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探偵事務所の箱

 雅夫は事務所の二階にあたる部屋の鍵を解錠し、その部屋の照明を1ヶ月ぶりにつけた。

 この部屋はいくつかの四角い箱が並び、それぞれを赤と黒のケーブルでつなぎ合わせられた。これらが雅夫の探偵事務所の本体と言っていい存在で、毎日のように届けられる膨大な情報をせっせと処理しては、下の部屋にいる雅夫のパソコンに分析結果を報告する。

 分析と言ってもそんなに大層なものではなく、雅夫が組み込んだいくつかのパターンに合わせてソフトが一定のパターンや異常値といったものを見つけ出し、それをまた数百パターンの情報として処理したものを、また別の方法で分析するという作業を行う。

 蒸留という作業を思い浮かべてみるといい。それを繰り返し純度の高いデータに仕上げ、それらに雅夫の解釈を添えて依頼主に提出する。

 かつての探偵の姿はもうここにはない。

 『探偵は死んだ』

 そんなことを言う人もいるだろう。

 もはや調査会社のようなことを生業に、雅夫は生計を立てていた。

 響がもってきた猫の依頼も、この"箱"達が分析し、該当する猫を見つけ出した。

 いくつかの監視カメラの映像をこの箱達に与えると、それらを巧みに分析し、予想される猫の生息数から縄張りの範囲、それぞれの猫の関係性に至るまでを割り出し雅夫に報告した。

 が、ここで一つ問題が発生した。

 例のお祖母様が飼っておられた猫はまだ生きているという結論が、その"箱たち"が出した結論だったのだ。

問題の"みゅー"は今でも他の家を根城に街中を闊歩し、ハーレムを作り上げそっくりな猫を量産している。

 雅夫が下した結論はこうだった。

 長年お祖母様の家を根城にしていたが、いつからか別の家を根城にするようになり、なんらかの理由でお祖母様の家には立ち寄らなくなった……

 そして、見かけなくなった"みゅー"を死んだと誤認したというもの。

 これをどう説明するか、果たしてこれが正しいものかと考えているうちに納期が遅れ、響が直々に探偵事務所においでなさるという結果を生んだのだ。

 死んだと思っていた猫が実は生きていたなら、それは喜ばしいことだろうが、飼い主を自負する自分の家を避けて通っていたなどとわかった日にはガッカリするものだろう。

 響曰く「そんなことは適当に誤魔化して、"みゅー"ちゃんを見つけたといえばいいじゃない」とのことで、否応無しにその形をとることにしたのだった。

 そして響はなんの思いつきなのか、その報告を雅夫直々にまず響のお父様に行うことにしてしまった。

 どうもこれも裏があるらしいが、雅夫が詮索する時間もなく、さっさと響は帰ってしまった。

 雅夫はその"箱"たちを労うように一つ一つ再起動させ、これまで処理したデータと検証結果の山を整理させる作業に入る。


 「猫関連のことは全部忘れていいぞ」


 ため息混じりにそんなことを呟いてみて、自分の境遇と"箱"たちを重ね合わせた。


 雅夫は一階に戻ると、パソコンを起動してメールを一通りチェックしたりといった雑務に入る。 

 そして今朝終えていた箱たちの仕事の結果に目を通す。依頼された内容ではなく、膨大なネットから集めた情報を処理し、なんからの有益な情報を探り当てるといった途方も無い作業である。

 大抵の場合ピックアップされた情報にはなんら価値はなく、よくて企業のある行動を紐付けしてどこそこの株価の売り買いのヒントを与えてくれる程度のものだった。


 『20××年ブレイクのタレントのブログアクセス数と石油価格の関連性』

 『南米サッカー連盟がアフリカに投資したことによる、国内豆腐売り上げ増の見込み』

 『輝石発掘とオンラインゲームWTTF通貨の下落の関係性』


 雅夫は目を通してながらテンポよくゴミ箱に放り込んでいく。どれもこれも人間にはなし得ない突拍子も無い分析の集まりで、長くデータを蓄積させすぎた結果、要らぬ偏りを生んだ結果かのように思われた。


 そして最後の文言に目を止めた。

 『預言は必ずなされる』


 なんだこれは……

 もはや分析結果とも呼べない。

 気になってどんなデータを読み込んだのか見てみても、どこぞの匿名掲示板に書き込まれた内容だとか、ニュースサイトの文を注釈していたかと思えば、学習サイトの物理の数式を持ち出して20万通りのパターンを捏ね繰り返して、最後に天動説を説明した書籍のレビューにたどり着いていた。

 それら分析過程もめちゃくちゃながら、『預言はなされる』という結論はもはや繋がりもクソもないだろう。

 雅夫は「無理させすぎたな」と呟きながら、その検証結果をゴミ箱に入れた。


 「猫のことは忘れろ」


 雅夫は自分に言ったのか、"箱"たちに言ったのかそうボヤいた。

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