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男を掴むにはまず胃袋から

 響の部屋は明るかった。

 女性の部屋にあがりこんでおいて、一番の感想がこれなのは我ながら如何なものかと思ったが、これまでやけに暗い家の中を彷徨っていたせいか、ごく普通の明るさがやけに明るく感じた。


 そして何より、それまで柊一郎と事件について語り合っていたせいだろうか。不気味な穴蔵でも覗いてたような気分だったのが、こうして響と会うことで現実に引き戻されたこともあるだろう。


 そしてこの匂い……

 皿に盛られたパスタにはほどよくトマトと挽肉と思われるソースが被さり、輪切りの茄子が柔らかな肉感を魅せながら乗っていた。

 こっちはアクアパッツァだろうか。中央に頭の大きな根魚が陣取り、その周りを黒い貝や海老が彩り、ほどよくふやけたドライトマトが絡み、それらの下に滲み出た黄金のソースが滴り溜まっている。

 机の真ん中には薄肌色の生地をしたピッツァがあり、おおよそ推測するに3種類のチーズと赤いソースとが絶妙に絡み合っていた。


 「めっちゃうまそう……」

 お腹が空いていた雅夫は正直な感想を言った。


 相変わらずニヨニヨしていた響は、そこに照れと伺える表情を含めながら雅夫の肩をポンと叩き「さぁ座って!」と促した。


 「本当にご馳走になっていいのか?」

 「ささ、食べて食べて!早くしないと冷めちゃう」

 雅夫は促されるがままその料理にガッツいた。


 昼間のエプロンから察するにこれを作っていたのだろう。なら気の利いた感想を言うべきかと思ったが、食欲に負けて口の中に運んでいるうちに、これがもう感想になっていると雅夫は思った。


 うまい……

 小学生の頃の調理実習で響とその友達が作った料理はなんとも言い難い攻めた料理で、正直見た目からして褒め難いものだったので試食を拒否したことがあった。

 もちろん烈火の如く怒られたものだが。その時のことを思い出すと、なんと精進したことだろう。


 そして思い出したように口を開いた。

 「そういや親父さんやお母さんはいいのか?」


 「お父様はこれから会社よ。"社長出勤"なんて言うけど責任がある分こんな時間でも行かないといけない時があるの」


 「ふーん」大変なんだな、と雅夫は感心した。


 「ならお母さんは呼ばなくていいのか?」


 「へぇ、雅夫くんは女が好きだから私だけじゃ満足できないんだぁ?」


 雅夫は何か地雷を踏んだ気がしてゲフンゲフンと咽せたように咳き込んだ。一体なんの地雷なのかは正直わからなかったが、誤魔化しとくに越したことがないと思った。


 「あ、いやそのそういうことじゃなくてな」


 「冗談よ」

 響はふんと笑いながら、からかっただけだと自白した。


 「お母様は大丈夫よ。下でお祖母様の夕食を作ってるから。お祖母様にイタリアンは出せないし」


 なるほど。それで二人で水入らず響の部屋で食事会という成り行きか。

 悪くない…うん悪くない。


 再会してからというものずっとどこかで響を避けてきた俺だが、こうして部屋にまで呼ばれて美味しい料理を提供されると、満更でもないというのが正直なところ。


 響はこうしてみると本当に育ちのいいお嬢様で、見た目も本当に綺麗だ。昔は気にもしなかったが、こんなにいい女性に相手してもらえてたなんて俺は幸運な男だ。


 響のお母さんも親世代だというのに、パッと見響と変わらない美しさを保っているように見える。そのポテンシャルの高さを響は引き継いでいる訳だ。


 その時のパシャリという音がした。

 その音に妄想とも言える自己回顧我に帰り、音がした方を見るとスマホを構えた響がいた。


 「"彼氏と夕食なう" っと」


 雅夫は今度こそ本当にに咽せてゲフゲフと唸りながら咳をした。


 「ちょ、ちょっと待てそれはどういう・・・」


 慌てる雅夫に響はニヤリと笑いながら画面を見せる。

 そこにはSNSに投稿した画面があったが、なんて事ない料理の写真だけが貼り付けられていた。

もちろん『彼氏』なんて文字はどこにもない。


 ホッと胸をなでおろす雅夫に響は「そんなことするわけないじゃない」と言い放った。

 どこか冷たい物言いのあとには。


 「流石に付き合ってるだなんて冗談でも人には言いたくない。だって……雅夫くんって昔は冴えててカッコよかったけど、今はなんか冴えないし」


 それら不意に向けられた刃は雅夫の心に突き刺さった。

 まさに雅夫自身が思っていた自分像に、そして自分では見ないようにしていた自分像に合致した言葉に、埋められていた爆弾を中から爆発させられたようだった。


 うまく言い返せない。

 というか返す言葉も見つからない。

 なんなら響に接待されいい気分になっていた自分が馬鹿らしく、惨めになって声が出なかった。


 「あら?ショック受けた?」

 響は相変わらず無邪気でいつもと同じような表情をしていたかもしれないが、それまでと違ってどこか雅夫とは縁遠いお嬢様に見えた。


 「あらあらゴメンゴメン。割と何言っても許してくれてる感じだからこのくらいヘーキだと思って……」


ヘーキなわけあるか・・・

男を勘違いさせる行動の第3条、第8条、第9条に抵触した挙句これじゃ泣けるってもんだ。


 「もう! せっかくの二人での食事なんだからそんな顔しないで!」


 響はそんなことを言いながら、雅夫の背後に回ると肩をグリグリとマッサージして機嫌を直そうとしていた。


 そ、それをやめてほしいものなんだがな……


 ふと外を見るともう夜になっていて、それでいて分厚い雲が空を覆っているせいか普段の夜よりも暗く見えていた。

 この明るく楽しい雰囲気のする部屋の中より、自分が居るべきは外だと思いながら、今度はユサユサと揺らすように肩を揉まれていた。

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