68 無神論
落ち着いてきたので再開……
……すまんかった
イゴーロナクの言っていることが理解できない。先ほどからあの時見た鮮血の光景が、妙にチラつくが関係のないことだろう。いや、そうであって欲しい。
それよりもヤツが言っていた言葉は何だ?
俺は立ち上がりながら問い質す。
「知らない……いったい、何のことを言ってんだ……!!」
頭を片手で押さえ、ふらつきながらさらに問いただす。
「キムラヌート、アィーアツブス、アディシェス、バチカル……何の話だ!!」
「……面倒だが仕方あるまい。まずはお前の持っているスキルというもので『魔王』というものがあるだろう」
「っ!? 何故それを……!!」
「まぁ、落ち着け。そのスキルの正体……知りたいだろう?」
確かに知りたい。だが、奴は、奴だけは殺さないといけない。そんな使命感が剣を握る強さを増させる。
「それは真なる魔王への挑戦権だ。我らが主、万物の王、そのスキルというシステムを組み上げた女神と男神の祖。まぁ、それらのもととなったかの王は未だ夢現の状態だ。その王が暇つぶしに作ったのがその『魔王』というスキル」
イゴーロナクはそう言って一歩、俺に近づくように歩み寄る。それに合わせて後退るが、踵を小石に軽くぶつけた拍子によろめいてしまい、本体である魔剣を手放してしまった。
「それの影響でお前は目の前にいる私を殺さねばならないという強迫観念に駆られている。その理由が物質主義、不安定、貪欲、色欲、醜悪、残酷、無感動、拒絶、愚鈍、無神論の計一〇もの悪を得るためだからだ。私やモルディギアン、アトラク=ナクアなどの神性を殺す度にキムラヌートやバチカルへと堕ちる。堕ちるたびに、お前は邪悪となり拒否権の無い真なる魔王へ挑戦する権利が与えられ易くなるのだ!」
目の前まで来た奴は俺の顔を覗くように屈む。
「……まぁ、原生の神々共が勇者なぞという結果を前借した存在を変なものを呼ぶようになってしまったのだがな」
奴の手から舌が伸びる。そしてその舌は俺の本体である|《魔剣:メラン=サナトス》を拾い上げると自らを貫いた。
「な、何を……!!」
「これでお前は私という悪を喰った。良いかこれは呪いだ。喜ぶべき祝福だ。己の悪行をも忘れる最低最悪なる魔王よ、汝に苦悩あれ!!」
「――っ!?」
また、あの時のように視界が砂嵐に埋もれた。
耳障りな女の悲鳴。腕に伝わる鈍い衝撃。仄かに香る焼けた肉の匂い。舌に広がる薄めに味付けられた何かの味。
そして最後は鮮明に映る血溜まり。ただ、今回は何から伝い落ちるように血溜まりに波紋が出来ている。
気が付けば俺は仰向けに倒れていた。イゴーロナクの姿はもうない。ただ、俺のことを心配そうにセーラー服の少女がキリカと共に近くで顔を覗き込んできた。
「あ、織界くん!!」
「ケイトさん!!」
見覚えのある顔だ。ただ、目の白い部分が妙に黒い気がする。
「いん……ちょ……」
「もう、何度も言ってるでしょ! 私は一度も委員長はやったことないわよ!」
本物だ。けれど何故?
「腹貫かれて死んだんじゃ……」
「ごめん、確かに私は死んだんだけど、まだそのことを考えると吐き気が収まらないの……また後で話すわ」
そう言って阿木律子は口を押えて背を向けた。
そこでキリカが俺の上に跨ってきた。
「ケイトさん……私を忘れないでください」
「ごめん、死んだはずの知り合いが普通に顔を覗いてきたらつい……」
無理矢理体を起こす。四肢や肩などいたるところが重い。
「それと退いてくれる……?」
「嫌です。暫くは離れたくありません」
そう言って彼女は俺にもたれ掛かる。
「あのー……今すっごくヘトヘトで君を支えられそうにないんだけど……」
腕で自身の身体を支えるが辛い。長距離を走らされた後に、さらに重い荷物を持ちながら教室移動させられた時並みにキツイ。
「それでも私は退きません」
そう言って彼女は耳を俺の左胸あたりに当ててきた。本当に心配をかけてしまったらしい。
それにしても……神は当てにならないし碌なものでもない。あいつらが邪神と言われる所以が何となく分かった。しかし、それよりも許せない存在がいる。
――邪神よりもさらに質が悪いこの世界の神。ただの人間だった阿木律子をこの世界に連れてきた神が許せない。奴らの顕現を許した神が許せない。そんな怠惰で傲慢なな神は……不要だ
[無神論の意志を確認……完了]
[【無神論】を獲得]
[ステイタスシステムの一割の還元が完了]
[〈魔王【封印】Ⅰ〉の情報更新]
[〈魔王【封印】Ⅱ〉に変化……完了]
[【11th 愚者】の解放を確認……完了]
突然、機械の音声が流れ込んできた。その音声は、イゴーロナクが言っていた『バチカル』という単語を獲得したとか言っていた。
と、ここで流石に支えきれなくなり、おれは再び仰向けになった。
「……これは……?」
俺の背が地面に付いた時、身体を俺に預けて俺の心音を聞いていた彼女が何かを見つけた。ソレを拾おうと伸ばされた手は俺の顔の右側に、そしてその手が拾ったものは黒いカードだった。
「11番で……愚者って書いていますね……」
「11番? 何も書いてないのじゃなくて? ……って、あなた、織界くんの上に跨って何してるの!? 織界くんもなんで抵抗してないの!?」
キリカが拾った黒いカードの内容に、阿木律子は疑問を抱くが、俺とキリカの状況に取り乱した。近くに居たはずだが、嘔吐していて聞こえていなかったのだろう。
「何故って……私はケイトさんを愛していますし、ケイトさんも私を愛しているので自然の事ですよ?」
「いやいや、ただ暫く離れていたからキリカが甘えに来ているだけだから。それに俺は満身創痍に近い状況だから抵抗できないし」
「もうっ、何でそんなこと言うのですか!」
事実を言ったら片手で胸倉を掴まれ、揺さぶられた。解せぬ。
「き、キリカちゃん、織界くん頭から血流してるよ……」
「え? あ、ご、ごめんなさい!!」
ああ、道理で自分の頭に地味に生暖かい液体が垂れている感覚があったのか……って、あの駄目聖女まだ寝てるのか。
「誰か寝っ転がってる駄目聖女起こせ」
「だ、駄目聖女!?」
聞き覚えのある声。しかも悦びを孕んだ声。それは罵倒に反応して起き上がった。
「わ、私の事を駄目って、駄目って言いましたね!!」
嬉々としながらも、罵倒されたことに対して怒る仕草をしている。しかし、涎が垂れているせいで誤魔化せていない。
「しゃ、シャヌアちゃん、と、取り合えずケイトさんの治療お願いできます……?」
少し引き気味にキリカがシャヌアに頼む。そこで彼女はハッとして、息を整えてて遅れながらも聖女っぽく振舞い始めた。
「こ、こほん。分かりました。では失礼しますね……」
神法、または聖法と呼ばれる術での治療が開始されるが――
「……あら? ちゃんと発動しているはずなのに治らない……?」
おい無神論、お前の所為か。
「え、えっと……シャヌアちゃん?」
「わ、私にも分かりません! そ、それよりも何で……」
「……ごめん、俺にも分からない」
仕方なしに〈実体化〉を解除しようと試みる。が、何も起こらなかった。
「……は?」