41 開城と接収の余波
《ベルザル大公国執務室》
―― ラルキ城市陥落の報せから二〇日が経過したある日の昼過ぎ ――
「――軍将及び第七歩兵団、戦線より離脱。第一重装歩兵団、投降。第二重装歩兵団、投降。第三重装歩兵団、投降。第一軽装歩兵団、壊滅的損害、投降。第五軽装歩兵団、戦線より離脱に成功。第二騎兵団、投降。大型弩弓十五基、全損放棄。聖堂団及び従軍司祭殿、いずれも投降を拒否し自裁。同聖堂騎士団、壊滅。第六第八第九弓兵隊、投降。ラルキ領軍を中核とする諸侯軍、壊滅的損害――」
ダンジョンからの侵攻を受け迎撃に出撃した軍の戦果……否、損害報告を朗々と読み上げる軍幹部。そんな報告を受ける側といえばベルザル大公と第二公子、その報告を傍聴する軍高官と騎士総団長と光神教会関係者。皆一様に感情が高まり、その身を一様に震わせていたが、それでも報告は続く。
「進撃したダンジョン勢は『ラルキ城砦の占領を企図している』とラルキ政庁は判断し、係る事態に対しラルキ城砦にはもはや十分な防衛戦力がないことから、無血開城に決したとのことです。またその際に、伯妹殿下は我が身を呈して『人質』となり、無血開城に伴う略奪などを止めさせたとの事。伯妹殿下は、いまもなお城内に留まっているご様子です。また無血開城策について、無理な抗戦及び籠城は、ラルキ解放後の復興に致命的な支障を被る事からの『苦渋の選択である』と、伯妹殿と家臣団からの上申書が上がってきております。
なお、ラルキ城砦に備蓄されていた軍需物資類、軍資金はダンジョン勢に接収された模様。現在ダンジョン勢は城砦に駐留したことが確認されております。この点に関して、ラルキ領全域に展開する様子はなく、ラルキ城市のみを占領しております。また市内の領民に危害は加えられておらず、略奪も行われていないとのことです。そのため通常であるならば、市中内外・周辺域を問わず越冬は可能です。また耕作地に塩を撒くといった破壊工作もありません。
この時点では、冬季の食料や薪等の備蓄に不足はありませんでした」
「……」
「ダンジョン勢に降った軍の将兵数は現在集計中です。同じく捕虜の返還に伴う支出についても現在概算で集計中です。またこれに関しまして、貴族の各家や名家の方々から何らかの支援、特に財政上の援助を求める嘆願が出ております」
「……」
「またラルキ領についてですが、増援として急派された軍は、トタルの森外縁部にて再編中の残存兵を吸収しつつラルキ領内にて布陣しております。ですが無断で軍中より離脱し近隣の町村を襲撃し略奪や暴行といった軍規違反を行う件が続発しており、不満が急速に高まりつつあります。『ダンジョン勢でさえ行わなかった蛮行を、なぜ国軍が行うのか!?』という抗議が続発しており、その抗議を抑えるためラルキ領民に対する更なる私刑【リンチ】が横行しております。
これらに関しましてラルキ伯妹殿と家臣団より抗議文が、また同じく危難を逃れた貴族家などからも抗議文が寄せられています。また光神教会ベルザル大主教区管区長より此度の聖堂団壊滅の報せに関する抗議文と共に、光神教会教皇猊下の聖名で発出されました『ラルキ司教区教会に対する速やかなる保護』を求める要請文が――」
ベルザル大公は、聞いているのか聞いていないのかさえ分からない表情をしていた。
過日、増援として急派された軍と入れ違いに、第一の戦報を携えた伝令騎兵が駆け込んできたのだ。
その伝令騎兵は馬を乗り換えて夜を徹して駆け通したのか、伝令文を渡すと同時に倒れてしまい、口頭による仔細な報告が行われなかったが、重要な事柄は伝令文に記されていた。
早速、その伝令文を目に通すや、ベルザル大公は大声で――「なぜ、なぜだ?! なぜ出戦を?! おお、なんという事だ……。おお……わが軍を戻すのだ。軍団を返してくれ!」――と、悲痛な叫びをあげ、さらに日を置いて届けられた追報の内容といえば「敗戦」を伝えてきた。この時点でベルザル大公は倒れてしまったのだ。
更に続く追報として、「ラルキ城砦陥落、備蓄物資・軍資金接収される」との報せが届くや、再び意識を失い臥せってしまったのだった。
そして本日の報告を聞くために、意識のないまま身形を整えられた上で、席に座らされていた。
「なぜラルキ領内で、増援として派遣された軍による略奪が行われているのか、その原因は判っている。……問題は、止める手段がないということだ」
「まさかラルキが陥落、備蓄物資が接収されているとは……。急ぎ派遣したのが裏目に出ました。ラルキにて物資を調達する算段で、行軍時の糧食分しか持たずに急派したため、増援軍の糧食が底をついています。現状では、ラルキ領内より撤退する余裕さえありません。逆に撤退させるための糧食を送らねばならないほどです。このまま冬を迎えれば増援軍のみならずラルキ全域で飢餓が起こり、何が起こるかさえ予測できません。現在糧食を始めとして軍需物資をかき集めております。なんとしても派遣軍に追加の糧食を補給し、ラルキ領内より撤退させるべきです」
「追加の糧食は公都の備蓄から供出するが、それとて足りぬかも知れぬ……。それに、ラルキ領はどうする? すでに飢えた我が軍により略奪が行われているのだぞ」
「……ラルキ領にも物資を輸送しますが、増援軍のみならずラルキ領全域までとなると、十分な量を用意はできません。すでにラルキ城砦は敵の手中にあります。……苦渋の決断ですが、ラルキ領全体を自治都市として独立させ、支援金を給付して自助による越冬を行わせては――」
「き、きさま! 言うに事欠いて何を言い出すかと思えば! それは、ラルキ領に『死ね!』というのと同義ではないか!」
各人が、当惑と困惑と共に喧喧囂囂【けんけんごうごう】の論を披瀝していく中で、この突然の提案に、まるで首を長くして待っていたかのように教会関係者が発言してくる。
「ラルキの住人は、無血開城という恥知らずな決断をした愚か者達です。また匪賊の徒はラルキ司教区教会をも破壊した不信者です。そのような不敬な者たちは、自らの過ちを糾されるべきなのです!」
「なんだと? ……ラルキ司教区教会を破壊したかまでは、まだわからないだろうが! 大体、ラルキ司教区教会にため込んでいた『あの物資と財貨の量』は、何なのだ!?」
這う這うの体【ほうほうのてい/這い出さんばかりに慌てふためいて逃げ出す様子】で財貨・物資を抱えてベルザル本領に逃げ込んできたラルキ司教区教会関係者の顛末は、報告に上がってきている。ラルキよりの避難・脱出を選択した領民達から『治療代』『祈祷』等と称して金品や物資を巻き上げていたことも、その報告には書かれていた。
「確かにラルキ司教区教会が破壊されたかまでは不明です。しかし神聖なる教区がダンジョンなどと言う匪賊に等しき者達に『踏みにじられる』という事自体が、既に大罪なのです。また、そのような開城を傍観していた住人とて、それは同罪と断じられて当然なのです。また司教区教会にあった物資と財貨は敬虔な信者の喜捨です。おお、そうだ! 良案があります。ラルキ領を光神教会に割譲するのはいかがでしょうか? さすれば、光神教会の威光により、たちどころに諸問題は霧散するのではないでしょうか?」
「なんだと? てめェ……」
第二公子は怒りのあまり、感情が一周したのか逆に冷静になる。そして瞳が怜悧な輝きを増していくと共に、眼が細まっていく。それに比して部屋の温度が急激に下がっていく感じを捉えて自重するということはないようで、更に教会関係者の独演会が続行される。
「これはこれは、そのような下々の下賤な言葉をお使いになられるとは……。いくら御母堂が平民とさして変わらぬ下級貴族出の御側室とはいえ、度が過ぎておりますぞ。やはり由緒正しき御正室の血脈に連なる第一公子様が公太子としてふさわしいかと――、」
教会がここまで増長して強気なのには、理由がある。
大公が二度目に倒れた際、医官も呼ばれたが教会からも高位の司教が呼ばれ、治療にあたっていた。
その際の治癒術に手心を加えており、加えて大公が余命幾ばくも無いと分かっていたのだ。
そこで、現在教都に留学という名の人質に出されている第一公子を、公太子に就けようとしているのだった。
この第一公子は幼いころから留学していたため、教会の熱心な信徒になっており司教位に叙階されていた。
当然この司教位も光神教会にとっては有利に働くという算段から、授けられている。
この裏の事情は、第二公子とて十分すぎるほどにわかるのだが、対応策に難儀している。
国教として庇護されていることから、無視できないほどに影響力があるのは了知していた。
加えて、その影響力を更に増大させ権勢を欲しいままにし、必求壟断【ひっきゅうろうだん/利得の独占】をしようと画策しているのもわかっている事だ。
だがそれとて、ベルザル大公国という『器』があり、『傀儡としての大公がいる』ことが大前提の話のはずだ。
それにも関わらず、今回一つの地方を丸ごとを教会に寄進・割譲し、統治を委譲することを提案してくることから、第二公子は『ある疑念』を抱き始めていた。
――『ベルザル大公国自体を、簒奪【さんだつ】するつもりなのではないか』――
此の疑念に至り、第二公子は非常な危機感を覚えた。
正に内憂外患としか言いようがない……。
このままではベルザル大公国は、『分裂』か『内戦状態』になるかもしれない。
他を圧する大公家の実力で、ベルザル大公国内の諸侯を抑えてきたのだ。
だが、その実力に欠片でも疑問符がつけば、『胎動し始める者』や『蠢動し始める者』が確実に出始めるだろう。
更には、ベルザルの増援軍たる国軍によるラルキ領民に対する略奪行為を止めることができないことから、大公家にたいする『信用と信頼』にも大きな疑問が付き始めている。
現在ラルキ城砦は既に占領され、伯妹が身を呈して『人質』となりダンジョン勢の暴挙を留めている。
抗戦できないともなれば、本来ならば脱出を選ぶのが常道であるはずだ。
それにも関わらず、なおも伯妹はラルキ城内に留まり、領民の安寧を図っているという。領民の人気たるや、さぞ高いことだろう。
そもラルキは諸宮の軍政下にあるとはいえ、元はベルザル大公国の一翼を担う大交易都市だ。解放後の施政を考えると、人心の安定と支持は必須ではある。
それ故に、ここで見捨てるなど出来ようはずがない。
だが……、しかしだ……。
先ほどは思わず激昂したが『自治都市領として独立させ、施政の責任はラルキの伯妹に帰属させる。幾許かの支援金を送ればよい。喫緊のラルキ周辺の食料問題は占領している軍勢に押し付ければよい。そして体制を整え再編したベルザルの軍勢でダンジョン勢を叩く。そしてラルキ解放の暁【あかつき】には、ベルザルに再び帰順、服属させる』 というのは、悪くはない手法なのかもしれない。
伯妹についた『手籠めにされた』や『体を供して保身を図った』という『根拠のない様々な噂』も、第二公子の私が『寵妃』の一人として迎えれば、挽回はできよう。
この私にとっても『匪賊により手籠めにされたかもしれない慈悲深い悲劇の伯妹』を娶った『寛大な第二公子』という美名を得られる。
うむ、どう転んでも『悪くはない結果』が得られよう。
そうであるならば、残る懸念は『増援軍をどうするか』だ。
撤退させれば、ダンジョン勢に敗退したという『実情』と、ベルザル国軍が略奪行為を働いていたという『惨状』が、ベルザル大公国全体に広まる事になる。
かと言って現状を放置すれば、同じ結果となる。
事実が漏れ出るのも、時間の問題だ。
採れる策は……、あまり残っていない。
お読み頂きありがとうございました。




