【第15閑】 メイドさんのお仕事 ~侍女はメイドじゃない?~ Ⅱ章
皆さんはメイドと言えば、どんなモノを想像されますか?
アカ抜けたフレンチメイド?
アキバ系メイドカフェのメイド?
それとも伝統的な英国式メイド?
おそらく一般的に想像されるメイド像と言えば、二番目と三番目のどちらかではないかと思われるのですけども――メイドさん好きの中には伝統的な英国式メイドこそ至上であり、メイドカフェなどメイドの本質から外れた邪道なモノだと頑なに考えられている方もおられるかも知れません。
ですが案外そうとも言い切れなかったりします。
英国の貴族による階級社会は二〇世紀に入ると、富と権力を失って徐々に斜陽の途を辿り、家が傾いた貴族はそれまでの裕福さのステータスとして大勢雇っていた屋敷の使用人――メイドたちを解雇したことで、大量の失業者を生み出してしまったのです。
失業した元メイドたちは、メイドとして培った職務経験を活かして、カフェ、パブ、レストランなどの接客業にウェイトレスとして再就職したのです……メイド服をそのまま仕事着として――
さらにそのメイドスタイルは、それが切っ掛けでフランスに伝わったのか、フレンチメイドと呼ばれるウェイトレスとなって、やがて今日に見掛けるウェイトレスのユニフォームへと進化して行ったのです。
そうつまり、メイドカフェとはある意味、先祖返りした正統なカフェなのだ、と言う見方も出来る訳ですね。
……ってことでノルマの前振りが終わったところで、伝統的な英国式メイドについて話を進めます。
なお今回、本稿を書くに当たっては、村上リコ・著「英国メイドの日常」(河出書房新社・刊)と森薫/村上リコ・共著「エマ ヴィクトリアンガイド」(エンターブレイン・刊)を主に参考にさせて頂いていますが、本稿ではメイドについてそこまで深くは触れません。メイドについてより深く知りたいと言う方はそれらを読むことをお奨め致します。
えーと、またしても始めの問いに戻ってしまうのですが……皆さんは「伝統的なメイド」――要するに王侯貴族の宮殿や屋敷で働くメイドと言えば、どんな仕事をしていたと想像されるでしょうか?
主人のお世話? 子守? 屋内の掃除? 洗濯? 食事の準備? 給仕? 接客?……おそらくこんな感じの雑務全般を忙しなく務め上げている、みたいにイメージされるのでは?
ですがメイドと一口で言っても、メイドの仕事と言うのは実際には、その職務内容が細分化されており、部署ごとに分れて仕事に従事していたのです。そこでここからは各部署の代表的なメイドの職名をピックアップし、仕事内容について簡単に説明して行きましょう。
なお本稿では家令や執事を始めとする男性使用人については、本稿のテーマには関係ないので割愛させて頂きます。
・House Maid――屋内及び部屋の清掃、家具・調度品の手入れなどを担当。もっともポピュラーなイメージのメイド仕事。
・ChamberMaid――客室及び寝室担当でハウスメイドの上位職。
・ParlourMaid――接客及び給仕を担当。
・KitchenMaid――料理長(メイドに非ず)の下で、料理の下ごしらえ、キッチン用具の手入れ、キッチンの清掃などを担当。
・SculleryMaid――キッチン担当職の下っ端の雑用メイド。新人が最初にさせられる仕事。
・LaundryMaid――洗濯担当。
・BetweenMaid(Tweenyとも)――ハウスメイドとキッチンメイドの間でこき使われえる下っ端の雑用メイド。新人が最初にさせられる仕事。
・Nurse Maid(NurseryMaidとも)――主人一家の子供のお世話役を担当。主人一家と直に接する機会が多い為、メイドの中ではエリート部署と見做される。年若い娘に割り当てられることが多い仕事。
……ここまでが一般的なメイドの仕事であり、次からは特殊なケースとなります。
・Lady'sMaid(WaitingMaidとも)――主人一家の夫人や令嬢のお世話役を務める「侍女」である。前回解説した王室の女性担当であるLady-in-waitingをスケールダウンさせた、言わば貴族版Lady-in-waitingであり、高い教養と品性とセンスなどの資質が求められるメイド職の花形。また名前こそメイドとあるものの、Lady-in-waitingと同様にメイド服は着用しない。因みにお付きになっている主人のドレスのお下がりを貰える役得の仕事でもある。教養あるフランス人から人材を求めるケースも多かったらしい……と言うより、それが英国貴族のトレンドでありステータスだった模様。
因みに「侍女の男性版」とでも言うべき役職に、「近侍(valet)」と言うのがありまして、こちらは男性主人に仕える男性の世話役となっています……これはつまり女性主人の側に仕えるのは侍女だけであり、男性主人の側に仕えるのは男性の近侍だけである、という事実だったりします。
・Housekeeper――家政婦長。執事と同格の上級使用人であり、メイドたちのトップ。またメイドたちが出世で目指せる最終地位でもある。フィクションではよくメイド長(看護師長的なイメージか?)なる肩書きの役職を見掛けることがあるが実際には無く(但し各部署のメイド間では序列による上下関係はあった模様)、このハウスキーパーがそれに該当する。但しメイド服を着用したメイドではない。分り易い例で言えば、英国ではないが「アルプスの少女ハイジ」のロッテンマイヤーさんがこの役職である(但しアニメ版では執事と言う???な設定になっている)。
因みに現在の皇室の宮家には、侍女長と言う役職があるのだそうですが、おそらくメイド長とは違うと思われます……
・Maid-of- Allworks――雑役メイド。こちらはこれまで説明してきた上流階級に属する専門職ではなく、中流階級の家庭での仕事であり、家事全般を手掛ける万能型メイド。またある意味ハウスメイドと並んで、ポピュラーなイメージのメイドと言えるかも知れない。因みに森薫・作「エマ」の序盤及び、同作者の「シャーリー」のヒロインたちの仕事がこれに該当する。
他にもDailyMaidやStillroomMaidなどの専門職があるのですが、あまりメイドっぽい感じの仕事ではないので割愛しておきます。
あとhandmaid(handmaidenとも)と言うメイドと同義とされる呼称がありますが……こちらは「隷属的な女使用人」と言う意味合いが強く、イメージ的には古代或いは中世的な人権が無きに等しい古い時代の呼称と言いますか、近代ヨーロッパのメイド服を着用しているメイドとはまた違う扱いとなります。
ニュアンス的には日本語にすると、「卑女」「下女」などが近いのではないかと思われます。
以上のようになっている訳ですが、一つだけハッキリしていることは上流階級の屋敷に仕える使用人は、労働者階級ばかりであり、間違っても貴族や富裕層の出身者がする仕事ではない、と言うことなのです。
あと中流階級以上或いは貴族の女性が務める、Lady-in-waiting=王室勤務の侍女の方は例外としても――貴族に仕えるLady's Maidの方は一部の例外を除けば、通常のメイドの出世コースの一つではあるものの、メイド服を着ていないメイドであり、尚且つその役割は侍女である……といった感じになります。
「侍女」について、前回含むここまでの話をまとめますと――
侍女――日本の歴史上の役職名。身分や卑しからぬ家の娘が宮中や大名屋敷などに出仕し、自身より身分の高い女性に仕えた世話役。メイドとは違う。
Lady-in-waiting(waiting maid)――身分確かな家の娘が王宮に出仕し、王室の女性に仕えた世話役。忠誠に近い主従関係にある。侍女と同義。メイドとは違う。ドレスを着用。
Lady's Maid(waiting maid)――中流階級出身者か教養あるフランス人が英国貴族に雇われて、夫人や令嬢の世話役を務める雇用関係。使用人=メイド職の延長。ドレスを着用。
つまり……王族に仕える上流階級出身者の役職は――Lady-in-waiting(侍女)≠メイドであり、貴族の女性に仕える中流階級出身者の役職は――Lady's Maid(侍女)≒メイドである、と言う感じになる訳です。
Lady-in-waitingとLady's Maid――どちらも日本語訳では侍女であり、Maidを侍女と翻訳するのが間違いなのだとすると……ではそもそもMaidは何と日本語訳するのが適切なのか? と言う根本的な疑問が出て来る訳ですけども、それについてはまた次回――
【Ⅲ章に続く】
2500文字くらいしか書くことないかな?と思いきや、3500文字オーバーって…




