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38 帰路での出来事は突然に

冒頭より、刺激が強いと考えられる描写 が散見されます。

お気になされる方は、◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ の箇所まで、飛ばしてください。

飛ばされたとしても、本話本文中におけるストーリーに、大きな齟齬は(おそらく)ありません。

 《 SIDE:敗残兵崩れ 》


「来たぜ」


「見りゃ、わかる」


「よし、矢を番【つが】えろ。殺すなよ、馬を狙え。……いまだ!」

 十三に及ぶ矢が放たれ、疾駆している二騎の側面に襲い掛かった。


 少々浮かれ気味で馬を駆っているエミナのやや後ろにつき同じく馬で駆けていた隊長が、微かに動いた木陰の藪の動きに気が付いたのは、正に僥倖【ぎょうこう/偶然の幸運】としか言いようがなかった。


「走れッ!」

 何が起こったのかすら確認せずに、即座に声を張り上げる。

 そして鋭い声とともに増速し、己の体が防壁になるようにエミナの乗る馬の横につけて並走し始めた。


「なにが?!」

 エミナが驚くのもつかの間、矢が至近距離を通過していく風切り音が流れていく。


「全力で駆けろ。振り返るな! 行けッ!」

 声を張り上げてエミナの騎乗する馬に増速を促す。


「この馬鹿! 何をやってる?! 逃げられるぞ! 護衛を狙って、もう一度射ろ!」

 矢が外れてよほど慌てたのか、怒声交じりに指示を出す。

 だがそれは、自らの位置を露見させる行為でもある。

 『逃げられるかもしれないという焦り』と『矢を外すという失態と怒り』の相乗効果で、そこまで気が廻っていないようであった。


 ・

 ・

 ・


 エミナは森の方から怒声が聞こえた事で『自分達が狙われたのだ』と漸【ようや】く気が付いた。

 急ぎ馬を増速させる。

 『いったい誰が? 何のために?』などと、もはや詮索している猶予はない。

 護衛隊長といえば、私を相手の射界から遮るように移動していく。

 巧みな手綱さばきだ。


「身を低くし、我が影に入れ! 停まるな!」


 そんな声をかけながらも抜剣し、再び射掛けられた一〇本の矢を打ち払うが、それでも全ての矢は打ち払えずに、馬に矢が刺さる。

 堪らずに馬は崩れ落ちるが、転倒に巻き込まれる前に、隊長は自らの身を投げ出した。下手に馬の巨体に圧し掛かられたら、ただでは済まないからだ。

 受け身をとりつつ態勢を整え、即座に応戦の構えを取る。


 護衛が斃れるのを待っていたかのように、やや一拍おいて追の矢が四本射たれる。

 恐らく指揮官格と弓の得意な兵が狙って射たのだろう。

 距離がある中でも二本が馬に当たり、一本がエミナの足の大腿部【だいたいぶ】に突き刺さった。

 馬は嘶【いなな】きながら、健気にも少しでも遠ざかろうとしたが、耐えきれずに崩れ落ちる。

 エミナといえば運よく投げ出されるが、受け身をとることが出来ずに地に叩きつけられて気を失ってしまった。


「卿!」という護衛を務める隊長の鋭い声が響き渡る。


 ・

 ・

 ・


 獲物を仕留めようと駆け寄ってきた襲撃者が、エミナに駆け寄ろうとする護衛隊長を阻止するべく、攻撃を仕掛けてくる。


「卿! 卿!」 ギィン!

 囲まれている中で、なんとか振るわれる剣を弾き、声を張り上げ呼びかける。


「ほォ……? なかなか、やるじゃねーか」


「聖堂騎士ともあろう者が、何故このような狼藉を働くのかッ!?」


 襲撃者の一団は聖堂騎士団の残党だった。

 身に着けた装備類から、すぐにその所属は知れた。


「お、こいつ。女だッ!」

 そんな声が離れたところから聞こえる。


「理由なんざ、あるわけね~よ。だが、お楽しみが増えたがな」

 ちらりと倒れ伏している女に視線を流し、ニヤリと下卑た薄笑いを浮かべる。

 そして、これ見よがしに舌舐めずりをした。


「き、きさまーッ!」


「おい、いつまでそいつに手間取ってるんだ? 囲んで一気呵成にやるんだよ!

 だが、殺すな。聞きたいことがある」

 エミナ殿が生きていることを確認したのか、指揮官格であろう別の男が声を発する。

 そんな声に反応したのか、半包囲してから同時に切り掛かってきた。

 護衛隊長もよく耐えはしたが、捌き切れずに打ち倒されてしまう。


「それで良い。やればできるじゃね~か、そいつから何故ここにいるのか聞き出しておけ」


「そこの女で、いいだろうが」


「女には違う使い途があるだろうが。女にしかできないな~」


「だけど『卿』って呼んでたぜ? 貴族じゃねえのか?」


「貴族の女は、久しぶりだぜ」


「また始まったよ。こいつの悪癖がよ」


「ほざけ。こちとら『表の仕事』に『裏の汚れ仕事』まで請け負ってるんだ。役得も必要だろうが」


「よく言うぜ。物色がてらの『表の仕事』だろうがよ」


「だけどよ、ここでの『頭』が死んじまったぜ?」


「また違うお軽い『頭』を探せば良いだろうが。なんだビビってるのか?」


 痛めつけられている護衛隊長を見やり、

「喋ったか?」


「いや、なかなか口を割らねェ……」


「はん、まぁ予想はつくがな。凡そ停戦か降伏だろうよ。おい、そいつを縛って連れて来い。この女を弄ぶのを見物させろ、それで喋るようになるだろ」 


「おい、この貴族様、気絶してるぜ?」

 エミナの腕を持ち上げながら、いまだに『意識が無い』事が分かったようだ。


「ちッ、それじゃ面白くねェな。おれは女の悲鳴と、屈辱と恥辱で引き歪む顔が好きなんだよ」


「矢を引き抜けば、いいじゃねーか?」

 言うや否や、矢柄を掴み引き抜く。


「うっ」

 わずかに苦悶の呻きを漏らすが、まだ項垂れている。


「まだ目を覚まさねェのか、それじゃ『これ』でどうだ?」

 そういうやいなや、無造作に矢傷に指を突き入れ掻きまわす。


「ウッ?! ギィィ、アアアア――ァァ~~! ッカハァッ ……ハァハァ……」

 余りの激痛に身を捩じらせる。


「おっと、御目覚めのようだぜ。へへ」

 矢傷から指を引き抜き、血に塗れた指を舐めつつ喜悦の笑みを浮かべていく。


「お貴族といえど、血の味は変わらねぇ~ようだな」


「久々だからな、滾【たぎ】るぜ。おい、押さえとけッ!」

 突如抑えられ、組み敷かれる。防御本能なのか無意識なのか声が出た。


「?! やめて! イヤァ、キャァァアア!」


「うるせい!」

 周りの一人が抵抗されたのが気に入らないのか、遠慮もせずに蹴り上げ、右手首と顔を踏みつける。


「かはァッ!」


「おい邪魔だ、顔が見えねェだろーが。あ~あ、綺麗なお顔が汚れちまって」

 隊長格の男が手拭いで、手荒に土を拭き落していく。


「さて、楽しもうじゃねーか。ふへへ、いくぜ~」

 気が早い敗残兵は、鎧やら肌着やらを下卑た薄笑いを浮かべながら脱ぎはじめた。


「……」

 意識が戻ったのか、最後の抵抗のつもりなのか、唇を噛みしめ睨みつける。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 《 SIDE:エミナ・リュティガー 》



 帰路に襲撃者と思わしき一団から襲撃を受けた。

 すぐに危険を察知した護衛隊長は、己の身を呈して時間を稼ごうとしてくれている。


 一体誰がこのような襲撃を企てたのか? 


 そんな疑念が頭を過【よぎ】るが、まずは隊長の言に従ってこの場を脱しなければならない。

 私如きの腕では、この場に踏み止まっても応戦しても逆に足手まといになる。

 それに軍使の任は果たされ、無血開城の約定も成っている。

 この『報せ』を、何としてもラルキに届けねばならない。

 ここで護衛隊長を残して、私のみが強行離脱することは非情かも知れない。

 だが隊長とて『何が優先されるか』は、公務に就く者として理解しているはずだ。


 やむを得ず、この場を離脱すべく身を低く屈めて駆けるが、多数の矢を射掛けられてしまう。騎乗しているに馬に矢が当たり、同じく私は足に矢傷を受けてしまった。

 矢を受けた馬といえば、力を振り絞って此の場から離れようとするも、やがて崩れるように倒れてしまう。そして私は、そのまま投げ出されることになった。

 大地に叩き付けられ衝撃で気を失う瞬間、「卿!」と叫ぶ護衛隊長の鋭く緊迫した声が、聞こ……え……た。


 ・

 ・

 ・


「ウッ?! ギィィ、アアアア――ァァ~~! ッカハァッ ……ハァハァ……」


 燃え盛る炉に手を入れたが如き激痛に、意識が意識が戻った。

 だが、同時にあまりの激痛に目までがチカチカと明滅し、呼吸までが荒くなってしまう。

 そんな中で、矢傷から血に塗れた指を引き抜く様が垣間見えた。

 激痛の原因は理解できたが、現状がいまだ認識できない。


 そして、なにやら話し声が聞こえてくるが、まだ意識が混乱し内容が上手く聞き取れない。周囲の状況も理解できぬ中、突如として抑えられ組み敷かれる。


「?! やめて! イヤァ、キャァァアア!」

 無意識に声が出たようだ。

 抵抗されたのが気に入らないのか、遠慮もせずに腹部を蹴り上げ、右手首と顔を踏みつける。


「かはァッ!」


 再度の痛みで意識が覚醒し、組み敷かれている状況を理解した。

 な……?! こいつ、私を凌辱する気か!?


「さて、楽しもうじゃねぇ~か。ふへへ、いくぜ~」


「……」 

 眼は背けない。 唇を噛みしめ歯を喰いしばり、この屑【くず】を睨みつける。


 ・

 ・

 ・


 タタタ――。

 静かに、そして疾風迅雷の如き動きに、影さえ追いついていない。


 トッ……、――ヒュン。

 そのままの勢いで跳躍し、空を舞う。

 そして――紫電一閃――。一条の煌きが流れる。


 ……ザッ、ファサ……。

 着地と共に衣擦れの音が追いつき、初めてその存在に気が付いた。


 ・

 ・

 ・


 ボト……。ブ、ブジュ……シュ――――ッ。


 首級【しるし】が、ゆっくりと墜ちていく。

 私に伸し掛かっていたこの屑【くず】は、自らの首級を失ったことに気が付いたのだろうか。

 まるで理解ができないとでも言いたげに、首のない操り人形のように身体をユラユラと揺らしている。

 そして心臓の鼓動に合わせるかのように血を噴出させているのだが、やがてその勢いも失われ、糸が切れたかのように後ろに倒れ伏ていった。


「「……」」

 残った下種のこいつらも、私も何が起きているのか理解できず、身じろぎする事もできない。

 暗闇に覆われた夜の森の中で、姿が見えない飢えた肉食獣の唸り声を聞いている気分だ。

『下手に動いたら死ぬ』と本能で悟ったというべきか……。


 数瞬が経った故か、はたまた屑の血を浴びて現実に引き戻されたのか、声を張り上げた者がいた。


「な、な、なんだ、てめェーは?! 誰だ、てめぇーは!?」

 恐れで上擦った声に呼応するかのように、周囲の下種も武器を構えだした。


「妾は、お前たちにとっての『死』だ。見ればわかるであろう」

 ある種の異様な緊迫感で満ちるこの状況下でも、鈴のような声色と『当然』だというような声調で応えて、首級無し【くびなし】をその頤【おとがい/下顎』でクイッと指し示す。


 その『死』を名乗る者の装いといえば、全体的に白を基調としたゆったりとした仕立ての良い召し物を帯で締め、手甲といった必要最小限の防具類を身に着け、黒に金糸で刺繍の入った外套を羽織り、胸の前で飾り紐で留めている。ここら一帯では見かけない装いではあるが、美しい。

 またその容姿といえば、ピンと立った耳に一尾の尻尾、茶系の黒髪に蒼の瞳、意志の強そうな眉の形。凛々しくも清楚な雰囲気に、清冽【せいれつ/清らかで冷たく澄んでいる》な佇まいがあり、当然ながらに見目麗しい女性だ。

 そして、その手に持つ反りのある剣も負けず劣らずに美しい。あまりの美しさに凝視してしまうが、斬ったはずなのに血糊さえついていないことに気が付いた。

 血糊すら残さずに首級を落とす……、そんなことが出来ることを今初めて知った……。

 その剣の斬れ味が凄まじいのか、技量が隔絶しているのか、はたまたその両方か……。私如きでは判然としないのだけは判る。


 一方で、その余りにも端的過ぎて慄然【りつぜん】とする名乗りと、その身に纏う異質な美しさに、気圧されていく屑のお仲間達。


「け、獣風情が! わ、我らを光神教会、聖堂騎士団と知っての事か!」

 ここで初めて、この屑の輩共が聖堂騎士団の敗残兵だと気が付いたのだが、こいつ等は……敗残兵と言うよりも、逃亡兵のような気がする。


 その余りにも欲望に満ち満ちた姿で、神の御名を誇らしげに語る……いや、騙り、権威に縋りつこうとするその愚かしさが、余計に際立つ物言いだった


「お前らの神とやらは、下半身むき出しで女を襲うことが教えの一つなのか?」


「……ぐっ」


「どうした、お前らの教義に従ったらどうだ? 臆したのか、まさか女如きに?」


 どうやら助勢してくれるらしいこの義士が、ゆるりと無造作に一歩踏み出せば、下種は無意識なのか二歩下がる。

 刀光剣影【とうこうけんえい/殺気立ち緊迫した状況】、まさに一触即発の間【ま】であると言える。

 だがその実態といえば、一方は眼光鋭く睥睨【へいげい】し、もう一方はその圧を受けて気圧され恐慌寸前であった。


 急速に高まる恐怖に耐えきれずに、その間【ま】が一気に崩れた。


「う、うおぉぉ――かヒュ……」


 恐怖を振り払うかのように、裂帛【れっぱく】の気合と共に下種の一党が斬り掛かっていくが、『死』を名乗る義士に瞬時に一人が斬られ伏せられた。

 その一人が崩れ落ちていくその間にも、次々と斬り伏せられていく。

 流星光底【りゅうせいこうてい/流星の如く一瞬の煌く光)の一閃。

 一呼吸の間に手近にいた二人、同じく一呼吸目で間合いを詰めて五人、二呼吸目で四人。

 血風と共に血煙が立ち込める。……音すらない……。

 あとに残るは、静かに佇む彼【か】の麗人と、地に刺さったクズ共の剣のみ。


 ――万夫不当、一騎当千、一人軍隊の独壇戦功――

 『強さを称える語句とは、このような戦いぶりを指しているのか!』と場違いな事を考えてしまうほどに、あまりにも場違いな実力だった。


 そんな異様な場には、臆して出遅れたのか、鎧を脱いで上半身半裸になっている下種がただ一人のみ、残されていた。


「おい、お前。後ろにも気を配るが良いぞ」


 その義人は刀を軽く振り、鞘に戻しながらも悠然と言い放つ。

 『もう自分の役は終わっている』と態度で示しているかのようだ。

 そんな様子に釣られて、『こいつの他にも、まだ誰かいるのか?!』と考えたのか、一人だけ残った下種の輩が振り返る。


「なにッ、ガッ?!」

 瞬きの刹那で間合いを詰め、首筋に手刀を放つ。


「戦いの場で振り返えるでないわ。『後ろにも気を配れ』と言ったであろうが。それにしても、ただの言葉遊びの類【たぐい】に、こうも容易く引っ掛かるとは。所詮は下郎ということか」

 崩れ落ちる相手を見やりながら、事もなげに言い放つ。

 悠然と佇んでいるが、その白の召し物には返り血の一滴すら付いておらず、その清廉さを誇っているかのようであった。


 そんな中、突如殺意を纏った飛来音が鋭く鳴り響く。


 ヒュッ! ビィッ!


 機を窺っていたのか、隠れていた射手が木陰から矢を射かけたのだ。

 だが、まるで気が付いていたかのように死角から飛来した矢を、この義心ある御仁は矢が飛来する方向すら確認せずに、右手の中指と人差し指の二指で挟み止めた。

 仕留め損ねたと即座に判断した射手は、踵【きびす】を返して脱兎の如く逃げようとしている。


 この射手は、他の者達が女を組み伏せて悦楽の宴を催そうとしている中でも、敢えてて離れて周囲を窺い、警戒を怠らずに身を隠し続けていたのだろう。

 更には、戦いが終局し気が緩むであろうその瞬間を見計らって矢を射掛け、仕留め損なったと観るや、即時に退くという咄嗟の状況判断の的確さと迅速さ。

 そのいずれもが、訓練と実戦経験を積んだ熟達の趣がある。


 そんな熟達の射手から射られた矢を、事も無げに挟み止めた事に私が唖然としている中、その御仁は地に刺さっていたクズ共の剣を徐に引き抜き、上に無造作に放り投げた。そしてクルクルと落下してくる剣の柄頭に掌底を打ち込み、剣を文字通り撃ち込んだ。

 撃ち出されたその剣の軌跡は陽光を受け、まさに一閃の煌きを残しつつ一直線に飛んでいき、ここまで『ダンッ!』と言う音が聞こえてきた。そして遠景には木が揺れて木の葉が舞い散る様が観えた。狙った相手である先の射手ごと樹木に突き刺さり縫い付けたのだろう。この義人の振る舞いから見ても、的を外して『先の射手は逃げおおせた』という可能性は絶無であると確信する。 


 そんな絶技を子供が遊ぶ玉投げでもしているかが如く、事もなげに行った御仁といえば、体を斜【しゃ】に構えて、遠景の木を一瞥【いちべつ】しつつ僅かに首を傾げている。そして微かに目を細めて調息し、軽く息を『フゥ~……』とついている。


 

 ……この表情、みたことがある。

 お城の厨房で見たことのある『あの表情』だ。

 そう、晩餐会に供される献立を仕上げた筆頭調理人が、出来た料理の品々を見ながら「ま、こんなもんだろ」って感じの、あの表情。

 もちろん城付きの筆頭調理人が仕上げたのだ。その出来といえば、最上にして最高の出来栄えが保証されていることは、言うまでもない。

 この義心ある御仁の所作の様に……。


 一連の体捌きに、薫り立つ色気と所作。

 私の心は陶然【とうぜん/ウットリした気分】として、無意識に頬に赤みがさし、やがて顔が紅潮していく……。

 なにか、体というか腹部の奥が疼【うず】くのですが……? 

 蹴られたからでしょうか……。


 見惚れてしまうが、一方では正直恐ろしくもある。

 昔読んだことがある書の一節が浮かぶ。


 ――『完璧すぎる美しさは、ときに人に畏怖を呼び起こす』―― 

 正に、この事かと納得した。


 一連の討伐? が終わり、私と護衛隊長は手当までしてもらうことになった。

 さすがに戦い? のあった現場での治療は少々『気が引ける』と思っていたところ、こちらの意を察していただいたのか、少し離れところに身を横たえるために抱え起こされた。その際に伝わってきた芳しい花の香りに動悸が激しくなっていく。

 そして丁寧に横たえられた場所と言えば、すでに下種どもが脱ぎ捨てていた外套を御仁が持ってきて敷いてくれており、石などは取り払われていた。

 ゆっくりとした所作で労わられ、負傷具合の確認や簡単な問診などを受けていく。

 所見では、隊長は骨折と裂傷及び打撲多数であり、私は矢傷と打撲及び擦り傷、そして腹部内臓からの出血という見立てでした。

 『治療をするか』と問われ、この場に長居は無用であるし、早く『報せ』をラルキに伝えなければならない事を勘案して、応諾する。

 止血や包帯を巻くなどの簡易的・応急的な治療なのかと思いきや、治癒術での対処となった。

 それにしても治癒術まで精通している事に驚嘆せずにはいられない。特に私には念入りに治療をして下さったようだ。動かないようにと言われ、じっとしていたのだが、手持ち無沙汰で不躾ながら思わず尻尾を凝視してしまっていた。

 だからこそ気が付いたのだろうか、仄【ほの】かに尻尾が輝いている?

 それとともに他に八尾もの尻尾が、朧気おぼろげながらに見える……。

 ……なるほど、幻覚まで見えるとは、確かに私は重症の様だな……。

 ……九尾などありえない。


 その手際の良さと礼節を守ったやり取りに、高い知性と深い智慧【ちえ】、そして高度な教養を持ち合わせていることは明々白々。

 当初はこの義人を警戒していた護衛隊長すらも、その対応を改め言葉遣いまで気を使っているのが、少々おかしかった。


 治療するにあたり、この御仁は自ら名乗られた。

 その御名は『天音 詩織【あまね しおり】』様と仰られるとのこと。

 聴き慣れぬ発音に戸惑いを覚えてしまうが、二つの音が一旦切られていることから、家名のある貴族、それも高位貴族と判断したのは我ながらに好判断と言えるだろう。

 その高位貴族が『いまは御一人なのか』と私が問うと、今は一人であるという。

 だが供回りのいない理由は述べられなかったので、あえて聞くことはしない。

 踏み入るべきではないと思ったのだ。

 恐らくは実力が高すぎて、護衛の者ですら『ついていくこと』が出来ないのではないかとすら思う。


 そして旅をなさっているのだろうかと思い、その目的地を聞いたのだが……。

 見聞を広める旅ではあるが、それゆえに『宛てのない旅』でもあるらしい。

 また旅費稼ぎに『盗賊狩り』をしていたとの応えには、驚愕してしまった。

 近頃、獲物の盗賊がめっきりと減ってしまい、河岸を変える【かしをかえる/場所を変える】か考えていたところに、騒ぎを聞きつけ駆けつけてくれたらしい。


 あの……『ベルザル大公国とこの一帯は戦場が近く、野盗の類は近づかないかと……』と、お教えしたら困惑しておられる。

 ならば、此度の助勢の礼を兼ねて是非に『我らがラルキ領に滞在していただきたい』と懇願してしまう。

 それは『構わない』と了承の旨を受けるが、その際に天音詩織様から、そちらにいらぬ波風が立つのでは? と懸念されてしまった。

 おそらくはベルザル大公国が光神教会の勢力下にあり、その光神教会の教義たるあの歪み捩じれた『人間至上主義』の事に言及されているのだろう。


 ああ……そうか。『旅の途中での扱いが良くなかったのだろう』と思いを馳せる。

 主に人族からの扱いだろうが『その人族はどこに目をつけているのか? そして頭の中身は空っぽなのか?』と憤慨してしまう。

 これだから他の種族から『毛無し猿』などと嘲笑され侮蔑されるのだ……、と暗澹【あんたん/見通しが立たず希望がない】たる気持ちになった。


 それにも関らず、天音詩織様が『こちらの事情』にまで心を配って下さっている。

 つまりは『人間至上主義』を掲げる光神教会が影響力を有するベルザル大公国の一領であるラルキ伯爵領に、獣人たる己が滞在なり訪問すれば『光神教会からいらぬ介入なりを受けるのではないか』と慮られているのだ。


 また、これほどまでに玲瓏【れいろう/美しく輝く】にして佳人【かじん/美しい女性】であるにも関わらず、その美しさに頓着【とんちゃく】しておられないのか、『ほれ、妾はこれぞ』と両の手を頭の上に添え、その指をヒョコヒョコと動かして耳を動かす真似をしている。そんな剽軽【ひょうきん】な仕草をしているのが、またなんとも可愛らしい。

 ――己は獣人だ――と、仰れたいのだろう。

 だが、そんな剽軽な仕草をしていることからも、単なる『暴虐非道の輩』ではない事は一目瞭然。

 そもそも、無血開城すれば獣人も多数いる諸宮軍が入城するのだ。いまさら獣人に忌避観を持つなど論外だ!

 獣人への対応は、姫様を含めたラルキの問題でもあるが『天音詩織様』という名実ともに明らかな高位貴族を目のあたりにすれば、考えを改める端緒になるかもしれないという打算も働いた。 


 ――禍福は糾える縄の如し――


 今回の襲撃を『禍』と見れば、この御仁に助けられたのは、まさに『福』の一言である。

 かつて読んだ書の一節、この一節を見た時に考えたことがある。

 ――『到来した『福』をどの様に解釈して、如何に活かして『次』に繋げば良いのだろうか?』――と。


 これほどの御仁との誼【よしみ/交友・友誼】》を通じる機会など、まずありはしないだろう。

 この機を逃してはならないッ!

 この機を契機として誼を繋ぎ、何としてもラルキへ『客将』として招きたい。

 私の個人的感情ではなく、姫様のため、延【ひ】いてはラルキのためにもだ。

 ……大事な事なので二回繰り返すが……『私の個人的感情ではない』……はずだ。


 ・

 ・

 ・


 因みに首筋を打たれて昏倒していたクズの兵士だが、当初は尋問を行った際に詩織様を睨みつけていた。だが詩織様と視線が交錯するや、ビクンッと身体が軽く跳ねる。すると途端に恍惚とした表情を浮かべて、素直に応じ始めた。

 これが、実力を兼ね備えた本物の高位貴族の御威光なのかと感心してしまう。

 そののち、きつく縛られた上で浅く斬られていく。

 さらには、下種どもの荷物から探り出した蜂蜜酒を無造作に浴びせかけて放置しました。

 詩織様曰く、「妾達がここを離れれば、野生の獣や昆虫などが血や蜜に誘われて群がり、後は綺麗に始末してくれる」とのことです。


 そして騎乗してこの場を離れる際に、遠目ながら大樹に縫い付けられた骸が観えた。


 ……内心、怒らせないようにしようと、二回秘かに誓ったのは……御内密に……。


お読み頂きありがとうございました。

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