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失踪した少女の名

 雅夫は少女の失踪事件で残された例の文章を調べる上で、もう一度その少女について洗い直すことにした。

 柊一郎から送られてきた資料も合わせて検証していく。


 栢沙智(かえ さち)

 実家のある丸笠見駅から5駅ほど離れた海山聖心(かいさん せいしん)学園に通っていた女子高生。

 海山聖心学園といえば中学から響が通うはずだった中高一貫のお嬢さま学校で、上下ワンピースのような制服で有名なところだ。腰の部分をベルトで締めて、スカートに当たる部分の丈はかなり長い。

 お嬢さま……というかアニメチックな印象が強く、正直な話似合うような女子生徒はなかなかいない。

スカートの丈のこともあり、お嬢さま的な印象を受ける一方芋臭くも感じるせいか、パッと見そそらない。


 響なら似合ったんだろうか……

 そういやなんで地元の公立なんかに来ることになったのか。もしや勉強が出来なすぎて落ちてたりして。


 ともかく、そこそこのお金持ちから倉間響のような紛うことなきお嬢さままでが通うような学校ではある。この失踪した栢沙智という少女もそれなりのお嬢さまであるのは間違いない。事実、栢沙智の父親は大企業に勤めるサラリーマンで、母は近所でピアノの先生をやっているような見事なお嬢さま生産家庭だったようだ。


 少なくとも家出ではないな。と雅夫はため息をついた。


 交友関係はほとんどが中高一貫校の中の人間で固まっていた。

 それもそうか、通い始めてもう5年にもなれば、他と関わる機会もなければ小学校までの縁も切れてしまうんだろう。

 雅夫にはそこにも何ら後ろ暗い点はないように思えた。


 非行歴もなし、門限を過ぎて帰ったこともない。友人らの証言を見ても、お嬢さま達の中でも浮かれたことをしない子だったようで、そのことからも即日警察に届けが出された理由がわかる。


 そして何より驚愕だったのが後日柊一郎が送ると言っていた資料に付けられていた添え状。

 柊一郎がこの件について調べたがる理由を克明に記されたその文章には、栢沙智は響の従姪(じゅうてつ)にあたることが書かれていた。

 栢沙智の祖母の旧姓は倉間で、結婚してからは栢姓を名乗っていた。その後男の子と女の子をもうけ、その男の子が栢沙智の父親ということになる。

 こんな説明すると余計にややこしくなったが、早い話が響の従兄弟の子供が栢沙智なのだ。

 響は昔から栢沙智を可愛がっていて、事件がある1ヶ月前にも二人でポートアイランドのショッピングモールで買い物をしているほどのようだった。


 柊一郎が響には秘密にしてくれと言った理由はここにある。響は失踪事件当時かなりナーバスになり、勤めていた倉間印刷の総務の仕事を一週間も休んで周辺を聞いて回っていたらしい。

 挙句の果てに1ヶ月のほとんどの仕事を投げ出してしまう状況になり、最終的に柊一郎の秘書官に異動という形で幕引きを図っていたようだ。

 響が雅夫と再会した頃はそれから約1ヶ月経ったあたりで、当時はまだまだ事件の尾を引いていたという。


 そんな様子まったくなかったのに……


 雅夫は自分自身の了見のなさというか、女心の読めなさに不甲斐ないものを感じた。

 そして事件への興味を原動力に依頼を引き受けた自分がひどく浅はかで冷たい人間にも感じた。


 おそらく響を含め倉間の人間は相当栢沙智の捜索に尽力したのだろう。時間をかけ、金をかけ、あらゆる手を尽くして捜索するも何ら手がかりは得られず手詰まりになり、それでも諦めきれずにせめて事件をより嫌なものにしている気味の悪い文章だけでも調べたかった。

 例えそれで栢沙智自身が帰ってこなくとも……


 雅夫に頼ったのは最後の足掻きだったのだ。その最後の足掻きがどういった結果を生むかは、雅夫の肩にかかっているというわけだ。


 雅夫はより引き締められる気持ちになりながらこの事件の解決を望んだ。

 やれることは全てやろう。例えそれがどんな結果を産もうとも、柊一郎や響が納得できるものを出してやらなければならない。

 そのためにはまずは情報収集と今ある情報の洗い直しだ。


 おそらく"箱"に頼るまでに相当念入りに実地調査を重ねる必要がある。すでに箱達には最低限のデータを与えて分析を開始させているが、おそらく何も得られない。

 もっと、もっとたくさんの情報がなければ箱達ですらヒントのカケラも掴んではくれない。


 雅夫は資料を鞄に収めると、丸笠見駅から自然公園に向かって歩き出した。


 ここら一帯はバブル期に都市開発が始められ、その後のバブル崩壊で一度は計画自体が中止の危機に晒されるも、同時に進められていた荒木沿線開発に合わせてこの土地の需要は高まり、結果として一部白紙となったものを除けば、ほぼそのままの街が完成した。

 駅前に複合ショッピングモールを抱え、その周りにいくつかのマンションが(そび)え立っている。それでいて街は上品で閑静なものに仕上がっていて、騒がしさや貧乏臭さとは無縁といった感じだ。


 それらとは逆方向となる自然公園は、昼間は散歩客や子連れで賑わい、その上品で閑静な街の住人の憩いの場となっていた。

 民度がいいとはこのことを言うのかもしれない。雅夫はなんとなくそのイメージを倉間一族と重ね合わせた。


 しかし住人が上品なせいか、陽が暮れる時間帯にもなると途端に人がいなくなるらしい。そして人が寄り付かないところは、それはそれでアングラな人間の拠り所になるものだが、そういう様子もなかったらようだ。

 当日も失踪した栢沙智を見かけた人物を見かけた人物がいなかったのはそのためだろう。


 雅夫は周囲の防犯カメラの位置を確認する。

 駅前に4台、複合ショッピングモールには5台ある。そして街頭に行政がつけていると思われるカメラが5台。自然公園に向かうにはこれら監視の目に晒されることになる。そして公園の前にも左右から2台確認できた。


 自然公園内部は顆粒を固めたような素材で覆われた散歩・ジョギングエリア、運動場、木々が生い茂る散策エリアの3つからなり、それぞれ各所に防犯カメラがつけられている。

 駅からこの公園まで、そして公園内部とかなりの数の防犯カメラが設置されているが、意識して見なければ案外気にならないものなのか、ここの利用者たちはなんということなく過ごしている。おそらくここで一人の少女が失踪したということも、もう忘れてしまっているのだろう。むしろ、これだけ防犯カメラがあれば彼女のように"消える"なんてことがない限り犯罪の抑止にもなるし安全だ、くらいに考えているのかもしれない。


 雅夫は散歩コースを経由して、散策エリアへとやってきた。

 たしかに視界を遮るものはあるが、これらに隠れても結局外に出るには何かしらのカメラに映り込むことになるだろう。

 それに防犯カメラで確認されている限り、散策エリアに向かう5箇所の入り口には栢沙智は近付いていないらしい。散歩・ジョギングと運動場エリアを二分するカメラのないところから足取りはわからなくなっている。念のため警察は散策エリアも入念に調べあげているだろうから、おそらくここからは何も出ない。


 そう思って雅夫はその先に通じている自然公園の向こう側の出口から外へ出た。

 ここにも防犯カメラは設置されている。正面から一つと、横断歩道のある信号機の横に一つ。ここに限らず、全4箇所の出入り口はこんな風にカメラが設置されているのだ。

 ちなみにこれら出口を使わず、ヤンチャな少年のように鉄柵を潜り抜けるという出方もなくはないが、周囲をぐるりと囲むように歩道があり、視界がひらけたところにしっかり防犯カメラがあるため、やはりそれらに映らずに外へ出るのは不可能だろう。


 これほど防犯カメラが多いのは、映像分析技術の向上で特定の人物を複数台のカメラの映像で追跡することが可能になったことが大きい。これがあれば大抵の事件の状況証拠というものは押さえることができる。ここまで完全に網羅されるケースは稀だが、今回のようなケースで人影を見失うということはまずありえない。


 やはり栢沙智はここで"消えた"のだ。


 消える。

 そんなことが果たして可能なのだろうか、と考えてみるも何ら答えは出てこなかった。


 空でも飛んだか……

 雅夫はそんな突拍子もないことを考えながら空を見上げた。

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