58 少女達の自己紹介
鎌刃が門番の腕の切断面に突き刺さる。奴はこの後、数多の怨念を纏った毒蟲の呪毒に侵されて悶え死ぬ。記憶が正しければの話なのだが……
「死なない……? グハッ!?」
門番の肌は紫色に変色しただけ。口元では笑みを作りながら粘性と悪臭が強い涎を垂らしている。
そして奴は俺を掴むと、強く握りしめてから真っ直ぐに投げた。地面に叩きつけられた俺は、骨が折れる音や浮遊感を体感しながら闘技場の端の近くまで飛ばされた。
「イテテ……」
大鎌は手から離れていた。身体を無理やり起こすと、門番は興奮状態なのかとても荒々しく突進している最中であった。
アドレナリンが分泌されている為か、今のところまだ骨折の痛みは感じない。まだ……戦える。
「まだ……まだ……」
音が聞こえない。観衆の喜声も門番の手足が地を蹴る音も、世界の全ての音が己の心拍音で掻き消される。
それでも身体を無理矢理動かさなければならない。本体が手元に無い限り、死んでしまったらそこで終わってしまう。
「ハハ……やぱり後が有ると言う確証が無い死は怖いな……」
ただ死ぬことは怖い。だが、死に近い状態ほど気分が高揚する物事はない……あまりないと俺は思う。
「ははっ、あの顔を思い出しただけで余計に死にたくない……!」
頭から血を流しても尚、身体に無理矢理立てと命令する。視界はあまり鮮明ではない。まばたくをする度に瞼の裏側に彼女の……キリカの顔が浮かび上がるのだ。
月夜に窓から侵入して来た可愛らしくも美しい俺の……心の拠り所。ちょっと病んデレ気質の様なものがあるが、そこを含めてが好きなのだろう。でも、多分このキリカに対する好きの感情は……依存だ。
「依存だっていい……おかげで吹っ切れたよ、門番。礼を言わせてもらう」
自惚れすぎた己を殺せ。
「ゔががぁぁぁ!!!!」
いつのまにか振り上げられた門番の片腕。それが蚊を叩き潰す様に振り降ろされた。
だが、予備動作が分かりやすい。そのおかげで容易に躱すことができた。
「ごめん。急がないといけないんだ」
だから死ねと殴る。身体を強化して跳躍し、角を折る勢いで殴った。角はブヨブヨしておらず、罅を入れることができたことを感触で知る。
そこで休まず掴み、腕を支えにして片足を軸にする。そして踵から罅に目掛けて回し蹴りを撃ち込んだ。
「お、やっと折れた」
角が折れた痛みで門番は大きく暴れ始めた。無造作に周りの物を壊して泣き喚く。皮膚の色はいつのまにか素のピンク色に戻って、口から溢れ出てきている涎から紫色の色素と一緒に毒が雪崩出ている様だ。
六つの目からは大粒の涙がボトボトと垂れ、異臭を放つ。
「臭っ……」
俺はそう言いながら袖で鼻と口を覆い、鎌を拾いに向かう。
落としてしまった大鎌は今もまだのたうち回っている門番の近くに落ちているが、ギリギリ奴の腕や足が当たらない距離に落ちている。
「……ごめんな。すぐに楽にしてやるから」
使っているのは大鎌だが、剣系統のスキルを使う。
「それじゃ……お休み」
大鎌を門番の首元で振り下ろす。
虚しく空を切る音がした。
やがて門番は泣き止んだ。ゆっくり首と胴体が別々に溶けていく。
気分を害する様な腐乱臭を放ちながら溶けてゆく様は、特に勝ったという実感を感じさせてくれない。
「さてと……」
不死者達の王を見る。王の隣には大きな籠があった。そこからキリカがこちらを見ていた。
賭けに負けて悔しがる者、勝って逆に賭けた金が倍になって喜ぶ者、ただこの催しを楽しむ者の騒音が会場を揺らしている。そんな中でキリカからの視線は目立っていた。
俺はキリカに軽く微笑み、その場から一旦立ち去った。
次の俺の対戦相手を連れて来るまでにまだ時間がかかっているのだろう。次の相手が来るまで、俺は休憩所に案内された。
ケイトさんの戦い方を見て私は少し心配でした。いくら私の加護があったとしても、前半の戦い方では近いうちに命を落としてしまいます。ですが、彼の動きは途中から変わりました。
「キリちゃん。この状況って……」
隣にはシャヌアちゃんともう一人、私たちと同い年と思われる女性がいました。
「嘘、織界君……」
「ッ!?」
眼鏡をかけた女性はハッキリとケイトさんの苗字を、姿を見て言い当てました。
「あの、貴女は――」
「起きたか、残りの小娘達よ」
檻の外から聞き覚えのある声がしました。
「お前達二人は寝ていてまだ自己紹介をしていなかったな。俺の名はモルディギアン。食屍鬼らの神にして不死者の国、ソドムの王だ」
軽い自己紹介を終えた彼は淡々と私達の今の状態をそのまま続けて話しました。
「まず初めに言えるのは、お前達は景品だ。そして今、下で小僧が対戦しているのは我が国の闘技場で飼っている門番だ。小僧が、俺が用意した我が国の闘技場で飼っている者達を倒せばお前達は解放される。だが――」
「ケイトさんが負けてしまったら私達は餌になってしまうのですね」
ケイトさんが小僧と呼ばれて少し苛立ってしまい、私は割り込んでしまいました。しかし、モルディギアンは感心した表情で私を見ると「そうだ」とだけ言って、直ぐにケイトさんのいる方へ顔を向けました。
「ねえ貴女。今ケイトさんって……」
「そちらこそケイトさんの苗字をちゃんとした発音で知っているのですね」
「っ! 私は律子。阿木 律子って言うの。貴女達は?」
私とシャヌアちゃんは目を少し合わせると、少し頷いてリツコさんの問いかけに応じることにしました。
「私はシャヌアです。教会が少し問題を起こしてしまいましたが、聖女をやらせてもらっています。あと、ケイト様の忠実な下僕です」
「私はキリカ=エムメレクです。ケイトさんとはいずれ結婚を約束をしています」
牽制の意で私達はそう自己紹介しました。これでリツコさんの反応が……
「「ッ!?」」
得意げに自己紹介をした私達の目の前で、リツコさんはなんと「尊い……」と言いながら鼻血を垂らしていました!?
次回は主人公そっちのけ回(*´∀`*)