59 野望の系譜1
ここは、グラン王国国境にほど近い連合派遣軍野営地。
ベルザル大公国が企図したダンジョン侵攻作戦に合わせて、グラン王国を牽制するためにこの地に複数の大小織り交ぜた複数の国々から軍勢が派遣されていた。
この軍勢は、光神教会からの『とても強い要請』を受けて、光神教会が影響力を有するグラン王国近隣七諸国から合同で派遣された軍勢であった。
そしていま現在、この地の駐留している軍勢の数は大きく二万を割り込んでいる。
諸国が派遣した軍勢の総数にしては、やや少ないと言えるだろう。
理由は簡単かつ明朗である。
当のベルザル大公国が潰えてしまったのだ。
そしてその頃から、支離滅裂で迷走しているとしか表現出来ない教会の要請に翻弄され始める。
何の影響力も有していないのならば実害はないのだが、如何せん影響力を有しているために席について話を聞かざるを得ない。
そしてその話を聞けば聞いたで、
「今回の派兵に応じてくれたことに感謝するが、諸事情により解散することになった」と言ったかと思えば、その舌の根も乾かぬうちに「近日中には進攻するので準備されたし」と言い出すのだ。
そもそも此度は牽制のための示威行動だったはずなのに、何故か進攻という選択肢が出ている始末なのだ。
当然ながら予定に無い出陣ともなれば、糧食の搬送に護衛の編制、更には先陣争いと様々な準備と駆け引きがあるのは当然であり、陣営内で不満と軋轢【あつれき】を残したまま軍議で決定されていく。
やっと決まったかと思えば、突如教会からの「延期」の一言で水泡に帰して終結してしまう。
延期したかとおもえば今度は教会の別の使者から「撤退」を要請され、同日には別の使者から「現状のまま牽制」、次の日にはまた別の使者から「進攻開始」の檄が飛ぶ。
支離滅裂な要請に翻弄され右往左往している軍勢を後目【しりめ】に、陣営内で当の使者たちまでが対立している始末であった。
最近では、使者の言にも「準備はしておきます」という常套句で煙に撒き、その実は何もしないというのが各軍中での習わしにさえなっていた。
そして案の定、後日に相反する要請が来るという事が、常態化していたのだ。
結果、諸国の派遣軍では故国に帰参してしまったり、その派遣兵数を減じたりしたのだ。
諸国から言わせれば、一年以上に渡る長対陣で費用と糧食を浪費しており、いつまでもこの地に留まってはいられないということだろう。
これが教会から何らかの支援金なりが送られているならまだしも、今回はなんの支援もない。
いや、従来ならば支援金なりが送られており、その派遣費用などは全額とまでは言えないまでも、それなりに充当はされていたのだ。
だからこそ、行軍訓練がてらに予てよりあった大小の派兵要請にも応じられていたのだが、こと今回に限ってはなんの支援も保障もなかったのだ。
一部の大国が敷く常備軍制を別にすれば、多くの国が敷く徴兵制での派兵ともなれば労働人口が国元から切り離されることになる。
そのため農業生産力を始めとして各種生産の低下は否めず、国元に過大な負担になっているのは間違いない。
だが、それを理由に拒絶できるほどの国力が無いのが、小国を始めとする各国の実情であり、悲哀でもあったのだが……それとて限度というものがある。
また各国の農業生産が滞れば、事は一国に収まらない影響を及ぼす。最終的には周り廻って農業生産物を輸入している各国にも影響が及ぶのは必然。
このような内情からも一度は教会の要請に応じて派兵したという名分は立っていることから、義務は果たしたということで、各国の判断で『一時的』に帰国するという決定は一応はできる。
そして公言はしないが、軍資金が底をつくという現実的な理由で帰国する、または大幅に派兵する軍勢の数を減じるという決定に至っていた。
益もなく労いという名の報奨金もなく、ただただ時間と物資だけを消耗していったのだった。
そんなもはや士気の低落は隠し様もないこの野営地の中でも一際大きな天幕の中では、別種のそしてある意味非常に緊迫したやりとりが行われたいた。
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《ストランディア王国軍幕営》
トン、トトン、トン、トトン、トン、トトン。
トン、トトン、トン、トトン、トン、トトン。
トン、トトン、トン、トトン――
いつ果てるともなく続く音。
その音を奏でる指先には、命令が認【したた】められた羊皮紙。
この音が途切れた時が俺の命の終焉か……はたまた……。
俺の前で座りながらも指先を軽く机に跳ねさせているこの女、ストランディア王国王女ルディア・ストランディアが全てを決する。
はてさて……、表と出るか裏と出るか……。
もっとも、どちらの目が出ようと、己の命を懸けざるを得ないのに変わりはない。
トン、トトン、トン、トトン、トン、トトン。
トン、トトン、トッ……。
唐突に音が止む。
さて、ここからだ。失敗すれば俺の心臓の音も止むことになるだろう。
「問う。この命令を発したのは誰か?」
「……それは……」
それを聞くのかよ……。言い淀む振りをする。
ここで安易に答えようものなら、俺の価値も、そしてその命も安くなるだろう。
……しかし見誤れば、それもまた危険。
「どうした? 私に自分を売り込むのだろう? 答えよ」
「……」
「その見え透いたな忠義面【ちゅうぎづら】を取り繕うのをやめぬか。答えられぬのなら私が言い当ててやろうか?」
スッと眼が細まると共に、その口調に剣呑【けんのん】な響きが含まれてくる。
これは拙【まず】い……。
忠義に厚い臣を装って、俺を高く売り込もうとしたが……これは見誤ったか?!
殿下の護衛は殿下の横に1人、そして俺の後ろに一人。
この会談に同席させていることからも信を置くに値し、同時に腕もたつという事。
その後ろの護衛の腰元から、剣柄に手が添えられる音が微かに聞こえる。
と同時に、殿下がその腰を下ろす将几【しょうぎ/折り畳み式の腰掛け】から、いつでも後ろに飛び退くことができるように、その身体に力が入るのが見て取れた。
「フッ……、斬「王太子殿下ですッ!」……そうか、やはり……」
あ、危ない……文字通りに紙一重だ。
後ろの護衛、俺から見れば刺客だが、殿下から小さく合図されたのを見て一気に剣を抜き、俺の首を刎ねる寸前だったのだ。
殿下の手が軽く振られるのを合図に、俺の首筋に当てられた剣をやけに緩慢に這わせながら退かれていく。
その際にわざと刃を寝かせ切れない程度に押し付けて、刃の冷たさを実感させていく。
また刃が遠ざかりその冷たさが消えると共に、俺の耳に『チャリッ』という音が聞こえた。
鞘に剣を治めたのだろうが、故意に音を立たせて警告を発しているとみていいだろう。
『いつでも斬れる』という警告だ。
「ならば、重ねて問う。この策を……『思いついた』のは……誰か?」
「そ、それは……「陛下だろう?」なッ、なぜ……」
「……『理』と『利』を突き詰めれば『必然』にたどり着く。ただし、どちらに重きを置くかで結論は異なるがな。
あの僣王【せんおう】は、『利から導かれた理』に重きを置いたということだな。
ならば、私は『理から導かれた利』で征くとしようか」
「その……殿下は、先王陛下の仇討ちをお考えで?」
「父上は、良き父であったが……国王としては、愚王であった。国を切り売りし一時の安寧を得、不安を見ぬために享楽に耽り信仰に救いを求めるだけの暗愚な王であった。討たれて当然である。だが、その愚王を下ろして王位に就いたのが狂王では、国が持たん。いや民草が枯れ果てる。本来、父を……いや、あの暗愚な王を下ろして王位につくのはこの私であった。しかし狂王に先んじられたわ。まさか、酒宴の席で剣舞を披露すると称してそのまま斬りつけようとはな。……さすがは狂王、その名に恥じぬ狂態というべきか」
ルディア・ストランディアはそんな事を独り言ちながら、思惟に耽って【しいにふけって/深く考えて】いく。
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宮殿内には当然のことながら、帯剣はできない。
だが、そこは王の弟。王族として帯剣は許されてはいるが、さすがに王の御前にまで帯剣したまま伺候する事はできない。
つまりは王の護衛を除いて、謁見する全ての者が武器を携帯はできない。つまりは丸腰という事である。
まして宮中の宴席の場ともなれば、なおのこと帯剣など出来はしないだろう。
しかし宴席の余興で剣舞の披露はそこそこはあるが、それとて剣舞に実剣を使うことは憚【はばか】られる。
そのため剣舞を舞うのに、木剣が用意されていた。
木剣というからには、本来は木の剣であるべきなのだが……、ところがこの宴席で用いられた木剣は、一応は木剣という表現だが、用意されていたのは刃引きされた鋼の剣に木を被せた鋼の棒と言っても良い代物だった。
では、なぜ刃引きされた剣をわざわざ用意したのかと言えば、露見した際の言い逃れ、例えば剣舞を舞うための重心の調整や木剣では軽すぎると言った理由を並べるためのものだろう。
当然ながら特別製であり、そんなものをわざわざ用意する意図も特別なのだった。
そしてその木剣に偽装した刃引きされた剣で王に斬りかかった、いや殴りつけたのだ。
結果、斬殺というよりも撲殺に近い物になった。さらに、同席していた王太子も同じく撲殺され、第二王子は宮中の異変に気が付き脱出を試みたが狂王の息のかかった警備に捕まり、引きだされた後、こちらは幸運? にも刃のついた剣で斬殺された。つまりは父王に長兄・次兄が相次いで弑せられた。
私と言えば、子飼いの部下たちと演習のために郊外に出ていたので、この危難からは避けられた。
そんななかで、都より変事を告げる急使が演習地まで急行し、齎された報せから、この異変を察知するに至ったのだ。
因みにこの急使は、私に好意を寄せる貴族が送ってくれた者であった。
郊外に出ていた故に危難を逃れたが、それ故にあの狂王の即位と立太子礼を止められない。
――『慶事と凶事は、コインの如く表裏一体』――とは、よく言ったものよ……。この時ほど実感を伴った事は無い。
私と言えば、先王と兄二人が弑されたいま、王位継承権では第一位ではあったのだが……、今すぐに抗うのは無謀と観た。
宮中にさえ狂王の息のかかった警備がいたのだ……、他にも内通者がいるとみるのが自然だろう。
そこで王位継承を放棄する旨と王の即位と立太子を慶事として祝すると共に、係る慶事に血族(つまりは私)を弑すのではなく恩赦を与えることが賢王の治世の始まりにふさわしいと説き、助命嘆願を願い出る旨、及び(元よりそのような気持ちなど一片たりとも持ち合わせてはいないが)求めるならば我が身を供する、つまりは臥所【ふしど/寝所】》を共にする覚悟もあるとまで書き添えて、僣王【せんおう】に送ったのだ。
さすがの血族殺し、兄殺しの狂王といえども、姪を姦するという事はさすがに鼻白んだのか、一線を超えることなく踏みとどまったようだ。
まさに目論見通りよ、ふはは!
そして最終的には帰順を認めるとともに、その英明なる判断を称賛する文を送ってよこしたのだ。
だが私は、まだ安心できない。
姪殺しを忌避する倫理観など元より微塵もないだろう。
なにせ相手は血族殺し、兄殺し、甥殺しなのだ。
姪を姦する事を避けたのも、人倫に立ちかえったというよりも、外聞や衆目を気にしたと言っても過言ではあるまい。
そこで譲位・禅譲を宣言する台を急遽王都の中央広場に拵【こしら】え、文武百官・神官を招聘し、のみならず国民の前で宣誓したのだ。
――この私ことルディア・ストランディアは、己が有する王位継承権を放棄する事をここに宣言する。そして天命を受けた有徳なる者、つまり叔父上が至尊の王位を継ぐべきなのだ――と。
外聞や衆目を気にするのであれば、広く人口に膾炙【じんこうにかいしゃ/多くの人の話題に上り、知れ渡る事】すれば、心変わりから安易に暴挙に出ることは出来ないと観たためだ。
ここまでやったのは正直やり過ぎた感はあったが、それでもこの喜劇を演ずることで、私の命の保証は当面は保たれたのだ。
だが依然として油断は出来ぬ情勢だった。
なにせ相手は血族殺し、兄殺しなのだから。
そして同じく狂王側も、この国民のまえで宣誓するという茶番劇をみて、それまでの行動や言動が己の命惜しさのなりふり構わぬ行動とは、観えなかったのだろう。
たかが小娘とはいえ油断は出来ぬと思ったのか、以後は大なり小なりの様々な策を弄してきた。
様々な策の中でも、先王の唯一残った実子を政【まつりごと/政治】の場から遠ざけるということは、喫緊【きっきん】の最優先課題だったのだろう。そして出てきた手段が戦地送りということか。
暗殺は警戒され、失敗しようものなら内乱の火種になりかねない。
殺害が難しいなら、領地の行政手腕や王の治世に反抗的などと難癖をつけて幽閉しようにも、なんらの欠点もなく大人しいまま。
強制的に幽閉して殺害しても内外から邪推され、生かしておけば無用な不安を招く。
さらに不確定要因ながら考慮しなければならない要因がある。
兄二人の実母は、産後の肥立ちが悪く既に身罷られており、隣国の第三王女たる先王の妃つまり私の母が、継室として迎えられたのだ。
その継室の実子たる私が、謂【いわ】れのない不遇に苛【さいな】まれていると母の生国に窮状を訴えたならば、介入の口実になりかねない。
ちなみに兄二人の継母ともなった母と兄達、二人の兄と私の仲は良好であった。
その点、戦地に赴き――『武運拙く敢え無く戦死』――ならば、周囲は疑問には思うが暴発は避けられる。
なにせ遠く離れた戦地での出来事。調べようにも証拠は得られない。
さらに国民に人気の王女様が外敵に討たれたとなれば、国内の不満は外に向かうことだろう。
使い古された定番の手法とは言え、その効果が一定以上に見込めるからこそ、古今東西で使われ常套化している方策ではある。
結果、内政改革をもって国力の充実を図るべきなのに、国力を蕩尽するやもしれぬ外征を計画していた。
その矢先にベルザル大公国という辺境国家支援のため、グラン王国への外圧を掛けると称して、光神教会からの出兵要請である。
まさに、渡りに船とはこの事ばかりに嬉々として派兵することを決定する。
その前線に派兵される中核戦力は、第三軍であった。
そして、この第三軍こそが私が来るべき決起のために、私自らが鍛え上げた軍なのだ。
『弱卒と平民ばかりの軍』と近衛軍などは軽んじているが、その実態は違うのだ。
弱卒と平民とは名ばかりで、貴族の第三子以降の貴族の名を継げない者達や没落貴族の子弟、野心ある冒険者等々、一癖あるものばかりを集めていた。
ただし問題がある。派兵された我が精兵の第三軍の後背に後詰めと称して、狂王子飼いの補給状況がなぜかとても良好な国王直轄の第一軍が自国国境に配されているのだ。
この軍の役割は明白だ。監視と制圧だろう。
私が不穏な動きを見せないかの監視と、もしもの際の制圧だ。
前にグラン王国という文字通りの猛獣、後ろに狂王という名の餓狼。
私が打つ手を間違えれば、それは破滅に直結する。
しかし狂王から見れば盤石の一手だ。
そしてこの古今東西で使われている方策、即ち敵の手で政敵を討ち取らせるか、戦端を開かないことを難詰し処罰するという方策と共に、この状況を更に盤石なものにし、都合よく――『武運拙く敢え無く戦死』――してもらうための手段が、第三軍への不自然な補給の停滞ということか……。
くくく、やってくれる。
薬に糧秣、矢に弓箭、刀剣・甲冑、補修・補充備品にと、手を変え品を替えて、まさに微に入り細を穿つが如き手の込んだ遅滞。
……いや、微を更に砕き入り、細を濾【こ】し、磨【す】りて穿【うが】つが如き、とでも云うべき手の込みよう……。
やれ、補給申請が受理されていない。
書類の不備だ。
補給担当者が横領した。
補給担当者が異動になり新任担当者の着任待ち。
補給物資の再集計中。事務の一時的遅滞による処理待ち。
補給物資は備蓄されているが、配送するための部隊と護衛部隊の編制中。
現在、輸送中。
輸送中の事故により、物資が消失。
輸送中に賊徒が物資を強奪。
補給物資の誤配により違う戦線に送られた。
現在物資の再調達中。
等々……。
理由を考えるだけでも労力がかかっているのではないかと、勘ぐってしまうくらいだ。
そして、やっと物資が届いたと思えば充足量を下回るか、こちら側でやりくりして物資備蓄ができないように図ったようにギリギリ。
なにか積極的行動をとろうとすれば、すぐに不足する量のみの補給状況。
このような状態で戦端が開かれても、一回の戦闘で物資が底をつき、継戦能力が乏しい我が軍は壊滅的状況に陥るだろう。つまりは、なんとしても戦死させようという執念と決意が伺える。そして戦死・敗死させることで国論を沸騰させ、その余勢で更なる外征を企図しているのだろう。
更なる外征など、今の国力からして無謀なのに関わらずだ……。
まさに己の策に溺れるとは、このことかも知れぬのに……。
その行動は、まるで夜の嵐の中、暴れ馬に乗って全力で走っているようなものだ。
その走っている先に、何が待ち受けているのかも理解できずに……。
断崖絶壁の崖か? 荒れ狂う大海か? 暗く深き森か? 炎熱の大砂漠か? はたまた飢えた猛獣の巣穴か? なんにせよ、碌な結末にはならないだろう。
『いま正に刻は満ちたッ!』……とは言い難い。
だが、これ以上は国が持たぬのだ。
いまこの刻を『決断の刻』とせざるを得ない……。
『決起、謀反。そして挙兵』ともなれば、軍師の類は必ず必要だ。
軍学で一番初めに教わる事といえば、『戦を始めるからには、事前準備と共に戦の終わり方、そして終わった後の事も考えておかなければならない』という事だ。
あまりにも軍学の最初期に習うために、皆が忘れてしまうこの事こそ、戦の要諦なのに……。
戦場での戦、それ自体の進め方は参謀が担う。
それ以外の、いや戦自体も含めての全体の事柄を絵図と描き設計するのが軍師だ。
軍師ともなれば、軍師たる才、少なくとも全貌を見れる才は必須だろう。
そんな才を有する者が、そこらに転がっているわけではない。
また第三軍が軍師を求めているともなれば野心が有るとも、見做されてしまう。
ゆえに我が軍中には、残念ながら軍師が……いなかったのだ。
だが、いまこの者が入れ替わりとして、新たな『軍目付』として来た。
『軍目付』とは将兵の軍令違反を監視し、また勲功の確認と記録を行う役職であり『軍監』とも称される要職である。つまりは全体を観る事に長けているという事だ。常識的に考えて『全体を観る事に長けて』いなければ、勲功の確認と記録等は出来ない筈だ。もっとも常識が通じない『軍目付・軍監』もいるにはいるのだ。例えば前任の軍目付・軍監の者のように……。
そんな要職として着任した際のこの者の口上といえば、定型文と常套句のみ。
紋切りの取ってつけたような礼法で、優雅とは程遠く面白みは全くない。だが逆に文句の付け様がない。
そして、この者の経歴を見るに、ぱっとしない。だが順調に出世はしている。
なんの特徴もないが、気になる点が一つある。
それはこの者が平民出身の軍士官学校出ということだ。
しかも、この者は部隊推薦からの叩き上げの天上がり組。
軍士官学校は名目的には、すべての国民に開かれてはいるが実質は貴族優遇になっている。
必然、席次も貴族優遇になり上位者はなぜか貴族が独占しているのだ。
そのため、その事を了知している前線配備の部隊や一線級の部隊は、配属を求める際に貴族とそれ以外の身分別で選考していくのだ。
そして、この者は平民組の中でも最上位。当然、引く手数多【ひくてあまた/多くの人に誘われる】のはずだが、なぜか罠に嵌りつつある第三軍の軍目付として着任している。何か言い含められているとみるのが当然だろう。
篭絡するべく宴を催せば『酒は嗜みませんので』と形式的に儀礼的に極僅かに口に含むのみ。では趣向を変えてと我が配下が誘えば『お気持ちは有難くお受けします。ですが、今は正に陣中にあり、戦に備えておくべきかと』と巧く受け流されしまう。
慣れ親しんだ腐った『軍目付・軍監』ならば嬉々として歓待を受け、宴に出てくるはずなのだ。以前にいた『軍目付・軍監』の様に……。
『軍目付・軍監』の役職はその職務上、私服も肥やしやすく、また己の名と顔を広く売ることも出来るのだ。
だが、此の者の言説と行動は 『軍目付・軍監』に相応しいとも言える立ち居振る舞いである。これほどまでに真面な『軍目付・軍監』が苦境に立つ第三軍の『軍目付・軍監』として赴任すること自体が、『何か裏がある』という証左でもあったのだ。
疑念の目でしばらく様子を見ていたが、特段なにかの策謀を弄するという事もなく、ただただ淡々と職務を遂行しているだけであった。
そう、淡々とそつなく『全ての職務』をこなしている。
(本来、軍目付がこのような職務に従事する事など無いが、人手不足という名目で王女からの『要請(実質的命令)』で従事させていた)
しかも、ところどころ情勢を問い質せば、要点のみを的確に応えてくる。
こうもそつなく全ての職務をこなし、その職責以上の一見無関係にも見える内外情勢を集めて分析している。
このことからも『この軍目付には『軍師の才がある』のでは?』と、目星をつけていた。
例え軍師の才が乏しくとも、これだけ有能ならば手元に置いておくのは必然である。
ただそんな有能な者が、第三軍の軍目付として着任した真意が読めず、いろいろと試してはいたのだった。
そんなふうにただ時が流れて行くが、その時さえも尽きる刻がきた。
この新任の軍目付マクスル・バートンが着任してからある程度の時が経過した頃、まるで何かを期するかのように、いつもよりは多い補給、則ち規定量以上の補給が二回に渡り行われた。
そして、それと共に我らが敬愛すべき国王陛下発案の命令書も届けられる。
その命令書には、こう記されていた。
「万全なる第三軍は現有戦力を持ってグラン王国へと進攻せよ。切り取りし地域はルディア・ストランディアの領地とし、ルディア・ストランディアは領主として領地を差配せよ」
何の変哲もない命令書ではあるが、翻訳するとこうだ。
「本国より戦略上の恒常的支援及び補給状態も事欠く第三軍は、現有戦力を以て侵攻せよ。以後の補給は占領地からの現地調達とする。本命令受領後の責任はルディア・ストランディアに帰するものとする」
そして、一言で要約するとこうなるのだろう。
「生きての帰参を禁ずる」
つまりは死んで来いという事だ。
規定量以上の補給を行う事で、物資の欠乏故に敗死したという言説を封じる算段なのだろう。
つまりはあの規定量以上の補給が、最後の補給であり手切れ金という事か……。
お読み頂きありがとうございました。




