44 先手は拳で
初めて槍を使ったが、桐花様の加護が働いてすぐにマトモに扱えるようになった。扱っている内に、槍が自分の手に近い感覚がする。
「槍の扱い方に慣れてきたみたいだな……」
投擲必中の槍で有名なゲイ・ボルグと比べれば性能は遥かに劣るが、構わない。
「敵を仕留めることができればそれで十分!」
天使の振り下しを横に軽く躱し、そのまま槍で突き刺す。
「〈千走突〉!」
刺突だけを繰り返す荒技だが有効の様だ。
ただ、なんでこの天使は攻撃を受けた時に嬉しそうな表情をしているの?
こっちは、肉を軽く裂く感覚で楽しいけど、痛みで喜ぶとか……ねぇ?
「うっわ、気持ち悪っ!」
その一言で更に天使?は喜んだ。
そして、一定のダメージを受けたからか、再び天使は姿を変える。まず、光で作られた武器は形を変え、右手に大盾、左手に天秤の付いた杖を持っていた。体格は然程変わらないが、翼の大きさは少し大きくなった。
俺は一旦距離をとって様子を伺う。
天使は俺から離れ、俺の様子をただジッと見ている。俺を見る表情は無く、ただ翼を広げたまま。
「いや、そんなワクワクされても困るんだが……」
そう、表情は無いはずなのに雰囲気的にワクワクしているのだ。なんか呆れた。形態変化するからたのs苦戦するかと思ったのに、マゾな性質を持っているとは思わなかった。
………まぁ、とりあえず倒すか。
「そんなに欲しいならくれてやる」
俺は魔槍となった〈メラン=サナトス〉を体勢を低くして構える。足に力を込め、槍をしっかり握り、狙いを絞る。
光で作られた盾は普通に通過するとは考えてはならない。両手剣のときに、その剣は地面を物理的に抉ったのだから。
「スゥ…………シュッ!」
溜めた力で思いっ切り地面を蹴る。スキルの補正がかかって、空気抵抗がかからない。一直線に俺と槍は天使の構える盾に跳ぶ。
槍が盾に接触した。そこで〈千走突〉を一点に集中して当てる。感覚的に七百五十回目の突きで、光の盾に異変を感じた。おそらく、物質化が間に合わないのだろう。だから槍を引く際に、一瞬だけ軽く掴まれた感覚がした。だからこのまま残りの三百五十回を少しペースを上げる。九百回目でもう槍は天使の手に何回も刺さっていた。
ただ、天使は刺される度に気持ち良さそうだ。気持ち悪い。
「ウグッ!…」
〈千走突〉の繰り返し突く攻撃が止んだ途端、俺の上に重力がのし掛かった。
天使は盾を放棄し、天秤のついた杖を使い俺にかかる重力を変えたのだろう。俺は重力に拘束されている間に、天使は再び姿を変えた。
「おいおい、まだ他の姿があるのかよ………」
騎士を思わせる剣と盾。それを身に纏う純白の翼を腰辺りから生やした戦乙女。
明らかに先ほどの三形態とは強さが桁違いだ。これは……そろそろ本体のスキルに頼るしか無いか………
俺にかかる圧力はもう解けた。けれど、体がほとんどボロボロに近いため、力が上手く入らない。天使からは先程の眼差しとは変わって、冷酷で虚ろを漂わせる。
「……〈死神の眷属〉」
本体が全て毒々しい色をした粒子に変わる。その粒子は小蝿の集団飛行の様にその場を泳ぎ回るが、直ぐに俺の身体に纏わり付いた。
― ―〈死神の眷属〉― ― ― ― ―
死神に愛され、祝福された武具に与えられるスキル。その武具を使用する者に絶死を身に纏わせる。使えば使うほど、所持者は死へと近付く。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
このスキルの大まかな説明はそんな感じだ。おそらく毒を身に纏わせるから、耐性のない者は徐々に毒に侵されて死ぬのだろう。
粒子の動きが収まると、俺の服装が変わり、いつのまにか両足で立っていた。黒を基調とした燕尾服で、紫色のチェストプレート。腰には、今まで〈メラン=サナトス〉を納めていた鞘は無く、新しく剣が用意されていた。そして、魔槍となった〈メラン=サナトス〉はというと、槍は槍なのだが、旗をなびかせていた。
「このスキル……〈毒変換〉と相性がいいな。お陰で力がみなぎる」
寧ろ力が常時湧いて来るから動かないと危ないかもしれない。
俺と天使はお互い向かい合う。
「先手必勝っ」
とりあえず挨拶として……拳。地面を蹴り、一気に距離を詰めて盾を殴る。もう光で作られたものではなく、具現化した盾なのだが、バターの様に殴った部分がぐにゃっと窪んだ。その後、攻撃の余波で天使は後方へ飛ばされる。天使が飛ばされた先は、イゴールナクが踏ん反り返ってた。天使が遂にイゴールナクに接触すると、その肥えた腹はクッションの意味を成さず、巻き込まれる。
「ハハッ、巻き込まれたよ!」
思わぬ出来事に笑いが収まらない。嬉しい誤算で何故か闘気が増す。
天使とイゴールナクはやっと壁にぶつかり、土煙を作った。イゴールナクが鎮座していた石の玉座は壊れ、ただの土台となっている。
やばい。楽しい。楽しくて、楽しくて、楽しくて、楽しくて、楽しくて、タノシクテ、タノシクテタノシクテタノシクテタノシクテ……
「そう簡単に壊れてくれるなよ?」
俺は口の両端を釣り上げた笑顔でそう呟いた。
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