【第6閑】 私説TS論「女の子神話~憧憬を仮託された世界~」 PARTⅢ
教条主義と言うか原理主義的な内容になっています(汗)
あと今回ちょっと変態チックな記述もあるので、ドン引きされるかも知れません……
えーと……前回、性同一性障害《GID》についてちょっと触れましたが――
現実にある性同一性障害と、TS作品におけるTSキャラとでは全くの別物であり、TSはあくまで創作上のファンタジーであると言う事をハッキリ明言しておきます。
また前者に関しては非常にデリケートな問題であり、取り敢えず筆者は性同一性障害の方については深く触れる気はありませんし、先に例として挙げてはいますが、こちらに貶めるような意図があって記述した訳ではない事をお断りしておきます……
「二分割幽霊綺譚」に関する話の続きです。
前回書いた事は分かるようでいて、微妙に分からない哲学的な内容だったかも知れませんが、これを筆者なりに意味を分かり易く要約しますと――
「異性の世界は不可侵であり、互いを永遠に理解し合う事は叶わないが、それでも同じ人類であり、異性と愛し合うのが人間と言うものなのだ」
……といった意味なのかと自分は解釈しています。
しかしながら筆者は、本作において語られた「相互不理解と恋愛」と言う、「男女間の真理」そのものについて注目している訳ではありません。本作においてもっとも重要だと感じたのは、「男性が抱く女の子神話に対する永遠の幻想」と言う真理に関してなのです。
そもそもTSの醍醐味とは、男性だった主人公が現実には不可能(半陰陽や擬似的措置の性転換手術は除く)な、非現実的ギミック(転生・魔法・呪い・超科学etc.)を経て、突如女体化してしまった主人公の戸惑いや葛藤、女体のあれこれや、主人公の精神的な変化や成長、恋愛の対象は「男女どちらか?」になるのか、さらに女体化してしまった主人公を取り巻く周囲の人々の対応や感情……
といったところが大きな見所になっている、だなんて事は今更言うまでもない話なのですが……TSの真価とはそれだけではありません。
「二分割幽霊綺譚」を引き合いに出す際触れましたが、自分が(或いは皆さんも)何故そこまで斯様に「TSに惹かれるのか?」と言う自問自答へのアンサー……その根源たるべき理由こそ先述の「男性が抱く女の子神話に対する永遠の幻想」にあるのではないか? と少なくとも筆者自身はそう感じているのですけども……
――「男性が抱く女の子神話」と「永遠の幻想」への憧憬……
一部の男性の中にはそういった想いを拗らせた結果、女装に走ってしまったり、ニューハーフになってしまったり、と極端な方向へ行ってしまったのではないかと考えられます(誤解されそうですが、自分は彼らの趣味や性癖・生き方を否定したり差別しているつもりはありません)。
ですが我々TS愛好家のその殆どは人生を狂わせてまで、「女の子の世界」へ入りたいだなんて倒錯的で極端な考え方を本気でしている人は少数のハズ……少なくとも筆者はそう思っているのですが。
そう我々(敢えてそう書きます)がTSと言う幻想に見出しているモノとは、女の子たちの触れる事の叶わない禁断の世界への憧れにほかなりません。
我々は女体化してしまった主人公にその幻想を仮託し、「女の子たちの世界」の生活を男性目線を持った「主人公」と言うカメラを通して、女の子たちの普段、男性では見る事の叶わない素の姿を、あたかも女子更衣室や女子トイレを覗くような出歯亀気分にも似た背徳感を抱きつつ、主人公と共に疑似体験して桃色空間を、ちょっと味わってみたいだけなのだと思う。
そうあくまでも疑似体験を通して彼女たちの世界を味わう――「感情移入」しているだけ、と言う点が重要なのである。
世の中には映画・漫画・アニメ・小説etc.と様々な創作物語があります。それらを鑑賞した人たちの多くが「感情移入」して、物語に没入しているハズです。さらにそれが発展してしまうと、見る者側は主人公に「自己投影」するようになってしまいます。
取り分けこの小説家になろうでは、異世界転移・転生モノのファンタジー小説というジャンルにおいて、主人公に自己投影して読むような読者が多い……いや逆ですね「読者にとって自己投影し易いタイプの主人公」が登場する小説の方が、読者ウケがいいと言うべきか――と言うのがなろう参加者の一般認識かと思われる。
とは言え物語を楽しむ上で込められる「感情移入」と「自己投影」は似て非なる別物です。そもそも自己投影せずとも楽しめる創作物語はいっぱいある訳ですし。
例えば、きらら系四コマ漫画やそれを原作としたアニメなどでは、女の子たちがメインであり、サブどころかモブにすら男子の影が殆ど存在しません。
これらきらら系漫画・アニメを我々は男子は、ヒロイン達を「愛でたり、萌えたり」といった「感情移入」をしながら、彼女たちの他愛ない日常と、その一挙手一投足を楽しんで見ていると思われます。
つまりそれと同じように我々TS愛好家は、TSジャンルを読むに際して主人公に「感情移入」して楽しんでいるだけなのであり、これこそ正統なのだと筆者は考えているのです。
ですが、そこを踏み超えて没入してしまうようなら、「自己投影? アンタ、アタマ大丈夫か?」と筆者なんかは思っちゃいますね。
そうそう本シリーズの冒頭で格好つけてニーチェの言葉を引用しましたが……あの言葉を意訳すると「ミイラ取りがミイラにならないよう気をつけて」って感じの意味の警句かと思われます。
ま、よーするにTSジャンルを楽しむ際は「感情移入」はしても、「間違っても自己投影なんかしちゃアカンよ」くらいの軽~い気持ちで、ニーチェの警句を載せてみただけなのですけど(笑)
TSをあくまでエンタメとして、理性を保ったままで楽しめているうちはいいのですが、もし仮にその深淵に踏み込み過ぎた人なんかがいたら、現実の方でも肉体改造に踏み切り、「女の子の世界」に行ってしまう日も近いかも知れません(ちょっと大袈裟か?)。
さてさて、ここまで我ながら呆れるほど教条主義と言うか、原理主義的な堅いTS論を展開して来た訳ですけども……これまで書いてきた自分のTS論に従えば、「女体描写は赤裸々に描くべし」「男女どちらかに深く恋愛すべし」「女子の中に混ざってキャキャッウフフすべし」などの要素が無ければTS失格だと言わんばかりの主張になってしまっています。
ではそれらの要素が欠如したTSはまるでダメなのかと言えば、流石に筆者もそこまで極端な決め付けをするつもりもありません。筆者のTS論に挙げた必須要素が抜けていても、面白いと思えるTS作品もちゃんとある、と一応フォローしておきます(汗)
――以上。筆者のTSジャンルの理想を長々と書いてきましたが、あくまでも個人的な理想論に過ぎませんし、他のTS愛好家全員から賛同を得られるとは自惚れていません。このTS論を参考にすれば、最高のTSが書けるというものでもないですし。
ただ出来れば、このTS論を読んだTS愛好家及び作家の皆さんが、自身のTS愛の深淵を少しでも見つめ直す一助になれば、と切に願います……
えーと取り敢えず、どうにか一区切りつけるところまで書けました――ですがこのTS論シリーズ自体は、実はまだ終わっていません……って言うか終われませんでした。
書いているうちに次々と書きたい案件が増えてきまして、っていうか書いても書いても終わらない……そんな訳で今回はどうにか無理やり終わらせる事が出来ましたが、まだ続きます。
【PARTⅣにつづく】
今回の文字数は、どれどれ…3060文字!?
しかも予定してネタも入りきらなかったし…はておかしいな、余裕で2500文字以内で全部収まる予定だったのに(´ε`;)ウーン…
あと最低2回続く予定ですが、このまま連続で書くかはまだ未定…って言うかこのテーマ書くのもの凄く疲れますわ~
そんな訳で一応ここで一区切りついているので、宜しければ感想をお願いします。
っていうか評判が悪ければ、このTS論打ち切るかも?とか思っていたり…