【第5閑】 私説TS論「女の子神話~憧憬を仮託された世界~」 PARTⅡ
超個人的TS論のPARTⅡです。
今回のエッセイで一番書きたかった事のメインテーマとなっています。
――TSと言う言葉もジャンルもまだ無かった時代。
――それは昭和という時代がもうすぐ終えようとしていた頃。
――そして筆者がまだおバカな学生だった頃のこと。
筆者は当時、小説家・新井素子女史の小説にそれはもうハマっておりまして、青春のバイブルだったと言っても過言ではありません。女史の既刊本を全て読み漁り、新刊を見つけては片っ端から読破していました……
そんな折、出会ったの運命の本――それが新井素子・著「二分割幽霊綺譚」と言う小説だったのです。
――「二分割幽霊綺譚」
本書はタイトルからも察する事が出来る通り、非常に複雑怪奇な内容となっています。
また登場するキャラも一癖も二癖もある個性的な面々(と言える程、登場キャラは多くないのですが…なお本稿では、本題とは関係ないのでストーリーの内容については触れません)が活躍しています。
でそんな個性的な面子の中でも一際目立つのが、仮性半陰陽(因みに筆者はこれで半陰陽と言うモノを初めて知りました)で男性から女性になった、と言う奇妙な経歴をもった人物…・・・・「彼女」が本作の主人公となります。因みに本作は一人称「俺」による一人称小説です。
なおこの小説では、主人公が男時代の親友(当初は主人公の正体に気が付かない。恋愛対象にもならない)と再会したり、当時交際していた彼女が登場したり、また男性との恋愛の萌芽…そして主人公の性に対する苦悩と葛藤などのTS好きがニヤリとしそうなツボもしっかり押さえられていますので、興味のある方は是非お読み下さい。
話を戻します――そんな難儀な境遇を負った主人公の物語ですから、男にも戻れない、かと言って今さら女にもなりきれないと言う、宙ぶらりんな主人公の葛藤と、アイデンティティーの模索がメインテーマとなるのは至極当たり前の事だと言えましょう。
で作中において、ひょんな事から出会い同居人となった美少女吸血鬼の砂姫が、主人公の事情を知って「彼女」の事をとても不幸な人間であると言うのですが…その語った内容と言うのが「自分(TS愛好家)が何故、TSに惹かれてやまず、そこまで魅力を感じてしまうのか?」と言う根本的な自問に対して、その答えを得る上で大きなヒントになっていると思うのです。
その内容をここにご紹介します…とは言え流石に作中のセリフを一言一句引用して転載するのは拙いので、筆者が意味を噛み砕いた上で、自身の言葉で内容を短くまとめさせて頂きます(実際には約2ページに渡って語られています)。
――砂姫は主人公の境遇を「可哀想な運命」であると言う。
しかし、それは主人公の性が途中で変わってしまったからではない。「彼女」が抱くべき「神話が完全に崩壊」してしまったからであり、「幻想」を喪失した人間は不幸なのだと語る。
砂姫曰く、女の子には「男の子神話」、男の子には「女の子神話」…と言う幻想を互いに抱いており、思春期の乙女なら誰しも異性に対して、男の子と言うのは強く逞しく、自分を守ってくれるものである…と幻想を無条件に信じ込んでいるものであり、またそれは思春期男子の方も同じで、女の子に幻想を抱いているのだろうと。男女にとって異性とは未知なる神秘なのだと言う。
異性たちが成長してどんなに互いに交わろうとも「神話」は不変であり、彼ら彼女らにとって異性とは理解できない「永遠の異邦人」であり、異性の実態を知ってしまう事は人間にとって不可侵ならざる境界であり、そうしてお互いに対して永遠に幻想を抱きながらも、相互に支えあって生きてくのが人間として一番大事なのだと。
ところが思春期半ばにして男女両方の触れられざる神話の実態を識ってしまい、「触れられざる神話」が崩壊して男女どちらにも幻滅した結果、どちらの性にも「為れなくなって」しまった結果、「神話の幻想」を抱けなくなった主人公は、人間としてとても不幸な事であり、「大切な事が見えなくなって」しまったのは「悲劇」なのだと言う――
そして物語の最後にその砂姫の言う「大切な事」とは何かが語られる…
異性に対してその実態を知らないからこそ、異邦人たる相手の「長所」を見出す事も出来るが、実態を識ると言う事は同時に相手の「短所」を識ってしまうと言う意味でもあり、「短所」ばかりに目が行ってしまうと「長所」を見失い、相手を愛せなくなる…・・・故にその二つの性の境界を渡ってしまった主人公は、「異性を愛せなくなり、それは人間としてとても不幸な事なのだ」と――
以上のような内容である。
あとこの原稿を書いている途中で気がついた事なのですけど――
「二分割幽霊綺譚」とタイトルにあるように、主人公は縦真っ二つの生霊になってしまう、と言う奇天烈な体験をする事になるのですが……この「二分割=二つに引き裂かれる」と言うのが、男女どちらにもなりきれない主人公の分裂した、宙ぶらりんな心的内面の意味にも掛けたダブルニーミングだった事に、今頃になって気が付きました(汗)
『女の子には「男の子神話」、男の子には「女の子神話」…と言う幻想を互いに抱いており、思春期の乙女なら誰しも異性に対して、男の子と言うのは強く逞しく、自分を守ってくれるものである…と幻想を無条件に信じ込んであり、またそれは思春期男子の方も同じで、女の子に幻想を抱いているのだろう』
…と言うのは案外真実なのかも知れません。
現実においても性同一性障害の元・女性が、現実において軟弱・貧弱な男が大勢いる中で、「本物の男以上に男らしい姿」になったり、同じく性同一性障害の元・男や、歌舞伎の女形、ニューハーフらが「本物の女以上に女らしい」仕草・性格・気配りなどが出来たりするのは、異性に対する神話の幻想をこじらせた末、彼女彼らの理想の異性像を追求し体現した結果なのではないか、と推察されます(異論のある方も多いでしょうけど)。
もう一つ余談。
スーパー戦隊シリーズなどで活躍されているスーツアクターに蜂須賀祐一氏と言うベテランがいます。氏は男性ながら身体が小柄であった事を買われ、女性戦士を長らく歴任されていた方でして…
スーツアクターと言えば派手で危険なアクションばかり注目されがちなのですが、蜂須賀氏の演じるマスクを被った女性戦士は、「本物の女性以上に女性らしい細かな仕草や動作をする」と女性からも認められる程、演技に定評がある方で、ファンは敬意を込めてミスターピンクと呼んだのでした。
えーとキリが悪いのですが……予定していた文字数を超えてしまったので、申し訳ないのですが今回はここで終わりますが、次回からまとめに入ります。
【PARTⅢにつづく】
最後ちょっと余計な事を書いてしまったかも知れませんが、この回は2700文字を費やしました(汗)
余談ですが今回の「PART○」と言うナンバリングは、新井素子先生の著作へのオマージュとなっています。
PARTⅢは翌日に投稿する予定……と書いて、完成出来るように自分を追い詰めています(笑)