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68 暗闘

 《 ラルキ王国 王城 》


 すでに深夜。

 夜の静寂が、王都全てに満ちている。

 そんな王都の中でも現在鋭意増築中の王城は、昼には一際喧騒と活気に満ちていると言っても過言ではない。

 そんな王城とはいえ、深夜にもなれば警備の者と輪番で当直する極少数の者達を除けば、起きている者等数えるほどしかいないだろう。

 だからこそ暗躍するには、それが人であれ、モノであれ格好の時刻ともなるのだ。


 王城内の奥まった一区画で静かに異変が起きつつあった。


 ジャララ……、チャリリ……。


 周りを見渡せば様々な宝飾品が置かれている。

 そんななかで、それなりに見事な首飾りが不思議な事に自ら解【ほど】けていく。   

 自重で落ちるのかと思いきや、不気味に蠢きながら床に静かに降り立ち、滑るように移動していく。


 シュルル……。


 無人のはずの宝物保管庫から相応しくない物音が微かに聞こえる。

 だが、それを聞き咎める者はだれ一人としていない。

 それは当然であろう。何しろその音は宝物庫の内部から聞こえているのだ。

 宝物庫の内部に人を配することなどしないのだから。


 シュルル……ルルル……。

 カリカリ……ジュ……。ジュ、ジュ――……。


 壁からは微かな異音が聞こえる。

 何かを噛み砕き溶かしているのか、僅かに異臭も漂う。

 それとて、よほど鋭敏な者でなければ気が付かないであろう。

 やがて壁に小さく穿かれた穴が開き、宝物庫から這いずり出てきたモノは、細く長い鎖のような代物であった。 そんな鎖のような代物は滑るように廊下に這い出てくると、その体躯を縮めていった。

 それに比例するかのように太くなり、飾り部を核にして頭部が形成されていく。

 その様態たるや『大蛇』のそれであった。 

 僅かな月光に照らし出されるその体躯は実に不思議な色合いをしている。

 大蛇に酷似した動きながらも、その体色が適時、変化していくのだ。


 そして夜の帳に閉ざされた暗い廊下にさしかかり、陰に入るや昏い闇色に体色を変化させた。


 闇に紛れる暗褐色で悪意が具現化したようなその大蛇が、這いずりながら目的の部屋へと静かに近づいて行く。

 所々の窓から入る月光と月光が創り出す陰に潜む妖しい大蛇の眼だけが、まるで周囲の温度を見ているかのように、紅玉の輝きを微かに光らせていた。

 

 音もなく這い寄っていくが、近づきながらも毒が空気中に噴霧されているらしく、要所要所にいる警備の者達が崩れ落ちていく。

 そして狙いを定めた部屋の前の警備もまた、脆くも崩れていく。

 金属の大蛇は、その様子を観て不気味に身を捩じらせていく。

 さながらその様は、歓喜に震えているようであり、その紅い眼をもより一層輝かせていた。



 今はまだ長廊下の先にいるそんな闖入者【ちんにゅうしゃ】を、ある部屋の前に置物として鎮座していた招き猫の像が、その黄色い眼を爛々と光らせながら見つめていた。

 徐々に近づくその闖入者が一定距離に近づくや、静かにそして機敏に体躯を闖入者と正対させる。そしてその短い両の腕を伸ばして、己が体躯の前で両の掌を組んでいく。 また両手の指先から短く出た爪を眼前で合わせて、まるで何かを狙っているかのように構えていく。

 像ゆえの無機質さゆえか、闖入者の温度感知にも悟られずに狙いを定めていった。 その際の動作音は、羽虫の羽音と同程度である。



 警備さえ倒れ伏し静寂に満たされている廊下に、突如似つかわしくない声? が木霊【こだま】する。


「ンニャ~ゴ~~、フゥ――~~……、シャ――ッ!」


 突如、警戒感極大の猫のような唸り声が聞こえたことから、闖入者の大蛇は陰から鎌首をもたげて周囲を窺う。

 そして短い腕を組みながら、その爪の先に蒼い輝点を微かに灯し、ぼんやりと暗闇の中に浮かび上がる珍妙な猫? を認めた。

 自分を明らかに凝視しているそんな珍妙な猫? と視線が交錯した瞬間に『敵だ!』と理解し同じく威嚇の声を張り上げた。


「ジャャァァアア――ッ!」


 ここからは、熾烈極まる暗闘の始まりだと戦闘態勢に移行しようとする金属の大蛇。

 その刹那に、集束された蒼い光線が虚空を切り裂きながら一条の軌跡を描き奔【はし】った。 招き猫の組んだ指先から大蛇に向けて、照射されたのだ。 


 ビィッ!

 ブ、ジュッ! 


 ビィッ!

 ジュッ!


 禍々しさを具現したその大蛇は、ほんの一瞬だけ、集束された一条の蒼い光線(高出力レーザー? 荷電粒子ビーム? 集束熱線?)に抵抗したようだが、その甲斐もなく鎌首ごと撃ち抜かれた。

 空中に撥ね跳んだ首は、何が起きたのか理解できぬままに、招き猫が放った第二射を浴びて蒸発し、消え去っていく。


 ジャララ……


 禍々しい金属質の大蛇は、その頭部を吹き飛ばされて元の金属の鎖に戻りながら、力なく崩れ落ちていった。


「フシュ~~……、ンニャ~ゴ~~……、フゥ――、ルルル~~……」


 指先から微かにたなびく煙を器用に掌を軽く振るう事で散らし、仕上げに指先に軽く息を吹きかけた招き猫は、喉を満足げに鳴らす。

 その面貌は像であるが故に、当然ながら何ら変わりはしない。

 しかし、その身に纏いし雰囲気たるや、正に一仕事やり終えた歴戦の猛者のそれである。

 それどころか「また、つまらぬ物を撃ってしまった」とでも言いたげな様子であった。

 そんな歴戦の猛者たる招き猫は、いつ来るかわからぬが、またいつか来るであろう招かれざる強敵【とも】と相まみえることをその胸に期して、静かに元の招き猫の体勢に戻っていく。


 コリコリ……。


 やはりその際の動作音は羽虫の羽音と同程度であった。


 ・

 ・

 ・


 ラルキ王城に客将として逗留中の天音詩織は、ある目的地へと向かうべく城内の通路を急いでいた。

 その途上で詩織発案・改造のイザヨイ製設置型番兵『招き猫三二型三号機(特殊仕様)』から撃退の報せを受けた詩織は、やや安堵しながらも歩調を更に速めていく。


 余りにも早い対応だが、招き猫三二型三号機から侵入者警報を受けて急ぎ自室に何処からか舞い戻った詩織は、すぐさま装備を整えながら部屋から広域で気配を探る。その結果、不審な雰囲気を感じ取ったのだ。 より詳細に気配を探ると既に警備の気配が断たれていることに気が付き、急ぎ部屋から出て、目的地へと急ぎ向かったのだ。


 詩織が部屋を出た際、部屋の前で当直警備の任に就いていた騎士は詩織が就寝中と考えていたのだが、突如扉を開けて出てきた詩織を観るや驚愕してしまう。

 身形【みなり】を整えて、帯刀までしていたからだ。

 そんな唖然【あぜん】としている騎士と、物音に気が付き慌てて控えの部屋から参じるも、これまた身形を整え帯刀までしている詩織をみて、唯々茫然【ぼうぜん】としている侍女に、詩織は矢継ぎ早に指示を出していく。そして警備所にも伝令が走り、警戒態勢と城門警護が厳重に行われるように手配が行われたのだった。


 そして詩織は騎士と途中で合流した兵を引き連れて、行動を開始していく。


 まずはラルキ国王リーナの寝所に向かい、警備をより厳重にさせる手配を済ませた。 次いで近衛隊に城内の明かりを灯させていく。

 深夜にもかかわらず城内が騒めいて行くが、その場には詩織は既にいない。

 複数名を伴って、王城に滞在中のラルキ大主教の客室に急行していたのだ。


 途中で合流したラルキ大主教ティナ・ライデル付きの護衛たる白騎士アリシアを引き連れて、ティナの寝所に近づいていく。だが突如、その歩を止めて拳を軽く挙げた。 そこで同行した者達の歩を留めるためだ。


「待て。 皆の者、注意せよ。毒が滞留しておるぞ」


 そう言うや近場に据えられていた花瓶に手指を突っ込んで水に濡らし、次いでに唇に紅を塗るかの様に指をなぞる。そして舌で僅かに舐めとるが、見ようによっては実に艶めかしい仕草であったが、最後は『プッ!』と吐き出すその姿は武人のそれである。


「この水は穢れてはおらぬ。花瓶の水に布を浸し、口元と鼻を覆え。今からそこの窓を割るので各自警戒せよ」


 そう言うや懐からクナイを取り出し、廊下に面した窓に投擲し叩き割っていく。

 そして単独で廊下に出るや抜刀して振り抜き、剣圧で毒を四散させていく。


 突如、窓が割れる異音で叩き起こされたティナが部屋の扉を開けようとしている気配に、詩織が声を掛けて静止する。


「ティナ! 部屋から出るな! それから窓に近づくな! 屈んで身を低くし寝台の影に入るか、机を引き倒してその陰に入れ! いまからそちらに行く!」


「詩織様!? はい、わかりました! それから部屋の中には不審な影などはありません! いま寝台の影におります。 扉から二時の方向です!」


「良い報告だ、あいわかった!」


 一二等分で方位を現わす表現方法は、イザヨイから伝えられており、その便利さ故にラルキ近隣で広く採用され始めていたのだ。今回はそれが功を奏した形である。

 その的確で要領を得た応えを聞き、懐から総鋼造りらしき鉄扇を取り出して開き、簡易ながらも楯代わりとしながら、ティナの部屋に踏み込んでいく。

 そして素早く四方のみならず天井にも目を配り気配を探っていく。

 そして身を屈めたティナに視線を流し、特段異変がないことを確認していく。


「うむ、大事ないな。アリシアッ! ティナを安全な所へと移せ! 

 ティナは寝衣か。ならば、これを羽織っていくがよい。

 護衛は、五名付けよ。行け!」


「はッ! さ、ティナ大主教、こちらへ!」


 詩織自らがその身に纏っていた残り香が薫る羽織を手渡されて身に纏いながらも、何が何やらわからず困惑しているティナを連れて現場を後にするアリシア。

 そんなアリシアを見送り、早速現場検証に移る詩織。

 部屋の中には特に異常もないようだと判断し廊下に出ていき、招き猫の像に近寄っていった。 同行したラルキの面々からすれば、見るからに面妖な招き猫の頭に躊躇いも無く、その手を置いていく。

 その様は、まるで褒めているとも、なにやら伝達事項を聞いているかのようでもあった。 そんな詩織が、徐に周囲を見回し始めた。まるで何かを探しているかのような雰囲気であったが、すぐに目当てのモノを見つけたようだった。

 そんな詩織の視線の先を追ったラルキの面々もまた、明らかに場違いなモノが転がっている事に気が付いた。


「……ふぅ~~。……(外法【げほう】とはの……。やってくれる)」

 招き猫の頭に肘をつきながら、すっと僅かに目を細め、その貴金属の鎖を見つめて深い呼気【こき】をする詩織。


 一方で、剣聖に同道した騎士達といえば、白を基調とする珍妙な像の頭に肘をつき、凭れ掛り【もたれかかり】ながらも「……ふぅ~~……」という感情を押し殺したような呼気をして思案する詩織を観て、「さすがの剣聖様も就寝中にたたき起こされれば、やはり立腹するのだな」と見当違いな感想を抱いていたのだった。



 ・

 ・

 ・



 《 ラルキに潜入中のある間諜 》


 すでに夜半過ぎであり静寂が満ちている頃にも関わらず、なにやら空気が騒めいている。

 そんな不穏な気配を察知し、身を横たえる寝台から、もそもそと出でて閉じられた木窓を静かに開けていく。

 やはり、肌がひりつく。物々しい雰囲気を感じるのだ。

 『何かあるのか?』と、木窓の影に入り警戒しながらも周囲一帯を素早く見廻していく。 そして直ぐにその原因が分かった。


「……(チッ! バカがッ! どこの誰だか知らんが、何かをしようとして、しくじりやがったのか?! おかげで警備がしばらく厳しくなるじゃねーか! 『下手を打つ【軽挙妄動に逸って失敗する】』くらいなら何もしなければ良いものを……。 予定の作戦は中止するしかあるまい。 くそッ! 余計な真似をしやがってッ!)」


 宿の開け放たれた木窓からは、遠くの王城が観えている。

 そんな王城は、今まさに城内は元より城壁上のそこかしこで、そして望楼に至るまで明かりが灯り始めていた。

 そんな明かりに目を配りながらも心の中で愚痴をこぼしていたが、その僅かな時間でも、灯る明かりは増え続けているのが見える。


「ねぇ~、どうしたの~? 窓なんか開けて考えこんじゃってさ~?」

 寝台の上から甘い声で半裸の女が語り掛けてくる。


「ン~、お城に明かりが燈っていてね~? 何かあったのかなと考えていたんだよォ~」

 振り返りもせずに、同じく気怠くも気安い声で応えていく。

 だがそんな口調に反して、その眼は鋭く路地の影伝いに動く者達を目ざとく見つけていた。


 任務を断念した御同業の間諜か……。

 明日というか、もう今朝というべきか。 なんにせよ、しばらくすれば夜明けを迎える。

 そんな今朝【けさ】からの宿検め【やどあらため】を厭うての離脱だろう。

 苦渋の決断と言ったところか? まぁ~、気持ちはわからんでもないがな。

 捕縛されるよりは、良いだろうさ。

 俺はお前さん等の『退く』という決断には、敬意を表すよ。 ついでに感謝もしてやる。 未熟な競合者が消えれば、やりやすくなるからなッ!


 そんな間諜を、半裸の女が冷たい視線で観察していた。

 もしも間諜の男が、今この場で振り返り、女と視線を絡ませたならば即座に敵と判断し死闘に至っていただろう。 この女もまた密偵であったのだ。


 ・

 ・

 ・


 《 ある神域 》


 ゴォオオ――……。

 ガラガラ……。


 炎上し崩落している残骸を見やる。

 突如、来襲した白地に朱色で彩られた仮面を着けた『獣神?』如きに、己の住まいたる神殿が破壊されたのだ。

 全てが灰燼に帰していると言って過言ではないほどの破壊ぶりである。

 建造物だけではない。

 己に服属している属神どもは、意識を刈り取られて倒れ伏したり、斬られて動けずにいたという。

 全く、何の役にも立たない奴等だ。 正に『使えない』という言葉が相応しい。

 こんな奴等でさえ神と名乗れる乱れた世を憂う。

 やはり我こそが導かねばなるまいと、その決意を新たにする。

 ところがだ……、そんな崇高な使命を帯びた我の神域を荒らす不埒な者がいたのだッ!


 この我が、尊大な有力神や傲慢不遜なる大神どもの会合に出てやっている間隙をつかれたのだッ!

 緊急の連絡を受けたが、会合を途中退席するわけもいかない。

 途中での退席など『なにか変事がありました』と喧伝しているようなものだ。

 しぶしぶ自然に散会するまで留まる羽目になったのだ。

 そして急ぎ帰参してみれば、入れ違いで獣神は逃げたようだった。


 不遜にも我が神域で、暴虐の限りを尽くしたその獣神は、突如その破壊衝動が収まったのか、それとも満足したのか、己のこめかみに手をやり、何かを考えている、もしくは伝達を受けているようであったという。


 そして徐にその面【おもて】を上げるや、手にした反りの入った美しい剣を振るって、己が前の空間に断裂を造り出し、悠然とその断裂に身を通して逃げたという。


 お、おのれぇ―~~、不逞の輩なぞ、手ずから成敗してやったものをッ!

 命冥加な奴め!

 だが、そやつが何処の手の者かなど大体の見当は付く。

 こいつは……いずれかの有力な神や大神どもの刺客に、間違いないッ!


 我の護衛に就かせるべくイプシロンを会合に同道させた隙に、我が神域に侵入させたのだ。

 この我らの不在を見計った時機(タイミング)……、明らかに狙っている!

 思い返せば、無駄に時間を引き延ばすが如き自慢話を振ってきた彼奴が、怪しいッ!


 ふ、ふざけおってッ! 許さぬ……許さぬぞォォオオッ!


 賽【さい/サイコロ】は……、賽は、投げつけられた。

 賽は、既に投げつけられたのだ!


 う、討ち入りだ……、戦だ。 これは戦だァァアアッ!

 戦【や】ってやるッ! 殺【や】ってやるぞォォオオッ! 



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 《 イザヨイ宮 近郊 》


 ザッ……、ザザッ……。


 僅かな音を立てながら、藪の中にその身をすばやく滑り込ませていく。

 そして身を伏せながら息を殺して気配を断ち、目のみを僅かに動かして周囲を探っていく。


 その手慣れた様子から、幾度も務めを果たしていることが窺えた。

 そして今この場にいること自体が、務めを達成し、生還し続けた証でもある。

 それは紛れもなく熟達の域に達した者であることを意味していた。


 そんな熟達の者が、藪に身を隠すのに僅かとはいえ音を立ててしまうほどに、体捌きが荒い。

 それは内心の焦燥感を如実に表している証左でもあった。


「……(ぜぇー、ぜェー……、くそがァ~。なんなんだ……彼奴【あいつ】はッ?!)」


 無意識に悪態をつきながらも、息が上がっていることに気が付いていない。

 それほどまでに『殺気の無い殺意』を向けられて過剰なほどに緊張を強いられていた。


 ・

 ・

 ・


 本来は、簡単な勤めのはずだった……。

 イザヨイに潜伏中の間諜からの連絡を持ち帰る為に接触したが、それこそが罠だった。 わざと泳がせていやがったのだ。

 間諜が集めた情報を受け取り、帰還の仕度をして宿を引き払う。

 今回は、どうやら荒事は無いと安堵しながら帰途に就く。


 そんななか、途中で尾行されていることに気が付いた。

 切っ掛けは、正に偶然だった。

 川岸の沿道を進んでいたところ、すれ違った行商人の目が鋭いことに気が付いたのだ。 行商人という生業上、野盗に出くわすこともあるので目つきが鋭いことは、ままあれど……、鋭すぎることが気にかかる。

 そこで木陰に入り、いかにも休憩と言った態で、宿で買い求めた弁当なるモノを取り出す。

 その際に休憩場所を均しながらも、さっと視線を流して周囲と後方を観察していく。


 俺の後方にいるのは、二名。

 彼奴は、違う。

 ……だが、奴は……宿にいた! 偶然にしては出来過ぎなほどに、相当の距離を歩いている。つまり奴は『不自然な体現者』ということだ! この俺に案内させて、何処の手の者か探るつもりか?!


 そうとわかれば、対応は簡単だ。この追っ手を撒けばよい。

 そのためには、まずは腹拵え【はらごしらえ】だ。空腹では、いざという時に動けなくなる。

 場を整えて鷹揚に弁当なるモノを食べ始めるが、これはなかなかに美味いな……。

 次回があれば、再び買い求めるとしようか。

 そんな事を考えながら、のどの渇きを癒すために生温い水の入った皮袋を傾ける。

 その際に皮袋の持ち手兼補強具でもある磨かれた金属装具に、映り込んでいる者を薄眼で確認する。

 何気なく後ろを通り過ぎているが、映り込んだ像には、こちらに鋭い視線を流す様子がはっきりと映っていた。


 ……野盗でもないな……、まして旅人や行商人がしてよい目つきではない……。

 これは、明らかに訓練を受けているモノの動きだ。


 腹拵えも終えて、再び帰路に就くことにする。

 尾行もついてくるが、先ほどの者とは違う者だ。

 この事が指し示すことは、交代要員がいるということ。 そして交代要員を差し向ける事ができる組織があり、支援体制を整えているという事を意味している。


 この尾行を撒くために、あの手この手と策を弄するも、なかなか撒けない。

 仕方なく見通しの悪い曲がり角を利用して森に分け入り疾走するが、此れは悪手だったと理解した。

 尾行は撒いたようだが、別の追手が追いついてきた。

 そう、『追手』だ。

 もはや隠密に尾行ではない。確実に捕縛するか始末する気だッ!

 そうとなれば、こちらも『撒く』ではなく逃走……もとい強行離脱に切り替える。 


 だが……、だ、だめだッ! 引き離せないッ!

 気配の察知に長けているのか、耳が良いのかはわからない……。

 だが、明らかに動きが早い! な、何だ、こいつは?! 獣人か!?

 しかも、こ、こいつ……この俺に比肩する手練れだッ!


 あ、あの野郎……、ふざけやがってッ!

 なにが――『辺境蛮族の地に赴き探りを入れて、報せを持ち帰るだけの簡単なお仕事です』――だ!? 全く話が違うじゃねェかァァッ! ちくしょうがッ!?


 そして今、追いかけまわされている。

 もはや引き離す事など出来ないだろう。それどころか、確実に距離を詰めてきている。 

 もはや『一戦して始末するしかない!』と覚悟し、息を殺して藪の中に潜むべく素早くその身を滑り込ませるが、その額と背中には嫌な冷汗が伝っていく。 


 ・

 ・

 ・


「……(ぜぇー、ぜェー……、くそがァ~。なんなんだ……彼奴【あいつ】はッ?!)」


 周囲を探るために、全ての神経を集中させている。

 だが、いまいち気配が感じられない。

 だが全ての神経を集中させていたが故に、極々僅かな異変に気が付いた。


 ヒュッ、ヒュッ


「(ハッ?!)ゥヌオ!?」


 ザシュッ! ザシュッ!

 鬱蒼とした木陰を突き破りながら、投げナイフが勢いよく飛んでくる。


 明らかに殺意が乗っていることは、確認するまでも無い。

 そんな死の刃をなんとか身を翻して躱していくが、躱しながらも地に突き刺さった投擲物を瞬時に確認していく。

 投げナイフと思ったものは、意外にも良く見知った投擲用のナイフではなかった。


 なんだ? 棘……いや星形か? 形状と大きさからして、本来の威力としてはあまりないのかもしれない。

 己が使ったことがあるからこそ、わかることもあるのだ。

 投げナイフでは、そうそう地に深く刺さりはしない。

 だが……、それはあくまでも『人』が投擲した場合だ。

 これを膂力に優れた獣人が投げたらどうなるか? 

 ……地に半ば以上めり込んでいるモノを観るまでも無い。

 防具も軽装を好む密偵ともなれば、こんなものに直撃でもされたら、ただでは済まないだろう。

 しかも放射状に全周に渡って刃が出ているため、どう投げても刺さる。

 さらに投擲時に回転するため、遠心力が働き僅かに掠っても斬れるのだろう。

 そして……投擲された物自体が、夜陰に紛れるように黒い。

 まるで投擲者のみならず製作者の昏い情念を表すかのように黒い。

 だが刃部であろう僅かな地金が、木漏れ日の陽光を受けて鈍く昏い複雑な色合いを返している。


「……(ギリッ! ……畜生がッ!)」

 微かに複雑な色合いを見せるそんな刃に一瞬目に止めて、思わず毒づいてしまう。 声を出して呪詛の罵りを挙げなかっただけでも、やはりこの者が熟達の域に達する密偵だと物語っていた。


 その目に留まった刃先には、地金ではない色合いが見えたのだ。

 毒か痺れ薬かまでは、いまこの場ではわからない。

 判らないが、報せを持ち帰らせはしないという確固たる意思だけは判った。


 そんな数瞬の思考の間さえ、隙と捉えたのか今度は違うモノが飛んでくるが……。


 ボゴンッ!


 今度は木の幹に、半ば以上までめり込むほどのモノだった。

 異音に思わず視線を流してしまう。


 太い釘? 


 一見すると釘のように観えるが、それは短い棒だった。

 大きさとしては『掌の大きさ』と言ったところか……。

 太さとしては指2本には届かないほどだが、相当に重いようだ。

 この系統に属する物の投擲では、1回ないし2回ほど縦回転しながら飛翔し、鋭利な先端が目標に向く瞬間に突き刺さる『直打法』が普通である。

 あまりに高回転の投擲だと、極端なまでに『突き刺す』という制御が難しくなるのだ。 そして突き刺さらなければ、当然ながら無意味である。

 あ、いや……、一応は鉄塊を投げてはいるので、その意味では『意味はある』とも言える。


 だが今はそんな益体もない事を考えている状況ではない。俺の目に映っている太い釘は、木の幹に半ば以上までめり込んでいるのだ。このことからも、明らかに力が段違いに強いのがわかる……。

 これは、回転しながらの飛翔というよりも、もはや直線軌道で飛んできている!

 膂力の強い獣人だからこそ、成せる技というべきか……。

 もはやナイフや斧といった投擲武器ではなく、弓矢やバリスタといった投射武器に近い。 こんなものに直撃されたら、文字通りに釘付けにされてしまう。


 その一方で、棒状だったのが幸いした。

 いや、この場合は災いだったのかもしれない。

 刺さった角度から逆算して、視線を斜め上方に投げかける。


 そこには掌の大きさで長い菱形のような棒【クナイ】を木の幹に突き刺し、左手のみでその身体を支えている黒づくめの猫が、光る眼でこちらを観察していた。

 そして右手は既に先ほどと同じモノ【太く短い棒/棒手裏剣】が握られている。


「くそがァァアア!」


 猫と思しき獣人の目を見るや、密偵にあるまじき絶叫を思わず上げてしまう。


 その眼には、獲物を仕留める愉悦の色は無く、嗜虐の悦びも無い。

 ただ単に『務め』に忠実という職業意識だけが窺える。

 つまりは、個としての『楽しみ』ではなく、職業としての務めからくる美意識と任務遂行に誇りを持つような練達の者と云う事だ。

 そしてそのような者には、まず『交渉』や『取引』が通じない。

 通じるとすれば、それは職業としての務めに益をもたらす場合、つまり仕える主に益を齎す場合のみだ。

 『個人がど~だこ~だ、私欲があ~だこ~だ』では、一切動かない。

 猟師は糧を得るために狩るのであって、己の愉しみで獲物を獲る事が無いのと同じだ。 そして、敵対者に憐憫の情を覚えることも無い事が、その目から窺える。

 狩ると決めたら、必ず狩る者の目だ。


 『こ、こいつは危険だ。この手の練達の者には、逡巡や躊躇は存在しない』


「ま、まて! まってく――ゥガッ……」


 全くの背後から不意打ち。

 音もなく気配も無い。

 意識が消えていく中で微かに見えたのは、第二のまたもや黒衣の猫の冷徹な目だった。


 ・

 ・

 ・


 ザザッ……。


 黒ずくめの者、斑模様の衣に身を纏う者、迷彩模様の衣を身に纏う者、極めつけは葉の集合体が動いているような格好の者が機敏に動いて集結してくる。

 その数は五を数えた。

 その中の一名が、先ほど密偵の意識を刈り取った黒衣の者に声を掛けていく。


「お頭」


「始末してどうするつもりだ? 死体は喋らないんだぞ。全く……。

 こいつは俺が連れていく。お前は撒かれた訓練生を里に集めておけ。

 あとの者は手裏剣の回収と場の痕跡を消しておけ。

 後詰めの者がいるかもしれん。周辺を警戒後、帰参しろ」


「心得ました」


「よし。では……散ッ!」


 ザッ!


 頭目と思わしきその者は、木の幹に刺さった棒手裏剣と平手裏剣を手早く回収している者を横目に見ながら、意識を失った者を軽々と抱えあげ移動し始める。

 とても人一人を抱えているとは思えない身のこなしであった。


 しばらくすると、その場には鳥のさえずりや動物の気配が戻り、いつもと変わらぬ平穏な風景があるのみだった。


 ・

 ・

 ・


 お頭と呼ばれた黒衣の者が侵入者を抱えて里に入り、尋問の担当者に引き渡す。

 当の担当者は「またですか?」とウンザリ顔をしていたが、役目上放置も出来ない。 担当者は、仕方なく新たに増築された留置所に放り込んでおくべく引き摺って行く。 この留置所は本来は倉庫として建築中であったが、急遽転用されたのだ。 そんな臨時留置所の隣では、更に新たな臨時留置所が建築中であった。


 見回せば幾つもの臨時留置所が所狭しと立ち並んでいる。

 そして各臨時留置所からは、捕らえられた者同士で罵詈雑言が飛び交っていた。


 そんな光景を観ながら、お頭と呼ばれた黒衣の者は『開墾して里を拡げるか』もしくは『どこかに専用施設を用意』するなりしなければならないな、と思案していた。

 今度の定例政務会で議題として挙げてみようと考えてながら、屋敷へと歩を進めていく。


 ハンゾウは己の部屋に戻るが、待ち受けていた補佐から工廠監のドーネッツ・グラインが来訪しており『面会を求めてお待ちです』との報せを受けたのだった。

 そのため身支度を整えて応接部屋に赴くと、すでにドーネッツが着座して待っていた。 そのため代わりの茶を手ずから用意し話が始まる。


「それでハンゾウよ、どうだ手裏剣は? 如月の嬢ちゃんに言われて作ってみたが、使えるかどうかまでは儂ではわからんのでな。改良点があれば聞こうと思って、ライフィン街からの帰りに寄ったんだが」


「ドーネッツ殿。ちょうど良いところにお見えになられました」


「ん? どうした?」


「装備類の増産をお願いいたしたく、そちらに伺おうとしていたところなのですよ」


「ほ~……、装備の増産? で、どれくらいだ?」


「え~と……、クナイが二千五百、六方平型手裏剣が四千五百、棒手裏剣が一千、小太刀を六百、手甲鉤の表型(手の甲に装着)と裏型(掌に装着)を各二百、それから――」


「ちょ、ちょっとまてッ! クナイが二千五百に、六方平型手裏剣が四千だとッ?」

 ちょうど茶を飲もうと伸ばした手が止まり、それと共に驚愕のあまり眼が見開かれてる。 想定していない問答だったのだろう。

 使用感や具合を聞きに来て、いきなりの増産依頼である。

 工廠監としてイザヨイの工作物の製作などを一手に引き受けているドーネッツとしては、現状でもすでに手一杯の状態である。 否、相当に無理している自覚はあるのだ。

 そういえば最近、身体が細くなってきている……。

 痩せてきているんだから、体が軽くなるはずなのに……身体が重いのだ。

 これは……ヤバいんじゃないか? と考え始めていたところに、更なる増産。

 一気に顔色が悪くなった。


「いえ、六方平型手裏剣は四千五百です」


「……そ、そんなに必要なのか?」


「はい? これでも遠慮しての数ですが?」


「……遠慮してその数か? じゃ、本来の要望数はどのくらいなのだ?」


「……各数二倍ですね」


「……そうか。……二倍か」


「ええ、二倍です」


「「……」」


 そうか、これが弥生の嬢ちゃんが言っていた――『過労死への破滅の行進』――。

 不本意ながらも確かに理解した。

 だからと言って防諜・諜報を担うハンゾウが装備の増産を依頼するという事は、それだけ『務め』が激しさを増しているという事なのだろう。

 儂にも防諜・諜報の重要性は理解できる。ライフィン街にもハンゾウの所から人員が派遣され防諜対策に従事しているくらいだ。

 だが、その務めの激しさにまで想いが及ばなんだ。

 ハンゾウが要ると言えば、それは必須なのだ。

 ならば工廠監として、応えねばならないッ!

 しかし現実ににその数は対応が出来ない。

 そこで出てくる折衝【せっしょう】という名の駆け引きよ。


「ま、まだ改良点があるかもしれん。そうだな……、当初の半分……でどうだ?」

「半分ですか? う~ん、確かに改良点があるやもしれません。では半分の数でお願いします」


 うむ、安堵した。望外といって良いほどに容易に妥結した。

 だが、あまりに容易過ぎるような……。

 まさか……、ハンゾウ。 ……お主、己が使いたいからという理由で、折衝を見越して過大な増産要請をしたのではあるまいな?

 いや、まさかな。ハハ……、まさか……な……。


 そんな雑念を払いながら、実務面での詰めを行っていく。


「うーむ、しかし増産となると、此れは如月の嬢ちゃんに意見を聞いた方が良いな。元の発案は嬢ちゃんだし、他にも色々考えて思いついているようだしな……」


「弥生殿はエルザードの里に赴いて、その帰路に我らが里に立ち寄ると連絡を受けております」


「おッ?! そうか、では嬢ちゃんが来るまで待つとしようか」


「はい、どうぞ。おそらくは一両日中にはお見えになるかと思います」


「そうか。では話が変わるがな、この前の傭兵国のアレだが、どうやって介入しようかと――」


「ああ、それでしたら――」


 ・

 ・

 ・


 翌日に如月弥生を交えて増産計画を詰めていく。


「そうですか、増産。 ドーネッツ様、現状の鍛造【たんぞう】での生産は、もう限界なのですね?」


「そうだ、現状では限界だ。人手も足りんが鉄が絶対的に足らない。マキナも増産。生活物資も増産。農具も増産。あれもこれも増産。とにかく増産。何が何でも増産。ライフィン街も当初は仕事が舞い込んで大喜びしていたが、増産、増産、増産の嵐でな。街長は妙な嗤い【わらい】方をしていた。正直、……呂律が回っておらん」


「そ、そうですか……。労務管理はしっかりやった方が良さそうですね。

 ライフィンの街長殿も、その腕前は確かと聞き及んでいます。

 そのような御方が、名誉の戦死【過労死】を遂げられてしまうと士気にも響き、多大な支障を来すことにもなりましょう」


「彼奴も、作業量が跳ね上がって各ダンジョン宮にも協力の要請ということで割り振っているようだが、その各ダンジョンから発注制限をされたらしい。

 ――『殺す気かッ!?』――と、強い抗議文が来たとのことだ」


「ふ~む……。(もはや高炉と転炉を設置して製鉄段階での増産で対応するしかないようですね。燃料としてはバイオコークス辺りが手頃でしょうか。手裏剣などは強度的に砂型での鋳造【ちゅうぞう】》でも良いはずですが、逸品物で鍛造も有りでしょうね。となると懸念として挙げられる事柄と言えば)

 ドーネッツ様、鉄鉱石の供給は確保しておるのですか?」


「現状は大丈夫だ、太い鉱脈がある。また新たな鉱脈探しもしている。

 それよりも鉱石の増産をしようにも、対価としての財貨がない。

 ラルキに今以上に何か輸出するなりして、外からも財貨を稼がねばならないだろう。 だからと言って全てをラルキに輸出するのにも限界がある。

 そこで新たな市場開拓だ。まぁ~、そこは財務監と外務監の役割だな。

 つまりは嬢ちゃんも絡んでくるという訳だな。

 おっと! これは嬢ちゃんも『名誉の戦死』の途【みち】に入り込むかも知れんなッ! ガハハァッ~~!」


「……」


「まぁ、がんばろうや」

「がんばりましょう」


 お、おかしいですね……。

 増産についてのお話のはずが、なぜか私の業務量も増加してしまいました……。

お読み頂きありがとうございました。

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