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8 開発への序曲

 リリムルさんから、後でできるだけ詳しく書いた書付を持ってこいと言われた。

『設計概要および備忘録』から書き出したものを全て渡すべきか否か悩む。

 リリムルさんは、信頼できる。それは間違いない。


 問題は、こんな詳細な書付をどうしたのかという問題だ。

 帰参してから、時間はまださほど経っていない。

 前から構想はあったと言うべきか。

 それにしては、あまりにも出来すぎているというべき内容なのだ。


 悩んだ結果、口頭で伝えた構想に加筆をし、あとで様子を見ながら付け加えるという方針にした。

 というわけで、いま一度内容を加味しながら羊皮紙に書き出している。


 ふと思ったのだが、『紙』自体を造れないだろうか?


 直筆の『本』は紙で出来ていることから、『紙』の製法自体を高祖様夫妻は知っていたのだろう。

 『奇想天外・奇妙奇天烈大事典』に、『紙』の製法を記載していてくれれば良いのだが……。


 2回、日が改まった。

 結局書き出すのに2日かかってしまう。


 内容を熟読して書き出していたのだが、何回も書き直しては加除添削を繰り返しているうちに、すっかり内容を覚えてしまう。

 朝食後に、早速リリムルさんの所に持って行くことにした。

 そのために面会予約の使いを出しておく。


「よく来たね。坊主! さあ、早速見せておくれ」


「はい、こちらです」

 丸まった羊皮紙の束を渡す。やはり紙が欲しい。


「どれ。お? この前、口頭で説明していた事よりも、更に付け加えてあるね。ふむ」

 じっくり読み始める。


 ・

 ・

 ・


「坊主。これは、やはり大したもんだ。だが構造もまた複雑だ。これは時間がかかるかもしれん」


「そうですか。……私も、手伝える事があればお手伝いします。何でも言ってください」

 付け加える事もあるので、それとなく言っておく。


「はは。坊主が生意気言ってるんじゃないよ! と言いたいところだが、思いついたのは坊主だからね。その頭に期待しようじゃないか」


「はい!」


「うん、素直なのはいいことだよ。ところで、この書付は他の誰かに見せても良いのかい。分野違いのところも多い。私一人じゃ、ちと荷が重いね」


「それは、リリムルさんにお任せします。リリムルさんが信用する人なら、俺も信用します。俺はリリムルさんを信頼してますから!」


「おおぅ、可愛いこと言ってくれるじゃないか。その信頼に応えなけりゃ、このリリムル・エルザードの名が廃るってもんだ。まかせな、心当たりはある。ま、坊主も知ってる者だがね」


「え?」


「工廠監【こうしょうかん】のドーネッツさね」


「ドーネッツさんですか、なるほど」

 髭ダルマの顔が思い浮かぶ。確かにオヤジさんなら信頼できる。腕も確かだ。


「近頃じゃ、手持ち無沙汰で酒ばかり飲んでるが、腕は確かだしね。ついでに口も堅い。坊主も知ってるから安心だろ?」


「はい!」


「よし、今日はこれでお戻り。他にもやる事があるだろう? あとは、私とドーネッツとで話を詰めておく」


 午後から練兵場にて、ノリスの訓練を受ける。

 師であるノリスが行う型を、ゆっくりと同じように何回も行う。

 早く振ろうとすると怒られてしまうのだ。

 その姿を見ながらも、なぜかノリスが不思議そうな表情を浮かべていた。


「師匠。どうかしましたか?」


「あ、いや。なんでもないです。続けてください」

 やはり、こちらをじっと見ている。


「あの。師匠、やはり何か間違っておりますか?」


「……リン様、全てを聞こうとしてはなりませんよ。まずは自分で考えてみる事です」


「わかりました」

 ノリスの型を思い浮かべながら、ゆっくりと型を演じていく。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 俺はノリス。いまリン様の稽古を見ているのだが、実に不思議だ。

 繰り返し行われている動作を見ている。型稽古なのだから、反復動作になるのは当然だ。

 だがこれは、動作自体が俺と全く同じ軌跡を描いている。型稽古なのだから型通りにやれば同じになるという段階ではない。文字通り、全く同じ軌跡を描くのだ。

 いや、これは俺よりも洗練されているように見受けられる。


 ……試してみるか……。


「そこまで。ではリン様、新しい型を2回行いますので、よく見ていてください」

 全力で二回行う。手元が霞み、音だけが聞こえている。


「ではリン様、いまの型をゆっくりやってみてください」

 さて、どうかな? 


「早すぎてよく見えなかったのですが、おそらくでも良いでしょうか?」


「かまいません。いまのは初めて相対する相手の攻撃が見えているかの訓練と確認・・ですので。まずは、ゆっくりですよ」

 とりあえず、ごまかしておく。


 ……さてはて、観えているかな?


 リン様が剣を構え、ゆっくりと型を演じていく。

 その前方や後方にに回り込みながら、ときには手を伸ばし、掌を手刀のように立て体軸のブレを見ているような振り《・・》をする。

 実際はこんなことをせずとも観ればわかるのだが、一応はそれらしくしておくのだ。


 結果、やはり全く俺と同じ軌跡を描き、全く同じ動きをしている。

 ご丁寧にも、最後にバランスをほんのちょっと崩した時に誤魔化した動きまで再現している。

 しかもだ、さきほど凛様の周りを回っていた時、リン様は俺の動きも意識していたようだ。


 ふむ……、これは……。


「……」


「師匠? いかがでしょう?」


「素晴らしい動態視力と観察力、そして集中力です。感服しました。では本日の訓練は、これまでとしましょう。いつも通り装備をつけたまま錬兵場を一周歩きつつ、体を解ほぐしてきてください。走ってはいけませんよ」


 急に動きを止めると体や心肺にも負担がかかると、俺の師匠であるロンド様も言っていた。

 そこで、実際俺もやらされていた方法を真似ているのだ。


「はい、ありがとうございました」


 歩いていくリン様の背を見ながら、俺は歓喜した。

 『才』がないと観ていたリン様が、実は宝石の原石だったのだ。


 その原石を、いまのいままで見誤っていたと言う事は、俺自身の力量にも重大な疑問符が付くいうことと同義だ。

 事実、最後に踏み込んだ際に、ほんのわずかだが身体の芯が振れて均衡を崩している。


 俺も歳かと自嘲するのは簡単だが、俺の師であるロンド様は齢五十を越えても、剣の冴えは全く衰えなかった。

 つまりは、俺の力量が拙いという事。


 宝石を磨くには、その宝石自身よりも硬く無ければならないと聞く。

 ふふっ、思わず口角があがり笑みがこぼれてしまう。


 それなりの剣を修めたと満足していたが、ただの慢心だった。

 そうか、これが師匠の仰っていた、――『満足が慢心を、慢心が過信を呼ぶ。延ひいては綻びを呼ぶ』――という事なのだろう。


 また修練せねば。……これは楽しみだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「おい、ドーネッツ! いるか!」

 いきなり取次ぎも無く扉が勢いよく開けられる。警備兵が止める間もない。

 こんな騒々しい扉の開け方をする者は数少ない。というか、知っている者では一人しかいない。リリムル・エルザードだ。


「うるせーなァ、扉が壊れるだろうが! 作業はもう終わって、いまから飲むところなんだよ。帰ってくれ」

 声を聴けば誰かはわかるのだが、一応は扉の方を見やる。やはりリリムルだ。

 当のリリムルはなんら臆することもなく、我が道を行くが如く近づいてくる。


 そのリリムルの後ろには警備兵がついてきており、その警備兵が『どのように対応しますか?』という視線を送ってきたが、どうしようもないだろう。

 苦笑いと共に軽く頷きを返して下がらせた。 


「ふふふ、そういうな。面白い仕事を持ってきたんだ。喜べ!」

 うん? なにやら書付の束を握りワシに振ってみせている。


 なにか急ぎで特注の製作依頼でも来たのかと、ズカズカと歩を進めるリリムルの姿を眺めていたのだが、途中で唖然茫然としている鍛治のドワーフから奪った酒杯をグイっと一気飲みしているのは……ご愛敬なのか?


「あん? 今度は斧でも造れってか? こちとらスケルトン用に、剣も槍も盾も毎日量産してるんだ。斧くらいじゃ面白くもねえぞ?」


「まぁー、見てみろって! こいつは楽しくなるよ! だが、ここじゃマズイな。よし、お前の部屋に行くよ」

 周りに鍛治のドワーフたちがいるのが気になるのか。

 後で、酒の肴に話すんだから聞かれてもいいだろうに。面倒な。


 リリムルが本人の許可無く勝手に部屋に入っていく。


「うわ! あぶねェ! おい、早く来い!」

 部屋の中からリリムルの声が聞こえる。

 色気も何も無いな。しかたないと、ぼやきつつ後を追って部屋に入っていく。


「少しは、かたづけろよ! ナイフが抜き身のまま落ちてたぞ!」

 ガッと、ナイフを机に突き立てながら文句をいってる。


「あぶなくねぇよ。ワシが置いてる場所をわかっていればいいんだからよ。ところで、なにをさっきからキョロキョロしとる?」


「いや、あいかわらず雑然とした部屋だな、と」


「悪かったな。そも名匠という天才の部屋は、須すべからく雑然としておるものだ。つまりはだ、リリムルはその名匠の部屋に入っとるわけだな。感激しても良いのだぞ?」

 軽口でからかいながら、酒瓶を手に取りグイっとそのまま飲もうとするが、


「ドーネッツ。その名匠とやらは、いつ世に出るんだい? このまま埋もれていくのかい?」

 澄んだ声で力強く、だが静かに言い放ちやがる。


「……」

 チッ、なぜこうも耳に残るのか……。


「そこでだ。そんな不憫な名匠のお前に、このリリムル様が仕事を持ってきてやったぞ。泣いて喜べ!」

 けっ! まったく雰囲気が読めないダークエルフだ。


「わかった、わかった。じゃ、そのリリムル様が手配して下さった、ありがたいお仕事とやらを見せてもらおうか?」

 差し出された羊皮紙の束を受け取り読みはじめる。


 ・

 ・

 ・


「おい、こいつぁ。誰が書いた?」

 羊皮紙から眼を離さず聞く。


「ふふっ」

 ちらりとリリムルを見る。くそ、ニヤニヤしやがって!


「リリムル……じゃないな。リリムルでは、こんなことは思いつかん。……誰だ?」


「まぁ、その質問は後回しだ。それでどうだい、できそうかい?」


「……難しい……が、できなくはない。……と思う」


「どっちなんだい! はっきりおし!」


「無茶を言うな。こいつは今までに無い代物だ。どっから取り掛かれば良いのかさえ判らんというのに……」


「はん。名匠なんだから、――いま『あるもの』で時代を支え、いままでに『ないもの』で時代を創る。そしてワシには、それができる!――くらいは言って欲しいもんだよ。それとも名匠云々ってのは、やっぱり自称なのかい?」


「なんだそりゃ? ワシには、できないとでも言いたいのか? この名匠ドーネッツにできないと? おぅ、おぅ、おぅ、そいつは聞き捨てならないな。そこまで言われたら、できないとは言えないな! できるってことを証明してやる! よくみていやがれ! それから、その自称って―――」


 ドーネッツ・グライン。《イザヨイ宮》の様々な装備品や設備まで創り出す造兵工廠【ぞうへいこうしょう】の長たる工廠監【こうしょうかん】だ。


 御歳五五のドワーフ、自称名匠のデキる男さね。


 ま、このリリムル様にかかれば、チョロいがね。

 チョロいドワーフ。略してドワロい、いやチョローフってとこかい。


 ぷっ、クククっ。


 ・

 ・

 ・


 ふぅ。まったく……上手く乗せられた振りをするのも、いささか面倒だな。

 ま、その相手の気分を乗せて発破【はっぱ】をかけて、奮起を促すやり方は褒めてやる。

 しかし、確かにこいつは面白そうだ。

 最近じゃ、スケルトンが使う数打ちの剣・盾・槍ばかりだ。


 情勢をみるに、理解はしているが満足はできんのもまた事実。

 だが、リリムルが持ってきたこの書付に書かれてる内容たるや、いままで全く思いもしなければ考えつきもしなかったもの。


 そりゃそうだろう。誰がゴーレムをくり貫いて中に入り、自分で操作したいなんて考える?

 端からみりゃ、ゴーレムに摂り込まれてるか、喰われてるようにしか見えんだろ。


 しかし、「――いま『あるもの』で時代を支え、いままでに『ないもの』で時代を創る――」か……。


 言ってくれるじゃねーか。

 これこそ、この名匠ドーネッツの腕の見せどころよ。

 名実ともに名匠だって事を認めさせてやる。


「わかった、わかった。そんじゃ私はアイアンゴーレムの準備をするけど、他には何がいるんだい?」


「そうだな、まずは―――」


 一日中、あ~でもない、こ~でもないと語り明かす。

 心躍るこの感じ、久しく忘れていた。まるで昔の活気が戻ったようだ。


 血が騒ぐ……か。たまには、こういうのも悪くない。


 もっとも、あとでこの構想を練り上げたのがリンの小僧だと聞いたときには、さすがに驚いたがな。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

お読み頂きありがとうございました。

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