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48 各々の春と、ある晴れた日のありふれた日常

 すでにベルザル大公国では少ない食料を巡って四分五裂の内乱状態となっている。


 少ない食料を求めて各地で軍事的衝突までが頻発し、より一層食料が少なくなるという悪循環に陥っていた。『奪わなければ食えず、生き残れない』という末期的段階にまで達し始めているのが現状であった。

 もはや小規模の町、村などは維持することもできず、中規模都市に流民が流入し始めて治安も悪化し、商人すらも立ち寄らなくなりつつある。そしてその中規模都市の住民でさえ、居住地の都市から更なる大規模な都市、最終的には公都へと流出し始めている。受け入れる各都市側も食糧事情が急速に逼迫し、もはや瓦解を食い止める術がなくなりつつあった。


 それでも目端の効く者や、状況をよく観て成り行きを見守っていた者達は、家財一式を持っていち早くラルキ方面へと流れていく。それを見た者達も選択を迫られた。


 戦乱の世になりつつあるのは誰の目にも明らかだ。家人総出で移住することなど生涯で幾度もない。そのうえ内乱ともなれば、それこそ移動することさえ危険が伴う。おそらく移住地が終の棲家【ついのすみか】になるだろう。妻や子供達のためにも、よくよく熟考しなければならない。移住先で定着し生活基盤を整えるにしても、まずは『政情が安定している事』は必須である。


 そのように考えれば選択肢はおのずと限られてくる。

 諸宮のなかでもイザヨイは別格ではあろうが、さすがにダンジョンともなれば、気後れしてしまう。

 かと言ってベルザルの各諸侯では、心もとない。

 他国は、余りにも長距離の移動のため現実的ではなく現状では無理筋であろう。

 よって、現実的な選択肢として挙がるのは、悪辣さが目に付く『ベルザル本領』か、新興の『ラルキ』の二つしかない。


 確かに良い評判はこのところ聞かないベルザルではあるが、建国されてから百四十余年余りが経過。曲がりなりにも『国家としての体裁』を整えてはいるのは確かな『強み』ではある。しかしながら『現在の危機』を自ら招き寄せた悪辣さは隠し様もないほどに際立っている。加えて内乱含みと言う『現実の危機』を如何にして乗り越えられるかに『国家としての存続』が賭かっているのだが……、勝ち筋は『薄い』のではないかと言わざるを得ない。なにせ各地域が離反しつつある現状で、統治基盤を再構築し戦力の再編を行わなければならないのである。至難としか言いようがないだろう。

 しかも隣国たる獣人主体のグラン王国との国境から、国境防衛を担う軍部隊がベルザル本領へと撤退したため、更に公都の食糧事情が逼迫している。

 この部隊をあのまま置いておけば、此れは好機とグラン王国の攻撃を受ける可能性があったのだ。それのみならずラルキからも攻撃されれば、事実上挟撃される事になり、壊滅する恐れすらあった。また内乱を乗り切るためにベルザル本領の軍事力を高める見地からも撤退をさせたのだが、この部隊が持っていた手持ちの糧食等すぐに底を尽いた。結果、実力を伴う軍団が公都内に駐留しているという、見方によっては、とても『危険な状態』にあった。その為、軍に食料が優先的に配給されたのだが、それは市中の者達の不満を蓄積する結果ともなっていた。 


 一方のラルキといえば建国間もない新興国ではある。だがその陣容たるや充分に刮目に値する。殊に大流行中の絵巻で高く謳われた『仁愛のリーナ』と『清涼のエミナ』、そして名高き『高潔なる剣聖』と言った顔ぶれは目を見張るものがあり、民衆の支持も絶大。またダンジョンの傀儡ではないかとの疑念も、避難民を護るために血を流すことを恐れずに、自らの軍勢で先陣を切り単独で『暴虐の徒』に打ち掛かったことで払拭された。傀儡国ならば戦線が無秩序に急拡大し、収拾できなくなる恐れのある戦闘を『許可されるはずがない』からである。

 そして独立国家として正式に要請するという手続きを取って『各ダンジョン国家へ助力』を求め、暴虐の徒を打ち破る快挙を成し遂げた。この戦勝で各諸宮国と友誼を通じ、高じて相互防衛協約と通商条約を締結する段にいたり、グラン王国からもラルキ国として承認を受け『外交関係が樹立される』に至っている。この事は広域に渡る通商路が開かれた事を意味している。反面で、ベルザル大公国は最短距離での主要通商路から外されてしまい、迂遠な通商路を通らざるをえなくなった。地味ではあるが広汎な品目で『価格上昇』がみられ、経済活動に大打撃を受けることになったのだ。


 なぜ一介の商人、それも移住しようなどと考えている商人が、これ程までに『内情に通じている』かというと、これまた吟遊詩人が今度は『時世諸報(通称、かわら版)』という薄い皮紙を持って、各地を廻り詠み謳っているからだ。しかも真似されるのを見越してか、『ちゃんと自分で裏付けを取るなり、考えるなりしましょう。皆さんは道化ではないのですから、笛の音でただ踊るのはやめましょう』などと、啓発・啓蒙活動までしている。


 そのほかにも色々とあるが、それらを自分なりに考えても……、『ラルキ』一択という事になる。

 恐らくは同じ結論に達した移住者の列が、そこかしこで見られる。


 そして、そんな列をラルキは迎え入れるが、既に都市内部で受け入れられる許容人数を超過しており、城壁の外での市街地整備が急速に進展されていく。そして膨れ上がる人口を支えるために、同じく郊外に『広大な農業区域』を設定して開墾も同時に行われていったのだった。

 その開発・整備・開墾とて、悠長に人力で行っている暇がないため、急遽マキナ装甲機兵が土木工事に各種工事、さらに開墾にと従事して精を出すという不思議な情景が広がっていた。

 必然、見かける頻度も急上昇しており、当初のような恐れよりも『こりゃ、スゲェ~!』と言う感想とともに、なにやら『頼もしさと親しみやすさ』すら持たれるようになっていく。


 元来がラルキは、交易通商路を抑える目的で平野が広がっているところを選んで建設されている。そのため立地も良く拡張性にも富んでおり、またダンジョンとの緊張関係がほぼなくなり、獣人たちへの感情も好転したためグランからも商取引のための商隊が来訪し始めている。さらにはこの商隊は各ダンジョンへと足を延ばし始めて商圏を拡大。それを見ていた他の商隊も各ダンジョンへと赴き、経済活動が俄かに活発化し始めていったのだ。


 またラルキ政府も『労賃賦役』という新政策を実行し、さらに好況が加速していく。

 この『労賃賦役』とは従来の無賃での強制的賦役ではなく、労賃を出しての賦役という従来にはない施策であり、その眼目【がんもく/要点】は無職者対策と市中への貨幣流通、さらに公共財の整備、商業振興、という四方一両得な策であった。副次効果として税収増も見込まれている。

 これらの施策は詩織と弥生が献策し、エミナが調整してリーナが国王として布令を出して執行するという流れで実行されたのだが、これが起爆剤となり、もはや発展は誰の目にも確定的になった。更にその余波として、各諸宮まで好況状態になっていく。


 さらにかつての領地を媒介とする封建体制を一旦解消し、土地の所有を王政府に一時的にせよ集約させて入り組んだ私有地を解きほぐしていく。

 これで街道上に勝手に私関をおき、通交税や物品税と言った私設税の徴収を完全に廃止させていく。

 また代官をおいて財貨での俸禄体制へと移行し、国内法を整備していくという強硬手段を実施していった。

 (かつての領地付き貴族領主は領地付きではなくなったが、法衣貴族として依然と爵位は有しており、王政府の代官として各地の施政を担当するという名目で、同じ領地に留まることになる。また財政的にも、かつて有していた領地からの額面総収入という観点からは確かに減少してはいるが、総支出(開墾・防衛・訓練・公共財整備・治水・通商・冠婚葬祭など)という観点からも同じく減少しているため、差し引きで観れば実質的実入りは増収となっていた)


 これらの強硬策は、経済が好況で活況に満ち、拡大が続いている現在だからこその手段と言えた。経済の停滞や景気の後退局面で改革を断行しようとしても『不平不満を吸収できない』と判断したからである。

 事実、当初はかなりの不満や抗議が奏上されたが、すぐに取り下げられた。いまこそ、いまだからこそ経済活動に勤しんだ方が良いと皆が判断したからだ。

 見方を変えれば『皆が皆、同じ開始時期』なのだから、抗議などに現を抜かす【うつつをぬかす/ある物事に夢中になるあまり、心奪われて現実を見失っている様子】あまりに、『周りの競合者から出遅れる』などあってはならないと気がついたからだった。


 また経済や商いに不得手な者は、各地の行政官として任官する選択肢(ここで移動往来の自由が効いていた)もある。また逆に数字に明るい者は厚遇されたり招聘されることもあり、結果としてそれほどの大きな混乱はなかったのだった。


 それでもやはり『土地に執着する当主』達もいたが、穏当に病気療養につき当主が交代する旨の届け出が、『新領主』により行われていく。

 ここで下手に抵抗したとしても、無意味であるどころか『心証を害して有害だ』と悟ったからだった。


 ・

 ・

 ・


 ラルキが変革の時を迎えつつある刻、ラルキ近隣の各領もまた判断を迫られ始めている。

 ベルザル本領からの無理な要求(食料・物資・兵員の供出)が届けられて、その対応に苦慮する領地が続出し始めているのだ。しかも現在において各地域が相争う『争乱・内乱状態』に陥っており、有力な諸侯などは『ラルキに続け!』とばかりに独立の機運が急激に高まっているのだ。

 そんな状況下では、それこそ『いつ全面的な戦乱に巻き込まれる』か、わかったものでない。

 攻め込む理由などは『窮地に陥り、止むをを得ずに打って出る』か『今こそ好機と打って出る』かの違いだけであり、大義名分などは後付けでも良いのだ。


 そんな状況で『食料・物資・兵員の供出』に応じようものなら、どうやって自領を護るというのか?

 たとえベルザル本領が代わりに防衛の任に就くと言ったとしても、ラルキでの『あの凶状』を鑑みるに、期待どころか……、ベルザルの軍を招き入れる事は『とてつもなく危険』なのではないか?

 戦乱に巻き込まれるのも御免だが、ベルザルの国軍に自領が荒らされる事など『とても許容する事など出来ない』のは、言を俟たない。

 かといって、このまま様子見など出来ようはずもない。

 よしんば己等は『様子見でも良い、もしくは様子見が良い』のだとしても、他の者らが『そんな選択は許容しないし看過もしない』だろう。

 最悪の場合『お前達で決断できないのならば、我らが代わりに決断してやる』等と攻め込まれる口実にすらなりかねないのだ。

 故に、この難儀な状況に『どうすればよいのか?』と右往左往しており、様々な悲喜劇が催されているのが、現状と言えた。



 たとえば、ある中規模の貴族家では……


「父上、ご決断を。我が家の存続が父上の英断にかかっているのです。何卒ラルキに服属する旨の使者をお立て下さい。もはや時機は今しかありません」


「ラルキ何某【なにがし】などという凡俗伯爵と我が伯爵家を同じに見るでない! 我らはベルザル建国時より続く名家である。一時的に大きくなった者等すぐに萎む。萎んだのちに我らが逆に服属を持ち掛ければよかろう」


「正気ですか?! ベルザル本領は今この時も、我が領に物資の供出を求めているのですよ! 我ら貴族でさえ満足に食えない状況で、民の事もお考え下さい! 飢饉一歩手前なのですぞ!? このままでは領民の流出さえ危ぶまれるのですッ!」


 絵巻に言う『あの凶状』を行ったベルザルに物資を送ったところで、際限なく要求されるだけだ。もし拒絶なぞすれば、それを口実に攻め寄せてくるかもしれない。もっとも供出できる食料とて、もはや底を尽きつつあるのだが……。


「では、移動を禁じれば良かろうて」


「なんですと? ……(こ、この人は……、時世と時流が読めないのか?)」

 父のかつての英明さはもはや鳴りを潜め、頑迷さだけが目に付く。


 領民に既に広まっている『絵巻』と『かわら版』で、違う選択肢が示されているのだ。今までの様に領主が示す『唯一の選択肢を選ぶ』か『死ぬ』しかないという実際は選びようもない選択から、第三の選択肢(つまりはラルキへの移住)が示されているのだ。その第三の選択肢には、すでにラルキは独立しており『各種自由が宣言』され、そして少なくとも生きてはいけるという内容が記されているのだ。そして、その第三の選択肢(ラルキへの移住)を選べば、当人たちの未来が開ける。開けた後は、当人の『やる気と才覚』次第。

 対して領主の示す方針が『未来や可能性を感じる』方針ならまだ良い。これならラルキへの移住という選択肢とで、秤にかけられることもある。だが現状、方針も策もなくただ傍観しているだけ。己では大局を計っているといっている等と言ってはいるが、実態はまさに傍観しているだけなのだ。父上には報告はされていないが、夜陰に紛れて、既に領内からの逃散が出ているのだ。行先は言わずとも判っている。

 ……誰だって座して死を待つなどしたくもないし、できもしない。


 このままでは……。

『いま、やるべきか……やらざるべきか。それが問題だ』


 そんな事を賢しげに考えている自分に、思わず自嘲の笑みが浮かぶ。

『……これでは傍観しているのと同じではないか……』


 そんな中、ふと視線を周囲に流してみると『デキる』と評される執事が眼を瞑り、苦悩している姿が見えた。

 そしてそんな執事が徐に目を開くが、図らずとも思い悩んでいた私と目が合った。

 そして、小さく私だけにわかる様に僅かに『頷いた』のだ。


 そう……か。……もはや、道は定まった。


「父上。父上はお疲れの様です。僭越ながら療養していただく。その間は不肖ながら私が公務を代行します。おい、父上を自室に御案内し『手厚く(・・・)見守り』をして差し上げろ!」


「な?! なんだと!? い、一体何の……は、離せ! わ、わたしを誰だと思――」


 引きずられながら、執務室から連れ去られて行く父を見据える。

 やがて、その姿も観えなくなり罵声も途絶える。

 そんな中で、父が今しがたまで座していた場に己の身を移すが腰は掛けず立ったままである。

 そして、この場に居る者達に、ゆっくりと確かに聞こえるように問う。

「いまから、束の間ではあるが目を瞑る。従えない者は去るが良い。その責は問わないこととする」  


 政務に就く者達は、事の成り行きを黙ってみていたが、デキる執事が前に出でて臣下の礼をとる。

 それに追随する者もいるが、一礼して退出する者も確かにいたようだった。

 数瞬の後、眼を開けてみれば八対二で残った者の方が多いか……。

 離れた二割の行く末が気には掛かるが……、いまは我らとて生きなければならない。


「各位に感謝する。ラルキに急ぎ使者を出せ。服属するので協力を要請するとな。この責は、私が『唯一人で負うもの』とする」


 ・

 ・

 ・


 《 イザヨイ宮ライフィン街 街長室 》


「街長……いや、長殿。出陣の準備は整っております。いまこそ、いまこそ我等の力を見せる時かと!」


「ふむ……そうか。ならば……いや、まて。未だ、未だ刻は満ちず。まずは使者を待とうぞ」


「く……。判り申した。長の判断に従いましょう」


「「……」」


「……な、なぁ、爺よ。この茶番というか寸劇を毎年する必要があるのか? 正直、無用だと思うのだが?」


「何を言われます!? ライフィンの里はイザヨイに屈したのではありませぬぞ! あくまでも親交と友誼を結んだのです。断じて、美酒の製法(蒸留酒)や玉鋼の製法(たたら吹き)に目が眩んだのではありませぬぞ! 断じてお間違え無きよう!そもそも――」


 街長の補佐、いや、いまだけは家宰? 重臣? となるのかな? だからと言って呼び名まで『爺』にする必要はないのではないか……。その爺が力説しているが、その手には蒸留酒がなみなみと注がれた盃……いや、大杯をしっかと握っている。そして顔が、少々赤い。


 これは飲んでるな……、というか飲まなければ、この寸劇は恥ずかしすぎてやっていられないと言う事か。

 羞恥心を抱かざるを得ないほどの芋芝居ならば、なおの事止めればいいのに……。


「――なのです。だからこそ、こうしてイザヨイ本宮のみならず領内……、んん、失礼……近隣各地からの使者が、その慶賀を祝して毎年来るのではありませぬか!」


「使者……ねぇ~……」


 甲虫の翅で作られる窓から見える大通りの道には、各地から来訪した使者達……もとい観光客が大勢見えた。そして商人もいる。それもかなりの数だ。そして観光客の目的はといえば、明白だ。

 例年挙行されている『春会祭り』の見物と『商談会』への参加が目的だろう。

 今年は特に多い。ラルキとの通商路が開かれたからか、人族の国からも来訪しているのだろう。


「まぁ~、なんにせよ、盛況なのは良い事でしょう。さてと、これにて通例の『儀礼的非公式行事』はおわりましたので、早速に街に繰り出しましょうぞ!」などと、突然口調が砕けたものになり、そわそわとし出す補佐をみて苦笑してしまう。


「おい、出陣云々はどうしたんだ?」


「いやですよ。そんなことして何の意味があるんですか? 飯は旨いし、酒も美味い。新技術は開発され、仕事も捌き切れないくらいある。商品も売れ行き好調。人口動態も安定しているし、訓練はあるが徴兵動員はほぼ皆無。一体何が不満なのですか? もしかして、本当にイザヨイに挑むつもりなのですか? 謀殺……いや、事故死したいのですか?

 それとも『旅に出ます、探さないでください』と置手紙をおいて、私に「そういえば、最近、仕事に悩んでいたようです」と証言させたいのですか?」


「え? それって、死出の旅に出ますって意味じゃねーか!」


「え? 違うのですか? ……まさか本気で他国に奔る気ですか?

 そんなことはやめておいたほうが良いですよ。

 ダークエルフたちに追いかけられるのならまだしも、ハンゾウ殿に追いかけられたら逃げ切れないうえに確実に始末されますよ? さらに運良く……というか運悪く? 最近復帰されたというシャーリン殿に引き渡されたら、実験と称して『違う生物』にされてしまいますよ? 

 ……それに私も、イザヨイ本宮へと急ぎ報告しなければなりませんし……」


「おい、正に絵に描いたような忠義の士じゃねーかよ! いったい、どっちに忠誠心があるんだよ?!」


「へへへ。いやですよ、旦那。あたしゃ、しがないドワーフでございますよ? 依らば大樹の影、元の給金の出所はイザヨイ親方ってことですよ。ふへへ」


「わかった、わかった。だったら、あの茶番というか寸劇をやめよう。な?」


「断じてなりません! 平和に呆けるのと、判って心服するのでは意味が違います!」


「う、う~む。なら最近よく聞くその変な口調をやめろ。絵巻芝居の見過ぎじゃないのか?」


「いや~、あの絵巻芝居って奴は、大層面白いのですよ! 街長も見られたでしょう?」


「あ~、まぁ~な、確かに面白いよな。最近観たやつのなかじゃ、『天誅、確殺仕掛人』ってやつは一番だな」


「はぁ~~? 一番は『影の七衆、必滅仕事帳』でしょう。あなたの眼は節穴ですか? その御年で肥と糞の見分けすらつかないほど眼力が衰えるとは……全く以って嘆かわしい……」  


「こ、肥と糞? だと? ほォ~~、言ってくれるじゃないか……。表へ出ろ。わからしてやる」


「小僧が、何だその口のきき方は。 ……教育が必要なようだな……」


 街長とその補佐役は双方に貌を朱に染めあげて、いがみ合いながら大通りに出てきた。

 そんな二人を観た街衆は、見慣れた光景なのか驚きもせずに、場所を整えてられていく。

 そしていつの間にか、賭場まで設営されていた。

 そんな賭場では、その勝敗を賭けの対象とする私設の賭け屋が手に持った鐘を鳴らしながら、声を挙げていた。


 カランッ、カラン♪

「いつものが、始まったぞ~! さぁ~さァ~、張った張った!」

「俺は、街長に3口だ」

「私は補佐殿に5口よ」

「前回は大損だったぜ。……街長に……いや補佐に3口だ!」

「俺は――」

「あたしゃ、――」


 ・

 ・

 ・


 《 イザヨイ宮エルザードの里 》


 静寂に包まれるも、その場に張り詰めた雰囲気が尋常ではないことがわかる。

 そして、静寂を破る音が短くも鮮烈に響く。


 パチッ……。


「……(ギリッ)……」


 ほんの微かな異音は、苦渋で歯を噛み締めた音だろうか。

 微かな雰囲気の変化が訪れるも、ほどなく訪れる静寂の刻。

 遮音結界と遮光陣で外界と隔てられているその部屋には、二人が対面で座している。 一人は静かに額に汗をかいており、いま一人も同じく汗をかいている。しかしその様相は一方とは明らかに異なっていた。

 手を額にやりながら小刻みに震えており、その手指は己の髪をせわしなく撫でつけている。そして目から放たれる鋭い眼光はただ盤面のみを見つめていた。


 そしてその部屋の外側にいた者達は、そんな二人を固唾をのんで見守っていた。

 そして音が鳴り響くと、盤面を上方より映し取り遮蔽結界の外側に投影している映像盤を見て、手元の書付に素早く書き込み、誤りがないか確認の後に静かに部屋を出ていく。

 大樹の洞に拵えられた部屋から出た瞬間、樹々の間に渡されている手摺のついた露台バルコニーに、燦々と降り注ぐ陽光を浴びまぶしそうに眼を細める。

 やはりここには『天幕を張って陽光を緩和すべきだろう』とも考えるが、同時に自分を注視している観衆からの熱い視線に思わずたじろぐ。

 しかしながら、たじろいでばかりではいられない。その熱い視線が『自分に向けられていたのならばそれほど喜ばしい事か』等と考えてしまうが、すぐに正気に戻った。危険な圧力が感じられていたからだ。

 慌てて、口を開こうとするも『ここで間違えてはならじ』と、まずは手元の書付に目を通してから、声を張り上げる。


「7六、歩打ち! 7六、歩打ち!」


 八一マスに区切らえた超巨大な盤とでもいうべき代物が、樹々の間に出現している。だが、それは縦横に渡された縄で再現された八一マスの盤であり、同じく駒を模した板が其のマス目に掛けられて、盤面上での駒の配置が再現されている代物だった。そんな盤面では、新たに告げられた棋譜通りに駒が進められていく。


「「……?!」「へ?……うぉッ?!」「う、う~む。そうきたか……いや、しかし……」「くくく、俺の読み通り」「ふふふ。その歩は我らの手勢(持ち駒)のなかでも最弱!」「ぷッ、今の誰だよ? 良質な笑いを誘ってくれるじゃね~か!」「いやいや。歩を笑う者は、歩に泣くというぞ。事実、この一手は厳しい」「確かに、この一手は厳しいな。中陣が厚くなってエムは苦しくなった」「さっきの迷った末の悪手で、後れを取ったか」「え~……、そうくるか。だとすると応手は――」」等々。


 ある者達は手持ちの小さな盤に駒を並べて論じ合い、またある者は意中の者や連れに対して今の一手を説明をしている。またある者は観戦から感想を述べあい、転じて白熱した末に、どちらが将棋で強いかを確かめるために、近くの茶屋に盤を持ち出して興じ始める。

 皆が好き好きに、そして喧々諤々と論じ評し興じている。 


 しばらくすると、エムの担当らしき若者が出てきて徐に告げた。


「5三飛成り! 5三飛成り!」


「「おいおい、これはどういう事だ?」「この劣勢、挽回するには間に合わないと観ての急戦か?」「……」「くくく、俺の読み通り」「ほんとかよ?」「きた~、龍王たん!」「勝利は常に前に進む者のみに与えられるってか? 豪気だねぇ、だが、そこに痺れる、そして憧れ――」


 観戦している皆が喧々諤々と評しているなか、ある若者が力が籠る声で、さも意味ありげに小声で呟いた。


「(勝ち筋が)観えた、白(後手)か!」   


 将棋を始めて、まだ日が浅く深くは読めない。どちらが優勢なのかも実は、よくわからない。

 ……だが、このように呟くことにより、『俺って、かっこいい!』と自分の虚栄心を満足させたのだ。

 しかし、その小声はなぜかとてもよく響いた。

 ……周囲の女性エルフは、己の巻き布 (スカート)や胸元を抑えてその若者を睨みつけたのだ。

 そんな彼といえば、この女性エルフから『睨まれたこと』を異なる意味として受け取ってしまった。

 ……睨まれたことを『凄~い! この人、あの局面を深く読めるのね!』とか『ほォ~、この局面を読み切るか……。こいつ、デキるな』と、自分に向けられる羨望の眼差しであり、憧憬の念を抱いているのだと取り違えて受け取ってしまったのだ……。


 そしてまだ若い彼は、この誤った認識から更に間違えた行動をとってしまう。

 殊もあろうに、その女性エルフ達にだけわかるように、口元だけ微かに笑みを浮かべたのだ。

 その笑みはまるで『俺ってすごいでしょ? だけどそんな俺を見つけた君も凄いと思うよ?』とでも言いたいかのような『共に認め称え合う笑み』であった。

 だが、げに恐ろしきは『時と場所と状況』である。この『認め称え合う笑み』を女性エルフ達は『うっひょ~ッ! くゥ~、白だよ、白! 眼福、眼福~♪ こいつァ~、粋な逸品ですな、ヌフフッ~」のような淫靡な妄想に悦っている下卑た嗤いと捉えた。

 この誤解を更に招くような行動を見て、女性エルフの数人がそっとその場を離れていく。


 ほどなくして、


「警備! この者です! ひっ捕らえて――」


「君。ちょっとそこの番所まで来てもらおうか」

 強面の警備がゆっくりと近づき、静かに促してくる。


「え?! ちょ?! 僕は何もしてない! ご、誤解だ! は、離せ――」

 有無を言わさず連行されていく若者。


 それを見ながら女性エルフが満足そうに言う。

「ふふん♪ ――『世に悪の栄えた試し無し』――、滅びるのです」


「あ~?! その台詞ッ! この前、観た『諸国漫遊必殺伝』のやつでしょう? 私もみたよ!」


「ほんとォ~! あれ面白くて、三回見たのォ~!」


「きゃ~、あたしも! 次回作が楽しみで。あ、良かったら……今度一緒に観に行かない~?」


「行く行くゥ~! あたしさァ、あの場面が好きでさァ~」


 と言うや否や、可愛いらしい顔を懐より取り出した扇子で半分隠し、眼を細めてなにやら悪辣な雰囲気を一生懸命創り出して台詞を言い始めた。


「ぬふぉ~ふぉふぉ。エ・チーゴ屋。この菓子箱、随分と中身が詰まって重いようだが?」


 それに応じるように、一方の女性エルフがこれまた揉み手をしながら、あくどい雰囲気を一生懸命創り出して言う。

 もっとも二人とも容姿が可愛いらしいためか、全く悪巧みをしているようには見えない。


「お分かりになられますか? さすがでございますなァ~。その菓子は、お大臣様の趣味に叶う山吹色 (黄金色)の特別な菓子が詰まっておりますれば」


「ぬふふふ。そうか、そうか。いつも悪いな。しかしお主も……、悪よのォ~」


「いえいえ。私など、いまだ未熟者でございますよ。世事に疎い輩などは私の事を陰ながらに『政商・黒い商会』等と称しておりますが、世事万端・世の理を円滑に廻すには『現物』もまた必要。世の中、綺麗事だけでは、なかなか廻りはしないのです……。そんな現実を観ずに、無駄な議論、いや議論をしたという演技で時間を弄し、苦渋の決断であった等と弁明するなど、正に愚行の極み。その事もわからず自己満足と自己欺瞞で悦に入り、他者を糾弾するなど滑稽の極致。真に世の調和と発展を願い、泥をかぶってでも国士たらんと切に願うこの私を評して『世に悪の栄えた試し無し』と論う【あげつらう】とは。その点、お大臣様は世事万端に通じておられる。さすがの一言にございますな。これからもお大臣様とは、太く長く末永くお付き合いを願いたいものです」


「うむ、うむ。わかっておる、わかっておる。お主が陰に陽にと何くれと奔走しておるのも、知っておる。お主が救民施策や孤児対策で私財を投じ、かたや山道・水路の整備に巨費を投じて雇用を支えているのもな。一方で、安価な労働力としての奴隷が安定供給されないなどと反発している商人どもの存在も了知しておる。奴らはただ国に要求するだけで『自らが出来る事や協力の申し出』すら提案することもせぬ。たまに何かを囀【さえず】ったかと思えば妄想の類。そのうえ『やれ前例が、やれ慣習が、やれ伝統が、やれ熟議だ』等と先延ばしを図る始末よ。その一方でお主達は、自分たちが何ができるかを述べ、共に歩もうとする。国が民のために何をしてくれるのかを問うのではなく、民が国のために何を成すことができるのかを問うてくる。そして我等施政を行う者にも自らを律することを求めてくる。そしてその言の葉は、我が身を律する良き機会ともなる。お主とは長い付き合いになろうの~。エ・チーゴ屋よ。」」


「暖かき御言葉を賜り、感無量にございます」


「うむ。しかし泥をかぶってでも行動する者に『世に悪の栄えた試し無し』などと糾弾するとはな……。だが、おなじく『世に悪の栄えた試し無し、されど悪の滅した試しも無し』とも言うではないか。この浄財、有効に使わせてもらうとしよう。そうよな、まず救護院と孤児院、それと職に就くための訓練施設と紹介所辺りから手を付けるか。どうだ、エ・チーゴ屋よ。」


「『世に悪の栄えた試し無し、されど悪の滅した試しも無し』……、なんとも至言でございますな。其れに各施策をすでにお考えとは……いやはや、……これは一本取られましたな!」


「うむ、うむ。苦労を掛けるが、この調子で悪徳業者を踏み潰し、不正利得で得た蓄財を一切合切奪ってしまえ。闇を糺すのには『強き光と濃き影』が必要なのだ」


「万事お任せを、このエ・チーゴ屋、影となりて闇を払いましょうぞ」


「「ふ、ふはははは~」」 


 相当な長台詞を覚えるくらいには気に入っているらしく、華やかな声で歓談しノリノリで即興劇を行う女性エルフ達を横に、老若男女を問わず銘々が思い思いに楽しんでいる。

 ある者は将棋を観戦し、ある者は即興劇に声援を送り楽しそうにしている。


「投了! 投了! エムが投了! 釀成月かみなんづきの勝者はリットだ。釀成月かみなんづきの代表は、リットに決まったぞ!」


 遠くで微かに将棋の勝敗を告げる声が聞こえていた。

 平和だった。

 ある若者を除いては……


「は、離せー! 誤解だ!」


「わかった、わかった。みんな、最初はそう言うんだよ。最初はな。お前はまだ若い、興味があるのもわかるんだがな。覗きはいかんぞ。覗きは。そういうのは彼女とか、嫁にだな――」


「だからー、違うって!  俺も含めて皆が立って大盤みてるのに、どうやって覗くんだよ?!」


「言われてみれば……それもそうだな……。お前、なんで紛らわしい行動や言動をするんだよッ?!」


「なんで、俺が逆に怒られてるんだよ! 怒るのは間違えられた俺の役だろうが!?」

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