49 呆気ない終幕と、想定外の状況
《 ベルザル大公国 》
ベルザル大公国の公都を含めた本領は近辺の諸侯に対して参集を命じていた。
暴虐の嵐が吹き荒れようとしている今、もはや一刻の猶予すらない状況と言える。
勃興しつつあるラルキへの対処など、この際は一旦保留にせざるを得ない。
まずは国内の乱を平定しなければならないほどに、眼下の状況が悪化し始めている。
鎮圧のために参集を呼びかけるも、思いのほかこの参集に応じた諸侯が少ない。
この参集を発する前に、どっちつかずの対応、見方を変えれば日和見を決め込んだ男爵領を『見せしめ』として攻め滅ぼしたのだが、これが想定していた効果を生まずに、逆に反発を招いてしまったようだった。
結果、参集に応じべるべきか諸侯に迷いが生じてしまい、遅々として軍の集結と編成が進まないという悪循環が生まれる事となり、唯々日数だけが過ぎていく。
遅々として参集は進まないが、それでも参集に応じた諸侯勢力はいるにはいるのだが、この参集に応じた勢力が『新たなる問題』を招き寄せてしまった。
何もしない軍勢が、ただそこに集結している。言い換えれば、ただただ物資を浪費していくのと同義であった。そしてそれは公都の食糧事情に更なる負担を強いる事になるのは必然とも言える。
かと言って数的優位を確保できないまま乱の鎮圧に赴こうにも、万が一にも敗退すればそれこそ大惨事ともなる。
一向に乱の平定のために進発もしないこの状況下では、自領の安定を見込んで参集に応じた諸侯とて、逡巡し始めるのも時間の問題と言える。実際見限った諸侯も出始めており、勝手に自領に引き返し始める領軍も出始めていた。
つまりは軍編成上の戦力が突然消滅する事になる。これは戦力の編成をまた初めからやり直す事を意味している。つまりは時間を再び浪費しているのと同義でもあった。そんな中、留め置かれている軍部隊が『余興』と『物資の現地調達』と称して、公都内へと闖入【ちんにゅう/無断で入り込む】し始めていく。
これは、かつてのラルキでの凶状が、殊もあろうに公都内で再現され始めている事を意味していた。
一方で、新たに建国したラルキに服属を申し出る諸侯が、増加の一途を辿っている。
もともとのラルキ伯爵領に加えて配下の諸侯領も直轄領へと編入し、国内法を整備したことで、国力(国土面積・人口・各種生産力など)が急伸しつつあった。
その勢いたるや近隣の諸侯単独では、もはや抗することさえ不可能に近く、加えて諸侯の領では食料が逼迫し流民さえ出始めていた。また本来は同格である近隣の伯爵領でさえ服属したことで、いまだ判断に迷っている寄親の諸侯から離反した各小領主が、単独で服属を申し出てきているのだ。
全てがベルザル大公国にとって悪い方向へと流れていくが、押し止める術も策もない。
そして押し止められない以上、徐々にその流れは寄り集まり濁流となって更に強くなっていった。
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ドカッ!
ベルザル大公国の謁見の間の扉が蹴り破られて、乱入者が部屋に押し入って来る。
本来は華やかさと威厳を醸し出しているだろう謁見の間には、いまや全く似つかわしくない剣戟【けんげき】の音だけが鳴り響いている。
この謁見の間にいた貴人の供回りの三分の一は抵抗を試み、残りは抵抗さえせずに投降していく。
すでに人心が離れていることが、如実に現れているのが見て取れる。
押し入ってきた者達といえばベルザル国軍の有志達であり、それに応戦しているのもベルザル大公国の近衛兵達であった。
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このような破局的な状況を迎えるに至った一因はこうであった。
事の発端は、ベルザル公都へと参集した諸侯の軍勢が、現地調達という名の略奪を行いに公都内へと闖入し始めたことと、公都内でも市民の暴動が常態化してしまったことだった。このような事態に苦慮した第二公子は、食料の供給で鎮静化を図ろうと、商家の財と備蓄物資を接収し、その中からの食料放出を決断したのだった。
この施策は第二公子の名で大々的に執り行われ、同じく第二公子の名で食料放出が謳われたのだが、その食糧の一部が殊もあろうにすでに痛んでいたのだ。
すでに長期に渡り公都内とその周辺域で商業活動が停滞し、物資の流入や搬出も支障をきたしており、想定を超えた長期の保管となっていた。そこに越冬した事で気温が上がり始めていたため、肝心の物資も痛み出していたのだ。
しかしそんな事情など、市中の者達は関知しえないのは当然である。
市中の者達は長く飢えに苦しんでおり、殊に幼子や高齢者が気力体力共に低下していた。そんな状況で食料が配給されたのだが、その傷みだしていた食糧を口にした幼子が食中毒で死んでしまう。その子の母は、己よりも先に、まずは飢えた我が子に食料を与えた故の悲劇となってしまったのだった。
子の亡骸を抱きかかえた母親が、城館の前で泣き叫んで抗議をしていたのだが、警備の兵に取り押さえられた際に、気力と体力ともに尽きたのか不意に亡くなってしまうという更なる悲劇が起こった。
しかもこの一連の出来事は、衆目の下で行われたことで直ぐに市中に広がり、傷んだ物資を敢えて市民たちや軍兵に配給し、しかも抗議した者を口封じを兼ねて殺害したのだと誤認されるに至ってしまう。
結果、この行状に激昂した兵士と市民が各政庁と宮殿を襲撃しはじめたのだ。
また商家の財を接収するという最終手段に訴えたため、近隣の商業も一気に停滞し、新たに物資を調達しようにも購入手段さえ断たれてしまっていたのだった。
すでに城館の外郭は突破され、城内戦闘にまで陥り苦戦していく。
そもそも、城壁と外郭があるにもかかわらず、然したる戦闘もなく容易に突破されたのは内部に手引きしている者がいる証左でもあった。
そんな混迷の状態での抗戦も空しく、徐々に第二公子側は押し込められていく。
そしてついには公都警備についていた頼みの軍部隊までが離反し始め、そんな部隊から決死隊が編成され、宮殿内最奥に突入が敢行された。
状況が判らないにも関わらず、健気にも城勤めの者達が調度品などを積み上げ通路を封鎖し交戦している。
なぜベルザル国軍が城内に侵入し、なぜ自分がその侵入を阻止する戦闘に参加しているのか理解していない者達が大勢いた。そしてなぜ自分が死ぬのかさえ理解していない者も大勢いたのだ。
そんな絶望的状況下で、すでに大公執務室の部屋や大公の自室は制圧されており、意識不明の大公の身柄は決死隊に確保されている。
そしてついに決死隊は謁見の間にまで辿り着き、押し入ってきたのだった。
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多勢に無勢。
第二公子と近衛兵がいくら剣の腕が立つとはいえ、囲まれればそうそう脱する事など出来はしない。
すぐに剣を打ち払われ、その身を打ち据えられる。
そしてその首に剣を添えられて、膝を屈することになるのだった。
「その首で『開幕の号令』を掛けたんだ。『終わりの幕引き』にも、その首が必要だ。もっとも、終幕の号令はかけられないがな。いや、違うな……、正確には、余計な乱を招くので囀【さえず】ってもらっては困るということだ。その首級でラルキに助勢を求めねばならないのでな」
「馬鹿な!? ラルキの小娘如きに何が出来るというのか!? ただ大乱を招くだけだぞ!」
「なんだ、知らないのか? すでに侯爵領の一つが服属したんだぞ?」
「こ、侯爵ともあろう者が、伯爵如きに服属しただと?! そんなバカな!?」
「お前、阿呆なのか? 自分が独立を認めたんだろうが? いまでは、あちらはラルキ王家であり、ベルザル大公家よりも形式上の格式はラルキが上位。いや、いまでは実力的にもあちらが上位か? これは名実ともに正に王家といえような(笑)」
「くッ!?」
「さて、そろそろその首級をもらおうか」
「わ、わたしは……この国の公子だぞ!」
「そんなことはわかっている。だがあの伯妹の様に敬愛されている訳ではあるまいに……。ラルキに続いて公都でもあの凶状を招いた。いまの惨状をみてみろ!」
「しょ、食料の配給は成されただろう!」
「確かに傷んだ食料は配給されたさ、おかげに幾人もが死んだ……」
「わ、私が指示したわけではない! 」
「それでもお前が最高責任者なんだよ。そんなに民から支持されていると思うなら、供周りもつけずに大通りを歩いてみろ。街の外まで歩みを進められたなら、どことでも行くがいい」
「そ、それは……。こ、ここに金貨がある。見逃すのには十分な量だろう!」
「それが、曲がりなりにも国を動かしていた公子たる者が言う言葉か? その金貨で幾人が救われるのか考えたことがあるのか? 行きたけりゃ行けよ……。もっとも百歩も行かずに襲われて死体も残らぬ方に、俺は賭けるがな。お前さんが善政を敷いていれば、その金貨は俺の懐に入ったのだがな。残念だよ、……本当に残念だ」
「……と、投降する。ベルザル大公国第二公子としての待遇を求める!」
「勘違いしていないか? 最初の『諸宮への侵攻』をするという、あの命令の大本は大公だろう? 不予【病】とはいえ、大公はいまだ存命中。おなじく第一公子もいる。別に第二公子自身はいなくてもいいんだよ。必要なのはその首級だけだ」
「な……!?」
「最初に言っただろう? 小賢しく囀【さえず】ってもらっちゃ困るとなッ!」
言うなり、首を跳ね飛ばそうと剣を振り下ろす。
しかし、公子は生存本能ゆえか身を捩ってしまい、逆にその身で剣を受けることになってしまった。
「ウグッ!? がはッ! やめ――」
「余計な手間を……かけさせるなッ!」
ザシュッ! 物言わぬ首級が落ち、緩い階段を転げ落ちていく。
感慨に耽る間もなく、その首級を掴み高らかに掲げて口上を述べていく。
「ベルザル大公国第二公子、ここに討ち取ったり!」
「「「おおォォオオ~ッ!」」」
鬨の声を挙げているまさにその時に、公子側についていた部隊が救出のために謁見の間に突入してきた。
そして状況を認識するや「き、貴様ら――ッ!」と気勢を上げ切りかかり、あれよという間に乱戦になっていく。
第二公子を討ち取った者も、直ぐに乱戦に巻き込まれていく。
第二公子の首級どころではなく、自分を護るので手一杯となっていた。そのため、その首級を持って直ぐにその場を離れていく者の事など気がつかず、またその者が光神教会へと駆け込んでいったことも分からなかった。
また城内は元より市内でも、熱狂と狂乱、興奮と混乱が場を支配し、狂騒が現出していく。そしてそれを見咎め鎮圧する者はもういない。
また捕縛されていた大公も、熱狂と狂乱、興奮と混乱の最中で城壁に吊るされて絞首となり、その亡骸は衆目に晒されることになったのだった。
しかしこのことで現在の食料不足を始めとした状況が解決されることなど、当然ながら無い。
結果、ベルザル大公国は国主不在、指揮官不在という状況に陥り、更に近隣諸侯からはベルザル本領への略奪行為が公然と行われるようになった。
かつての公都は、単なる草刈り場となっていったのだ。
ラルキ戦役から一年持たずに、ベルザル大公国は遂に自壊に至り、主城は炎上。
ここにベルザル大公国は事実上、滅亡した。
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《 光神教会ベルザル大主教区 》
市街戦にまで発展している最中、ある区画のみは静寂を保っている。
確固たる独善的信念により集結した『信仰心篤き良き民』が、戦いの熱とは別種の狂気的な熱を宿す眼をもって、この地区を徘徊し警備しているからだった。
その警備対象の中心たる教会では、また別の熱気に包まれていた。
もはや事ここに至っては、ベルザル大公国を禅譲させるという遠大にして完璧な計画は頓挫したとみてよく、それどころか現状では此の身の危険さえある。ならば一応は同じ『体制(支配者層)』に属するという奇妙な連帯感を以て、第二公子と手を組んででも、この理解しがたい窮地を脱しなければならない。
『権威・権限』や『搾取』というのは、社会が安定し固定化しているからこそ行使できる支配者側の特権ともいうべきもの。
世が乱れて流動化していては、その特権が行使できない。それでは元も子もない。
そのためベルザル国軍内にいる熱心な信徒に密命を発し、第二公子を教会にお連れして再起を図るべく画策していたのだ。
そして待望の熱心な信徒が戻ってきたのだ。
「おお! 戻ったか! 第二公子をお連れしたのだな!? して公子は何処に?」
「はッ! 公子殿は『此処』に」
スッと、抱えていた箱を前に出す。
「……? なんだ、それは?」
「公子の『首級』にて。丁重にお連れしました次第」
「……しるし【首級】? ……なッ?! 誰が討てと言った!? 連れて来いと命じただろうが!」
「すでに時遅く、兵士に討たれておりました。そのため止むを得ずに、こちらの『首級』のみをお連れした次第」
「……(馬鹿な! これでは我ら光神教会が手引きして、討ったように観えるではないか?!)」
くッ、聖堂騎士団と『裏の実務』を担う実動隊が喪われた弊害が、このような事で顕在化するとは?!
この者を打擲【ちょうちゃく】してやりたいが、そうもいかない事情がある。
大主教区教会自体に、先の迎撃戦とその後の戦いにて、もはや真面【まとも】で、まとまった兵力が存在していない。
結果、信徒達に参集を呼びかけることになったのだが、その集まりが芳【かんば】しくないのだ。
有難い説法と、篤い信仰心だけでは『腹は膨れぬ』ということか……。
それでも信心篤き教徒は集まった。集まったのだが、逆に危惧する一面もあった。 この状況でさえ参集に応じるという『狂信者ともいうべき一面』が見受けられるのだ。
『統制できる狂信者』は非常に心強いともいえる。
だが統制できない、つまりは『箍【たが】が外れた狂信者』は、その無軌道な自己正当化故に、非常に危険な存在に容易く成り得るのだ。
それこそ、『神の御名』を出したり、『神が御望みなのだ』と自己正当化さえすれば、如何なる所業さえ躊躇なく実行するのだ。そのため教会内部からでさえ、危険視されていた。
なにせ、神の御名を己等で声高に奉じ自己正当化さえすれば、自分達教会上層部にさえ『楯突くことすら有り得る』のだから、危険視されるのは当然と言える。
また偽の狂信者もいて、自分の欲望のために神の御名を声高に謳って、犯罪に手を染める輩までいたのだ。
そんな内憂と共に、新たなる外患を呼び込むかも知れない『公子の死亡』という予期せぬ事態である。
しかも、その『第二公子の首級』が、ここ光神教会ベルザル大主教区の『主教会内に在る』という想定外の出来事をどう収拾すべきか悩んでいるこの時に、またもや驚くべき報せが届いた。
「座下! た、大変でございます。ベルザル大公閣下が! 大公閣下が、城壁に吊るされ絞首されました。亡骸が晒されておりますッ!」
意識不明とはいえ、まだ存命中の歴【れっき】とした国主が『吊るし首』にされ、剰え晒されているなどと言うそれこそ理解できない出来事に、思考停止状態になっていく。
それでも、もはや現在の状況は大主教が考えて制御できる範疇を優に超えている事だけは判った。
そしてそれとともに、すでに老境の教皇をここベルザルに迎えて、新たなる光神教会の光都にし、来る教皇選挙を征して教皇位に就くという思いで描いた『完全なる計画』は完全に破綻したことも理解できた。
それどころか来る教皇選挙から、自分が無様に転げ落ちたことも明確に理解した。
いま現在、光都で司教位に就く第一公子は、もとは自分の手駒とするべく光都に留学させていたが、如何せん余りに遠方であるため、いまいち影響力が及んでいない事は判っていた。
そこで、第一公子を大公の後継者として立太子させるべく、ここベルザルに呼び戻し、影響力を確保しようと考えていたのだった。
しかしベルザル大公国が滅亡するという想定外の出来事で、第一公子は教皇位を争う別の者の影響下に入るだろう。
いくら案山子【かかし】とはいえ、故国を滅亡の淵に追いやった者(外観上、大公は絞首されており、第二公子の首級が教会にあるのでそう観える)、つまりは自分と道を共に歩むなど、考えられないはずだ。
弁明し様にも、光都はあまりに遠方故に出来ない。
競合者の庇護下にでも入れば『あることないこと』を吹き込まれ、もはや自分では手出しができなくなる。
それどころか……、この状況は必ずや『責任問題』に発展する。
当然だろう。ベルザル大公国への影響力を確保するため、多大な文物を百年以上に渡り注ぎ込んでいる。
それが『敢え無く潰えました』で、済まされ収まるはずがない。
責任追及ともなれば、いまの大主教位に居座れるかさえ不明な状況となる。
いや、敢えて追い落とすために様々な策謀が胎動するのは確実だろう。
かつて自分が行ったように……。
そして退任すれば、後任人事を巡っての熾烈な競争が始まることだけは、理解できる。
その時、自分は果たして生きているのだろうか……。
かつて私が追い落とした前任者は……、私が辺境の地へと赴く宣教の任に追いやった。そして、旅の途上で『病死』したという。
そんなことをふと思い出し……、変わらぬ陽光に照らされながらも、言い知れぬ不安が脳裏をよぎった。
お読み頂きありがとうございました。




