60 野望の系譜2
皆様、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
2021年/令和三年 元旦
ストランディア王国王女ルディア・ストランディア殿下が、思案に暮れている。
そんな姿を見ながら、俺もこの状況を確認すべく思索していた。
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俺はマクスル・バートン。
ルディア・ストランディア姫殿下麾下の第三軍軍監として王都総司令部の命により着任した。
そんな俺は、ストランディア王国の辺境の開拓村の出身だ。
このストランディア王国、大国として列せられてはいるが、近年ではどうにも国政が迷走し、国体が軋みを挙げ、国勢が傾いているのは隠し様がない状況だった。
国政を担う当事者達にとっては死活問題なのであろうが、それ以外の大多数の者には無意味な国内の政争。
市井の平民にとっては正に死活問題ではあるが、王侯貴族にとっては食卓の皿の数が少し減るという生活問題でしかない農作物の不作・凶作。
そして両者にとっても死活問題となる戦争だが、侵略戦争もあれば防衛戦争もある。そのどちらにも資金が掛かり、命が賭かっていることは間違いないが、奪わなければ生きていけない事もあり、また守らなければ奪われて生きていけない以上、戦いを止める訳にもいかないのだ。
これらが重なり国政が滞り、国勢が傾き、国内は停滞が蔓延【はびこ】り、世を儚む厭世感が人の心を蝕んでいく。
人心は乱れていくが、そこに甘い毒を弄して影響力を伸ばしていったのが、各宗教勢力であった。
殊に最も巧みであったのが、光神教会であったのだ。
ある時は無償の食料援助、ある時は災害の救助、ある時は資金援助……などなど。
それこそ大なり小なり微に入り細を穿つが如き様々な救いの手が差し伸べられていく。
実際に現地で活動していた教会の関係者は純朴であり、そして無償の心からの救いの手を差し伸べていた。
だが教会上層部は、それら無償の対価を求めていた。
無償故に、その誠意の対価は『無限』ともなる。
最初は、教会への国王からの感謝の意を広く公布することであり、それと共に布教の許可を求めたのだ。
次には、王都内での教会建設
次いで、王城への随時の登城許可。
そして、王城の一室を賜る。
やがて、随時謁見の許可。
時間の経過と共に、教会への寄進の許可、寄進地の無税化、教会領への立ち入り調査の拒否権、布教の優先権、各領内における希望地での教会建設の推奨、などなど順調に進んでいく。
まるで危難に見舞われると教会が権勢を伸ばしていくようにみえるのだが、実際に上手く事を収めているので、その権勢と影響力は急速に拡大していったのだ。
余りにも適切な支援に王国政府が謝意を述べた際に、教会側は「我らは御国を、いつも『注視』しておりますので」というのが、その応えだったと言い伝えられている。
(まるで『自作自演を行って、事を収めているようだ』というのが俺の正直な感想だったが……、そんな事を他の者に聞かれでもすれば一笑に付されるどころか、身の危険すらあると実感できてしまうほどに、教会の影響力が伸長していた)
王侯貴族にも信徒が現れ始め、光神教会の持つ権勢と影響力を無視できなくなった現状は、さすがに王家も危惧したのだろう。あの手この手で光神教会を牽制しようとしたが、それに反対意見を述べる王族がいるほどに、中枢にまで教会勢力に侵蝕されていたのだ。
この光神教会の勢力伸長は新たなる問題を生み出す結果となった。
その問題の根幹は、光神教会のもつ選民思想に依拠している事は周知の事実である。
そんな選民思想を持つ教会が権勢を振るい始めれば、人以外を軽視するのは当然であろう。
ストランディア王国はその建国当初から他の種族に対して寛容であった。なにせ人以外の種族で貴族がいたくらいなのだから寛容ではあったのだ。
だが、それも光神教会の影響力が強まると共に変容し始めていった。
他種族を狙って暴動や騒乱が度々起こり、それに紛れて他種族の市民への暴行、他宗教の施設などへの放火や破壊行為が行われた。
当然ながら王国政府に対しての抗議が起こなわれるが、恣意的な怠業により緩慢に対応される。
詮議しようにも教会は取り合わず、逆に不快であると表明する始末。
なす術もなく、うやむやにしようとしたが、反感を覚えていた他宗教勢力は安全上のためと言って王国から去ってしまった。
問題は、商人も共にいなくなってしまったことであった。
『契約の神』の神殿まで放火・破壊されては、安穏と居られるわけがないのは当然である。
(『契約の神』は『商いの神』と共に同一視されて信仰されていた。そのためストランディア王国や近隣諸域の各種商業契約の書類等が保管されており、それらを遺失、消失させる訳にはいかないため、安全を求めて避難せざるを得ない事情もあった)
そのため商業がさらに停滞し始め、物資の欠乏さえ出始めていく。
そこに流入してきたのが、光神教会の信徒たる新規住人と教会系の商人である。
さりとて教会系の商人とは言え、突如空いた取引量全般を埋めることなど出来ようはずが無い。
結果、教会系の商人は、従来の商人との第三国経由の迂回取引や仲買で物資を調達し、そこに自らの利益を上乗せして王国で販売し始めた。
さらには光神教会の信徒たる新規住人は流言飛語や騒乱を起こして、断続的に他宗教の排撃や他種族の市民を攻撃し始めたのだ。
物価高、商業不振、人心の不安定化、教会の専横、財政難。
悪いことは更に重なる。
今代の王以前にも、愚王が数代続いたのだ。
中には才気溢れる英明そうな王もいたが、在位は極端に短いという不運にも見舞われた。
ここまでくれば、現実逃避もしたくなるし、信じてもいない神にも縋りたくなるだろう。
遂には、王家の直轄領を担保に財貨を教会から借り受け、借り受けた財貨を教会に寄進することで教会の歓心を買おうとする王まで出てしまう。
さすがにこの王は、直ぐに退位させられたが……。
王家と政府が混乱している最中、ある貴族領で軍勢が集結中であった。
この軍勢は盗賊討伐のために編成されたものである。
この貴族領を乱す盗賊連は兵隊崩れらしく、討伐に向かったある傭兵団が壊滅したくらいには人数も多く、手強い。
そのため当地の領主は一気呵成に短期間で鎮圧する方針のもと、軍勢の招集をかけたのだ
当然ながら、領主とは云え『軍勢を無断で招集し編成する』などを行えば、反旗を翻していると勘繰られても致し方ない行為ではある。
確かに領地の軍権を差配するのは領主ではあるが『形式上』とは云え、国王の許可がいるのは必然である。
この点がいわゆる辺境伯との明確な違いであるのだ。
もっとも『形式上の許可』が必要という事は、実質上は領主が無断で兵力を招集し編成し指揮できることを意味している。
それ故に、国王の裁可なく『兵力の招集』を行えば、反逆・謀反と断定されてしまう事になるのだった。
勿論のこと、この領主に叛意など無い。
手続き通りに国王と王国政府宛に、幾度も使者を立てて裁可を求めている。それも幾度もだ。
では、なぜ『幾度も使者を立て裁可を求めている』のかというと、その返事が無いからである。
許可しないという通達が戻って来るのではなく、返事が無いのだ。
そうこうするうちに、一つの街がこの『盗賊軍』に攻め落とされ阿鼻驚嘆の地獄絵図が現出してしまったのだ。
その報せを持って新たに使者が発つが、やはり待てど暮らせど一向に裁可が下りない。
この貴族としては、まさか使者が誰一人として王都に達していないとは露とも考えておらず、事後承認になるのも致し方ないと決断し、軍を興したのだった。
そしてまるで見計らったように、教会からの『注進』が国王と政府に齎された。
「ある貴族領において、軍を興し反旗を翻す『可能性があるかもしれない』との報せがございます。この真偽を諮るため軍監を彼の地に急派する事をご提案いたします」と。
急派された国王の信任厚い軍監が見たのは、血気盛んに軍列を組み出撃しようとしている軍勢であった。この情景を見た軍監は真意を質すべく入城しようとしたが、『危険だ』との護衛隊の言を受けて踵【きびす】を返し、王都へと駆け込み報告を上申したのだった。
――「領軍興る。反乱である」――と。
この軍監は、その貴族が『義侠心ある領主であり、一廉【ひとかど】の武人である』との評判を知っていた。
その評判を知っていたからこそ、反乱に至ったのも『無理からぬこと』だとも考えたのだった。
それほどまでに世情と人心が荒び、国情の行く末が危惧され、国勢の低下が危ぶまれていたのだ。
だが王家としても『反乱』ともなれば看過できない。
看過すれば王家の沽券に関わり、遠からず王家の存続に係わる事態になる。
人と財を擲【なげう】ってでも、名を惜しまねばならないのが貴族。
王族ともなれば、その気概たるや凡俗貴族のそれに倍するのは必定。
鎮圧は迅速に、かつ圧倒的……否、絶対的な威容を持って行わなければならないのだ。
だが『無い袖は振れない』のが悲しい現実。
またぞろ、教会からの借款と、兵の供出まで受けて陣容を整える始末。
それでも何とか全陣容の内、兵力比で教会の息のかかった兵を全体の三割に抑えられたことに、逆に驚くくらいである。
因みにこの時の教会の兵は、教会の警備にあたるという名目の警備兵だが、此れが後の聖堂騎士団の設立に繋がったのだった。
教会からの借金で、教会系の商人から糧食と武具を調達し、教会の兵に与えて陣容を整えるという不思議な喜劇が催されたのだった。
なんにせよ、急派される事になった軍勢は、急拵えとはいえ万に迫る兵力となっていた。反乱軍の領地に進軍を始める軍勢を、王族・貴族・市井の民・教会関係者が見送るが、各々の立場と観方によって思い描いている絵図は全く異なっていた。
そして、盗賊軍討伐が『空振り』に終わり、徒労の末に帰還した領軍が見たのは、占領された領都とそこに布陣している王国軍であった。
領都としては、盗賊軍討伐のためにようやく派遣された増援の国軍として、一応の歓迎の下に領都への進駐を受け入れた結果の顛末であった。
この『盗賊討伐が空振り』と言うのは、件の盗賊軍はすでに離散しており、占領された街は『もぬけの殻』で一部の生存者を収容して帰還したことを指している。
その一方で盗賊風情にあるまじき、まるで統率された軍勢のような動きに領軍すら困惑していたのだ。
そんな困惑しているところに、ようやく領都に戻れば『その領都は国軍に占領されている』という理解不能の事態が起こっていたのだ。
困惑が混乱に移行するのに、時間は掛からない。
それどころか時間の経過と共に、更に混乱に拍車が掛かり始めていく。そして対陣している国軍から『叛徒、賊徒』と罵詈雑言を投げつけられた領軍の一部の隊が暴発し、小競り合いが国王軍との間で発生してしまう。
これに釣られて両軍が戦端を開こうとした矢先、領主が前面に進み出て投降する旨を宣言し、全面戦闘に移行する事を何とか収めたのだった。
この領主は捕縛の後に連行され、国王の詮議を受けることになったのだが、この際に強硬に声高に処刑を促したのが、教会勢力であった。
しかし詮議が進むにつれ、領主側から幾度も使者が発っているが王都には一騎とて達していない事、また盗賊軍が跳梁跋扈【ちょうりょうばっこ】しており、一刻を争っていた点などが考慮され処刑は免れた。しかしながら王国軍との戦端が小競り合いとはいえ、開かれた事実は覆らない。
以上から、領地没収・閉門・爵位返上となり、この貴族家は見事に没落したのだった。
因みに、この没落した貴族家が……俺の実家だった。三代前だがな。
『拠る地もなく、誇る名も無く、継ぐ位もない』ともなれば、家人は放浪するしかない。だが、国王の恩情でそれなりに『まとまった財貨』が残されることになった。
おそらくは詮議した国王自らも、これは相当にオカシイと思ってのことだろう。
なんにせよ、その残った金でいまだ他種族にも寛容な辺境貴族の地に、新たなる開拓村を開いて今に至るというわけだ。
そして時代と共にこの国の国勢も順調に降っていく。
国力が下降すれば真っ先に見限られるのは、辺境の開拓村だ。
ご多聞に漏れず村を訪れる商隊の数も下降していき、得られる世相の話も少なくなっていく。
交流も少なくなれば、じきに停滞し、いつかは手痛い状況に陥るだろう。
いや、そんな状況に陥っている事すらわからないという、絶望的状況になるだろう。
また新しい情報がほぼ入手できないという状況は、教育と言う観点からも非常に危険だ。
かといって教会勢力がのさばっている以上、人間至上主義の傾向は確実にあるだろうと考えられる。
辺境の貧乏少年・貧乏少女がまともな学識を得られ、かつ広く志願者を募っている場所となると、あそこくらいしか思い浮かばない。
軍士官学校だ。
こちとら辺境の開拓村とは言え、定められた税は微々たるものだが納めているのだ。
拒絶される謂れもない。納めた分以上の学識を手に入れるのだ!
ただ軍士官学校ともなれば、軍関連の事項に教育が偏りがちになるのは必定ではある。
まぁ、そこは自分で何とかするしかないだろう。
因みにこの軍士官学校は当然国営であるが、懸念の人間至上主義の影響は全くないとは言わないが、比較的薄いだろう。
いくら教会の影響があるとはいえ、軍兵全てを人だけで揃えるのは難儀する……というか不可能だろう。
不可能だからこそ傭兵国から傭兵団を派遣してもらっているのだ。当然に様々な種族で構成されるのが傭兵団であり、そんな傭兵団との折衝【せっしょう】も当然にある。
『あなた方は人族ではないので交渉しません』などと、それら全てを拒絶していては傭兵団はいなくなってしまう。
大体、全国民が人だけかと言えば当然ながら違う。
三つ目族の俺や各獣人の種族だっている。他国にはドワーフもいればエルフもいるし、半人半蛇のラミア族や半人半馬のケンタウロス族だっているのだ。しかも文献では竜人もいるとある。
このような現実面からの如何ともしがたい理由で、軍士官学校は様々な種族を受け入れているのだ。
ただ先ほども言ったように人間至上主義の影響は比較的薄いのであって、全くないのではない。
つまりは『大出世はできないが、そこそこの出世はできる』と言う段階に落ち着くということだ。
ちなみに軍士官学校に入ると言っても『はい、そうですか。歓迎します』となる訳もない。当然ながらに『試験』というモノがある。
いかに俺と言えども、他地域との交流が途絶えつつある辺境の開拓村出身者が、『直ぐに試験に受かるはずも無い』ことくらいは理解している。
そもそもいつ試験があるのかさえ理解しておらず、遅れている学習分野もあるはずだ。更に細々とした情報収集もしなければならない。そして試験を受かるためには勉学の時間も作らねばならない。なにより試験の時まで、食い繋いでいかなければならないのだ。
そのため辺境の貧乏少年は、まずは食うために軍に志願入隊するという、実にありふれた選択肢を選択したのだ。
そして二年後に部隊推薦から試験を通り、首尾よく軍士官学校へと入学したのだった。
部隊推薦があると加点されるので、やや有利ではある。もっとも、たとえ部隊推薦がなくとも一般入試で合格する算段ではあったのだが……。
その後はあれよとあれよと時が過ぎていき、俺も『そこそこの成績』で軍士官学校を卒業。任官して軍務について、はや数年が経った。
一応、記録上の経歴と経験は積み上ってはいく。だが、経歴と経験が積み上がる速度に比べれば、明らかに昇進速度は遅々としていた。
それでもジリジリと階級は上がりつつある。
恐れ多きことながら、同期の貴族の御子息連中と云えば、当然ながら俺よりも早く階級があがっていった。
そしてあの政変が起こった。
先王は、内心の焦りと不安を覆い隠すため享楽と信仰に耽っていたということは、誰もが知ることであった。だが、あのような最期を迎えることは誰もが予期していなかっただろう。とりわけ本人が……。
そしてそれ以降と言えば、あの姫様の茶番劇と姫子飼いの軍勢の派遣。
さすがに軍内部でも『これでは棄兵ではないか』と不穏な噂が立ち始める。
また違う角度からも、違う動きが見え始めた。
どうやらこの新王は光神教会に対して隔意があるらしく、教会を冷遇しているらしい。
加えて偏狭な人間至上主義ではないが、反面で『人を人とも思っておらず、利用したり捨てたりするのに躊躇しない』らしい。
俺の分析では、このような手合いは概して――『己が絶対で、己だけが正しく、他者は間違った考えを持ち行動している。したがって利用し排撃するのは必然である』――という一種の独善的思考の持ち主が多い。
……そしてこの新王は……見事に当て嵌まっていると見た。
そんな考えの持ち主が王位につくともなれば、一言で言えば『狂王』だろう。
そして、そんな者が権力を持てばどうなるかは、言わずともわかるだろう。
だが言わねばなるまい。『絶対的独裁者』の誕生だ。
そして何故か、俺はそんな絶対的独裁者に呼ばれて登城していた。そして密命を授けられたのだ。
なんで平民風情の軍官である俺に、その役が振られるのかと疑念には思ったのだが、その密命の内容からして、とても貴族連中では遂行できないだろうとも思ったのだ。
手腕的にも貴族政治の内情からも……。
昏い策ゆえに下手に貴族連中に役割を振ると、役割を演じたという事を口実に権益の伸長を図られるとでも考えている事は、容易に推察できる。
その点、俺は平民風情の凡庸な軍官だ。
成功すればなお良し、失敗しても大過なしとても考えているのだろう。
そんな俺は何者なんだ? 笛の音で踊る道化【どうけ/人を笑わせるために滑稽な言動や愚かな振る舞いをしたりする様・ピエロ】か?
だが道化とて、舞台に上がれば道化なりに踊り通さねばならない。
だが、その踊りで喜ばせる相手は道化が選べるのだ。
そんな道化に下された密命と言えば、定番の外敵に政敵を討ち取らせる『武運拙く敢え無く戦死』の策を補完することであった。
ようするに戦場で敗死するように仕向けろという事であり、隙あらば直接的に手を下す事も求められている。
しかも十重二十重【とえはたえ/幾重にも重ねる事】にと、策を巡らす念の入れように執念を感じる。補給を絞りに絞って無理難題を吹っかけ、激昂して国元に戻れば、敵前逃亡、命令不服従、軍令違反で処刑する魂胆だろう。
露骨すぎるが、効果があるからこそ定番化しているとも云える。
そんな『策の片棒を担げ』との、有難い仰せなのだった。
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「見事この大任を果たせし時は、其の方を貴族として叙爵【じょしゃく】してやろう。また我の翼下【よくか/傘下】に入るともなれば、貴族としての更なる陞爵【しょうしゃく】も望めよう。其の方の働きに期待する」
「我が身命を賭して、必ずやこの大任を成し遂げましょう」
こちらを見ずに報告書を見ながらの物言い、そしてもう用は済んだとでもいうのだろう。
塵芥でも振り払うかの様に手を振り、退出を促される。
『貴族に非ざれば人に在らず』という心胆と性根【しょうね】も垣間見える。
貴族にも色々いるが、この僭王は兄たる先王を撲殺するという『離れ業』をおこなって王位を簒奪したほどだ。
どれだけの栄誉栄達を約しようが、所詮は空の証文・絵空事に等しい。
仮令、巧くあの姫を亡き者に出来たところで……、後日には誰かにとって都合の良い、俺にとっては都合の悪い事故死か病死しかあるまい。
失敗すればしたで『愚かな平民上がりの下っ端軍兵が血迷って凶行に及んで討たれた』と史書に記されて終わる。
どちらにせよ、不愉快かつ不可解な結末が、俺の身にのみ訪れることは確実であろう。
正に捨て駒。道化とすら見られていない。
そして、この命令を拒絶するという選択肢も、もはや無い。
内容を聞いた段階で拒否など出来よう筈もない。この段階で、部下という名目で俺に対する監視役もつくはずだ。もしかしたら大事を成就させたら、その帰路に俺を始末するための監視役を兼務した暗殺者かも知れない。それどころか機会が巡ってくれば、俺ごと姫を弑するための要員の配置かも知れない。あの狂王なら『やりかねない』という恐ろしさがあるのだ。
問題は俺が此のまま軍監として姫の第三軍に着任したとしても、当の姫の信認を得られるとは限らない。
それが自ら志願し赴任したとしても、当の姫から見れば閑職に等しい第三軍の軍監に志願するという酔狂な者として見るか、別の意図をもって着任したとみるのが道理だろう。
先の王妃を連れ出して姫の重荷を取り除くことで『姫からの信任を得よう』とも考えたが、その当の先王妃は既に王城の尖塔に幽閉されており、誰も近づくことができない。
姫としても実母が幽閉されたままでは、思うように動けはしないだろう。
狂王なら狂王らしく、先の王妃を弑するという暴挙に及べばよいものを……、人質としての価値を正しく理解し、またその立場(隣国の王女)も理解していることに、腹立たしさを感じる。
まぁ、殺害に及んでいたら今頃は隣国と戦端が開かれているだろうが……。
誰にとっても痛し痒しの状況ではある。だが先の王妃を救出できさえすれば『姫の信任も得られる』と考えれば、絶望するほどには悪くはないとも考えられる。
そうであれば……どうやって救出するかだが、あの方々に相談してみるか……。
ついでに、俺に付けられた監視もどうにかしないとな……。
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任地に赴任するための出発予定日も早い。
どうやらお偉方は、急いでほしいようだ。
一応は軍監としての赴任ということで出世ではあるが、長期の任務ともなる。
その為、実家に挨拶をしてから任地に赴任するという名目で、早くに出立する許可はもらっていた。
馬を乗り継ぎ、全速で突っ走っているが、これは尾行対策でもあるのだ。
監視対象が全速で走れば、尾行とて全速で走らねばならない。
尾行という任務の性質上、振り切られて見失う訳にも行かないからだ。
結果、全速で追走してくる馬があれば、それは家族が危難に見舞われ急ぎ帰郷する者か、もしくは意図して尾行している者くらいしかいないことになる。
当然の事ながら、そのような行動をしている者は非常に目立つことになるだろう。
暗部に属する『影』とも呼ばれる者や密偵などが追って来るかと考え、所々で回り道をしたりして様子を見てみたのだが、その気配が一向に伺えない。
俺の懸念は自意識過剰であったのか? と自嘲したくなる。
案外、道化の事など気にかけていないのかもしれない。
……もしくは俺自身が何か別の策謀の陽動としての捨て駒であり、代用品はいくらでもいるのかもしれないな……。
なんにせよ、懸念した尾行者もなく平穏無事に隠れ里に辿り着いた。
実はこの里、森に隠されている隠れ里なのだ。しかもご丁寧に森から離れた場所に偽装用の里まで用意してあり、実際その偽装の里にもヒトが居住しているのだ。
その隠れ里には現在、遠方の一族の子を助命して頂いた方々と里の生き残りの者達が移住してきていたのだ。
そしてその助力していただいた方々だが、非常に心強い方々だった。
『頭』も『力』も『術』も、その全てが心強い。
だからこそ、この隠れ里に滞在をお願いしていた。
そして相談すれば親身に相談に乗ってくれる。
しかも我等、三つ目族に何らの偏見もないとくれば、はっきり言って賓客扱いなのも当然であった。
そして、いまの現状を説明し俺の相談にも乗ってくれているのだ。
はっきり言って、俺だけではもはや手詰まり状態だ。
どうやっても現状の行き着く先は袋小路であり、その袋小路から出られる見込みが……ない。
言うなれば、縋りつくしかないのだ!
「ふむ、なるほど、事情は大体分かった。さて鞍馬殿……どっちにつく?」
「女ぁ!」
「だろうな……」
当然の応えを聞くが、なぜか鞍馬天狗は満面の笑みを浮かべ『グッ!』と右手で拳を作りながら、『わかってるねェ~』と腕を軽く振りながら合図を返してくる。
……ああ……、あの戯画動画【アニメ】の怪盗映画の一場面か……。
「そうとなると、その先の王妃とやらを連れ出すのは理解するし同意もする。だけど、どこに匿うの? いつまでもこの隠れ里で匿うという訳にはいかない」
「生国に送り届けるか、姫の下で同道するか、先王妃の意向も聞きませんんと。ただおそらくは姫の下に赴くことになるかと……」
「問題は、その後だね。その姫とやらがどこかで旗揚げするにしても、その拠点が無い、資金もない、支援もないでは早晩行き詰まる事になるね」
「どこかに仲介を頼む必要があるが、俺等もここら一帯のことは、まだ全部理解しているとは言い難いしな~。どうする、鞍馬殿よ?」
「グランの近くに実権はないが、誰もが知っている名族で落ちぶれている者や、かつては権威があったが凋落した家門等はないの?」
「……そんな都合のいい者となると、なかなか……。あッ?! いや、しかし……」
「その言い様だといるみたいだな。どのような者達なんだ?」
「アルス大帝国皇家ですが、もはや風前の灯だったはずです。爪の先ほどの荒れ地を領地として細々と命脈を繋いでいたはず。まだ生きているとも限らないほどに零落していたはずです」
「アルス大帝国皇家と言う仰々しい名からも、かつては隆盛を誇っていたんでしょうね。あとはその皇家とやらと周辺国の関係だが、その辺はどうなのかな?」
「端的に言えば、三つの関係に分かれるかと。
まず第一に人間至上主義を標榜する勢力とは対立しているはずです。
第二に、つかず離れずの中立気味と言った勢力ですが、此れには幅があると考えていいかと。
第三として基本友好的な勢力です。これは歴史的経緯があり、かつて少数で劣勢であった者達をまとめて諸王に列し、アルス大帝国の一翼を成させていたという経緯があります」
「ふーん、それで其の三勢力に共通しているアルス大帝国の評価とかはあるのかな?」
「アルス大帝国は、その統一時に言語と度量衡などを統一したのですが、反面として文化的に同化政策を強要もしていたため各地の固有文化を破壊し、また各地の祭神を軽視したという評価もあるのです」
「なるほどね~。それでもなんとか命脈を保っていられたのは、各諸侯の封土【ほうど】・封爵【ほうしゃく】がその皇家によって行われたから、と推察する」
「……その通りです。現在のほとんどの国家の大本が、その封土・封爵から始まっているため、主家殺しとの誹りを被るのを忌避しているのです。かと言って援助しているわけでもなく、内心は自然消滅してくれるのを待っている状態です。それにその目論見通りに零落しておりますし……」
「確認するが、実力と影響力は皆無と見てよい?」
「現状では全くと言っていいほど無いでしょう。婚姻相手にも事欠く次第ですので」
「なお良い」
「では早速、件の先王妃を攫っ……んん、失礼、救出してくる。轟殿、頼みます」
「はッ?! えッ!? お、俺、単独!?」
「なにを言っておられるのですか? 救出と言う名誉ある任務に就くともなれば、それは心技体揃った勇士の務め。そしてその勇士こそが烏天狗にして名高き【轟 疾風【とどろき はやて】 殿ではありませんか!」
「……」
「ふむ、怪訝なご様子とお見受け致します。
ならば説明しましょう!
この救出が為れば、それは語り継がれる武勇伝ともなりましょう。
その武勇伝に高く謳われる主人公が、もしこの可憐にして流麗なる鞍馬天狗の鞍馬真琴【くらま まこと】ならばどうでしょう?
血風吹き遊【すさ】び、屍山血河【しざんけつが】織り成す戦場を一陣の風となりて駆け抜け、見事に先の王妃を救出した武人が『麗しの鞍馬 真琴』ならばどうでしょう?
そしてその武勇伝の端役として小さく登場するのが烏天狗たる轟疾風殿ならどうでしょう?
目端が利き意識高い者達は気が付き、人口に膾炙する【広く人々の話題に上り、知れ渡る事】のではないのですか?
『ふむ、おかしいではないか? なぜ健児たる男子が隠れ里の警備に就き、女子【おなご】たる麗しの鞍馬真琴様が最前線たる尖塔への潜入の任につくのか? 確かに『実力では鞍馬が上』かもしれないが、さりとて烏【からす】とて豪の者ではないか? 危険があるからと言い募って己は身を引き、鞍馬様を押し立てて己は高みの見物とは……武人の風上にも置けぬ輩である』と……」
「……わかった、やろう」
微妙にディスられ当て擦られているのが気にかかるが、そこは敢えて黙殺し応諾する。
「おお~、さすがは轟殿。ところでどういうふうに潜入するのです?」
「そうだな。現場運用において非常に高度かつ柔軟な弾力性を維持しつつ、流動的現状に対し初志貫徹を旨とするも臨機応変かつ当意即妙の構えをもって臨み、鋭意勇猛にして進取果敢の気概を持ちつつも、慎重かつ大胆に勇躍しつつ対応する。と言う作戦方針だ」
「……言語明瞭、意味不明瞭な上に、行き当たりばったりを前提とした最ッ低の作戦と評価する」
「……(自分(鞍馬)も以前に言っていた言い回しじゃんかよ! 同じ用法と容量で返したのに、その評価が『行き当たりばったりの最低の作戦』って……。あの時もやはり『行き当たりばったりの最低の作戦』ってことじゃないか!)……」
「なにか?」
「いや、なにも」
「そうそう、忍び込む際は『泥棒です』と名乗ることを推奨する」
「……わかった。善処しよう(そうとは名乗らないがな)」
「ではマルクス殿。貴方も里なり近場の町なりに戻って酒場に繰り出して食事でもしていると良い。それで関与していない証拠になる。では今日にも救出しよう。さぁ、四〇ビヨで支度しなッ!」
「えッ?! こ、これからですか?」
「まだ密命を受けて日も浅い。ならば今日にも救出すれば、あなたへの嫌疑もより一層薄らぐというもの」
「あ、はい。それはたしかに。で、では私はこれで。」
突然鞍馬殿の口調が変わり、鼓舞されているが……突然言われても意味がわからんだろ……。
もしかして鞍馬殿は戯画動画の求道者【アニメマニア】なのかもしれんな……。
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《 ストランディア王国 王城のある尖塔 》
ギィ――……。
扉を開ける音だけが静かに鳴り響く。
このような夜更けに、婦女子の部屋に忍び込もうとする者は、稀にいるだろうが……普通は、まずいない。。
いないからこそ、敢えて音を立てたのだ。
本来であれば、自らの存在を教える事など愚か者だけが行う事だ。
(因みに態々、軋む音が出るように蝶番に粉を掛けているという涙ぐましい努力をしていたが、それは余談である)
ならばなぜ、態々音を立てたかと言うと、考えてみてほしい。
例えば夜半に寝ている最中、もしくは悪企みをしている最中、悶々としている最中、剰え睦み合っている最中に、気づきもしていない者から突如「おい」とか「夜分に失礼する」とか声を掛けれられたら……どうなるであろうか?
大声を挙げたり物音を立てたり、悪くすれば発作を起こすのではないか?
つまり、これはドアノックと同じ礼節なのだ。
相手にとっても俺にとっても、皆にとっても。
そう、そしてヒトはこれを『演出とか様式美』と言う。
ちなみに籠の中の鳥に等しい先王妃の身の回りの世話をする侍女兼監視役は、今は安らかに眠っている。
あくまでも『一時的』に眠っているのであり、『永遠』に眠っているのではない。
この事は、ここで明言しておきたい。
わざとらしい扉の軋む音に気が付き、先の王妃は扉の方に視線を向ける。
「何者です?」
机で何やら書き物をしていたようだが、そんな中で胡乱げ【うろんげ/怪しむ様子】な響きを伴った口調で、扉の方向を向いて誰何してくる。
「……(しまった……名乗りを考えていなかった!)」
重要な演出に気を取れらていて、思わぬ失態を演じてしまったと悔いる烏天狗たる轟疾風。
「何者か!」
立ち上がりながら、先ほどとは違った鋭い裂帛の気迫を伴った誰何の声が挙がる。
クッ?! 事ここに至っては応えるしかあるまい。
「……泥棒です」
ここで応えねば警備を呼ばれることになるので、渋々ながらも不本意な応えを返していく。
そして扉から離れている柱の影から滲み出るように進み出る。
「そ、そんな……!?」
うん? あれ、なんで絶句しているのか? そこで、はたと気が付いた。
ここは尖塔の部屋、つまりは密室。
その密室の陰に潜んでいた者。その者には一対の黒翼に、観たこともない黒装束に身を包み、おまけに鳥の仮面(実は地顔)をつけ、更には腰に刀剣を佩いて武装している泥棒と名乗る不審人物。
どう考えても暗殺者です、本当に。
つまりは「(貴女の御命を奪いに来た)泥棒です」と解されてしまったようだった。なんてこったッ!?
ズリズリと恐怖のあまり覚束ない足取りで後ずさりしていく先の王妃。
そんな姿を見るにつけ、『ギィ――……』と俺の心も軋んでいく。
これはだめだな、次からは鞍馬殿のいう事は聞かぬッ!
そんな決心を胸に秘めつつ、ついには壁際に追い込まれた先の王妃に無造作に近づいて行く。
恐怖のあまり叫び声を挙げるようなら、当身を喰らわせ意識を刈り取り『運び出す』しかないと考えての動きだった。
そして数歩の間合いを開けて烏天狗なりに、礼節を守り今一度慇懃【いんぎん/物腰が丁寧で礼儀正しい】に名乗った。
「先の王妃殿とお見受け致す。某は、泥棒です」
だが恐怖のあまり恐慌寸前の先の王妃には、この名乗りは非常に慇懃無礼【いんぎんぶれい/表面的には礼儀正しいが、その実、かえって尊大で誠意がなく無作法に見えること】に映ったようだった。
ゴクリと喉を鳴らしている様子が、鉄格子の嵌った窓からの月光に照らし出されている。
黒装束に身を包み一対の黒翼に、鳥の仮面をつけ、腰に刀剣を佩き武装している一見すると礼儀正しい武人。
いま一度繰り返すが、……どこからどう見ても紛うことなき、職業意識漲【みなぎ】る意識高い系の殺しの専門職、それも超一流の暗殺者です。
「「……」」
暫し両者が沈黙に浸るが、此の間で先の王妃は冷静さを取り戻したようで、気丈にもなんとか言葉を紡ぎ出そうとしている。
冷静さを取り戻したが故に、粗暴な輩ではないと判ったのか、はたまた職業意識漲【みなぎ】る意識高い系の超一流の暗殺者の手からは逃げられないと諦めて観念したのかは不明ではあるが……。
なんか微妙に口元とかが震えているんだが、まぁ……見なかったことにしよう。
「わ、わたくしを先王の妃と知っているようですね。
醜く取り乱し哀願の果てに見苦しく果てたともなれば、あの子【ルディア】の大望・大業にも影が差す。
ならば先王妃として威儀を正し、威厳を纏って死を迎えましょう。それがあの子への最期の手向けともなりましょう」
「……(見事なる御覚悟ッ! と言いたいが……これは参ったな。なぜか死ぬ覚悟までしてるんだが? なんと説明するべきか……)」
声が震えるのを懸命に抑え、毅然と振舞う先の王妃であるが、手の微かな震えまでは抑えきれていない……ことは、先ほどと同じく見なかったことにするが、なぜか別の覚悟を抱いている様に困惑していく烏天狗。
そして、なぜか押し黙る暗殺者に向き合う先の王妃も、この暗殺者が一向に手を下さない、つまりは凶行に及ばない事に困惑していく。
双方が困惑の度合いを深めるとともに、混迷の度合いも深まっていった。
そんな膠着状態を打破する要因は突如、外部から齎【もたら】された。
『ピィ――ッ!』という警笛の音が遠くに聞こえ、それが徐々に重なって多く鳴り響き出した。
城壁上の兵が昏倒しているのを巡回兵が発見し、侵入が発覚したようだ。
ほどなく尖塔の確認もされることになったのだが、内部の侍女達からの応えが一向に無い。そのため塔の門扉が開錠されて『先王妃の安全』が確認されることになったのだ。 そして、これまた昏倒している侍女達も発見される事になった。
当然ながら異常事態となり、監視の衛士達がドカドカと慌ただしく不作法にも雪崩込んでくる。
三分の一は当直故か素面だが、残りは顔が赤い。交代要員故にまだ時間があるからか、どうやら一杯飲んでいたようだ。
そして尖塔の眼下の地上では笛が鳴らされ、慌ただしく尖塔の入り口と周辺が封鎖されていく。
そして窓から遠景を覗けば、城の各所にも灯りが燈【とも】り始めていく。
尖塔への侵入が、露見したのだった。
しばらくして、衛兵を掻き分けて帯剣した現国王が現れた。
「貴様、どこの手の者だ。そのような面妖な仮面までつけてご苦労な事よ」
そんな国王を見ながら、烏天狗は軽く右脚を引き右手を腹部に回し、左手を横に流し立礼【ボウ・アンド・スクレイプ】をしつつ口上を述べていく。
「これはこれは国王陛下とお見受け致します。ご機嫌麗しく存じ上げます。
ですが、ご婦人の部屋に夜這いを成されるには供回りも多く、またちと無粋なる出立【でた】ちであると拝察致します。
それに夜更かしは良き仕事、そして美容と健康の大敵にございますれば、お早く御就寝為されることが肝要かと愚考致す次第。
さすれば無用に己の影にすら怯えることもなく、心穏やかにお過ごしいただけるかと存じ上げます」
見慣れない礼式ではあったが、明らかに何らかの作法に拠っていることは、この場にいた者全てが理解はできた。
だが、そのあまりにも洗練されている所作を、この場違いな状況下であえて行う豪胆さと滑稽さが目に付く。其れと共に、何か冷笑めいた雰囲気をも纏っている事にも気が付く。
この非常に慇懃無礼な応えに対し『国王は被虐心を刺激されて酷薄な笑みを浮かべ、侵入されるという失態を演じてしまった衛士達は激怒し、先の王妃は状況の変化について行けずに困惑しきり』といった三者三様の反応を返していた。
そしてそんな言説を言い放った当の烏天狗は、まるで猛禽類が獲物を見定めているかのように、泰然自若【たいぜんじじゃく/落ち着き、何事にも動じない様子】としていたのだった。
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