【第17閑】 メイドさんのお仕事 ~侍女はメイドじゃない?~ Ⅳ章
一体いつから――
今回で終わると錯覚していた?………ってことで終われませんでした(汗)
前回の続きです――
①maid→メイド
②maid→女中
③maid→侍女
――が前回までピックアップした「maid」の訳語となっています……で今回は「女中」についての解説をさせて頂きます。
女中と言えば――時代劇でお馴染みでの存在であり、住み込みで働く女性の下働き、年季奉公、女性使用人、下女……戦前までは華族や商家などの富裕層の家庭にいるのが当たり前だった存在。
格好は小袖に襷掛けをし、その上に前垂れ(江戸時代)や割烹着(明治以降)を着用……みたいな感じの言わば日本版メイド的なイメージでしょうか?(今だとエンタメフィクション的には、「和風メイド」とでも呼称するのが適切なのだろうか?)
なお個人的にはフィクションでは、旦那様やお坊ちゃまにお手つきにされたり、奥様に意地悪をされたり、乱心した家人に殺されたり、旦那様の悪巧みをうっかり聞いてしまって口封じに消されてしまったり――みたいな酷い役どころにされてしまうのがデフォの薄幸なポジ、ってな感じの負のイメージを抱いています……ってあれれ?それってメイドとあんま変わらないかも?(笑)
ってことで、その職務の共通性から「maid→女中」と訳すのがベターなのだと考えられる訳です……が、時代劇や戦前日本を舞台にしたフィクションではお馴染みの呼称であり、現在においても旅館や料亭などでも使われている言葉であるにも関わらず、困ったことにこの「女中」と言う言葉、職業差別に当たるモノであり侮蔑的呼称であるとの理由から、現代日本においては「放送禁止用語」に指定されてしまっているのですよね(今現在もそうであるかは分りませんが)。
因みに映像上のフィクションでこの言葉を用いる場合、「お女中」と“お”を付けて呼称しないといけない、みたいな阿呆な決まり事もあったりするらしい。
なお「お手伝いさん」や「家政婦」と言う職名は、戦後生活様式が変化し、年季奉公としての女中と言う仕事が過去のものとなってしまった結果、仕事は共通するものの雇用条件などの内実が異なる為、新たな職名として一般化した名称なのではないかと考えられます。
話を戻します――そんな訳で「maid→女中」とするのが適切ではあるものの、今の世知辛い時勢を省みると「女中」と言う意訳は最適ではない、って言うことになりそうです……
最後に③の「maid→侍女」についてですが――精度には大いに疑問はありますけど、公共性の高い翻訳サービスにおいて「maid(handmaiden)→侍女」と訳している、と言うのは見逃せない事実です……本稿で何度も書いて来ている通り、その歴史と伝統を省みれば「maid≠侍女」なのは明白な事実です。ではこれは一体どう言うことなのか?
この問題について結論を出す前に、ちょっと他の例を見てみましょう。
……ってことで、なろう作家たちの御用達――便利な知恵の泉として毎度お馴染みのウィキペディアでは、侍女とメイドについてどう書かれているのかを、改めてチェックしてみたところ、かなりカオスな状態になっていることが判明しました。
・侍女(日本語版)――本稿で説明している通りの記述。但し……英語のページへ飛ぶと「handmaiden」に。今更説明不要ですが、侍女≠handmaidenですから!
・Lady-in-waiting(英語版)――こちらも本稿で説明している通りの記述。但し……日本語のページへ飛ぶと「女官」に。女官だと後宮での世話役だとかだったり、侍女と違って高貴な女性のお世話役に限定した役職でも無さそうですし、歴史上において侍女との差異も不明であり、曖昧な表現のように感じます。
・メイド(日本語版)――一般的に知られる女性使用人としての記述。英語のページへ飛ぶと「maid」に。
・「The Handmaid's Tale」(英語版)――映画化(一九九〇年)もされた海外のSF小説。邦題「侍女の物語」。内容については割愛しますが、本作におけるHandmaidとは「性奴隷」「出産マシン」のことだったりして(笑)
余談ですが、中国語では「waiting maid」と併せてどちらも「女官」とされています。
ですが中国における歴史上の女官とは、宮廷及び後宮で皇帝や寵妃の世話をする女性の官職のことであり、その下には下働き専門の宮女がいました。つまりこの宮女こそ中国の宮廷におけるhandmaidenに該当するものではないか、と考えられる訳ですね……
さらに中国語ではmaidに該当するものとして、「女傭(家政婦の意訳)」「女僕(メイドの意訳)」ととしていますが、どちらも「同じようなモノ」として記述されている模様。
閑話休題――
……以上のような感じになっていまして、各項目を始め、日本語版・英語版・中国版などの各国言語版も引っ包めて、これらに関してウィキペディアは無駄に項目を分散させ過ぎて、なんだか却っておかしなことになっているような気がするのですが?
「侍女」の項目の対となるべき英語版ページは「Lady-in-waiting」とするのが正解ですし、「handmaiden」の場合は日本では「下女」や「女中」に近く、また「maid」とも近い。あと「女官」の場合、西洋では「court lady」若しくは「Lady's companion」などが近いのではないかと思われます。
あとこれを書いている途中で気が付いたのですが、かのブラックユーモアと悪ノリが売りのアンサイクロペディアの「侍女」の項目に書かれた記事内容は、ぶっちゃけ本家ウィキペディアより正確な解説となっています……って言うかアンサイのクセに本当のことを書くなんて、実にけしからん(笑)
なので「侍女」とそれに付随する「Lady-in-waiting」に関する説明については、ウィキペディアは無視してアンサイの方を読まれることをお奨めします。
さて、そろそろまとめに入ります(まだ次回分があるけど)――
一部で「侍女=maiden(handmaiden)」と訳した翻訳サービスと同様、ウィキペディアも情報の精度にはかなり問題はあれど、「侍女→handmaiden」であると記述している、と言う点には興味深いものがあります。
つまりこれらが意味するところと言うのは、言葉の意味が変わった、或いは解釈・認識の幅が広がって、現代においては「侍女≒maid」であることが世間的に既成事実化した――と言うことなのではないか?と。
言葉は生き物だとも言いますし、言葉の意味は時代と共に変化するものであり、時代に合わせて新しい意味が付与されることもあれば、意味がまったく変わってしまうこともあったり、言葉だけが残って本来の字義が過去のものになってしまうことだってあります。
例えば学校の玄関にある靴置き場――今時、字義通り誰も下駄なんか入れませんが、今でも「下駄箱」と言う言葉が残って使われています。
例えば「確信犯」や「役不足」――本来の意味を駆逐して、誤用の方が一般化してしまっていたり。
或いは外国語でも――
例えば隠語として使われていた「Tank」が「Tank」になったように。
例えば同じく本稿でもお馴染みの「maid」」が「maid」になってしまったように。
例えば本稿でも取り上げた「Housekeeper」が、「女性使用人の監督役」と言う意味から覗き魔、じゃなかった家政婦になったように。
若しくは従来は「忍者」だったものが、国際的にはド派手な技を駆使する「ニンジャ」と言うイメージに今やすっかり職業変更してしまったように(これはちょっと違う)……
この種の類例は国内外問わず、掃いて捨てるくらい沢山あります――
故にあまり本来の意味にばかり囚われて「maidは侍女じゃない」と言ってしまうのは、あまりに意固地過ぎると言うもの。
先述した「The Handmaid's Tale」が邦題として「侍女の物語」と――四半世紀も前にそう意訳されていたことを鑑みれば、日本においてだいぶ前から「侍女≒Handmaiden(Handmaid、maid)」と見做されていた=既成事実化していた、と言うことが窺える証左になっているように考えられます。
えー……またしても予定していた以上に長くなってしまいました。区切りがいいので今回はここまでとさせて頂きます。続きは次回にて――
【終章に続く】
次回分は完成済みで、明日の同じ時間に予約しました。




