、固すぎない文章など、素敵な点が沢山ありました。 個人的に一番気に入っているシーンは、いよちゃんのシーンです。思わず「おお、そうきたか!」と驚いてしまいました。…
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