37 策成りて、咲く花もある
《 SIDE:エミナ・リュティガー 》
例のアイアンゴーレムの事は、やはり判然としない。
案内のロッド・ブロウ殿に聞いても「アイアンゴーレムです」としか教えてくれない。
隊長に話を振るが、旗を持ちながらも肩をすくめている。
ジェスチャーが巧くなってきましたね……。だけど、今は普通にしゃべっても良いのですよ。
そんな事を考えながら歩を進めていくと、大きい天幕が見えてきた。
はてさて、この会談どうなることやら……。
ダンジョン勢は派遣軍を打ち破りながらも撤退せずに、ここまで進出してきたのだ。戦場で挙げた『戦果』を、確実に『戦略上の成果』に結び付けたいと考えているはずだ。
そしてそれは『何らかの成果を得るまでは、退くことは無い』という事を意味している。
逆にいえば『何らかの成果』を得られれば撤兵する事もあるという事。
その求める成果が『ラルキ自体なのか、それとも別の何か』なのかまでは、今の段階では推し量り様が無い。
単純に『財貨を渡せば引き返す』ということではないだろう。
財貨を得て引き返すならば、諸宮は短期的には利益を享受できるだろうが、長期的にはジリ貧に陥ることになる。
ラルキとて時機を見計らい、兵を集めて防備を固めて、再びダンジョンに侵攻する際の後方策源地として機能する事になる。
それでは結局のところ、諸宮にとって全くの『振り出し』に戻ってしまうことになる。
『小さく勝って、大きく負ける』を繰り返す賭博と同じだ。
もっとも最終的には、どちらかが再起不能になるだろう。
いや……、双方ともに再起不能に陥る。
ダンジョンは最終的には潰え、ラルキとて絶えぬ戦火で『荒廃の一途』を辿る事になるだろう。
そして最もその利を享受する事になるのは、ベルザル大公国である。
これでは賭博の胴元と同じ構図ではないか!
そもそもが賭博とは胴元が『最終的には勝つ』ように設計され造られ運営されるのが常なのである。
此度の敗戦とそれに伴う窮地も、大公による『各領の力を消尽させるための策』の一環なのか? と邪推したくなるくらいだ。
それにしては、あまりにも『お粗末な策と結果』ではあるが……。
なぜダンジョン勢からの逆侵攻を想定してしないのか……不思議でならない。
なにか込み入った事情でもあるのだろうか……?
かつて姫様が大公にご挨拶するためにベルザル大公領の主城に参内した折、御伴として遠目に垣間見たベルザル大公は、とても『ふくよか』であったと記憶している。
あのたゆんたゆんと肥えた腹の奥底に『遠大なる秘策』があるとでもいうのだろうか? 詰まっているのは『欲望』と『脂肪』だけのような気がする。
なんにせよ……『遠大なる秘策』が有ったとしても、現状では完全に破綻しているといえよう。なにせ『竜虎相搏つ』や『二虎競食』の喩えで言うならば、一方はすでに瀕死の状態だ。
――『双方が長く相食み激しく戦い合う事で、双方共に消耗させていく。そして弱り切ったところに己が介入し、その利を掠め取る事』――が策の眼目【がんもく/主要点】であるならば、現状では的を大きく外している。それどころか、いまや一方が一方を併呑する勢いである。
現在の結果から観れば、単に生贄を差し出している状態だ。
しかも併呑したダンジョン勢が、その勢力を急激に伸長する契機にすらなりかねない事態である。
これでは『策が破綻していない』とは、さすがに言えない。
案外、元より策など無かったのかもしれないが……。
何【いず】れにせよ、ラルキが不本意ながら『望まない危急存亡の刻』を迎えさせられている事に変わりはない。
ここで巧く立ち回りつつ、この危機を切り抜けなければ、全てが水泡に帰する事になる。
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会談に臨む前に、軍使としての人定確認が行われて、ようやく会談が始まった。
ふぅ~、『ここからが本番だ』と気を引き締める。
この会談に出席するのは、当たり前だが連合軍首脳部だ。
中央に円卓が置かれ、私の正面に総大将、その左右に副将達が左右に半円状に陣取っている。
軍主力はイザヨイなのだから、正面にいるのがイザヨイ一党ということになるだろう。
中央に若い男、その左右に赤の鎧に薄い褐色の肌のダークエルフと、黒い鎧姿の武人。
両翼に、各ダンジョンの諸将という感じか。
他のダンジョンの諸将達も歴戦の趣が確かにある。だがイザヨイの『赤』と『黒』の二名は、明らかに『格』が違う威風がある。
幕営に入り、ざっと見渡したが、やはりイザヨイが浮き上がっている感じ。
場違いというよりは段違いな感じか。
つまりは発言力は、かなり上ということ。
要【かなめ】となるのは、やはり『イザヨイ』であると観た。
それにしてもこの場で、黒い鎧とは珍しい。
黒い鎧は貧乏騎士・貧乏剣士と相場が決まっている。
なぜなら汚れ・傷・錆が目立たないからだ。
副将の位に就くほどの者が、あえて黒い鎧を身に着ける。
ダンジョンには『ダンジョン流の流儀』があるという事なのだろうか?
まさか今時、『勇名』と『悪名』を同時に馳せる黒騎士気取りではあるまいに……。
質疑応答が成されるが、主に話しているのは両翼のダンジョン諸将と中央の総大将の男。
まだ若輩なのだろうか、精一杯頑張っている感じが良い感じ。
徐々に条件などが醸成されていくが、未だイザヨイの副将からは発言がない。
発言するに値しない些事という事なのか……。
確かにラルキは風前の灯火ではあるが、まだ輝いているのだ。
我らを……舐める【侮る】なよ。
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短くとも濃密な会談の末に、案も出尽くした。
そんな案の中から「ああでもない、こうでもない、はぁでもない」と議論し、盤根錯節【ばんこんさくせつ/複雑に込み入った状態】を経て、漸くのこと合意を取り付けた内容と言えば――
①ラルキ城を明け渡すこと。
②武装の解除。
③武器をすべて引き渡すこと。
④城内の家臣団は謹慎すること。
⑤暴発の徒が発生した場合、進駐した軍が鎮圧すること。
⑥無血開城したことを領民に布告すること。
⑦希望者の安全な退去。
⑧進駐した軍は、ラルキ城下にて略奪などの行為、及び反倫理的行為を行わない事を誓約し、領民に布告すること。
――となる。
細かい字義はともかく、予想通りの大筋で合意はできた。
この短時間で、よくここまで詰められた。
『自分で自分を褒めても良いだろう!』などと……そんなふうに考えていた数瞬の時間もありました。
ここまでは何とか合意に辿り着いたが、最後の最後に、伯爵を引き渡せと要求されてしまう。
たしかに領主を人質にしたいのは理解できる。
だが……伝令が伝えてきた報せといえば、その領主の『戦場での行方不明』の報せだ。
平静を装い領主たる伯爵は『不在』だと主張すると、では誰が領の代表として『領主の代行』をしているのかと問われ、伯妹だと述べざるをえなくなった。
これは『拙い方向に行きそうな感じだ』と思っていたら、やはり『ならば伯妹を引き渡せ』と要求されてしまう。
即時却下! そんなことは、断固拒否だ!
ならば『父母を人質に出せ』と要求されれば、すでに身罷【みまか】られていると事実を述べる。
よし、明らかに苦慮している。
ここは、もう一押しすべき時ッ!
「もし諸宮が我らの立場に立ったのならば、宮主不在のおりに、職務を代行している唯一の直系氏族を差し出すのか? そんなことは、できようはずがない! 領主不在、代行不在で、どのようにして城内・領内をまとめるというのか!?
もし諸宮がそのような無理難題を望まれ、また我らが承諾するだろう等と見做しているのであれば、心外の極みである! いかに我らが小さき灯といえど、受け入れられぬものは、受け入れられぬ! 事ここに至り、猶も無血開城を受け入れないというならば、我らラルキは、城を枕に全滅するまで戦う所存! 屍を盾とし、刃が砕け剣折れ矢尽きたならば石を投げ、石すら無くば我が身一つで打ち掛かる! しがみついて歩みを遅らせ、最後は噛みついてでも、その喉笛を裂く! そして今際の際に至れば、呪詛を吐く! 貴軍は、情理をわきまえず理非も解せず、ただただ血に飢え肉を欲する飢えた獣なのか? ただの一勝【ひとか】ちを欲し追い求め、万骨を散華させるために戦っておられるのか! それほどに攻め寄せたくば攻め寄せ、我らを滅するがよい! だが貴軍らが得るのは、万骨に満ちた廃墟と事の理非さえ分からぬ『獣同然の畜生』との汚名だけだ!」
余りの裂帛に満ちた気迫に、皆が押し黙る。
しかしだ……冷静に考えると、そもそも戦端を開こうと準備していたのは、此方【こちら】なのだ。
もはや、文字通りの無理難題を言い募っているのは此方だが、致し方ない。
姫様を差し出すなど、断じて受け入れられないッ!
「我が言葉に、なお信義を置けないと仰られるならば、ここで『誓約の証』を捧げましょう。黒騎士殿、お腰の短剣をお貸し願いたい」
別に誰でもよかったのだが、個人的興味から黒騎士殿にしてみたのだ。
鞘に入った短刀を、無言で机に滑らしてくる。
そんな短刀は、当然の如くピタリと私の前に停まる。
私が右利きと見て、柄部は右に向いて掴みやすい様になっている。
こんな些細な事でも力量がわかる。
……この御仁、並の腕ではあるまい。さぞ名のある武人なのだろう。
軽く会釈をして受け取り、短刀を見やる。
見事な拵えの鞘と短刀だが、同じく紋章らしきものも目に留まる。
『……何かの手掛かりになるかも知れない』と記憶に留める。
「失礼する」というや、ゆっくりと短刀を引き抜く。
そして、今度は徐に後ろ髪を束ねて掴み、煌きが一閃。
束ねた後ろ髪が、躊躇なく断ち切られた。
そして束ねて断ち切った髪の房を握って突き出し、
「髪は『女の命』とも申す。この髪の房、誓約の証として捧げましょう。返答や如何に!」と口上を述べた。
皆が、予想だにしない行動に動けない中、
「閣下……いや、リン。受けてやれ」
静寂に声が響く。
ダークエルフが発した声は、涼やかにして凛とした声だ……。
しかしこの声色、どこかで……。
「ですが……今は好機。攻め落とすのも可能です」
「リン、女が自分で己の髪を切り落とし、『誓約の証にする』とまで言っているんだ。汲んでやれ……、頼む」
『赤』の鎧を着装しているリリムル・エルザード殿(その名は会談時の紹介で覚えていた)が取り成してくれたのだが、その際、その瞳が私と交錯した刹那においては、何か遠い……いや、この場には居ない者を重ね観ているような印象を受けた。
「……わかりました」
同じくその名を覚えた主将のイザヨイ・リン殿が瞼を閉じながら熟抗すること数瞬。その眼を開けて、その言の葉【ことのは】を紡いだ。
「諸将におかれては、異存はないでしょうか?」
その意を受けて、黒騎士のノリス殿(紹介時に覚えた)が場の意見を集約させるべく言葉に繰り出す。
「……」
「無言ではわかりませぬ。どうなのですかな、諸将」
黒騎士殿が言葉を紡ぐが、いい声してる。
雰囲気も『歴戦の強者、燻し銀の雰囲気を纏っている』とは良い。
とても……良い。
「……同意しよう」
そんな声が重なっていく。
「軍使殿、約は結ばれた。無血開城を受け入れましょう」
主将のイザヨイ・リン殿が、待望の言葉を紡いでくれる。
やった! 我が策、いま成れりッ!
諸宮の副将達は、不満そうではある。
だが己等が賛意を示し、総大将が了承し決定した以上、異議を唱える事は出来ない。異議を唱えて良いのは『討議の過程』であって、『決定』後に異議を唱える事は軍中に『不和と疑念』を生じさせる事になるからだ。
それでも『決定』に従えないと言うならば、陣中から離れなければならない。
もっともこの軍の陣容を観れば、イザヨイ宮が主力である事は一目瞭然である。加えて戦況は優勢を維持している以上、強硬に『反対し続ける事』も出来ないというのが実状なのだろうとも、推察する。
ラルキの今後を考える際にも、この『諸宮の力関係』は重大な要素として考慮していかねばならないはずだ。
だが今はそんな事よりも、策が成った事を慶ぶべきだろう。
「無血開城をお受けいただき、誠にありがたき幸せ! 諸将の皆様方に敬意を表するととも、深く感謝の意を述べさせていただきます」
一歩下がって膝を折り、面【おもて】を下げて言葉を紡ぎ出す。
労を厭わず流した汗か安堵の涙か、地に一粒の滴【しずく】が零【こぼ】れ落ちた。
《 Side:十六夜 凛 》
歓喜で花が咲くような満面の笑みを浮かべた軍使殿と護衛を幕営から見送った。
正式の調印を取り交わすための手続きと設営準備に、急ぎラルキへと帰参するという。
仕える主のためとはいえ『あそこまで出来るものなのか?!』と、感嘆すること一頻り【ひとしきり/しばらくの間】であった。
実に面白い軍使殿だった。
『時と場所』が違えば、もっと話してみたいと思う御仁である。
諸将も移動の準備のために、既に退出している。
残っているのは、ノリスとリリムルさんだけだ。
そんな中、着座して茶を飲んでいたリリムルさんが、俺を見ながら何時【いつ】に無く真剣な表情で語る。
「リン、お前もいずれは宮主になる。覚えておけ。
――『世には名声・富貴栄達・権力を望まず、大義に添うならば己の身命すら惜しまぬ者もいる』――ことをな。こういう烈士【れっし】は総じて手強い。ここにいるノリス、それに我が養父母やイザヨイの開祖のようにな。『理【条理】』と『利【利得】』だけで、人物を推し量ろうとするなよ。見誤るぞ」
「リリムル・エルザード殿よりの諫言【かんげん/いさめる言葉】、我が心に深く刻みます」
軽く頭を下げて礼をし、『教え』を我が胸に刻む。
紛う事なき『至言【しげん/事物の本質を的確に表す語句】にして筬言【しんげん/戒めや教訓となる語句】』である。
「ふふ。出過ぎたことを申しました。お許しを、閣下」
立ち上がり、綺麗な敬礼をして去っていくリリムルさんとノリスを見送る。
「名声・富貴栄達・権力を望まず、大義に添うならば己の身命すら惜しまぬ者もいる」か……。
それは『貴女も』でしょう。リリムル・エルザード殿。
お読み頂きありがとうございました。




