9 停滞からのブレークスルー
開発開始からすでに四カ月が経つ。
徐々にではあるが進展はしている。同時に様々な難題も見え始めている。
創兵廠のリリムルさんの部屋で、リリムルさんとドーネッツさんと議論を交わし問題点の洗い出しと解決策が協議されている。
何回か、俺も助言や提案という形で参加している。
「小型のアイアンゴーレムの成型は上手くいった。スケルトンの全体構造を参考に、関節部も球状関節で上手く接合できている。自由度も高い」
ドーネッツさんが関節部分で悩んでいるときに、備忘録の記述から拝借してきた球体関節の概念を提言したところ、スケルトンを分解しては組み立て、組み立てては分解してその構造を単純化して再現してくれたのだ。
「ローパーも、とっ捕まえて触手も上手く増産できている。変異スライムも培養槽に入れて上手く分裂してるし問題は無い。調達したのも選別にかけている」
リリムルさんは、グリーンローパーとロックローパー、それに各種スライムを探しに領内を廻り捕獲していた。
このローパー種は、イソギンチャクのような体躯で、幾条ものロープのような弾力性のある触手で獲物を絡め獲り捕食する魔物である。
生息域で体色が異なるが、ほぼ同じ生態であり、その行動様式は待ち伏せ型といって良いだろう。また移動速度は遅く、位置が特定できればそれほどの脅威にはなり得ない。かと言って誰でも容易に狩れるほど、弱くも無いのだが……。
ただ数が足りないのと、どの種が適合するのかが解らない。
そのため多様な種類を確保・調達するために、輸入してくれと頼んできていた。
すでに政務会で何度もあっている外務監のセルマさん、内務監のヴェイさん、情報監のハンゾウさん、財務監のガルンさんに、政務会が散会後に話を持っていく。
まだ上手くいくかどうかも解らないので全容は話せていない。
そのため、詳細は伏せて各種ローバーと各種スライム、ついでに弾力性があり伸縮性を有する触手類の輸入を頼む。
そのとき、なぜかハンゾウさんがニヤリと笑みを浮かべ、「触手にスライムとは。若様は、そのお年でなかなかのご趣味をお持ちで……」と言い、ガルンさんは、「その道は、奥が深いですぞ」と言っていたが、いったい何のことか解らない。
セルマさん、ヴェイさんが、その横で何か恐ろしいものを見るかのように慄き、こそこそと小声で話していたが、あまり聞き取れない。
「最近の若い――学ぶ順序というもの――」
「全く嘆かわ――、これでは先が心配――」
輸入するとなると、やはり値が張るのだろうか……。
ちなみに御屋形様に全容を説明するや、ここが分岐点と思ったようで協力する事を約束してくれている。
リリムルさんもドーネッツさんも、いまは開発に専念し副官達に創兵召喚と武具の製造を任せている状態だが、全体の召喚数と生産力とが落ち始めている。
2人が抜けただけで召喚数と生産力とが落ち始めているのだ。
いかに2人が優秀かが、うかがい知れる。
人員と資金が相当量投入されているのだから、結果をなんとしても出したいところだ。
「循環系に通す流動性餌体は複数実験中。視野を確保する眼球と投影装置も実験中さね」
「しかしスカウト・アイを使うとは考えたな。俺は、目玉と言えばゲイザー種のアイ・タイラントでも引っ張ってくるのかと密かに期待してたぜ」
「冗談じゃないよ。あんなもの召喚した日には、地域全体が不毛地帯になっちまうよ!」
「くはは、違いない! まぁ、たしか危険だな。なにより個体によっちゃ図体がでか過ぎて使えないのもあるしな」
「そっちこそ、心肺機はどうしたのさ。全身に流動性餌体を循環させるのに圧力がいるが大きさが……とか言って、頭抱えてたろ?」
「おう、あれな。分散配置することでなんとかすることにした」
「「すると、あとは演算部か」」
「そうだな。なにか、良い手は無いか。リリムルよ?」
「それはこっちが聞きたいよ。何かないかい? ドーネッツ?」
「「思いつかないね(な)……」
リリムルもドーネッツも、各々が苦悶の表情を浮かべながら何とか良案を捻り出そうと悪戦苦闘していた。
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「こんにちは! 進展の方はどうですか?」
爽やかに挨拶しながら、入室していく。
資料やら瓶詰めされた物体やらが転がっているので、慎重に足を運ぶ。
日が経つごとに雑然としていくと、リリムルさんは嘆いていた。
「「小僧」「坊主」」
二人がこちらを向き視線をむけてくる。
眼の下に隈ができ、疲労してるのがわかるのだが眼だけが爛々と輝いている。
幽鬼的で正直ちょっと怖い……。
「知恵を貸しとくれ。演算部をどうするかで行き詰ってる。何か、いい案はないかい」
「小僧。なにかないか。あと少しなんだ」
「そうですね。……要するに、演算部って人とかでいうところの脳ってことですよね?」
「「まあ、そうだな」」
「この機体って、アイアンゴーレムに筋肉筒のローバーとスライム、それに視野を確保するスカウト・アイ等で構成されているのですから極論すればキメラとも言えるかもしれません。ですからキメラを作成できる人に聞いてみたらどうでしょう? 複数の生体を掛け合わせているんだから、演算部に該当する脳とか参考になるんじゃないでしょうか?」
「「!?」」
驚愕したような表情を浮かべている。いや、これは的外れの事を言って呆れられているのだろうか。
「なるほど、キメラか……。たしかに融合はしていないが、キメラと言えなくもないかもしれないね」
リリムルさんが腕組して考え込む。
「当たらずとも遠からずって、感じだ。たしかに複数の生体を組んで融合させるキメラは参考になる」
ドーネッツさんも、なるほど。という表情を浮かべている。
どうやら役に立ったようで一安心だ。
「そのキメラを造るという発想ができるのと、実行するための技量があるというのは違う事だが……両方できるのが一人いるね」
リリムルさんに伝手があるようだ。さすがリリムルさん。
「……一人いるな……」
「……ああ。たしかに、いるね……」
「では、その方に教えを乞いに行きましょう!」
「「あ……、ああ……。まぁ……な」」
何故か、2人とも眼をそらし躊躇しているように感じられる。
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「それで、キメラの事でこの私に教えを乞いたいと? そのために、ここまで来たと?」
「あー、そうだよ!」
「染色エルフは、物の頼み方も知らないのでしょうか? 頼み事があるからには、何か別の魔法の言葉があるのではないのですか? たとえば、『お願いします』とか?」
「……脱色エルフに、頼み事なんか無いね! ただ問われた事に答えていれば良いのさ!」
「脱色? 確かに私は美白ですよ。褐色の肌のあなたとは大きな違いですね」
《宮》から1日の距離にある森の中にある真っ白な居館。
その一室からリリムルさんの大声が聞こえている。
簡単な挨拶をして、さてどのように話を切り出すかと考えていたところ、リリムルさんが任せなというので一任したのだが……。
「あのドーネッツさん、この方は?」
「シャーリン・エルザード。リリムルの姉だ」
「リリムルさんの姉君なのですか? しかし……」
金髪に白い肌、白いドレスに包まれた清楚な雰囲気をもつ美貌。
ただ、やけに碧眼の瞳が輝いている。
「ま、見ての通りだ。血はつながっていない。いろいろな事情があるのさ……」
「そこまでいうなら、そのキメラを作って見せてもらおうじゃないか!」
「あらあら、そうやって嗾けしかけてもダメですよ? たった一言言えばいいのです。
『お願いします、賢姉のシャーリンお姉様。どうかキメラ作成の秘法をこの愚妹のリリムルにご教示ください』と。
あらあら、これでは三言になってしまいましたね。困ったことです」
「……ぐっ……」
歯軋りが聞こえそうなほど食いしばってる。
「さあ……どうしました? たったの三言です。あなたには無理なのですか? ならば今日のところは大人しくお帰りなさい」
リリムルさんは、下を向きながらも肩が震えている。怒りで震えてるのだろうか。
今日は一旦辞去して、また出直しましょうと声を掛けようとしたその時、リリムルさんがおもむろに片膝をつき跪礼をしながら
「お願いします、賢姉のシャーリンお姉様。キメラ作成の秘法をこの愚妹のリリムルにご教示ください」
リリムルさんがシャーリンさんの目を真っ直ぐみながら言う。
「「「!?」」」」
不意をつかれ、皆が固まってしまう。
「どうしたんだい、この愚妹が頼んでるんだ。まさか賢姉たるシャーリンの名に賭けて二言はあるまい!」
勝ち誇った笑みを浮かべ言い切るリリムルさん。
「……ぷっ、くく、あはは!これはやられました! リリムルの覚悟、しかと受け取りました。わかりました、協力しましょう」
多分からかったのだろうとわかる口調だ。
さっぱりしてる性格は、そっくりだと思う。
「あの、これはいったい?」
「リン様ですね。お久しゅうございます。リン様・茜様が誕生した折、祝賀にうかがいましたが覚えてはおられないでしょう。改めてご挨拶いたします。シャーリン・エルザードと申します。こちらのリリムルの姉に当たるものです」
カーテシーにて優雅に礼をしている。先ほどのやり取りを見ずにこの場だけ見れば、誰もが見惚れる笑顔だ。
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「なるほど、おおよそののことはわかりました。キメラ作成の秘法は教えましょう。ただし条件があります」
「条件ですか? お伺いします」
「探求者として、この案件は非常に興味深い。つきましては、私もその開発に参加させていただきたいのです」
「それは――「「だめだ!」」……」
返答しようとしたところリリムルさん・ドーネッツさんが即答していた。
「あら、何故でしょう? リリムル、ドーネッツ? 私が参加すれば開発は進展するのですよ? いえ、さらに素晴らしい出来になるでしょう」
「その素晴らしい出来が、だめなんだ! シャーリンが参加すると確かに進展はするだろう。だが、その終着点が見えないんだ。もっと良いものをと望んで開発が終わらなくなる」
ドーネッツさんが、真顔で断言している。
「より良き結果を求めるのは探求者として、当然ではありませんか? それに私も《イザヨイ宮》の禄を食むものとして、その責務を果たしたいと考えているのです。その機会が欲しいのです」
真摯な眼差しを向けて訴えかけてくる。
「「……」」
リリムルさん、ドーネッツさんが一様に黙り考えている。
「では質問だ。私はスカウト・アイを使おうと思ってるが、シャーリンならどうする?」リリムルさんが、じっとシャーリンさんを見て問う。
「当然、ゲイザー種のアイ・タイラントです。これ以外ありません。逆になぜスカウト・アイなのか疑問です」
「……」
リリムルさんが、やっぱり。といった表情で黙って俯いてしまった。
「シャーリンよ、外部装甲はどうする? ワシは金属の胸部板金鎧ハーフプレートアーマーと薄片鎧ラメラーアーマー、鱗状鎧スケイルアーマーの混合を考えているのだ」
ドーネッツさんが、なにか諦観交じりに質問する。
「ドーネッツ。鱗状鎧スケイルアーマーというところまで発想がいくのですから、もう3歩進んで全身に龍鱗を採用すべきでしょう?」
何を当然な事を言っているのか? という困惑の表情を浮かべながら、シャーリンさんが答えている。
「「……」」
「あの、開発資金と時間の都合もあります。まだ試作段階ですので、そこまでのものは……」
俺も、『あまりにも飛躍的な発想?』慄きながら聞いてみた。
「時間は私が参加すれば短縮できます。それに開発資金が足りないのなら、どこかから調達すればいいのですよ。リン様」
幼子に言って聞かすように、優しく諭される。
「その資金は……どのような方法で……」
「それを考えるのが為政者の仕事ですよ。リン様?」
「「「……」」」
な、なるほど。2人が躊躇していたのが、わかったような気がした。
お読み頂きありがとうございました。




