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70 天が二つに分かれしとき、想うは惜別か、訣別か

 《 SIDE 光神教会 教皇庁 》


 教皇猊下は来る次期教皇選挙のために、この教皇庁に参集していた指導層の上位神官達を集めて、会議を催されていた。

 そんな折りに、ラルキ大主教座を統括するティナ・ライデル大主教からの親展の文が届いたのだ。

 その親展の文を、良く言えば鷹揚に、悪く言えば尊大に扱いながら目を通していく教皇であったが、なにやら『様子がおかしい』ことに、この場に参集していた者達は気が付いたのだった。 


 それなりの文量が認【したた】められているのは、傍目からも分かる。

 またラルキ大主教座を統括するティナ・ライデル大主教から教皇猊下への親展の書なのだから、悪い内容であるはずがない。


 もっとも、この書を受け取った教皇といえば、書の冒頭部分から目を離せず凝視……いや、睨みつけている。

 そして激昂しているのか、その顔は朱に染まり、その身体は小刻みに震えていた。


『 日出る処の総主より、書を、日没する処の教皇に致す。恙【つつが】なきや。―― 』

 件の親展の書、その冒頭には、こう書かれていたのだった。


「なんだ、これは?! なんなのだァ! これはァァアアッ!」


 地の底から滲みでるかのような底冷えする声色で問うが、当然ながら書の内容を観ていない他の者には応えようも無い。


 そして教皇と言えば、己の問いに己が煽られたのか、今度は激情が噴出するが如く一気に声色に怒気が含まれていく。


 そして、途中まで読んでいた巻物を、今度は力任せに床に叩き付けていた。

 激情が噴出している高齢の教皇の身を案じて、なんとか落ち着かせようとしている者達を、逆に睨みつけている。

 その眼光は高齢にも拘らず確かに鋭く、そしてその激憤はいましばらくの間は、収まりそうにも無いことは明白であった。


「失礼致します」


 一応の断わりを入れて、投げ捨てられた巻物を拾い上げたのは、この場に参集された教会上層部に属する一人の大主教。

 未だ憤懣【ふんまん】遣【や】る方も無く、今度は手近な調度品に当たり散らしている教皇を尻目に、一読していく。


 要約すれば『友好と親睦』を願う文面ではあったのだろう。 

 言い換えれば、どのように曲解しようとも『ご機嫌伺い』の文面ではない。

 光神教会という歴【れっき】とした組織に属するラルキ大主教座が、その組織の最上位に位置する教皇庁それも教皇に対して、『友好と親睦』を願うこと事態が、やや不思議な態を成してはいるが……。


「なるほど……、これは……」


 教皇としては、ラルキ大主教から奉じられた書を此れ見よがしに見せることで、己が権勢を誇示すると共に、ラルキ大主教座との軋轢【あつれき】など元より無いのだと喧伝し、以て組織の引き締めを図るつもりだったのだろう。

 それならば事前に内容を検分しておけば良いものを、教皇の自分に楯突く者等など存在しないとでも思っていたのだろうか? 

 まぁ、思っていたからこそ激昂しているのだろうが……。

 なんにせよ、全くの想定外だったからこそ、この場であのような『醜態』を晒してしまい、本来の意図した効果とは真逆の効果を齎してしまったようだ。


 確かに、文面の体裁は良く整えられてはいる。

 だが、よくよく見ると、寓意【ぐうい/他の物事にかこつけて、言外に他の意味を表す】の籠った言い回しなのか、それとも素の文なのか、一読しただけでは判断が出来ないように書かれている。

 そして敢えてそのような書きぶりをしている事から、別の意図が窺えるといった具合だ。


 例えば、『日出る処』と『日没する処』の対比箇所だ。


 寓意として『隆盛している処』と『衰退しつつある処』とも読める。

 または文意そのまま自然現象として『日出る処』と『日没する処』とも読めるし、単に方位として『東』と『西』とも読めるといった具合だ。


 そして教皇猊下の勘気に殊の外に触るのが『総主』と『教皇』の部位だろう。

 この文だと、『総主』と『教皇』が並置・並列しているように読める。

 つまりは、位階としては少なくとも『対等』と解せられるのだ。

 殊にこの『総主』という階位が教皇にとっては曲者でだろう。

 じつはこの『総主』という階位は、時系列としては『教皇』という階位が成立する更に以前にあった階位である。 

 つまりは、由緒正しいと言えなくもない階位である。

 そもそも、原初の教団では『教主』という首座を置き、その下に複数の地域を束ねる『総主』がいたのだ。そして、その下に各地を束ねる主教がいる。


 それが時代が下り、戦乱時代も重なり、いつしか『教主』も弑されていった。 やがて、その空位を狙い争いが起こる中で『実力者』が教皇を称したのだ。そして分立した各国に首座として大主教が置かれ、現在の馴染み深い体制へと変わっていったのだ。


 つまり、《教皇―枢機卿―大主教―主教》という構成だ。


 ここでいう枢機卿とは、教皇庁にいる上位の大主教で教皇の補佐役となる。

 もっとも全ての枢機卿が教皇の共鳴者で賛同者というわけではないのだが。


 では元来の組織図はというと、先にも述べたが《教主―総主―主教》という構成だった。


 教団の成立過程から見れば、『総主』と『教皇』のどちらがより教会の位階として上位なのだろうか?

 『実力』的には教皇が上位なのだろうが、権威としては非常に微妙なところと言える。

 教主に付き従い、実務を複数地域に跨り執り仕切っていたのが『総主』である。

 その教主が弑されて、その混乱期に実力者が教皇を名乗った。

 この時、最初に教皇を名乗った者の位階は不明なのだ。

 総主かもしれないし、主教かも知れないが、教主でないことは確かだ。


 なんにせよ、ティナ・ライデル大主教が『総主』を名乗ったことを糾弾すれば、では『教皇とは何者なのか?』と根源問題に触れる事になってしまうだろう。

 そしてあの――『啓示問題【教皇など存在しないという啓示】』――とも、結びついてしまう。

 痛し痒しの切歯扼腕とは、この事か……。


 しかし、よくこのような古い有職故実を引っ張って来たものだと逆に感心する。

 そういえば、ベルザルで吊るされている大主教殿は、盛んに文物やらを収集しベルザルの地へと送っていたのを思い出す。

 その中に史書などがあったのかもしれない。それを援用したのであろうか? 

 だがそのような文物がベルザルではなく何故ラルキに在るのか? 

 そういえばベルザルで狂信者が跳梁跋扈し始めた頃、守旧派はベルザルに残り『正しい教義』にて再起を図り、軒並み討たれたという。


 もっとも狂信者からの報告では病死・事故死という事になっているが、教会内では誰もその報告を信じていない。

(因みにベルザルからは新たな上級神官の派遣を願う要請がいまでも来ているが、当然ながら誰も行きたがらない……。至極、当然の判断だろう。誰が狂信者が巣くうベルザルに行きたいと思うか、思う訳がない。赴任した上級神官を狂信者が気に入らなければ『神がそれを求めたもう!』と叫んで吊るされるか、病死・事故死するのが、明瞭に想像できるのだから)


 そして改革派は、いち早く公都からラルキに災難を避けて落ち延びたという。

 その者達が、それら文物を手土産代わりに齎したのだろうか……。

(改革派は、いまは吊るされている大主教の下に集まり、首尾よく新教皇に選出された際には、教会改革の契機とし、その権威付けのために様々な文物をも収集していたようだ。もっとも吊るされている大主教は、改革を行うつもりは、全くなかったようだが……)


 危難を逃れたその革新派も、ラルキにて主導権を握ろうとして暗躍したようだ。 だが、ティナ・ライデル大主教【当時は一介の主教】が保護された事件の顛末が露見し、鎮静化を図るためとはいえ当の教皇が、ラルキとベルザルを併せてティナ・ライデル大主教に治めさせたことで、転機を迎えた事を思い出した。

 この任命で、公都から逃れてきた教会関係者は、ティナ・ライデル大主教の下に降ることになったのだ。

 さすがに教皇からの直接の任命に異議や疑義を持つことは、憚【はばか】られるのだろう。

 また、その任命が気に入らなければ、この教皇庁に戻ってくるはずだが……その数は余りにも少ない。

 元より改革派なのだから、この教皇庁に舞い戻っても肩身が狭いのは言うまでもない。

 それこそ澱【よど】みが激しいこの教皇庁では、立場的に逼迫【ひっぱく】し活動できないという意味で、『呼吸【いき】ができない状態】に追い込まれかねない。

 それどころか謀殺されて、字義通りに『呼吸ができない状態』になる可能性すらある。

 なにせ守銭奴のあの大主教すら、都合よく『病死』するのだからな……。

 一介の中級・下級神官では、言わずもがな……というところだろう。


 しかし、……ラルキとベルザル……か。


 なるほど、此れは確かに複数の地域を束ねる『総主』であるな。

 これは痛いところをついてきた。

 自分【教皇】が、その地位に就けたのだからな。これは否定しにくい。


 おまけに文面には『致す』とある。


 おそらくこれは――『書いて送る』――という意味だろう。

 だが、あまりにも無味乾燥すぎる。報告という概念すら伴っていない。

 正に事務連絡ともいうべき簡素な言い回しだ。

 もはやここに『敬意や愛慕、尊崇の念』等は全くといって良いほどに、見当たらない。

 少なくとも敬意などがあるならば、「謹んで問う/謹んで送る」などの枕詞なり飾り言葉があるはずだろう。

 端的に言って事務連絡にしても、あまりにも無味乾燥に過ぎて、逆に『挑発している』のでは? と勘ぐってしまうくらいだ。

 文頭だけで、この具合だ。

 しかも、これらを認めてしまうと『総主』と『教皇』は同格だと言ってしまうに等しい。 だからといって、黙殺するという手段は採れない。


 『総主』を認めないと扱ったとしても、今度は『上位の大主教』からの一応の挨拶文が来ているのだから、返事を送らない訳には行かない。

 返事を送らなければ、自分【教皇】が認めて大主教位に就かせたのにも関わらず、その実はティナ・ライデル大主教を認めていないとも看做されかねない。

 そうなれば、またもやティナ・ランデル殿の事件が蒸し返されることになるだろう。

 いまでもその問題が燻【くゆ】っている上に、外部の勢力や各地の動向もまた、非常にきな臭くなってきている。

 市井の者達ですら、いや、市井に暮らす者だからこそ敏感に『このままでは、何かあるのではないか?』と、その肌の感覚で荒んだ空気感を感じ始めているのだ。


 『内憂外患』……そんな言葉が頭の中を過【よ】ぎる。


 その様な状況では、軽率かつ安易な動きなどは出来ようはずがない。

 そして抜本的解決も、またできない。

 動こうにも動けず、動けば波紋のみが拡がり混乱だけが生じる。

 教皇は、既に手詰まりになっているのかも知れないな……。


 ティナ・ライデル殿は、いまの情勢を知らずに……いや、これは情勢を観た上でのあえての判断か。

 まさに今だからこその『この時機』に、敢えてこの書を送った……。


 私もティナ・ライデル殿の名が挙がった際に、それとなく調べたのだ。

 だが、なかなか素性が辿れない。

 正に突然、ティナ・ライデル殿の名を聞くようになったのだ。

 だがティナ・ライデル殿に対する教皇の冷遇ぶりから、秘蔵の腹心というわけではないのだろう。

 こう言うてはなんだが、数多くいる敬虔な信徒の主教と判断したのだ。

 言い換えれば、刮目するほどの重要人物ではないはずだった。

 なにせ教皇の側役としての接遇役どころか、『壁の花【雑用係】でいろ』といわれ、他の上級神官からは『夜伽』迄、求められたという。


 つまりは虚々実々の駆け引き等は、経験不足のはずなのだが……、誰かが裏で操っているのだろうか。


 それにしても、……誰が考えたのか……。

 実に、遣り難い【やりにくい】事この上ない。

 この文面を起草し書き記した者を、私の祐筆【ゆうひつ/文書および記録の作成を担当する秘書】として雇いたいくらいだ。

 そして、此の巻物自体もまた非常に出来が良い。

 さらには、この非常に薄い皮紙。これは、一体なんなのだろうか……。


 これは、探るべきかもしれんな……。


 どういう返書を送るのかまでは判らないが、返書を送る際には『我が手の者』を潜り込ませるか……。


 ・

 ・

 ・ 


 この顛末の後、ラルキ大主教座へと返書を携えた教皇の特使団【正使一名と副使二名、補佐五名及び護衛二〇名】が急遽派遣されていった。

 そして特使団が戻ってきたのが、本日の朝である。

 よほど急いで戻ったのか、特使団の面々には疲労の色が色濃く滲んでいる。


 急遽派遣される特使団の人選の際には、担当者を宥【なだ】め賺【すか】し、時には威迫して、正使の監視と助言の任に就く副使に私の配下を捻じ込んでいたのだ。

 そしてまだ朝にも関わらず、疲労と共に焦燥に彩られた副使が、急ぎ私の下を訪ねてきたのだ。 まずはその者の労を労い、そして報告を聴いていく。



 この特使団の正使は、ラルキの教会【現在大規模増改築中】にて、教皇からの書簡をティナ・ライデル大主教へと渡したのだが、その際にかなり高圧的に口頭で問責しようとしたらしい。


 しかも教皇との仲を自分が取り持つゆえに配慮せよ【財貨を用意しろ】と、暗に仄【ほの】めかしさえしたという。


 ……なぜ、特使の正使ともあろう者が、大主教を問責しようとするのか? 


 剰え財貨を求めるとは……。

 如何に遠方の鄙地の大主教とはいえ、大主教は大主教だ。

 ティナ・ライデル殿の主張をいれれば相手は『総主』であり、その主張をいれなくともラルキとベルザルの二か所を束ねる『大主教』なのだ。

 教会規則上でも、罷り間違って口撃する事など有ってはならない。

 そもそも問責し糾弾したいのならば、大主教位から罷免しているッ!


 もはや理解出来ないとはこの事だろう。


 ……そう言えばこの正使、財貨で神官の地位を買ったという噂があったな。

 地位を得るために投じた財貨の回収を早速図ったという事か?

 確かに、職位と付随する権限を『自己の才覚と権益』と混同し、敬われて財物の進呈を受けるのは『当然の特典だ』などと勘違いし見当違いの行いをする輩や、職位と権限を拠り所とする権勢に驕り昂り、横柄に振舞う輩が少なからずいる事は厳然たる事実なのだ。認めたくはないが……。


 だが、そのような輩が特使団の正使に就くなどという事は、いままでに聞いたことがない。

 聞いたことがないが……、そんな輩が今回、特使団の正使に就き派遣されたのも、また歴然たる事実。

 少なくとも真面【まとも】な特使団の正使ならば、己がすべての事柄を知らされ、またその全てを了知している等と臆面もなく言い張る事も、そのような考えに至る事も、さすがに無い。

 だからこそ正使の任に就く者は、己が知らされていない事柄も有り得るという前提の下、軽々に振舞うことは避け、またその言動も慎重になるのが当然なのだ。

 だが、今回のこの正使は、そんな事も理解できていないらしい。

 つまりは……真面ではない特使団の正使という事になる。

 そして、そんな真面であるとはとても言えない正使が、ラルキ大主教座へと派遣されたという事実に、暗澹【あんたん】たる想いが去来する……。


 実際、副使として潜り込ませた我が配下も、この正使のあまりにもあまりにな言動には唖然としてしまい、正使の監視と助言の任という副次的な任務を全うすることすら出来ずにいたらしい。

 正使が会談中? に副使が公然とその発言を留めることは憚【はばか】られる。

 正使と副使の意見が不一致している事など有り得ないからだ。


 副使達が呆気に取られている間にも、ティナ・ライデル大主教とこの正使の間では険悪な雰囲気が見事なまでに醸成されていったという。 それどころか、この険悪な雰囲気を緩和する事も、取り繕う事も出来ずにいたという。

 また辞去する際にも、ティナ・ライデル大主教の傍らに控えた女性騎士に対して、正使は好色な視線を向けたが、当の女性騎士からは『右目で軽蔑・左目で侮蔑』といった此れ以上に無いほどの視線を投げかえされた挙句、自分達で用意した高級宿に戻ってからは『無礼だ!』と憤っていたというのだ。

 (教会内の部屋での逗留は、現在大規模増改築中との理由で明確に『拒絶』されたのだとか……)


 チッ! 斬られて始末されれば、副使が職務を代行し、狼藉を理由に有利に交渉を運べたかもしれないのに……。

  さすがにティナ・ライデル大主教がその傍らに置くほどに、信を置く者か。

 自制する術を、よく知っていると観える。



 そしてより決定的なのが、後日に執り行われたラルキ国王との謁見の場において、臨席していた獣人を公然と論【あげつら】った挙句に、貶【けな】した事であるという。さらにはラルキの事さえ鄙地だと揶揄したという……。

 余りの愚かさに頭痛がしてくる……。


 ……うん? ラルキ国王との謁見に臨席していた獣人……だと? 

 ラルキ国内で、王の謁見の場に臨席するほどに信を置かれている獣人といえば?


 ……?! 

 クワッと両の眼が無意識に見開かれるとともに、文字通りに息が詰まってしまう。


 カハッ、ヒハッ、ガハッ! 

 だ、駄目だ。こ、呼吸ができない!? 


 カヒッ、ヒュハ、ゼハァ、ハァハァ、ハァ~……。

 お、落ち着け……、落ち着いて呼吸を整えるのだ!


 ゴクリと無意識に乾いた喉を鳴らす。

 まさかその獣人とは、現剣聖ではあるまいな?


 控えている副使に無言の視線を送るが、それに応える副使は、ただ黙って頷き肯定する。


 剣聖を、公の場で公然と論【あげつら】った挙句に、貶【けな】したのか?!

 ……そんな、まさか!?


 ば、馬鹿者がァァアア!


 そのような仕儀に及べば、いかなる事態を招くか想像する事さえできないのか?!

 剣聖とは、ただ強いから剣聖と呼ばれているのではない。

 武神の聖印を持つ者への尊称だ! 

 武神を愚弄すれば、武神を信仰する者達が如何なる仕儀に及ぶか想像さえできない。

 兵・騎士・戦士はいうに及ばず、猟師・冒険者・術者・傭兵・剣闘士、果ては賊徒に至るまで、およそ戦いの場に身を置く者や、鍛錬場の運営者やその門人【弟子】、武具職人、各関係者、各人の家人に至るまで、武神を信仰する者、武神の加護を求める者は数知れず。

 まして武賛協会もある。

 この武賛協会は互助団体の様な名称だが、光神教会は元より他の教団からも、実質的な武神教団と看做されているもの。

 己等が祀る祭神の聖印を持つ者【名実備わった最高権者】を論【あげつら】われて黙っている教団が、どこにあるかッ!?


 そして更に厄介どころか危険なのは、傭兵国だ。

 この失態が知られれば、傭兵団を雇い入れる事すらできなくなるかもしれない。

 それどころか『武神を愚弄している』として、こちらに攻め込んでくる事態にも為りかねないッ!

 勿論、目的は回復系統の術者の獲得だ。

 その為の理由なら、何でも良いのだ。

 しかも今回の出来事は、最高の口実とも成り兼ねない。


 な、なんという事をしてくれたのだ!

 教皇派の共鳴者ゆえに、その威光で如何なる横暴も正当化されるとでも考えたのか?


 開戦どころか攻め滅ばされたいのかッ?! 

 これでは利敵行為どころか、外患誘致ではないかッ!?

 何を考えているのだ、あの痴れ者はッ!


 焦る私を、報告していた配下の副使は『同情』とも『憐憫【れんびん】』ともつかぬ目で見ていた。


 ・

 ・

 ・ 


 日も改まらぬその日の内に、特使の帰還報告を受けるべく、指導層の上位神官達が再び参集していた。

 そして報告会が催されていたのだが……、どうにもこの『正使の口上』と『副使が行った私への報告』との間に、甚だしい齟齬【そご】がある。

 ……いや、此れでは全く別の事案の報告を聞いているかのようだ……。

 それほどまでに『乖離』していると言っても過言ではないだろう。


 そもそもこの正使、なぜ旅装を解いていないのだろうか?

 我が配下の副使は旅塵を落とし正装をして、正使の後ろに並んでいるのに?

 旅装を解く暇も無いほどに、急ぎ謁見しているとでも言いたいのか、此の者は?

 妙なところで、演じる癖があるようだな。

 もっとも、その演じ方も妙だが……。


 まァ、いい。

 それよりも問題は、その報告内容だろう。

 だが……だ、聞けば聞くほど出来の悪い『錬金術紛いの詐欺話』を聞いている気分になる。

 それでも教皇に対して報告されている以上、聞かざるを得ないのだが、要点を直訳すると、こうなるようだ。


 ――ティナ・ライデル大主教は、教皇の御意向を聞き及ぶや、その燦然と輝く御威光とその御威光を笠に着る己に『己が不明を顔を赤らめて恥じ入り、自ら門を閉ざして蟄居【ちっきょ/閉じこもる】した』――。


 ……何を言っているのだ、こいつは? 

 幾日も放置された挙句に、返書を得るために三日間日参し、剰え門前に立たされて待たされた挙句、司祭から書を受け取り帰参したと、我が配下の副使から報告を受けているのだぞ。

 誰がどう見ても、自ら不興を招き、厭【いと】われた末に、追い返されたとみるべきだろう。

 事実、副使はそう観ており、そのように私に報告している。


 教皇は、如何なる内容の返書を送ったのだろうか……。

 このような者を正使として派遣するという判断を下したことからも、どうしても一抹の不安を抱かざるを得ない。


 そんな不安を抱かせるこの教皇猊下は、正使の『尾鰭【おひれ】どころか、背鰭【せびれ】と翼まで付いている馬鹿げた報告』を真に受けている御様子。

 ――『人は見たいものを見て、聞きたいものを聞く』――とは世に広く流布する言説なれど……、それをこうも、まざまざと見せつけられると、我が心胆を寒からしめる……否、我が心が凍りつく思いだ。


 そんな口上を、正に我が意を得たりと満面に喜色を湛【たた】えながら聞いた教皇は、機嫌よく『親展の文』を紐解いていく。



『二度も我が命を狙われれば、如何に穏健な私とて、安穏と構えている事など出来るはずもない。

 また、我らが先達への仕打ちも忘れてはいない。

 更に我らが敬愛する光神への信仰について、『教皇庁よりの認容・許諾を受けなければならない』などとする教義も存在しない。

 恐れ多くも神は既に各人の信仰心に宿られ、我らを見護っておられる。

 教皇庁こそ、その尊き信心を侵犯・排斥しているのは如何なる由縁か。

 かかる行為は名実ともに恐るべき背神・背教行為であり、涜神【とくしん】の極みであると断じざるを得ない。

 よって、ここに光神教会教皇庁を『神への挑戦者』と認定し、本書面をもって破門に処することを宣するものである。

 またラルキ大主教座は、その名を星光聖教会【以下、東方教会と略す】に改めることとし、光神教会【以下、西方教会と略す】と袂を分かつことを、ここに宣する。   

 また――』



「あ、あの小娘がァァああッ! ふざ、ふざけおっ……ァがッ?!」


 ガタンッ!

 ドサッ……。

 


 豪奢極まる椅子に腰掛けていた教皇は、その椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がり、激昂のあまり、その顔は朱を通り越して赤黒くに染まっていく。


 控えの付き人等は突然の咆哮に巻き添えは御免だと、身じろぎもせずに事の成り行きを静観していたが、それらの忠義心もすぐに崩れ去っていった。


 当の教皇が、呻き声と共に片方の手で己の頭を押さえたかと思った矢先、白目を剥いて意識を失い、そのまま豪華極まる机に己の頭部を強かに打ち付けて昏倒したからだ。


「……?! げ、猊下ッ!」


 呆気にとられ、茫然と立ち竦むもすぐに我に返り、慌てて倒れ伏した教皇に駆け寄っていく者が数名。

 一方で、幾人かはいまなお茫然と立ちすくみ、また幾人かはその成り行きを見極めんと敢えて動かず、また幾人かは己が組する派閥へと急報を届けるべく足早に部屋を後にしていった。


 この日より、教皇は病に伏して意識不明の重体となった。


 東方教会ティナ・ランデル総主からの文を読んでいる最中であったと、実【まこと】しやかに市中へも漏れ伝わっていく。


 教皇が病に伏してからと言って、状況は止まりもしないし改善もしない。

 因みに近々行われる予定だった教皇選挙は順延となった。

 教皇が御悩【病】を抱かれたからといって、断わりもなく教皇位から退位いただくのは不敬だと、教皇派が強硬に言い募ったからだ。


 その為、集団指導体制という美名のもと、有力者の寡頭制が敷かれていく。

 何故に、このような妥協案で合意したかと言えば、内部の軋轢で長期間揉めている余裕がないほどに、外部の勢力や各地の動向が明らかに不穏であるからだ。


 対応するべき事項は山積し、その全てが機微に富んでおり慎重にも慎重を期して対処せねばならない。


 最近までは『結果』が解っているかのように英断し、果敢に処置していた教皇も、さすがに高齢ゆえなのか、直近ではその判断に陰りが見え始めたと実【まこと】しやかに噂され、逡巡どころか迷走しているのではないかと勘繰られるほどに対応が鈍く、其れに比して問題が山積していた。

 そんな現在進行形で山積しつつある問題群に、今度は『教皇自身が倒れる』という事案が追加され、それのみならず更なる新たな問題として『ラルキ大主教からの文への対応』が追加されることになったようだ。


 そのため、急遽集められた教会の最上層部の者達で、この文を回覧していく。

 正直、山積した問題の中では、さして重要ではない些末な問題であろうと安易に考えていたのだ。 だからこそ早く処理したかったし、参集した者達の胸中では『その内容への興味』が多分に先行していたのも言うまでも無い。

 そして読んだ者すべてが、無言で怪訝な表情を浮かべていく。


「……(二度も我が命を狙われれば……だと? 『二度』とは、どういう事だ? 

 それに――『我らが先達への仕打ち』――とは、なんの事だ?

 『神への挑戦者』と認定とは? 破門に処す? 東方教会? 

 ……なんなのだ、これは? 一体、何が起きているのだ?!)」


 まさに、――『天が二つに分かれるのだ』――と告げられ、理解の範疇を飛び越えた状況に愕然としてしまう。

 もはや、これは些末な問題どころか、最重要で喫緊の問題だと認識を改める。

 そして『あの教皇は、この情勢をどう収めるつもりであったのか?』と、暗澹たる気持ちがその胸中に満ちていった。


 そんな沈鬱な雰囲気の場に、さらに憂鬱な報せを持った者がいる。

 伝えなければならないことは、明らかだ。

 殊は、教団の存亡が賭かっている。

 だが、なんと伝えれば良いのか? それが解らない。


 ――『特使の正使が挑発ともいうべき行動をとり、敵対者を創ってきました』――とでも、言えばよいのか?


 いくら変幻自在の可塑性に富む矜持があろうとも、振り下される白刃には抗し様も無いのは、歴然たる事実。

 それは歴史が証明している。

 何と言えばよいのだ? ……駄目だ……、解らない。

 もう、いい。ありのままを告げよう。

 これだけ上級神官が集まっているのだ。寄り集れば何かしらの案は出よう。


「諸卿に伝えなければならない事がある。実は特使としてラルキに赴いた正使が――」


「そ、それは……、真……なのか?」

 皆の顔には、信じられないという表情がまざまざと浮かんでいる。

 この場にいる者達が、いま正に想いを一つにしたと言って良いだろう。

 私も安堵した。この同輩たちが、少なくとも情勢を理解できる真面な心身を保持している事に。

 

 「いかにも。同行した副使にも確認した。これは紛れもなく事実である。殊は危急の事態と考える。諸卿、如何すれば良いだろうか?」


「そ、それは……」


 ふふふ、二の句が継げないだろう? 奇遇だな、私もそうなのだよ。

 対立してはいるが、いま再び想いを一つにし、軌を一にして同じ道を歩めることを嬉しく思うよ。

 その道がどこに繋がっているかまでは判らないが、それが静謐な路ではない事は確かだろう。


 ・

 ・ 

 ・


 ティナの意向を聞き、これら一連の文を起草した如月弥生は、『教皇斃れる』との報せを聞き及んだ際に、――『ときに言葉は剣よりも強し。ですよ』――と言ったとされ、共に文面を推敲した剣聖たる天音詩織はそれを聞き、大笑いしていたという。 また親展の巻物を送った当の星光聖教会ティナ・ライデル総主は苦笑いを浮かべ、また同じく顛末を聞いた諸宮とラルキ国王リーナ及び側近は、唖然としていたと伝えられる。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 現代においても、この二つの巻物は第一級の歴史資料として現存している。

 だが、その内容については様々な論説が成されると共に、多様な評価があることでも名を馳せる有名な資料である。

 

 その評価の一例として――


 名文【諸処の情勢を見極めて記したとする評価】

 迷文【書いている者が何を書いているのか理解せずに、ノリと勢いのみで書いたとする評価】

 冥文【書面で教皇が激昂し倒れた事実を捉えて、悪意と明確な殺意を持っていたとする評価】


 ――等がある。

 様々な評価があるが、いずれにしても本書簡が歴史を動かしたという点では、衆目が一致している。

お読み頂きありがとうございました。

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