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55 深く静かに異端せよ

 《 光都の光神教会分教会 》


 皆が皆、子が中央の通路を歩いて一段高く備え付けられた教示台に近づいていく様を、微笑ましく見守っていた。

 なんと信仰心の篤い子かと。

 そして教示台を素通りして、中央奥の祭壇に悠然と近づいて行く子を注視する。


 その教示台にいた主教は、何に臆するでもないその泰然としている子の様子に、「おお、この子は成長すれば大器になるだろうな」と考え、後ほど名を聞いておこうと考えていた。

 この主教は現在教示台に立ち、いまは信徒たちに教戒説法のただ中にあった。

 そんな主教の事など存在していないかのように、教示台の前を素通りしていく子。

 そんな子に、この教会に集っていた信徒たちが唖然とし、次いで静かに騒めいていく。


 そんな静かな騒めきを受けながらも一顧だにもせず意にも介していないのか、中央奥の祭壇前に悠然とその子が立つ。

 まるでそれを待っていたかのように、天井の高窓から燦々と陽光が降り注ぎ、子が照らされていく。

 しかしながらその降り注ぐ陽光が、全ての前後左右方向に据え付けられた高窓からの光であることを、誰も気がついていなかった。

 一方、今日は小雨なのに雲が切れて陽光が差したのか、などと主教は暢気に考えていたほどである。

 冷静に考えれば、全ての方向から光が差すなど有り得ない事象であるが、そんな事にすら考えが及んでいない。それほどまでに神々しく光を纏っていたのだ。


 燦々と陽光が降り注ぎ、子は照らされながら悠然と振り返る。

 だが、あまりにも煌々とした輝きに照らされて、その貌すら見えなくなっている。

 まるで子自体が発光しているのかようで、もはや直視ができないほどであった。

 主教のみならず、この場にいた全ての皆が額に手を翳して、なんとか光から目を守ろうとするが、この時初めて異変に気がついた。

 何故か体が硬直し動かないのだ。

 このまま直視すれば眼を痛めてしまう。それほどの光量なのだ。

 そのため次善の策として皆がきつく眼を瞑り、子が放つ光量からなんとか逃れようとする。

 なにが起こっているのか、皆目見当がつかない。

 皆が困惑していると、その直後に啓示が示されたのだ。


 何故か朗々【ろうろう】と、そして殷々【いんいん】と響く声が、この場にいた者達の耳朶を打つ。

「これは啓示なのだ』と全ての者が直感した。


 ―― ヒトが神を敬い、神がヒトと共に在ったころ、誰が教皇であったのか? [反語:言外に教皇など居はしない]

 糺『ただ』し備えよ、審判の刻は近い。

 糺し備えよ、備えよ、備えよ……(なのじゃ、キャハハ!) ――


 そして燦々と降り注ぐ陽光が、雲でも差し掛かったのだろうか、徐々に輝きが弱くなり、それとともに身体の硬直も弱まっていく。


 ……あまりにも浮世離れしている状況に、現実感が伴わない。


 ある者は、昨夜隠れて飲んでいた酒を飲み過ぎてしまったのかと考え、自分の頬を叩いていた。

 ある者は、これは夢で自分はまだ寝床にいるのだと考え、今日の朝は何を食べようと悩んでいた。

 各人各様で、これは現実ではないのだろうと考えているようだった。

 しかし周囲の状況が、『これは完全に現実である』ことを物語っている。


 そして理解が伴っていくとともに……、己の身が震え出した。


 この場にいた皆が皆、同じことを思っている。

 これは幻聴の類では決してない。

 なぜなら、この啓示は一人のみに示されたのではないのだから。


 硬直して身動き一つしなかった皆が、様々な反応を示し始めていた。

 ある者は感涙の涙を流す。

 ある者は心の赴くままに拝跪している。

 ある者は、なにか決意を秘めた貌をしている。


 そんななか主教も茫然自失の態であった。

 大主教候補に名が挙がるほどは優れていたが、内心では腐敗が目立ち、権力闘争に明け暮れる教会本部に心底嫌気が差していた。

 そして分教会に赴任したいと願い出たのだ。

 この物言いに『野心もなく信心深い。更なる研鑽を積むことを望み、また布教に邁進するために分教会への赴任を願い出た』と曲解されて、逆に上層部の覚えがめでたくなってしまった。

 それでも腐臭漂う本部から離れた後は、平穏無事に大過なく過ごしている。

 たまに上層部から呼び出しを受けて、質疑応答や考えを聞かれるのが『玉に瑕』ではあったが……。


 そして空いた時間を使って『教会史』の執筆のために本部所蔵の様々な文献を閲覧していった。

 そしてある疑念が過【よぎ】り始めた。

 この抱いた小さな疑念。それは完全に『異端に属するのではないのか?』という自分で考えても恐ろしい疑念だった。

 故に決して口外していない。

 だからこそ、自分が間違っているのだと確信するために更に文献を精査し論考していく。

 怪我の功名と言えばよいのか、上層部の覚えがめでたいのが奏功し、神官用の書庫の入室に制限はかからなかった。

 その書庫の文献も、あらかた検め終わった頃には『疑念』は更に大きくなり深くなっていた。

 残る文献資料と言えば、上級神官のみが閲覧を許される特別書庫のみ。

 しかし自分では入室さえできない。

 向学心の赴くままに上級神官用の書庫に入室を願い出ても、逆に不信を抱かせかねない。

 ならば教皇選挙も近い。その教皇選挙後に行われる次の大主教位の任命を狙ってみるかと漠然と考え始めていた。

 権力や権威を欲するのではなく、己の心中に巻き起こっている疑念を消すために。


 そんな日々、消えないどころか増大する疑心に苛まれていた主教の心は、たったいまをもって一転した。

 今や心に一点の曇りもなく、晴天どころか烈日の様相を呈している。 

 疑念の一つは払拭された。

 しかも否定しようのない解答が、神によって明かされた。


 そうなのだ。始源の教えに従う原始の信徒達に教皇など居なかったのだ。

 教皇を作ったのは人であり、人の造った教皇にヒトが従うこと等……間違っているッ!

 神の御子が導いてくださった答。

 何のことは無い……、気がついてしまえば簡単で否定しようもない。

 さりとて、いつまでもこの未曾有【みぞう】の感銘に身を委ねてはいられないことに気がついた。


「はッ?! そうだ、神の御子様を御守りせねば!?」


 まずは御子様を保護し、匿わなければ(・・・・・・)ッ!


 そう、匿わなければならないのだ。

 保護までは良い。これは当然だ。

 だがその後に『御子様がご来臨された』ことを教会本部に報せを走らせるのは……、決して良くはないはずだ。


 この御子様が本物の御子であるならば……、先ほどの超常の事象から拝察するに確実に御子様であるが、それは……御子様にとっても教会にとっても危険なのだと言わざるを得ない。

 御子様が危険なのは言うまでもないだろう。

 教皇を真正面【ましょうめん】から完全否定しているのだから、至極当然である。

 全くもって恐るべきことではあるが、人が数多く集合したる『組織内の論理』に、『神の御考えと御業は不要である』とするのが暗黙の了解事項である。

 もっとも人の組織が下した決定を流布させ施行するのに『神の御名』を多いに喧伝するのは常道であり、また反対する者や抗する者には『神の御意思』で糾弾なり弾圧を行っていく。まぁ……、この事はあまり公言することではないのだが……。

 なんにせよ、人の愚かさが垣間見える事象の一端ではあるのだろう。


 其れよりも、更に問題なのは教会が被る危険だろう。

 もし本物の御子様と認めることが出来ずに偽物呼ばわりしたり、それどころか仮令【たとえ】本物の御子様であると理解できたとしても、現在の教皇を首班とする教会体制に異を唱えていることを理由に、教会が御子様を軟禁や危害を加えようなどしようものなら……どうなるであろうか? 

 御子を遣わした神(おそらくは光神様)とて、それは大いに不快に思うだろう。

 しかもこの神は、ヒトに対して何らかの好意を持っていただいているのか、明らかな警告を発して下さっている。

 そんな神の御意思をお伝えくださった御子様を、気に入らないからと罷り間違って捕縛しようものなら、それは『神への挑戦』とも受け取られかねない。


 光神教会の例に漏れず、この世界の神は現実の世界に何くれとなく干渉しているのは、歴史が証明している。

 光神教会以外で最も端的なのは武神の剣聖印だろう。

 なにせ武神自身が印を刻んでいるのだから、干渉していないなどとは言い張れない。

 そんな干渉することを厭わない神々の不興をわざわざ買って、一体どうするというのだ。

 神に敵対する愚かさは、歴史に記されている。


 史書に曰く、

 『一年に渡り豪雨が降り続けたその地は大湖となり、己を神に比肩すると豪語した国は、あえなく湖底に没した』


 『棄教を宣言するや、七年に渡る渇水と酷暑で、周囲一帯は大砂漠に変貌した』


 『蛮族が、己が威勢を誇るべく築いた天にも届かんばかりのその巨塔は、天より射られし火を纏う大矢に穿【うが】かれ倒壊した』


 『地から出でし這う者供の路となっていた大山脈を凍てつかせ、銀嶺を現出させた』


 等々……、その例を挙げれば、枚挙に遑【いとま】がない。


 そのため、何をおいてもまずは御子様を保護し匿わねばならない。

 そのため最奥の祭壇付近に居られるであろう御子様をお探しするが、御子様の御姿はもはやどこにも見当たらない。

 そして、その御姿を思い浮かべようとしても何故か朧気【おぼろげ】にしか思い出せない。

 あの御子様は、やはり……。


 理解できない、否、理解してはならない。 理解しようとしてもならない。

 先ほどの御子様は、もしかしたら神ご自身かもしれない……。

 ヒトのために、御降臨され警句を残された……。

 なんと、なんと慈悲深き御方であるか。

 それに比して人のなんと愚かなることか……。


 凡俗なる人が、神の御心を推し量るなど『不遜の極致』もいいところだろう。

 まして神を理解しようなどは『不敬の極み』である。

 そして自分が最も神に近いなどと公言するのは『大逆の際たるもの』と言える。


 人は神を観ておればよいはずなのに、何故か『神の代弁者・代行者』としてふるまっているのが現教会なのだ。

 近年ではそれが度を超し始めており、周辺の諸勢力との軋轢が目に余り始めている。このまま高ずれば、ゆくゆくは軋轢では済まずに争乱になるのではないかと危惧している程である。

 それほどまでに行状が度し難く理解できない上に、教会上層部は昨今では己等を『神の代理者』とまで言い始めた事には、眩暈がするほどである。




 この主教はある意味で幸せな考え違いをしていた。この啓示は、自分が主教として赴任している分教会のみに起こった奇跡だと考えていたのだ。

 しかし、実態は光都にある本部教会を除くすべての礼拝中の分教会と友邦にある支部教会で、おなじ啓示と奇跡が示されていたのだ。

 事態を把握した本部教会が隠蔽しようにも、各所で同時に起こったために隠蔽しようもなく露見してしまう。

 それどころか『啓示を隠蔽しようとは何たる不敬か!』との非難が多く寄せられ始めていた。


 ・

 ・

 ・


 《 ラルキ王都王城内の大会議室 》


 ラルキ王都の近域で、光神教会の主教位に就く者が保護されたとの報せが、イザヨイ宮を始めとして各ダンジョン国に齎された。またその主教に関する件で大きな動きがあり、その対応策と善後策を練るために、ここラルキ王城に各ダンジョンとラルキの担当者達が参集している。


 その保護された当の主教と言えば相当に業腹であったのか、教会から命を狙われたと糾弾する文書を、教会本部のみならず光都の各光神教会分教会や各国の光神教会に送りつけたのだった。

 突然の糾弾に相当に慌てたのか、教会本部は調査する旨の声明を発し調査に乗り出していた。

 本来なら黙殺か破門で終わるであろうこの主教からの糾弾は、現在教会内で進行中の大波乱に小さくない余波を更に被せたようだった。


 『啓示問題』で教会内部からの非難をなんとか鎮静化させつつあった教会上層部に対して、「主教を害しようとは、やはりおかしいではないか!」とまたもや非難の嚆矢【こうし/物事の始まり・契機】となったのだ。

 しかも上層部にとって都合の悪いことに「敬虔な信徒が危難に遭っているベルザルの大主教座光神教会を援けるべく、無理を押して危険を顧みずに赴いている」と上層部自身が喧伝し称賛していたその主教からの苛烈な糾弾である。

 そのため、この糾弾に対して黙殺して隠蔽することもできず、虚偽だとして破門しようにも信徒達からは、「身の危険を顧みずに赴いている敬虔な信徒を害しようとしたのが殊もあろうに教会上層部であり、露見すればしたで危難を被った主教を破門しようとするとは、如何なる了見か!」と突き上げを喰らって破門もできず、しぶしぶ調査に応ぜざるを得なくなっていた。


 そんななか、しばらくすると混迷のただ中にある教会本部からラルキに滞在中のティナ・ライデル主教に、旧ベルザル大主教区を含め新設されるラルキ大主教座の大主教に任命するという決定事項が『一方的』に伝達されてきた。

 (ベルザル大主教位は空位のままであった。他の候補者に内々にベルザル大主教位を打診しても、赴任地がベルザルと判ると辞退してしまうという事が繰り返されていたのだった。『誰だって吊るされたくはないだろう』というのが衆目の一致した見解であったのだ)


 このラルキ大主教座の開設と大主教位就任は教皇自らが提案したことで、上級神官さえ反対できない。

 例の業務(覗き見、盗み見)が、ラルキにいる主教から露見するのを恐れての懐柔策としての処置であった。

 この大主教位も、いまも吊るされているベルザル大主教とは別の大主教位に就いていた者が乱心してしまい、療養中に都合・・よく(・・)病死したため空いた位であった。

 ちなみに今回の大主教位就任については、当人の意向など全く考慮されていない。

 大主教に任命することで上層部内部に取り込もうとしているのが明白であり、露骨すぎる懐柔策に当の主教たるティナは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


 そもそも教会の手勢が、主教たるティナへの刺客として差し向けられているにも関わらず、教会本部からすれば『大主教位就任をティナが拒絶するはずがない』と考えているようで、ラルキに任命書が到着する頃合いを見計らって公示するという周到さであった。


 (因みに任命書にも公示する旨の記載があり、しかも教皇が任命する以上正当な理由なく辞退すれば破門に処する旨が記されているという手の込みようであった)


 また大主教に任ずる理由としては、教会内部の『不義不正・・・・を義憤(・・・)()()勇気・・()()()告発糾弾・・・・したこと(・・・・)』とあり、正に大主教に相応しき器と資質であるとも文面には附言されていた。


 そしてこの文面を読んだティナ自身といえば、おもわず任命書を握り潰し、この度し難い余りの言い様に呆れ返るとともに、失笑を禁じ得ず渇いた嗤【わら】いが漏れ出ていた。

 このふと漏れ出た嗤いは、一体誰に向けての嗤いであったのか?

 それはティナ自身にも解らないものであった。


 なんにせよ、光神教会最年少の十代後半での大主教が誕生したのだ。

 このラルキ大主教座の開設は、光神教会上層部の意図している思惑(ティナへの懐柔策)から大きく外れて別の効果を派生させていく。


 『国家にのみ、大主教座は置かれる』という規定が教会にあったのだ。

 通常、この大主教座は要衝地におかれるのだが、それはその要衝地とその周辺域は、他の集団等との熾烈な勢力争いに晒されている事をも意味している。

 そして要衝地ゆえに、その地を独立国家として光神教会が認めることで、その影響力を担保する意味合いがあった。もちろんその地での国教化も狙っている。

 そのため光神教会が『ラルキを国家として認めている』という意味合いが出てきたのだ。

 しかもラルキ大主教座開設にあたり『旧ベルザル大主教区を含む』とあるため、ラルキをベルザルの後継国として認めると表明しているに等しい結果となった。

 また、これまでラルキは王号を自称していたが、それを光神教会が認めているとも解されることになり、対外的にも王号が広く通る契機ともなったのだった。


 まさに異例中の異例。

 だが異例過ぎて何かあると思うのは、各国や他の勢力、そして教会内の各派閥も同じである。

 探りを入れるためにも、また新任の大主教殿との誼【よしみ】を通じるためにも、ラルキとの国交を開くための使節団が編成され進発していく。

 その結果、使節団に随行する商隊などもラルキに大挙押し寄せることとなり一層活況を呈していくが、同じく噂話やらも商隊を通して各地に広まっていくのだった。


 またそのラルキの仲介を経て、各ダンジョン国家との外交関係を樹立するべく、国交を開く予備交渉が各地で始まっていた。


 光神教会がラルキを国家として承認したが、国家として承認されたそのラルキが以前より諸ダンジョンとすでに相互に国家承認しているということは、周辺国では知れ渡っている事。

 ラルキ大主教座をわざわざ開設している以上、光神教会も『ラルキがダンジョンと相互に国家承認していることは、教会としても了知している』と言っているように外形的に見えなくもないのだった。


 想定外の波生効果に教会上層部は困惑しきりであったが、いまさらラルキ大主教座を廃止することもできず、ラルキに圧力を掛けようにも、態々【わざわざ】ラルキ領内でティナを害しようとしたことで関係は拗【こじ】れに拗れたままである。

 しかも教会関係者がラルキ戦役の最初期に退去しており、しかもその道すがらに避難民から金品を巻き上げていたことも露見しており、影響力が急速に低下していた。

 これでは関係が拗れたままのラルキの外交方針に、教会が介入する事など出来ようはずもないのが実情であった。


 このような状況から『国交を開く予備交渉』と『各宮とラルキでの打ち合わせ』のために、各担当者等がラルキに赴いていたことが、ここまで素早く参集できた大きい理由でもあった。


 そして会議が始まった。


「ティナよ。憤慨するのはわかるが、糾弾する文を送るなら一言欲しかったぞ。だが時期としては最適であったの。なにやら内部で揉めておるそうな」


「誠に申し訳ありません、詩織様。ですが私達の先達の無念を考えますと……我慢できません。あの者達が行ってきた所業は、断じて許されざる所業。事の全てを詳【つまび】らかにし糾弾しても良かったのですが、それでは教会自体が潰えてしまい信徒たちの信仰の拠り所が無くなってしまいます。私としても一応の配慮はして、あの内容なのです」


 いまだ加療中とはいえ、全快する方向に確実に向かっているティナ。

 血色も良く、痛々しいほどにぎこちなかった動きも体のキレが戻って機敏に動けるようになっている。

 そんな施術を厭うことなく細やかに実行している詩織に、最大限の敬意を払っていることは傍目からも一目瞭然であった。

 それでも、相当に腸【はらわた】が煮えくり返っているのか、この一件は譲れないと主張している。

 各担当者もこの件については、ラルキより報告を受けており、『然【さ】もありなん』と納得してしまうほどに、非道な内容であったのだから。


「まぁ、気持ちはわかるでな、非難はせんよ。それにティナから教会の行状も学んでおるでな。しかし『覗き見・盗み見』とは、いかにも悪趣味よな」


「その件についても、もはや法陣の起動はできないかと。神威によって機能が破却されているはずです。私が言うのも奇妙ですが……、私以外であの強度の神威に不用意に近づけばよくて即死、悪くて消滅するでしょう。私としても……、二度と近づこうとは、思いません」


「その内部で揉めている件なのですが、なにやら教会で啓示があったらしく、その啓示が教皇を真正面から全否定している内容のようです。そのことで大混乱に陥っているところに、主教殿の文が齎されて収拾がつかなくなっていると報告があります」

 リンが、ハンゾウの手の者から報告されていた事柄を簡単に説明していく。


「ふむ。啓示か……。殊もあろうに、その啓示が教皇を真正面から全否定とはの。ククク、確かにそれは慌てるであろうな」


「我らダンジョンとしては、教会の影響力というのがいまいち把握できません。やはり何らかの対応策なりが必須なのでしょうね」

 クララが教会の影響力がどの程度なのか理解できないと、率直に虚心坦懐に述べていく。

 それを受けて列席者達も様々な見解やらを述べていくが、集約していく気配さえない。


「教会自体の影響力もそうなのですが、その影響力自体を行使するための『権威』に大きな疑義が生じているのが問題です。最悪、分裂して内紛が起こるやもしれません」

 弥生が嫌な展開もあり得ると提起し、おもむろにティナに向き直ると問いを発した。


「大主教殿、いっそ新たなる教会と宗派を打ち建てては如何でしょう? 仮称ですが星光正教会とか?」


「分教会ないし支部教会を、という事でしょうか?」


「いえ、全くの新しい教会を創るという事です。奉じる祭神は光神ということで」


「それは……、光神教会を見限り『異端者に成れ』ということでしょうか?」


「大主教殿は、今でも十分に異端でしょう? 

 なにせ、仇敵ともいえるダンジョン勢とこうして話しているのですから。

 いえ、違いますね。見方によっては、今の光神教会の在り様が『異端』で、ティナ大主教が率いる新たなる教会が『正統である』とも言えるのではないでしょうか?

 そも大主教殿は、光神に帰依しているのですか? それとも教会に帰依しているのですか?」


「わ、私は……」

 小さいが確実な波紋がティナの心中に広がっていく。


お読み頂きありがとうございました。

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