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57 急転

《  Side:ティナ・ライデル 》


「――という訳です」


「なるほど? ……それで仮令【たとえ】、抗する事など出来ないと言えど武人の端くれとして、叔父に挑みたいと考えた。そして挑んだ結果は……、完膚なきまでに叩き伏せられた……と?」


「はい」


「……」


 私ことティナ・ライデルは頭痛と眩暈に苛まれていく。

 聖痕の後遺症が再発したのではない。

 アリシアがイザヨイの黒衣の将たるノリス・ランバート殿に戦いを挑んだというのだ。

 しかも聞けば叔父であるという……。

 『叔父に戦いを挑む』と言えば、一見勇猛なように聞こえる。

 だが冷静に考えると、文字通りに『意味が解らない』とは正にこの事だろう……。


 私の前で何故かスッキリと晴れ晴れとした表情で椅子に腰掛けているアリシアは、私が既に潰えていたベルザルへと向かう途中で雇い入れた女騎士である。

 男のみの護衛というのも、なんだかんだで不便ではある。

 聖職に就いているとはいえ、私とて着替えに入浴、生理現象などなど、女人としての慎みもある。

 様々な状況でも女の騎士は常に近くにその身を置くことが出来ることから、得難い存在と断言できる。

 そんな得難い人材の中でも、更に武勇に優れ心身ともに清廉、貴族としての礼節も心得ているとなると全くと言っていいほどに、存在しないだろう。

 文字通り、言葉通りに稀有な存在と言える。

 そんな真に得難い人材たるアリシアとは旅の途上の間、後遺症に難渋していた私を世話をしてくれたこともあり、友情と言っていいものが芽生えている。

 はっきり言って同年代の親友と言っても良い。

 しかも、このアリシアは自分の素性まで明かしてくれていた。

 その経緯で黒騎士の称号を持っていると明かしてくれており、護衛達との模擬試合でも一対一での打ち合いなら引けを取らない互角の腕前。それどころか優勢に持っていけるほどの腕前であった。 


 そんなアリシアでも、数に任せて囲まれるとやはり『多勢に無勢』であり、直ぐに劣勢に陥る。

 だからこそ、私を弑せんとしたあの者達もその腕を警戒して、数を頼んできたのだ。

 逆に言えばアリシアさえ倒せば、後はどうとでもなるということでもある。

 つまり私達などは、所詮は有象無象の腕前であり抗する術など無かったとも言えるだろう。

 そんな腕前のアリシアを完膚なきまで叩き伏せられるノリス・ランバート殿。

 そのノリス・ランバート殿でさえ遠く及ばないという剣聖の天音詩織様。

 もはや想像さえできない。

 剣聖の剣技と戦いぶりを実際に観ていた自分でさえ、何が起きていたのか理解できなかった。

 そもそも、あれを戦闘と言っていいのか……。

 それすら私にはわからないのだから、他者に話しても信じてもらえないだろう。


「ははは。いやいや、あれは魔術・魔法の類なのですよ」と言われた方がまだ納得できるほどなのだから、それも宜【むべ】なるかなという事だろう。


 全く違う話題に逃避してしまいたくなるほどに、アリシアが語る状況と顛末がティナを困惑させていた。

 困惑するのならば、整理すれば理解できるかもしれないと思い、整理するが……


 ―― 『イザヨイの友好国たるラルキに滞在している客人の護衛が、そのイザヨイの将に戦いを挑んだ』 ――


 うん……、整理しても……やはり理解が出来ない。

 困惑しない方がおかしいということだけは、理解できたが……。 


「それで、その……ノリス殿に対してアリシアは遺恨は残っていないと……、というかノリス殿の不興を買ってしまったのでは?」


「事情は説明しており、ノリス叔父上も別段気にしていないようです。逆に図らずとはいえ迷惑をかけてしまったと居た堪れないご様子でした。ノリス叔父上に対する遺恨は私は特段抱いておりません。ですが……」


「なんです?」


「黒騎士の称号はノリス叔父上が冠するべきだと思うのですが、固辞されてしまいまして……」


「そうなの? だけど別にアリシアが其の黒騎士でも良いのではないの?」


「ノリス叔父上と相対【あいたい】して己の未熟さを痛感しました。今の私では到底届かない高みにいるのです。それにも関わらず、私が黒騎士を号するということに私自身が納得いかないのです……」


「それは……」


「そこで一旦、黒騎士を辞する旨の文を家元に送ります。叔父上の事も伝えねばなりませんので」


「そう。それで、その……アリシアは此処に……残るのね?」


「はい、大主教【ティナ】の護衛の任もありますし、叔父上に鍛錬を頼むつもりです。それに此処ラルキには、剣聖もおられますので。武人としてこれ程の環境は無いでしょう」


「まあ、たしかに叔父上殿から鍛錬を受けられるのみならず、剣聖の近くにいられるどころか『知己まで得られる』というのは稀有な事でしょうね。では後は黒騎士の称号をどうするかという事ですが……、う~ん……」


「……あの剣聖の詩織様に、ご相談致したいと考えているのですが。いかがでしょうか?」


「ふむ、詩織様に? それは良案ですね。では早速、お知恵をお借りする事にしましょう。アリシア、いきますよ」


「こ、これからですか?! そんな突然に?!」


「ああ、今日は治療を行っていただく日なのですよ。そして、まさにこれからその治療をお願いする時刻なのです。ですからついでに、と思いましてね」


「なるほど。その……治療の進展と御体の具合は如何なのですか?」


「とても良いですね。すでに最終段階だそうですよ。あの悲惨な状態から、ここまで回復するのです。さすがは詩織様! と称賛どころか崇めたい気分です!」


「あの……大主教という御立場もあるのですから、その……『崇める』というのは……少々」


「偽らざる本心です! おっと遅れては詩織様に失礼ですね。さ、行きますよ」

「は、はァ……」


 私ことアリシア・ランバートは当惑しきりであった。

 初めて会って雇われた時の印象から、随分とその印象が変わっている。

 身体に聖痕を受けられて日々の暮らしに難儀していたのだから、気持ちも塞ぎ込んでいたのだろうとは思う。

 また、いままでは己を利用しようとする者達しかおらず、己の身を真摯に案じてくれる者など存在しなかった環境でもあったのだろう。


 詩織様のような真に敬愛できる者など同じく存在しなかったことは容易に推察できる。

 そのため不興を招かないように、周囲に合わせて『仮面を着けて演じていた』という事なのだろう。


 そんな鬱屈とした環境の軛『くびき』から逃れられたのだから、内面に変化があった事は理解できる。

 理解できる……が、なんというか変わりすぎなのではないだろうか?

 まぁ、好ましい変化だとは思うので、それはそれで良いのだが……。


 アリシアは親友たるティナの背を観ながら、優しい笑みを浮かべていた。

 そのティナはすでに扉を開けて部屋の外へと出ていたが、扉付近でアリシアを待ってもいる。

 普通、己の護衛を待つなどと言うことは考えられない。

 このことからも確かにティナとアリシアには深い友誼が通っていることが、誰の眼にも明らかであった。


 ・

 ・

 ・


 治療の施術も恙無く終わり、今は座に着いて供された茶で一服しながら寛いでいる。

 そんな中で雑談ながらに、黒騎士の件について相談していた。


「ふむ……。それで其の黒騎士の位を如何すればよいかと?」


「はい」


「ふむ。アリシアよ、ランバート本家はどう考えておるのだ? 黒騎士はランバート家が受け継ぐべきだと考えておるのか?」 


「明言しているわけではないのですが、どうも正当に黒騎士の名が受け継がれるならばランバート家だけが襲名することはないと考えているようです」


「正当とな? ……それはそれで難儀することになるな」


「? あの、それはどういうことでしょうか?」


「黒騎士を号するのに、ただ単に強さのみを希求するのであれば、その名を望む者達で仕合でも行えばよいのだ。

 だが『正当』ともなると『正しく道理に叶っていること』をも求めることになる。つまりは強さのみならず品位まで問う事になろうな。だが、その品位をどう解釈し定めるのか、その基準が明確にわからんと揉めることになろう。かといって『品位とはかくあるべき』と定めるのも如何なものか。其れだけを墨守【ぼくしゅ/頑なに守ること】していれば品位が保たれるのか?」


「「……それは確かに……」」


 確かに黒騎士がランバート家内の事で収まっているならば、とやかく言う者はいないだろう。

 だが、それを広く募るとなると拗れるだろう。

 良きにつけ悪しきにつけ、黒騎士という名はそれなりに轟【とどろ】いてはいるのだ。その名を欲する者が多ければ、我こそがという者もまた多いだろう。


 しかるに黒騎士物語に謳われる本来の黒騎士は、弱きを助け、人々と共に歩む何物にも染まらぬ不偏不党の黒。

 文字通り『正しく道理に叶っていること』を志向し、またそれを己の身命を賭してでも実行する心と体の強さをも兼ねていなければならない。

 其の黒騎士が単に武の強さのみで、その名を号するなど有り得ない。

 その位を号したいのであれば、確かに品位も必要となるのは必然だろう。

 だが唯の一言で品位と言っても曖昧模糊【あいまいもこ】であり、いまいち漠然として掴みどころがない。

 だからと言って、基準を立ててそれだけに則って墨守していれば品位があるかと言われれば、そうではあるまいとも思うのだ。

 では『品位とは?』と考えると真っ先に思い浮かぶのが、高潔さであった。

 そんな品位と強さを兼ね備えた者となると、まさに眼前の詩織が真っ先に思い浮かぶアリシアであった。

 

「あの……、詩織様が一時的に黒騎士の位を預かるというのは如何でしょうか?」


「妾がか……。預かるにしても継ぐ者が出れば引き継がせるが、その基準が無いというのはやはり問題であろうな。まぁ、選定した妾に文句があるならば、妾に挑んで来ればよいのではあるが」


「「……(まず、いないかと)」」


「聞けば黒騎士とは、市井の者達が初代の者の『人となり【生来の人間性・人柄】』に、敬意を込めて言い習わしたのであろう。ならば今の世でも『その行い』と『人と為り』で、自然に言い習わされる者も出てくるであろう。ならば、いましばらくは空位で良いのではないか?」


「その自然に言い習わされた者が、まさにノリス叔父上なのです。『誠の黒騎士』と呼ばれておりました」


「おお、そうであったな。されどノリス殿は固辞したと。ふむ、これはまさに堂々巡りであるな」


「……」


「腕もなく人品骨柄【じんぴんこつがら】も賤しく、素行も劣る輩が『黒騎士』の名を継いでも、歴代の名を貶めるだけであろうしな。確かにこれは難題ではあるな」

 数瞬、詩織は沈黙思考していたが、やおらに言い放つ。


「やはりいましばらくは、ランバート家で襲名するしかあるまいて。襲名が難しいのであれば、空位のままランバート家預かりで良いだろう。大本はランバート家の始祖の名なのだから、他者がとやかく言うことはないだろう。それにノリス殿に無理に押し付けても良いことはあるまい。ところでアリシアはどうするのだ? 黒騎士を辞するにしても、無位無官のままでは大主教の護衛として格好がつかぬであろう?」


 突如、話を振られたアリシアは困惑している。

 そんな姿を見やりながらも詩織はティナにも話を振っていく。


「それで、ティナもどうするのだ? 『あの教会』と袂を分かち、新たなる教会を築き率いるのか?」

 

「その件については、まだ内密にお願いしたいのですが……、新たなる教会を打ち建てたいと考えています。

 啓示の件もありますし、腐敗しているにも関わらず自浄作用すら失われつつある教会では、遠からず道を誤り延いては信者に危難が降りかかる事になりましょう。また信徒達が思い余って棄教し、信仰が喪われるくらいならば、別の選択肢を提示しておきたいと考えます」


「となると、護衛も単なる護衛という訳にはいくまい。アリシアよ、お主はそうだな……、誓いの騎士、誓騎士【せいきし】・白騎士とでも名乗ってみるか?」


「わ、私がですか?! 誓いの騎士・誓約の白騎士……誓騎士・白騎士」

 

 幾度も唱えてみるが、その度に無意識に口元が、ニヘラ~と緩んでくる。

 ちょっと格好良いかも……と、素直に感銘を受けてしまうアリシアであった。


 

お読み頂きありがとうございました。

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