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54 咎と罰

 簡易的診断と応急的治癒で小康状態に落ち着かせたティナ・ライデルの傍らで経過を診て居られる詩織様を観ながらも、ティナ・ライデル殿を害する目的を秘めた聖堂騎士達が襲撃してくるなら『おそらくは夜間ではないだろうか?』とエミナは考えていた。

 一方で、詩織の考えと言えば『相手が夜まで待つという事は無い』と考えていた。


 そもそも、この洞窟は街道筋からもある程度は距離がある。

 そんな洞窟を移動の最中に偶然に見つけられるものだろうか? 

 最初から『この洞窟の位置を知っていた』とみるべきではないだろうか?


 このように論を進めていき、また相手の立場で考えるならば、盗賊とも何らかの気脈を通じているとみるべきだろう。

 既に『幾日もこの洞窟に留まっている』とティナ達は述べている。

 待ち合わせているはずの盗賊の姿が無いことに不信を覚えて探しに行ったとみるべきではないのか? と詩織は考えていたのだ。


 当然ながら、教会側はすでにこの時点で当の盗賊が詩織によって討伐されている事など、知る由もない。

 そのために何らかの事情により連絡がつかなくなったことを不審に思っていたところにティナの派遣が決まったのだ。音信が途絶えた調査がてらに、この洞窟に立ち寄らせたのではないかと、詩織は考えたのだ。


 そしてただ単に『立ち寄った』だけであるならば『夜を徹して、何時までも探し回る』こと等、まずしないだろう。

 おそらくは密命を受けている聖堂騎士達とて、体調がすぐれないティナにお付の者達、そして単独で護衛の任に就く黒騎士風のアリシアに逃げられる可能性が完全に無いとは言い切れない、と考えるはずだ。

 まぁ、見張りに人員すら配していない事から、たとえ逃げられても容易に追いつけるという自信はあるのだろう。事実あのティナの症状では、そうそう遠くに逃げる事は事実上不可能であろうとも思われた。

 それでも『序【つい】での調査』と『密命』のどちらが重要かなど、論じるまでも無い。ある程度探して見当たらなければ、戻って来るはずと読んだのだ。 


 そのため、ティナの診断は確定していたが応急的治癒に留まっており、本格的な治癒までは行っていない。

 それでもかなり動けるようにはなっており、顔色も見違えるように良くは成っている。

 すぐに容体が急変するという事は無いだろうと詩織は見立てた。

 『本格的に治癒するのはラルキで落ち着いてから行う』という事は、ティナはすでに了承している。

 あとは移動するだけなのだが、このまま移動してラルキに赴けば、暗殺実行犯たる聖堂騎士達も追跡してくるのは必定であり、それは則ちラルキ市街に入り込む事を意味する。これは、あまり愉快とは言えないだろう。


 そのため、逆に待ち伏せして捕縛する方向で話が進むことになった。

 それにティナに危害を加えるかもしれないという事も、あくまでも詩織の憶測にすぎないことから、確証を得る必要もあり一芝居打つことにしたのだ。


 そのための下準備として、まずは件の聖堂騎士達の動向を先に掴む必要がある。

 しかし、そのようなことは詩織は当然考慮しており、口元に指をやって静かにと指示する。

 そして半眼となり、周辺の気配を探った。


「ふむ、まだこの近辺には戻っていないな。では」と言うや否や、やや長い短刀を抜き放ち地面に投げ刺す。そして身を屈め、柄を軽く握り込み、またもや半眼となりながらも徐に柄頭を指で弾いた。


 傍から見れば奇怪な行動、いや奇怪な儀式めいた所作にティナ達は動揺していく。

 この意味不明な所作にはエミナを除く兵達も動揺していたが、一方でエミナはおそらく『聖堂騎士達の行方を探っているのだろうな』と当りをつけていた。

 かつて自分が襲撃されたときのことを思い出すが、いくら騒がしいとはいえ剣戟の音がそうそう遠くまで響くとは考えにくい。おそらく盗賊を探す手段が詩織様にはあると考えていたのだ。

 そして、これがそうなのだろうとも考えていた。


「いたぞ。この方角、おおよそ一二〇〇メルトル先に一五名が一定程度散開して動いておる。こやつ等だな。おっと? ちょうど良い、戻ってくるようだぞ」

 然も当然だというように、自然に腕を伸ばして方角を示しなが語る詩織。


「?!?!?!」


 言われて驚くのが当然であった。

 短刀を地に刺して握って指で弾くだけで距離と方角、人数までわかるとなると、もはや探知されない方法といえば、飛んでいることくらいしか思いつかない。

 兵達やエミナ、アリシアやティナでさえも、思い思いに地に短剣を突き刺して真似てみるが、さっぱりわからない。

 そんな光景をみて、詩織は苦笑していた。


「あの、詩織様。この技? 術? は詩織様が考案したのでしょうか? それとも、どなたからか教えていただいたのでしょうか」

 懐疑的というよりも、他者に教えているという事は確立された技であり、また詩織が行ったという事は実用性があるという担保にもなる。そして叶うのならば『修得したい』とエミナは考えた。それほどまでに有用性が際立つが故の問いであった。


「ん? これか。天狗に教えてもらったのだ。習得は難しいが、なかなか便利であろう?」


「てんぐ殿ですか……。世には余人に知られておらぬ達人という者が、確かにいるのですね……」

 この時点でエミナは習得する事を半ば諦めた。詩織でさえ修得が難しいとなると、常人ではほぼ不可能なのではないかと考えたからだ。


「そうだな、世には妾を凌駕する者もおるやもしれぬの」


「「「「「……(そのような者は、まず居ないかと……)」」」」」

 エミナと率いてきた一五の兵達は内心で完全に否定していたが、状況が飲み込めないティナ達は押し黙っているエミナ達を見て、一層不安感が増す。

 兵達が黙したのは『詩織より腕の立つ者が多いので黙したのだ』と曲解したからだ。たしかにこの天音詩織殿は、凡庸な腕前ではないだろう。

 だが、それでも『ちょっと腕前が立つくらいの護衛』だろうとティナとアリシアは考えていたのだ。


「ほれほれ、皆も準備を」

 そんな各々の感慨など知り由も無い詩織に促されて、手筈通りに配置が行われていく。


 ティナには洞窟の前の焚火付近に、横になっていてもらう。

 その傍らには黒騎士のアリシア。他の同行者たちは普通に振舞っていてもらい、子供達は洞窟の中に避難させる。

 そして洞窟の入り口付近には、詩織たちが潜むことにした。

 これで聖堂騎士達が、どう出るかを見極める算段である。


「ティナよ、お主も突然のことで戸惑っておろう。このような迂遠な策を弄せねば彼奴等の真意が解らぬのでな、許せ。その身は妾が護るでな、そこは安心せよ」


「……」


 言われたティナとしては、一抹の不安でもあるというのが正直なところであった。

 確かに詩織とエミナと一五の兵と、男女含めた自分達の三四名を合わせれば数は勝っている。

 だが教会に身を置くものとして、聖堂騎士の強さは確かなものであるとも考える。

 確かに誇張され喧伝されている強さかも知れないが、それでも一般的な兵達では伍せないほどに強くなければ、誇張も喧伝もされないだろうとも思うのだ。

 ならば、ここにいる幼子や女性をも含めた五一名では、厳しいのではないかと考えてしまう。

 いまからでも『本隊と合流するべきではないか』と進言しようとするが、当のラルキの巡検隊が詩織の指示に従っている。

 曲がりなりにも巡検隊の軍兵ともあろう者達が、当然の様に詩織の指示に従っている以上、素人考えに固執せずにその指示に従うべきだと考え直す。

 たしかに天音詩織殿の容姿端麗さは際立っているが、それよりも際立っているのがその超然的佇まいだ。端的に言っても常人が身に纏う雰囲気ではない。

 ちょっと腕の立つ武人ではあるのだろうが、単にそれだけではない『何かがある』とも考える。

 ここは『自分の直感を信じてみよう』とティナは自分を説き伏せたのだった。


 ・

 ・

 ・


 横たわったティナと、その傍らで介抱している振りを装うアリシア。

 その周囲では食事をしたり、いつもの野営の準備をしたりしている同行者たち。

 そんな変わり映えのしない光景を森の辺縁から観察している聖堂騎士達。

 その聖堂騎士達を洞窟の中から監視している詩織たち。

 観客はいないが、なにか滑稽さを伴った悲喜劇が開幕しようとしていた。



 身を潜めてティナたちを窺っていた聖堂騎士達が、森の辺縁から滲み出るように、その身を乗り出して歩いてくる。そんな聖堂騎士達を洞窟内の暗がりに潜みながら見据え、その出方を窺っていた詩織が言い放った。


「確定だな」

 詩織が面白そうに目を細めながらも何気なく呟いたその言葉と語調には、ある種の確信が伴っていた。


「詩織様、それはどのような?」

 小声でその証と意図を問うエミナ。


「あやつ等、これから起こる悦楽の一幕に期待で胸を膨らませておるが、ついでに股間まで膨らませておるわ」


「こか……ん? ちょッと?!」

 余りにも直裁すぎる物言いに顔を赤く染めて動揺しているエミナと、苦笑いしている兵達。


「あとは、同行者達を始末するために剣を抜けば……。おっと、抜いたな」


「さて、妾が無力化するので、打ち合わせ通りにこの鋼線入りの縄で縛って捕縛せよ」

 眼を離さず詩織が指示を出していく。


 ・

 ・

 ・


 剣を抜き放ちながら、傲岸不遜さをその身に纏って誇示するかのように近づいてくる聖堂騎士達。

 そんな今までとは明確に異なる雰囲気に、騎士達を睨みつけながらも身を起こすティナ。そして、震えそうになる声を何とか抑えて誰何する。


「剣など抜いて、一体どうしたのですか? 周囲には食料になる獲物は見受けられませんが」


「獲物か? 獲物ならば俺の目の前にいる」

 いつもの紳士的な態度から一変し、仮面が剥げ落ちた本性が垣間見える。

 そしてそんな本性に相応しい野卑た笑みさえ浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる。


「どういうことですか? 貴方達は護衛でしょう?」


「野盗に襲撃されて敢え無く『敬虔な信徒御一行は斬殺される』という筋書きだ。その前に余興もあるがな」


「余興? いまいち理解が及びませんが、楽しい事ではなさそうですね?」


「それより、随分と体調が良さそうではないか。血色と顔色も良い。これは楽しみが増えたな」


「下卑た者に討たれる位であるならば、私はここで自裁します」


「俺は、気丈な女が恥辱に身悶える様が好みでな。自裁するというならば、幼子供を殺すぞ?」


「……屑が。どちらにせよ最後には、幼子らも殺【あや】める算段なのでしょうがッ!? どこまで堕ちたのかと思えば、そこまで堕ちていようとは。光神の信徒としての名をどこまで穢すつもりか! もはや信徒の末席にも置いてはおけません!」


「よ~く、お判りじゃねーか。そんな屑が、小娘とはいえ女としての悦びを最後に教えて楽しませてやろうって言うんだ、感謝しろよ。さて御託と問答はもういいだろ、小娘と黒騎士は俺が最初にもらう。おいッ! お前達始めるぞ!」


「天音――「始まりが終わり、終わりが始まった」――殿!」

 ティナが声を張り上げて詩織に呼びかけたその一瞬で、間合いを瞬時に詰める詩織。

 そして右手で剣を抜き放ち、剣を此れ見よがしに見せつけつつ無造作にティナに近づいていた隊長らしき聖堂騎士の右手首と右足首を同時に斬り飛ばす。

 ヒュリィィ――ン! という音と、詩織の涼やかな声色だけが響いていた。


 斬られた騎士は、なにが起こっているのか理解できないといった表情を浮かべているが、徐々に体が傾いていく。持ち堪えようと踏ん張りを効かせて体勢を整えようとするも右足首を斬り飛ばされているので、出来るはずもない。

 ドゥッ! と無様に崩れ落ちていく。

 まだ痛みが無いのか、斬られたと認識していないのか声さえ上げていない。

 なぜ自分が斃れているのか理解さえしていないだろう。


「……」

 一方でティナとアリシアも、一体何が起きているのか理解できていない。


 呼びかけと同時に目の前の騎士が斃れたのだ。まるで石に躓いたかの様に自然に倒れた。

 どうやら詩織がやったようだという事は、いつの間にか前に立っている詩織の勇姿でなんとか分かる。

 詩織がなにかをやったということは、なんとか分かるのだが……何をやったのかがまるで分からない。

 なぜ後ろの洞窟に潜んでいるはず詩織が、呼びかけた瞬間に自分達の前に出現し、そして騎士をどのようにして斬り伏せたのか?

 それが皆目分からないのだ。


 ただ『分からないという事だけは分かる』という不可思議な感覚に陥っていた。

 そんな中、絶叫が場を切り裂いていく。ようやく斬られたことを理解した騎士の声だった。


「俺の手が?! なんだ、これはァァあァ~、あしィィァあああ~!」

 そんな絶叫を受けながら、悠然と詩織はティナに向き直り身を屈めて問う。


「大事ないな? 観たくなければ、暫し目を閉じ耳を塞いでおけ。すぐに終わるでな」

 言い終わると既に納刀していた太刀を、見せつけるかのようにゆっくりと抜き放ちながら歩を進める。 


 騎士達もまた理解できない。そもこの騎士達は隊長の後ろにいたのだ。

 つまりは全景が見えていることになる。

 それにも関わらず……詩織の動きが観えない、捉えていないのだ。


 まがりなりにも第一線に立つ聖堂騎士たる自分が、相手の剣筋が見えない事などありえようか? 否、ありえない。あってはならないはずだ。

 もしそんな事が本当にあったならば、それこそ自分は死んでしまう事になる。

 だからこそ認められない。だが、認めざるを得ない。

 観えないのだ、動きが、剣筋が……。


「牧羊犬ならば、ただ沈黙しておればよい。だが、人様に牙をむく血迷った野良犬の叫声【きょうせい】と啼声【ていせい】は『惨死』を招き寄せるぞ」


 挑発めいた言葉を詩織が騎士達に掛ける。

 詩織が一歩進めば、残りの騎士達は三歩下がる。

 騎士達からすれば、断頭台が獲物を探して徘徊しているようなものだ。

 その断頭台に己の首を据え置くことなどしたくもないが、如何せんこの断頭台は非常に機敏に動く。


 このままでは埒【らち】が明かないと思ったのか、自暴自棄からの破れかぶれで捨て身になったのか、人数差で押せば何とかなると考えたのか、はたまた恐慌に陥って判断がつかなくなったのか不明であるが、詩織を取り囲むように布陣していく。


 刀光剣影【とうこうけんえい/殺気が満ち今にも闘いが起きそうな緊迫した状況】、場は瞬時に戦の場へと変じ一触即発の間で満ちていく。

 騎士達は宿った恐怖を打ち払うかのように、裂帛の気合いを上げて一斉に打ち掛かってきた。

 対する詩織は、奇声を上げる騎士を『後ろ』から見据えて、右手首と右足首を切り飛ばしていく。

 振りかぶった瞬間に間合いを詰めて後ろに回っていたのだった。

 早すぎる体捌きと的確な剣術に騎士達は付いてゆけない。

 流星光底【りゅうせいこうてい/振るわれた刃が流星のように煌く様】の一閃。

 陽光を受けた煌びやかな剣閃が流れる度に、右手首と右足首が斬り飛ばされていく。


 辺りは血風と血煙で満ち溢れており、その中にあって悲鳴と絶叫を伴奏にして詩織が流麗に煌く剣舞を舞い、凄惨なはずの戦いの場に華を添えていた。

 そしてその剣舞の相手と言えば、すでに一五名の内、一二名が地に這いつくばり、流れ出る己の血の中で苦痛に身悶えている。


 そんな中にあって、仲間を見捨てて身を翻し逃げに徹した三名が走り出した。

 すでに詩織の剣の間合いを脱したと走りながらも安堵した刹那に、三名共に右大腿部から右脚を斬り飛ばされるという惨劇の憂き目にあう。

 頭から倒れ込みうつ伏せに這いつくばった三名に詩織は悠然と近づき、その背を踏みつけて背後から右手首を斬り飛ばしていく。

 全てが終わるまでに1フンと掛かってはいない。

 あまりにも隔絶している技量差を目のあたりにして、知っているつもりだったエミナ達さえ驚愕していた。

 エミナ自身も『かつての自分の件で間近かで見た』とはいえ、それでも驚愕してしまう。

 そして単に殺すつもりなら、半分以下の……それこそ二呼吸の時間も掛からないだろう事も理解できた。


 まして兵達は剣聖と称される詩織の戦いぶりなど、今迄見たことがない。

 あくまで剣聖という称号から、突出して強いのだろうという程度の認識であった。

 それが『これほどまでに隔絶した力量差がある』などとは、それこそ考えもしていなかった。


 エミナ達でさえ驚愕しているのだから、初めてみたであろう絶技にティナ達は呼吸することさえ忘れてしまうほどの衝撃を受けていた。まさに鎧袖一触【がいしゅういっしょく/鎧の袖が触れただけで相手が斃れてしまうほどに、圧倒している様】とはこの事だろう。


 殊に、最後の絶技たるや理解できない。

 完全に剣の間合いを脱していたはずなのに、天音詩織殿がその手に持つ剣を鞘に納めたと思った刹那、今度は何故かすでに剣が振り抜かれていたのだ。そして逃げ出した騎士達の脚が斬り飛ばされるという現象が起こっていたのだ。

 先程に続いて、やはり『原因と結果』は分かるが『途中の過程』がまるで判らないという理解不能な現象であった。



「ふむ、焚火から火を持ってきて、こやつ等の傷を炙【あぶ】って焼灼止血をしてやるがよい。じっくりと(・・・・・)念入り(・・・)にな」

 汗の一滴さえ湛えず呼吸さえ乱さずに、まさに一蹴【いっしゅう】した詩織は、冷静かつ平然と指示をだしていく。


 ティナとしても、自分を弑するなどと公然と言い放つ輩に治癒術を施そうなどとは露ほども考えていない。

 かつての自分との『微かな、だが確実な乖離』にティナ自身が気がついていたかも不明であったが、たしかに『なんらかの変化はある』とも自覚はしていた。


 斬り飛ばされた欠損部位に、焼きごての代わりに熱したナイフを押し付けて止血していく。

 なかには自分達を殺害するとまで公言した者達に隔意が生じたのか、それともナイフを熱するのが面倒になったのか、焚火の火を直接押し当てていく者達もいた。

 この焼灼止血法で、またもや苦痛に身を捩【よじ】りながら叫び声を挙げていく騎士達。

 そんな中で、いち早く処置が終わった隊長がティナ達の前に引きずり出されていく。

 別段、ティナとアリシアが泰然としてただ待っていたわけではない。

 実のところ、精神的疲労で脱力して動けなかったのだ。

 そして尋問が始まった。


 その際、抵抗するかと思い、少々『手荒い尋問(つまりは拷問)』でもしなければならないかとティナ達とエミナ達は覚悟していた。

 だが、隊長格の騎士が詩織の眼を睨みつけるなり『ビクンッ!』と身体が跳ねて大人しくなり、詩織の質疑に率直に答え始めていく。


 ・

 ・

 ・


 護衛として巫女らしき者達と同行しているが、その実は実行部隊としての密命も受けている。

 此の密命は、すでに『幾度』となく繰り返されている任務だ。

 巫女としての力が衰えていくと、還俗したりまたは辺境地への布教という名目で光神教会本部から離される。

 その実、内情に精通してもいるので、露見を危惧して内密に『処理』される。

 その処理内容といえば、お察しだろう。

 単純に殺害だ。

 もっとも巫女であるので当然ながら、女という事になる。

 そのため、お楽しみたる『付随する役得』もついてくるが、お楽しみの後は後顧の憂いなく必ず殺害するように厳命されている。


 まともな聖堂騎士では、この手の任務は耐えられないが、中には好んで手を染める輩もいる。

 この手の任務に就く者は限られるが、判って応じる者は任務に躊躇しない者達が集まる事になる。当然ながら良心や呵責に苛む事など無いため、教会上層部としても『手駒』として扱いやすいのだろう。

 反面、対価としての餌が無ければ無軌道に逸りがちともなるが、いまは対立の時代である。国同士、宗教同士、宗派同士の対立など溢れている。

 つまりは餌には事欠かないうえに、喰い荒らす大義名分まで付いてくる。


 ただ今回で、『巫女の処理』という役得込みの任務は終わるようだった。

 教会に籍を置く巫女を姦する事など、そうそうない役得ではある。

 だが、それが今回限りで『終わり』というのは、些か心残りではある。



「だそうだ」


 詩織様が尋ねると、滔々【とうとう】とまるで教典を諳んじるが如く喋る聖堂騎士の隊長、もとい暗殺者。

 詩織が虚言を弄していたり誘導するなりして改竄し取り繕うならば、まだ救いようがあったのであろうが……、隊長本人が滔々と喜悦交じりに述べている以上、偽りようがない。

 その言を聞いて、近辺の森の辺縁に駆けだして蹲【うずくま】り、嘔吐しては、えずいているティナ達。

 もはや吐き出す物さえないが、何かを思い出しては、えずくことを繰り返している。

 そのなかには黒騎士のアリシアも混ざっている。

 自分の置かれていた状況がどれほど危険であったかを想像して、悍【おぞ】ましさからくる慄【おのの】きで身を震わせながら嘔吐している。


 しばらくして落ち着いたようだが、相当な衝撃だったのか苦しそうに肩で大きく息をしている。

 見かねたエミナ達が水を杯に注ぎ差しだしており、口を漱【すす】いで気分を落ち着かせようとしていた。

 それでも、よろよろと脚をもつれさせながらもティナが、鋼線入りの縄で縛られ捕縛された騎士達もとい暗殺者達に近寄る。


「お、お姉さんは……、先代の巫女は……どうなりましたか」


「先代? その任は俺じゃないが、実行した者達は自慢していた。その身を歓喜に打ち振るわせて涙を流して何度も、何度も求められたとな。なかなか良い具合で『大人気』だったとも言っていたな。お前さんも負けず劣らずの美貌なんでな、非常に楽しみだ」


「……ウッ」 

 口元を抑えて、えずきに耐えるティナ。

 そんなティナを己も口元を押さえながら、なんとか介抱しているアリシア。


「痛めつけても良いぞ。それこそ気が済むまでやればよい」

 そんなティナたちを見て、思いがけない言葉を発する詩織。


「……で、ですが」


「取り繕うでない、こいつらは屑だ。神の名を嵩に着て、自ら悪行を行う事を望んだ者達だ。相応の罰は必要であろう。止めはせぬよ。それにティナよ、胸中にしまい込んでは、いずれお主達が耐えられなくなるぞ? だが殺すでないぞ」


 その一言で、理性と感情の箍【たが】が外れたのか、涙を流しながらも苛烈な暴行を加えていく。

 かなりの時間が経ち、血達磨の様相になっている騎士達ではあるが、教会の中で良く言えば平穏と共に生きてきたティナたちの細腕では、そうそう大事には至らない。


「気が済んだか? さて、ではラルキに帰参するか。だがその前にティナよ、こやつ等をどうするか、決めよ。生きて返すか、ここで始末するか」


 もし選ぶのならば、最後に手を下すのは自分【天音詩織】であると宣言する詩織。その配慮に、肩で息をしながらもなんとか応えようとするティナ。


「機会を与えたいと思います。彼らとて最初からこうだったとは考えにくい。教会の腐敗に巻き込まれたと……」

 手を握り締め、苦渋に満ちた表情を浮かべながらも応えていく。


「ティナがそう望むなら、そうしよう。エミナ、本隊と合流するよう案内してやれ。他の者達は財貨の回収だ。最後に妾が洞窟の後始末をしておくでな、先に行くがよい」

 エミナとティナが先に行き、次いで回収班が立ち去っていくのを見送る。

 そして気配を探り、隠れている者や物見で残った者がいないことを確認していく。


 きつく縛られた聖堂騎士達を洞窟の奥に引きずり込み、奥に無造作に蹴り飛ばして一固めにしていく。


「さてと」パチンとわざとらしく指を鳴らす。

 すると、やや恍惚気味な表情を浮かべていた隊長格の騎士が意識を覚醒させ、また他の騎士達も状況が理解できないのか呆けた表情を浮かべていたのが、ティナたちに加えられた暴行の痛みからか苦悶の声と怨嗟の声を挙げはじめた。


「な、なんだこれは?! 無礼な! おい、そこの獣、この縄を解け!」


「おお、これは威勢が良い。長続きしそうだな」

 本心からの応えと場違いなその声調が言い知れぬ不安を掻き立てたのか、騒いでいた騎士たちが徐々に黙り始めていく。


「ティナは釈放と更生を望んでおる。よってティナが見届けたり手を下すことはない。だがお前らに更生の意志など元より無いことなど、観れば分かる。よって代わりに妾が罰を与える、光栄に思うがよいぞ」


「ふざけるな! 我らを誰と心得て――「光神教会本部所属の聖堂騎士。特務団第三中隊ミゲル隊であろう」――い……る……」

 艶然と微笑み的確に応える詩織に、押し黙る。

 突如所属を言い当てられ動揺する騎士達。

 その心中の不安と恐怖を必死に隠そうとしているのが、誰の眼にも明らかであった。


「妾は心優しいのでな。罰の内容を説明するので拝聴するがよいぞ」

 そんな動揺している事など、全く眼中にないが如く言葉を紡いでいく詩織。


「さてここに取り出したる護符がある。本来の効用は軽度の自動回復のみだが、妾が即席だが手を加え、かなり強力にしたものでな。なかなか死にはしない」

 艶然な微笑みに、何故か言い知れぬ凄みを感じる。


「……」


「そして、ここに蜂蜜酒がある。何に使うか、解るか?」


「……」


「ふむ、解らぬようだな。まずはこの護符に法力【魔力】を持続供給するように大量の魔石を置いておく。ついでその周囲に防御法陣を敷く。不意に護符と魔石が棄損することを防ぐためだ。つまりは、これでお前たちは魔石の魔力が尽きるまでは死ななくなる。これで下準備は終わりだ。本来はお前たちを浅く切り刻むのだが今回は省くとしよう。すでに血達磨だからな、ちょうど良い。それでだ、その血達磨なお前たちに、この蜂蜜酒を掛ける。最後の仕上げにここら一帯に『人除けの法』を掛けておく。これで終了だ」


「い、一体……、何を……」疾く


「下の頭には血が良く巡るようだが、上のお頭【つむ】の方は思いのほか、血の巡りが悪いようだの。解らぬか? 蜂蜜酒と血の匂いで虫と獣が寄ってくる。お前たちを喰いにな。だが死にはしない。自動回復の護符があるでな。そうそう、この護符な、極省力仕様でな、数年は持つ。それと餓死はしないから安心してほしい」


「な?! やめ――」

 そのあまりにもあまりにな、悍【おぞ】ましい罰を冷徹に平然と言い渡す詩織に怖気【おじけ】づき、詩織の気分を害すると承知の上で思わず言葉を挟んでしまう。 だが全く意に介さずに、詩織は話を続けていく。


「説明は最後まで聞くがよいぞ。妾とて慈悲の心はあるでな、自裁の機会を与えてやろうではないか。この洞窟の入り口で護符の効力は切れるでな、そこまで這っていけば良いのだ。遠かろうがそこまで行き着き、そして越えられれば『死』を望むことが叶えられよう。まぁ、越えられればの話ではあるがな。もしくは数年我慢すればよいのだ、悔恨の念と共にな」


「ふ、ふざけるな!? このような真似をして聖堂騎士団が黙っていると思うのか!」


「以前に一五名ほど始末したが、何の音沙汰もないがの?」


「まさか……、トーラム隊の事か?」


「塵芥【ちりあくた】に等しき名など聞いてもおらぬわ。同じような罪科であったので、今回と同じ罰に処したのだ(一名のみであったが)。さて、そろそろお別れの刻だの」


「ま、待て! いや、待ってください! お願いします! た、助けてください! やめてください!」


「その心からの言葉を聞いて、お前が逃がした者達がいたか?」


「います。いままで沢山いました! 本当です!」


「虚言を弄するでない。やめよ、全く以って見苦しい。悪党ならば悪党らしい誉れ無き最期を迎えるがよい」


「そんな! 待ってッ! 待ってください! 慈悲を、お願い――」


 泣き叫び、喚く者達の戯言に耳を貸さず、無造作に満遍なく蜂蜜酒を振りかけていく。

 己の悍ましい最期に絶望している者達を置いて、洞窟を出ていく詩織であったが、ふと振り返り呟いた。


「洞窟を出れば効果が切れるというのはいかんな。獣が糧として持ち出すやもしれぬ。ふむ、持ち出せぬように、そこは修正しておくか。」

 誰も聞いてはいないが、前言を容易に翻す。

 そして法式を律義に修正していく。

 最後に念入りに『人除けの法』を施し完成する。


「うむ。我ながら良い出来であるの。暫くしたら獣狩りもせねばいかんな。人の味を覚えた獣が、旅人やら商人やら、場合によっては人里を襲うやもしれぬ」

 満足のいく修正と仕様なのか一人述懐していく詩織であった。


 踵【きびす】を返して合流するために、詩織は歩を進めていった。

 詩織の背にある洞窟からは、早速悲鳴と絶叫が上がり始めた。だが、まるで意に介することもなく、詩織はその歩みを止める事は無い。


 そんな詩織は、騎士達の荷物を検分し奪った物と洞窟の奥から荷検めをして持ち出した物を手にしながら、内容を確認しつつも独り言【ご】つ。


「盗賊の大本が教会とはの。なるほど、教会によるベルザルの簒奪を支援するための隠れ蓑と横車を押す【よこぐるまをおす/道理に合わない事を強引に押し通す】ための攪乱部隊といったところか。なかなかに腐っておるな」



 詩織が戻るのを待っていたエミナ達と合流した後に、ラルキに帰参するべく隊列を組み一団が行軍していく。当然ながら新たにティナ達と財物を伴っていた。

 だが肝心のティナ達は疲労ゆえの足取りの重さというよりも、精神的衝撃の重さと疲労で遅々として歩が進んでいない。

 だが言い換えれば『遅々としてではあるが、着実に前には進んでいる』とも言える。そうである以上、急かしたりもしない。別段、急ぐわけでもないからだ。

 それにその心情を慮れば、その足取りの重さは十二分に理解出来ると言えるからだった。


 そんな状況で意を決してエミナが詩織に声を掛けていく。


「あの、詩織様」


「なんだ? エミナ」


「あの者達は?」

 すでに遠方にある洞窟の方向に視線と顔を微かに向けて、あの聖堂騎士達がどうなったかと問うている。


「うむ。悔恨と共に旅立つだろう。『長き旅』になろうがな」


「あの……蜂蜜酒が幾つか、なくなっておりましたが?」


「五臓六腑に染み渡るほど、その身で味わっている事だろう。更生するのに、少々手伝いをしてやったのだ」


「……そうですか。蜂蜜酒で悔恨……ですか。……まぁ、当然かと」

 蜂蜜酒で悔恨となるとエミナには思い当たる節がある。だが、それを口にするには憚【はばか】られる。

 

「咎【とが】に比した罰だ。まぁ、ティナには言うてやるな。知らないほうが良いこともあるでな」


「それは確かに」と応えを返したエミナは、軽く頷いて同意する。


「エミナ、此れも見ておけ」と件の持ち出した物を懐から取り出して渡す。


「これは? ……なッ?!」

 歩みを止めずに受け取り、走り読みをしていく。だが記された内容に息を飲み込んでしまうエミナ。


「盗賊から教会への上納金の明細と、教会からの襲撃指示書であろうな」


「こ、これは……なんという……」

 図らずとも絶句してしまい、後の言葉が続かないエミナ。


「知らなければ良かったと思うであろうな。だがエミナよ、軍師として奉職しリーナを支える覚悟があるならば、知っておかねばならぬこともある。しかし、まァ……、なかなかに腐っておるの」


「感謝致します」

 エミナは深く敬意を表すべく、胸に手をやり頭を下げた。


 その際に、艶然【えんぜん】と笑みを浮かべる詩織を垣間見て、艶【つや】よりも凄【すご】みが前面に滲【にじ】み出ているかのような錯覚を覚えるエミナであった。


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