77 ミンチ【粗びき挽き肉】な残骸との邂逅
《 アマゾネスト傭兵団 団長ルゥーチェ 》
「来るぞッ!」
此方に猛然と向かってくる商隊と思しき者達。
その後ろには興奮状態の魔獣の群。
この様子を観るに、真偽を確かめて対応を決める事すら不要だ。
なにせ、この商隊たるや『援けを乞う声』すら上げずに向かってくるのだ。これが助力を求めるならば、少なくとも大声を張り上げてくるのが普通だろうが、其れすらしていないのだから。
此方の警戒を解くために『本心を隠して装い、態度を偽って近づいてくる』のを警戒する必要すらない事には、思わず渇いた嗤いが漏れてしまう。
まぁ、対応に悩まなくてよいのは気楽ではあるが……、ここまでクズだと、逆に清々しささえ覚えて感心してしまうくらいだ。
後ろの魔獣の群を、ウチ等に擦り付けて危難を逃れようとする腹積もりなのは、もはや疑いようがない!
ならば、まずは降り掛かる火の粉を打ち払うのみ。その後に、其の火の粉を振りかけて来た者に、制裁を喰らわせ教育してやるのがウチ等の務めと確信をもって言えるッ!
そして案の定、ウチ等の横を馬車が通り過ぎていく。すれ違いざまにそいつらを見やれば、ニヤけ面を浮かべていた。『巧く擦り付けてやった!』とでも考えているのが一目瞭然だが、それは甚だしい勘違いだという事をまずは教えてやるッ!
そんな事を考えながらも自然と体は動いていく。
『逃がさん!』という裂帛の気迫と共に、手近にあった予備の槍を商隊の主が乗っているであろう馬車の車輪目掛けて投擲していく。
車輪に巻き込まれた槍が、いわば『つっかえ棒』のような役割を果たして車輪の回転を止めた。
無論、そんな急制動に車輪は吹き飛び、馬車は横転してしまう。
搭乗者の安否など気にしている猶予はない。魔獣の群が、猶も迫って来ているのだ。
「貴様ら、 死にたくなければ迎え撃て!」
馬車が横転して、動転している護衛達に怒声を浴びせて迎撃態勢を整えさせていく。
さぁ、死闘の始まりだッ!
・
・
・
いざ戦闘が始まれば、頭目に率いられた群ではなく、ただ同じ方向に向かっている雑多な群だと判る。
だが、脅威である事に変わりはない。むしろ収拾がつかない乱戦模様になっていく。有利不利の境がないので、文字通りに『猪突猛進』の如く襲い掛かって来るのだ。退くという事が無いので、全滅させるまで終わりようがない事になる。
「おらァッ!」という気合と共にルゥーチェが手に持った長柄のグレイブ【薙刀】を当たる当たらずに構わず大振りしていく。
当たれば両断され、当たらければ群を散らす役割を演じている。
また間合いの外から回り込もうとする不埒な奴は、ルゥーチェに同道した小隊が仕留めていく。
そんなルゥーチェ達からやや離れたところでは、方陣を組んだ複数の隊が同じく槍を繰り出し奮戦している。また方陣の内側からは弓矢や石礫【いしつぶて】を放ち、向かってくる奴等を漸減していく。近づけば刺し殺し、離れれば射かけるといった遠近両用の布陣である。こちらもまた戦果を積み上げ、アマゾネスト傭兵団の面目躍如たる戦働きを演じていた。
一方で、馬車の護衛やら商隊員らは決死の覚悟で応戦している。
此方も数少ない弓で矢を射かけてはいるが、押し寄せてくる数に押し切られてしまっている。商会員たちも足元の石を拾っては投げつけてはいるが、大量に手頃な石が落ちているはずも無く、散発的な投擲になっている。そのため一応の牽制にはなるのだが、仕留めるという段階には至ってはいない。それどころか逆に挑発している結果となって、魔獣を誘引してしまっている。結果、護衛は刀剣の間合いでの接近戦となってしまい、必然的に凄絶な消耗戦が繰り広げられていく事になったのだ。
この三者は、三者三様の戦い方を演じていたが、その装備と戦い方の違いで、その損害に軽重が出始めていく。
ルゥーチェに率いられたアマゾネスト傭兵団は、傭兵団という職種から集団戦闘に慣れており、かつ今回は戦働きの帰路であるため装備類も整っていた。
殊に ルゥーチェが手にする長柄武器のグレイブ【薙刀】は斬撃、打撃、刺突、振り回しての打ち払いと多機能で変幻自在の多彩な用法を見せるが、反面、その習熟には時間がかかる。もっともそれなりに習熟しさえすれば、容易には崩れない事を意味している事になる。一方でその長柄ゆえに、運用面では開けた場所での運用が前提となってしまう。結果、歩調を合わせての集団戦闘では、己にとっても味方にとっても運用に難儀する事になるが、其処は訓練次第と役割分担の明確化で、どうとでもなる。
例えば少数のルゥーチェ隊で前に打って出て仕留めるなり足止めしつつ、方陣の隊から投射武器で援護や撃破を狙うといった具合だ。また方陣を組む隊は、横に振り回す事がない刺突と縦方向の打撃のみに特化する槍を装備し槍衾で応戦するなどの戦術を活かしていくのだ。
長柄武器における先端部の刺突は致命傷に至るのは当然であるが、打撃もまたその遠心力と末端速度で高い打撃力を誇り、木板を叩き割り薄い金属板ならば拉げさせる【ひしゃげさせる/圧し潰す】ほどの威力がある。もちろん、人等が生身で受ければ悶絶する事は請け合いである。
そしてルゥーチェも傭兵団員も戦訓と戦技を活かすための訓練を経て、武器類を使いこなす技倆も持ち合わせている。ましてここは森の際とはいえ開けた場所であり、その鍛錬の成果と経験が存分に活きる事になった。
因みに人同士での集団戦では、その戦果の大半は矢の投射・石礫の投擲での戦果となる。一つ二つの単発での投射・投擲ならば躱すといった事も出来ようが、これが数百ともなれば躱し様も無いのは言うまでもない。
また石礫は投擲しやすいように球形に成形されており、加えて投げ紐【スリング】で包んで振り回し、遠心力を加味して投擲するので、その威力たるや侮れない。当たり所が悪ければ致命傷になり得るくらいには、威力があるのだ。
よく新兵が『所詮は石ころだろ!』等と侮って後悔する事になるのは、戦場のありふれた光景である。それどころか後悔する事すら出来ない事の方が多いくらいであり、後悔できるという事は少なくともその時点では生き残ったことを意味している。
また、たとえその石礫で致命傷にならずとも、当たればかなりの痛撃になる。その痛みで動きが止まれば狙われ、動きが鈍っても狙われるのだ。これが脅威でないはずがない。
このように投射・投擲による損害は甚大になる傾向がある。必然、双方で撃ち合い【矢戦・石礫・法術】が行われ、それを防ぐために盾などで防ぎつつ射撃戦で応戦するという展開になる。もっともこれでは千日手となって手詰まりになる。そこで盾を掲げながらジリジリと距離を詰めていくか、防具と自分の運を信じて一気に駆け寄り接近戦に持ち込む事になる。 にじり寄ったとて、次は槍、そして最後に漸く剣での戦いと言った具合で、多段階の間合いで効率よく殺傷されていくのだ。
また戦場では、訓練を経ない徴用兵を始めとする未熟な雑兵と、専門の訓練を受け経験を積んだ兵士の違いが如実に浮かび上がる。殊に雑兵は、突発的な状況や防衛戦時に其の未熟さが如実に表われ、劣勢になると容易に崩れて戦線が維持できなくなる事が頻発するのだった。
それ故に、頼みの綱となる熟練兵や訓練と経験を積んだ将と精兵と云う存在は頼もしい専門職となる。その一方で専門職の者達を育成するには当然ながら『時間と財貨を多大に要する』のもまた必定であった。
そのため自陣営に忠実な高価な専門職たる将兵を、おいそれと消尽させる訳にはいかず、かといっていざ戦ともなれば、数を揃えなければ論外であるのもまた事実であった。
そこでお声が掛かり出番となるのが戦の専門知識と実力を兼ね備えた傭兵団である。もっとも近年では弱兵の傭兵団も跋扈しており、『数は揃えられるが、その質はピンからキリまでと千差万別』といった様相を呈していた。
加えて急造の傭兵団程、日頃の粗野な振る舞いや、勝ち戦の時の略奪行為などの悪評が轟いてしまう。 問題は、其の悪評が比較的真面な傭兵団にまで及んでしまい、傭兵全体の社会的信用と地位は殊の外に低くなっているのが、現状ではあった……。
一方で封建的社会の実状として、社会構成の流動性が硬直化して階層間移動が極端に低い。此れは職位につける者が固定化している事を示しており、既得権益を護持しようと権威と権力に固執する者達が多くなるといった悪循環を生み出していた。
このような矛盾を是正しようにも、矛盾に気が付く有閑な知識人が、当事者として既得権益層に属するという矛盾を内包しており、遅々として解消されない。
民草はその日を生きるのに精一杯で、社会変革を考える余裕などそもそもがない。
そのため、社会の閉塞感が蔓延していく中で、己の実力のみで立身出世を目指せる傭兵や開拓冒険者などになる者も多いが、死傷率も高く入れ替えが激しい。
かように傭兵や開拓冒険者は替えの効く専門職? という多分に矛盾した……、端的に言って過酷な労働環境でもあったのだ。
その一方で、商隊の護衛に就く者達も『街の腕自慢に、無宿人、ならず者、退役軍人に、未熟な冒険者や熟練冒険者、果ては素人に盗賊の関係者まで』と言った具合で、これまた千差万別である。雇用形態も一時雇いに専属とこれまた様々。
雇う商会にしても、その腕前や品性を信用できるのか信用できないのかさえ判らない事もあるので、それなりの規模の商会は専属で雇用したり、自前の護衛団を結成したりと多大な財貨と血が滲む様な努力を傾けている。
ただ問題なのは、あくまでも商会の護衛という範疇で訓練を行うので、今回のような魔獣の大集団が群がるなどいう想定は、それこそ想定外の事態といえる。
そもそも専属護衛であるならば、その護衛という職務の性質上、街中などでも護衛の任に就くので長柄の武器類は装備しにくいのだ。
また人数とて、魔獣の大集団を相手にするような人数など元よりいない。
そういう『災害』とも言える事態に対応するのは軍や傭兵団であって、商会の護衛隊ではないのだ。
しかし目下の現状では、対処するしかない。
対処できなければ、魔獣共に貪り喰われることになる。
現在において、既に否応なしに戦闘になっており、もはや商会主の安否すら気に掛からない。
まずは自分に襲い掛かって来る魔獣を始末しなければ自分達が危ないからだ!
それほどまでに護衛隊だけの戦況を見れば、逼迫していたのだった。
戦況を俯瞰すれば、ルゥーチェ率いるアマゾネスト傭兵団は優勢であり、商会の護衛隊は劣勢であるが、なにせ迫ってくる数が多い。総じて戦場全体では、伍していると言える状況であっただろう。
そんな互角とも言える戦況に、一石を投じる要因が現れた。
そして其れは石ではなく、殊もあろうに岩塊をいきなり投げつけて来たのだ。
「ヤバい! 避けろ!」
ルゥーチェの声に反応して隊列を解き、跳ねて転がる岩塊から身を躱すルゥーチェ隊。
岩塊が運よく跳ねあがり、咄嗟にしゃがんだある者の頭上すれすれを転がっていく。そうかと思えば、ある者の真横を転がっていった。早くに発せられたルゥーチェの警告により、迫りくる岩塊にいち早く反応できたため死傷者は出ていないが、心胆を寒からしめる光景ではあった。
人様の戦いに、遠慮会釈もなく不躾にも介入してくるとは、どこの不逞な輩だ?!
そんな場違いな感慨を抱くも、直ぐに態勢を整える。
先程の岩塊を間一髪で避けたのも束の間、今度は折れた大木の幹が飛んできたのだ!
大地にぶつかり転がった大木の幹は四散しながら、方陣を組んだ隊の一つにぶち当たり、隊列が崩れていく。そこに魔獣共が突入し始めた。
近接の隊が援護に入り、掃討していくが死傷者が出ている。
「ド畜生が! 許さねェ――ぞ!」
ルゥーチェが怒声を上げて、この惨状の原因を投じた奴を睨みつける。
その視線の先には、森の境で歯を剥いて『ゲギャギャ』と大嗤いしている巨大な猿がいた。
ルゥーチェが思わず上げた『ド畜生が!』という罵声は、言い得て妙であったのだ。
「このエテ公風情が、躾がなっていないようだな……」
無論のことだが、本能のままに生きる野生の、しかも魔獣の大猿なのだから『躾と礼儀が成っていないのは当然』ではある。
なんにせよ、普通であれば『闘いの最中に割って入る事』等、獣だってしないことだ。
なにも礼儀云々を説いている訳ではなく、下手に割って入ると合力されたり逃げられたりする。ならば情勢が決定的になるまで待ち、『ここぞ!』というときに割って入る方が良い。そんな事は野生の獣ですら判っている事だ。
それにも関わらず、闘いの最中に割って入るという事を敢えてする。
よほど『愚か』か、よほど『自らの力に自信がある』のかのどちらかだ。
そしてこの猿は、後者だろう。
悠然と森から出てくる其の態度に『自分は強者だ』という自己認識が透けて観えるのだ。
そんな大猿を、ルゥーチェは矯めつ眇めつ【ためつすがめつ】眺めて、読み解いていく。
『前傾姿勢で拳を地に着けて四肢で移動しているが、これは脚だけでも立てるな』
『立った際の頭頂高は恐らく四メルトルに迫るか。四つ脚でも二メルトルは優に越える』
『全体的に赤褐色、いまはまだ日が高い。恐らくは夜行性ではない』
『毛質は堅く、量も多い』
『あの体躯からして筋肉量も多く皮膚も堅い。脂肪もあるだろう』
『猿の形状と先ほどの投擲から、モノを掴むことが出来る』
『尻尾は観えないが、有るだろうと推定』
『口腔からは牙が垣間見える。噛みつきも有りか』
そんな大猿はルゥーチェを歯応えのある獲物と見定めたのか、ルゥーチェの持つ長柄のグレイブ【薙刀】の間合いの外を、円弧を描いて歩き始めた。
強者の余裕からか、闘いを好む癖があるようだな……。
もっとも、ただ漫然と歩いているように見えるが、常に牙を剥いた貌が此方を凝視しており、隙が無い。明らかに闘い慣れをしているのが窺える。
『間合いを測るか、眼も良いな』
『それと体軸がずれた事で、尻尾がある事も判った』
『同じく手先足先に爪があるのが見えた』
『毒の類は無さようだが、引っ掻かれたら傷口から病になるかもしれない』
『前傾姿勢で拳を前に出して地に着けているので、腹部が遠い』
『反面、貌が前に出ている』
ならば、狙うは……眼だ!
眼を狙って薙刀を揮おうとするが、眼を庇う動作の予兆が見られた。
「チッ! こいつ……、人との戦いに慣れてやがる?! どこかの誰かが討ち漏らしたか、逃げて来やがったな! えーい、面倒な猿だな!」
獣でさえ痛い目に合えば棲み分ける事を学び、個体によっては戦い方まで学ぶのだ。 ましてやそれが魔獣ともなれば対応力まで学び、より強力になって襲ってくる事になる。かくも手負いの魔獣という存在は厄介なのである。
仕留めるならば確実に仕留めなければ、廻り廻って巡り巡って、より強くなって還って来る事になる。
『情けは人のためならず(他者への親切は、巡り巡って、やがては良い報いとして自分に還って来る)』の喩えを敷衍するならば『仕留め損なうはヒトの為ならず』となるのだろう。此の喩えが合っているか等、この際どうでも良いことだ!
なんにせよ、この猿は『いまここで殺るべき』だが、この猿は……強い!
悠長にこの大猿だけと対峙している訳にも行かない。
ルゥーチェが押さえていた他の魔獣共が傭兵団の方に流れていっているのだ。
持ち堪えているが、其れとて長くは持たないだろう。
ましてやルゥーチェが斃れて、この大猿までが傭兵団に向かえば全滅は必至だ!
ならばいま少し、此の場からこの大猿を引き離したが良さそうだ。
猿の行動原理など元より判らないが、この大猿の行動はそれに輪を掛けて、いまいち読めない。もしかしたら、ウチを無視して傭兵団の方にいきなり飛び掛かるかもしれない。
「ヌんッ!」
そのため、敢えて見せつけるように横に大振りでグレイブ【薙刀】を一閃、二閃と揮う。その度に、下草が舞い散り足場も同時に作っていった。
もっとも大猿も、その軌跡を読んで機敏に飛び退いていく。その際、其の貌を引き歪めて嗤いやがった。
こっちの考えは、お見通しってか?!
エテ公風情が……、気に入らねェな!
幾度かの攻防を繰り広げ、複数回切り結ぶことで、横からの刃の軌跡を大猿の眼に充分に見せつける。
そこからの、右下段から斜め左上に斬り上げ、その余勢をかって刃筋を流して、更に右上段から斜め左下への斬り下げを狙う。
「ドォラァッ!」
大猿は手を狙っての横薙ぎかと思いきや、急激にその軌道を変えて右下から貌に迫る刃に立ち上がりながら仰け反って躱すが、胴ががら空きだ!
刃の軌跡が上から下へと再び煌きながら流れ、その後を血が追っていく。
斬り裂いた手応えはあったが……、どうだ?!
ブッ! と血が噴き出ているが、臓物にまでは達していない。
チッ、浅いッ!
此奴、下段からの斬り上げを躱した後、ウチを迎え撃つのではなく、そのまま後ろに倒れ込みながら飛び退きやがった。
大猿はもんどり打ちながら倒れ込むが、直ぐに起き上がる。
その際に、尾を鞭のように振り回して牽制も忘れない。
起き上がった大猿の貌は激昂して朱に染まり、これ見よがしに牙を見せて威嚇している。
強者の自分が獲物風情に手こずり、思わむ手傷を負った事に御立腹のようだ。
それと共に張り付いた嗤いが消え、表情と雰囲気が明らかに変わる。
どうやら『獲物』としてではなく『敵』として認識したようだ。
さらに幾度かの攻防で斬り、殴りつけ、刺すがどれも深手を負わせるには至らない。どれもが浅いのだ。体毛で打撃の衝撃は抑えられ、斬撃は同じく毛皮と筋肉で遮られ、刺突は脂肪と筋肉で阻まれるのだ。
一方で、この猿の攻撃範囲が最大で『腕の届く範囲』に限られているのは幸運であった。
これで棍棒なりの武器を持たれたら、お手上げだったかもしれない。
もっとも、この怪力には眼を瞠るものがある。掴まれば引き千切られ、腕や脚の打撃に当たれば吹き飛ばされるのは請け合いだ。
要は一発直撃されたら、そこで終わりと云う事!
この緊張感が極度の集中を強いて、精神的疲労が蓄積していく。
『これは、長くは持たんぞ!』
そんな極度の緊張感の中、数瞬の間とはいえ強大な巨大猿と正対している。
其の一挙一動の全てに注意を向け、細かい動きを見ながら、全てをも観る。
だからこそ気が付いたのだ。遠景に映った森から出てくる巨人に……。
『おいおい……マジかよ、デカすぎるだろ?!』
余りの大きさに遠近感が狂うほどだ。
あの威容……、森の主か!?
ここまで威圧感が伝わってくるようだ。其れのみならず腰元の大剣? に手を掛けているも観えた。
冗談だろ……、巨人が武器を持つっていうのか?!
なにせその武器は巨人の体躯に合わせてか、冗談かと思うほどにデカいのだ!
あんな大きさの物を振り回されたら、防具など全く意味をなさないのは明々白々。
いうなれば、流れ落ちる滝の水を杯で受けるのと同じだろう。気休めにもならないとはこの事だ。
そんな巨人が大剣を抜き放ち駆け寄って来る。
は、疾いッ!
だが、不思議と殺気と気配が感じられない。な、なぜ?!
現実感に乏しい情景に理解が及ばず、思わず怯【ひる】んでしまうが、それとて一瞬の事。すぐに闘志を奮い立たす。
「ち、くそがッ!」
一瞬とはいえ怯んだ自分に思わず悪態をつくが、これが大猿の注意を惹いたようだ。
刹那とはいえ大猿の後ろに注意が逸れた機を、闘い慣れた大猿が見逃すはずが無かったのだ。
俺【大猿】の後ろに一瞬、注意を向けて何故か怯んだようだが、後ろには気配も殺気も感じられない。俺【大猿】の後ろには、己の尻尾のみがある。
尻尾での攻撃を警戒したのか?
いや、これは怯【おび】えている? 何に怯えている?
この場に居る強者は自分【大猿】のみ。
つまり怯【ひる】んだのだ、この俺様に!
やはり、俺様は強いのだ!
好機と踏んで、間合いを詰めながら立ち上がり腕を大きく振り上げ、渾身の一撃を繰り出そうとしている。縦方向の一撃……、違う、軌道を変えての横からの薙ぎ払いだ!
縦の一撃よりも横からの薙ぎ払いの方が、範囲も広く躱し難い。
その上、胴への更なる追撃も警戒していたのだろう。
ルゥーチェは僅かな軌道の変化を認識し、瞬時に判断する。
極度の集中力ゆえか、ゆっくりと緩慢に大猿の動きが見えているのだ。
だからこそ見えたのだ。右腕の指先の爪が『伸びた』ことに!
「しまった、此れが此奴の決め手か!」
僅かの差とはいえ、間合いが伸びれば躱す動作にも違いが生まれるのは必然。
此の一撃は何とか躱すことは出来る、だが体勢が崩れる事になるだろう。
この流れは拙いッ、このままでは三手先で殺られる!
大猿は、再び嗤いを其の貌にへばり付かせてながらその右腕を振り下しつつ、横方向の薙ぎ払いへと軌道を変えていく。
その際、標的【ルゥーチェ】に打撃点を合わせつつ、薙ぎ払いで体躯が流れるのを抑えるため、腰を落とした。そのため大猿の頭の位置が下がっている。
ルゥーチェの左上から横に変化して迫る攻撃に、ルゥーチェが更に一歩踏み込み間合いを詰めた。踏み込む事で大猿の打撃力を少しでも軽減させながら、己の左手に持つグレイブ【薙刀】で受ける事を選択する。グレイブ【薙刀】の石突きを地に刺すが、押し負ける事を見計らって予め体の力を抜いておく。グレイブ【薙刀】が押される力を利用して自らも跳躍しつつ身体を移動させ、すれ違いざまに右手の逆手で抜き放った短刀で、体高が下がった猿野郎の目とその奥の脳みそを狙おうというのだ。
最早、相打ち狙いだが、思惑が巧くいくかは一種の賭けである。
ガッ、ドチャ……。
そんな生々しい音を奏でて、腕が吹き飛んでいく……。
「ギキョオオォォ――ォォオオンン?!」
誰も聞いたことの無い叫び声を挙げている大猿。
おそらくこの大猿自身も初めて挙げる叫び声だろう。
右腕を背後から巨人に斬り飛ばされ、痛みで思わず失った右腕を押さえて転げ回っている。
斬られて、ようやくその存在に気が付いた大猿は、首を回して後ろを確認しようとするが、そんな事はお構いなしに巨人は片手で尻尾を掴んで振り回して、大猿の身体を投げつけた。その際に根元から『ブチッ』と尻尾が千切れる。
大猿は大音響と共に地面に叩き付けられ、土煙を舞い上げて転がっていく。
シーン……。周りの雑音が消えた。
何事が起こったのかと、魔獣を含めて動きを止めて様子を伺っているようだ。
そんな静寂の中で、大猿が片手でその体躯を起こそうとする。
その際に「グガァァアア!」と肉食獣めいた唸り声を挙げながら敵を認識しようと頭を上げるが、其れは悪手であった。
既に間合いを詰めていた巨人に、頭が上がった瞬間を蹴り上げられ、体が宙に浮く。その時点で大猿の首はへし折れて絶命していたようだが、巨人は知ってか知らずか、そこに更に斬撃を見舞って両断したのだ。更には既に絶命している大猿の両半身に、これでもかというほどの踏み付けを執拗に行って、挽き肉にしていった。
余りの異常行動に、此の場に恐怖が蔓延していく。
その恐怖に圧し潰されて魔獣共は一斉に、逃げ出していった。
「皆、動くなッ! そして目を逸らすな! こいつは普通じゃない!」
あの巨大猿も普通とは言い難いが、こいつはそれに輪を掛けて普通じゃない。尋常ではないという奴だ。もはや異常種とか特異種などと呼称してよいくらいだ
なにせ、あの普通とは言い難い巨大猿をいとも容易く両断し挽き肉にしたのだから、異常だと断言できる。そんな巨人を見据えながら、軽挙妄動に逸らないように傭兵団と商隊の生き残りに注意を促す。
『頼むぜ、間違っても動くなよぉぉ~~……』
それにしてもなんなんだ……、あいつは?
こんな怪物がこの森にいるなんて聞いたことも無いぞ……。勢力争いで新たに森の主になった怪物か?
あんなのが多くいるのならば、国なぞ容易く滅ぶぞ……。
それどころかヒト全体すら危うい……。
ま、あんな特異種が多くいる訳が無いがな……。
そんな独白めいた想定は、早くも杞憂に帰する事になった。
現実が想定を蹴破ったのだ。
『なんてこった……。冗談だと……、嘘だと言ってくれよ……』
彼奴を迎えに来たのか、巨人が複数体、森の中から現れたのだ。
そしてその群? に、先の巨人を迎え入れて森に没していくのを、唯々見届ける。
ドシャ……。
緊張の糸が切れたのか、思わず力が抜けて両膝をつく。
グレイブ【薙刀】を地に突き立てて両手で体を支えなければ倒れていただろう。
「ハァ、ハァ~~」
天を仰ぎ見ながら、肩を大きく揺らして深く息をしていく。
とてもじゃないが、あのまま複数の巨人と闘いが続いていたら全滅していた。
ウチは……、黒騎士様じゃねェんだぞ……。
志も腕前も黒騎士には遠く及ばないのは、判っている。
だからこそあの場面なら、黒騎士ならどうしていただろうかと考えてしまう。
黒騎士なら、母が語る父なら……。
それにしても、なんて日だ……。
商会の護衛は既に逃散、生き残った商会員も逃散。肝心の商会主は骸ときている。残った積荷を回収して収支が合うかどうかすら不明。
立志して、まだ数日だぞ……。
それが、まさかこんな死闘を演じる事になろうとはな……。
『試練とは、試練を乗り越えられる者の処に訪れる』なんて言葉を思い出すが、その試練とやらに巻き込まれて斃れる者達がいるんだぞ……。
そいつらにとってそれは試練なのか? ただの災難だと思うがな。
それにしても、こう……先行きに暗雲立ち込めるどころか、断崖絶壁がある気分だ。
あんなのがいて、いつか対峙する事になるのか?
ふはは……、私の夢、建国の夢は、ここで早くも潰えるのか?
辺境の地には、猿や巨人のような奴が犇【ひし】めいているとでも云うのか?
ようやく開幕の号令を発したが、幕が開けて数日で、早くも私の夢は終わりを告げたのか?
まだ、何も始まっていねェ~~だろうがよ。まだ何もよぉぉオオ!
なんなんだよ、これはよぉぉオオ! これが現実って奴なのか?!
夢を見る事すら、許されないってのかよぉぉオオ!
こんな挽き肉みたいな夢を見て、酔いたいんじゃねェんだよ……。
なのに、なんなんだよ? これはよぉォオオ! ヒハハ~~!
渇いた嗤いが込み上げてくる。
狂ったように哄笑【こうしょう】し始めるルゥーチェ。
そんな姿を見て……、『昨日喰った肉に当たっちまったのか? しっかり焼いたんだがな……』と、皆が一様に不安げに自らの腹を見やった。
痛々し気に皆から観られていたルゥーチェであったが、何を思ったのか、ピタッとその嗤いが止む。
その貌には何か思いつめたモノが宿るが、余人には計り知れない。
「ライラ、報告しろ」
「戦死七、負傷二八。その内で重傷で見込みのない者は八名。商隊の方は不明だが壊滅状態だろう」
「……判った」
離れた場所で治療されている者達の下に赴く。
アマゾネスト傭兵団を率いる者として、このルゥーチェが戦士の最後を見届け、送らなければならない。
それがこの煉獄の世で、こいつ等を連れまわし、ウチの夢を信じさせたウチの『責任であり務め』なのだ。
そして、こいつ等も納得して傭兵団に参加している……はずだ。。
「カハッ……、へへ、しくじっちまったよ、ルゥーチェ。ゴホ。こ、此れから面白くなろうってのによ。どうやら俺はここ迄のようだ……、や、やってくれ『ガッ』……」
「成れよ、ルゥーチェ。アタイが残せるのはこの言葉だけだ。ガハ! お、お前なら征ける、大望を掴め……。くそ、イテェ……、お前の手で送ってくれ、ルゥーチェ。『ガッ』……」
「楽しかったぜ、ルゥーチェ。お前は最後の最後まで見届けて一番最後に来いよ。劇の主役は最後まで残るもんだぜ。わ、わかっているな、ルゥーチェ……。『ガッ』」
「待って、まだ私だって戦える! こ、こんなかすり傷ぐらい、どうってことない! 直ぐに動けるから、待ってよ。おねが『ガッ』……」
「ま、まだ何も始まっちゃいない! まだ何もしていない! それなのに、これで終わりな筈が無い! そうだろう?! ちが『ガッ』……』
「や、やめ――『ガッ』……」
「ああ――あ『ガッ』……」
「……『ガッ』……」
手の施しようのない重傷者八名を戦士達の園へと送る。
……手に残る鑿【のみ】と槌【つち】の響き。此れで、こいつらの首の後ろに致命の一撃を与えた。
傭兵団には、重傷者を連れまわしていくような余裕はない。
防衛契約地にあるホーム【拠点】であれば『一縷の望み』はまだあるが、ここは防衛契約地のホームではない。
帰路とはいえ行軍中であり、加えて闘いの跡地でもあるのだ。
魔獣の骸やらが散乱している劣悪な環境下で、『腑肉喰らい』も早晩現れることになる。
その上、糧食の都合もある。いつまでもここには留まれないのだ。たとえ重傷者を連れまわしたところで、煉獄のような苦しみの果てに生きながら腐り死んでいくだけだ。
慈悲があるのは確かに尊いが、手立ても無く見境もない慈悲は『単なる自己満足』だろう。実際、戦働きが長いとそのような場面に出くわす事も多い。思い出すだけでも『心が騒めき、ささくれる』ほどだ。
そんな思いは表に出さずに、亡骸を武神の礼に則り簡易的ながら丁重に葬る。
そして商会の残った積荷を回収して此の場を離れる事にした。
その日の内に離れた場所で宿営の準備を指示したルゥーチェは、副官を呼び寄せて別の指示を出す。
「ウチ等は様子を観に森に入る。お前らは、戻ったら出発するから準備しとけ。二日経ってもウチ等が戻らなかったら防衛契約地のホームに戻れ。ライラ、お前が指揮を執れ」
簡潔に指示を出しながら、腰元の剣を確認していく。
愛用のグレイブ【薙刀】は、森に立ち入るので置いていく。長柄の武器は森の中では如何にも使いづらいのだ。
その手慣れた一連の動作に、不安の色合いは微塵も感じられない。
それどころか、その心中には秘めたる決意が漲っていた。
冗談じゃねェぞ! ウチが見て語った夢は、いまじゃウチだけの夢物語ってわけじゃねェんだ!
ウチの夢を信じて乗った奴等を、次の夢を観る奴に渡さなきゃならねェんだよ!
ウチがここで、ちびって停まる訳にはいかねェんだ。
だが、あれは紛れもない脅威。
あれがなにかも判らず、看過して次の夢を観る奴に、あんな脅威を渡すわけにはいかねェ。
ウチが見定め、路を切り拓かないと……。
それにアレには、気に掛かる節があった。
アレ同士で会話していたようなのだ。
それのみならず、後から来たアレの掌に『ヒトらしき影』が乗っていたのだ。
ヒトらしき影が主なのか? もしかしたら……、話せるのかもしれない。
そんな淡い期待が込み上げる。
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そんな淡い期待を抱いていたウチが居りました……。
そんな馬鹿げた想いは、森の深部で無惨なまでに広範囲に散らばっている無数とも言える魔獣の骸を観て、影も形も無く霧散していく。
「な、なんだ、こりゃァ……」
誰が言ったのかは問題ではない。何故なら皆が同じ感慨を抱いていたのだから……。
うっぷ……。
眼に入って来る惨状と饐えた匂いで、嘔吐しそうになる。
実際、口元を押さえて蹲っている者もいる。
見渡す限り、粗びき挽き肉をぶちまけた様な惨状が拡がっているのだ。
信じられない事だが、森の掃除屋たる『腑肉喰らい』すら恐れをなして近寄ってこない。
なにせ体高で四メルトル大に達するであろうボブ・オークの頭が大木の枝に、ぶっ刺さり、虚ろな目でこちらを見ているのだ。その他にも臓物が樹々に引っ掛かり揺れていたり、下半身だけ立っていたりと、夢見の悪い形容しがたい光景が広がっている。
い、一体何があったのか? ……想像したいような、したくないような……。
この惨状を現出させたのが『あの巨人達』であるならば、話をするのは『やっぱり無理かもしれない……』と考えざるを得ないルゥーチェ。
もしかしたら……ウチもウチの夢も、この粗びき挽き肉のようになるのかと思うと、気が滅入ってくる。
すまん、ウチも吐きそう……。うっぷ……。
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《 Side:マキナ装甲機兵中隊 》
「第一目標の『あの糞猿』を討伐しました」
「ご苦労……と言いたいが、やり過ぎではないか?」
「ですが、あのエテ公……、あっちから逃げる時に……わ、私の大事なアル君に、ク、糞を投げつけたんですよ?! 当然の報いと考えますッ!」
普段の凛とした顔立ちから、激昂のあまり戦慄き【わななき】、目を据わらせながら口元を震わせて声を絞り出していく様を観るに、相当に業腹なのは理解できた。
だが、理解できない事柄もまた同時に持ちあがる。役目上、そこは誰何【すいか】しなければならない。
「そ、そうか……それは災難だったな。ところでアル君とは誰だ?」
「アル君とは、アルフォンスの事ですが?」
「そうか、それでアルフォンスとは誰だ?」
「はい? アルフォンスは私が搭乗している三〇七号機ですよ、中隊長も知っているでしょう?」
「……な、なるほど? あの方がアルフォンス殿でしたか……」
思わず敬語になってしまう中隊長。それほどまでに鬼気迫る不穏な思いが伝わってくるのだ。
「ところで、保護したあの『お嬢』はどうされたんですか?」
「残敵掃討後にあの『お嬢』を河岸で受け取り、合流して帰還しただろ。その後、本部にお招きして丁寧に事情聴取をしたぞ。まぁ、相当に疲れていたのか、なにやら惚【ほう】けていたがな……」
「無事で何よりです。連れていくのですか?」
「そうだ、なにやらラルキに訪ね人がいるらしいので、序でに連れていく事にする。ま、なんにせよ、人喰い猿野郎を討ったんだ、此れで本作戦は完遂された事になる。漸く帰還できるという事だ」
「了解です」
あの狂猿はイザヨイのある里を襲撃し撃退されると、シャンセオンのある村を襲い、村里の者を喰って逃げやがったのだ。更には逃げる最中にも里などを襲っている。ヒトの味を覚えた魔獣は、繰り返し襲撃を始めるので討伐は完遂されなければならない。
そのために、このマキナ装甲機兵中隊が出張ってきたのだ。
かつてなら追い払うのが関の山であったが、今では討伐という選択肢が俎上に上がるにまでなっている。
いままでの常識と現実は、ミンチ【粗びき挽き肉】になったのだ。
時代は、いま確実に変革の時を迎えている。
そういえばお腹が減ったな、今日のご飯なんだろ?
ハンバーグ【粗びき挽き肉焼き】が良いな!
筋張ったり堅かったりするお肉を、ミンチ【粗びき挽き肉】にする事で、美味しく頂くことが出来るようになったのだ。
やはり時代は、確実に変革の時を迎えている!
お読み頂きありがとうございました。




