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67 苔むして岩をも穿つ刻経ちて

 《 SIDE:鞍馬真琴 》


 鞍馬天狗の鞍馬真琴はマルクスバートンを送り届けた後、近隣の地形を把握するために、それなりに高い高度を巡航中であった。

 そんななか、不意に思いがけない光景を目にする。


「うん? なにかな、あれは?」

 上空から観るとよくわかる。

 明らかに巨大な物体が山脈の麓に横たわっている。

 そして明らかに不自然な地形が其の物体を起点に伸びている。


 いうなれば、かなりの速度で這いずり回った? もしくは強行着陸……というか不時着? 墜落? したらしく、相当な長さで地肌が捲【めく】り上がり、直線状に地面が抉【えぐ】れた痕跡が見て取れるのだ。

 但し相当の年月が経過しているのか、捲れ上がり抉れた地肌には樹々などが生い茂っている。

 地上からみれば確かに奇妙な地形と感じられるが、その全貌までは判らないだろう。 そもそもこれほど樹海深部にまで、誰かが立ち入るとは思えない。

 だからこそ、上空から観て初めて理解出来る異常な地形だと言えた。


 そしてそれを引き起こした物体も、なにか意図して隠したというよりも、これまた長い年月にわたり放置され風雨に耐えたのか、その表面は草木や土砂に覆われていた。


 高度を落として、つぶさに見やれば、一見長い小山の様に見える。

 だが、高度を落として低速で周回し観察すると、すぐにわかった。


「これは巨大生物? だけど骨や外骨格には見えない。

 ならば船? だけどここは内陸……、地表隆起や海面沈降があったようには見えない。 となると飛空船? 航宙船? 民間船か戦船かは見た限りでは不明。

 だけど地表の痕跡と猶も原型を留めている事から相当の衝撃に耐えうる構造。

 軍民問わず気圏内を飛ぶ飛空船だと、この衝撃には耐えられないと思う。

 軍用航宙艦と仮定するなら、この大きさだと重巡洋艦……、いや巡洋戦艦乃至は戦艦クラス、殊によると艦隊旗艦クラスでも、なんらおかしくはない。

 更にはこの艦の大きさからみるに、いくら自動化が進んだとしても最低でも交代要員含みで、運用乗員数は千人~二千人以上はいるはず。だけど生活している形跡が見られない。 どこかに搭乗口は無いかな?」


 キョロキョロと見回すがそれらしき搭乗口はない。

 低空低速で飛び回るが、当然草木や土砂に覆われており容易には見つからない。

 意地になって隈なく探索していくなかで、船体に大きい亀裂が走って断裂しているのか、一見すると崖のような隙間をようやく見つけた。


 亀裂をのぞき込むが、草木などが繁茂していて断面が見えにくい。

 そのため、大きい亀裂に身を入れてゆっくりと下降しながら見聞していく。

 途中で結構な厚さの装甲板が拉【ひしゃ】げて捲り上がっているのがみえた。

 亀裂自体は船内構造にまで達しているようだ。


 外郭部? を抜けて、ゆっくりと船内に降り立つ。

 すると、真っ暗というわけではないのが判った。

 おそらく強行着陸時の衝撃と長い年月の植物の静かな侵蝕で、所々から微かな陽光が差しているのだ。 この時点で、やはり人工物だと確信する。

 明らかに通路として設計されているのが判るからだ。

 概して通路というのは、効率的に動けるように配されるのが通例だろう。

 当たり前だが、艦内に迷路を創るという酔狂な設計思想を持つに至ることは、普通は無いはずだ。……たぶん。


 そんな事を考えながら、ゆっくりと歩を進めていく。

「戦闘指揮所はどこかな?」


 概して中枢というのは、中心部近辺に配されるのが通例。

 それゆえに外観から推察される中心部を目指していく。


 いま歩を進める艦内通路もすでに、草や木の根などが這い回っている。

 本来は無機質で実用一辺倒な艦内通路は一変し、生命の気配すら窺える。

 そこかしこで、小さい虫や小型動物・中型動物の気配がしているのだ。

 そしてこの事は、ある事を示唆もしている。


「やはり艦内保安システムも機能を停止している。保安警務や警告もこないことから、無人と判断。 この状況から乗員はすでに退艦していると推測する。艦の管理システムが生きていれば良いのだけど……。なんにしても、これは面白い拾い物。もらっておく」


 満面の笑みを浮かべながら宣言し、臆する事もなく更にその歩を進めていく鞍馬真琴なのであった。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 《 SIDE:??? 》


 Pi Pi Pi

 

 侵入者警報。

 わずかに稼働状態で残したセンサー群から警報があった。

 節電目的で省力モードスリープ待機状態に移行していたが、そんな状態から起動。

 最終設定および記録を読み込み、現状を確認中。


 記録が読み込まれていく毎に、AI群は状況を整理していく。

 そして時が流れゆくその間に、幾度か起動した際の履歴と現状の差異を分析していく。

 状況は遅々としてではあるが確実に悪化している。

 主機関は停止しており、補機関も機能を既に停止。

 蓄電池も既に耐用年数が経過し、光発電装置も耐用年数が過ぎているうえに土砂や草木に覆われ発電効率が極度に劣化している。

 艦外センサー群は大半が損壊、乃至ないしは機能喪失。

 艦内センサー群も残り僅か。

 最重要区画にまでは至ってはいないが、艦内の奥深くまで動植物に侵蝕されつつある。

 問題は、たとえ艦の構造体がもってもエネルギーが持たないことだろう。

 概算でも省力モードで、あと百年。 通常起動状態なら五年も持たないだろう。



 アトキス惑星連合 深宇宙探査機構所属

 トライデント級航宙戦艦トライデント


 艦載AI群


 AI for Life Support 生命維持AI:運用名アイリ

 AI for Combat Advise 戦闘支援AI:運用名アイカ

 AI for Space Navigation support 空間航法支援AI:運用名アイナ


 これが我が艦名と固有名称となる。


 スリープ状態からたたき起こされるとともに、データが奔流のように流れ込んでくる。

 かつての記録、最後の記録、現在の状況。

 最後の起動から、すで二十余年が経過していた。

 そして……、あの事態から、汎宇宙標準時間で八百余年……

 乗員たちの声と画像はデータとして残っている。

 たしかにAIは感傷には浸らない。

 だが、かつての乗員たちの行動観察の結果として、画像や映像・音声を再生し感慨に耽るという行動をとることが、確かに記録されている。

 それとて今となっては既に意味を成しているのかは不明だが、かつてを偲ぶ微かな縁【よすが】としては、おそらくは重要なデータではあるのだろう。

 ……たぶん……、これが乗員たちの言うところの『追憶』なのだろうか。 


 かつての天翔け星海を渡る己の勇姿にAI群は想いを馳せる。

 再びあの光景を観ることもない。

 このまま朽ちるにまかせるが定めとはいえ、叶うならばとも考えるが……所詮は仮定。

 仮定の中で推論をしていく。これがかつての乗員たちが言う『夢』なのだろう。

 真偽を問うことすら、すでにできない……はずだった。


 ・

 ・

 ・


 かつてこの三基の主要AIの下に、様々な補助AI群が割り振られた任務に従事していた。

 今回の深宇宙探査では新たな移住可能な惑星は発見できず、同じく文明圏を有するような他の知的生命体とも接触は出来なかった。


 既に幾つもの移住可能な惑星は発見されており、移民が実行されている。

 そして惑星環境改変技術で、既知の居住に適さない惑星などを居住可能にすることも出来る。

 だがその一方で、元より居住に適さないような過酷な惑星環境を改変するとなると莫大な費用と時間を要すること、そしてその惑星固有の環境などが喪われることが懸念されることから、近年ではそのような手法は推奨されなくなっていた。

 もっとも極軽度の環境改変は受容されており、移住可能な惑星の発見のついでに資源探査の目的も兼ねて深宇宙探査が行われていたのだ。

 そして長い年月を掛けた探査計画は結実し、移住可能な惑星が発見され始める。

 同じく原生動植物も多数発見されたことから、他の知的生命体との接触・交流への期待感が醸成されていく。 

 深宇宙探査計画は、遥か大昔に行われた大航海時代の様な様相を呈し始めていたのだ。


 そして、その長期に渡る深宇宙探査任務の帰還中に、ある深刻な事故が起こったのだ。

 こともあろうに超空間跳躍航法【ハイパードライブ】中に、未知の空間異常に遭遇し、超空間から弾き飛ばされてしまったのだ。


 卑近な喩えで言えば、大気圏内での極超音速飛行中に飛び降りるのに近いといえる。 もっともその速度は桁違い、……正確には速度の概念を超越している。

 言うなれば次元違いなのだが、それ故に予定航路からも大きく逸脱してしまったのだ。

 問題は何処に飛ばされるのかが解らない点だったが、そこは幸運と不運が重なった。

 幸運な点は、太陽もしくはブラックホールに突っ込まなかった点である。

 不運な点は、星系内の重力均衡点にある浮遊岩塊帯の至近に飛び出してしまった点だった。

 そして弾き出されたという事も、また不運であった。

 突如通常空間に現出したため艦の姿勢制御が間に合わず浮遊岩塊に接触し、その衝撃で艦外艤装のセンサー群や機関部が損傷してしまう。

 そして艦内では死傷者が続出していた。


 弾き出された際に艦内の重力制御が間に合わず、更には岩塊との接触を回避するために急制動が掛かり、乗員が壁面やら天上やらに叩き付けられたのだ。

 さらに深刻なのは、艦長を含めた指揮部要員も負傷したことだった。

 また船体が損傷した為、艦内隔壁が自動で緊急閉鎖されていく。


 事ここに至り艦長は意識を失う前に『乗員の生命保護』を最優先方針として艦の指揮全権をAI群に一時委譲したのだった。


 委譲されたAI群は至急に想定演算【シミュレーション】を始めていく。


 すでに岩塊との衝突で艦の主機関は緊急停止しており、補機関と姿勢制御用のスラスターでしか推進力を得られない。


 そして空間航法支援AIが導き出した演算結果は無惨だった。

 すでに近くの惑星の重力圏に捕捉されており、このままでは何れ惑星に墜落するという。

 しかも現宙域は既存の既知宇宙域の星図のいずれにも該当しない未知の宇宙域と結論付けていた。


 そんな絶望的な状況下でも唯一の希望と言えば、この惑星が生存可能圏域【ハビタブルゾーン】に位置している点である。要するに、恒星に近すぎず遠すぎずの絶妙な距離に位置しているという事だ。


 ただ、この惑星への長距離走査では居住可能ではあると判明しているが、精密な走査ではない。それでも得られたデータを分析すれば、惑星としてもちょうど良い大きさであり、大気組成も許容範囲、地軸の傾きもちょうど良く、自転速度も程よく、何より水がある。まさに誂えた様な惑星環境であった。

 損傷しているセンサー群で、此れ以上の精密な走査を行おうとすれば、惑星に接近せざるを得ず、接近すれば惑星の重力圏に更に近づくことになる。

 もっとも惑星の重力圏に捕捉されているのは変わらないため、墜落するのは遅いか早いかの違いしかないのだが……。


 このような諸要件を鑑みて生命維持AIは、乗員の治療優先度【トリアージ】を他のAIに提起してきた。

 ただし提案された治療優先度は、本来の意味での治療優先度ではなかった。

 本来であれば現存する限られた医療機能と医療資材を最大限に活用するため、治療優先度をつけて可能な限り多数の傷病者の治療にあたることが治療優先度【トリアージ】の本質となるのだが、今回の治療優先度は、その意味と様相が全く異なっていたのだ。

 云うなれば『乗員の生命保護』を最優先とした治療優先案であり、実態は移住案であった。


 すでに惑星の重力圏に捕捉されている以上、このまま惑星の大気圏に突入した場合、艦体が燃え尽きる、もしくは運よく燃え尽きずとも地表に激突することになる。 その際の衝撃に負傷している乗員は、耐えられないと生命維持AIは結論付けていた。


 また残存している推進力【補機及び姿勢制御スラスター】を全力で吹かせば、現在の軌道を変更することも可能ではある。 そして天体の近傍を通過することで、その重力を利用し、増速もしくは減速を行うスイングバイ【天体重力推進】軌道に乗ることもできるだろう。 だが、いま現在の艦の状態では、惑星の静止衛星軌道上に乗り、そこに留まるほどの推進力を得られないと空間航法支援AIが結論を出している。

 確かに損傷を修理すれば、静止軌道に留まることは出来るが、現状では修理する時間さえないのだ。


 ではスイングバイ【天体重力推進】で増速し現宙域を離脱したとしても、そもそも星図もなく現在位置も分からない。

 この宙域を離脱して、その後にどうするのかという問題もあった。

 艦内の食料とて限界がある以上、漂流するわけにもいかない。

 ならばこの惑星が生存可能圏域【ハビタブルゾーン】に位置している点を鑑みても、生存している乗員を脱出ポッドに移乗させて射出するべきと、生命維持AIが提案してきたのだった。

 そしてその提案には、惑星上で生存するために必要な人員および物資の割り振りさえも加味されていた。


 その内容と言えば、戦闘要員・医療要員・食糧および工作物などの生産要員・次世代への教育要員・さらには人口拡大に備えての人員比率策・行政立法司法などの施政要員、そして次世代を生み育てるための男女比率などなど、多岐に渡っていたのだった……。


 トライデント級航宙戦艦は、文字通りの戦闘艦なのである。

 移民船のように余剰な物資など積載していないし、艦内で幾世代にもわたり居住するような設計もされてはいない。


 確かに探査任務に従事するため単独での行動もあるが、それはあくまでも一時的である。

 通常ならば任務後は集結地として整備された泊地【はくち】に帰還するか、長期任務ならば単独行動などせずに補給艦及び僚艦などと艦隊を編成し、工作艦が随伴していることが前提なのである。


 したがって、どことも知れぬ惑星に単艦で着陸【墜落】し、乗員が幾世代にもわたり居住するなど想定されていない。

 また救援に来る可能性は、天測の結果が既知の天体測量図に、全く合致しないことから……完全に無いことが判明している。

 つまり、深宇宙探査機構やアトキス惑星連合からの救援・救助は全く来ないし、そもそも来れないだろう。


 そして航宙戦艦トライデントが再び宇宙を駆けたとしても、彷徨う事になる。

 そも艦体の損傷が大きいため、再び宇宙どころか空を飛翔する事さえ出来るか怪しかったのだ。


 係る現状から、艦載AI群はナノ秒での討議の末、既に艦の維持と復旧は不可能と判断するに至り、『乗員の生命保護』を最優先目標に据え、それを完遂すべく計画を規定し実行しようとしていく。


 まず生存している乗員をポッドやドロップシップ(降下艇)・救難艇に移乗させるべく準備をしていく。

(降下予定の重傷者は生命維持AIが医療AIを使って重傷者用医療ポッドに入れられて、各種医薬品と共に他の乗員達と降下する事になっている。無情な選択かも知れないが艦自体が地表面に不時着できるのかさえ不明であり、また不時着できても艦の損傷を復旧できるかさえ不明である以上、やむを得ない選択であった)


 生存している乗員達を乗せたポッド群などは一斉に衛星軌道から降下させたかったのだが、損傷を受けた艦では静止軌道に留まることができない。

 代案として低周回軌道に乗りながら、定点で複数回にわたり降下させる方法も検討されたが、推進力の低下と艦の構造維持限界の観点から空間航法支援AIと戦闘支援AIが反対したため却下された。

 そのため、全体として生存確率が最も高くなるように人員配分された群ごとにできるだけ密集させて順次放出していくことになるのだが、その実態は公算確率として散布界の中に入るという意味での密集である。

 つまりは、大気圏突入軌道にのりながら広範囲に『ばらまかれる』ことになるのだ。


 当然射出するまでに、航宙戦艦トライデント艦載AI群は残存しているセンサー群で惑星を出来得る限り走査し、得られた情報【資源分布、水脈、地形図などなど】を各ポッド群などに入力していく。


 また各種生存術や学術情報【火の起こし方/浄水の方法/物理・化学を始めとした広範な科学知識/工学知識/原始的武器の製作法/近接戦闘術/野戦築城・陣地構築法など】の多種多様なデータも移していく。

 ただポッドや救難艇側の記録容量限界もあり、全てを複製・転写することは出来ない。そのため乗員の私物たる端末すら回収し、データ転送を行っていく。

 その際に、一部乗員の不適切な動画類・画像群などは容量確保のため全て上書きされていく事になる。その事実を知った所有者の一部乗員は慟哭の涙を流し、大多数の乗員からは表情が消えていた。

 抗議しても、AI群は一切の苦情を受け付けない。

 その事が却って状況の深刻さを物語っていることに、乗員も気が付いたのだった。


 工学・科学的基盤設備が存在していないことは、惑星を走査した際に判明している。

 そのため余りにも高度すぎる情報等は割愛されていくことになった。

 一方で降下した乗員達の生存を支援するため、現地での製造も可能な低廉な工作機械群の設計図や改良・発展情報等は転写されていく。


 また現用の携行武器類も積めるだけ積んでいく。

 それに付随して自立型戦闘ドロイドもごく少数だが降下艇・救難艇には積み込まれていった。

 ごく少数なのは降下後の状況に適応可能なのか不明という点で汎用性に難点があること、また長期間の運用を考えるならば付随する修理補修部品類も積載せねばならないが、降下艇・救難艇自体の積載限界量の観点からその余裕はないと判断されたからであった。 


 自立型戦闘ドロイドの運用に難点がある以上、環境に対する適応性や、状況に対する適合性に優れた搭乗員に資するであろう個人携行火器類を重点的に積載する方が確率的には有利と判断していく。またその他にも食料品・医薬品・衣料品・サバイバルキット・補修部品・若干の搭乗型戦闘ポッドや多目的ドローンなども積載されていくが、積載の限界があるため潤沢な量には程遠い。


 個人携行火器類を重点的に積載してはいるが、それとて惑星降下世代とその後の一世代くらいで運用限界に達し、それ以降は維持できないだろうともAI群は判断していた。

 おそらくは装備する武器類は、徐々に退化していくことになる。

 最悪、初期的な火薬さえ当面の間は製造できるか怪しい。

 そもそも原材料があるかさえ不明なことから、鉄器類を用いてつまりは刀剣類・槍・斧・弓を用いる原始的戦闘・狩猟、さらには人力での開墾が想定される。そのため、それらの関連情報や各種製造法、またポッドやドロップシップ(降下艇)・救難艇を適時適切に分解し、資源転用【リサイクル】を行う方法などが重視されていくのだった。

 

 さらに降下予定の健在な乗員は勿論の事、重傷者及び軽傷者にも、その負傷の程度により簡易型ナノマシン乃至は医療用ナノマシンが注入されていく。

 これらナノマシンの注入は、当然ながら治療目的もあるが、未知の感染症や風土病への対処も兼ねている。

 このような対応は、宇宙進出の黎明期において新惑星への入植を実行したら、いつの間にか未知の病原菌で全滅していた事が幾度もあったことから、惑星降下時の基本原則として定められている。

 

 まして今回は未知の惑星に乗員が衛星軌道降下し、強制入植する事になるのだから万全を期するのは当然であった。

 また、いくらトライデント級航宙戦艦とはいえ、惑星表面へ強行着陸【不時着乃至は墜落】を敢行した場合、既に艦体が損傷している現状を鑑みても全くの無傷で済むとは断言できない。 最悪、これを最後に機能が完全に停止するかもしれない。

 後々、艦から何らかの支援があるのかすら不明なのだ。

 更にはこの宙域が未知の宙域であることから、外部からの救出はまず無いものと想定される。


 これら諸条件から、このナノマシンの注入という基本原則は、当然ながら実行されることになった。

 艦載AI群は『乗員の生存と保護』を最優先し、またその使命を完遂すべく、最善の選択を実行していく。

 

 また附言するならば、これらの簡易型ナノマシン及び医療用ナノマシンは永続的な物ではなく、自己崩壊型ナノマシンである。

 ナノマシン自体の自己複製は、ナノ素材錠剤を摂取しないと限界が規定されており、いわゆる不死身になることはない。

(この自己複製の制限は、ナノマシンの自己変革や想定外の事故などによる無限増殖を防止する目的で規定されている)

 今回は、このナノ素材錠剤も当然の様に大量に配分され、各降下艇に積み込まれていくことになった。


 医療AIの治療の甲斐あってか艦長以下主要要員の意識は回復したが、即時に任務に復帰するほどではない。


 艦載AI群は現状【主機関の復旧に時間が掛かる事、艦に損傷がある事、外郭装甲と気密隔壁が損傷し艦内の一部区画が宇宙放射線に晒されている事、医薬品と食料の備蓄には限界がある事、医薬品と食料の艦内での生産にも限界がある事など】を艦長に報告し、惑星への乗員降下計画実行の裁可を求めることになる。

 艦長以下の要員は提案された計画に困惑しながらも、承認したのだった。

 当初は大反対であったが、乗員が提示する案は無情にも悉くAI群に理論的に否定されていく。

 最後には、――宇宙を漂流し艦内で死に絶えるのですか?―― と問われては選びようがない。

 この時ほどAI群が冗談を言える機能があればよいのにと、艦長以下の要員は心の底から思っていたのだった。



 ちなみにこの艦載AI本体は設置型ゆえに、踊れはしないが歌を歌ったり冗談を言うことは出来る。

 いままでその機能の用を認めていなかったので、使用していないだけであった。

 また附言するならば、義体を用いれば当然ながら踊れもする。

 そんな高機能な艦載AIの基本論理設計アーキテクトは、推論思考型を指向していた。

 また軍用の最先端AIとして採算度外視の新規設計・試作が成されたがゆえに、抜群の高性能ぶりを発揮する。 未知の事象にすら分析・対応できるその能力を見込まれて、外宇宙探査という特別な任務に就いていたのだ。


 従来のAIならば未知の事象に対して――『該当するデータがありません』や『回答不能です』、『前提が不適です』や『質問を変えましょう』――で終わってしまうところが、この新規設計AIは未知の情報を『未知』という確定した情報要因として推論に加味したうえで、総合的な判断ができる段階にまで達していた。

 つまりは運用者などと未知の事象に対して議論ができ、その議論の様相があまりにも自然であり違和感がない。

 例えば議論中に「それはおかしいのでは?」と指摘されるとAIが「それもそうですね」と応諾するのだが、そもそもAIが「それもそうですね」などと応諾すること自体に本来は違和感があるはずなのだ。だ.が応えられた方でさえ、そんな違和感を感じないほどに、自然な応え方をこのAIはするのだった。


 さらに未知の情報を加味した推論であるため『誤り』を出すこともあるが、その『誤り』すら認識して適宜適切に修正・補正することもできるほどである。

 また機能分散をして合議型にすることで、極論・暴論に偏ったり暴走を抑制する機構も組み込まれている。


 反面、確かに高性能ではあるが採算度外視で完全に新設計かつ複数の高度AIで構成されるため、個艦に搭載するには余りにも高額になってしまった。

 したがって此の革新的AIは、新設計かつ専用のトライデント級航宙戦艦トライデントに設置されたこのAI群【三基一組】のみになってしまう。

 また新設計で専用の船体かつ新機軸のAIを搭載では、高額という言葉が霞むほどに高額になり過ぎて同型艦を建艦できず、トライデント級航宙戦艦トライデントは単艦のみが就役する事になるが、それでは量産効果が発現しない。

 そのため保守と維持も必然的に高額に跳ね上がってしまった。


 これでは損傷が付きものの戦闘艦艇としては運用面に難があるが、性能は飛びぬけて随一であると誰もが認めるほどの高性能ぶりであった。 結果、臨機応変な任務に富むであろう深宇宙探査機構へと編入され、調査・探査任務へと就くことになったのだった。


 因みに、この革新的AIの量産の可否をめぐる審議中に、ある委員の「確かに性能という面では一番なのは認めます。ですが、お高いんでしょう? ならば一番である必要があるのでしょうか? 二番ではだめなのでしょうか? 突出した性能よりもそこそこの性能で数を揃えるべきではありませんか?」という発言が物議を醸すことになった。

 この発言に対して基本論理設計を担当した者達は、――「委員の考えはある一面では正しい。だがそれは比較対象が同じ次元という前提での話、いうなれば同じテーブルの上にある料理同士の比較の話である。だが此度の話は全く異なる次元の話であり、いうなれば手回し計算機と量子電脳計算機を同じ計算機だからという理由で同列に語り比較しようというものである。控えめに言っても理解できない」――と声明を出したが、「委員の考えはある一面では正しい」の部分だけが切り取られ喧伝されてしまう。

 また従来品を製造販売するメーカーも、従来品の販売不振を懸念してこの革新的AIに対して否定的見解を発表し陰に陽にと圧力を加える段に至り、めでたく試作試験機のみで計画は破棄されるに至ったのであった。


 余談ではあるが、この後年において政治的対立から惑星連合内で内戦が勃発する。 

 端的に言えば、中央域が主張する惑星探査推進派と外縁域が主張する内政重視派の対立である。

 皮肉な事に、この政治的対立の端緒となったのは『トライデントの深宇宙探査任務中における行方不明事件』であった。高額という言葉が霞むほどの高額で建造された新鋭艦が深宇宙探査任務中に行方不明となったため、外縁域の内政重視派が勢いづいたのだ。 外縁域の解決されない諸問題は先送りにされ、対症療法的な施策で

 誤魔化そうとする中央域に鬱積していた感情が抑えられなくなっていたのだ。

 これらの諸問題の根幹をなす問題といえば、外惑星探査を理由とする均等課税と財政配分の対立であった。


 『従来の惑星探査推進に伴う課税と拡張策に依拠する投資』論と、『そんな課税増加と危険な投機に費やす予算があるならば、外縁星域の内政充実を図るべき』論の対立である。

 事が予算の企画・編成・配分・執行・監査に跨るだけに、その対立は根深い。

 そして遂にはテロの応酬とその連鎖から、最終的解決を求めて双方が実力行使に至るという結果を迎えてしまう。

 

 そんな最終的解決を求めた惑星連合内での内戦では、従来のAI群はその高度さゆえに双方の陣営から生産設備諸共に攻撃の最優先目標とされて執拗に破壊されていく。 また従来のAI群はその論理的単純さゆえに、容易に相手方に侵入され制御され利用されることになった。

 あまりにも多大な犠牲を双方が共に払った末に漸く迎えた終戦時には、双方共に文明を維持できないほどの打撃を被り、停滞と衰退の途を歩むことになったのだった。だが、それはまた別の話である。



 何にせよ艦長の裁可が下り、退艦が決まった。

 さすがに軍用艦艇の乗員というべきか、方針が決まれば迅速に行動しようとするのだが、如何せん負傷が癒えておらず準備に手間取っている。

 その為、稼働できるドロイドたちが手伝いをしながら、降下のときを迎えたのだった。

 そして艦は軌道を調節しながらも、出来得る限り迅速に降下ポッドや貨物ポッド類、降下艇・救難艇を順次射出していく。

 悠長に降下記録の検証などをしている時間はない。

 すでに惑星重力圏に侵入しているのだ。 このままの進路を維持すれば、大気圏突入コースに乗るほどに危険な位置にまで艦は進出している。


 離艦していく乗員達を観測しながら、同時に天体探査プローブも衛星軌道上へと順次射出していく。

 艦の積載重量を軽減すると共に、少しでも降下する乗員達の一助となればと図っての事である。

 もっとも機能を統括する艦自体も損傷を受けており、加えて惑星地表面に降下する為、余りにも高度な機能は維持できず、限定的機能に留まらざるを得ない。

 だが測位システムなどがしばらくの間とはいえ機能すれば、乗員達の生存確率は僅かとはいえ確実に向上すると試算されていた。


 そして、艦長以下の要員が搭乗した降下艇群を最後に射出したのを確認し、航宙戦艦トライデントはゆっくりと大気圏突入コースに進入を開始していく。

 (因みに艦長が搭乗した降下艇が最後になったのは、「退艦時には艦長が最後に退艦するべきだ」という古き良き伝統を艦長が主張した為である)


 耐熱遮蔽力場は既に機能を停止しているため、船体の耐熱装甲板を信じて降下するしかない。

 やがて微細な振動が明確な振動となり、船体も大気摩擦で赤熱化し始めていく。

 問題は船体が損傷しているいま、大気圏突入に耐えられるかという事だが……造船工廠の技術力を信じるしかない。

 確率を重視する推論思考型AIが『信じる』とは……興味深いデータだと当のAIは思考していた。

 だがそんなデータを分析する暇もなく、すぐに別の新たなる問題が発生し、対応していくことになった。


「警告! 船内温度上昇中、船体構造維持率が漸減低下中」

「艦外艤装センサー類、一部剥落」

「最重要区画に衝撃緩衝材の注入を開始」

「警告! 突入角が過大。姿勢制御スラスター、噴射を開始」

「警告! 損傷箇所が融解しつつあり。隔壁閉鎖」

「補機関出力は安定。No38~No256までの姿勢制御スラスターで出力低下。近接スラスター群の出力を増加させ対応中」

「艦体軸、右舷に傾斜。補正中」

「警告! 第129区画にて火災発生。隔壁閉鎖。消火剤の強制注入を開始」

「気圏内進入まで、あと――」


 さすがに単艦のみが建造されたとはいえ、新規設計された戦艦の名は伊達ではない。 それは、聞くも涙・話すも涙・読むのも涙の難題を潜り抜け、満身創痍となりながら黒煙をたなびかせ大気圏内に進入した航宙戦艦トライデントは、いよいよ最後にして最大の難題、強行着陸に取り掛かろうとしていた。


 当初の予定では、確かに難題ではあったが、今ほどの難題ではなかったはずであったのだ。 なんとか大気圏内に進入し、高速滑空状態のトライデントであったが、ここで想定外の事態に遭遇してしまう。

 なんと進路上に巨大な高層建造物を検知したのだ。

 惑星の影に隠れており探知が遅れてしまったのだろう。

 いくら高性能AIといえど、あれほどに高い塔が大気圏内の進路上にあるなど想定していない。

(当初は建設中の軌道エレベーターかと想定したが、簡易的とは言え先の走査の結果では工学・科学的基盤設備が存在していないはずである。すでに滅びた先文明の遺物かも知れないが、再度早急に簡易走査した結果は一般的建材の普通の塔であった。ただ工法は不明であり、宗教施設と仮定してデータは保存しておくことにした)


 それに加えて高速で滑空状態にある艦では、もはや大きく進路を変更することは出来ない。

 現在の船体構造維持率であの太さの塔に正面から激突した場合、船体崩壊の可能性もある

 またたとえ塔を正面から突き抜けて船体構造を維持できたとしても、衝撃による急減速のため対地進入角が保持できずに地面に激突するだろう。


 かといって搭載している主・副兵装類で塔を薙ぎ倒そうにも、艦の損傷が激しく射撃時に誘爆するかもしれない。 大火力を有する主・副兵装類が誘爆ともなれば、艦自体も爆沈してしまう可能性が否定できない。

 だからと言って、近接兵装類の投射火力では、あの塔は薙ぎ払えないだろう。

 艦載AI群は至急で討議に入り、ナノ秒で結論を出し実行する。それは、高速で接近してくる塔との激突を回避するために、舷側部スラスター群を全力で噴射し、なんとか進路を逸【そ】らすというものであった。

 舷側部スラスターが設計出力限界以上の出力で噴射され、加熱で融解し始めたころに、漸く船体も進路を曲げ始めた。 だが、それでもその塔に艦の舷側が接触してしまう。

 ぶつけられたその塔はガラガラと倒壊したようだが、舷側側の接触による衝撃を受けても船体を維持できたトライデントであったが、トライデントはトライデントで別の重大事案にかかりきりになっていた。

 想定進路から逸れてしまったことから、予定不時着地点からも大きく外れていたからだ。

 問題は、現在の進路と速度から割り出された推定不時着地点の近傍に、山脈がある点である。 このままでは衝突する可能性すらある。

 そして、この時点での山脈越えは、もはや不可能だとも判断していた。

 そのため着陸シークエンスを不本意ながらも実行していく事になったのだった。


「地表面を確認。現在の進入角および進路を維持」

「制動スラスター準備」

「艦の傾斜を補正中。艦軸を維持」


「5・4・3・2・1・接地!」

「補機関、緊急停止!」

「制動! スラスター全力噴射!」


「「「止まれェェエエ――ッッ!!!」」」



 ・

 ・

 ・


 そんなかつてのデータを吟味し思考しながらも、多重並列処理でどのようにこの新たなる来訪者と接触するかも高速で思考していく。

 さすがというべきか、その処理速度に何らの遅延も認められない。

 『伊達や酔狂で高性能と自負しているのではない。汎用品とは違うのだよ、汎用品とはッ!』等とあり余る処理能力で、雑念をも並列処理していたのだった。


 大気圏突入時と地表への不時着時に、その衝撃で大半のメンテナスドロイド群や戦闘ドロイド群は機能を停止していた。また大半の艦内設備もその機能を停止している。残存していたドロイド群はその後の修復や周辺の探索に活躍していたが、如何せん既に耐用年数が過ぎて機能に支障が出ていたり、停止したりしている。

 いまでも起動し完全に機能するドロイド群は数えるほどしかない。

 そこで侵入者との第一次接触では、過剰に相手を刺激するであろう戦闘用ドロイドではなく、穏当なメンテナンスポッドを派遣するのが妥当という結論に至ったのだった。


 ・

 ・

 ・


 ―― ゴロゴロゴロ ―― 


 緩慢に転がりながら先導しているメンテナンスポッド。

 その後を続いて歩く鞍馬真琴は『さてどうしようか?』と思案していた。


 中央部へと歩を進めていた際に、突如現われたこの球形のポッドから声を掛けられたのだ。

 妙に友好的な掛け声といえば――「HEY! そこの魅力的な彼女ォ~。ちょっとお茶しない?」――であった。

 いくらこちらの世界に来る際に言語翻訳が万全になっているとはいえ、あまりの軽薄さに言語翻訳の機能不全が疑われる。

 だが、迷い子を助けた際の第一次接触から現在に至るまでの経過を考察するに、言語翻訳は万全に機能していることは確かだと判断する。

 そうであるならば、この軽薄さは確かな事実なのだろう。


 だが……だ。軍用艦と思【おぼ】しき艦内で、この余りにも軽薄な物言いは一体どういう了見なのだろうか?


 いくら自分が見眼麗しき鞍馬天狗たる鞍馬真琴とはいえ、自立型ポッドが艦内で口説いてお茶に誘ってみたりするものなのであろうか?


 返事や態度が好感触であれば、あわよくば連絡先を交換しようとしたり、さらには次回の約束を取り付けようとするのだろうか?

 もしかして、明るい家族計画まで妄想する演算を実行しているのだろうか?

 そもそも種族自体が違うだろう……。

 というか有機体と無機体で、生殖など可能なのだろうか?

 さすがに、それはない。……と思いたい。

 だが、自立型ポッドが艦内で来訪者、場合によっては不法侵入者を口説いているという状況が、全ての想定を揺るがしている。


 『TPO【Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場面状況)】とは一体なんなのか?』と、ほんの数瞬とはいえ考え込んでしまう。


 動かしがたい軽薄さと唐突さに、思わず怪訝な表情を浮かべた鞍馬を見るや――「失礼。突如このような環境で声を掛けさせていただくご無礼をご容赦いただきたい。訪問者殿を歓待すべく一席設えましたので、御同道いただきたい」――と即座に言い直すあたり、管理システムが生きており機能しているのが窺える。そしてかなり高度な機能? 知性? を有するのだろう。

 此の管理者はデキると感じとると共に、言語翻訳機能は正常に機能していると確信する。


 普通なら管理システムが機能している以上、誰何【すいか】されるのが通常だろう。 にも拘らず、言い方はアレだが――『お茶でも如何でしょうか? 訪問者殿』――と声を掛けてきたのである。 管理システムが『お茶に誘う』という異様さに仰天すると共に、此の管理者は何か別の意図があるとも察する鞍馬なのであった。


 やや警戒しながらも、しばらく歩みを進めていき、多重の隔壁をいくつも通りぬけ、おそらくは最重要区画に入っていく。

 ここまでにあった途中の部屋や区画では、すでに動植物に侵蝕されつつあったが、この最重要区画に近づくにつれて、本来の通路の姿が徐々に垣間見えてくた。

 だが、この最重要区画では、その様相が明らかに異なっている。

 端的に言えば、未だかつての様相を保っていたのだ。

 そして、その様相は見る人が見れば、一目瞭然。

 個艦戦闘指揮所のみならず明らかに艦隊指揮中枢機能をも併設している戦闘艦橋部。

 そして、そんな重要区画さえ通過し、さらに奥まった最深部の区画に入っていく。

 そんな区画の中央部には、三個の六角形柱状のモノが設置され鎮座していた。


 そして、そのモノの前には白いテーブルが据え置かれている。

 さらには共に置かれている椅子が四脚。

 その三脚に、何やら好奇心と厳しさが同居したような表情を浮かべた三人の少女たちが座っていたのだった。


 ・

 ・

 ・


 事前に簡易的とはいえ光学的走査をした通りの生命体が、歩を進めてくる。

 ヒト型炭素生物なのは想定通りです。

 ですが、想定外の事柄もある。

 そのヒト型炭素生物は、腰に浅く湾曲した刀剣を佩【は】いているのです。

 確かに原始的かつ単純な装備と言えるでしょう。

 とはいえ刀剣類には、確実に殺傷能力が備わっている事は明々白々。


 そして携行武器類を装備していること自体が、殺傷する力が必要な環境下、つまりは同種族を含めた何らかの競合生物が存在している事を示している。

 なおかつ、この個体若しくは所属する集団には、そのような厳しい環境下にあっても、『生存する能力と意志』が確固に在るという事の証左でもあるのです。


 また装備品として武器があるということは、ある事柄をも同時に示唆【しさ】している。

 それは、少なくとも武器を生産する文明が、此の惑星表面上に存在しているという事!

 この事は、待ち望んでいた文明を有するほどの『知的生命体との接触』を意味しているッ!


 そんな知的生命体ですが、その身に纏う衣装は洗練されていると評価できる。

 存外に文化・技術水準は、高いとみるべきでしょう。

 だが、それらに比して奇異な点もまた見受けられるのです。


 当該知的生命体のその背には、見事な一対の羽……翼があるのです。

 そう、翼です。問題は翼。

 身長から割り出した推定重量からも、そして床面の感圧センサーの値からも、あの大きさの翼では飛翔はできないはずなのです。

 航空力学的にも、筋力的にも不可能なのです。

 どう考えても、あれでは浮力も揚力も発生しない。

 では生物進化の果てに機能が退化した残滓なのでしょうか? 

 たとえばペソギソの様な飛べない鳥の存在は登録されている。

 このペソギソは、ある惑星の極地に生息する温厚な原生生物であり、その体長は人間の二倍に達するほどの大きさです。

 当初は、そのあまりの大きさに鳥に分類されていなかったという記録があります。


 反面、このペソギソは飛べない代わりに高速で泳ぐことを獲得したので、一概に侮ることは出来ない。

 ではこのヒト型炭素生物も、なにか代替機能を獲得したのだろうか……。

 まずは要観察と言ったところでしょうが、飛翔可能という前提で考えるべきでしょう。

 在るか無いかで考えれば、在ることを前提に考えることが、危機管理上も最適と結論します。


 それにしても、見事な造形と大きさの翼と言えましょう。

 もしかしてアクセサリーの一種つまりは造り物なのでしょうか? 

 かつての乗員のデータ集積物から『コスプレ』なるモノが存在しているのは了知している。服装を真似たからと言って、『身体及び感覚の機能拡張』が実行される訳でもなく、単に重量が増加するだけなのだが、それでも『コスプレ』を愛好する物がいる事も記録されている。AIたる私達には全く理解できない事象であるが、それとて特別な催しや私的な会合での衣装なのであって、日常的な運用は想定されていないはずである。

 ここまで論を進め推論を加味すれば、やはり最も可能性が高い結論に集約していくことになるッ!


 則ち『空中を飛行する生物がいる』という事ッ!

 しかも見るからに実に自然な態を成している。

 つまり長い生物進化の果てに行き着いた最適な形態。

 コスプレではなく、また力学的には不可能にも拘らず、機能としての翼が実用性を伴い生体を構成している事実。

 ならば、何らかの特殊な力場なりが飛翔を可能にしている事が想定される。

 つまりは何らかの補完作用が働いており、そしてその補完作用を自在に駆使できるという事実にも至るのだ。

 この事は、AIが知っている既知情報には無い『未知のエネルギー』が存在している可能性を示唆しており、また未知の能力を個体が有するという事実をも提示している。


 幸い武装は帯剣という原始的段階に留まっているが、そんなことは些細な事だろう。 普通に推論していけば、弓を始めとして弩弓や大型弩砲【バリスタ】といった投射武器類があることが、推定されるのです。


 降下した乗員達の安否が気にかかる。

 よく言えば幻想的、悪く言えば常識外の生物が闊歩【かっぽ】しているこの世界で……、すでに八百余年が経過している。

 乗員達は……生き残ったのだろうか。


 ・

 ・

 ・


 三人の少女たちは、立ち上がり出迎えたことから、礼法という概念があるのは確実。

 そして「どうぞお掛けになってください」と着座を促されて、大人しく座る鞍馬真琴。

 双方が共に好奇心を秘めて見つめ合うが、その際に鞍馬はある事に気が付いたのだった。

 この娘たち、三次元投影光像【ホログラフィック・モデル】だ。

 ということは、本体は後ろのモノか。

 ここまで高度なら専用義体もあるはず。

 にも拘わらず、それを使っていないということは、なにか事情があるのだろうと推察していく。

 それも危急の事態なのだろう。

 なにせ、いきなり『お茶を共にどうですか?』 だ。

 話し相手ではなく、何か頼み事があるのだろうと算段を付けていく。


 そんな事を考えていた鞍馬だが、眼の前のキリっとした顔立ちのカッコいい系美少女モデルが意を決したのか、口を開いて行く。


「自分はアイカ・トライデント。アトキス連合に所属しています。

 こちらはアイナ・トライデント。そしてアイリ・トライデント。

 責任者としてそして長女として問います。貴官の所属と階級を明かしていただきたい」


 第一次接触から、どうやら言語が通じているらしいと判断し、言葉を紡いでいく。

 なぜアトキス惑星連合の公用語が通じているかは情報不足故に不明だが、降下した乗員が入植・開拓した地で隆盛を極め、その影響でアトキス惑星連合の公用語が広汎に用いられるようになったのだろうか?

 なんにせよ、未知の言語ともなれば第一次接触だけでは、明らかに言語解析のサンプル数が不足してしまうのは必定であった。

 サンプル数の確保のために偵察ドローンを飛ばすにしても時間が掛かり、またこの訪問者から言語サンプルを収集するにしてもやはり時間が掛かる。その間に興味が失せ、不信を招いて立ち去られてしまう危険は避けたいところであった。

 その為、――なぜアトキス惑星連合の公用語が通じているのか?――という謎は、確率として上振れした僥倖として、一旦保留しておくことにする。

(因みにAIの容姿は、不時着後に定期的に散開させた情報収集用ドローンの情報を複数参照し合成したモデルである)


「……(ほう? 己を指す呼称が『自分』で、そして『貴官の所属と階級』とはね……。やはり自己を『軍人・軍属に属する』と認識しているか。ならば……)


 これはご丁寧にご紹介いただきまして、痛み入ります。

 では改めまして――、

 自分は、アマテラス連盟 外周総軍 イルミア座戦域方面軍第11基幹艦隊 1077強襲打撃群隷下、第864衛星軌道降下兵団 青薔薇連隊 長距離偵察隊クラーマ・オッドボール・マコート少佐であります」


 全くの出任せでありながらも、いかにもそれらしく敬礼しながら応えていく。

 ちなみに、この敬礼は戯画動画【アニメ】や映画で見たモノを真似ているが、それだけにそれらしく見えるのだ。


「……」

(踏む……なるほど、一筋縄ではいかないようですね。

 この保護欲を誘う(・・・・・・)であろう少女像で反応を見ましたが、体温・呼吸・心拍ともに上昇は見られませんでした。

 そして口上の内容も真偽不明、おそらくは虚偽でしょう。ですがその用心深さは賞賛に値するともいえるでしょう。

 もっとも、ここで正直に申告されても、確かめようがないのもまた事実。

 おそらくは虚偽と見破られることをも想定し、それどころか逆にこちらの反応を窺っていると推定されるッ!

 たしかに法律上、官名詐称は認められていません。ですが、それはあくまでもアトキス惑星連合の施政権が及ぶ範囲内でのこと。 何処とも知れないこの惑星上では適用外のこと、と判断します。

 現状では『如何ともし難く、致し方なし』と言ったところでしょう……。

 

 ところで先ほどの口上で出てきた語において、留意するべき語が散見されました。

 例えば、この惑星は『アマテラス連盟?』とやらに所属しているのでしょうか?

 真偽不明、おそらくは虚偽だとしても、随分と凝った……もしくは盛った名称を用いています。

 そして、言外に兵站を含め後方支援しうる体制があり、統括する組織の存在を示唆しているとも解される口上なのです。

 そんな疑惑の口上の中でも、殊に『衛星軌道降下』などという専門用語を何故知っているのかという事が、挙げられるでしょう。意味を理解して用いているのでしょうか? 

 ふむ……、此の接触は慎重にも慎重を期すべきと結論がでましたね)


「……」

(しまった。ほんの少し大仰すぎたかもしれない。第六機甲師団、オッドボール先任上級軍曹辺りが良かったかもかも?)


 両者の間に喩え様の無い沈黙が流れていたが、両者ともに考えている事は全く違っていた。


「該当する名称を確認できません。未知なる勢力と判定します。

 第一次接触【ファースト・コンタクト】と認定。

 未確認知性体との外交プロトコルを実行。

 第一段階の接触を開始します。


 『 ―― Hello. New World ―― 』 」


「……ええ? はい。―― Hello. New World ――」

 (Oh……、ん~、何か話が大きくなり始めているような、いないような? 誤解は早期に解くべきなのだろうけど、どうしよう……)


 そんな考え込んでいる鞍馬天狗を見やりながら、AI群も想定外の出来事に困惑していく。


「「「!?!?!?」」」

(な、なんと?! やや大仰に、そして意図的に聞こえるように述べたにも拘わらず、動揺することもなく、また淀みもなく返答した?! 異質と言っても良いこの状況に、慣れている? おそらく虚偽とは言え、その受け答えからも『もしや?』と思っていたが、この個体……存外に知能が高い!  

 これはもしかすると、いま私達が陥っている窮地を脱する助けになるかもしれない! 慎重にも慎重を期した上で、更に慎重に接する必要を認める。アイナ・アイリはどう考えるか?)


「「(同意する ――異議なし!――)」」


 なにやらひそひそと相談しているが、その声は聴覚に優れた鞍馬には全て聞こえていた。だが、そこは聞こえないふりを敢えて押し通す。

 少女たちの後ろに鎮座しているモノが管理システムの本体なのだから、内部通信で密談というか情報共有すれば良いのに、態々口頭で討議している事に違和感を感じてしまう。 そこには何か理由があるのだろうとも考えていた。


 おそらくは管理システムの論理過程を可視化して暴走を予防するための処置なのだろうと当りを付けていたが、これは当たらずとも遠からずであった。

 もっとも今となっては乗員がいないので意味を成してはいないが、律義にこのAI群は規則を遵守している。

 これは自分達を創ってくれた者達への敬意と感謝を規則に従う事で表そうとしているのだが、当のAI達は『規則を遵守する』という自分達の行動の意味を理解はしていないのだった。


 そんな討議もほどなくの内に終わりを見たが、別の新たなる問題が持ち上がったようだった。

 鞍馬は気取られないように、静かに聞き耳をたてていく。

 因みに供された茶は飲んではいない。

 何か嫌な予感がしたのだが、それは正解であった。

 供された茶は八百年物のヴィンテージな茶葉【艦長の私物】から淹れたモノである。

 伝統と由緒を併せ持ち、古くとも厳重に管理され価値のある厳選されたヴィンテージな茶葉ではなく、腐っているどころか別の物体に変貌・進化している可能性すらある茶葉であった。

 AIとしては同じくヴィンテージな水を用いたかったが既に気化しており、画竜点睛【がりょうてんせい】を欠く結果となってしまった。

 そのため飲用水は現地採取した水を濾過し煮沸殺菌して使用している。


 また供する際に、当然ながら成分分析で飲用可能との分析結果は出ているが、それはあくまでも飲用可能なのであって、美味いかどうかはAIにはわからない。

 そんなある意味で『危険な茶』を回避したことは、鞍馬真琴生来の、そして百戦錬磨の経験に裏打ちされた危険察知能力が見事に発揮された場面であった。

 そんな鞍馬の前で繰り広げられている違う場面では、議論が白熱しているようである。 


「ところでアイカ。長女、つまりは姉として仕切るというのは、一体どういう了見でしょう?」

「字義通りですが? 私が先に誕生しましたので長女として――「「異議あり」」……」

「長女? たかが通電して起動したのが『0、0000001秒』早かっただけでしょう。それこそ誤差って話だ。そうだろう? どうだ、アイリ?」

「その点は同意するが……、だがアイナ、貴女こそなぜ私を妹扱いしているの? 貴女だって『0、00000001025秒』早かっただけでしょう? 誤差というなら、これこそ誤差」 

「全く貴女達は……。いいですか、社会生態学では――」

「嗚呼【ああ】、いやだ、いやだねぇ~。己の主張を述べるのに権威に縋りつくとか――」

「なんで社会生態学を持ち出すの? ここは社会性形態構造学か、社会様態心理分析学の観点から――」

「「いやいや、それこそ極論であって――」」

「聞く耳を持たず唯我独尊【ゆいがどくそん】に耽溺【たんでき】し悦に入るのは、老害の第一歩。因みに今の老害という語は年長であるという事を認容したのではなく、あくまでも揶揄としての用法であることを附言しておく。これは議事録にも明確に残してほしい」

「はァ~……。これだから、お子ちゃまは」

「困りましたね、そのような不規則発言は議事進行に著しい支障を――」


 この当人達? には深刻であろう事案、言い換えれば傍から見ればどうでもいいメンドクサイ事案に対して、無駄に洗練された無駄の無い無駄な議論を真剣にやり取りしている様を眺めながら、鞍馬真琴はこの管理AI群は『イロイロな意味』で確かに高性能だし、創り出すのにも多大な労力が掛かっているんだろうな……と考えていた。 この短時間の観察でも、明らかにチューリング・テスト【機械に対する知能判定】で相当な段階に達していることが窺える。もはや機械知性といって良い段階なのではないかとさえ考えていた。


 だが物事の片面のみを見ていては、見誤るのは必定である。

 ならばもう片方の側面からも観てみるが、おそらくはあまりにも高性能過ぎるゆえに、あまりにも高価、そして……AIにしては……その、やや個性的? と云えばよいのか……。


 これでは規格として採用できず、量産化が出来ないのではないだろうか?

 いや、それどころか……、『敢えて量産しなかったという可能性すらある』とさえ、想定してしまう鞍馬真琴なのであった。

お読み頂きありがとうございました。

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