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56 過去と追憶

 《 Side:ノリス・ランバート 》


 ラルキ近郊での演習が終わった。

 この演習はマキナ装甲機兵第二大隊と随伴の野戦猟兵団が参加する演習であり、緊急時における即応体制の確認と実際の展開までの時間計測および各隊の習熟訓練を兼ねるものであった。


 その野営を伴う訓練も恙無く終了し、現在はラルキでの対策会議に出席中のリンとリリムルの会議終了後の帰参時における護衛の任に就くため、ラルキに向けて行軍中であった。

 しかし、その行く手を阻むように立ちふさがる者がいるとの報告を受け、確認のために行軍の先頭にノリスは来てみたのだが……。

 件の立ちふさがった者は、マキナ装甲機兵の集団を見て及び腰になっているのが映像盤越しに見えた。

 そして腰が引けているが、それでも何か叫んでいるのが聞こえる。


「ノリス・ランバート殿とお見受けするッ! 我等の間には……このような無粋な物は必要ない! いまこそ決着をつける時、いざ尋常に勝負されよ、ノリス殿ッ!」


 そう言うと、おもむろに剣を遠くに投げ捨てているのが映像盤に映されている。

 映像盤に映されているのはティナの護衛に就いている黒騎士アリシアに違いないが……、なぜここにいるのかわからない上に、何がしたいのかも皆目見当がつかない。


 戸惑いつつもノリスも乗機の腰から剣を外して、隣にいるマキナ装甲機兵に手渡す。

 だが相手(黒騎士アリシア)は、不満な様子を隠しもしない。

 それどころか「卑怯な! そのデカ物から降りて来い! 尋常に勝負しろ!」と叫んでいた。


 マキナ装甲機兵第二大隊の面々は、非常に困惑していた。

 まず第一にノリス・ランバートという名を声高に読んでいる点。 

 第二にその呼んでいる者が話題になったティナ・ライデル主教の護衛の任に就く黒騎士アリシア・ランバートであること。

 そして第三にして最大の困惑の原因は、ノリスとアリシアにランバートという名が共通しているということだった。


「あの方は、一百メルトルも離れたところで何を騒いでいるのでしょうか? 

 『かかってこい!』と言って剣を投げ捨てているのにもかかわらず、代わりに弓を構えているようですが? ……つまり、相手には無手でかかってこいと言いつつ、己は弓で応戦するという事でしょうか?」


 弓を構えるという行動を見て、周囲の兵達も殺気立つ。

 マキナ装甲機兵が佩いている腰の剣柄に手を添えながら、いつでも抜けるように構え始める。

 ノリスの機体を除く総勢二三機におよぶマキナ装甲機兵が、即応できるよう構えを取り始める様は実に壮観でもあるが、相手にとっては絶望の一言だろう。


「あ、弓を投げ捨てて動きが停まりました。

 ……ノリス大隊長。もしかしてご家族というか、ご息女でしょうか?」


 慌てて弓を投げ捨てるも、周囲の殺気に慄いて動きが停まってしまったアリシア。

 そんなアリシアに注意を向けつつ、皆が不思議そうな表情を浮かべつつノリスの機体を見やる。


 そんな中で代表して副長がノリスに問うたのだった。

 確かに年齢的には、父と娘くらいには釣り合ってはいる。

 容姿と身に纏う雰囲気も、なんとなく似てはいる。

 ノリスは確かに燻し銀の美丈夫だが、そのノリスを若くして華やかにして女性らしくするとアリシアにどことなく似ていることに気がついたのだ。

 『ご息女ですか?』と問いたくなるのも、宜なるかな【むべなるかな/もっともな事だな】と思わせるほどには似ていた。


 だが、その当のノリスは機体の中で額に指を添えながら眉を顰めて目を閉じていた。

 歴戦の戦士でもあり燻し銀の輝きを放つノリスが、そのような苦悩に満ちた格好をすると、非常に様になる。

 しかも、そのノリスの仕草をマキナ装甲機兵は忠実に再現している。

 ごつい甲冑姿の七メルトル越えの巨人兵が額に指を添えながら苦悩に満ちた格好をしているのだ。

 そして興味深いのが……、機体もまた困惑した雰囲気も醸し出していることだった。


「……あー~……。その……なんだ……。ほら、あれだ……。わかるだろ?」

「はい? 大隊長、意味が分かりませんが?」

「そうだな、俺も意味が解らん。なぜアリシア殿は俺の名を知っているんだ?」


 剣も弓も投げ捨て、明らかにビビりながらも先頭に出てきたマキナ装甲機兵を睨みつけているアリシアを、ノリスは映像盤越しに見つめていた。


 ・ 

 ・

 ・


【 時は遡り、約二八年前 】



 ノリス・ランバートは、ランバート伯爵家の三男であった。 

 幼少より武術に興味を抱き、またその才もあった。

 そして祖先の足跡を謳【うた】う「黒騎士物語」に強い憧憬の念があった。

 伯爵家を継ぐことなどはまずない三男であることを幸いに、剣技を磨くことに邁進していく。

 早くも一〇代半ばの齢にしてその剣技は、伯爵家剣術指南役に引けを取らない段階にまで至る。

 幾度かの王国御前試合では優勝こそ果たせなかったものの好成績を残している。この大会自体が無差別級のため、未だ若輩のノリスが出場し数戦勝ち残るだけでも驚嘆すべき技量であったのだ。

 しかしながら好成績を残すも優勝まではたどり着けず敗退した結果に、自分の技量を過信していたノリスは深く恥じ入り、研鑽を積むことを決意する。

 また自らを強く律するために「黒騎士物語」を熟読していくうちに、強さのみを追い求めていた自分に気が付き猛省していく。

 そして何を思ったのか突如、『見聞を広めると共に、精神の修養と剣術の修行を兼ねて辺境に単身で赴く』と言い出し始めた。

 慌てた家門の者達がなんとか翻意させようと説得を試みるが、遂には「黒騎士物語」そのままの行いを行うべく、出奔してしまったのだ。


 逃避行さながらに追っ手を撒き、漸くの事で辺境に赴くも、そこで目にしたのは同じ黒騎士への憧憬の念をその胸に抱いていたはずの同年代の貴族に連なる者たちの兇状であった。

 人攫い、乱暴狼藉、略奪、焼き討ちをおこなう獣にも劣る成れの果ての姿。

 かつての弱きを助け、何物にも染まらぬ不偏不党の黒。

 人々と共に歩む黒騎士の姿はもはやなく、恐怖と増悪、怨嗟の対象としての墜ちた偽の黒騎士の後姿。

 その光景を目のあたりにして、ノリスが行ったことは唯一つ。

 抗えば闘い、逃げれば追い込む。

 乃ち……、偽りの黒騎士を狩りたてることだった。

 そして一五人を斬り捨て、それ以上の不逞の輩に深手の傷を負わせて、付いた異名が二つ。


 ―― 『誠の黒騎士』 と 『黒騎士狩りの狂犬』 ――


 前者の『誠の黒騎士』は、辺境の市井の人々から送られた異名で敬意がこもっていた。

 後者の『黒騎士狩りの狂犬』は、狩られた墜ちた黒騎士の縁者から敵意を伴って呼ばれた。


 しかして黒騎士狩りの狂犬、すなわちノリスは自らの信じる行いを行い続けたが、殺された同年代の貴族に連なる者の実家は当然黙ってはいない。

 貴族の係累が辺境にて無惨にも殺されて黙っていては、貴族として沽券に関わり延いては家門が立ち行かなくなる。

 なんとしても、この『狂犬』……もとい『痴れ犬』に相応の報いと正義の鉄槌を下さねばならない、乃ち殺さねばならないのだ。

 報復のために刺客を送って来る者、腕自慢の係累を更に派遣してくる者が後を絶たないが、それらをも返り討ちにしてゆく。

 そんな事を繰り返すうちに、この辺境を統べる辺境伯の耳に噂が入り始めていた。

 そんな折、ノリスにより鉄槌が下され殺された者の実家である貴族家は、度重なるノリスへの報復と追討の失敗、更なる被害の増大に業を煮やし、辺境伯にこの痴れ犬の討伐を要請するという事態に発展してしまう。

 貴族同士とは言え、その要請を唯唯諾諾【いいだくだく】と受けるわけもなく、辺境伯としても調査を開始するのだが、上がってきた調査報告に愕然としたのだった。



 辺境伯。その名の通り辺境部を統治する。

 辺境などと軽く考えた挙句、軽んじる者は確かにいる。

 だが見方を変えれば、辺境とは乃ち『最前線』ともいうべき地でもあるのだ。 

 そんな最前線の地を管轄するという大任ゆえに、普通の爵位とはその様相がだいぶ異なるのが通例だ。

 この辺境伯という爵位は、一国内においては、王・公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・士爵の中では形式上伯爵という位なのだが、実質は侯爵同等またはそれ以上という爵位である。


 (因みに公爵は王族の血縁が多く実質的に準王族扱いであり、要衝地を治めると共に国家運営に深く関わるため枢要な地位に就くのが通例となる。そのため名目上の臣下としての爵位の序列は王族の血縁である公爵位が第一位となるが、その実態は王族の一門扱いとなることから、実質的には侯爵位が第一位と目される。つまり、公爵位は名実ともに文字通りの別格扱いとなるのだ。一方で、実質的第一位の侯爵位と同等かそれ以上となる辺境伯が如何に高位爵位で強大であるかを示す証ともなるのである)


 そして、この大分類(王・公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・士爵)はあくまで諸国に通底する大枠であって、各国によっては微妙に意味合いが違っていたり、自国には存在しない独自の爵位や名ばかり名誉貴族などもいるので細心の留意が必要であったりと、いわゆる外交関係者が多いに頭を悩ます一因ともなっていた。

 これらの諸事情に伴う悲喜劇は、外交関係者のよくある『あるある話』であったのだ。

 例えば『大元勲名誉戦爵位大将軍』などは、どのような接遇が相応しいのかと大いに困り悩む事になる。『そんなの判るか!?』というのが、外交関係者の共通した正直な感想であっただろう……。


 ただ辺境伯という爵位は、大体において各国でも相当に高位であることには変わりはない。

 まず辺境の地ゆえに中央の王とは容易に連絡が取れない。いざ敵対勢力からの侵攻があったとしても、悠長に中央にお伺いを立ててその指示を仰ぐということはしない。正確には、できないことの方が多い。

 敵にしても本格的に進攻しようとするならば、それ相応の事前準備をしてから侵攻してくるのが当然である。兵数を揃えるのは当然のこと、密偵を放つ、通商路の攪乱、伝令の遮断なども実行される。

 このような状況下での行動の遅滞は致命的事態を招いてしまうことから、独自の軍権(軍事指揮権・物資徴発権・動員令の発令など)が辺境伯に委任されている。

 また急迫危急の事態に対応するための戦力基盤整備に財貨を投じる必要性から、国庫への税の納付も大幅に減額されている。

 

 一方で独自の軍権があるという中央から見ての危険性、つまりは反乱や独立の危険性については、王族の姫などを降嫁させて血縁として遇することで担保するのが通例。

 そして辺境という連絡が容易に取れない、つまりは独自に判断して行動しなければならないという地勢は、有能な人材を充てることで担保し、かつ信頼のおける人物が任じられる。

 軍権のみならず、領主として治める所領という地盤、王族の血縁という看板、辺境地からの税収という鞄をもち、有能な人材でかつ信頼のおける人物であり、なおかつ野心のない好漢。

 そんな品行方正なる者は絵物語の中の「黒騎士物語」に中にしか存在しないのだが、その「黒騎士物語」を範とするのが、この地を治めるまだ若い辺境伯であった。


 権謀術策渦巻く宮廷から離れ、清涼なる辺境にて真摯にその任に望む紳士。

 そんな辺境伯に上がってきた報告といえば、辺境外縁を開拓する開拓村を、殊もあろうに襲撃する自国貴族の係累の者たち。

 土地を開拓するということは土地の面積が広がり、広がった面積からは収穫が期待され、収穫が上がれば人口増加が見込まれ、人口が増加すれば税収増が確実で、税収が増加すれば土地開発に伴う様々な補助ができる。そして様々な補助は街道整備・橋・防塁などの防御施設などにも回され、当然ながら開拓自体の支援も行われるのだ。そしてなによりも土地が拓けば、中央からの援軍が到来する時間も稼げる事になる。辺境外縁の開拓事業とは、言い換えるならば、それは『人の生活圏を拡げる最前線』ともいうべき事業なのだ。

 それにもかかわらず、その辺境外縁を開拓する開拓村を襲撃する自国貴族の係累の者たちがおり、すでにいくつかの村落は放棄され無人と成り果てたという。

 そして、そんな重要な外縁を開拓する開拓村を襲撃する偽りの黒騎士を狩りたている『本物の黒騎士』がいるという。

 自ら(辺境伯)が規範に置く「黒騎士物語」を実践している者がいるという事実に深い感銘と無意識の共感を覚える。

 そして、その本物の黒騎士を『黒騎士狩りの狂犬』と呼び習わす下種がいるという事が判ったことに、行き場のない憤りと意識的な反感を覚える。

 この辺境伯はまだ若く、老成という名の無気力には未だ程遠い。

 それほどに気力・体力共に漲っており、気概も溢れていたのだった。

 

 実情を知った辺境伯は、ノリスから直接に事情を聴取しようと外形的には捕縛を命じたが、実際は『保護』を行おうとした。

 捕縛という名目にしないと、他の有力貴族からの干渉があると観たからだ。だが、この命令は既に遅きに逸していたと直ぐにわかる。


 命令が発布されて間もなく、熟練の猟師が『誠に恐れながら、注進いたしたき儀が御座います』と名乗り出てきたのだ。

 担当者が取り纏めた報告に目を通した辺境伯といえば、あまりの怒りに無表情となり、「これは辺境伯に対する挑戦であり、志士に対する裏切りであり、我が国に対する明白な叛逆である」と、静かに言い放ったと後世にまで伝えられている。


 熟練の猟師がもたらし、辺境伯を激怒させた報告をかいつまんで観るとこうなる。

 

 ・

 ・

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 件の『誠の黒騎士』は、傭兵団に狩りたてられていた。

 いかに手練れの『誠の黒騎士』といえど多勢に無勢である。

 手傷を負いながらも辛くも生き延び、やむなく森に入り身を隠して傷を癒していた。

 森に身を隠したのでは発見は困難と考えた傭兵団は、近隣の猟師に案内と探索を依頼。

 その際に猟師には『森に身を隠しているのは凶暴な盗賊の首領で盗賊団自体は壊滅したが、その首領は傷を負い逃亡している』と説明したという。

 猟師としても『そんな輩が森にいてはおちおち狩猟もできず、また村に危害を加えるかもしれず』ということで協力を承諾。

 しばらくして、凶暴な盗賊の首領(誠の黒騎士)の足取りを捕捉。

 追い詰め包囲したのだが、その際に猟師は危険だからと現場から遠ざけられたが、猟師故に視力と聴力に秀でており罵声が飛び交っているのを微かに聞いている。

 その内容と云えば「狂犬が!」「貴族に楯突く痴れ犬が!」「成敗してくれる!」等々であり、悪し様に罵っていたという……。


 また遠目ではあったが、手傷を負った黒い甲冑を身に着けた凛々しい剣士が一人いたという。

 その剣を構える様たるや堂に入っており、正規の訓練を受けているらしく、とても凶暴な盗賊の首領には見えなかったというのだ。

 傭兵が止めを刺さんと剣を突き入れられたが、その剣士はなんとか回避するも体勢を崩してしまい、崖下の河に落下。

 崖下に落下したので捜索のため降りたが、河があり生死不明。

 手傷を負っており、またかなりの高さの崖から落下したことから、死亡と推定。

 その後、雇い主の傭兵団と別れた。


 後々になって考えると、おそらくこの傭兵団は自分(猟師)も殺害する予定だったようだが、剣士が崖下に落下してしまい、またその亡骸が見当たらない。そのような状況では『自分を生証人として生かしておく必要があったのではないか』と猟師は考えた。


 後日に、猟師は知己に声を掛けて複数名で河を捜索するも、剣士の生死は不明。

 傭兵団から報酬で、猟具を新調するために街に来た際、『誠の黒騎士』の噂を酒場で聞きつけ詳細を聞くに、思い当たることが幾つもあるので申し出た。


 ここまでの経過から話を聞いた担当者も多いに不審に思い、傭兵団の名称を頼りに傭兵国に照会。

 傭兵国には、該当の傭兵団の登録なし。

 近隣域に展開していた他の傭兵団に照会するも該当なし 

 冒険者ギルドに昨今、盗賊団討伐の依頼、又は任務があったかの照会をするも該当なし。

 また辺境伯軍・騎士団・自警団においても討伐作戦などは実施されておらず、同じく盗賊団等からの被害報告も為されていない。

 だがその一方で近年、やたらと人相風体の悪い者たち、いわゆるガラの悪い輩や目につくほどに目付きの鋭い酷薄そうな者達が頻繁に見受けられていたという報告が握り潰され、改竄された報告が為されていたことが発覚したことから、賄賂などの贈収賄に染まった汚吏【おり/汚職や不正を行う官吏】がいるのは事実という結論に至っている。

 また係る状況から考察するに、『おそらくは、他の貴族家に属する私兵集団による無断の行動と推測される』という意見も付記されていたのだった。


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 このような重大な内容を十二分に含んだ報告書が辺境伯の元に上申されたのだから、辺境伯が激怒するのも当然ではある。

 余談だがこの後、綱紀粛正の名の下、容赦のない大規模な調査と苛烈なまでの訴追が行われることになるのだった。



 貴族領、それも傍流とはいえ王族にも連なる辺境伯領への私兵集団の無断派遣。

 個々人の往来ならまだしも、他の貴族に所属する私兵集団が、他の貴族領に無断で侵入するなど宣戦布告に等しい行為である。

 厳しい抗議、それも詰問調・糾弾調の抗議を行わなければ、貴族の沽券に関わる。

 断固とした行動を行わなければ、それは貴族同士のなかでも軽んじられる遠因ともなるのだ。

 ましてや傍流とはいえ王族に連なる辺境伯が軽んじられれば、それは周り廻って王家自体が軽んじられる遠因となる可能性がある。

 だが被疑者不詳では、この暴挙に対して誰に抗議してよいのかが不明。

 そこで国政に関わる有力貴族が参集し、王も臨席する会合に『辺境防衛の諸報告』という名目で珍しく出席しての報告を行ったのだ。

 もっともその内実と言えば、報告という名と体裁を纏った警告……というか恫喝ではあったが……。


 内容を一言でいえば


 『――このように辺境伯領においてすら係る行為が行われたのです。ましてや貴領においては……如何か?』 


 やんわりと穏当な口調での物言いで、各領の状況と安寧を慮っているようで、実際は詰問調・糾弾調の抗議であった。

 

 意訳するとするならば、

 『お前らの勢力の誰かが、辺境伯領へと無断で兵力を派遣。あまつさえ領民を殺害し、更には心ある義士を謀殺しようとしたことはわかっている。……お前ら、あんまり辺境伯家に舐めた真似してると……、同じ手法をより大規模にして、お前等の領地にしちゃうよ? わかった?』となる。


 端的に言い直すと、『非公然と軍勢を差し向けて、潰すよ?』と穏便・穏当に恫喝したのだった。 


 そして柔和な笑みを湛えてはいるが、目が全く笑っていない辺境伯の忠告を受けた有力貴族達は、会合から戻るや急ぎ勢力下の中小貴族を参集させたのだった。

 そして額に青筋を浮かべながら、有意義でありがたいお話をする。

 辺境伯からの意味ある忠告内容を中小貴族は脂汗をかきつつ拝聴し、忖度する。

 係る案件に関わっていた貴族家の係累たちは、内々の処理で急病・事故死・放逐されて行方不明となり、貴族籍から離れることになるのだった。



 辺境伯としては内々の処理では、全く不満ではある。

 だからといって大々的に内紛に陥らせるわけにもいかない。しかしどの貴族が舐めた真似をしていたのかは知る必要がある。

 そのことに関連して『誠の黒騎士』は誰だったのかも知る必要がある。

 但し、このことは多分に個人的な関心事だったが。


 さてこの『誠の黒騎士』は誰なのかだが、その範囲は貴族にほぼ限定されるだろう。

 まず「黒騎士物語」を知っている可能性が極大であると想定される。

 それも「黒騎士物語」を読むことができる環境下にあるか、大部【一つの書として冊数・巻数が多い】である「黒騎士物語」を所蔵している。

 概してこの手の物は非常に高額であるが一般的な事から、名のある名家か、それなりに裕福な家門となるだろう。

 次に「黒騎士物語」を読めるという事は、相応の教育を受けている。

 加えて猟師の話から武人としての心得がある。などだ。

 そして「黒騎士物語」に共感を覚えるという年齢から絞り込むが、それでもまだ多い。

 だがここで僥倖なのが、道を誤った偽の黒騎士を『誠の黒騎士』が誅殺し、また生き残った偽の黒騎士は恐れをなして引退したということだ。

 汚職官吏の摘発とともに領内警備が厳重になったことで、実際に辺境伯領で偽の黒騎士はめっきり減ったのだ。

 そして戻った偽の黒騎士の実家では、事の露見を恐れ内々に処理して貴族籍から抹消されることになる。

 あとは貴族の籍を管理する貴籍院に照会して絞り込んでいけば良い。

 照会理由などは、婚姻候補の照会などにしておけばよいのだ。


 ほぼ同時期に一定範囲の年齢層で急病・事故死・放逐された者がいる貴族家は要注意というわけだが、一方で細心の注意も必要だろう。

 本物の『誠の黒騎士』の家門も混ざっている可能性が否定できない。

 なにせ『誠の黒騎士』といえども、貴族殺しには違いない。

 一種の無頼の徒なのだから、その実家が扱いに苦慮しているのは目に見えていた。


 そのため、辺境伯は注意深く探りを入れていく。

 その結果、ある程度は絞り込めていくが其処までが限界だった。

 『誠の黒騎士』を探り出すことは、逆に『偽の黒騎士』を白日の下に炙り出すことと同義でもある。

 あまりに多くの大小問わずの貴族家がこの一件には絡んでおり、『偽の黒騎士』が特定されれば国王としても処断しなければならなくなる。

 辺境の開拓民とはいえ国の民。その民を愉悦のために殺めている以上、罰の軽重は別としても処罰は必須である。

 だが貴族家は政略結婚により大小さまざまな家門に繋がっている。

 そのため処断するにしても、あまり苛烈であると反旗を翻される恐れさえあるのだ。

 だからこそ各当事者の家が内々に処理していくのだ。

 厳正な罰を求めるあまり『国が割れて内乱になる』など、誰も求めてはいないのだから。


 誠の黒騎士に報いる事が出来ない辺境伯は、忸怩【じくじ】たる想いで、日々を悶々と過ごしていた。

 遠縁とはいえ、辺境伯も王族に名を連ねていることもあり、事の顛末は一応は国王の耳へも届けてはいる。

 確かにそのような義人が国内にいた事を喜んではおられた。加えて各領に注意喚起を促すお言葉も賜った。

 だが、それ以上の事を特段成されるつもりはないようでもあった。

 こう言ってはなんだが『稀によくある事ではある』のだろう。

 国王が裁可・裁断をしない以上、辺境伯とてこれ以上の深く突っ込んだ詮索はできなかったのだ。



 しかし愚か者は何処にでもいるのか、複数の隣国で模倣犯が出てしまった。

 いや、模倣犯ではない。

 どうも放逐させられた者が、意趣返しのつもりか、鬱屈した心情を発散させるためかは不明ではあるが、黒騎士の装いで事もあろうに隣国の各地の集落などを襲撃しているという。

 この所業で各国では、市井の者達と共にあった黒騎士の勇名は失墜し、悪名のみが広まっていくことになる。

 おそらくは辺境伯領での噂や潰えた開拓村へ赴いた行商人から漏れ出た話等を勘案し、治安維持の観点から各国が『黒騎士の一件』を照会してきたのだ。


―― 『黒騎士とは何者か? また我が国内にて『滞在中』の黒騎士と称する者が行っている行為は、我が国に対する攪乱を企図した敵対行為か?』―― と……。


 知らぬとはいえない。

 すでに商人筋から事の顛末は漏れ出ている。


 問題は照会された黒騎士の件で、問い合わせた国が『どちらの黒騎士』を重く見ているかだ。

 『誠の黒騎士』に重きを置いているならば当然、その義人の行方を問われるだろう。

 『行方は判りません。探してもいません』とは応えられない。

 『貴国は義人を遇することさえできないのか?』と嘲笑されることになる。


 『偽の黒騎士』に重きを置いているならば当然、処分はどうなったかを問われるだろう。

 『国としての処分はしていません。その後の処遇も分かりません』では、相手は納得しないだろう。

 見方によっては、攪乱任務に就くための経歴偽装とも取られかねず、また実際に被害が出ていることから納得もしないだろう。


 採れる策もない状況で、一番穏当であろう回答が為されることになる。


 ――『現在わが国の黒騎士は修行中であり、国内にはいない。

 また我が国内にいた黒騎士を称して狼藉を働いていた者は、真の黒騎士の手により既に誅殺されている。

 貴国に滞在しているという自称黒騎士為る者は、不遜にも黒騎士の名を騙【かた】る模倣犯である。よって、貴国内にて厳正に処罰するべきである』―― 


 というすべての要素を折衷した回答だ。

 この回答は、自分たちにとっても相手にとっても、非常に都合の良い回答になるはずだった。

 自分たちにとっては波風立たずの良い回答と信じていた。

 しかし、相手にとっては偽の黒騎士を捕縛し自白させても、その責任を問わないとも解される回答だったのだ。

 結果、捕縛された偽の黒騎士達は苛烈な拷問の末に事の顛末を自白していき、近隣諸国に事の詳細が露見し始めた。

 またその凶状は広く人口に膾炙【じんこうにかいしゃ/多くの人々の話題になり広く知れ渡る】され、周辺各国での黒騎士の名声は一気に地に墜ちてしまった。

 また拷問・尋問によって自白した者達から、黒騎士など今の時代には元からいないとの証言が取れたことから、各国によって非合法活動要員として黒騎士が乱造されていく。

 公然と他領に入り、略奪と乱暴狼藉を働き始めたのだ。

 この惨状を好機と見て、野盗までが黒騎士の格好をして襲撃をする便乗犯まで出てくる始末で、完全に黒騎士の名声は失墜し消失してしまった。


 そんななかで、あるべき黒騎士の姿を伝えるべく孤軍奮闘していたのが、先の辺境伯であった。

 自らが規範に置く「黒騎士物語」。

 その誉ある黒騎士の名声が、地に墜ちるなど到底我慢できなかったのだ。

 あらゆる機会をとらえては、本来の黒騎士の姿を伝えていく。

 その尽力は功を奏して、国内では本来の『かつての、そしてあるべき黒騎士像』がある程度は広がった。

 だが、問題は国外での黒騎士像だった。蟻の歩みで正しい像が拡がってはいるが、一度定着した印象はなかなか拭い切れない。


 ノリスの故国でも、黒騎士が修行の旅に出ているとの公式見解であったが、では『何処にいるのか?』との自然な問いには答えようがなかった。元からそのような者など居ないのだから、答えようがないのは当然である。


 そのため、苦肉の策として『黒騎士を仕立て上げる』ことにしたのだ。

 その白羽の矢が立ったのは、奇【く】しくもランバート家であった。

 もとより初代の黒騎士の勇名と幾代にも渡る武門の誉で、伯爵家まで上り詰めた家柄。

 また黒騎士を祖に持つのだからという否定できない事情もあり、黒騎士を家門の内から作り上げねばならないことになってしまったのだ。

 偉大なる祖の名を奉じる以上、もはや引き下がるわけにもいかない。

 財と人を投じてでも、名を惜しまなければならないのが貴族。

 結果、ランバート家の直系傍系を問わず、血脈に連なる係累の若者達が男女問わずに集められ、訓練を経た後、黒騎士の名を冠することになっていく。

 その任務は唯一つ、偽の黒騎士擬きの討伐である。

 そして、その任に就き、戦いに赴き、その多くが散って逝った。


 他国への攪乱要員として黒騎士擬きを乱造していた各国も、盗賊などの便乗犯の増加に収拾がつかなくなり始め、遂には黒騎士狩りに方針を転じていく。

 そのため正当な黒騎士と他国も認めたランバート家の黒騎士が討伐にあたることで、人心の安定を図る策が各国で採用される運びとなり、時には双方の国の同意の下にランバート家の黒騎士が越境してまで戦いに明け暮れていく。

 ここにかつての勇名を取り戻した黒騎士ではあるが、一度こびり付いた汚名を拭い去るために更なる苦闘と、それに倍する血が必要になっていた。

 そして、この悲劇が実に二八年近くに渡り繰り広げられたのだった。


 黒騎士の名を襲名しては、悲壮なほどの決意で戦いに赴き散って逝く。

 そして、また別の者が襲名し戦いに赴く。

 徐々にではあるが、黒騎士擬きを討伐し血の対価としての功を挙げるも、それに幾倍するほどの死傷者が続出している。

 これほどの対価をランバート家が贖っても、なお悪名としての黒騎士像がなかなか拭いきれない。

 やっと、国外でも偶に『あるべき黒騎士像』が人々の口に登るほどであったのだ。


 それでもなお、否、だからこそ粗製乱造された黒騎士擬きや盗賊、破落戸【ならず者】との果てしない闘いは、続いていくことになる。


 誰もが、もはやこんなことはやめるべきだと考えていたが、もはや止めようがない。

 辺境伯でさえ、己が黒騎士に固執したあまり、ランバート家が潰えるかもしれないと危惧するほどであった。


 一方で辺境伯自身は『誠の黒騎士』は、やはりランバート家の者ではないか? と強い疑念を持っていたが確信が持てずにいた。

 だが確信は持てないが辺境伯の心中では確定しており、また悲壮なほどの覚悟で現在も戦いに明け暮れているランバート家に対して援助や支援を陰に陽にと行っていた。

 そんななか、その辺境伯が話題の絵巻物語を観劇したことで事態が一気に動き出したのだ。

 『絵巻物語に謳われている黒衣の将は、黒騎士なのではないか?』と、急使をランバート家に送ってきたのだった。


 長きに渡り人と財を費やしてきた結果、ランバート家は苦境に立っていた。

 その苦境の中身と言えば、領内経営に失敗したとか、飢饉になっているというわけではない。

 ランバート家の血脈に連なる係累が、いなくなり始めていたのだ。

 正確には黒騎士を襲名して死傷するくらいなら、他家に嫁入り婿入りする方がまだ良いと家中の者でさえ考えた結果だった。


 係累が少なくなれば、家門の存続が危ぶまれることになる。

 そのため、それを理由にランバート家での黒騎士の養成と襲名を止めるという思惑も、実は幾許かはあった。


「 『黒騎士』という名が正当に残れば、ランバート家のみが襲名する必要はない」と今代のランバート家当主は考え始めていたのだ。


 若者たちを送り出しては、死傷して還ってくる。

 亡骸に縋りつき、滂沱の涙に暮れる家門の者達。

 運よく生き残っても、傷が癒えればまた出征。

 親族が泣き崩れるそんな光景を幾度も観て、当主としても心中穏やかではいられなくなっていたのだ。


 そこに、騒動の発端たる『誠の黒騎士』たるノリスが、生きているかもしれないとの報せが齎されたのだった。 

 この時のランバート家当主はノリスの長兄であったが、これでこの長きに渡る黒騎士騒動は漸くの事で終結すると考え、安堵していた。

 『誠の黒騎士』ゆえに、黒騎士としての務めを一任できると考えたのだ。


 だが、素直に喜べない者もいる。

 それこそが現ランバート家当主の三女であり当代の黒騎士たるアリシア・ランバートだった。

 何のために、いままで血の滲む様な訓練を経て来たのか……。

 納得など出来ようはずもない。


 ノリス・ランバートの生死と、黒衣の将の正体を探るという名目で、アリシアは書置きを残して無断で旅に出たのだった。

 やっている事はノリスと全く同じであったが、それはアリシア当人が知る由もないことである。


 そして一騒動と一波乱の後、一旦ラルキに拠を構えて『さて、これからどうしようかと思案していた』頃に、黒衣の将が居る事を聞き及んだのだ。

 そして黒衣の将を間近で垣間見て、叔父だと確信した。

 更に認めたくはないが……、当代の黒騎士たる自分 (アリシア)では、とても抗せないほどに強者なのだ……とも理解できた。


 さりとて、私とて黒騎士の名を冠しているし、その名を誇りにも思っている。

 ならば……、仮令【たとえ】抗する事など出来ないと言えど、武人の端くれとして、叔父に挑みたいと考えたアリシアであった。


 


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