【第21閑】 つれづれなるままに、夢のまにまに 後編
『夏の夜の夢(原題"A Midsummer Night's Dream")』の場合は作者側の方にこそ非がありそうな、タイトルの意訳が難しい例でしたが――同じシェイクスピア作品でも、逆に翻訳した側が正しく意訳したのか怪しいものがありまして。
「我々は夢と同じ物で作られており、我々の儚い命は眠りと共に終わる」――これは『テンペスト(原題"The Tempest")』の劇中のセリフであり、数多くの漫画やアニメなどの創作で引用されている為、誰もが一度は耳にしたことがある有名なフレーズであろう。
これの原文は――"We are such stuff as dreams are made on, and our little life is rounded with a sleep"……となっている。
この英文を翻訳した件の和訳文があまりにも有名な訳ですけど……原文は"The Dream"じゃないだとか、前半の方は兎も角――後半部分の『我々の儚い命は眠りと共に終わる』という翻訳は、果たして本当に正しいのだろうか?
これを翻訳した人は――誰がいつしたものなのか定かではなく(おそらくかなり古い版のモノだと考えられますが)、おそらくこれこそ「正しい意訳」だとそう固く信じてこのように訳したのだと思われるが……
"rounded with a sleep"は直訳すると「眠りに包まれている」としかなりませんし、そもそも翻訳版の「我々の儚い命は眠りと共に終わる」という言葉は、冷静になって考えてみれば日本語としてもおかしいと思う。
でこれを「原文を無視して正しく意訳」するとすれば、「(誰かが見る)夢の世界の住人である我々の人生は、(その誰かの)目覚めと共に終わる儚いものなのだ」とか、「(誰かが見ている)夢の世界の住人に過ぎない我々は、(その誰かの)眠りの世界でのみ生かされている仮初めの存在なのだ」……みたいにすべきところではないだろうか?
お分かりのとおり、この意訳は原文の内容を無視しています。筆者がこのような意訳をしたのは、本作のエピローグにおいて主人公がメタ的発言をしているからでして。
その最後のセリフを要約すると――「観客の皆さんの拍手で以て、私の物語がハッピーエンドとなるように締め括らせて下さい」みたいなことを言って物語が終わる訳ですね。
故に先に述べたような意訳にした訳ですけども……筆者はシェイクスピア研究家ではありませんし、また前回も述べたとおり学生時代は赤点ギリギリの英語オンチなので、この解釈が正しいのかまったく自信がありません。
因みにシェイクスピア作品でメタ的発言と言えば――『お気に召すまま(原題"As You Like It")』の「この世は舞台、人はみな役者だ(原文"All the world's a stage,And all the men and women merely players.")」はあまりにも有名である……。
話を戻そう――そもそもこの『テンペスト』は、今日に至るまで多くの人の手で翻訳されています。
では件のフレーズはどう翻訳されているのかと思い、取り敢えず検索出来る範囲だけで調べてみたところ――
●吾らは夢と同じ糸で織られているのだ、ささやかな一生は眠りによってその輪を閉じる(福田恆存訳・1965年)
●我々は/夢と同じ糸で織り上げられている、ささやかな一生を/しめくくるのは眠りなのだ(松岡和子訳・2000年)
●私たちの存在は、夢と同じような儚いもの。この小さな人生は、眠りによってけりがつくものなのだから(訳者不明)
●我々は夢を織りなすものと同じものでできている。そして我らのはかない人生は眠りによって完成するのだ(訳者不明)
●我々は、夢と同じ糸で織りあげられている。ささやかな一生を締めくくるのは眠りなのだ(『絶園のテンペスト』2009~2013年)
●きらびやかなる宮殿、いかめしき伽藍、その全てはかりそめの芝居、音もなく消え失せ、後には霞すら残さない。そして我々もまた、夢の如きはかなき存在(『相棒Ⅲ』14話より)
●我々は夢と同じモノで出来ている。我々のちっぽけな人生など眠りの中のセカイに過ぎないのだ(※詳細は後述)
以上のようになっておりまして……『相棒Ⅲ』における超意訳は兎も角、微妙に異なる解釈で以て各自で様々な意訳をしており、同じ一文でもこのように内容が様変わりしてしまっている訳ですが、結局のところどの訳文が正解なのか分かりません。
これを無理矢理まとめるとしたら、英文の翻訳は斯くも難しい……と言った感じになるでしょうか。
しかし一方で、中には名翻訳と断言出来るものもある。
最後に『夢』つながりってことで、これを挙げておく――スティーブン・フォスター・作の『夢見る人(原題"Beautiful Dreamer")』は日本でも大変有名な歌であるが、中でももっとも馴染み深い津川主一・訳詞の『夢路より』は名訳詞だといって良い……いやさ日本一美しい訳詞だと筆者は思う。
この『夢路より』では原詩の意味を損なうことなく、古風な文体による短いセンテンスで以て見事な意訳が為されているのだが、この訳詞は著作権がある為、ここに掲載出来ないのが残念なかぎり……。
……とまあこんな感じで表題にあるとおり、「徒然なるままに『夢』ネタの赴くまま」の流れに任せた雑感の極みのような内容となりました。
さらに今回は前回に引き続き、初級英語シリーズをお送りした訳ですが、何度も言っているように筆者の英語の成績は赤点ギリギリのレベルで(中略)……間違っている箇所があったら「お母さんのように」優しくご指摘をお願いします。
以上。今回もグダグダなまま終わりとさせて頂きます。
※最後のバージョンは、とある個人サイトのブログ主の個人的な訳文が元ネタなのですが、そのまま載せるとマズいと判断したので、文面を微妙にアレンジしています。




