「ぎ」ー欺・偽・擬ー
「が」行
友達に新しい彼氏が出来た。
「男なんかいらないよねー」という信用してはいけない台詞。
女の友情は、そんなことにいちいち裏切られた気持ちになっていては続かないが、
1年以上付き合ってたのに話してもらえなかった、隠され続けていたという事実に、
詐欺にでもあったような気分になった。
だけど、全力で「オメデトウ。よかったね」って笑った。
聞きたくもない彼とのなれそめを聞いてやった。
その報告を聞かされた一人の帰り道、惨めな自分の足は重かった。
なんで言ってくれなかったんだというショックな思いと
言うほどでもない友達だったのかという寂しい思いと
無駄に気を遣われていたのかもしれないという情けない思いを感じながら
結局、上から目線で幸せアピールされて悔しかった。
駅から家までの道であたしは泣いた。
涙ってやつは、苦しくても嬉しくてもその絶頂の緊張状態にいる時は案外流れないもんだ。
一人になって急に緩んだ。友達の前で泣かないで本当によかった。
どうせ家で一人なんだから家まで持ってくれればいいのに、あたしの頭の中には一時停止ボタンはない。
涙を誘うエピソードが再生され続ける。
電車で我慢してたせいかどんどん涙が出てくる。
涙が止まんなかった帰り道・・・中学の頃にもあったな。
あたし中学生みたい。
中学校2年の時、部活で友達がレギュラーに選ばれた日、あたしは教室でこっそり泣いていた。
友達の前では自分のことのように喜んだけど、ものすごく悔しかった。
力の差はそんなになかったけど、友達の方が先輩に気に入られてたからしかたがないとは思った。
けど、その選抜、あたし以外の人は事前に知っていたということを聞いてショックを受けた。
だから一人で泣いていた。
妹と一緒の部屋なので家では泣けないので気が済むまで泣いて帰ろうと思って泣いた。
見回りにきた先生に見られた。年中白衣着ている理科の先生。
ビジュアルは普通なんだけど、マニアックすぎて変人扱いされていた若い男の先生。
だけど、あたしはこの先生が好きだった。
慰めてもらえたらこの状況も悪くないなと思ったから、あたしは先生に涙のわけを話した。
そんな気持ちが存在する程度の涙。だけど、先生は優しく
「でも、オメデトウって言えたんだ」
落ち着いた口調であたしに笑いかけた。やっぱりかっこいいと思った。
「もう偽善ですね」
「そんなことないよ。・・・実はさ、先生来年結婚する予定なんだけど、
彼女の方がそういうのでマリッジブルーみたいになってるんだよね」
「え」
さらりと、あたしは失恋した。
恋人いたんだ。しかも結婚・・・
あたしは今まで直面していた悲しみを一気に忘れた。
先生は自分の身近な話題に置き換えて悲しみを軽減してくれようとしているのに、
皮肉にも悲しみは増加させた。
そんなあたしの気持ちを知るよしもなく、彼女の話を続ける先生。
悔しいけど、ステキだった。
「友達が祝福してくれない。ウソでもいいからオメデトウって言って欲しい・・・ってさ」
「はあ」
「本音と建前じゃないけどさ、腹の底で思ってなくてもとりあえず喜んでもらえたら嬉しいよ。
彼女の独身仲間は、裏切られたっていう気持ちむき出しで悲しがったんだって。
友情ってなんなんだろうって」
「そうですか」
「だから、偽善じゃない。それで自分を良く見せようと思ったわけじゃないだろう」
「そんな余裕ないです。自分に焦点合わせたらその場で泣きそうだから、
とりあえずレギュラーになった人たちにオメデトウって言ってたんです」
「じゃあ、優しさだよ」
「え」
「そいうのは偽善じゃない」
先生は最高の笑顔をあたしに向けた。きっと彼女の前ではいつもこうなんだろう。
「あ、ありがとう・・・ございます」
あたしは大粒の涙をこぼした。失恋が追い討ちをかけて、もはやなんの涙だかわかんないけど、
先生の笑顔が引き金になったのは確かだ。
昔見たドラマのワンシーンみたいに一気に思い出した。
同じ様なことで泣いてたんだな。
悲しい失恋秘話としてしまいこんでいたのに、今のわたしを慰める。
映画で悲しい場面を見て擬似体験して、一緒に泣いてすっきりするってあるけど、
昔の自分を思い出して同じような感覚になった。
たとえ帰り道泣いていたとしても、誰も知らないんだからよかった。
オメデトウと言えた自分は余裕がある人みたいで、かっこよく見える気がした。