40 合意と開城
《 Side:SIDE:ラルキ伯爵領伯妹、リーナ・デ・ティリス臨時領主 》
諸宮の軍勢から『無血開城の意志』と『調印の儀』の確認をとるべく使者が来訪してきた。
城外にて設営する天幕の準備も終わり、開城の意志があり、城門も開門されておることを確認して戻っていった。
報告を受けたのか、入れ違いに歩兵の小集団を随伴させた三機のアイアンゴーレムが歩いてくる。
ラルキを無用に威圧しないように、慎重に動いているのが遠目にも判る。
ただそれでも、城壁に陣取っているラルキの手勢に『動揺と騒めき』が確かに広がっていった。
何かが違うと、肌で判ったようだ。
私と言えば、調印のために豪奢【ごうしゃ】でもなく、また華美すぎないが清楚ではある服装に、軽鎧を身につけ薄化粧までして、城外の離れた場所に設営された天幕の中に先に着いて、待っている状態なのだ。護衛達は天幕の外で待機する事になっている
開けた場所で天幕の中にいるゆえに、城壁上の者達よりも近くで、このアイアンゴーレムが徐々に近づいてくるのを、ゆっくりと見させられることになった。
「ェ、エミナ……。あ、あれは、なに?」
余りの動揺に、声が裏返ってしまう。
「アイアンゴーレム? だそうです……」
『絶対にッ完全にッ、違うでしょうッ!?』という視線をエミナに投げつけるが、そのエミナとて、無意識に後ろに歩を進めている事に気が付いた。
フフン♪ などと何故か少し溜飲が下がる思いだが、いよいよ近くになってきたアイアンゴーレムを見て、私も後ろに一歩前進してしまった。
そんな三機のアイアンゴーレムが、△隊形で停止し、膝をついて屈む。そして各アイアンゴーレムの胸部が開くに及び、おもわず逃げ腰になってしまった。
そんななか、急遽我が客将に迎えられた天音詩織殿が、私のすこし後ろから小声で諭してくれる。
「背を伸ばし胸を張り、威儀を正せ。侮られれば、自ら危難を呼び寄せるぞ」
『なるほど、確かに』と納得して姿勢を正す。それを見て私の供回り衆も姿勢を正していく。
一方で天音詩織殿は全く動じてもおらず、逆に『ほォ~、これは面白い』とでも考えているのか、顎に手をやり感心していた。
泰然自若【たいぜんじじゃく/落ち着いて物事に動じない様子】を体現しているかのような天音詩織殿をみて、エミナの進言に従い『客将』として迎えた事は、我ながらに『良判断だった』と自画自賛し、同じく進言したエミナにも深く感謝する。
一方で、その詩織と言えば――「ふむ……(なんともはや、あのようなモノまであるとはの……。どこぞの転生者なりが絡んでいるのであろうか? それにしても『紅い』からと言って、三倍速い訳ではないのだろうに……。まあ、戦いようはいくらでもあるとはいえ、厄介なものを創り出してくれるの)」――などと、場違いな感想を抱いていた。
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開いた胸部から人が降りてくる段になり、もはや完全に理解の範疇を超えた。
アイアンゴーレムに人が乗り込んでいるという想定外の状況に、城壁上と天幕外の護衛達からも叫声があがり、同じく響動【どよ】めいているのが聞こえる。
そのアイアンゴーレムから降りて来た者達といえば、中央に若い男、右にダークエルフ、左に黒騎士であった。
エミナに聞いていた通りの陣容だが、エミナはダークエルフの女性を観て殊の外驚いていたが、事情は後で聞くとしよう。
そして双方が天幕に陣取る。さてここからが本番だ。
まずは私から声を掛けなければならない。
劣勢なのは此方【こちら】な上に、策を提案して『その策』を受けていただいたのだから。
かつて、いやになるほど練習した礼儀を思い出しながら優雅に、そして毅然とした対応を心掛け、声も振るえないように細心の注意を図る。
「お初にお目にかかります。私はラルキ伯爵領伯妹、リーナ・デ・ティリスと申します。現在ラルキ伯爵は不予のため、私がラルキ伯爵領代表権者としてこの度の会談に臨ませていただきます。この度は、我がラルキの無血開城をお受けくださり、誠に感謝の念に堪えませ……ん?」
何かおかしい雰囲気に、私は何かとてつもない間違いを犯したのではと、恐る恐る顔をわずかに上げ垣間【かいま】見ると……、あれェ~? 皆、私のこと見ていないような?
頭の中で、位置関係を思い描き、そこに諸宮軍の指揮官の視線を重ね合わせると……天音詩織殿を見ていると、気がついた。
あの、気持ちはわかるのですが……、その……私がラルキの代表者なのですが……と、悲しい思いに捕らわれる。
なんなのよ?! これじゃ、実は天音詩織殿が本物の伯妹、リーナ・デ・ティリスで、私が名も無き『影武者』じゃないの!
な、なんか、ムカつくわね……。やっぱり一戦した方がいいのかしら。
「おお~?! 戦【や】ってやろうか、ああ~ん?! おお~ん、かかってこいや!?」 なんて、芝居で観た口調を真似たくなる。
当然ながら、そんなこと出来ないのは承知なのだけれど、これでは埒【らち】が明かずに、物事も進展しない。
ならば、ここは無理やりにでも話を進め、主導権を獲得するべきだろう。
ならばと、定番の咳払いで切っ掛けを掴む!
「ん、んんッ! 失礼。まずは私の『供回り』を紹介いたします。こちら我ら『ラルキの客将』たる天音詩織殿。そして我が軍師たるエミナ・リュティガー、護衛隊長のエリク・カスケン殿となります。後ろに控えておりますのは書記官一名となります。以上、『わたくし』ことラルキ伯爵領伯妹リーナ・デ・ティリスを代表者として、総勢五名にてこの度の会談と条約の締結に臨ませていただきます」
所々で『力』が入ったが、要点を強調するからには『力』がはいる事は、致し方あるまい!
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双方が略式ながら名乗りを終えたところで、会談が始まる。
イザヨイ・リンと名乗るまだ若い男が総大将としてこの会談に臨み、補佐にリリムル・エルザード殿とノリス殿が列席している。偶にリリムル殿から確認の発言が飛ぶが、それでもリン殿が積極的に発言していく。ラルキが『降伏する』とはいえ、その領の代表者と直接交渉する役目は『総大将』の任という事だろう。ちゃんと『事の理非』を理解している。
逆に補佐役が中心となって発言していれば『お飾り』と侮られることにもなる。
「――となります。確認事項は以上です。事前協議での約を取り交わした条件にて、無血開城を受け入れます。何か変更なりはありますか?」
リン殿から直截に尋ねられるが、特に変更点は無いはずだ。エミナを見ても軽く頷いていることから大丈夫なのだろう。
「いえ、とくには……」
「では最後に、貴城内及び城下に軍の支援物資が集積されているはずです。その物資類を接収します。また行政文書類なども同じく接収しますが、軍政下に入る為持ち出すことはせずに、所有権を諸宮連合に移譲するという形をとらせていただきます。異議が無いようでしたら、こちらに署名をしてください」
「……接収ですか? 約義では、ラルキ城下にて略奪などの行為、及び反倫理的行為を行わない事となっているはずですが」
「その通りです。領民にたいしての略奪行為、及び反倫理的行為などは厳に戒めます。ですが軍需物資、それも我ら諸宮への侵攻準備として備蓄されていた軍需物資を見過ごすわけにはいかないのです。ご理解のほどを」
「ぐ……。ゥク……」
反論したくても、これは反論しにくい。理屈としては、軍需物資は『どこの帰属なのか』と言えば、それはベルザル大公国である。その大公国から送られてきた物資はラルキ伯爵領が管理している。そのラルキが開城して、つまりは降伏して統治権が移譲されているのだから、ラルキ領内にある『敵国』の物資は当然に接収されるという理屈だろう。
別段、ラルキに損が出る訳ではないので同意し、同じ文面の二通の合意文書に署名する。
またリン殿も同じく二通の合意文書に署名し、これを取り交わす。
「ではこれにて、約は定まり成りました。ラルキは無血開城となり、諸宮連合の統治下に入ります。
リーナ殿はどうなされますか。我らと共に入城されますか、それとも先にお戻りになられますか」
「ともに参ろうと思います。それで領民達も安全なのだと理解できるのではないかと」
「分かりました。では少々お待ち下さい」
何を思ったのか、リン殿達はアイアンゴーレムの所に戻り、上りやすいように下げられていた腕を駆けあがり、胸の開口箇所に乗り込む。そして立ち上がるとこちらに歩いてきた。
しかも開口部を開いたままだ。警戒させないためなのだと判る。
やるわね、この子。なかなかの好紳士ぶり。
私の前までやってくると、ゆっくりと膝立ちになり、掌を上に向けて腕をゆっくりと下ろしてきた。
「どうぞ! 指の所に掴まってお立ちください。大丈夫です、落としたりしませんから!」
好奇心よりも恐怖心が先に立ってしまうが、それを気取られる訳にはいかない。
どうしようかと迷っていると、他の二機も同じような姿勢で待機していた。
ま、まあ……馬でここまで来たのですから、馬に乗って帰るのが合理的な事だろうと思い、どう言えば角が立たずにやんわりとお断りできるのかと思案しようとしたところ、護衛隊長が私に向かって『大声』で進言してきた。
「殿下! 馬は私と書記官殿が引いて戻りますので、ご安心ください!」と。
……よ、余計な真似を……。
好意で言っているので叱責もできず、恨みがましい眼で護衛隊長を見てから、差し出された掌に、おっかなびっくりで乗り込む。
まるで生まれたての小鹿のように震えながら乗り、指にしがみ付いた。
リリムル殿の機体にはエミナが、ノリス殿の機体には詩織殿がそれぞれの掌に乗り、指に掴まっている。
それを確認したのか、ゆっくりと腕を動かして、掌に乗った私とリン殿が話せるくらいの胸の位置で止める。
さらにこれまたゆっくりと立ち上がり始め、視界が高くなっていく。
非常に滑らかな動きで、自在に動けるらしい。
これならば『卵すらも掴める』のではないかと、感嘆してしまう。
そして、物音に気がつき後ろを振り向いたとき、総勢五〇に及ぶアイアンゴーレムが整然と隊列を組んで歩んで来る光景を目のあたりにして『手籠めにされるかもしれない』と考え、せめて女としての矜持【きょうじ】は保とうと薄化粧までして会談に臨んだ自分に対して、思わず『自嘲の笑み』が自然に浮かんでいた。
城内・城下の至る所で、私の事を影でこそこそと誹謗中傷している事は了知している。
やれ、軟弱者・惰弱者・売国奴等々……、さらには口ではとても言えないような汚い言葉で罵られているのも知っている。
だが、それは仕方がない事だとも思う。
戦わずに降伏するという事が『どれほどの屈辱を受けるのか』……、そして、この後の『外との交わり』にも支障をきたす恐れがある事も重々わかっている。
私自身も無血開城の策には、心情として積極的には『賛成できなかった』のは事実だろう。
だが『あの時点』では、もはや他の選びうる策が無かったのだ。
確かに『苦渋の選択』で無血開城の策を採用したとはいえ、表には決して出せないが内心はあくまでも『消極的賛成』だったと言える。
――『だが……、本当にこれで良かったのだろうか……』――
そんな想いが、私の心に刺さった棘となり、僅かな時間を重ねる毎に『鈍い痛み』となっていたのは、紛れもない事実であった。
だが、そんな私の心に刺さった棘すらも、いまや脆くも崩れ去っていった。
この目の前のモノによって……。
『抗戦しなくて本当に良かった』と、いまは断言できる。抗すべくもない現実がコレなのだ……。
エミナの言葉を借りるなれば、本当に我らラルキは――『白刃の上を歩いていた』――のだと、いまになって心の底から理解できた。
お読み頂きありがとうございました。




