4 帰還
目を開けて辺りを見回すもわかるのは森の中という事だけ。
明け方近くなのか、薄っすらとだが光が差している。
広間にて主上から螺旋の光を浴して、……俺は気絶したのか?
ここは、どこなのか?
森林地帯なのか?
現在地すら解らない。
悩んだとて、答えなど当然の様に見つかりはしない。
そうであるならば、ここに留まっていてもしかたがないだろう。
ただ、ぼんやりしていても危険なだけだ。
とは言っても、どの方向に進めばよいのかもわからないので、一抹の不安がある。
とにかくここから離れるために動き出すべく、身支度を整えようと己の身体をパッと見て気が付いた。
あの広間で目が醒めた際に確認した割れたミニコアの首飾りを、首にかけているのである。
それ以外は傷もなく、装備も陣営にいた頃のままである。
ただ、なぜか長距離を移動したような汚れがついているが……、あれは夢の中の出来事だったのだろうか……。
割れたミニコアの首飾りを胸元にしまい込み歩き出す。
当てもなく、歩いていると開いた場所に出た。
同時に大規模な野営の跡も発見した。それも数箇所だ。
それなりの人数で移動しているのであろうか。
下草が踏み慣らされているのが、わかる。
人里が近いのだろうか?
なんにせよ、警戒すべきだろう。
しばらく歩いて気がついた。
この地形と風景に見覚えがある。《イザヨイ宮》の近辺だ。
《イザヨイ宮》よ。私は、帰って来た!
と、いいたいところだが問題は、このまま《イザヨイ宮》へ戻るべきか、否かだ。
軍勢はどうなったのだろうか?
俺が斬りつけられた時点で、もはや壊走状態だった。立て直せたのだろうか?
まだ戦場に留まっているならば、俺も将としての責務が在る。
急ぎ戻らなければならない。
戻るにせよ、なんにせよ、戦地は《イザヨイ宮》からは離れている以上、移動には時間がかかる。
ならば一旦イザヨイ宮に戻り、なんらかの移動手段を用立ててもらうことが必要だろう。
そこで一旦、帰還することにした。
途中、村が見えたので立ち寄る。
広場か酒場にでも行って、まずは現状を確認しようとしたところ、突然武装した村人達に囲まれた。
手にしているのは手斧や鍬や鎌やら包丁だが、十分脅威ではある。
「て、抵抗するな! ま、まずは剣を下におろせ! ゆっくりだ!」
扉の隙間や、2階から覗いているのか視線を感じる。
ふと、自分の格好を思い出し、苦笑してしまう。
汚れているとはいえ、武装した者が突然村に来れば警戒もしよう。
しかもいまは戦時だ。
「わかった。いまから剣を置く。ゆっくり置くから焦って攻撃しないでくれ」
できる限りゆっくり剣を地に置き、そしてゆっくり立ち上がる。
その際、両手を上に挙げてなにも持っていない事を示す。
村人たちは怪訝な顔をしているが、それでも警戒はしているようだ。
「村長殿か、代表を呼んでくれないか? 私は、”十六夜 凛” だ」
「イザヨイ・リン? 出征したっていうリン様か?」
「そうだ。軍勢は戻ったのかな?」
「……」
なぜか、押し黙ってしまい、村人同士互いに見合っている。
「村長か代表を呼んでくれないか」
再度呼びかける。
見合っていた村人の何人かが、走り出し散っていくのがみえる。
あの後、村長がきて人定確認をしようとしたが、あいにく村長は俺の顔を知らないので確認しようがないとの事だった。
そのため、《イザヨイ宮》に直接確認してもらうために村人が近くの街に遣いに走り、その街からイザヨイ本宮へと遣いが走った。
その際、俺が持っていた剣の鞘をイザヨイ本宮の者へと見せて、検分してもらうために渡しておく。
家紋が彫ってあるので、《イザヨイ宮》のしかるべき者がみれば判るだろう。
村長宅で茶を飲みながらも、しばし待つことになった。
と言っても、数刻待つのとは違う。数日の日を要するのは仕方がない。
近隣の街と言ってもそれだけの距離が離れているし、剣の鞘を持っていったとしても真贋を見極める時間も必要なのだから。
それでも村長宅に逗留させてもらっているのは、幸運と言える。
身元が不確かな者の身柄など、それこそ簀巻きにされて納屋に放り込まれても仕方ないのだから……。
もっとも村長としても、扱いに困ったようだ。
粗略に扱って、もし身元が ”十六夜 凛” と確認されようものなら目も当てられない。
と言って、真偽不明のまま歓待で迎え入れてよいものなのかも、わからないといった様子。
ならばと、村を訪れた客人として遇すると決めたようで、護衛と称した監視と食事、そして寝所を用意してくれた。
食事の方は村の備蓄から供出したてくれたようだ。
災害や飢饉といった緊迫した事態に備えるために、村人たちが出し合い備蓄されている食料。
人一人が数日間に要する食糧とはいえ、そんな貴重な物資を出してもらったことに、逆に恐縮してしまった。
おそらくは村長としても対応がわからず、苦肉の策だったのだろう。
備蓄物資で賄ったとすれば、角が立たずに済む。
あとでイザヨイ宮から物資の補填もあるだろうし、下手に厚遇して逗留させた人物が偽物だったとしても疑惑を持たれずにすむ。
といって、もし本物だったとしても村長が自腹を切っているわけでもなく、なんの利得にも結び付かないと考えたのだろう。
この対応には、何ら不満もない。
至って常識的な対応に感銘さえ受けてしまったほどだ。
人物確認をされて身元が判明したら、なにかお礼と共に備蓄の補填をしておこうと心に誓う。
待っている間に村長たちに聞いた話だと、出陣から今迄に40日以上経っているそうだ。
あまりにも日数が経っている。
昨日の事のように思えるのだが…….
あの後の戦況がどうなったのかが気になる。
《シャンセオン宮》は持ちこたえたのだろうか。それとも陥落してしまったのだろうか。
考え事をしている間に、時が過ぎていたようだ。
複数の馬蹄の音が聞こえてくる。
つまりは馬に乗る何者かが急速に接近しているという事、そしてここまで聞こえるという事は複数で急速に近づいているという事だ。
さて、この馬蹄の主は《イザヨイ宮》の手のものか? はたまた?
バァーン! 壊れるのではないかと思うくらい勢いよく扉が開けられる。
「……」
扉を押し開いて入ってきた者が、じっと俺の貌を見ているのが判る。事の真贋を見極めんとする、そんな眼光だ。
そして、その手には渡しておいた剣の鞘が握られている。
「……」
俺もまた、見やすいように顔を上げて待つ。
扉を押し開いて入ってきた者を見やるが、どこも負傷はしていないようだ。
恐らくは激戦だっただろうに、どこも負傷していないとは……さすがだな。
「リン様。ご無事の生還、おめでとうございます!」
喜びの表情を浮かべているノリスが口上を述べた。
「ノリス。今戻りました。ノリスがいるってことは、軍勢も戻ったのですか?」
ノリスは先の戦いで、《イザヨイ宮》派遣軍の副将として従軍していたのだ。
主将たる俺が行方不明になれば、当然指揮権は副将たるノリスに引き継がれることなる。
「はい、しばらく前に帰還しました。詳しい説明は移動しながら致します。まずはイザヨイ本宮へと戻りましょう」
ノリスが持ってきた鞘を受け取り、剣を鞘に収める。
「村長殿! お世話になりました。あとで礼を届けますゆえ」
呆気に取られている村長を見やりながら、席を立ち声を掛ける。
連れられてきた馬に乗り村を離れた。
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移動の途中、ノリスから状況説明を受けた。
奇襲攻撃の後、執拗な追撃はなくなんとか5キロメル後退し軍を再編、布陣したとのことだ。
この時、《イザヨイ宮》の指揮官であるイザヨイ・リン殿行方不明、《アスワム宮》の指揮官であるカイム・アスワム殿戦死の報を受け全体の士気が下がっていたが、このままの膠着状態では《シャンセオン宮》が陥落するのは時間の問題と司令部でも考えたようだ。
とにかく、前進して《シャンセオン宮》との連絡を取らねばならない。
夜陰に乗じて連絡を取るために、身軽な兵が送り出されていた。
ベルザル大公国と対峙しつつも、なんとか《シャンセオン宮》との連絡に成功したが、戦力の消耗が著しく厳しい状況にあるとのこと。
三宮合同軍もまた損害をうけている。
布陣としては、逆にベルサル大公国の軍勢を半包囲している形にはなっているが、このまま撃破するのは困難との情勢分析で一致。
ここは戦闘の継続を断念させ、撤退に追い込む方針が採用されることになる。
まずは協調攻撃を敢行して包囲網の突破を図り合流する策が実行される。
突破予定地点へ《シャンセオン宮》と三宮合同軍で挟撃を加えるため別働隊が編成され、その援護を行うための準備が始まり、その日を迎えた。
《シャンセオン宮》も残存戦力の6割に該当する約七百をあてて包囲を突破せんと攻撃を開始。
結果、突破には成功し合流する事ができると共に包囲の一角を崩す事にも成功したが、損害もでている。
またベルサル大公国は包囲が崩れたとみるや解囲して整然と後退し布陣した。
このまま数日睨み合いが続き、膠着状態が続くかと思いきや、ベルザルの軍勢に撤退命令がでたのか撤退を開始。
その際、追撃するか否かで一悶着あったらしいが、撤退時の整然とした行動と殿軍の存在、そして反撃されたときの事を考え、戦力の確保を優先し追撃はしなかったとのこと。
残敵掃討と周辺警戒は、《アスワム宮》・《マフラム宮》・《シャンセオン宮》に任せ、《イザヨイ宮》の軍勢は、帰路に就くことになった。
この撤退中のベルザルの軍勢が、《イザヨイ宮》を急襲するのでは? との懸念がおこり、それを警戒して急ぎ帰路についたのだ。
もっともそれは杞憂だったようで、それから今に至るとのことだ。
また《シャンセオン宮》からの使者が来訪し、礼金と謝意を伝えると共に今後の方針の話し合いも行われたとのこと。
もっともその使者も長居はせずに、すぐ戻っていったそうだ。
ベルサル大公国の意図は、戦力消耗と物資・軍費の浪費・経済活動の停滞を各宮に強いる事なのではないかとの考えで、双方が一致していた。
つまり、また戦いが始まるのは確実な情勢だ。
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黒曜石のような輝きをもつ外観。地下3階・地上3階の平型ダンジョンが《イザヨイ宮》だ。
《イザヨイ宮》後背部や周辺には、街も広がっている。
従来のダンジョンは地下型や塔型が多いので、この《イザヨイ宮》はかなり特殊な部類に入る。
どうやらこの型式は平層型と呼ばれるらしい。
そしてこの《イザヨイ宮》の周囲は堀に囲まれており、一種の城塞とも言える機能がある。
加えて周辺の要所には砦や陣地も構築されている。
また堀には、いまは跳ね橋が降りており正門も開けはなたれているが、戦時などの際は跳ね橋は上げられることになる。
その正門をくぐって《宮》内部に入り、御屋形様(なぜかイザヨイ宮では、こう呼ぶ)に挨拶と報告をするため謁見室を兼ねた広間に向かうべく歩を進めていく。
広間に入り周囲を見渡せば、俺が生還したとの一報が入ったのか、幹部のお歴々も揃っている。
いや、これは違うな。別件の会議中だったとみるべきだろう。そしてその会議中に俺が戻ったという方が、おそらくは正しいだろう。
「御屋形様。ただいま帰参致しました事、まずはご報告致します。旅装も解かず、また旅塵に塗れておりますが、何卒ご容赦のほどを」
淀みなく紡がれる口上に、幹部のお歴々が騒がしくなる。
生還したことがよほど意外だったのだろうか……。
「よく戻った! ノリスから早馬で、行方不明の報と共に破損した首飾りの欠片を受け取ったときは如何したものかと思ったぞ!」
生還したことに対する驚愕のためか、または喜びのためかは判然としないが眼を見開き応えてくる。
「はっ! 奇襲を受けた折、不覚にも後れを取りまして敵中にて孤立。その際、敵方の捜索と捕縛の手が伸びて参りました故、森に踏み込み危難を避けておりました。捕縛されるわけにもゆかず、また追っ手を避けるためとはいえ我が軍営からも遠くはなれてしまい、致し方なく徒歩にて帰参致しました次第。その際、慎重を期して遠回りしており、結果として帰参が遅くなりました事お詫び致します。また、お預かり致しました首飾りを破損いたしました事、重ねてお詫び申し上げます」
さすがに主上と邂逅して時が経過しておりましたとは言えない。
ここは装備類が汚れている事をいいことに、徒歩にて戻ったとしておこう。
疑念に思われているのではないかと、さッと素早く周りに目配せして様子を窺うと、何故か皆が呆けたように口を開けてポカ~ンとしている。
なんというか、『心ここに在らず』といった感があるように見受けられる。
連日連夜、ベルザルへの対策案を協議し疲労がたまっているのだろうか?
「そ、そうか。それは、難儀であったな。よくぞ、戻った。まずは下がり英気を養うがよい。首飾りは気にせずともよい。それと母にも顔を見せてやれ。気落ちしていたからな」
なぜ、そんなに驚愕したような表情を浮かべているのだろうか? それほどまでに生還が絶望視されていたのだろうか……。
「はっ。お言葉ありがたく。では、失礼致します」
広間を出る際、後ろが騒めいていた。
その騒めきに意識を向けるも小声でもあり、また俺も離れつつあったので詳細は聞き取れなかった。
「「驚きま――」「あのような口上を聴くと――」「これは、調査の必要――」「信じられま――」「一体、何が――」等々が微かに聞こえた。
俺の退出を待っていたかのように、ベルザルへの対策? をどうするかという論議が再開し始めたようだ……。
一刻でも惜しいということだろう。
それほどまでに《イザヨイ宮》に危難が近づいているということなのだと、得心した。
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母に帰参の報せを伝えるため、居住区画の奥にいく。
その途中、妹の茜(5歳)にあう。見慣れた侍女のスケルトンメイドと一緒だ。
「あ~、おににだ! おかえりー!」
ビシ~ッと可愛らしく指差されて、驚きの声をかけられてしまった。
「は~い。おにには、いま戻りましたよ~。おやおや~? 茜ちゃんは、ちょっと見ない間に一段と可愛くなってますね~」
受け答えしながらも、駆け寄ってくる茜に視線を合わせるべく膝を折り屈む。
「もう、やだ~。あ、そだ。おにには、ながァ~い旅に出てたんでしょう? あとで、おはなしをきかせてください~」
「あ~い。わかったよ~。ところで、母上は奥にいるのかな~?」
茜の頭に手をやり、ナデナデしながら問いかける。
「いるよ~。さいきん、ず~とげんきないの。どしてかな~?」
「なんでだろね~。だけど、すぐ元気になるとおもうよ~」
「そっか、げんきになるのか~。よかった~」
「そだね~。あ、そだ、茜ちゃん。あとで、おにに と、お風呂入ろっか~?」
「もう、おににのえっち。じゃ、おにに、またあとでね~」
妹と会うと、会話の語尾が伸びてしまう。何故なのか、実に不思議だ。
そして、そのほのぼのとした雰囲気に、戦場帰りの心が絆される。
ふっ、戦士にも休息は必要ということか。
その休息のためにも、まずは母上に御会いし帰参の報告をしないといけない。
私こと、十六夜・メリーナ は、嫡男の凛が行方不明との報せを受けるや、愛用の槍を持って出陣し捜索しようとした。
これでもかつては勇者の一角として、そこそこの名は馳せていたのです。
子を授かり、齢を重ねたとはいえ、まだまだ動ける。
もっとも夫のカイと幹部連に押しとどめられ、自室にこもり悲嘆にくれていた。
できの悪い子ほど可愛いというではないですか。
いえ、できの悪い子と言うのは語弊がありますね。言うなれば至って普通。
傑出した才は無く無口で不器用ではあるが、心優しい子なのです。
初陣は済ませているとはいえ、それは勝ちが確定しているような小競り合い。いわば演出。
それがまだ数度の戦経験で、あのような過酷な地に赴くとは。
早世するには、あまりにも早すぎる。
ここはやはり探しに行くべきと決意する頃、凛が帰参したとの報せが入り部屋から飛び出しそうになる。
そしていまも侍女たちに、押しとどめられている。
そんな中、凛が帰参の挨拶を述べるべく来訪したとの旨を伝えるべく、取次の侍女がやって来た。
侍女に案内され、席につき茶が用意されるのを見届けた後、まずは挨拶する。
「母上、ただいま帰参しました。ご心配をおかけいたしまして誠に申し訳ありません」
「!?」
なにやら、驚愕のためか眼を見開いている。やはり生還が絶望視されていたのか……。
心に起こったさざ波が収まるのには、幾許かの時間を要するだろう。
そこで、用意された茶で一服すべく断わりを入れてから茶を楽しみ、そして言葉を続ける。
「驚かれるのも致し方ありません。敵中にて孤立してしまい脱出までに時間がかかり、更に徒歩にての帰参。旅塵に塗れておりますのは何卒ご容赦のほどを」
先ほどの口上と矛盾してはならない。当然、同じ趣旨のことを述べる。
「!?!?」
驚愕のためか更に大きく眼を見開いている。
「あの、母上? なにか粗相を致しましたでしょうか?」
そんなに驚くことなのだろうか?
何か礼節に欠き勘気に触れる事があったかと、恐る恐る尋ねる。
「え?! あ……い、いや……、よく戻りました。体に障りもなく安堵しました。しかし聞けば徒歩にて帰参したとのこと。体の疲れは、己が知らずうちに溜まりやすいと聞き及びます。まずは旅の塵を落として、ゆるりと休まれ、英気を養うのがよいでしょう」
声が上ずっている。やはり心労があったのか。
「はっ。母上の暖かきお言葉痛み入ります。では、これにて下がらせていただきます。母上もご自愛下されますよう」
心労の母上を気遣い、ここは早々に引き上げるとしよう。
なに、生還したのだ。その気になればいつでも会える。
というか、このあと、茜や両親と夕餉を共にするだろうし……。
……するよね? 夕餉は別席を用意しましたとか言われたら……泣くよ?
席を離れるべく立ち上がり、下がろうとしたその矢先に、
「凛。その……母が茜を呼んでいると伝えておいてくれまいか?」
「はっ。確かに承りました」
退室する際、母の手元が震えたのか茶器がぶつかる音が響いた。
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「母上様、よばれたのできました~」
とてとて~と、私によってくる。いつ見ても愛らしい姿よね。
「茜、凛と会った?」
茜を抱き上げつつ聞いてみる。
「はい、おにに とは、先ほど会いましたよ~」
「……そう、ところであれは、いつもの凛だった?」
平静を装い何気なく聞いてみる。
「? ……いつもの、おにに でしたよ?」
首をコテンと傾げながら、不思議そうに答えてくれた。
「そう、いつもの凛なのね……そうなの。わかったわ、茜は下がってお勉強してなさい。ありがとね」
茜をゆっくり降ろして頭を撫でる。茜にとっては、いつも通りの兄なのね。それにしては……。
「は~い」
可愛い声で返事をし部屋を退出していく茜を見つつ、思わず考え込んでしまう。
茜の言葉では「いつもの、おにに でしたよ?」との事。どういう事かしら?
ありえないわね……。
よく言えば実直、悪く言えば愚直。心根は優しいが無口で不器用。
そんなあの子が、短い会話とはいえあのような才気走る物言いに、声にまで力がこもり張りがあるとは……やはり、ありえない。
たしかに、やればデキる子、いつかはきっとヤッてくれる子とは思っていたのですが……。
まさか、入れ替わった間者の類なのかしら……。
それにしては、随分と間抜けな間者ね……。
そも、間抜けな間者っているのかしら?
まともな間者? は、なり替わる対象の行動や性格・普段の言動などを調べて真似るくらいの才はあるはずなのに……。
まさか、他の宮のドッペルゲンガー?
……にしては物言いが淀みない上に、出征前の物言いとは異なり過ぎて、逆に違和感があり過ぎている。
そして、茜の印象だ。
茜の直感はかなり鋭い。
その茜が「いつもの、おにに でしたよ?」と言うくらいには、いつもの凛なのだろう。
う~ん。これは、カイと相談すべきね。
……もうすぐ来るだろうし。
廊下を急ぎ足で向かってくる音が聞こえる。
部屋に入るや、開口一番尋ねてくる私の良人にして御屋形様こと、十六夜 カイ。
「おい、凛とあったか?」
この声色。やはりおかしいと思ったようね。
「えー、あったわ……」
「「……」」
「「あれは、本当に 凛 か(しら)?」」
図らずとも、同じ疑問を抱いたようだ。
お読み頂きありがとうございました。




