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39 開城前の打ち合わせ

 《 Side:ラルキ伯爵領伯妹、リーナ・デ・ティリス臨時領主 》


 ラルキ城市から長蛇の列が流れていく。

 ラルキ城塞を無血開城する方針の決定が布告され、希望者のラルキからの避難がなされているのだ。

 エミナが出立した後に、すぐに実行される手筈になっていたものだ。

 この避難自体は、たとえダンジョン勢との無血開城の約が成されずとも、非戦闘員の退去は当初から予定はされていたことではある。だが、無血開城の方針が決定し布告がなされた事で、避難する人数が増えたのか減ったのかまでは、いまいち判然としない。


 ラルキ全住民約五万強の内、約三割に当たる一万五千~1万七千強が城外に出ることを選択したようだ。

 もうすぐ冬の季節。たとえラルキを離れたとしても、この冬季を越えられる保証など無い。

 近隣地域に、親類縁者、友人知人を頼ったところで、備蓄物資の量などたかが知れている。


 最悪、受け入れた地域ごと食料不足からの飢饉に苛まれる。

 そうなれば、もはや収拾がつかなくなるだろう。飢えと寒さで大量死だ。


 そんな状況下でも、非常に熱心に脱出していく者達もいる……。光神教会のラルキ支部教会の者達だ。

 信じられないことに、信徒達よりも掻き集めた財貨の方が大事らしく、輸送手段として市内の荷車や馬車などを文字通りに掻き集めている。ときには避難民や残留民の荷車や馬車、果ては手持ちのカバンまで奪っていると報告が挙がって来ていた。

 そこまでしても持ち出せない財貨があまりにも多いのか、私に辞去の挨拶をしに来た際には、罵倒までしていたくらいだ。

 元より私は熱心な信仰心を持ち合わせてはいなかったが、それでも多少なりとも信仰心はあった。だが、もはや我が心の内の信仰は……。

 いや、もういい。忘れよう、不快になるだけだ。


 それよりも、近隣の小諸侯の動向が気にかかる。

 出陣した領主とその一党が戻らないことから、動揺が広がっているようなのだ。

 そのため急使と護衛の兵が『派遣軍が敗退し、ラルキは開城する』旨の一報を持って、出立していった。

 そして帰参した急使の報告によると、もはや大混乱状態に陥っているらしい。


 『派遣軍敗退、ラルキは開城する』旨の一報が齎されるや、出征した貴族の留守居役(その多くは当主の父母・近親者・領主夫人や令息・息女)が行ったことと言えば、家財の一切合切をもって自領地から脱出する者、領民に家財を分け与え落ち延びるように手筈を打つ者、なかには領民から更に財貨を取り立て逃げようとする者、何とか防衛の手筈を打とうとする者、そしてラルキに連絡を取って指示を仰ぐ者、なぜかラルキに逃げ込もうとする者、正に右往左往の一言の状況を呈しているとの事だ。

 更には、この状況下で跡目争いまで始め、刃傷沙汰【にんじょうざた】まで起こした領すらあるという。


 一方で開拓地を捨てたくない、店を放棄したくない、行く当てがないなど、様々な理由でここラルキや各領に残った者達も多い。

 だがダンジョン勢に占領されれば、どのような扱いになるのかさえ、現状ではわからない。

 『苛政』と『酷税』により、死んだほうがまだ良い状況になるかも知れない。

 そのような『圧制』の可能性を低減するためにも、ラルキはいまだ『戦える力』を残しながらも、敢えて戦いを回避したという外形を整えねばならないのだ。

 そのためエミナの助言に従い、城壁にも空樽が上げられて並び、矢盾なども並べられていく。

 招集に応じた冒険者たちは頼もしいともいえるが、反面傭兵などは全く募兵に応じることなく脱出を選んだ。義勇兵として参集した民兵も多いが、数合わせにしかなっていないだろう。

 うまく無血開城の約定が成ればいいが、成らないとなれば……もはや全滅しかない……。


 ・

 ・

 ・


 そんな鬱々とした気分で、公務を執り行う。

 無血開城することを前提に行う事務仕事と共に、策が為らずに戦端が開かれた際の準備も行っていく。

 何と評してよいのかわからない『微妙な気持ち』になる。そんな中で一日千秋の想いで待ち続けた待望の報せが遂に来た。


「殿下、殿下! 遠景に三騎を確認。ラルキの領旗です。軍師殿がお戻りになられました!」

 そう、いつの間にか、エミナは『軍使』から『軍師』と呼び習されるようになっていた。

 ふふ、当人が聞いたらどう反応するかが楽しみだ。

 すでに刻限が決められている門は閉められているので城壁上に駆け上り、エミナを見た。

 戻った、良かったッ!

 ……ん? 三騎? 


 城門前にやってきたエミナが、声を張り上げて呼びかけている。


「殿下、このエミナ。策を取り纏め、只今帰参いたしました! 至急お伝えせねばならない『報告』もありますれば、まずは開門をお願いします!」


 大声で報告しているが、城壁上の誰もがエミナを見ていない。

 やや離れたところで止まっている馬上の人物に、皆が注目している。

 否、目が離せないというべきか……、凝視している。

 『あるがままに飄々【ひょうひょう】とした』と言った感で、ただ佇んでいる。

 ただそれだけ。ただそれだけなのに……、あまりにも超然とした異質さに目が離せないのだ。


「エミナ、よくぞ戻ったッ! またよくぞ策を取り纏めた、誠に大義である。苦労をかけたな。また隊長も良くその任を全うしてくれた。同じく誠に大義であった! ところでその……、そちらの御仁は何処【いずこ】の軍中の将であろうか? 此度の開城の調印のために、まさか宮主殿自らが参られたのであろうか?」

 感慨 も一 入【ひとしお】にエミナと隊長に声を掛けていくが、帯同している人物にも多分に注意を払う。


「……そのことも含めまして、ご報告があるのです。至急門を開けてください。さほど間を置かずに、諸宮からの使者も参りましょう。調印の儀もある為、設営準備に取り掛からねばならないのです」


 確かに、ここで押し問答しても致し方ない。

 といって、妖【あやかし】の類ということもあることから、兵が縄を下ろしてエミナ達に近づいていく。認証と印綬を確認し人定の確認を行うためだ。兵が確認したのか、声と上げて手を振り開門を促していた。

 開門しエミナ達が、ゆっくりと門を潜るのを見届ける。

 私もすぐに城館へと戻るべく、歩き出した。

 離れたところではエミナが設営準備の指示を細々と出しているらしく、辺りが俄かに慌ただしくなっていく。


 ・

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 ・


 城館に戻り、すぐに大広間に場を移して、まずは報告が行われていく。

 残った留守役の行政官や部隊長などが参集している


「殿下。まずはご報告いたします。策は成り、約が定まり結ばれました。先ほども申しました通り、調印の儀を確認するために、軍勢が来ます。間違っても攻撃されませぬようにお願いします。詳細は後ほど説明いたします。

 続きまして、ご紹介させていただきます。こちらは『天音 詩織』様。私と隊長が窮地に陥った際に御助勢いただき、我ら両名共に一命をお救い戴きました。僭越ながら私の一存にてラルキに滞在して頂くべく、同道を願いました。現在は私個人の客人という形になりますが、殿下におかれましても、是非にラルキの賓客として迎えていただければと思います」


 なんというか……非常に丁寧な言い方だ。

 そして『天音 詩織』と語調をやや強め、敢えて区切って口上を述べている。

 ふむ……『家名持ちの貴族』……だろうか。

 更には、エミナと隊長の両名ともに、この気配りの仕方。

 領主代行たる私と、客人のどちらにその気配りが向けられているかと問われれば、明らかに、この御仁に向けられている。

 ちらりと隊長を見やるが、額に汗まで浮かべて緊張している。

 だが何故に、それほどまでに緊張しているのか? 

 確かに見眼麗しく、思わず膝を屈して礼を尽くしそうにはなる……が……。


 そんな私の一瞬の戸惑いを汲んだのか、控えていた他の者が思わずと言った感で小声を発した。

「ふん、たかが獣人の一人ではないか」と。


「?!……」(ばッかッやッろッう! てめェーは、死にたいのか?!)

 僅かな小声とはいえ、静寂の中では思いのほか大きく聞こえたのだろう。

 ギョ?! として目を見開くと共に、発言者を睨み殺す勢いで睨んでいるエミナ。


 隊長などは、いつでも動けるように少し膝を折り、力を溜めている。

 ……だが、なぜいつでも『後ろに飛び退ける』ように、重心が後ろにかかっているのか? 

 普通に考えるなら、こちらの天音殿が不意に狼藉を働いても素早く『前方』に飛び出して取り押さえるために、前方に重心をかけるはずだろうに……。 


 そんな埒もないことをふと考えていたところに、天音殿の口上が耳朶【じだ】を打つ。


「お初にお目にかかる。ただいま紹介にあずかった『天音詩織』と申す。よしなに。旅人故に、浮き雲のように流れておったがエミナ・リュティガー殿、エリク・カスケン殿と縁あって知遇を得た次第。またエミナ・リュティガー殿より、我が敬愛する主君に是非に紹介致したいとの申し出があった故、罷り越した。されど浮き雲、根無し草と同じゆえに、いらぬ波風を立てぬかと憂慮しておる。逗留を許され幾許かの友誼を交わす事を望むとあらば、その志には応えたいと考える次第」


 そんな小声で言及されたことを、川に流れる葉の如く受け流していく天音殿。

 淀むことなく、必要最小限の定型句を述べていくが、その飄々とした物言いと超然とした雰囲気で悠然と佇んでいるため、徐々に気圧されていくのがわかる。

 この感じ知っている……。

 上級貴族などに会う際の圧迫感に似ている。いや、それ以上だろう……。

 まるで自分が試されているような錯覚に陥る。

 これが実力のある高位貴族が発するという、世に名高き『圧迫面接』というやつなのか……と、得心してしまう。


「天音詩織殿、我がラルキへと良く参られた。私はラルキ伯爵が伯妹、リーナ・デ・ティリスです。お見知りおきを。

 さて、まずは客人として領を挙げて大歓迎したいのだが、我がラルキは、これより『無血開城』となる。

 そのような状況で、はたして我が臣下の危難に際し助勢いただいた大恩ある客人に、滞在を求めることが果たして『良い事なのか』と、一抹の不安を覚えている。

 図らずとも双方共に満足のいく饗応もできまい。また客人として迎えながら、万が一にでも客人に危難でも及べば、ラルキの名はそれこそ失墜しよう。ここは、よく熟慮せねば――」


 ・

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 《 Side:エミナ 》


「……(雑談交じりに探り探りに話が進んでいくが、この流れは……)」

 拙い流れになってきたと、エミナは心中搔き乱されていた。


 そんなエミナといえば思案顔から一転、意を決したのか、面を上げて『内密に進言したいことがある』とリーナに申し出る。

 しかし客人の前で、それも当の本人の前で『その処遇をどうするか?』など論じられる訳もない。

 一応の挨拶もこれで済んだので、改めて助勢を謝して、その労を労うための『金子』を用意してもらうべくリーナに進言しエミナが差配していく。

 また『危急の件の対応策の打ち合わせもある』という事と、そして詩織には『旅をしてきた』との名目で、まずは別室を用意させたので『一旦寛いでいただきたい』と話の流れを変えることにする。


 エミナは軽く視線を流して詩織の様子を窺ったのだが、その詩織様といえば、すぐにエミナの意図を汲んでくれたのか、申し出に微笑して応諾していただいた。

 やはり聡い……。間違っても侮ってはならない。


 それに確実に『詩織様は気が付いているのであろうな……』とエミナは思う。

 後姿を見やるに、気分は害していないようなので安堵した。

 案内されて中座していく詩織を見やりながら、無意識に敬意を表し意識的に礼を行う。


 ・

 ・

 ・


 ここからは内密の話であり、参集していた者達も一旦は別室に下がることになる。

 参集した者達にも、各々に細かい指示や進捗状況の確認もあるからだ。


 殿下の近くに据えられている書記官用の机にエミナは近づいていく。あまり大声での会話は漏れ聞こえることから出来ない。

 同じく据えられている椅子に着座して、侍女が入れてくれた茶を飲み、まずは気分を落ち着かせていく。人払いを殿下に頼み、侍女が離れたことを確認してから噛んで含めるように話し始める。


「さて殿下。何をおいてもまずは、あのお方、天音詩織様を客将【きゃくしょう/客分待遇の武将】として遇するのです。大将軍としてラルキ全軍の指揮権を与えたとしても軽いくらいであると、私は考えます。

 諸宮軍との調印の際も、是非に御供として帯同してください。相当の牽制にもなりましょう。

 もし……、これが『偽りの調印』であったとしても、客将として遇しているならば、必ずや殿下をお護り下さることでしょう」


「……それほどの腕前だというの? こう言ってはなんだけど、あの御仁は女性【にょしょう】であり、獣人でしょう?」


 その言を聴くやエミナは『バンッ!』と、非礼にも拘らず思わず机を叩き、語気を強めて言う。


「殿下! そのお考えは速やかに改めていただきたい! 

 諸宮軍には獣人を主力とするダンジョンもあれば、軍を率いる女将【じょしょう】もおります!

 ましてや殿下ご自身も、その女性【にょしょう】なのです! 

 そしてなによりも、その何も考えていない軽薄にして軽率な発言により、危難に遭うのは『民』なのですぞ!」


 血相を変えて、諫言してくるエミナを見て……リーナは己に恥じ入った。

 確かにその通りだ。我らは『無血開城』などと取り繕ってはいるが、その実は『降伏』なのだ。

 その降伏を願い出た占領軍の一翼を担う獣人や女性を愚弄して、なんとするというのか……。

 諫言を我が事のように真摯に行うエミナを観て、リーナは親友としてエミナが近くにいたことを感謝する。これが阿諛追従【あゆついしょう/相手の機嫌をとるために媚びへつらって、己の保身や利得の獲得を図る事】しか行わない臣下であったならば、リーナの愚かな物言いを礼賛しているのだろうと考えると、身震いしてしまう想いだった。そしてリーナは、己の浅学菲才ぶりをも自覚する。


「エミナ、すまない……。いまの言説は、確かに余りにも度し難い愚かな発言であった。許せ……」


 『過ちを認めて正すことができるならば、貴女はまだまだ歩いて行けるのです』と、そんな事をエミナは思いながら、さてどう話していけばと思案にくれていたのだが、リーナ自らが話を振って来た。


「エミナ、説明してちょうだい。あの天音殿は如何なる人物なの? あまりにも掴みどころがないゆえに、どう対応してよいのかわからないの……」

 取り繕う事はせずに、虚心坦懐にエミナに問うた。


「わたくしも、詩織様の全てを知悉【ちしつ】しているわけではありませんが、その『人となり【生来の気質・人柄】』は私が保証しましょう。それと『当てのない自由な旅』をしておられるのも確かかと。そうであるならば、これは好機です! できるだけ長く、この『ラルキ』に逗留して頂くのです」


「それと……、調印の際の供として同道させろと言っていたのけど、その……『武人』としての腕前は、どうなの?」


「それに関しては、私は未熟故に適切な論評を持ち合わせておりません。ですが……」


「なに?」


「剣聖と同等か、それ以上かと……」


「な?! なんです……ッて? 世に名高く謳われるあの『剣聖』と同等か、それ以上? からかっているの、エミナ?!」


「私では寡聞【かぶん】にも、書物でしか剣聖の技を窺い知ることはできません。ですが、たった二呼吸の間で十二名もの聖堂騎士団員を斬り伏せ、余技で二名をも屠【ほふ】ることができますか? それに、そのような絶技でさえ詩織様にとっては、単なる児戯に等しいのではないでしょうか?」


「一四……」 ゴクリと嚥下【えんか】し、喉が鳴ってしまう。

 帰路に襲撃があった事は簡単には説明を受けていた。だからこそ、改めて聞いて驚く。

 聖堂騎士達の戦いぶりは幾度か見ているのだが、あの者達は確かに『強い』と断言できる。

 それほどに『強い聖堂騎士達』を瞬時に多数屠ったのだと、全幅の信頼を置くエミナが実際の出来事として証言している。逆にエミナが証言しなければ一笑に付してしまう出来事だと言えた。


「詩織様は誠心を持って誠意を尽くせば、温厚なお方です。多少、礼節を欠いたとて些事として受け流していただけます。ですが反面、非常に峻烈【しゅんれつ】な面も併せ持っておられます」

 そんなリーナの心情を知ってか知らずか、エミナは滔々と述べていく。


「しかしだな、いかな強者とは言え……所詮『一人は一人』なのではないの?」


「詩織様は路銀稼ぎに、ラルキ周辺域の盗賊団やら犯罪集団などを、それこそ根こそぎ潰して回ったようです。それでも一度も手傷を負っておられぬ御様子。

(詩織様には治療術もあるので一概には言えないが……、もし傷を負ったのであれば、その召し物【衣服】にも何らかの傷などがあるはず。ですが道中、それとなく何気に観察したのだが、着衣に乱れも解れ【ほつれ】もないので、そのように判断した)

 そんな盗賊討伐も、単なる『訓練替わり』だとも仰っておられました。

 芝居小屋や流れの吟遊詩人が語る『一騎当千の一人軍隊』とは、正にあの御方のためにある語という事です。

 しかし、この盗賊狩りは我らラルキにも僥倖でありました。戦闘地域に近いため小規模の盗賊団などは逃亡しており、中規模、大規模の盗賊団といえば、ほぼ詩織様が討伐されております。あとは敗残兵などの無軌道な集団や無頼の輩としての個人ですが、これは極少数に留まるでしょう。ですが戦乱が治まるなり遠のくとなれば、我らがラルキも兵が少数となっているため、周辺域の治安は悪化の一途を辿ることにもになりましょう。そこで正規に領として詩織様に治安維持と討伐を依頼し、治安をなんとしても安定的に回復させて、状況の好転を図っていかねばなりません」


「それは、またなんとも……。その為にも客将の待遇という訳か、納得のいく考えだな。わかった、詩織殿を客将として迎える。

 あとで、将帥として迎えるこ――「今すぐです!」……いますぐ将帥として迎える手続をとろう」

 非礼とは承知で、エミナは口を挟んだ。

 時を置けば『熟慮だ、慣例だ、前例だ、何これだ』と理由を探すか、創り出して干渉してくる者達が、必ずいると容易に想像がついたからだった。

『この好機を逃す訳にはいかないッ!』そんな思いからだが、リーナもその熱意に感銘を受けたのだった。

 エミナとしても『やや私情が絡んでいる』とは自覚しているが、私情以上にラルキの前途と姫様の未来が懸かっているのだから、その真剣さが口調にも乗っていた。


「それから、家中の者にも強く厳命してください。詩織様をラルキの賓客として迎え客将に任ずるので、侮り愚弄する者は、『その身分職位の如何にかかわらず、厳罰に処する』と」


 長きに渡る戦乱で根深いであろう獣人への悪感情・隔意を考慮する必要がある。

 無意識にでも、その所作で詩織様には判るのだ。


 それが緊張や、より良き接遇のための不意の不作法ならば、詩織様ならば鷹揚【おうよう】にお受けいただけるだろう。

 だが、敵愾心などを持っての不作法ならば、それは気分を害することは覿面【てきめん】だろう。


「……」

 姫様……。姫様は戸惑う表情を浮かべておられますが、詩織様をラルキに迎えることは、まさに天の龍を家中に招くのと同じくらいに頼もしく、そしてとても緊張する事なのですよ? 

 ……それと知って逆鱗に触れて、剰えその尻尾を意図して蹴飛ばそうものなら……それは……。

 エミナは、無意識にゴクリと嚥下【えんか】し、兎にも角にも、おバカさんがいない事だけを切に願うのだった。


 ・

 ・

 ・


「殿下、失礼します! 遠方に軍勢と思【おぼ】しき集団を視認致しました。また軍中より五騎が出でて、ゆっくりと接近中であります」

 緊急の事ゆえに、ノックと同時に扉が開けられ報告が上げられる。


「それは使者だ。開城の確認のために来ている。絶対に手を出すな。殿下、使者が帰投すれば城外に設営された天幕にて、双方の指揮官が調印署名することになっております」

 エミナが冷静に『状況の確認』と『補足説明』をリーナに行っていく。


 その言を受けてリーナは心を落ち着かせるべく大きく深呼吸し、一拍おいて言葉を紡いだ。

「わかった。諸宮軍の良識に賭けよう。天音詩織殿を……客将殿をここにお招きしろ。丁重にな」

お読み頂きありがとうございました。

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