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36 予備交渉への途

 《 Side:エミナ・リュティガー 》


 ダンジョン勢の陣営へと赴く途上で、早くも発見・捕捉されてしまった。

 現在、恐らくは斥候隊であろう兵達に半包囲されている状況だ。

 この状況が果たして『良いのか、悪いのか』……、判断に迷うとはこの事だろう。


 早期にダンジョン勢と接触できた事自体は、その『評価』は別として僥倖だと言える。だが反面、早期に捕捉されたという事は、其れだけダンジョン勢の進出が早い事を示している。加えて偵察の阻止や妨害をする戦力が、周辺一帯には存在していない証左でもあるのだ。

 それにしても、これほど早く散開している兵が集結するとは……。

 単に帰陣する際の集結地点に、折り悪く踏み入ったとしか考えられないほどの迅速な対応だ。

 これは素直には喜べない幸先と言える。

 だが一方で、相手方の偵察兵も戸惑っているのが見て取れる。なにせ、こちらはたったの二騎である。

 しかも、誰がどう見ても万夫不当には見えないお仕着せの小娘一人と、護衛を兼ねた旗持ち騎兵の一騎だ。 

 そんなたった二騎が悠然と近づいてくるのだ。戸惑わない方がおかしいだろう。

 正確には、戸惑ってくれないと此方も困るのだが……。

 『戸惑う』という事は、少なくとも判断力があることの証左でもある。

 これが単に戦功に逸る雑兵ならば、ここで二騎とも屍を晒すことになってしまう。


 ぱっと観て、目算で百騎に満たずと言ったところだが、それでもかなりの人数と言える。そんな人数が、何の誰何もされずに偵察しているということは……先に後退したという聖堂騎士団の戦力も、すでに消尽したということだろう。

 ……たとえ僅かに残っていたとしても、もはや戦力として機能していないことになる。


 この斥候隊、統制の効くイザヨイ勢ならば良いが、これがシャンセオンの隊だと……先の戦の余波が残り、まだ危ないかもしれない。


「我は、ラルキ伯領伯妹殿下が臣、エミナ・リュティガーである! 軍使として貴軍司令との会談を望み、罷り越した次第。此れより罷り通る。道を開けられよ!」


 馬上より威儀を正して、大声を張り上げて名乗り上げる。

 すこし下がったところで隊長が、ラルキ伯領の大旗と白の長三角旗を括り付けた大槍の穂先を上に向け、柄を左手で握りしめて落とすまいとしている。石突を馬具にひっかけているので簡単には倒れないのだろう……。

 ……そんな器具があったのですね……。

 敵勢力圏に近づいていた私は、四苦八苦してラルキ伯領の大旗と共に、軍使の任にあることを示す白の長三角旗を槍の穂先に括り付けたのだが、今度は槍が持ち上がらず難儀し、ようやく持ち上げても今度は保持できずに落としてしまい難儀していた。そこに折よく隊長が合流してくれたので、大槍を持ってもらったのだ。

 これなら一応の格好はつくだろう。


 この隊長、私の後から城門より出でて、殿下の命令を携えて追いかけてきたのだ。

 『供回りの一人も居なければ威儀も正せぬ』ということらしい。

 確かに言われてみれば、得心するしかない。

 どこの軍中に、単騎で軍使役を務める者がいるだろうか?

 居るわけがないッ! 

 私も意気込み過ぎて、思考が狭まっていたのかもしれないと自戒する。




 《 Side:リーナ・デ・ティリス 》


 城壁上に立ち、エミナが向かった彼方を見つめ続けていた。

 戻ってくるまで『ここで待とうか』とも思ったが、考えを改めた。

 それは、単なる自己満足に過ぎないのだと思えたからだ。

 確かに見栄も大事だろう。だが、そんな自分に酔ってはいけない。


 それに、もし策が成ったとしても、ここで私が体調を崩していたとしたら、どうなるだろうか?

 どんな余波が生まれるか、それこそわからない。

 最悪、代行といえど領主不予【病気】ということで、攻めかかられるかもしれない。そんな事はエミナも望んではいないはず。

 エミナが上申した事も同時に進めなければならない。

 執務室に戻ろうとしたとき、城門から一騎が転【まろ】び出てきた。 


「殿下、馬上より失礼致します! 伯妹殿下付きの法衣男爵とはいえ、女子【おなご】一人に……否、志士ただ一人のみにその重責を負わせ送り出し、剰え己は城内で震えていたともなれば、我らラルキ軍将兵終生の名折れ。この後、どの面【つら】下げて、ふんぞり返っておられましょうか! 不肖ながら小官は、これより守兵の任を離れ、エミナ殿に同道いたしたく、お許しを願いたい!」


「許す! それとエミナに命令を伝えよ――「死する事を禁ずる」――だ。よし、いけェ!」


「拝命、委細承知! ではッ!」


 この口上を聞きおよんだ者達は、己の不甲斐なさに恥じ入り、その面【おもて】を下げるものが多数いた。

 私とて、同じ思いなのだ……。

 じっと何も無い手を見やる……弱いのだな……私は。

 ……その全てが、あまりにも小さく弱い……。

 人知れず、手を握り締める。




 《 エミナ・リュティガー 視点 》


「死する事を禁ずる」ですか……。

 それは、またなんとも……。簡単ゆえに難しいことを仰られる。

 されど、かつて読んだ書には――『将、軍に在りては君命をも受けざるところあり』――とも記されていたことを思い出す。

 主命にはできる限り応えたいが、確約は……致しかねる。

 ……ですが、尽力は致します。



 そんな命令を伝えてくれた肝心の隊長だが、表情は窺い知れない。

 面頬を下ろした兜で、表情を隠しているからだ。

 私と合流した際に、会談には同席するが発言はしないと明言していた。

 おそらくは前の打ち合わせの際に、私が言い放った言葉の「この交渉、綱渡りどころか刃渡りにもなりましょう。乱れがあることを悟られれば、成るものも成りません」の部分を、心に留めているのだろう。


 自分でも『無骨者【ぶこつもの/礼儀作法に欠け洗練されてはいない者】ゆえに、交渉事は苦手だ』と述べている。

 きちんと自己分析して、報告してくれるのは大変に有難い。

 同席して見届けるのみならず、下手に発言して交渉に乱れを生じさせれば、そこから崩れていくことさえある。

 それを私が押し止め、補うこと等……、浅学菲才の私ではまず不可能であろう。


「卿、来ました。四騎です」

 突然、卿などと呼ばれても、呼ばれ慣れていないので、反応が遅れてしまう……。

 我らを半包囲している集団から四騎が出てきた。

 更にその内の一騎が出でて、さらに接近してくる。

 隊長が剣柄に手を添えようとするが、身振りで止めさせた。


「馬上より失礼する。小官は、諸宮連合軍の一翼を成すイザヨイの軍勢に属するロッド・ブロウと申す。お見知りおきを」


「ラルキ伯領伯妹殿下が臣、エミナ・リュティガー。こちらは私の護衛隊長である」


「護衛隊長のエリク・カスケンと申す」


「さてラルキ伯領軍使、エミナ・リュティガー殿。軍使を示す白の長三角旗がありますが、まずは貴殿が軍使の任に就いていることを証立てるもの等をお持ちでしょうか?」


 白の長三角旗が軍使を示すことは、万国交戦協定に規定されている事柄。

 やはり、万国交戦協定を知っている!

 そしてイザヨイの手の者、これは幸先が良いッ!


 簡単ながらも人定確認が終わり、さて移動するのかと思いきや、ロッド・ブロウ殿が中座し、少し離れたところで待機していた背負子を背負った騎兵と離れていく。そして背中の荷物に向かって何やらしているのだが、遠くて見えづらい。 

 ……一体、何をしているのだろう? 

 しばらくして戻ってきたが……、意味が解らない……。


「お待たせ致しました、軍使殿とお会いするとのことです。本陣幕営までの先導と護衛を仰せつかりました。距離がありますので、騎乗のまま移動します。こちらへどうぞ」


(……うん? お会いする『との』ことです & 先導と護衛を『仰せつかりました』とは、どういう意味なのか?) 

(そも、いつ指示を受けた? ラルキを出発する時から監視されていたのであろうか? いや、そんな兆候は無かったはずだが……?)


「隊長、ラルキから私と合流するまでに、監視の目などに気が付きましたか?」と小声で聞くが、応えがない。聞こえなかったのかと繰り返したが、やはり応えがない。

 どうしたのかと隊長を見やると、軽く首を横に振っている。

 一応聞こえてはいるようだが? 

 ……ああ、なるほど。面頬を下ろしているので声自体がくぐもってしまい、小声での応えが出来ないのか。

 私は自分の顔を指して『面頬で小声がくぐもり、応えが出来ないのか?』とこれまた小声と身振りで示すと『うんうん』と頷いている。

 大人が児戯のような真似事をしているが、遊びではないだけに何やら面妖さを感じる。

 『理解した……みなまで言うな』と手振りで返す。

 う~ん……。相談できないのがちょっと面倒ではあるが、これは致し方あるまい。



 道中かなりの速度で進んでいるが、迷いもなく進んでいる。

 すでに相当に地勢を把握していることが、この事からも窺い知れる。

 この者たちは、相当の熟練兵と見た。

 偶に懐から鞣【なめ】した獣皮らしき書付を見て確認し、何かを書き込んでいるが、やけに獣皮の厚みが薄いような……。

 うん? なぜ馬上で書き込める? 墨壺はどうした? 

 好奇心と興味が沸き起こるが、途中で獣騎兵やらスケルトンの行軍を見て、気を引き締める。

 今は自分の知的欲求を満たしている場合ではない事を思い出す……。


 ……ええ、そうです。そんな風に自分を律していた時期も、確かにありました。

 ふふ。確かにあの時までは、己を厳しく律していたのです。


 遠目に見えた本陣幕営が近づいてくるにつけ、妙な感覚に捕らわれる。

 赤い甲冑やら、黒い甲冑やら、青い甲冑やらを身に着けた威丈夫な出で立ちの兵が、膝を曲げ傅いている。そんな威丈夫な出で立ちの戦士たちの周りを……ゴブリン? いや対比的に妖精? が、纏わりつき何かをしているようだ。


 ……ああ?! なるほど、あれが報告にあったアイアンゴーレムか!?

 ということは、周りにいるのは人か? だが何をしているのだろうか?


 外縁部に佇む警戒任務に就いているらしきアイアンゴーレムの近傍をすり抜けていく。

 その際、ヒトの身丈を妖精と勘違いしてしまうほどに、確かにアイアンゴーレムとは『大きいもの』なのだと実感した。

 ついでにチラリと観察していたが、なるほど文献でみたアイアンゴーレムと似ている……。

 似てはいるが……なんというか、やけにゴツい体格? のような……。

 しかしなぜ、これほどのアイアンゴーレムが集まっているのか?

 明らかに奇異でオカシイ点が散見されることに気が付く。だが、まずは会談を成功させねばと頭を切り替えた。


 馬を降りて陣中を徒歩にて移動する中、かねてから鳴り響いていた、何かを打ち合わせるような打撃音、もしくは鍛冶の音が途絶えたかと思うと、突如として大音響が鳴り響き、地がわずかに揺れた。

 何事かと辺りを見やると、離れた場所にいたアイアンゴーレムが倒れている。

 案内役のロッド・ブロウ殿に『失礼』と軽く断りを入れ、その場を見に行く。

 ロッド・ブロウ殿は案内役という役目上、一応止めようとはしたようだが、あまり真剣に隠そうとはしていないようだ。

 大きすぎて隠し様もないという事だろう。

 更に周囲の兵達も見物しており、私を引き留めるのが遅れたのが幸いした。

 その場に近づき状況を見ていると、倒れ込んだアイアンゴーレムにもう一体のアイアンゴーレムが近づいてきた。

 そして突如胸が開き、なんと声がアイアンゴーレムから紡がれだしたのだ!


「なにをやってる三〇七ッ!

 数合斬り結んで転倒するとは、一体なんの真似だ?! 初期訓練課程に戻りたいのかッ!」


 同じく倒れ込んでいたもう片方の胸部が開き、応え始めた。


「サー、すみませんッ! もう一度、お願いしますッ!」


 立っている一体からは、涼やかだが覇気の伴う凛とした大人の女性の声が紡がれている。

 そして倒れ込んでいるもう一体からは、まだ若い娘らしき可愛らしい声が紡がれていた。

 これはまたなんとも、世にも珍しき喋るアイアンゴーレムだ!

 そして倒れ込んでいたアイアンゴーレムが立ち上がると剣と盾を構え、本当の戦闘さながらの練兵が始まる。

 そしてこれがまた、実に様【さま】に成っている。


 しばらく見ていたのだが、案内役のロッド・ブロウ殿に促されて、会談を行うために幕営へと赴こうとする。


 ……だが……、ああ、もうダメ。

 もう限界、これ以上はムリ、もう耐えられない。

 正確には教えてくれないのは、判っています。

 だが……だが……、聞かずにはいられない。

 まるで幼児のように、関心事に指を指していることが恥ずかしい。

 だが、それでも……それでも聞かずには、いられない。


「あれは……なんですか?! あれは、なんですか?!」

「……あー、え~……アイアンゴーレム? ……ですかね?」


(ぜッ・ッ・たッ・いッ・に違うッ! 

 どこからどうみても、完全かつ確実に違うッ!

 案内役のロッド・ブロウ殿も、目が泳いでるッ! 

 な、なんなのだ、あれは?! なんなのだ、あれは?!)


 もはや理解不能だ……。

 なぜあんなに機敏に動けるのか?

 アイアンゴーレムは、鈍重なのではないのか?


 あまりの衝撃に正確には応えてくれないだろうと判りつつ、二回も質問を繰り返してしまった。


 ……はッ?! しまった!


 これでは動揺しているのが、一目瞭然ではないか!?

 私も面頬を着装してくれば……いや、軍使ともあろう者が素顔もさらさずに、信を得られようか? 否、得られるはずがない。


 だが……、ここまで動揺していることが『丸わかり』だと交渉が……。

 いや、だがしかし――。

 もはや、いま見たことですら頭の中で整理ができていない。整理どころか理解が出来ず、処理すら追いついていない事が、自分でも判るほどだ。

 ただただ悶々とした考えだけが、頭の中を駆け巡る。



お読み頂きありがとうございました。

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