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近頃の私は  作者: 山田文香
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私は小さい頃から集団行動が苦手で、幼稚園の頃は軽く不登校児だった。小学校に上がっても熱で早退することしか頭になかったし、先生の話を聞かないから大人になった今でも小数点のかけ算ができない。中学生で所属したテニス部ではチームメイト全員に啖呵をきって辞めたし、高校生では社会人の彼氏がいたせいかビッチなどといつも噂をされていた。ある時、学年の派手な女の子グループに呼び出されて、グラウンドの真ん中で囲まれ「売春」「東高校の恥」「黒ズミ乳首」など罵られ学校中の注目を浴びた。助けてくれる友達なんて勿論いなかったし、先生達は後ろで様子を伺いつつグループのリーダーの子の機嫌をとっていた。その瞬間、私は当時僅か16歳という若さで世の中はなんて孤独なんだろうと悟った。修学旅行、体育祭、文化祭、そういった学校行事はいつも億劫で、私は早く社会人になりたかった。社会人になったらそれぞれが自分の才能に特化した職務を遂行して、稼いだお金でお洒落をして、同僚の女の子達と合コンに行くのだろう。定時上がりで習い事をするのもいいし、毎晩遅くまで残業してバリバリ働くのもかっこいい。

地元の短大で簿記や秘書検定といった細々とした資格をいくつか取り、夢と期待とある程度の妥協を持って始めた就職活動で、私は3社目に受けた会社で就職を決めた。私の目標はあくまで社会人になること。大手企業には興味がなかった。周りは50社、100社とエントリーしている中で、選ばなけりゃ就職なんてどこでもできるのだと、「楽勝」と思いながら卒業し、私は晴れて社会人となった。

それから4年が経つ。私は組織の恐ろしさに抑圧され、2倍速で老けていくようだ。絵に描いたような意地悪なお局さんとは毎日がテロのやり合いで、お互いのメンタルの領土を侵しあっている。そもそも私には命を捧げてこの終わらない戦争に挑んでくれる兵士がいないから、トイレ掃除の自分の名前の当番表をどさくさに紛れてシュレッダーにかけたり、下剤を入れたお茶をお出しするくらいの作戦しか実行できない。だけども彼女達は、持ち前の厚かましさと勤続年数20年という看板を活かし、私に次から次へと雑用を課す権限を付与されているらしい。例えば、ある朝出勤すると「お買物リスト」と書かれたメモがデスクに貼られており、私は朝礼を終えると静かに近所の薬局へ向かう。ひと通りの買い物を終え、その重量のあまりレジ袋が手首に食い込んで震える中指に耐えながら会社に戻ると、さっそく「ちょっと、あなた」と肩をひっぱられその指揮官の女はこう言った。

「ハンドソープ、なんでミューズなの?キレイキレイがいいんだけど」

知らんがな。ほなら己で買いに行けや。キレイキレイでもジョイでもサンポールでも好きなん買おたらええがな。なんてことは言えるはずもなく、私はおとなしく返品しに行ったのだった。気をとり直そうと寄り道したコンビニで購入したカフェオレは、ストローに口をつける前にぶちまけた。

ああ、死にたい。女どもっていうのは、ひとりが騒ぎ出すと寄ってたかってみんなで喚くからタチが悪い。途端に「みんなvsわたし」になってしまう。なぜ私はいつも「みんな」というフィールドに昇格できないのか。ていうかそもそも、なぜ「みんな」に属することが昇格なのか。なぜ「わたし」の身分は低いのか。「みんな」と「わたし」の上下関係。なんだこれは。大勢というのは最大の権力者だ。

ああ、他人とコミュニケーションを取るのが面倒。いい大人になった今でも、コミュニケーション能力は相変わらず欠落しているようだ。やめたい。会社、辞めたい。寺の息子の嫁になりたい。養われたい。

運よく私の彼氏は寺の息子だった。このまま順調にいけば玉の輿、玉の輿。そう言い聞かすものの、相手は教育ママに英才教育を受けて育ったお坊っちゃま。自分の学歴の低さに気負いするわ、将来の嫁姑問題に悩む自分を想像して落ち込むわで、決して明るいだけの未来が私を待っているとは思えなかった。

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