75 未知への途
《 Side: アマゾネスト傭兵団 団長ルゥーチェ 》
少数の馬車列での移動とはいえ、徒歩のアマゾネスト傭兵団と共に移動をしている。そのため馬車列も、必然的に常歩【なみあし】での緩慢な移動となる。そうともなれば、結果的に旅程の予定も長くなるのは必然と言えよう。
まぁ、後々の事もじっくりと考えなければならない。時間の猶予が出来るのも特段悪い事ではないのだ。
そんな一見すると長閑【のどか】な馬車の中で、これからの予定というか旗揚げの算段をしていたアマゾネスト傭兵団団長のルゥーチェが、何気なく拾って収容し、籠絡して虜にした貴公子に「どこに行こうとしていたのか?」と問いかけた。
そんな何気ないある意味では『当然の問い』に返ってきた応えと言えば、思いもつかないほどの最低の選択肢であった。
「な、なんだとッ、いま、なんと言った?! あ……ンン、失礼。いま、なんと仰られましたか?」
「寄留先は……。いや、言葉を取り繕うのはやめよう。逃げ込もうとしていたのは皇帝領だ」
「こ、皇帝領だとッ?! (なんてこった!? よりによってあの皇帝領だとはッ!?)」
語調と言葉遣いを正して言い直すも、塗布された鍍金【ときん/メッキ】は脆くも剥げ落ち、再び剥き出しの地金が見える語調が現出すると共に、思わず己の額を掌で押さえてしまう。
縁戚を頼りに、どこかの大領、最悪でも中程度の領地に逃げ込む……、んん、来訪するかと思い込んでいたのだ。
政争だか跡目争いだかは未だ不明なれど、争いになる位には『旨味が在る』はずと考えるのは必然だろう。
そしてそんな『旨味』を抱えるほどの貴族ともなれば、それなりの貴族なり豪族と婚姻を通じての親戚付き合いが在ると考えるのも必然だろう。
だが、それが選りによって縁を手繰る相手が皇帝領にいる者だとは……。
いや、確かに皇帝の居られる帝都に居を構えられる縁戚筋の者がいるということは、この公子の家門は見立ての通り、それなりの大身【たいしん/身分が高い人】であり、名のある一門ではあるのだろう……。
だが、帝都にいるその御仁が真面である保証がない。それどころかこの公子の家門内では厄介者扱いで、帝都に配流された可能性の方が高い。
確かに、実情という要素を度外視すれば、皇帝領という名はそれだけでも最上ではあるのだ。 ただし実情という要素を加味すれば、文字通り『名前』だけの存在となる。そんな帝都に居を構える、もしくは構えさせられている、言い換えれば押し込められている者を頼って落ち延びるだと……。
「失望したかな? だが私とて、このまま零落【没落】するつもりなどないぞッ! 必ずや、必ずや盛り返して見せる!」
苦笑いを浮かべている公子をみるに、皇帝領が如何なるところかは、それとなくは知ってはいるのだろう。
だが、ウチから言わせれば、正に『知っているだけで理解しているとは言い難い』としか云い様が無い。
たった一回ではあるが、皇帝領には護衛任務で赴いたことがある。そこで得た感触だが、あそこは……、云うなれば『時間が停まった世捨て人の掃き溜め』だ。
同じく内情を見聞きした者の世評と云えば『既に潰えた栄光にしがみ付き、幻想に耽溺している』という評で一致している。
しかも皇帝領に押し込まれた歴代の皇帝たちは、そんな気鬱な実情を変えようとして現実にぶつかり、諦め、そして己も幻想に耽溺し無聊を託った【ぶりょうをかこつ/暇を持て余す】と言う。
いわゆる――『曰くつきの御領地』――ということだ。
そんなところに向かっていた公子を拾ってしまった自分達アマゾネスト傭兵団が、果たして『幸運に恵まれているのか、不運に塗れているのか』、この段階では判然としなくなってきた。
だが、皇帝領に逃げ込もうとしていた事が先に知れたという事は、まだウチの幸運の流れは尽きていないはずだ。
ここまで来たら、そう信じるしかないッ!
「……(それにしても、「必ずや盛り返して見せる!」と、大見えを切る気概があるのは良いが、言うなればそれだけだろう。志だけで大成できれば皆が大成できるからな。まぁ、そんな感慨に耽る事よりも、ウチ等としてもまずはするべきことをしなければな……) オイッ、今日はここ迄だッ! 何処か適当なところで停めろ!」
予定していた移動距離よりはだいぶ短いが、二重の小窓を開けて御者役に停車の指示を出す。
次いで側面の小窓を開けて合図を送り、偵察を出していく。
四方に散らばっていく兵達を見送りながらも、ウチの算段は今の段階で概ね決している。
皇帝領への旅程ともなれば、まだかなりの距離がある。
それにしても……この貴公子殿も、よくもまぁ、あんな小勢で皇帝領まで逃げ込もうとしたもんだ。
良いのか悪いのか、この公子様は容姿だけは人並み以上に優れているのだ。そんな者が人狩りの輩に襲撃され捕まろうものなら、飽きるまで散々に弄ばれた挙句に、舌を焼かれて花街に男娼として売り飛ばされるとは、考えないのだろうか?
いや、まぁ……冷静に考えると、うち等も似たような事をしているような、していないような……。
……そ、其処のところは深く洞察しないでおこうか。
なんにせよ胆力があるのか、世間知らずなのか、ただの阿呆なのか……、いまの段階では判断のしようがない。
そんな貴公子を見限るにしても、擁立するにしても、策を練るために先ずはウチ等の防衛契約地【ホーム】に戻らねばならないだろう。
今回の戦働きの従軍契約は果たされており、報酬もすでに受け取っているのだ。後はできる限り早期に防衛契約地【ホーム】に帰還する必要がある。帰還予定日から十日間ほどのズレが生じても然して大過は無いが、これが数カ月に及ぶともなれば大問題になる。
防衛契約地【ホーム】としても防衛力の低下は否めないのは当然ではあるが、主に私らアマゾネスト傭兵団にも危難が降り掛かる事になるッ!
勝手に防衛契約を破棄し契約地からの離脱ともなれば、傭兵国から追討団が派遣されてくる。
一度や二度の追討団ならば抗し切れるだろうが、こちらが磨り潰されるまで鯨波の如く派兵されてくるのだ。傭兵団を解散し逃げようとしても、それこそ文字通りに、草の根を掻き分けてでも探し出して始末されることになるのだ。
傭兵国としても『実績の看板』を掲げ、『信用第一』にして『いつもニコニコ現金払い』でもある傭兵仲介・派遣業なだけに、そこら辺の手抜かりは無い。 安心と信頼の顧客対応【アフターサービス】ぶりで、お客様への補償も当事者の傭兵団への制裁も万全だ。
もっとも、このような苛烈な対応は、難儀なお客様へも向けられることになる。
例えば報酬を踏み倒した街は、以後の契約が出来ずに無防備状態に等しい事になる。より悪質な場合などは、うっかり攻め滅ぼされる事すらあるのだ。
悪質な事例として街が灰燼に帰した実例が示されているので、近年は迷惑な客は、めっきり減っているというか、いなくなった……。
反面で傭兵団側への制裁は厳しくなっており、事実、逃げた傭兵団が全滅させられた事例など枚挙に暇がないほどだ。
ウチが知っている事例でも二件あるが、そのうち一件にはウチ等【アマゾネスト傭兵団】も追討隊として参加していたから、よく知っている事柄だ。
そんな事を考えながら、外に視線を流す。
どうやら森の際に停車しつつあるようだ。
森には入らず、かといって離れ過ぎずといった場所だ。
そんな場所で宿営の準備をしていたところに、森側に偵察に出ていた者達が戻ってきた。 だが一様に、怪訝な表情を浮かべている。
「……おい、どうしたんだ? なにかあったのか?」
「ルゥーチェ。なにかおかしいぜ? 森が静かすぎる……」
「あん? 静かすぎ――「ザザザ、ガササッ!」――なんだ!?」
音がしたかと思うと、文字通りになりふり構まずと言った態で、森の中から全速で馬車が転び出てきた。
「なんだと?!」
突然の事で皆が呆気に取られてしまう。
確かに森から馬車が出てくることは、稀によくあることではある。
そして、その馬車の後続に魔獣やらが追走している光景もよくある状況ではあるのだろう。いわゆる襲撃されている状況という奴だ。
だがだ、いま、ウチ等の目に映っている光景と云えば、その魔獣やらが馬車を襲撃する事も無く、並走して逃げているという光景だった。
……こいつは、今までに見たことの無い光景といえるだろう。
見慣れない光景に理解が追いつかずにいると、急に馬車が方向を変えて此方に向かってきた。
「ゥん? ……彼奴等、何故こちらに向かってく……、くそ! こっちに擦【なす】り付けるつもりか?! 舐めやがって!」
恐らくは危険を察知して森の中から飛び出て来た獣やら魔獣の群。
そんな獣や魔獣が危険を脱すれば、今度は近くにいる餌を狩ろうとするのは必然ではある。そして、その餌として認識されるのは並走する馬車であろう事も必然ではある。
一方で馬車側としても、『はい、そうですか』と健気にその身を魔獣やらに供するつもりは当然ながら無い。
かといって護衛の戦力も心もとない現状に憂慮していた所に、身代わりになりそうな集団が近くにいたのだから、利用して【擦り付けて】やろうと考えるのは当然なのかもしれない。もしくは可能性は限りなく薄いだろうが、単に援けを乞うために転進したのかもしれない。
どちらにせよ、ウチ等としては『同意も納得もしてはいない』のは言うまでもないのだが……。
おそらくは、ウチ等に擦り付けて危難を逃れようとしているのだろう。
唯々黙して猛然と此方に向かってきているのが、その証左だ。
だが、このような『擦り付け』行為は、道義的にも法理的にも重大な罪科であり、厳罰に処せられる事案ではある。だが、如何せんこのような行為が行われる状況と云うものは、大概の場合は人目につかない状況下で行われるのが常であった。
そして被害申告を行う者がいなければ、犯罪は露見しないのだ。
言い換えれば生き証人が居なければ、詮議もまた行われないのが常となる。
そしてこのような事は、誠に遺憾ながら『稀によくある行為』ではあるのだ。
だからこそ商人たちは財貨を持ち寄って、集団での大規模隊商を組む事が多くなる。人数が多ければ護衛も多く雇える。加えて文字通りに採れる策も多くなり、結果として生存できる見込みが大きく跳ね上がる事になる。
一方で、そのような隊商にも参加できない小規模商家や行商を始めとする零細商人は、編成される大規模隊商に少額を払って付かず離れずで追走していく事になる。たしかに歓迎される行為ではないが、黙認はされている。
彼の者達のような小規模商家や行商を始めとする零細商人が、各地の村落やらに物品やらを納める事で商圏が維持されている側面もあるからだ。
もっとも大規模隊商側には護衛義務までは無いので、揉め事などには不介入だし、助けもしない。最悪の場合には、襲撃時などでは彼の者達は囮役として公然と見捨てられることになる。
大規模隊商側から観れば『万が一の際の生贄が存在』している事になり、小規模商家や零細商人側から観れば『隊商に付いていく事で安全の見込みが上がる』という利点がある事になる。
総合的には一応ではあるが、両者の利害は一致してはいるのだ。
まぁ、ここまでは少なくとも合法的に商いに従事する者達と言える。
対して非合法な商いに従事する者達もいる。密輸商人やら非合法品を扱う商人なのだ。この手合いは概して高利益の商材を扱うが、其れに比して危険度合いも格段に高い。
官憲の追及や同業者や競合者からの介入を避ける事は勿論の事であり、そのため公然と大手を振って街道を行き交うことは出来ない。
人目を憚り裏街道を通る事や夜間の移動などが多くなるのは必然であろう。もっともそれ故に真面な商隊なら本来は経験しないであろう様々な障害が降り掛かって来ることになる。例えば今回のような獣や魔獣の群に遭遇するとかのようにだ……。
さてこいつ等は、いったいどちら側の商隊なのだろうな?
真っ当な商人側か、それとも裏側の者達か……。
裏側の者達なら話は簡単だ、単に討ち取れば良いのだからな。
もっとも堅気の商人だとしても、ウチ等に対して『擦り付け行為』を働いたのだから穏便に済むはずがない。提示される手打ちをするための条件次第では、亡骸となって森に消えてもらう事になるがな。
お読み頂きありがとうございました。




