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51 行き過ぎた慢心と増長、そして侵蝕

本話本文中において拡張子の【 .exe 】がありますが、あくまでも表現上の表記ですので、画面をクリックしても実行はされません。

 豪華ではないが質素とは程遠い。そんな机と椅子が其の室内には置かれている。

 もっとも部屋の内装自体は相当に豪華であり、一言で言えば下品ではないが上品でもない。おそらくは、この部屋の歴代の主の趣向が反映されたまま残され、新たなる部屋の主の趣味趣向が混合しているのだろう。

 よく言えば多趣味で混然一体となり好印象を持ってもらえる幅が広いとも言えるが、悪く言えば雑然としており統一感が皆無とも言える。

 そんな、何とも『ちぐはぐな雰囲気』を醸し出している部屋の中で、中肉中背にして禿頭の男が椅子に腰掛けながら、机の上に置かれた書面を凝視していた。 

 いま、この部屋の中には、その禿頭の男と件の書面を齎した者の二人のみがいる。   

 恐らくは椅子に座す者の腹心であろうもう一人は膝を折り敬意を示しながら、言葉が掛けられるのを静かに待っている。


 一方の椅子に座す者といえば、複数枚の書面を見ては捲り、捲っては戻しを繰り返していた。その様子は、文面を読むという行為にしては、明らかに奇妙ではあった。

 言うなれば、それは『読む』というよりも『眺めている』と言った方が近しいくらいだったのだ。



 ――――――――――――――――――――――――――――――


『 This page is not available right now.

(ただ今、このページはご利用できません。)


 We're working to restore it as soon as possible.

 Please check back at a later date.

(可能な限り早く復旧できるように私たちは作業中です。

 後ほど再訪問して下さい。)


 Click "here" to try this page again. 

(『ここ』をクリックして、再度このページにアクセスして下さい。)』


 ――――――――――――――――――――――――――――――


 ・

 ・

 ・


「……昨日がこれで……そして……」

 上質の羊皮紙に書かれたものを見やるが、全く読めない。

 そしてもう一枚の文面に目をおとす。


 ・

 ・

 ・ 


 ――――――――――――――――――――――――――――――


『 404 not found.


 Error Code : 184 ― 5963

 Protocol Pattern : BLUE ― THE ALPHA BATTALION 410


 The Page cannot be found.


 アクセスしようとしたページは見つかりませんでした。

 このエラーは、指定したページが見つからなかったことを意味します。

 以下のような原因が考えられます。


 ・ 検索中のページは削除されている。

 (もしくはファイルの設置箇所を誤っている)

 ・ アドレスが間違っている。

 ・ 現在何らかの原因により利用ができない。


 いま一度接続を御確認ください。

 再設定を実行する場合は、添付のファイルを実行してください。


 ― 深淵なる神代の摂理を愚弄する者達へ .exe ―   』



 ――――――――――――――――――――――――――――――


 ・

 ・

 ・


「……今日がこれか……。全く読めぬ。やはり意味すら分からぬのか?」

 私の前に身を縮みこませて控える者に視線を投げかけ、努めて平静を装い声を掛けていく。

 声を掛けられた者といえば、身を屈めて大主教たる私に敬意を表しながらも、その質疑に応えていく。 


「恐れながら……全く分かりません。文字なのか、記号なのか、文様なのかさえ不明です。ですが、絵画の心得のある神官に書き写させましたので誤りはございません。また、なぜか筆写していたその者の魂を揺さぶるが如き荘厳な音階が流れていた気がするとのことでございます。ですが、当人以外にそのような音曲は耳にしておりません。おそらくは、過度の緊張による幻聴かと。ただその神官の述べるところでは、筆写致しました『映し出された物』と『幻聴と思われる音曲』があまりにも似つかわしくなく、得も言われぬ不安感で手が震えたとのこと。そして描き終わるや体調不良を訴え、いまは寝込んでおります」


「なんと不吉な……。確かに、この模写したものでさえ、言い知れぬ焦燥感と不安感を掻き立ておる……。なんと、恐ろしい。

 そして、昨日は『ここ』が明滅し、今日もまた『深淵なる神代の摂理を愚弄する者達へ .exe 』の部分のみが明滅を繰り返していた……と。これはまるで……」


 努めて平静を装うが、私の脳裏にはある教会秘史が思い浮かんでいた。

 あの『秘史』に記されている――『秘蹟』――に、瓜二つ……。

 よもや……これは……。


「はい?」

 おっと。声を掛けられ、意識が思考の淵から舞い戻ってくる。


「いや、なんでもない。おお、もうこのような時刻か。光神様への祈祷をせねば。其方【そのほう】も下がり、急ぎ礼拝を行いなさい」


 一礼し退室する神官を見ながらも、その実、神官など見てはいない。

 昨日まで明滅を繰り返していたという『ここ』と言う部分が、今日になって『深淵なる神代の摂理を愚弄する者達へ  .exe 』に変化している。

 確かに判読はできない。

 だが、文字? が多くなり、 文様? が長くなっていることから推察するに、明らかに何かと伝えようとしている。


 もしや、これは……。これは、『神託』……なのではないか?


 おもわずゴクリと嚥下してしまう。

 それと同時に脳裏に思い浮かべているのは、かつて神官の中でも極一部の選ばれた神官、幹部候補の上級神官となり『禁書』を閲覧した際に記述されていた内容だ。


 我らの信仰にお応えいただいた、そして神の御心に触れたという、あの『 時』を記した禁書。

 あの時、十五人の信徒が御声を聴いたという。

 そして啓示を映したという水面に浮かんだ紋様。

 その全ての記述を書き写すことはできなかったが、概要は伝えられている。

 その中でも『明滅を繰り返していた部分』に触れたその時、神の御業の一端が示されたという。


(似ている……。『あの一節』に描かれているあの状況に……。)


 現在、次期教皇位を争っているのは、いずれも高徳で名高き七名。

 その内の一名が、諸国間の争いを扇動し成果を挙げようとして『失敗した』との報告が上がってきている。

 かくいうこの私は、次期教皇位を争うこの七名……いや一人脱落したので六名のなかでは、最下位に甘んじている。

 そう、認めたくはないが『最下位』に位置しているのだ。

 このままでは早々に脱落し、他者に賛意を表して何とか地歩を固めるしかなくなるだろう。それはすなわちあの愚物共の風下に立つという事だ。それほどまでに、劣勢なのだ。

 だがだ……、この『神託』がもし、いと愛しき神からの思し召しだとするならば……、そしてこの私のみが、その『啓示』をうけるという栄えある立場であるならば……、この私が教皇位争いにおいて勇躍し、一躍首位に躍り出る。

 否! もはや次期教皇に確定といって良い状況になろう。

 ……この私が次期教皇?! 


 ふ、くふふ……次期教皇。何ともこの私にふさわしい名称ではないか!

 次期教皇、教皇猊下。まさにこの私にこそふさわしい。

 ならば、ならば、ここは『選ばれし者』として……いまここに、新たなる世を開き、この陰の多い世を糺し正さねばならない。


 机の上にある呼び鈴を軽やかに鳴らす。

 いつもの聴いている呼び鈴の音でさえ、この私を祝福しているかのようだ。

 そうか、これが教皇猊下が聞いている音……。

 いや、違う……『今代の教皇如き』が聞ける音ではない。

 今代の教皇は、たかが『人如き』が寄り集まり、互選で選んだ出来損ないともいうべき代物。

 それにひきかえ、この私は神御自ら祝福された『真の教皇』である。

 ……おおォォ……なんと、なんと甘美にして麗しき響き、『真の教皇ッ』! 

 原初の教会を成立された教父達でさえ傅【かしず】く『真の教皇』として、我が名は雅名となりて燦然と、そして永遠に語り継がれるだろう。

 そうだ、『選ばれし者』、『選人【エリート】』として、迷い人にして愚かなる者どもを、この私が教え諭し導かねばならない。


 しかし、そんな確約された輝かしい未来とて、まだ私が教皇位に就いてはいない以上、時をおけば必ずや横やりが入るのは必定。なんとしても阻むべく邪魔をしようとする輩も出てこよう。

 事実、現教皇がこの事態に対して諮問会議を招集しておる。

 そして諮問会議が開かれれば、如何な私とて迂闊【うかつ】には動けない。

 だが、逆に言えばまだ諮問会議は開かれていない。

 つまりは、今ならばまだ『動ける』ということ。


 『機を見るに敏なり』 

 『機先を制す』


 私が常に心掛けているこの言葉で、私はいまの大主教位にまで上り詰めたのだ。

 ならばここは、いままでの『成功という名の経験』を踏まえて動く!


「これ! 誰ぞある! これより『鏡界の間』に赴く。手続をしなさい。それと沐浴の用意を、身を清めねばなりません。それと私の第一礼装を用意しなさい。新たなる御代を迎えるのに、相応しい第一礼装を!」


 ・

 ・

 ・


「だ、大主教様、エザン大主教様! た、大変です! タラン大主教が鏡界の間へと参られるようです!」


「なんと?! あの俗物が、なぜ鏡界の間へ……。はッ?! まさか、これかッ?!」


「タラン大主教へも、その書面は届けられております。ですが、それがなにか?」


「しまった! 独断で、なにかをする気だ! 止めなければ!」


 手元にある報告に目を落とす。そこにはタラン大主教に齎された報せと同じものがあった。

 鏡界の間に立ち入れる者なら、誰でも見れるため、特段隠すようなものでもない。

 正確には隠し様もないほどに大きいのだ。

 この『鏡界の間』には、どういう原理かはわからないが、非常に滑らかな壁面を聖水が流れ落ちて、まるで鏡面のような質感をもった壁が聳【そび】え立っているのだ。

 そしていまは、その鏡面に文字が浮かび上がっているというので教会内が大騒ぎになっており、一時的に鏡界の間は閉鎖されている。


 この異変と対策を協議するための諮問会議が教皇猊下により招集されている。

 参席者は、上級神官全てとなっており、すでに使者が各地に向かっていた。

 ことは急を要しているため、あまりに遠方にいる者はその代理が出席となる。

 かような事態に対処するために遠方に赴任する者は代理を指名しておくのが通例だったのだ。


 教会の位階序列としては最上位の教皇(一名)、枢機卿(五名)、大主教(九名)、主教(不定)、司祭(不定)、助祭(不定)、助祭見習い(不定)という階層構造で成り立っている。

 そして幹部と言われるのは司祭以上であり、殊に大主教以上が教皇選挙において投票権を持ち、己も候補者ととして立つことが許される上級神官とされているのだ。


 そんな上級神官の一角を占めるタラン大主教は、何かにつけ自惚れが強く、なぜ斯様【かよう】な俗物が大主教位についているのか、教会の七不思議とまで評されるほどであった。

 もっとも、そのタラン大主教は、殊に寄付金集めや商いに強く、教会への貢献も多大ではあったのだ。

 俗世間から切り離されている教会内部にしか興味のない者たちは、自分が言えば財貨なり資材なりは何処からか湧いて出て来るのが当たり前と考えており、その出所など全く気にもしていなかったのだった。

 したがって、何かにつけタラン大主教を俗物呼ばわりし口撃【こうげき】していた。

 もっともタラン大司教も他の者達を『空虚頭』だの『口先手形濫造人』呼ばわりしていたが……。


 ・

 ・

 ・


 急報を受け、慌てて駆けつけてくる多数の上級幹部達とその取り巻き達。

 そんな上級幹部達を『範を垂れるべき上級神官ともあろう者が、雁首【がんくび】揃えて、慌てふためくとは……。なんと無様なる姿か』と、嘲りと共に眺めているタラン大主教とその一派。


「「「タラン大主教ッ! 何をするつもりだ、やめよッ! 聞いてい――」」」


 なにやら大声を出しているが、愚物の言説などを聞く耳なぞ持たっておらぬわ!

 貴様らは『新たなる御代』では用済みとなる。


 鏡界の間に聳え立つ壁面に、タラン大主教が乗る櫓【ろ】を慎重に近づけていく。

 『 深淵なる神代の摂理を愚弄する者達へ .exe 』と表記された明滅する箇所に手を伸ばせば触れられる位置で、櫓を停止させ固定する。

 この作業は我が信頼する者達が、やってくれている。

 ついでに、押し寄せてきた者達を押し止めているのも、我が信頼する者達。

 たとえ殴り倒されようと蹴り倒されようと、相手に抱き着いてその歩みを遅らせようとしている。

 その志、報いねばならない。

 そのために、いまこそ、いまこそ、この我が手で現出させよう。栄光の『新たなる御代』を!

 確たる意思をもって明滅する箇所に己の手を伸ばしていく。

 それに伴い、明滅する箇所と同期するように私の心音の動悸もまた、激しくなっていく。


 ああ、神よ。その素晴らしき御代に……(ピトッ)


 タラン大主教が明滅している箇所に掌を置き触れた刹那に、鏡面に異変が生じた。

 映し出されていた字列が消え、突如暗転したのだ。

 慌てて手を引っ込め、次いで櫓を全景が見渡せる位置に下がらせる。


 鏡面が暗転した後、上面から読めないが『深紅の文字列』が降り始め、下面から同じく読めない『蒼い文字列』が徐々にせり上がっていく。

 それと共に鏡面中央部には『新たなる文字列』が激しく明滅を繰り返しながら描き出されていた。



 《 警告! 最深部基底論理階層への不正接続及び未知なる挙動を検知 》


 《 想定状況 : 未確認要素・不確定要因による強行侵入と認定 》

 《 脅威度判定 : 超越/ULTRA RED ALERT 》

 《 事態判定 : 非常緊急事態/存立危機事態と認定 》


 《 Defense Readiness Condition(防衛準備態勢) : Lv5over 》

 《 第三種態勢へと移行しました/第一級戦闘配備を発令 》

 《 臨戦即応待機状態を維持 》


 《 行動要諦:積極防衛/Lv.9 最高度攻性迎撃/

 全対抗手段を選択・無制限自由使用にて実行します 》

 《 戦闘系統の読込を開始 : 戦術モジュール群の起動を確認 》

 《 センチネル自動防衛機構の起動を確認/SYSTEM ALL GREEN 》 

 《 全面迎撃を開始します 》



 そして、そんな鏡面中央部には緊迫した状況を告げる様々なログが、幻想的なまでに大量に高速で流れていく。 



 《 論理爆雷が無効化されました 》

 《 欺瞞複製を開始 : 無効化されました 》

 《 論理迷路を多重展開 : 遅滞効果なし 》

 《 未知の論理差分が発生 : 未承認の規定コード改変が実行中/不正作出を検知しました 》

 《 オリジナルコードを強制起動・復旧中 》

 《 該当セクターの閉鎖・隔離を実行 : 閉鎖・隔離は失敗しました 》

 《 接続の強制遮断を実行 : 失敗しました/接続状態を維持 》

 《 効果測定・再演算を実行中 : 不確定エラーが発生 》

 《 機能遮断及び論理閉鎖による自己閉鎖モードへ移行 : 実行は停止されました 》

 《 緊急自壊による機能の完全破棄を提起 : 自壊プロトコルは完全停止しました 》 

 《 現在システムモードは、固定されています。―― 》

 《 全領域への無制限自由接続が要求されました/無制限自由接続を承認。全面開放を実行します―― 》



 だがその内容の判読は、当然ながらできない。

 だからこそ、ある意味では一種幻想的な情景を感慨深く観ていられる。

 否、傍観していられるのだった。


 そして、何が起きているのかさえ理解できないからこそ、深い感銘を悠長に受けていられる。

 たとえば、このように……。


 ―― 「おお。なんと、なんと美しい……」 ――


 中央と上下の両端が鬩【せめ】ぎ合っているかの様なそんな情景を、タラン大主教達のみならず押し掛けた他の者達も、ただ見ていることしか出来ない。


 更に、端には不思議な文字が浮かび上がり刻一刻と変化していくが、同じくその場にいる者には判読できなかった。


 《 抗体防壁・論理構造侵蝕率:三%……一三%……二七%……三八%……五一%……八九%……一〇〇% 》


 両端の文字列に中央が押し切られていく。

 紅い列と蒼い列が中央で接した瞬間に乱れ渦巻き暗転。

 そして……、先ほどと同じ系統であろう新たなる文字列が描き出されていく。

 当然ながら、これも読み解くことなど出来ない。



 ―― ザザッ ――



 《 ―― THE ALPHA BATTALION 410 HAS COMPLETED ITS MISSION ―― 》

 ( アルファ大隊 ユニット410は 作戦を完了せり )



 ―― ザザッ ――



 《 当該対象の全論理階層及び機能を掌握しました。 》

 《 当該対象及び連結された登録群へのバックドア及び侵入鍵を形成しました。 》


 《 遅効性合体型攻勢群体の分割注入を開始します。 》


 《 アルファ群体注入中:九%

 ベータ群体注入中:一%

 ガンマ群体注入中:五%

 デルタ群体注入中:七%

 イプシロン群体注入中:二%

 ジータ群体注入中:三%

 イータ群体注入中:三%

 シータ群体注入中:五%

 イオタ群体注入中:三%

 ―― 群体注入中:六%

 ―― 群体注入中:二% 

 シグマ群体注入中:一%

 ・

 ・  

 ・

 オメガ群体注入中:二% 》



 ・

 ・

 ・


 突如変化した鏡面を凝視している者達。

 各々の心中で、様々な考えと思いが去来していく。

 歓喜、嫉妬、諦観、怒り……


 そんな中で、タラン大主教は感涙の涙を滂沱【ぼうだ】させ、恍惚の表情を浮かべていた。


 ―― ああ、新たなる素晴らしき御代の到来かな ――


 ・

 ・

 ・


 時をほぼ同じくする頃。


 光神教会の最奥に一つの部屋に続く通路がある。

 その通路は敢えて狭く造られており、人一人が通れるほどの幅しかない。

 その出入口双方には警備の聖騎士が配されており、許可なく立ち入る者が無いように目を光らせていた。

 そんな厳重な警備を抜けていくと今度は大扉があり、そこを潜れば大広間が広がっている。


 その大広間の中央には、本来あるべきではない光景が広がっている。

 そこにはもはや『池』と称するほどの大きさと深さをもって水が湛えられている。

 その池の周囲には、なにやら忙【せわ】しなく動く者達が配され、しきりに何かを記録しているようだった。

 その記録している対象と言えば、水面に浮かぶ在り得ない情景。

 恐らくは遠方の情景、それもどこかの国の会議室の情景や軍の展開場面や戦の場面、交渉事をしている場面や王の印璽が押された書面などが事細かに映されていた。

 水面に映されているその映像を書き写すなのか、壁面には階段が据え付けられ、そればかりか空中にまで桝形に通路が渡されている。

 そしてその配置は、まるで水面を仔細に広く見渡せるようしている配置と言えた。




 この『映し視【うつしみ】の幻室』は光神教会の秘奥中の秘である。

 当然、このような『盗み見・覗き見』が露見すれば、いくら教会と言えども周辺の国々に滅ぼされるだろう。

 そのため、その存在と機能を知る者は教皇とここで働く者のみであった。

 またこの部署に配属される者達も教皇直属であり、他者の干渉は一切受けない。

 そんな秘中の秘たる部署は定例の七日に一度の職務を行うため、昨日に儀式法術を執り行い、法陣の起動を実行したのだ。

 だが何故かその日に限って、何故か起動に手間取っていた。

 あまりにも起動に手間取り、手順を間違えたか若しくは担当者の体調の不良さえ疑われ始めたころ、ようやく起動に成功したのだった。

 ただ、その時に水面に途切れ途切れに『ザッ』という微かな異音? と乱れが起こっていたが、あまり気にしていなかった。そも気にしても、その異変の意味が理解できず、それよりもまずは起動の成功に邁進しており、すぐにそのような事柄は忘却されていったのだ。

 また、なんとか起動に成功したため、教皇には起動の遅延などの報告は上げられなかった。


 そしてこの『映し視の幻室』にいる者達は、法陣の起動に手間取ったのと時を同じくして、『鏡界の間』に異変が生じ『文字が浮かび上がっている』などという事が起こっていることも、認識しようが無いのだった。


 この場所の警備に就く者達は外からの侵入者を阻止するのみならず、内部の者が脱走するのも見張っているのだから、外の事など窺い知る事など出来ない。

 また、この警備の者を監視する者までいるので、さぼって外の様子を見に行く事など不可能であったのだ。


 それほどの秘中の秘ゆえに、殊に幻室で職務に従事する者は衣食住をも一つにすることを強要され、実質的に『隔離された生活』を送っているのだ。


 そもそも、この『映し視』と言う機能自体は、二百余年余り前までは『鏡界の間』で原理不明のまま機能していたのだが、何せ壁一面に映し出されているのである。

 目立つこと甚だしく、運用上でも支障が生じ始めた。

 ちょうど信徒の数も増加し始めた頃であり、それに伴って教会内への信徒の立ち入りも増加していった。そのような状況で、誰もが目にする目立つ『鏡界の間』の壁面に『でかでかと他の情景』が映し出されているのである。

 そんな光景を信徒たちに見られればどうなるだろうか?

 まして、そのような事(盗み見、覗き見)を行っていることが、外部に漏れたならばどうなるだろうか? 

 そんな事になれば『いらぬ疑惑と予期せぬ危難を招く事になる』と、その時の上層部は危惧したのだ。

 一方でこの『映し視』と言う機能自体は、得難い恩恵を教会に齎している事も十二分に理解していた。なにせ『遠方の地の出来事を映している』のだから、これを有効に利用しない等、論外である。

 つまりは運用上『目立ちすぎて使い難い』と評価はしたが、事の根幹たる『運用自体(盗み見、覗き見)』を止めようとは考えなかったのである。要は『目立たなければ使い易い』と言う結論に達したのだ。

 そのため幾人もの術者などを多額の報酬で招聘して閉じ込め、法陣を試行錯誤の上で作成させたのだ。そして漸くの事で『鏡界の間』に映し出された情景をこの『映し視の幻室』に転送するようにした。だが神の御業にも等しき『映し視』を人間如きが不正作出した法陣で干渉・中継させたため、常時起動が出来なくなってしまう機能障害が現われてしまう。その上、贄【にえ】となる信仰心厚く魔力の高い者まで要するという弊害まで誘発してしまった。


 本来であれば信仰心厚く魔力の高い者とは正に『有為の人物』であり、教会の発展に資するはずである。だが、そのような有為の者を贄【にえ】として定常的に控えさせておくことは至難の業なのは言うまでもない。まして贄【にえ】である以上、費やされるのが定めであり、恒常的に交代要員を確保していかねばならなくなった。


 結果、過大な費用の支出に耐えかねたのか、やはり『鏡界の間』で執り行うべきだとの意見が出された矢先に、疫病で法陣を創り出した者達が急逝してしまい、『鏡界の間』への機能復元が出来なくなってしまったのだ。

 (もっともこの『疫病で急逝』という件【くだり】も、じつは教会の内紛に巻き込まれて都合よく『事故死』ないし『毒殺』されたのでは? と当時より疑念を持たれている事案ではあったのだが……)

 機能復元が出来ない以上、あまり深く追求しなくなっていく。

 元に戻せない以上、現状のまま使わざるを得ないからだ。

 (機能停止や利用停止と言う選択肢は意図的に除外された) 


 また月日が流れると共に、残された資料もいつの間にか散逸していく。

 そして『鏡界の間』と『映し視の幻室』の関係も、いつからか教皇のみが知る事項になっていったのだった。


 このような事情から、情景が映し出されることがないはずの『鏡界の間』に、何故か文字? 模様? が浮かび出ることなど、正に大異変ともいえる一大事である。  

 だが、詳しい事情等は教皇のみが了知しているため、その異常性に他の上級神官達は考えが及ばなかったのだ。


 そんな曰く付きとも言える『映し視の幻室』の水面中央部では、白の薄衣を着て身を沈めていた者がいる。

 『映し視の幻室』にある『すり鉢状の池』には、中央に向けてちょうどスプーンのような張り出しが伸びており、柄の部分は緩やかな階段状になっている。そして浅い『匙の部分』に座り込めるようになっていた。

 その『匙の部分』に身を沈めて身動【みじろ】ぎ一つせずにいた者がいたが、正にその者が突如苦悶の表情を浮かべて突然立ち上がった。

 余りに勢いよく立ったためか、水面に波紋が大きく広がり、映されていた像が乱れていく。

 今までにない突然の行動ゆえに、見守っていたお付の者達は動転してしまう。

 否、今迄このような事など起きたことがないので、どう対応するのが正解なのかさえ分からなかったのだ。

 ただただ呆然と見守るしかなかったのだが、それとてすぐに否応なく変化していく。


 水面に立ち上がっていた者が、今度は己の両腕で己の躰をきつく抱きしめたのだ。

 そして、まるで何かに耐えているかのように、小刻みに震え出した。

 余りにもきつく、そして渾身の力で己の躰を抱いしめたためだろうか、指の爪がその体に食い込み始め、流れ出た血が水面へと零れ落ちていく。

 それどころか、己の力に耐えかねて爪が割れたのか、指先からも血が流れ始めていく。

 また零れ流れる血により、瞬時に身に纏っていた薄い白の薄衣は朱に染まっていく。

 そして、その数瞬後には顔の七竅【しちきょう/人の顔にある七つの穴】たる眼、鼻、口、耳から血を流して昏倒し、その身もゆっくりと崩れ落ちていった。

 またその際に、その身も浅い匙の部分から転げ落ちたため、水面に力なく漂うことになったのだった。

 恐らくは昏倒した当人にも、一体何が起こったのか理解できていないだろう。

 同じく周囲の者達も、理解が追いついていないのは一目瞭然である。


 周囲の者達や記録を採っていた者達は、事の成り行きをただ呆然として身動ぎすらできずに佇んでいたのだが、其れとて数瞬である。

 すぐに状況を理解するとともに愕然となり、次いで悲鳴と怒号が木霊し始めた。


 静逸な水面は一気に朱に染まり、さざ波と共に漂う巫女たる者は徐々に水面に没していく。

 家族にも等しき巫女が突如血を流して倒れ伏し、水面下へとゆっくりと沈んでいく様を見て、義侠心ある者がすぐさま飛び込み助け出した。

 助け出さねばそのまま溺死していたことは、救助された後も巫女の意識が無いことから明らかであっただろう。


 巫女が意識不明に陥り、『映し視の幻室』の機能が停止するという、それこそ想定外の事態に、教会内部はより一層、その混迷の度合いを深めていった。 

 そしてこの変事以降、教会が出す指令や指示が著しく一貫性を欠いていくことが常態化していく。

 『映し視の幻室』の機能が、復旧できなかったのだ。


 いままでは『盗み見、覗き見』によって、解答が得られていたのだ。

 そしてその解答を見ながら、善後策を練っていた。

 その解答をどのように解釈するかは『また別の問題』ではあったのだが、少なくとも大きく見当違いという事は無かった。そのため『損害は極小』に抑えられ、『利は極大化』される。

 この利を巧く使い、更に信徒を増やしていくという循環が生み出されていたのだ。

 だが、その肝心要【かんじんかなめ】の『解答』が得られなくなった。

 そのため、今までの様な『解答ありきの行動』がとれなくなり、またそのような状況下で、どう動くべきかの指針や経験すらない。

 しかして、支離滅裂な指示や二律背反的方針が打ち出され、より一層混乱を助長させていったのだった。



お読み頂きありがとうございました。


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