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変わり者の旧友を訪ねて

 福山湾を海流から守るように突き出した田波半島、その北西に位置する京田波市。

 海と隣接した山の岸壁を切り開いて家を建てたような港町は高齢化が進み、人口減少の一途をたどっている。雅夫はそんな町に移り住み、漁と作家業で生計を立てている変わり者の同級生を訪ねて、遥々5時間の旅をしていた。


 電車とバスを乗り継いでの旅は、出発してすぐに後悔をはじめた。荷物を抱えての公共交通機関での長旅は辛いものがある。バイクで来るという選択肢もあったが、冬のこの時期にはちょっとした凍結が命取りになるし、何より寒すぎるのでそれはそれで後悔することになっただろうが……


  そして後悔は町に到着してからも続いた。田波バスターミナルで降りたあと、タクシーに乗り継いで家のすぐそばに下ろしてもらうはずが、地図を見誤ったのか降ろされたのは目的地から400mも離れた場所だった。気付いたのは降りてからしばらくしてからのことで、この坂道地獄の港町を荷物を引きずるように歩く羽目になった。

 そしてどうにかたどり着いた家は、古民家に真新しい補強を施した改築物件だった。


 田舎ではお馴染みの光景だが玄関である引き戸が半分開いていたので、呼び鈴を鳴らすことなくその古い友人の名を呼ぶ。


 「道忠ーいるかー?」

 呼ぶと声も出さずズカズカと足音を立てながら玄関まで出てくると「思ったより早かったな」とやたらとでかい声で言った。

「あのなぁ、ここまで大変だったんだぞ?」

 散々な旅路だった雅夫はすぐさま悪態をついたが、そんなのお構いなしというように土産の袋をぶんどって、中に入っている饅頭の箱を机の上で開ける。

 こういった行動は相変わらずだったがこれが道忠という人間だ。それでいてしっかり雅夫用に飲み物が準備されているあたり、それが彼なりの愛情表現なのだ。


 坂田道忠とは地元中学校の同級生で、高校では進路が分かれるも親交は続いた。その後雅夫が地元から遠く離れた大学に進学し、坂道忠は地元就職という形になり、いよいよ疎遠になるかと思われた。しかし道忠はすぐに仕事を辞めてしまい、その後雅夫の下宿先の居候となる。

 その関係で平良先輩とも知り合うことになる。

 その後もちゃんと就職するでもなく、アルバイトをしながら大学のモグリをやったり、よくわからないサークルの非正規部員になるなど変わった生活を続けていた。

 雅夫が3回生になり就職活動をはじめると道忠もさすがに焦ったのか、サークルで養った謎のコネを使ってネットのライター業をはじめ、何の縁なのかこの京田波に住んでいる。

 こんなもので生計が成り立たつのかと疑問になるところだが、副業としてやっている漁はあくまで趣味だというから驚きだ。そのうちライターの仕事が暇になったら冷凍魚介の通信販売業を立ち上げるだなんて言っているが、こいつの性分だと割と上手く行くんじゃないかと思ってしまうものだ。


 雅夫は着いて早々「寝るわ」と宣言して、用意されていた布団にダイブした。


 昼間っから来客用の布団がすでに敷かれていたのは準備が早いというより、着いたらすぐ寝ることを見越しての道忠の無言の気遣いなのかもしれない。

 変な奴だけど結構気が利くんだよなぁ……

 雅夫はそんなことを思いながら眠りについた。


 雅夫はハッと目を覚ます。

 どれくらい寝ていただろうか。

 時計を見るとまだ3時12分、眠ってからまだ2時間ほどしか経っていない。


 「おう、起きたか」

 道忠はそう言ってみかんゼリーを机に置いたので、雅夫はそれにつられるように布団から出て椅子に座る。

 「まぁ食えよ」と言われた気がしたので、ベリッとフタを剥がしてスプーンですくって口に運ぶ。


 冷えててうまい。

 起きてぼーっとするところにこれは効く。雅夫は何かを話そうと思っていたような気がしたが忘れてしまい、しばらくゼリーを食べることに専念した。

 そうしているうちに道忠は「おれちょっと行ってくるわ」と買い物にでも出かけてしまったので、雅夫はテレビをつけて情報番組をBGMに時間を潰すことにした。田舎というものは時間がゆっくり進んでいるもんで、のんびりしていると時間も合わせてゆっくり進んでくれるものだ。


 なんとなく机の上に置いてある冊子を手に取って見てみると『フリーメイソン半世紀ぶりの真実』という文字を目に留め、投げるように元あったところに戻す。

 そう、道忠はこの手のものを好む変わり者で、世界津々浦々にある奇々怪々な陰謀論やナンチャッテ科学などを収集している。ライター業もこうした活動の一環であるらしく、突拍子もない知識の数々を発揮しているようだ。正直長い付き合いだから何も思わないが、知らない人からすると相当ぎょっとする人間像だと雅夫は思う。

 雅夫も探偵などという時代遅れなものを生業にはしているが、そこには少なからず念入りな情報収集と実地調査を重ね、箱達という第三者の判断を雅夫が再考するといったプロセスで行っている。そして出来上がった分析結果を依頼主に「提案」するという形をとり、決して結論を急いだりはしない。あくまで科学的でまっとうな手順を踏んでことを運んでいる。

 一方で道忠という人間は、とにかく結論先行で陰謀というものありきで話を進め、これといった実地調査もなく話を進める。そうしたいい加減なものであることは話の節々からにじみ出ていて、聞くものを辟易させる。雅夫は物事の謎を解くことを目指しているが、道忠という人物はむしろ物事に謎が生まれることを望んでおり、それら二人の在り方は相反する存在ともいえるのだ。

 しかし、こうして二人の関係が途切れることなく続いたのは単なる腐れ縁などではなく、どこか通じるものがあるからなのだと雅夫は思っている。


 今回こうして道忠の元を訪ねたのは失踪事件と例の文章についての所見を聞くためだった。

 もちろん真っ当な答えが返ってくることは期待してないが「栢沙智はUFOに(さら)われた!」などと言い出さないことを願うばかりだ。

 しかし、こうして頼ってきたのもそれなりの理由がある。

 それは平良がした不思議な経験だった。

 平良は道忠がするようなオカルト話に常々否定的だったし、時に衝突することもあった。そんな平良がまるで道忠が喜ぶような不思議な経験をしたのだと、ハッキリ言ったことが雅夫の考えを変えた。そもそも栢沙智が消えたのだって相当奇怪な話だ。ならもういっそ道忠という奇怪な話しか知らない人間に聞いてしまえというものだ。

 やけくそのようではあるが物事を調べるときはその筋のプロに聞くのが手っ取り早い。それで思い当たったのが道忠だったというだけだ。

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