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71 焔は炎より出でて赤より紅く、紅蓮の如し

第70話の補足説明回となっております。

 《星光聖教会 ティナ・ライデル総主》


 フゥ~~……。

 机の上に積み上げられた書簡を見ながらも一息つく。

 ついでにアリシアの淹れてくれた茶を口に含み喉を潤しながらも、様々な方面から送られてきた書簡の内容を思い出していく。


 ご機嫌伺い・挨拶状・寄進の申し出・神官の派遣要請から、脅迫文・恫喝文・強要文まで各種取り揃っている。

 あらゆる文例が揃っているとも言える現状だが、どちらかと言えば良い反応、好意的反応の方が多い。

 それもこれも教皇庁へと二度にわたり、『親展の文』を送ったことに起因する事なのです。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 事の始まりは、剣聖の天音詩織様に、私の意向【新たなる教会樹立の方針】をお伝えしたのですが、その際に光神教会との関係を如何したらよいのかと相談した事にあるのです。


 結果、イザヨイの如月弥生殿と詩織様が文面を練りあげてくださり、私も出来上がった試案を拝見致しました。

 私とて、そうそう繊細かつ機微に富む交渉事に精通しているわけではありませんが、あのように丁寧に淡々と当て擦った文面は見たことがありません。


 殊に、冒頭の文――『日出る処の総主より、書を、日没する処の教皇に致す。恙【つつが】なきや』――は秀逸でした。


 なんでも、どこか遥か遠方にある国が、近隣の大国からの強い影響下に苛まれながらも、自立の機会を窺っていた際に、その大国の対外情勢が緊迫したのを捉えて送った文の一部を援用したとのこと。

 その文面には、同じような言い回しで『両国は対等』という言外の意を伝えていたとのことですが、書簡を送られた大国といえば大層激昂したそうです。

 ですが緊迫した対外情勢の観点からも強硬姿勢が取れず、相当に業腹ではありましょうが有耶無耶になったそうです。

 そして、その小国といえば、近隣の大国から巧く距離を置くことに成功し、それどころか上手く文物を取り入れる距離感を保ち続け、発展の素地を整えていったとの事。 まさに『機を見るに敏』とは、この事でしょう。


 その他にも、さまざまな有識故実などから援用しているとのことです。

 一読し質問すれば、澱みもなく的確かつ適切に応えてくれる剣聖たる天音詩織様とイザヨイの如月弥生殿。

 天音詩織様も然る【さる】こと乍【なが】ら、如月弥生殿もまた一廉【ひとかど】の才人であるとお見受け致しました。


 そんな御二方が文面を推敲【すいこ】して下さり、教皇宛に送った最初の書簡では、こちらの立場を寓意と事実をまじえて述べた文章となりました。

 本当にこの文面で良いのかとも迷いましたが、いま現在において光神教会は更なる混迷を深めており、信者にも動揺と信仰心に揺らぎが出ているとの報告も齎されていた事から、そのまま送ったのです。

 啓示問題も未だ燻【くす】ぶっている最中で、もはや朝令暮改どころか二律背反にも等しい動きをしており、併せて矛盾している教書やらも発布され、各地の各教会も大絶賛混乱中であり、各派閥も己の勢力伸長に邁進して、この混乱に協賛・協力を惜しまないという有様【ありさま】。


 しまいには、グラン王国へと無意味に侵攻しろと周辺各国に激を飛ばしたかと思えば、中止だ、準備だと言説を弄して、多大な顰蹙【ひんしゅく】を買い漁っている始末なのです。

 

 当たり前のことなのですが、一国に攻め入るほどの軍勢ともなれば、必要とされる物資の量は、莫大に跳ね上がるものです。

 そしてそれらを運ぶための準備【集積・保管・在庫管理】や、実際に移送するための手段【荷車の手配・梱包・荷揚げ・荷下ろし・出庫管理】をも講じることになる。 そして、それらの護衛の手配もまた、当然の如く必要になるのです。


 それにも関わらず、――「やれ侵攻しろ! 中止だ! 準備だ!」――等と言説を弄すれば、その度毎に各国の国元は右往左往する事になる。

 そして右往左往するごとに経費は嵩み、財貨は花の如く舞い散り、それとともに信仰もまた泡のように消えていく。


 このままでは『信仰心と寄進も霧散してしまうのでは?』と本気で懸念を抱き始めたのか、各地の各教会どころか、教皇庁がある央都の分教会からも『いったい何があったのか?』との問い合わせが、ここラルキの大主教座にも来るほどです。

 

 また、あまりの混迷ぶりに光神様の御寵愛にも陰りがあるのか、頼みの綱とも言える治癒術の効力にさえ翳り【かげり】が僅かにあるとの報せが、内々に上がってきているのです。


 そんな憂慮すべき事態に、さらに問題が……大問題が積み上がったのです。


 その大問題を齎したのは、『特使団の正使』と『教皇からの返書の内容』でした。

 まず書簡を持ってきた正使なのですが、やたらと横柄かつ尊大な態度なのです。

 私は己が位階としての大主教位を誇る事などありません。

 しかし、この正使といえば、己は教皇の正使なのだと過度なまでに強調してくるのです。 しかもその物言いと内容と言えば、教会での位階云々という段階ではなく、もはや『人としてもどうなのか?』という段階に達していました。

 ここまで『勘違い』する者がいるという事実に、驚愕するほどの『勘違い』ぶりなのです。


 そして私が届けられた書簡を一読し終えたのを見計い、口上を述べ始めました。

 それも開口一番に、叱責紛いに問い詰めてきたのです。

 穏当に言い直せば「教皇猊下の御心を煩わすとは何事か!?」と言った具合なのです。

 私は、語気も強く穏やかに返答しました。


「別にあなた自身が教皇猊下ではないでしょう?

 返書を渡す使者として参ったのに、その使者が教皇猊下の御心を推察すること自体が不敬なのではないですか? 

 そもそも、なぜ教皇猊下の御心を煩わしていると考えたのですか? 

 親書を無断で開封し、内容を盗み見たとでもいうのですか? 

 たかが一介の使者如きが?」


 と言った旨の御返事を、繰り返しますが語気も強く穏当に言い渡したら、黙ってしまいました。


 当然のことながら、他国宛の外交文書やら親書などを使者が無断で開封するなど、在り得ないこと。 それは組織内部の親展文も同じです。

 もちろん使者なのですから、交渉やら約義やらを結ぶ大任を帯びる事もありましょう。そうであるならば、確かに概要と方針くらいは口頭伝達されるかもしれないとは思います。 そして、そのような大任を担う者ならば、全権委任の認証を授かっているはずであり、全権委任の大使であると証を立てて名乗るはずです。

 まぁ、もっとも、そのような場合はもっと真面【まとも】な使節団を送って来るでしょうが……。

 つまり、この稚拙な使者殿は、字義通りの単なる『お使い』なのでしょうね。

 そんな『お使い』たる使者殿は、正に『龍の威を借りる蜥蜴【トカゲ】』のような滑稽な真似事を『知ってか、知らずか』しているのです。

 こんな出来の悪い稚拙な使者を送って来るとは『如何なる意味なのか』と考えざるを得ないというもの……。


 そんな険悪な雰囲気に、慌てたのは副使達です。

 もし教皇猊下の返書を盗み見たとでも断じられたら、教皇猊下からも処断されてしまう事になるでしょう。


 万事そういった具合で話が進むのですが、言葉の端々……というか随所に財貨の話があるのです。

 つまりは自分に配慮すれば【賄賂を送れば】、教皇庁に取り成して穏健な報告が出来るという事なのでしょう。

 この段階で、私の心は冷【さ】めてしまい、同時に教皇庁という存在に褪【さ】めた思いが湧きおこりました。

 そしてもはや早急に、新たな教会を立てなければという思いに醒【さ】めたのです。


 副使達と言えば、これぞ『暗澹【あんたん】たる表情』といった面持ちで、何とか取り繕うべく虚しい試みをしているのでした。

 哀れとは思いますが、同情はしません。


 そしてようやく不愉快・不可解・不適切な使者たる正使が辞去する際にも、その正使はアリシアに色欲の籠った熱い視線を送ったようです。

 もっともアリシアからは――『この汚物が!』――と冷淡な視線を返され、表面上なんとか平静を保ったようですが、その内心は憤激していることは明白。

 なにせ顔が紅潮しているのです。

 アリシアに一目惚れしたといった様相ではない事から、疑いようがありません。

 教会、それも教皇の特使の自分に靡【なび】かない者など存在しないッ! とでも考えているかのようです。


 清廉な信徒に範を示すべき者が、強欲と情欲の虜とは……。

 全くもって、嘆かわしい。


 副使達も、あまりの醜悪さに居心地悪そうにしており俯いておりました。

 まだ正常な良識を有する者達がいる事に安堵し、顔と名は覚えておくことにします。

 

 因みに使者たちの逗留のために、教会内の一室を用意してはいたのですが、どうやらお部屋の格式が『高すぎた』ようで、この使節団には分不相応であり格が合わないと判断し、急遽ではありますが『部屋の模様替え』を行うべく書類上だけの作業の手配をしました。

 この使節が御帰りになる頃にあわせて、折よく(・・・)書類上だけの模様替えも終わる予定になっております。

 書類上だけの作業・工事とはいえ、様々な人員も出入りするかもしれない(・・・・・・)ことから、警備上の問題も発生するかもしれず、また書類上の工事とはいえ、騒音なども発生するかもしれません。

 それでは、使節団の御心を乱し安寧も妨げられるかもしれません。

 その為、誠に遺憾ながらも経費は使節団の自己負担にて、他所に逗留していただくことになりました。

 また、様々な意味で刮目すべきこの正使を押し付けてしまう形になる逗留先の宿泊施設には、後日慰労金をお支払いすることになるでしょう。

 ですが、もはや『必要経費』と割り切るしかありません。

 

 そんな見下げたこの正使には、教皇庁に戻り次第何らかの罰があるはず……と思いたいのですが、無いかもしれないですね。


 そんな雑念を振り払い、届けられた書簡をいま一度読み始めましたが、何度読んでも幻滅の一言でした。


 曰く

 光神を崇め奉るのに、教皇の許しを得なければならない。

 (なぜ信仰心を持つのに、許しを得なければならないのか?)


 曰く

 総主という名と位階は、現在は存在しないと断言する。

 (その一方で、かつて存在したことについては言を左右にする)


 曰く

 ラルキとベルザルの二箇所を統括する新任の大主教として、その職責を果たすべき。

 (二箇所を統括する大主教とは、つまり総主という事。総主でないとするならば、職責を果たすためにその大主教は、ラルキとベルザルの二箇所の大主教を一人で兼務することになる。そうであるならば、教皇選挙で一人で二票投じる権利を有する事になるが、その事には触れない。逆に総主にすることで一票に抑えることができるが、総主は認めないという矛盾)


 曰く

 ベルザルの『信仰心篤い教徒』を巧く差配せよ。

 (前任の大主教を吊るし、残った守旧派【つまりは現体制擁護派】の比較的まとも(・・・・・・)? な信徒を残らず討つような狂信者を指して『信仰心篤い教徒』とは、どういう了見なのでしょうか? その者達が信仰心篤い教徒であるならば、一般の穏当な信者は信仰心が希薄とでも言いたいのでしょうか?)


 ここまで厚顔無恥な内容を見るに、我が心胆を寒からしめる……否、我が心が凍りつく思いでした。


 それと共に、教皇庁がいま現在においても、信仰が離れ始めている事態を軽視して等閑【とうかん】に付【ふ】している事に、もはや当事者としての意識、そして対応する意思と能力が欠如しているのではないか? と強く懸念を抱くのです。


 そしてラルキ国王陛下に、使節団来訪の報告と方針の説明に伺いました。

 ラルキ国王との謁見を希望する旨の申し出が、『副使』からもなされていたので、要望を伝えねばなりません。


 ラルキ国王陛下とは幾度もご好意で、歓談の場を持たせていただいております。

 また私の境遇も既に御了知であり、私も先のラルキ戦役時における教会の行状を聞き及んでいます。

 かかる教会の行状に対して、私は『全ての信者を代表することは出来ないが、光神の一信徒として心より謝罪する』と申し出たところ、お受入れ戴きました。


 そんなラルキ国王陛下に、過日に信仰の拠り所として『新たなる教会を顕【た】てる』旨をご相談したところ、賛意と同意を得られることになりました。

 新たなる教会を顕てる以上、早急に基盤を固めねばなりません。 そうであるならば既存の教会施設、つまりは光神教会ラルキ教区教会を流用するのが、早くて確実。 大聖堂などは、追々に建立していけばよいでしょう。

 そしてその既存の教会施設は、ここラルキに在るのです。そこに新たなる教会を顕てるのですから、新旧の宗教対立に巻き込まれる恐れもある事態にも関わらず、賛意と同意を表わして頂いたのです。


 なるほど、ラルキ国王陛下もまた光神教会への信仰に、『揺らぎと疑念』が生じていたのでしょうね。 ……あの教会の行状では、致し方ないのかもしれませんが。


 やはり確たる『信仰の拠り所』として、新たなる教会が必要である。 そんな思いを、より一層強くしました。



 その日はご厚意で城内での逗留となったのですが、その夜に襲撃を受けたのです。

 私も衝撃を受けましたが、国王陛下も報告を受けて強い衝撃を二つの意味で受けたようでした。 『強い衝撃を受ける事は当然であろう』と私も思います。


 なにせ、一つ目の衝撃の内容たるや『暗殺の実行』です。

 己の居城で、客人が逗留中に襲撃を受けるなど『仕組んで狙った』と糾弾されても仕方がない事柄なのです。 もっともこの襲撃は未遂というか、失敗に終わりました。 剣聖の天音詩織様が、上手く処理してくれたのです。

 この一件では、私への実害もなく、またラルキとしても最大の失態【暗殺の成功】を防げた事は僥倖の一言でしょう。


 そして二つ目の衝撃と言えば、外からの潜入ではなく内部からの襲撃という事実でしょう。 この事を言い換えるならば国王たる自分【リーナ】が狙われていても、なんらおかしくない事態なのです。

 たしかに、これには強い衝撃を受けない方がおかしいでしょう。


 当然ながら、直ぐに調査が行われたようです。

 どうも夜間警備に就いていた騎士と兵の幾人かが、この襲撃の際に殉職してしまったらしく、この時のラルキ国王の愁嘆と憤激ぶりたるや、今でも目に浮かぶほどでした。 騎士や兵達、領民を慈しむその御心には、感心する次第です。


 暗殺などという後ろ暗い手段を強行する事は、稀によくある話ではあるのです。

 そして結果として犠牲者が出てはいるが、深刻な事態には至らなかったという意味では、全体としては『悪くはない結果』ではあるのでしょう。 もっとも狙われた身からすれば暗殺の失敗は『悪くはない結果』であるとはいえ、狙われたという事実を鑑みれば、決して『良くはない状況』とも言えるのです。 それでも『まァ~……、結果良ければ全て良し』とも言えるでしょう。

 だが、そこからが全てにおいて、……全く以って良くない。

 至って良くはないのです。 



 襲撃の翌日、厳重に警備された会議室で、私や護衛のアリシア、そして国王陛下や重鎮たちを交えて会談が持たれたのですが、その際に詩織様から『此の首飾り』が暗殺を企てたと見せられたのです。

 当然ながら、その場にいた皆さまが怪訝な表情を浮かべていく。

 私もまた、当初は「???」でした。


 机の上に置かれている『甲虫の翅で作られた透明度の高い大きい箱』に入れられた首飾りの残骸には、ミスリル銀の長く細い鋼線が結ばれていました。

 このミスリル銀という鉱物は、魔力伝導率が非常に高い一方で硬度自体はそれほど高くはない。言い換えれば加工しやすいという特徴があるのです。

 その魔力伝導率の高さから術者といった魔法を用いる者が好み、装飾品や軽装備品などに用いられることが多い。

 そして警備に就いていた術者が急遽呼ばれて、その細い鋼線の一端を持たされて『魔力を流してみよ』と詩織様から命じられたのでした。


 術者もそれを見守る者も、その行為が意味するところが理解できず、やはり「???」状態でした。


 そして術者は困惑しながらも相当量の魔力を流していくのですが……、なんと箱の中の首飾りの残骸が黒い蛇のようになり、動き始めたのです。

 『怖気を震う【おぞけをふるう/恐ろしさのあまり身が竦み、震える様子】』とは、正にこの事でしょう。


 詩織様を除いたその場にいた者全てが、あまりの奇怪さと悍【おぞ】ましさに、その身を硬直させてしまいました。

 身が硬直しているので顔をそむけることも出来ず、ただ直視する事しかできないのが、より恐ろしいッ!


 そんな悍ましさを体現した頭の無い黒い蛇のような物が、箱から這い出そうとしているのか蠢く様子に、更に恐怖心が呼び起されて目を背けられず凝視し続けてしまう。

 だが、それ故に気が付くこともあったのです。


 明らかに、当初よりも大きさが大きくなっている。

 それとともに、この奇怪な黒い蛇のような物を閉じ込めている箱からも、『メキメキッ』と軋むような異音が漏れ始めている。

 格子状の部材で補強された箱で動きが制限されていなければ、直ぐにでも飛び掛かろうとしている雰囲気が醸し出されているのです。


「鋼線から手を放せ!」と鋭く詩織様から声が飛んでいるが、当の術者も身が硬直しており、一向に手を放そうとしません。

 その間も魔力を吸収しているのか、頭部が形成された黒い蛇はその『太さと長さ』を増していき、それと共に禍々しさもまた増大していくのです。

 そして遂に、箱がその力に耐えきれずに、――バキンッ!――と異音を立てて壊れてしまいました。

 

 そしてゆっくりと這い出して鎌首を擡【もた】げて、周りを観ていくその様を、ただただ直視する事になったのですが、この黒い大蛇……、私【ティナ・ライデル】を見て、眼が嗤ったような……。


 そうこうしているうちに、十分に力を溜めたのか、なんとこの私【ティナ・ライデル】に黒い大蛇が、飛び掛かってきたのです。


 もっとも詩織様が手に持つ鉄扇を振り抜いて、射出された細身の棒手裏剣により件の黒い蛇は床に縫い付けられたのですが、それでもまだ不気味に動き、こちらに躙【にじ】り寄ろうとするのです。


 再び鉄扇を振るい細身の棒手裏剣で件の黒い蛇を床面に縫い付けていく詩織様。大蛇が動けなくなったことを確認した詩織様は、泰然自若とした足取りで術者の下に歩み寄っていきます。 そして徐に術者の手を取るや、ミスリル銀の鋼線から手を離させるべく、声を掛けていました。


「落ち着け。ゆっくり手を離すが良い」


 手をとられながら至近で声を掛けられた術者といえば、恐ろしさのあまり顔を蒼褪めさせていましたが、今度は顔を紅潮させています。

 人とはこうも顔色が変わるものなのだと、不謹慎ながらも感心すると共に、その心情も理解は出来るのです。……少し羨ましいと思ってしまいました。


 そして、この黒い大蛇の首飾りの説明を詩織様から受けるのですが『毒の霧をまき散らしながら襲撃する』との説明に、皆が無意識に後退【あとずさ】りすると共に、絶句してしまいました。

 次いでの補足説明で、いまはまだ、そこまでの魔力を貯め込んでいないため、毒の体外への噴霧までは出来ないとの事でした。

 もっとも今の段階でも『絞め殺す、体内生成した毒で噛み殺す』くらいは造作もないとも、附言されましたが……。

 

 因みに、この黒い大蛇の首飾りは、この後、詩織様が『適切に処分する』とのことでした。 ラルキ側の護衛の任に就く者達が、安堵の表情を浮かべていたのは内緒にしておきましょう。


 暗殺の実行犯? この場合は暗殺実行物? 凶器? といった方が良いのでしょうか? とにかく、この奇怪で悍ましい『動く首飾り』の出所が、すぐに照合されていく。


 日を改めて齎された報告では……、元の出所は、こともあろうに光神教会のベルザル大主教座教会でした……。


 この一報を聞いたときの私の心境が、おわかりになるでしょうか……。

 足元が揺らぐ……、崩れる……、いえ、突如無くなった感覚です。

 この報せを受けた場所が、教会内の執務室であったこと、そしてその時にちょうど、私は執務中であったのが本当に良かった。

 そうでなければ、おそらくは立っていられずに、その場で頽【くずお】れていたことでしょう……。


 ふふふ……。


 何処【どこ】までも、何時【いつ】までも、幾度【いくたび】も、手を変え品を変えて関わって来る。

 さすがの私にも、限界というものがあるのですよッ!


 さて、件【くだん】の首飾りの出所は判りましたが、如何なる来歴で此の首飾りがラルキの王城宝物庫に収蔵されたのかが分かりません。

 どうも此の首飾りは、光神教会のベルザル大主教座教会から、いまは亡きベルザル大公へ贈られた物だという事が判明しました。

 ラルキへと逃げ延びた旧ベルザル大主教座教会の関係者が持ち出した記録簿から、判明したことです。

 少なくとも私の名義で献上した品ではないことは、明らかになりました。

 確かに私には献上した記憶などはありませんが、周囲の者が忖度して贈った可能性があったのです。


 まァ、自分が献上した品に自分が狙われて始末されるという『悲劇?』もしくは『喜劇?』にならずに済んだのは、僥倖【ぎょうこう】と言うべきでしょう。

 全く『泣くに泣けない悲劇、笑うに笑えない喜劇』ではあるなのですが……。


 もはやここまで来ると、苦々しさよりも『えぐみ』が際立ってくると言うべきでしょうか……。 なんにせよ、あの首飾りが危険な代物である事は確かなのです。


 ただ問題といえば、 


 ・『光神教会ベルザル教会』から『ベルザル大公への贈答品』となった由縁。

 ・『ベルザル大公の収蔵品』から『ラルキ王家の宝物庫収蔵品』となった来歴。


 この二点の間が、繋がらない事でしょう。

 戦乱と、ベルザル大公国滅亡の混乱期に在ったとはいえ、如何なる経緯でラルキ王家に収蔵されることになったのかが不明なのです。

 加えて、あの首飾りの発動条件が不明な事もある。


 関連して、


 ・光神教会は、あの首飾りの正体を知っていたのか?

 ・どのような意図があって贈ったのか? 


 という事も、俎上【そじょう】に載せざるを得ない事になってしまった。 

 事ここに至っては、ラルキ側の調査だけを待つ訳にも行かず、私からも調査の指示を出す。 

 そしてその結果といえば『次から次へと、疑惑が疑惑を呼び込む』という悪循環が得られる始末。


 『より一層、疑惑は深まったッ!』と言う事実に、愁嘆【しゅうたん】せざるを得ません。


 もう権力・権威を振りかざして罪を捏造し、酒場に踏み込んで「この中に犯人がいる。それはお前だッ!」と見知らぬ酔客の誰かを冤罪で捕縛し、その際に抵抗したとして処断して、「今まさに、正義は成されたッ!」と声高に叫びたい心境です。


 当然ながら、そんな安全かつ確実ではあるが安易な解決法など出来ようはずもなく、悶々と鬱積【うっせき】した感情に苛まれる日々。


 それでも精力的に調査は続行させていく。

 それに伴い、小片【ピース】も揃い、全容も朧気【おぼろげ】ながらに観え始めてきました。


 要は、光神教会の影響下にある諸域や諸国が、造反した際の窮余【きゅうよ】の一策だったのです。

 端的にいえば、意に添わない政策をとろうとしたら、その主導者を暗殺する気だったということです。


 ですが暗殺などという後ろ暗い手段を用いたとて、事態と状況を好転させるほどの効果と結果を齎すとは、私には到底思えないのです。


 暗殺が失敗すれば、狙われた者には敵愾心が当然ながら芽生えるでしょう。

 そしてもし成功したとして、その後任に己等にとって都合の良い者が就くとは限らない。より強硬な者が就くこともあり得るのです。 むしろその公算の方が高いでしょう……。

 喩えば、己等の意に添わない穏健な指導者を暗殺したからと言って、己等に従順な者が、その後任に就くでしょうか? 普通に考えて、穏健な指導者を暗殺し排除すれば、より強硬な者がその後任に就くのではないでしょうか?

 ――『穏健な者でさえ殺害されたのだから、後は強硬策しかないッ!』――と主張されるのが容易に想像がつきます。

  

 ですが、暗殺という後ろ暗い手段を敢えて採ろうとする者は、『己等が望むように都合よく全てが巧くいく』と身勝手に思い込んでいる節がある。

 それは、まさに妄信していると言っても過言ではないほどでしょう。


 にもかかわらず、敢えてそのような策を弄する……。

 考える事も恐ろしい事ですが、おそらくは……光神教会は『暗殺の効果と結果』を妄信してしまうほどに、劇的にその効力が発揮されたことが幾度かあったのでしょう。

 そして『悪い意味での成功体験』として、記憶と記録、そして歴史に残してしまった……。

 だからこそ、窮余【きゅうよ】の一策を実行する為に、文字通り形を変え品を替えてはいるが、あの首飾りと同等品を各国に贈っていたようなのです。 


 ですが、……こんな事が露見すれば、それこそ各国に糾弾され、最悪攻め込まれて『滅せられる事』になるでしょう。

 国政を担う者達が、座して死を待つことなどしないし、出来ようはずも無い。

 いかに――「教皇は太陽であり、世俗の衆徒はその威光に照らされる『地』に同じ」――などと自負しようと、人と魔が邂逅し、交錯する黄昏を告げる逢魔が時【おうまがとき】を過ぎれば、宵闇【よいやみ】の帳【とばり】は必ず下りるものです。

 そして闇夜に閉ざされし常闇【とこやみ】の刻こそ、漆黒と妖が跳梁跋扈【ちょうりょうばっこ】する刻。

 そこには常闇【とこやみ】の領分のみがあり、大禍時【おおまがとき】とも言える時刻。

 そんな常闇【とこやみ】の領分に無造作に踏み込めば、いかなる結末になるか等は言うまでも無いことでしょう。

 安眠を貪り愉快な夢に興じることなど、決して出来ないことは確かなのです。


 なんにせよ、これで教会の意図と目的は判明しました。

 これらの事柄は、あの首飾りの件と同じく旧ベルザル大主教座教会の関係者が持ち出した種々の記録類から判明した事でした。

 このような記録類が残り、かつ旧ベルザル大主教座教会へと流れていること自体が組織としての統制と箍【たが】が緩んでいる証左とも言える。

 もしかしたら記録を残すことで、責任を逃れようとしたのかもしれないし、自責の念に駆られたのかもしれない。

 そして、いまは亡きベルザル大主教が何のためにこのような記録類を集めていたのかも不明。

 もはや今となっては何もかもが不明で、追求したくとも『追及のしようが無い』のが現状なのです。


 そんな悶々とした日々を送っていましたが、遂に最後の小片群が、填【は】まる時を迎えました。

 ラルキの宝物庫へ収蔵された経路と、発動条件が判明したのです。


 まず経路ですが、――『ベルザルの宝物庫の警備責任者が、公都陥落時の混乱に乗じて首飾りを持ち出し、ラルキでの任官を願う際に納めた品』――という事でした。

 ラルキの担当者もさすがに、――己の懐に納めるにしては『逸品過ぎて露見する』と考え、そのままラルキの宝物庫に収蔵した――との事でした。


 ……今にして思えば、大変よく出来た如何にもよくありそうな偽装経歴・欺瞞工作【カバーストーリー】ですね……。

 殊に、あの混乱に乗じて事を成したと言う辺りが、如何にもありそうなのです。

 危うく引っ掛ってしまうところでした。


「なんとも稚拙な偽装・欺瞞工作よな。陥落して混乱の極みに在る中、随分と都合よく大振りの首飾りなどという目立つ物を選んできたものよ」


 騙されかけたところに、そう指摘したのは剣聖の天音詩織様なのです。

 その指摘した内容と言えば、


『宝物庫の中には、携行性に富む宝石類に金貨なども当然ながらある。

 なぜ露見しやすい大振りの首飾りなどを選んでくるのか? 

 処分しようにも市中は絶賛混乱中で、処分も出来ないはず。

 ならば流通性に富む金貨・銀貨や、換金性に富む宝石類の方が良いのではないか?

 よしんば首飾りを分解して小分けしようにも、そんな時間も道具もないだろう。

 まして大振りの首飾りを持っていると露見すれば、捕縛されるか殺されて奪われることになろう。 また――』


 等々、全く持って反論の余地がない。

 あの一言のみから、瞬時に此れだけの齟齬を見つけ出す……。

 さすがの一言でしょう。


 首飾りを持ち出した件の警備責任者は、ラルキで首尾よく任官していましたが、尋問には適切には応えられずに処断されました。

 同じくラルキの担当者も、尋問には適切には応えられず処断されました。


 それでも件の首飾りは、他の由緒正しく真面【まとも】な献上品があった際に、首尾よく紛れ込ませるという手法を採ったとの自白を得ています。


 因みに、処断される際に残した最後の言葉は、両者ともに「神がそれを望みたもう!」でした。 この言葉は、動機などの取り調べの場でも叫んでいたそうです。


 ……確定ですね。


 事の顛末を聞き及んだ国王陛下も、苦笑いを浮かべておりました。

 そして、その苦笑いには二つの意味が内包されている事も、窺い知れるのです。

 一つは、稚拙な偽装・欺瞞工作が通用すると思われている事。

 それは『侮られている』とも言い換えられるでしょう。


 そしていま一つは、詩織様に頼りきっているという事。

 それは、つまり詩織様が不在ならば『翻弄される』という事と同義。


 苦笑いを浮かべたくなる心境は、身につまされるようであり、理解と共感を覚えます。


 まァ、英明な国王陛下と俊英な軍師殿もおられるので、直ぐに何らかの対策を打たれるでしょう。

 私も、なにか手を考えねばなりません。


 それにしても、――宝物財貨が許可なく減ることは咎め立てるが、許可の有無に係わらず増えることには無頓着なのが、心の機微の妙――という事なのでしょうね。

 なるほど、そんな意識の裏を突いてくる教会の手法に、手慣れた様子が垣間見える……のは、気のせいでしょうか。



 そして発動条件なのですが……、『貧者の荊冠【けいかん】』という首飾りを操作する物があるのだそうです。

 そして貧者の荊冠を頭にかぶることで、夢を見るような半覚醒状態になり目標を指示するのだそうですが、指示や操作できる距離には制限があるとのこと。


 暗殺などという窮余の一策を講じるのは、安易かつ短絡的思考で物事を捉えがちな痴れ者か、もしくは追い詰められた者であり、その実相と言えば当然ながら余裕がないことは必定。

 

 その事を指して『貧者』としているようですが、『荊冠』の部分は皮肉が効いています。

 『荊冠』の部位は『茨【いばら】』を束ねた造形をしているのですが、その基材は『金銀と宝石』で緻密な装飾が施されているそうです。


 動機と手段は『貧者』だが、物自体と装飾は宝飾品故に『豪華絢爛』、造形は『茨』を模した荊冠。それゆえに身につけると、その茨が頭部に刺さり、血を流して己が身口意【しんくい】の業【ごう】に苦悩する。


 教会に相応しいとも言えますが、なんというか……製作者は『捻じ曲がった考え』を持っているに違いありません。


 発動条件は判りましたが、では誰の指示で誰が実行したのでしょうか?

 推測になりますが、おそらくは『信仰の本流を自認する教皇庁』と『信仰の本流を守護すると自負する狂信者達』、この両者が共鳴したものでしょう。


 教皇と対を成すともいうべき総主が出でて、自認している『信仰の本流』が揺らぐ事態になったことから、教皇庁が狂信者達を嗾【けしか】けたと言ったところでしょう。

 狂信者達は、総主なる階位など初めて聞くのでしょうが、旧態依然の自分達が理解できる『信仰の本流』からは、かけ離れたものであり逸脱していると考えるに違いありません。


 狂信者達は、自分達こそ『信仰の守護者』と自負しており、さらには都合よく教皇庁がお膳立てした手段も揃っている。

 (指示・操作できる距離に制限があることから、『貧者の荊冠』は狂信者達の下に送られていたのでしょうが、それこそが内密に支援している証左とも成りましょう)


 ならば『実行する以外の選択肢はない』とでも狂信者が考えることは、容易に推測できます。

 自分達にしか理解できない論理、逆に言えば他者には理解できない論理を振りかざして行動するのが、狂信者たる由縁ともいえるのです。

 なんにせよ、教皇庁には狂信者を利用しようとする者がいる、もしくは親近感を覚える者がいるという事は判りました。


 ここまで論を進めれば、光神教会制作総指揮にして未公開の『陰謀』という名を冠した大作が完全に露見するまで、残りはあと僅かと言えましょう。


 そして、その残りの隙間を埋める小片の手掛かりも掴みかけている。

 それは――『私が登城し、その日は城内にて逗留する』ということを狂信者が判っていた――という事。

 ここから得られる結論は、ごく短時間で何らかの連絡を行う手段が教会側には、あるという事です。


 そしてこの事柄は、ある一つの事実を指し示している。

 それは……、このラルキ王城もしくはラルキ大主教座に、その内容を発信する内通者がいるという事ッ!?


 衝撃の事実に、私の心は打ちのめされ搔き乱されました。



 そんな論考を重ねる日々の中で、「大主教。使節の者が面会を求めておりますが、如何いたしましょうか」と私の身の回りの世話をしてくれる御付きの者が、恐る恐る尋ねて来ました。


「……多忙・・につき、尋問・・の時間は取れません」


「じ、尋問? でございますか?」


「面会です。面会の時間が取れません。そう伝えてください」


 失礼、言葉を敢えて(・・・)間違えてしまいましたね。

 気を付けないと……。


 『目は口ほどに物を言う』という言説は、広く人口に膾炙【じんこうにかいしゃ/多くの人に広く知れ渡る】されていますが、それは事実でしょう。

 伝えに来た御付きの者は、私の目を見て察して下がっていきましたので。


 機微を読み取る勘の鋭い者というのは、好感を持てますね。

 なにせ先ほどの私の目といえば、『あァ~んッ!? 面会だァ~?!』という感じでしたから……。


 まァ、私の心情を敢えて通俗的で野卑たな葉で紡いで、面会を求める使節の者に応えるとしたら――『あァ~んッ!? 面会だァ~?! おい、ゴルァ! ええ【いい】度胸しとるじゃねぇか、われぇエエッ! おゥ、ナメとんのか【見縊みくびり侮ってるのか】?! あァ~んッ!?」――といった感じでしょうか?


 あ、この言い回しはアリシアから教わりました。

 幾度かの偽黒騎士討伐戦で各地に赴いた際に、投げかけられた言い回しのなかで、最も野卑な言い回しなのだそうです。

 アリシアも多様な経験を積んでいるようですね。


 フゥ~~。

 なんにせよ、私も鍛錬と経験が、もっと必要なのだと理解できます。

 新たなる教会を打ち建てようとする以上、腹に据えかねる事も多々あるはず。いちいち感情に翻弄されていては我が身が持たない。

 道半ばで挫折すれば、それこそ信仰の危機となるでしょう。


 そんな信仰の危機を齎しているのが当の光神教会という現状と、今迄行ってきた教会の行状を顧みつつ、あわせて先ほどの私の言葉に潜む心情を鑑みる。

 すると、あの教会をもはや完全に見限っていることに、図らずとも気が付きました。

 もしかしたら光神教会は正道に立ち戻れるかも? などと、かつては考えていたそんな自分を思い返し、思わず自重せずに自嘲してしまう。



 そして幾日かが経ち、使節団によるラルキ国王陛下への挨拶が行われる。

 そのためここラルキを担当する私も登城し、参列する事になったのですが……、そこで事件が起こったのです。

 正に事件は、謁見の場という公式の場で発生したのです!

 

 なんとこの肉塊……もとい正使は、剣聖の天音詩織様を公然と論【あげつら】い、貶【けな】し始めたのです。 しかもその罵詈雑言に託【かこつ】けて、ラルキ国迄まで『鄙の地だ、なんだかんだ』と揶揄【やゆ】し始めたのです。


 何を言い始めるのかと黙って聞いていたのですが、美辞麗句と定型文を除き要約すると、


「氏素性も知れぬ賤しき獣風情【ふぜい】如きを、この教皇猊下の覚えめでたき正使でもある私との栄誉ある拝謁の場に臨席させるとは、光神教会への侮辱だッ! 所詮は礼法礼節に加えて言葉すら理解できない獣に、事の理非すらわからない鄙の地に住まう者達。それゆえに今回だけは特別に許してやる。この私の寛容さに深く感謝することを特別に許可してやるので、よく覚えておくがいい!」


 という事になるようです。


 要約にしては長いようですが、逆にそれだけ長々とご高説を垂れ流していた事の証左ともなりましょう。


 その場にいた方々、正使を除く護衛を含めた使節団の全ての者達、もちろん私も国王も軍師も含めたその全てが、各々の信奉する神々に祈った事でしょう。


 私も――「神よ。この者は、いま自分の述べている事の意味すら理解できない彷徨える咎人なのです。罪深き咎人ではありますが、この者の罪と咎を浄化するために耐えがたき試練を永劫に渡り、お与えください」――と、それは真剣に祈りました。

 それと共に確信しました。


 もはやあの教会では、ダメだ。

 こんな血迷った肉塊を使節に任命するほどに、呆けている。

 余りにも、余りにも度し難いッ!

 ……これでは、これでは本当に信仰が消えてしまう……。

 もう実行【や】るしかない。

 実行【や】らなければ、信仰が殺【や】られてしまう。

 そんな思いを新たにしながら、決意する。



 外交上の惨劇から幾日かが経ち、返書を求めて幾度か副使が尋ねて来たが、まだ用意はできていないと引き伸ばしていく。

 諦めて帰路に就かないかと思っていたが、正使が返書を執拗に求めているようなのです。副使は、もう泣き出しそうな貌をしています。

 しかたなく、重要な返書なので正使が直にお受け取り下さいとの旨を伝えていただき、期日に来訪した正使を更に三日間ほど放置しておきました。


 その間に、如月弥生殿と詩織様の御二方に草稿を練っていただき、さらに推敲した上で清書し、仕上げていきます。

 返書は出来上がったのですが『信仰の擁護で多忙』という理由で私からは直接に渡さず、司祭から正使に渡させました。

 端的に言えば『会う気など、毛頭ない』ということです。

 同じ理由で使節団が帰路に就くべく出立する際にも、私が見送ることはありません。

 そのため代理の司祭に見送らせましたが、その際に正使から言付け【ことづけ】を預かったそうです。 

 この正使殿は、どうやら副使達から『使者としての任務と心得』について、何やら強く言い含められたのでしょう。先に『躾けておけ』とも思いますが、これほどの愚か者がまさか正使の任に就くとは、それこそ想定外だったのでしょうね。


 そしてこの自称、高貴な正使の御言葉といえば、――『高貴なるこの私が、誇り高くも些少の言い間違いと事実をやや誤認したという事を、ラルキ大主教及びベルザル大主教を兼務する浅学菲才【せんがくひさい】なティナ・ライデル殿が認識することを許可してやらんでもない、という事だ。そして、もし不快の念を抱かせたのならば、遺憾の意を表す』――とのことでした。


 ある意味、期待を裏切らず、またもや新しい話法を垣間見せてくれました。

 そしてその新しさ故に、なかなか理解が伴いません。


 それにしても――「もし不快の念を抱かせたのならば、遺憾の意を表す」――とは……、いったいどういう意味なのでしょうか?

 「抱かせたのならば(・・・)」は、仮定の表現となるでしょう。

 これでは仮定状況での謝罪となります。

 これはつまり、――「不快の念を抱いていないのならば(・・・・・・・・・・)、遺憾の意さえ表さない(・・・・)」――という事なのでしょうか?

 

 これでは、――『自分はさして悪いとは思っていないが、そちらがそのように思いたいのでならば、そのように思えばいい』――という意味になる。

  

 すなわち、自己の意思の表明ではなく、解釈を聞く者に委ねるという事。

 そして、――どのように解釈しようが、己は関知しない――という事でもある。


 非を認めている様で、其の実【じつ】……非を認めていない。

 ……実に興味深い言い回しです。 


 伝言を頼まれた司祭も、「頭が頭痛で痛い」と言い出してしまいました。

 大丈夫でしょうか? あの御方独特の話法に感染してしまった様です。

 まぁ、しばらくすれば治るでしょう。



 如月弥生殿と詩織様の御二方は、あの書簡を読めば、もしかしたら教皇は『斃【たお】れるやもしれない』と仰っていたのを、鮮明に覚えています。

 私やアリシアは一笑に付したものです。

 事実、私が送った最初の書簡では、斃れなかったのです。

 ですが、二通目の書簡では斃れてしまいました。


 ――『ときに言葉は剣よりも強し』――


 実に、『胸に突き刺さる』含蓄に富む言葉ですね。


 実際、教皇の胸には大層深く突き刺さっったようで、お顔を『感動のあまり紅潮させて』倒れられてしまったとのこと。

 まったく胸が痛む話です。本当に……。


 あ、この胸が痛むというのは『心痛』の比喩表現ですよ。

 少なくとも私は、己の胸部に痛覚を覚えたことはありません。


 そして幾日も経った頃、早馬での伝書が届けられたのです。

 その書には「ラルキ及びベルザル大主教位から罷免すると共に、ここに破門を申しつける」との文面と共に『教皇筆頭代理』なる者の署名が印されておりました。

 『筆頭』の代理ということは、代理は複数人いるということを表しています。


 なるほど、どうやら集団指導体制という名の寡頭制に移行した様ですね。

 寡頭制ということは、組織内部では牽制し合い、足を引っ張り合うという事。

 その意味する所は『変化への対応も鈍くなりがち』と云う事です。


 また、どうやら教皇猊下は御悩み【病】を召されて、いまだ快癒なされていないご様子。

 だからでしょうか、対応が遅きに失するとしか言いようがありません。

 すでに各国に、新教会樹立と旧教会の危険性を喧伝しているのです。

 そして、各国の反応も悪くはない……というか、かなり良い。

 どれだけ顰蹙【ひんしゅく】を買っていたのかが、如実にわかるというもの。

 まったく他人事ながら、胸が痛む話ですね。


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「総主、お茶を淹れました。よろしければ休憩など如何でしょうか?」

「ありがとう、いただきます。アリシア団長」

「……ぷッ、っふふ。」

「お互いに出世したものですね」


 フゥ~~……。

 机の上に積み上げられた書簡を見ながらも一息つく。

 美味しいですね。

お読み頂きありがとうございました。

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