35 野に咲く花の咲き方は
《 Side;エミナ 》
我が主たるリーナ・デ・ティリス様は、採る策を決断された。
則ち無血開城だ。
そも『決断』とは字の如く「決めたなら他を断つ」ということ。
そして我らには、迷う暇など……もはやない。
しかし、この無血開城策を相手方が受け入れるかは、また別問題でもある。
したがって、この策をダンジョン勢に受け入れさせる事が必要となるのだが……。
この無血開城策が採用されるまでに、侃侃諤諤【かんかんがくがく】の論議が成されていたのを思い出す。
無血開城策がダンジョン勢に受け入れられなければ、もはや全滅覚悟の籠城しかないのが現状である。
もし無血開城策が受け入れられたとしても、それが欺瞞であったならば、自ら敵方を引き入れるという最悪の結果になり、これも全滅に繋がるだろう。
一方で、ラルキ側が交渉を装い、時間を稼いでベルザル本領からの来援を待つというのも現実的ではない。来援が来るまでの見立ての日数は、早くても一五日間を要するとの事だ。
ダンジョン勢もこちらの意図を図るため、一回だけは確実に会談には応じるだろうが、そう幾度も会談を求める事はムリだろう。ベルザル本領からの来援が来ることくらいは、相手も考えている。時間稼ぎが露見すれば、すぐに総攻撃を受ける事になる。
リーナ様を含めて皆が討議しているが、これといって良案が出てこないようだった。
さりとて結論が出てこない討議を行っても、ただ時間だけが流れていくだけである。この間にも『ダンジョン勢が迫っているかもしれない』と考えると焦るのも理解は出来るのだ。だからといって、焦るあまり稚拙な策を採れば、それもまた破局への道標ともなる。
だからこそ議論も白熱しているのだが、私から見ると僭越ながら『聊【いささ】か空転しているのではないか?』と見受けられた。
そんな白熱している議論に一石を投じたのは、私が発した内容だった。
「ダンジョン勢の中核戦力は、イザヨイ勢との事。過年の報告のみならず近年の戦況報告を観ますに、万国交戦協定は了知しているはずです。また捕虜……失礼、行方不明者の保護と送還も行われていたとの事。相手方の良識に頼るというよりも、良識を有しているという点を攻めるべきかと。そこで無血開城策です。ダンジョン勢にとっても我らにとっても、損害は極小になるはずです」
「具体的には、どういう策でどんな条件で交渉するのか」
「読んで字の如く、抗戦せず無血で開城を行います。つまりは降伏です。
また我らと交戦しないための条件として、ダンジョン勢が出すであろう諸条件としては――、
①ラルキ主城を開城し明け渡すこと。
②武装の解除。
③武器をすべて引き渡すこと。
④城内の家臣団は監視の下で謹慎すること。
⑤暴発の徒が発生した場合、進駐した軍が鎮圧すること。
――等が想定されます。
我らラルキ側が条件を付け加えるとするならば――
⑥無血開城したことを領民に布告すること。
⑦希望者の安全な退去。
⑧進駐した軍は、ラルキ城下にて略奪・暴行などの行為、及び反倫理的行為を行わない事を誓約し、領民に布告すること。
――と、いったところでしょうか。
交渉開始から、この条件で進むわけではありませんが、これくらいは要求されるのではないかと推測されます」
「そんな穏便な条件を出すというのか? ダンジョン勢はもはや勝っているのだぞ。このまま占領すれば……」
顔を顰めて殿下が呟いているのが聞こえる。
「だからこそ無血開城を願い出るのです。無血開城を願い出ている相手を攻め滅ぼしたとあっては、イザヨイ宮の面子が潰え、後々の外との交わりに影響を及ぼすでしょう。それでもこの策を飲まぬというならば、一戦するしかありません」
「しかしそれでは……」
「全滅するでしょう、しかし万策尽きて残った策がこれです。選ぶことすらできません。まだ策があっただけでも僥倖です」
「……」
「古い戦史には実例が残っています」
「そうなのか!? それで、その後は巧くいったのか?」
「占領軍に対して暴発した徒が打ち掛かり、鎮圧のために虐殺が行われ全滅し、全てが灰燼に帰しました」
「……」
「まあ、その占領軍が狼藉を働いていたのが、発端でしたが……」
もう意識を手放してもいいじゃないか? という考えがありありとわかる表情を浮かべているリーナ・デ・ティリス様を目の端に捉えながらも、話を進めていく。
「『無血開城策』を採る、採らないの何【いず】れにしても、まずは威儀を正さねばなりません。戦う意思と能力は、なお健在であると見せつけねばなりません。まずは城門を閉ざし城壁上に矢盾を並べて、兵を立たせましょう。ついでに大樽を城壁上に並べておきましょう。油壺に見せかけるのです。また現状を説いて民兵を募兵しましょう。
それと領民に布令を出し、望む者は落ち延びさせます。狼狽していることを悟られてはなりません。但し刻限を区切り、それ以降は必ず城門を閉鎖してください。それと――」
《 Side:リーナ・デ・ティリス 》
あのエミナが、羽を得た大鳳の如く、朗々と策を挙げていく。
人との関わり合いが苦手なはずの、あのエミナがこの変わりよう。
なんなのだ、これは……。
あまりにも淀みなく策を上申してくるので、私の方が処理に追いつかなくなるくらいなのだ。
これがエミナの本性という事なの?!
エミナから説明を受ければ受けるほど、残された策が『無血開城策』しか残されていない様に思えてくる。
反論しようにも反論できず、無理に論を紡いでも無理筋である事を端的に、そして的確に指摘してくるのだ。
その為、時を置かずして緒論が出尽くし、残った『無血開城策』が採用されたのだった。
策が決すれば、あとは実行するだけである。
とはいえ、今度は誰が『使者を務めるか』で悩む……までもなかった。
交渉の場で切り殺される危険さえあるというのに、エミナが自らを推挙したのだ。
「私が言い出したのですから、私が使者の任をお受け致します。それに私の細腕では、たいして剣を振るう事もできませんから」
カラカラと笑いながら、何でもない事のように言い放つエミナの豪胆さに驚いてしまう。
何にせよ、時間の猶予はない。慌ただしく出立の準備が行われていく。
そんな中で、急遽エミナを叙爵【じょしゃく/爵位を与える事】させるため、ラルキ伯爵が任免できる法衣男爵位の認証状と印綬、そして軍使としての全権委任の認証状と使者の印綬が用意されていく。
使者が全くの無位無官では、格好がつかないからだ。ベルザル大公国では、女性貴族はそれほど珍しくないことが幸いした。
(ベルザル大公国の国策として拡張政策を採る以上、才ある者、意気ある者は積極的に報い用いると言った理由ではあるが、実情は死傷する者があまりにも多く、その埋め合わせの為でもある)
全権委任の使者としては爵位がやや低すぎるが、今の段階ではこれ以上の高位は任命できない。勝手に封土付き男爵位や子爵位を叙爵し任命すれば、今度はベルザル大公国から反乱を疑われてしまう。逆に封土の無い法衣男爵ならば、ラルキ伯爵が併せ持つ下位貴族位の中で認容できる決まりである。
もっともラルキ伯爵が叙爵し任用するので、権限も格式もだいぶ格下として扱われるのだが、その際は致し方ないとしか言いようがない。
因みに当代のラルキ伯爵が現在行方不明の為、代理の伯妹である私がラルキ領の施政権と権限を代行しており、この事情は既にベルザル大公へと伝令を走らせていた。
この伝令には、軍将が送ってくれた伝令騎兵の一人が志願してくれた。そして、いまこの場に居るセドリック・ファルジア殿を除いた他の伝令騎兵たちは、軍将の下へと帰参していた。
志願した伝令騎兵も帰参した伝令騎兵も、恐らくはここラルキより逃げたのだろうと思う……。
そんな取り留めの無いことを考えながらも、執務室内にてエミナに叙爵の儀が執り行われ、断絶した家門を継ぐという形式で再興されることになった。
各種認証状と印綬が渡され、恭しく受け取るエミナが、いやに頼もしく思える。
身に着ける召し物と装飾品類は私が貸し出した。
使者ともあろう者が貧相では、侮られる危険があるからだ。
「はは、家門の再興を果たし、私の夢が一つ叶いました。いまは亡き父母も草葉の陰にて、喜んでいる事でしょう」などと朗らかに述べている。
エミナの心胆はどれだけ図太いのかと、逆に感心してしまった。
使者に同行する護衛と補佐達は、身の不運と絶望に打ち拉【ひし】がれているというのに……。
そんな同行する者達の姿を見て何を思ったのか、エミナは単独で使者として敵陣まで赴くと言い出した。
「この交渉、綱渡りどころか刃渡りにもなりましょう。乱れがあることを悟られれば、成るものも成りません。『死を必すれば則ち生き、生を幸えば則ち死す【死をも覚悟して事に臨めば却って生きるが、生きようと願って事に臨めば却って死ぬ】』ということです」
その言葉に乗せたる想いと清々しさたるや、正に『清涼のエミナ』の名に恥じぬ趣があった。
準備も整い出立するエミナを、城壁上の欄干から身を乗り出して見送る。
エミナと視線が交錯した。
その際、身に着けた軽装鎧の胸部に軽く手を添え、黙って目礼を返してくる。
軽装鎧の胸部には、白い花が添え付けられていた。
あの白い花、そしてあの眼差し……。
!? あの眼差しは、本当に死すら覚悟している!
エミナを止めるべく命令を発しようとするが、歯を食い縛り思い留まった。
「だれかエミナを止めて! 早く!」
こう言うのは確かに簡単だろう。
だがエミナは使者として、文字通りに決死の覚悟を持って発つのだ。
エミナの言を借りれば『乱れがあることを悟られれば、成るものも成らない』のは確か。
だからこそ、そんなエミナの覚悟に翳り【かげり/不穏な兆候】を差す真似など、できようはずもない。
「……エミナ」
誰にも聞こえないほど小さくエミナの名を呟く。
そんな事しかできない己の姿は、あまりにも小さい。
私の思いを断ち切る様に、ゆっくりと城門が閉じられていく。
もう覚悟は決まっているという事なのだろう。
振り返ることもなく、使者たるエミナが疾走していくのを見届けた。
《 Side:エミナ 》
父が戦場にて斃れ、まだ幼い私は一人となった。
母は私を生んだ際の産後の肥立ちが悪く、すでに儚くなられていた。その年は折り悪く不作で食料が高騰し、加えて寒冷な気候であったことも災いしたようだった。
父は私のことをとても愛でてくれたが、自分は後添えを迎える事を断っていたそうだ。
儚くなられた母は相当に聡明な女性だったらしく、生前父が『彼女が居てくれたならば……』と、よく呟いていたのを覚えている。
(後々に知ったことだが、父は公子に苦言を呈して不興を買い、死地に送り込まれたようだ。また親族たちは『公子の不興』の余波を恐れ、助力はしなくなっていた)
父の死がもたらしたのは、寂しさと共に困窮だ。
家に仕えていた者達も一人また一人と去っていき、交遊も狭まっていく。
残ったのは、老年の退役した傷痍軍人とその妻だ。どうも父の部下だったらしい。
膝に矢を受けて治療に当たっていたが予後が悪く、退役させられたところを気心が分かっているとのことで家令を兼ねた護衛として採用したらしい。
父が亡くなった後も、この老夫婦は何くれとなく私の面倒を見てくれていた。
雀の涙にも等しき恩給で慎ましく暮らしてはいたが、このまま静かに没落し、花街に没落貴族(実態は、土地無しの法衣男爵)の娘という名で流れていく、そんな未来しかないと思っていた。
不憫に思ったのか父のかつての同僚が、姫様の付き人候補として推挙してくれたが、その際に私が身に着けられた召し物といえば貴族とは程遠い物。どうにか村娘に見えるかもという継ぎ接ぎが目立つ服装だ。
それでも推挙してくれた父の同僚の面子もある。幼いなりに自分でできる限りの着飾りをした。
髪飾りすら無く、野に咲く白い花を髪に刺す。
付き人を選ぶ面接のため、一室に集められた子供達は当然の様にそれなりに着飾っている。良家の子女なのは一目瞭然だった。いくら襲爵する目がないとはいえ伯爵家の長女だ。繋がりを持っていて損はないという事だろう。
その子女は皆が皆、真剣な表情を浮かべているが、私を見るや嘲笑の薄ら笑いを浮かべていたのが、すぐにわかった。
選ばれるはずがない、自分でもわかっている。
登城するのも、これが最後だろう。
例え花街に流れるとしても、いい自慢話にはなる。自嘲の笑みを浮かべてしまう。
自嘲の笑みを噛み殺そうとすると涙が出そうになるが、これではいけない。
父の同僚の面子を潰し、何より亡き父上の名を穢すことになる。
そして公女が、自分の付き人になるのが、それほどまでの苦痛なのかと思い悩むだろう。
『それではいけない』と幼心に思い、顎を挙げ正面を見やる。
姫様が入室され、集団面接がはじまった。
良家の子女は、皆が皆、姫様と対面した際は、とってつけたような笑みを浮かべ自分の順番が終わると無表情になった。何故かその格差が面白く、私は自然に笑みが浮かんでいたようだ。
姫様が、何度か私を見ていたのには気が付いていた。
まあ、服装が服装だ……。やはり、奇異に見えるのだろう。
だが、これがいまの私の全てなのだ。いまさら私を変える訳にはいかない。
そんな事を考えていると、私の番が巡ってきた。
「ねぇ。あなたのお名前は?」
「エミナと、もうします。ひめたま」
「エミナ、その花飾りとっても綺麗ね。貴女の黒の髪色に、とても良く映えている」
「おほめいただき、ありがたきちあわせ」
余りにも会話というものから、ほど遠い生活を送っていた故か上手く口が回らず、また緊張からか幼児のような言葉使いになってしまう。失笑する雰囲気が一瞬とはいえ周囲の子女から伝わったが、姫様が見咎めて視線を流すや、すぐに霧散した。
さすがに雰囲気を察するのには、長けていると感心する。
そんなことよりも、己の口がここまで回らないことに危機感を覚えてしまう。
これは不採用でも『何とか会話と発声の練習をしなければならない』と決意を心に秘めた。
その後、とりとめのない会話が少し続いた。必要最小限の応えしかできないが、私にはそれが精一杯だった。そして私の番はあっけなく終わっていく。
そして残りの子女との面接も終わり、またしばらく部屋に皆が留め置かれていた。
そして、いざ散会となった際に、私は呼び止められた。
当然、第一次選考で早くも『落選のお報せ』で、次回以降の面接はもはや無いものと思って意気消沈していたのだが、まさかの採用だった。それも本採用である。
このような事は異例中の異例だ。少なくとも複数回の面接なりがあって当然なのに、いきなりの本採用。
どうも姫様に甚く【いたく/非常に】気に入っていただけたらしく、あの子が良いとギャーギャーと駄々を捏ねたらしい。
(もっとも、御当人たる姫様は、もはや覚えていないらしいが……)
ただ私にとっては、此の採用は正に福音だったといえる。
もっとも他の子供たちの嫉妬の視線が突き刺さり痛かったが、あの眼力を超強化したものが『魔眼』というものらしいことを、後の座学で学んだ。
……納得の威力だと思う。
姫様の付き人として本採用を受けたその日から、私の生活は一変していく。
衣食住が保証されるのだ。激変と言ってもいいだろう。
給金はほんの些少だが、其れとは別に小さいながらも部屋が宛がわれたのだ。
どうも姫様が他家に嫁ぐ際に同行することになるので、その『予行がてらの練習』だという。
また姫様の付き人として、ふさわしい服装も用意される。
そして何よりも食事に困らなくなったのは、とても大きい変化と断言できる。確かにあり余るというほどに多量という事ではないが、少なくとも飢えることはないと言えるほどには十分な量である。成長期に差し掛かっていた私には、大変な僥倖であったと言えよう。
なにせ、いままでは草を食むことさえあったのだから……、天と地ほどの違いと言っても過言ではない。
後に知ったのだが『お付の者が痩せ細っていたり、小柄である』と、満足に給金も支払えないのかと噂されたり、十分な待遇で雇うことすらしないと言われてたりして、貴族の沽券に係わるらしい。
こう言う悪評が立つと、後々の求人や行儀見習の侍女の募集の際に、地味に響いてくるようだ。つまり周り廻って家門の名に傷がつき、勢力や影響力が棄損するのだという。真偽不明の『噂』といった流言飛語の恐ろしさの片鱗を、垣間見たと言えるだろう。
このように食事に事欠くことは無くなりはしたが、反面で姫様の付き人として『毒見』をさせられるようになった。
当然ながら『毒見』なので、死の危険もあるにはある。
だが私が行う『毒見』などは、あくまでも伯爵家内の訓練であり、当然ながらそれほどの大事には至らない。
良くて半日ほど気分が悪くなるくらいで、悪くても一日ほど寝込むくらいのものだ。
(因みに、当然の事ではあるが姫様に供されるお食事類は、れっきとした本職の『毒見役』が管理している)
だが、この『毒見』には、真の意味で『望外の喜び』を伴うことがある。
『毒見』である以上、多種多様なものを口に入れる機会があるからだ。
したがって本来は、食べる機会すらないであろう高級食材を食する機会もあるのだ。その中でも特にお菓子を筆頭とする『甘味類』等は、最高の愉悦であると断言できるッ!
そんな中でも、時が経つ。やがて、姫様の勉学も始まった。
姫の付き人が『阿呆』では、主たる姫も侮られる。ということで、私も教養がてら共に聴講する羽目になったのだが……これが非常に面白い!
知的好奇心なるものが、満たされていくのが判る。
見るモノ聞くモノ、その全ての事柄が新しく、興味が興味を呼び込んでくる。
もっと知りたい、もっと観たいッ!
そんな悶々とした中で、姫様が珍しく不満顔になっているのに気がついた。
事情を聴けば、何ということはない事だった。授業が解らないという。
私には、どこが解らないのかが判らなかったが、とにかく解らないことが続いており、とにかくツマラナイらしい。お口を尖らせてツマラナイを連呼している。
そこで付き人の職分を完全に超えているが、私が理解した範囲でなんとか教えてみて、何とか納得してもらった。ついでに私が理解しずらいところや、わからないところを姫様に教え、教師に答えさせる。それを私が学習し、姫様にかみ砕いて教えるという仕組みが、いつの間に出来上がっていた。
『質問魔姫様』の爆誕である。
しかも理解の度合いが膨らむにつれ、御自身で質問もなさるようになっていた。
私も答えに窮するという事がまれにあり、補習がてら姫様と図書室に入り浸るようになっていく。
全てが好循環の内に進むようになってはいたが、この状況に割を食ってしまった方々もいる。
複数人の教師が、答えに窮したり、誤魔化したり、怒り出したりしたため、高位貴族特有の強権で解雇されていった。ただ感謝状と紹介状、及び解雇手当(実質的には詫び金)も同時に出されているため、あまり悪感情を持たれてはいないようだ。
(まあ、言ってはなんだが、たかが小娘の突っ込みに冷静さを失うというのは、教師としてはどうなのかな? とは思うが……)
質問魔姫様も、質問にちゃんと応えてくれる師を見つけた。
この師は、自分が『わからないことはわからない』といい、『知らないことは知らない』と明言し、共に答えを探そうという考えの持ち主だった。また私も何とか答えを見つけたり考えだしたりして姫様に教えていたのだが、途中で方針を転換した。質問すれば『答えを教えてくれる、または完全な答えがあるはず』という短絡的な考えに、姫様が染まり出したことに気がついたからだ。そこで今度はこちらが質問し、考え抜いてもらい答えを出させようとした。感心するような名回答も多かったが、困惑する迷回答や珍回答も多い。
たとえば「なぜ紳士のマナーとして、レディー・ファーストがあるのか?」という質問に対しては、「女性を危険察知としての人柱代わりと考えているからである。例証として、男性と女性が入室する際に、なぜ先に女性が入室するのかというと、もし刺客がいたならば、その女性が気がつくからであり、また楯替わりとするからである。同じく女性が先に食するのも、毒見役と見做しているからである」という身も蓋もない応えが返ってきた。
しかも、一概に誤りとして『一顧だに出来ない【無視することが出来ない】』のが、小憎らしい……。
伝え聞いた御父君である先代の伯爵様は大笑いしていたらしいが、私は罰として礼儀作法の再教育課程を受けさせられ、下から数えた方が早い成績【実質最低限】で修了した。解せぬ……。
また姫様の付き人として悪名というか『再履修の練達』という異名を馳せてしまい、同年齢層の他の城勤めの者達との気安い付き合いがすこし薄くなってしまったのが、多少なりとも残念ではある。再履修を後進達と共に受けるため、時間が割かれてしまったのだ。
そんな昔話が、去来する。ふふ、なつかしい。
見上げれば姫様が私にその視線を送ってくれている。
姫様からお借りして身に着けた軽装鎧の胸部に軽く手を添え、目礼をする。
軽装鎧の胸部には、白い花が添え付けられていた。
この白い花は、初めてお会いした際に、「花飾りとっても綺麗ね。貴女の黒の髪色に、とても良く映えている」と仰って下さったあの時の花だ。
押し花として、今迄大切に保存していたものだ。
野に咲く花は、誰が為に咲くのか?
それは、己を見出してくれた者のために、咲くのだ。
ならば……、
「リーナ・デ・ティリス様、あなたを死なせはしません。私は貴女によって見出され救われた。ならば次は私が、……私が野に咲く花として小さくとも咲き誇り、貴女をお護りする」
我が名たるエミナ・リュティガーと、野に咲く花の名に賭けて。
お読み頂きありがとうございました。




