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72 舞い踊りし者

 《 イザヨイ領本宮の近接地 》



 やたらと軽快かつ軽妙な音楽に載せて、マキナ装甲機兵が五機一組で舞い踊っている。

 そして、そんなマキナ装甲機兵の前に広がる広場には待避壕が掘られ、その壕の中から幾人ものドワーフ達が鋭い目つきで点検表に目を通しながら、マキナ装甲機兵を見つめていた。

 ほんの少しの異常をも見逃さない眼光であったが、その手や足、時には身体自体が僅かに音楽に合わせて律動している。


 そしてそんなドワーフ達のそのまた後方では、舞台で舞い踊り歌唱を披露する妙齢の娘達。

 更に彼女たちに幾十倍はいるであろうたくさんの観衆が音楽に合わせてノッている。

 当然ながら露店もまた営業し、そのいずれもが活況を呈していた。


 一曲終わる度に、大歓声が上がる不思議な光景が繰り広げられている。

 ある種の生演奏の会場のような雰囲気と、祭りの様な喧騒が繰り広げられていた。

 それは、当然と言えば当然なのかもしれない。

 妙齢の娘達が凛々しくも華やかな服装を身につけ、 曲調によってはキレッキレッの動きで舞を見せたり、かわいらしい動作や剽軽な仕草、軽妙な動き、時に微かな色香漂う仕草を披露したりと、実に多彩な踊りを見せたり歌唱をしたりしているのだ。


 しかもそんな多彩な動きを、後方の地でゴツイ甲冑姿のマキナ装甲機兵が、舞台で舞い踊る娘達の動きをそのまま準【なぞら】えて、忠実に再現している。


 また聞こえる曲調自体も、この殺伐としたご時世にやたらと耳に残るPOPな曲が多い。 正確には今までに聞いたことの無い新たな曲調であった。


 加えて、此れ以上のパフォーマンスは望めないレベルに達している舞踏【ダンス】。

 それらを併せて、単騎【ソロ】、二機一組【デュオ】、三機一組【トリオ】、四機一組【カルテット】、五機一組【クインテット】、時にはもっと多くの編成【グループ】で舞い踊るのである。

 もはや余興としては最高レベルに達しているのだから、大当りしない訳がなかったのだ。


 これらの余興は違う世界の事情を識っている者が観れば、航空ショーのような催しとも、総合演習とも閲兵式とも、音楽フェスティバルとも言ったかもしれない。


 事の発端としては、起動試験のためにイザヨイ宮の外で片膝を着いて駐機状態にある複数のマキナ装甲機兵にあった。

 そんな機体群が、起動試験として号令一下、突如として揃って踊り出せば、一体何事かと思うのは必然。

 更に音楽まで聞こえてくれば、余興として見物人が出始めるのも、また必定。

 そしてマキナ装甲機兵もまた生産は順調であり、結果として結構な頻度で起動試験が行われることになる。


 またマキナ装甲機兵の起動試験を目当てに出店も出始め、仕入れの関係から日時の問い合わせが殺到したことから、開催日時? まで告知されるようになり、余興として恒例行事化していたのだった。


 そんな演目の全景を観ながら、憂いと諦観に満ちた表情で、嘆息交じりに如月弥生は呟いたのだった。


「文字通りのロボットダンスですね……」

「クっ、フッ……。んン……失礼した」


 虚を衝かれて、思わず僅かに笑いが出てしまう天音詩織であったが、笑ってしまったことを謝す。


「いえ、私も困惑しているので……。ちなみに由緒正しい? ロボットダンスもできるのですが、不気味だと大変に不評でして……」


「ロボット【マキナ装甲機兵】が、ロボットダンスを踊るのか? 機巧【からくり】が普通に舞えるのに、あえてロボットダンス【機巧舞踏】を舞うという奇行……。それは確かに五百年ほど早いであろうな……」


「ええ、起動・動作試験項目の確認のためにラジ……オっと失礼。レギオン体操組曲もあるのですが、試験運用者や監督者から飽きるとの申し出がありまして、振り付けを覚えてもらい余興がてらに舞わせたら、大変に好評でして……。それを観ていた市井の皆さまから、次の開催はいつなのか? と問い合わせが来たのですよ」 


「まあ、そうであろうな……。弥生よ? 確認するが……狙ってやっているのではなく、あくまでも偶然なのだな?」


「ええ、全くの偶然です」


「そうか……、偶然……か……」


 胡乱な視線を、歌をノリノリで歌いながらも舞っている歌劇団に投げかける。

 ほんとうに偶然であろうか? という言外の意がその視線には含まれていた。

 拡声器に、投光器、録音盤に再生機と言った音響設備一式は必要もあって、如月弥生と天音詩織が案を出し、開発と実用化にシャーリンとドーネッツが参画している。


 もっともシャーリンとドーネッツでは、その反応がやや違っていたが……。


「世界が変わるのではない。世界を変えるのですッ! いまこそ、その刻! 始まりが初まる!」と宣【のたま】っているのはシャーリン・エルザードであり、その感情の昂りからか握り締めた拳【こぶし】は震え、またその眼を怪しいほどに爛々とさせている。


 その一方でドーネッツ・グラインは……

「ふひッ! ふへへ! あー~~、鼻血がァ~~出たかァ~~。なんかわからんが、最近、食欲はねぇんだが、気が漲って仕方がねぇぜ! もっとも飯を喰う時間もないがな! ガハハ、うぐ、ゴホゴホ。おっと、いかんいかん、手が停まってしまったわい! ヌハハァァッハハハ!」


 それは最後の輝きを激しく灯す蝋燭【ろうそく】のようであり、何か儚げな陽炎のようであり、幽鬼的な雰囲気さえ漂っている。


 周囲の者達もさすがに危惧したのか、強制的に休暇を取らされることになるが、その際に「え~い、離せ! 世界が儂を待っているのだ! 離さん グゲッ……」と抵抗する始末。 見かねたハンゾウが当身を喰らわせて、気を失ったドーネッツは私室へと監禁される仕儀となったのだった。

 初めの幾日かは、その自室の扉をも蹴破らんほどに荒れており「仕事をッ! 儂にもっと仕事を~~ッ!」との声が漏れ聞こえていたが、日が経つにつれ落ち着きを見せていく。

 もっとも、そっと静かに様子を観に来た者に、「おい、ワシにペンと紙を寄こせ。……良い案が降りて来た」と言い出す始末であり、復調するまで監禁は継続されることになるのだった。


 そんな様子を報告された政務会では「丸々一日戦えますか? 可能です。では丸々七日間戦えますか? 不可能です」と真顔で言った如月弥生の言説を思い出されていた。

「な、なるほど……、これが弥生殿が言っていた仕事中毒【ワーカホリック】……。お、恐ろしい」

 大なり小なりとはいえ、このような惨状を遠目で観た者達全てが抱く共通の認識となり、労務管理の意識が漸く根付く契機ともなった。



 そんな四方山話【よもやまばなし/雑談】を、詩織は聞き及んではいた。

 だがそんな四方山話【雑談】と、弥生からの明るくノリの良い楽曲提供の要請が結び付いていなかった。そのため弥生からの強い要請に応じて、覚えている楽曲の中からノリの良い幾つかの曲【主にヒットしたアニメソング】を提供をしたのだ。

 だがしかし、楽曲提供はしたが、このように活用するとは想定していなかった。

 てっきり座敷童【ざしきわらし】らしからぬ行動力を持ち合わせる如月弥生が、領内各地を巡察する際の鼻歌にでもするか、入浴時や、どんなに想定外でも酒宴の席での余興としての歌唱ぐらいのものだろうと、軽々に考えていたのだ。

 それが、まさかマキナ装甲機兵の動作確認目的での舞踏【ダンス】用だとは、想定の斜め下である。

 想定していれば、それは予測となり、予測できれば対策もできる。

 だが想定できない事態は、まさに事故とも言える事態。

 事故なのだから、当然に想定できない事とは言え、此れは……


「う、う~む……、しかしこれは……」


 詩織が想定した状況は、先ほども言ったように、あくまで個人使用である。

 それが、なぜかダンス付きの大規模コンサート……もとい、マキナ装甲機兵の試験項目での使用となるのか……。

 まさに『想定外の目的外使用?』とも云うべきこの状況。

 なぜか『謎の敗北感』に苛まれる。


 そんな『謎の敗北感』に打ち拉【ひし】がれる天音詩織であったが、会場は大いに盛り上がっていく。

 そして、そんな活況は大いに伝播し、会場の観衆はより一層高揚感を掻き立てられていく。


「きゃ~! カリナちゃん、かわいい~~!」

 野太い声も混じる黄色い歓声が飛び交い、様々な感情も交錯していく。

 

「あ!? いま、俺にウインクしたぞ!」


「あん? お前はなに勘違いしていやがるッ? あのウインクはこの俺に向けたんだよ!」


「ふぅ~~、やれやれ、もてない奴はツライね……。幻想に……妄想に縋りつくしかないとはね。いいか、あれは俺に向けたんだよ!」


「「はァ――~~ッ?!」」


 ある種の不穏な雰囲気が漂い始める、あくまでそれは極々一部に留まっていたが、別の観客のある一言が、その場に大きな波紋を投じた。


「ああァァ――~~! ルナちゃ~~ん、おれを、俺を抱いてくれェェ――~~」


 その語を聞き咎めたある者は、感情を排した一言を呟く。


「滅」


 絶対的に危険な薫りを放つ語を呟いた者の額には、忍び鉢金【はちがね】が巻かれ、そこには【親衛隊】の語が、何者にも屈しないという意気込みと共に大きく刻まれていた。

 彼の名は、親衛隊隊長。

 またの名を第二マキナ装甲機兵団副長。ノリスの副官。

 そして……いま歌唱をしている歌姫達の中央に立つ女の子の父である。


 そんな彼の一言を受け、影が動く。

 問題発言を行った件の者は、その会場から静かに消えた。

 だが、存在まで抹消されてはいない。

 ただし「教育してやるよ」という一言と共に、陰で鉄拳制裁を受けてはいたが。


 親衛隊隊長と隊員達はこの後に行われる『秘儀』の前に、その手を穢すわけにはいかないのだ。

 だからこそ彼の者は生存を許されたのだった。

 まさに僥倖の一言である。


 そして遂に『秘儀』が厳かに行われていく。

 その秘儀の名は、――握手会――。

 歌って踊れる聖女の御手に直接触れ、聖言を賜る秘儀である。


「戦いに携わる皆様に、敬意と感謝を」

 聖女は……、否……女神はその御手を自らの左胸に軽く置きながらカーテシー【膝折礼/片足を斜め後ろに引きながらもう片方の膝を曲げて背筋を伸ばし挨拶する】をして御言葉をおかけ下され、 その輝く太陽のような、そして温かい慈愛に富む笑みを賜られた。


 ――護りたい、その笑顔――


 そんな言葉が、ふと胸に去来する。

 そして親衛隊隊長と隊員も一言ご挨拶と握手という栄誉に浴していった。


「が、頑張ってくださいッ! ウォえん【応援】してます!」

 親衛隊の若い隊員達は緊張と共に高揚しているのか、声が上ずり語調がおかしい。


「クスッ、ありがとうございます!」

 そんな若者に対して、更に若い歌姫が丁寧に応じ、握手と共に数言の会話を交わしていく。 

「おれ、もう一生……手を洗わない」

 ある親衛隊隊員の談である。


 もっとも、そんな親衛隊隊員もその日の食事時なり入浴時には、手を洗わねばならなくなる。

『一生、手を洗わない? お前、そんな不衛生な手で、天女達の御業の栄誉に浴するつもりなのか?』と諭され、『ハッ?!』と気が付き、血涙を流しながら手を洗う事になったのだった。

 それは、聞くも涙、話すも涙、観るも涙の物語……というか風景ではあったが、その一方で幾人もの親衛隊隊員が同じことを繰り返す恒例の風景……というか試練でもあった。


 なんにせよ、非常に『厳か』かつ『清廉』な挨拶が交わされ、恙【つつが】無く握手会は進行していくが、時折行われるカーテシー【膝折礼】に、歓声が上がっていく。


「くゥ――~~、クわァいい【かわいい】イイィィイイ~~よ~~!」

 偶によくある頻度で奇声が混じっているが、常識の範疇には収まっている。

 だが、やはりというべきか、目算を誤り間合いを見誤る者は、どうしても現れてしまう。


「ァああァァアア――~~! リュティちゃん~~、ぼくの、ぼきゅの御嫁さんになって、子ど――モが? グげェッ!……」


 歓声が轟く中でも、問題発言を聞き咎めるや無言で合図を送り、速やかに対応と処置が実施されていく。


「大事なのは間合い、そして見守る心。

 心に欲望があるうちは……危険だな……」


 既に確定された結果に視線を送ることもなく、独り言【ご】つ。


「対象を鎮圧、無力化を確認。

 戦闘力1、行動パターン、錯乱。

 獣【けだもの】でした。

 脅威度は0で推移。

 現在、調教中です」


「うむ、大儀である。諸君、我らは親衛隊。水も漏らさぬ鉄壁の布陣にて、御守りする。そうだな?」


 確定した結果を保障する報告を受け、同志の功を労いつつも、眼光鋭く決意を新たにする。

 不埒なる者は何処にもいるのだ。

 だからこそ、聖女であり天女であり女神でもあるあの娘達の御心と笑顔を、曇らせる訳にはゆかない。

 護らねばならぬ、その御心とその笑顔をッ!

 返す返す【かえすがえす/繰り返す】も、如月弥生殿の言にあった――『勝って兜の緒を締めよ』――とは、誠に至言であると痛感する。


「異論なく、反論なく同意ッ!」

 鋭い気迫と共に紡がれる静かであるが『力』が伴う親衛隊隊長の声に、親衛隊副長は耳を傾け真意を汲み取り、全面的に同意する。

 そして、やおら振り返り、号令を発した。


「同志諸君、心得復唱!」


「――清く、正しく、美しく。

 素早く、楽しく、逞しく。

 優しく、気高く、勇ましく。

 貴殿に良し、俺に良し、皆に良しッ!

 筋を通して、ピッと凛々しく上機嫌!――」


 いま正に、親衛隊隊員の心は『一つ』であることが示された。

 

「これぞ、親衛隊の心得なればッ!」

 それを受けて、親衛隊副長は満面の笑みを浮かべ声高に宣言する。


「うむ、同志諸君。完全に完璧に同意する。我ら親衛隊の鉄則は不変であるッ!」

 親衛隊隊長もまた感慨無量の面持ちで応える。


「然り」「然り」「然り」「然り」「然り」「然り」

「然り」「然り」「然り」「然り」「然り」「然り」


 親衛隊は、謎の結束を示していく。

 また周囲の観客も「もっともだ」と同意しているのであった。


 そんな結束を誓い合う結団式が厳粛に行われている中で、舞台から降りて来た歌姫達がその歩を親衛隊に向けて近づいてくる。


「あ、父さん! どうでした、いまの新曲!」

 舞踏しながら一曲歌うのはかなりの運動量になるのか、頬をやや上気させながらも朗らかに声を掛けてくる。


「う、うむ。み、見事なお手並み」


「もう、やだぁ~~! 見事なお手並みって、武術じゃないんだから、もっと楽しんでよ!」 


「あ、いや、その……な? ほら、判るだろ?」


「んもう、判んないよ! あ、だけどノリノリだったのは判ったもんねぇ~~、舞台から観えていたんだ!」


「そ、そうなのか?! いや、確かに良い曲だった!」


「そうでしょう! 私も気に入ってる!」


「あ、副長! 見に来てくれたんですね! 嬉しいで~~すッ!」


「え、副長がなんでいるの?! えッ、はァ~~? ルナの親父さんなの?!」

 他の4人も近づいてきて各々に声を掛けるが、様々な反応もあり、場の雰囲気はとても新鮮で華やかである。


「け、警備だ! そう、警備! これは警備!」


「ふ~~ん……、その忍び鉢金【はちがね】に親衛隊って彫ってあるけど?」

 目敏く彫金された文字を読み取り、容赦のない鋭い一言が放たれる。


「き、木を隠すには森の中に隠す。郷に入れば郷に従うのが、警備の心得なのだ! そもそも警護の心得とは――」

 多弁にして雄弁なれど、その声調から動揺しているのは明白であった。


「なるほど? (まァ……及第点かな?)」 

「ふ~~ん? (そういう事にしておくかなぁ~~)」


 苦しくも微笑ましい弁明をするルナの父に、五人は多種多様の疑念混じりの応えを返しながら、一応は納得した『振り』をしておく。

 深く追求しないのが『デキる女子の嗜みである』と心得ているからだ。


「――となるのだ。つ、つまりは諸君の歌唱と舞踏は厳重な警護を敷くに値するということだな。かような見事な歌唱と舞踏を幾度も披露するともなれば静養もまた必要となる。したがって原隊復帰後に一日の休暇を課す。休養し英気を養うように!」


「ハッ! 原隊復帰後に一日休暇の任に就きます。副長の配慮に感謝します!」


 女の子五人組の歌唱団は一転、目付きが鋭くなり、副長に敬礼し復唱する。

 彼女達は五人組の歌唱団ではあるが、同じく第二マキナ装甲機兵団の所属する操機士【パイロット】でもあったのだ。


 そんな舞台の上では華やかに、そして時に賑やかに、転じて任に就けば、凛々しい面持ち。

 そんな緩急が付いた印象的な五人の娘達に憧れる者達が、大勢いた。

 この後、入隊の勧誘が厳かに執り行われていく。

 当然ながら、勧誘担当官は満面の笑みを浮かべていた。

 歌唱も間近で聞け、任務も果たせる。これぞまさに役得!

 感無量であり、ご満悦であった。


 ・

 ・

 ・ 


 そんな平穏な日常の一方で『非常に』というか『異常に』盛り上がり活況を呈している会場では、熱狂に浴する者達の他に、顔色が青を通り越して白くする者、眼前の催し物を観て、その眼を白黒させて動揺する者達もまた多くいた。


 彼ら彼女らの一部は『公然諜報員』であり、そんな『公然諜報員』を巷間【こうかん/世間一般】では『外交官』と呼び習わす事とされている。

 そして、そんな彼ら彼女らに幾倍するほどの同行してきた商人や秘密諜報工作員もいる。

 正に海千山千の経験と経歴を持ち合わせる者達ですら、何故に歌唱なのかと困惑し、その舞台の後ろで整然と踊るゴーレム群という現状を理解すると動揺した。


 なぜなら機体の前で歌って踊っている者達が、まだまだ年若いと言える女子【おなご】であったからだ。

 踊っているから、驚いているのではない。

 彼女らが機体を遠隔操作していることに驚いているのだ。

 此の遠隔操作が驚異と言えるともいえるが、其れよりも脅威なのが年齢に左右されないという点である。


 経験を積んだ熟練の戦士が、その最盛期に在る期間は思いのほか短い。

 どうしても齢を重ねれば、否応なしに体力が落ち始める。

 頭の中で思い描く動きと、実際の身体の動きがどうにも一致しないのだ。

 ほんの僅かとはいえ、どうしても差異が出る。

 つまりは身につけた戦技と、その戦技を使いこなすはずの身体能力に齟齬が出始め、最終的には体が、体得したその戦技に追いつかなくなる。

 だがそんな体力面に不安が出始める熟練の戦士が、機体に搭乗し戦いに赴くとなれば、どうなるだろうか?

 たしかに精神的疲労はあるが、体力的疲労は相当に軽減されるのではないか?

 しかもあの機体とやらは、思い通りに動けるらしい。

 しかしながら体力的疲労は相当に軽減されるからと言っても、永遠に搭乗が出来る訳ではない。

 それでも熟練の者が数年とは言え、兵役に就ける時間が伸びるというのは無視できないほどの影響が発生する。


 なにせ、殺しの業【わざ】というモノは、そうそう体得できるものではない。

 それと共に殺しの業【ごう】も同じく、そうそうに乗り越えられるものではないのだ。

 新兵が一般兵に為り、熟練兵になるまでには心身の訓練が必要であり、その訓練には『時』が必要となる。

 そんな熟練の戦士の『戦士でいられる時間』が数年とは言え、確実に伸びるのだ。


 もっとも、加齢による身体能力の低下はある程度は度外視できるが、反面で今までに経験した事の無い加速度という未知の力に、搭乗した熟練の戦士達は苦慮していた。 さすがの外交官達も、そこにまでは考えが至っていない。

 これは一概に外交官達の見識不足に起因するとは言えないだろう。

 なにせ加速度を感じるほどの急加速を行う物に騎乗することなど、滅多にないのだから。 確かに竜騎士はいるが、あの職種は超が付くほど希少。それ故に、普通は存在しない者と考えるが普通である。


 また、既存の兵種にはないマキナ装甲機兵という新たなる兵種である以上、全員が操機士として『新兵』と言えるのだ。

 そうであれば、適性が合えば経験を積んだ者が操機士の先達として、後に続くも者への礎となれる。

 そして己の戦技を伝える事が出来る、己の経験を教える事が出来る。

 『その猶予が与えられるのならば……』と、熟練の戦士達も志願が増えていく。

 そんな熟練の戦士を集めて戦技を研究する通称、――『戦技研究隊』――と、戦技を伝授する通称、――『教導団』――が結成されたのは、また別のお話である。



 なんにせよ、ここまで来るともはや『年齢』や『名門の血筋』、『既存の枠組みの中での才能』といったものよりも、新しいモノに対して、どれだけの順応性があるかが問題になってくるのではないだろうか?


 そんな考察を、公然諜報員である外交官や秘密諜報工作員、それらに幾倍する見聞する事を依頼された商人たちは冷徹に行っていく。


 ・

 ・

 ・


 そしてそんな冷徹に分析した結果を、報告書に『記す者達』と『記さない者達』に分かれたのだった。


 報告書に記した者達は、己等が属する組織や国の行く末を憂いた。

 信じられないからといって虚偽を記せば、判断を誤り、延いては舵取りをも誤るという事を知っていたのだ。

 判らないことは『判らない』と書き記し、判る者を送ってほしいとも書いた。


 もっとも、それらの報告を受け取った組織や国元もまた、対応が分かれた。

 取り込まれたと断じられ、糾弾の挙句に僻地に左遷される者がいると風の噂が流れて来たかと思えば、かたや、昇進し、続いて派遣される親善訪問団に同行する者などもいる。


 一方で報告書に記さなかった者達は、己等が属する組織や国の行く末ではなく、己の立場を優先させた。要は保身に走ったのだ。

 下手な事を書き記せば、己の地位が危ういと考えたからであった。

 そのため、イザヨイ宮や諸宮のみならずラルキ王国や旅程の途上にあった諸国を悪し様に罵倒し、自国の優越性を誇張していく。

 国元にとって心地よい捻じ曲げ曲解し加工された『歪んだ事実』と、上層部に対しての耳障りの良い阿諛追従【あゆついしょう/相手に気に入られるように、阿【おもね】り諂【へつら】う事】に彩られた甘露の如き報告を挙げるという仕儀に及んだ。 自国や己の属する組織への美辞麗句と際限のない空虚な礼賛。

 愛国者の仮面を被った偽善者は、それが最終的には破局に続く道だとも知らずに、緩やかに静かに、己等が属する組織や国を慢性的に虐げていく。


 『耳障りで望まない報せ』だからといって、それを挙げなければどうなるであろうか。

 例えば子等が、――『学びたくないと言うのであれば、学ばなくとも良い』――ともなれば、その子等はどうなるであろうか?

 それは愛情の仮面で覆い隠した緩やかなる虐待ではないのか?

 そんな緩やかなる虐待を続ければ、『個』ですらも憂うべき未来が到来するのだろう。 但し、破局を迎えるのはその子自身と周囲の極少数だろうが……。


 翻って、『集』たる国や組織ではどうだろうか?

 同じく憂うべき未来が到来するだろう。

 それも、破局ともなれば数え切れぬほどの骸を晒すことになる。


 そんな甘美な薫りを伴う悲喜劇が、幾度も各地で繰り返されていく。

 結果、敵対しているかさえ不明の相手【諸国や各組織】を侮り軽んじた挙句、攻め込むための大義名分を探し求めて、神に寄り添う演技をする国々や組織、周辺国を焚きつけ野心を煽る国々や組織、近隣諸域を強談威迫する国々や組織が現われはじめた。


 戦雲が立ち込め諸勢力が蠢動を始めていくなか、各戦地に赴くその陣頭には、先ほどの愛国者の仮面を被った偽善者達が立っていた。

 彼ら彼女らは、その深い洞察力を評価されると共に、その『優秀さ』から先陣の名誉を賜ったのだ。 だが、そんな彼ら彼女らに出来たことと言えば、恫疑虚喝【どうぎきょかつ/内心は慄きながら、虚勢を張り相手を脅す事】という名の虚飾に満ちた舞踏を、文字通りに命を懸けて披露する事しかできない。


 そして、その様な稚拙な舞踏を武闘派の相手に披露すれば、如何なる災禍が降りかかるかは……言わずもがなではあるが、それはまた別のお話でもある。

お読み頂きありがとうございました。

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