不可思議な失踪
昨年の11月末。とある都市郊外で一件の失踪事件が発生した。失踪したのは17歳の少女で、実家の最寄駅である丸笠見駅で友人と別れたのを最後に、消息が途絶えたのだ。
その後の警察の捜査で、自宅方向とは逆の自然公園に向かって歩く少女の様子が監視カメラで確認されるも、足取りは一切不明。
所持していたスマートフォンも壊れてしまったのか、通信記録は自然公園の中でピタリと途絶えていたのだ。
それ以前の少女の学校での振る舞いや、SNSでの発言を見ても失踪につながる情報はなく、自然公園周辺を捜査してみるも、一切の手がかりはなかった。
あまりに本人周辺での手がかりがなく、異常者による連れ去りの可能性も視野に入れられたため、失踪の2日目には公開捜査に踏み切られた。
当時はかなり報道されていたと雅夫も記憶している。が、それでも依然と手がかりは得られず、なんら有効な手立てがないままただ時間だけが過ぎていった。
雅夫もこの件は事件性が強いと改めて感じた。しかし未成年者の年間失踪者数を鑑みるに、この件も「よくある家出」と見られてしまったのか、すぐに世間は忘れてしまったのだ。
事実、雅夫も改めてこの話を聞くまで、この失踪事件について思い出すことはなかった。ここからは20キロほど離れた割と馴染みのある街での事件だ。
今の今まで忘れていたのが不思議なくらい……
「事件の概要についてはこのくらいでいいかな?」
柊一郎はファイルリングされた新聞記事やメモに目を通しながら言った。
「えぇ、大体は」と記憶の片隅にあった失踪事件についての報道を思い出し、合点がいったというようにこう続けた。
「つまり、その事件について…いや少女の行方について調査してほしいと。そういうことですね? しかし私は警察ではありません。探偵には事件の捜査権限はありません。今私にできるのは、集められる範囲で得た情報から分析を行うことだけです」
雅夫がさらに今の探偵ができる調査の軟弱さを説こうとしたところ、柊一郎は横に置いていた別のファイルを手にとって「いや違うんだ」と遮った。
「いや、違わないこともないんだが」
柊一郎は手に取ったファイルを雅夫の方に差し出した。
そこにはいくつかの写真が添えられており、それは自然公園の様子だと雅夫は直感的に感じた。
それらは事件前後の自然公園を撮影したものがネット上にアップされたものだった。
それは自然公園の運動場の砂地に、棒かなにかで書かれたイタズラ書きであった。
それ自体には問題はないし、少女の失踪とも関係がないように思われる。しかしそれは一見にしてそれらとは異質なものであった。
以下がそこに書かれていた内容だ。
『我々は3つの果実を其の声に与えられた。我々はすぐに果実を自身の身体に取り込みたいと願ったが、声は我々に果実を食べることを禁じた。"まだその時ではない。汝らは実を大地に植え実らせ、取って人々に与えるとよい"
果実とは我々自身を指し、我々は日の当たらぬ地中奥深くに潜った。声の言う、定められた日までここで根を生やし、実りの日を待つのだ』
怪文書と言うべきだろうか。
聖書の文体を真似て書かれたようなその文章は、その独特な言い回し故に、読む者に何を伝えたいのかまるで分かりにくくしていた。
そもそもこの手のものに、伝えたいことなどないのかもしれない。
「気味の悪い落書きですね」
雅夫がそう言うと、柊一郎はうむと唸った。
「何より注目してもらいたいのは、左の写真は失踪事件前……右の写真、落書きの写真は失踪事件後に撮影されたものだ」
左の写真には落書きはない。落書きを撮影したものではなく、運動場にいる子供を母親か誰かが撮影したものだった。
「その時間をよく見てみてくれ」
雅夫は説明された通り写真の注釈を見ると、左は18時58分……右の写真は19時17分に撮影されたと書いてあった。
捜査でわかっている通り公園で少女を見た者はいなかった。そもそも当日公園には人はほとんど来なかった。
なのに……
「なのにたった30分ちょっとの間……少女が公園にいたであろうと思われる時間を境に落書きが現れたことになる」
柊一郎は雅夫の顔をじっと見つめ、その不気味な事実に対する感想を待っているようだった。
雅夫は、何やら得体の知れないものに片足を入れた感覚に陥りながらその不気味な文章を睨みつけていた。
説明が長く読みにくくなっています。
この辺りは後で修正していくつもりです。