依頼の詳細
他の資料を見ても、たしかに少女が消えたと思われる時間帯と、その文章が現れた時間帯は一致するものに見える。
そしてなにより、警察が発表している通り目撃者はゼロに加え、同じ時間帯に自然公園に出入りした人の数すらもゼロだったのだ。
自然公園の周囲に設置されている防犯カメラの数は、自然公園を管理する行政のものや、駅を管理する私鉄のもの、コンビニや住宅などのものを含めると総数84台。それに当時周囲を走っていた車の車載カメラの映像警察が徴収したものを含めると、かなりの規模のものになる。
たしかにこれらを駆使しても、発覚の遅れた事件や、長距離に渡って人影を追うなどということは実際のところ難しいだろう。
しかし、今回の件に関してはすぐに両親から警察に通報があり、2日目には公開捜査に至っているし、何よりこの自然公園という狭い中で一切足取りが掴めていないというのは異常という他ない。
つまり、文字通り少女は"消えた"のだ。
気味の悪い文章を残して……
この文章は一体なんだ?
煙のように消えた少女によるものなのか? それとも縦横無尽に張り巡らされた監視カメラの映像を掻い潜った"魔術師"による犯行声明か?
雅夫の推理は浮かんではグレーへと変わり、全ては曖昧模糊としていた。
「これについて警察は?」
柊一郎は用意していたように別のファイルを開き、全くのお手上げのようだ、と説明した。
少女の行方も、その文章の正体も、その文章と少女の関連性も……"まるっきりわからない"。
雅夫も資料を見る限り、警察と同じ見解だった。文章については警察も調べたようだが、少女の失踪と文章が書かれたのが同時であるという以外にはなにもわからなかったようだ。
雅夫は「なるほど」と相槌を打った。
「だが、未だに話が見えてこない。一体何を調査させようとしているんです?」
「この文章そのものだ」
柊一郎は続けた。
「たしかにこの文章自体は幼稚な妄想の産物に見えるが、これには何か裏がある。私はそう睨んでいるんだ」
言い切ったあと、柊一郎は一息つくようにタバコに火をつけた。
「なるほど……」
たしかに状況を積み重ねるとこれら2つの事象は、一点で重なり合いそのまま動かない。これら一方でも解き明かすことができれば、2つの点は別れ、答えへと導いてくれるかもしれない。
「文章を調べれば、何かがわかるかもしれない」
雅夫がそういうと柊一郎は「君もそう思うか」と煙を吐いた。
「警察は文章にこれといった深い意味はないと見ている。私自身そうだ。しかしこの文章、何か裏があると思わないかね?」
しかし、この文章から連想されるものなんてない。
せいぜいおかしな妄想に取り憑かれて、聖書風の文章を書いたんだろうな、というくらいだ。
「まぁそういう顔をするのはわかる。なんせ突拍子もない話な上、しかも大した手がかりもなく"この文章を調べてくれ"なんて言われた日にゃ、どうしたらいいかもわからなくなるだろう」
柊一郎はくしゃりと笑いながらタバコを置いた。
「そこで君なんだ。君くらいしかこれを調べてくれる……そして何かヒントのようなものでも掴んでくれそうな人間は思いつかなかった」
暇を持て余した探偵……それも従来の捜査捨て、箱という発掘装置を使って真実を探り当てる探偵。
たしかにこんなことに取り合ってくれるのは、俺くらいなものかもしれないな。
「わかりました。やってみましょう」
雅夫がそういうと、柊一郎は大きく頷きながらはにかんだ。
調べたからといって、何かがわかるとは思えない。
だがこの事件、調べてみる価値はあると雅夫は思った。
「最後に一つだけ気になることがあります、なぜあなたがこれを調べたがるんです?」
「それについては後日資料につける添え状で明らかにする。何せ説明するのにまた時間がかかるものでな。理由がわからないと依頼を受けられないというなら今説明するが……」
たしかにもういい時間だ。何より理由がなんであれ、この依頼は受けてみる価値はあると見ている。
雅夫は改めて依頼を受ける旨を伝え、応接間を後にした。