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34 青は藍より出でて藍より青し

《ラルキ伯爵領 ラルキ主城大正門》


「派遣軍伝令一騎、及び護衛二騎ッ! 緊急通過!」

 伝令騎兵の旗印を靡かせ、疾走しながらも声を張り上げてラルキ城門を潜り抜けていく。

 門兵の誰何の声すら完全に無視し、一顧だにしない。

 さらに速度を落とすことすらせず、街中を疾走していく。


 そして数刻すると、第二の伝令騎兵が同様に駆け抜けていく。

 それほどの慌てように、門兵のみならず街中が嫌な予感を抱き、騒めき始めていく。

 そして目端が利く者達は、その第三の伝令騎兵が通過していく際に、その軍装が戦塵に塗れ血痕が所々に付着していることに気が付いた。

 普通であるならば、伝令騎兵は幕営に控えており、直接前線に出ることはあまりない。それにも関わらず戦塵に塗れている。剰え、返り血か自らの血なのかは判然としないが、血痕まで付いていたことから、本陣幕営にも攻撃が行われるほどの接戦か苦戦だということが否応なく判る。


 更に、もし伝令騎兵が出立した後に敵兵に捕捉され交戦した故の血痕だとすれば、既に前線の戦列が崩れ敵戦力が浸透している可能性すらあった。

 そして、あの慌てている様……。戦局が優勢ならば門兵の誰何に応え、正常な手続を踏んで通過していくだろう。


 つまり……敗戦……?!


 第四の伝令騎兵が同様に駆け抜けていく様をみて、動揺が静かに、だが急速に市中に広がっていく。


 ・

 ・

 ・


 《Side:ラルキ伯爵の妹リーナ・デ・ティリス》


「伯妹閣下に、派遣軍軍将ストラ・リディ閣下よりの伝令です。

――『わが軍、敗退。現在後退中。敵の進出が速く、ラルキ入城を断念。また現在ラルキ伯爵は行方不明、わが軍とは同道せず。貴領におかれては残存兵力をまとめ、籠城されたし』――以上です」


 ラルキ伯爵執務室に迎えられた伝令騎兵が、淡々と伝令内容を述べている。

 声調は淡々としていますが、その軍装の戦塵からも戦況が窺い知れるというもの。

 さらに一気に駆け抜けてきたのだろう、憔悴しているのが一目でわかる。


 そんな職務に誠実な伝令騎兵から、すでに都合三度目となる同じ報告を聞く。

 必ずこのラルキに一報が達するようにと、三度も同じ伝令事項を携えた伝令騎兵を出すという念の入れように、軍将殿の心遣いと配慮が感じられる。


 そのような軍の将帥が、凡庸な訳がない。ダンジョン侵攻の軍将になるくらいなのだから、経験豊かな将帥と見るべきだろう。

 だが、そのような優れた軍将が率いる軍が……『敗退した』との報せ……。


「……ご苦労。伝令殿が出立する際の状況をお聞きします。聖堂騎士団が交戦中とのことですが……、戦況はどうなりましたか?」


「はッ。自分が出立した際は、交戦しているとの報がありましたが……、助勢することは現有戦力では困難と判断しておりました。また本軍及び各隊は、トタルの森外縁にて再集結・再編を行うため、移動を開始しております」


「軍将より……、反攻作戦の概要などは……」


「特には伝えられておりません。閣下……、此れより自分が発する発言は、伝令騎兵としての職分を大きく超えるものであります。疲労ゆえの『独り言』とお受け取り下さい。……すぐにでもこの主城より落ち延びてください。僭越ながら、自分も多少なりと剣を振るうことはできますので、護衛の一助にはなれると考えます。おそらく一両日も立たずダンジョン勢が此方に攻めかかって来ることでしょう。私見ではありますが……、あのアイアンゴーレムを押し止めることは叶いません」


 ラルキ伯爵の年の離れた妹たる私こと『リーナ・デ・ティリス』は、今現在椅子に座っていた事を感謝しなければならないでしょう。そうでなければ、卒倒していたかもしれません。

 そうでなくとも、いまや目の前が真っ暗なのです。


 そこまで進出が速いなどと、誰が想像できるでしょう。

 しかも選りすぐりの兵から選出される伝令、そのなかでも更に伝令騎兵ともなれば誰もが一目おく大任であり、それに見合う実力もあると考えるのが当然というもの。

 そんな伝令騎兵が「勝てない」という意見まで明確に述べる異常事態だ。


 目の前も真っ暗になろうというもの……。

 いや、自分のこととはいえ、意識を手放して現実逃避しなかっただけでも『正に称賛に値する』というべき!

 そんな違う意味合いで、現実逃避的思考をしていたのだが……、

 ―― コンコン ――と、無常にも現実に引き戻すかのように、ドアがノックされる。


「入りなさい」

 戦況に関する追報かも知れないと考え、入室の許可を出す。

 それに応えるかのように、扉が静かに開けられた。


「失礼致します、閣下。冒険者ギルド支部統括のトーラス様が至急お目にかかりたいとのことで、登城しております」

 私の付き人たるエミナが、遠慮がちに声を掛けてくる。


「通しなさい」


「閣下、自分は席を外します。できれば先ほどの件、御一考されますよう。では、これにて」

 そんな中、公務の支障になると考えたのか、最後に到着した伝令騎兵殿が辞去しようとする。さすがに場の雰囲気を読んでの状況判断が速い。

 だが、その判断は私にとっては早すぎる判断と言える。


「待ちなさい、あなたも同席し助言しなさい」


「は?! あ、いえ……失礼いたしました。その自分は一介の伝令騎兵なのですが……、その……御公務に助言できるほどの見識は持ち合わせておりませんが」


「軍務についての助言を求めます」


「……わ、わかりました」


 ・

 ・

 ・


「――というわけで、籠城策を採ろうと思うのです。そこで冒険者ギルド及び冒険者に対し、従軍命令を発出します。領内にいる冒険者は如何ほどおりますか?」

 リーナから回答を求められた顔色の悪い冒険者ギルド支部統括のトーラスは、狼狽しながらも、なんとか応えていく。


「その……勘のいい者といいますのは、つまりは危険察知能力が高いということでありまして。それで危険察知能力が高い者といいますのが、つまりは腕利きと言う者でして。それで腕利きと言う者は、危機回避能力もまた長けておりまして、……それで、その……熟達者はすでに領外へと……、その……」


 トーラスは、登城するまでに戦況の旗色が芳しくはないと判断していたのだが、実際の戦況を聞き及んで、更に顔色が悪くなった。

 一方で、リーナは『強者』がほぼ不在という現実に衝撃を受けていた。


「……何名ですか、従軍に応じていただけるのは?」


「それなりに動ける者達で、三百に満たないかと。あとは雛鳥同然です」


「我がラルキは辺鄙【へんぴ】ゆえに、冒険者ギルドのラルキ支部は傭兵ギルドから職務の委託を受けておりましたね。ではラルキ内に滞在する傭兵達を募兵できますか? または近隣諸域に使者を立て、傭兵の募兵を求めることはできますか?」


「その、前戦役での報酬支払での遅延がありまして……、それにその……現在の戦況ですと……、募兵に応じるかは明言できません」


 終わった、お手上げだ……。


「セドリック・ファルジア殿、そして隊長に意見を求めます。

 ラルキ城砦の守兵は三百。冒険者三百弱と雛鳥。傭兵の募兵は期待できず。また近隣諸侯からの兵力派遣は、おそらく無理でしょう。現有の戦力で取れる策は?」


 伝令騎兵のセドリック・ファルジア殿が同席を同意したので、名と所属を聞きました。またラルキに残ったラルキ生え抜きの隊長も急遽同席させます。

 なんとか策を考え出さねばなりません。

 たとえそれが苦し紛れの『窮余の一策』だとしてもです。


「守兵の兵数があまりにも少なく、出戦は無理でしょう。籠城も民兵をかき集めたとして果たして『抗しきれるのか?』と問われますと疑問があります。またベルザル本領より増援が派遣されるまでには、早くとも一五日は掛かるかと。ここは、まずは公女殿下ご自身がラルキを脱出するのも『一つの策』かと愚考します」


 ラルキに残った隊長が、虚心坦懐に意見を述べてくる。

 あまりに直截すぎて、兄のラルキ伯爵から疎んじられ、留守居役を仰せ使ったのが幸いした。

 私も、この隊長の人柄は良く知っている。

 しかし「公女殿下ご自身がラルキを脱出するのも『一つの策』かと」の部分だけ妙に力が入っている。

 

 ……これはどういう意味なのでしょうか?


「ではセドリック・ファルジア殿、意見を求めます」


「では――『ラルキを脱出なされ再起を期するのが『最上』である』――と、進言致します」


「却下。私本人にとっては最上かも知れませんが、ラルキと周辺域にとっては最下策です。領民を見捨て落ち延びるなどありえない。領主が領民を見捨てれば、領民も領主を見限るでしょう」


 ラルキ生え抜きの隊長が私の発言を聞き、口角がわずかに上がった。

 そうか……、ラルキ生え抜きの軍人なのだ、家族や友人もいる。

 そして郷里を護る一念で軍務にも就いているのだ。

 『自分だけが落ち延びる』と言う訳にはいかない。

 私が脱出策を採用したら、私から離れる考えだったのだ。


「ふーむ、困りました……」

 セドリック・ファルジア殿が困り顔で呟いた。

 皆が考えあぐねているこの時間さえ惜しいが、良策が思い浮かばない


「あの……」

 エミナが遠慮がちに、声を挙げている。


 この子は私が幼い頃からの付き人兼同性で同年代の話し相手として宛がわれた娘であり、断絶した低位貴族の一人娘なのだ。

 私の下に来た際は、低位貴族ゆえに最低限のマナーと文字の読み書きはできたが、あくまでも最低限に留まっていた。

 いまにして思えば、御父上が戦死なされ断絶してしまった家門ゆえに、あれ以上の礼儀作法と学識を望む事はできなかったのでしょう。


 もっとも、私とて『伯爵家の長女』とはいえ、年の離れた妹だ。

 兄が婚姻し子を設ければ、その子が爵位を継承するのが筋だろう。


 ゆえに私が襲爵する事は、まずない。


 またエミナ自身も私の下に来たときは、まだ幼かった。

 それゆえに野心もなく、また野心があっても断絶した低位貴族の一人娘では後援する者など、ほぼ皆無であろう。

 まさに『付き人兼同性で同年代の話し相手』として適役、ちょうど良かったのだろう。


 そんなエミナは、私が家庭教師から教授されている際も、同室で授業内容を聞いていた。

 そして今は亡き父母の影響なのか、はたまた生来の気質なのか、書物が大好きであり、事あるごとに『図書室に行きましょう!』と誘ってくるのだ。


 更には自室に大きい砂盤を持ち込み文字の練習をし、聞き齧った授業内容や図書室で読んだ本の内容を復習までしていたのだ。しかも自分がわからなかったり、疑問に思った事を『主たる私の口から教師に問わせる』という事までしていたのだ。


 もっとも、問うた私も問われた教師も、これには益があったのだが。


 そもそもエミナがわからなかったり、疑問に思ったことは私にもわからなかったし、教師に聞く前に質問内容を整理しようと、幼いながらも論じ合っていたのだ。

 そして問われた教師も一方的に教示するという従来の内容から、幼さ故の単純な質問が、実は根本的な質疑応答であったことから、更に内容について熟考する機会が得られたからだ。


 とはいえ、最良の師に会うまでに幾人もの教師の入れ替えが行われたのだが……。


 それにしても質疑応答に対して――『そういうものなのです』と幻惑したり、答えに窮したり、仕舞いには【しまいには/最後には】憤慨したりする教師というのは、如何なものか?――と、幼い心ながらに、思ったものです……。


 反面、エミナは私の付き人となったことから、他の人との気安い接触が限られてしまい、少々ですが人との関わり合いに苦手意識というか、疎さ【うとさ】が出てしまったようなのです。

 ただ私に対しては、結構あけすけな【包み隠さない】物言いをするのですが。


 それが『蝶よ花よ』と持ち上げられ、傅【かしず】かれることに、少々うんざりしていた私に、涼やかな風を吹き込んでくれる。

 そんな全幅の信頼をおく我が親友、『清涼のエミナ』が、意を決して発言しようとしている。

 因みに『清涼のエミナ』なる名は、たった今、この場で私が命名した。


「どうしたの、エミナ?」


「あの、無血開城というのはどうでしょうか?」

 涼やかな一陣の風とはいえ、ときに予想だにしない波を齎す事もあるようです。


お読み頂きありがとうございました。

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